逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 皆様あけましておめでとうございます。

 という訳で、第5章スタートとなります。新たな任務のため、大湊警備府へ向かう南洲達一行。普段とは違う特務に戸惑う南洲と、遭難した一名の艦娘の謎を中心に話が展開してゆきます。


Mission-5 戸惑う男
53. 北へ


 宇佐美少将の説明を聞きながら、南洲は複雑な表情で困惑していた。今回の任務は、少なくとも自分にとって初めて体験する類のものと言っていい。任務そのものは勿論対象拠点の大湊警備府に到着してから始まるが、聞けば聞くほど人選ミスだな、という思いが強くなってくる。南洲の視線、そこに込められた懐疑的な色を感じ取った宇佐美少将も、肩をすくめながら話を続ける。

 

 資料によれば、大湊警備府に運営上問題を感じさせる要素は現時点で分かる範囲ではどこにもなく、むしろ健全な拠点といえる。だが、その大湊に唯一陰を落とす問題が一つだけある。

 

 現任者の仁科 良典(にしな よしのり)大佐が大湊の司令官に着任してから二週間ほど経つ。彼の大湊への着任自体は、もともと病に伏していた前任の補佐として二か月以上前まで遡る。前任者となる年老いた司令官だが、半年程前から進行性の病に伏していた。おそらくは余命幾許もないと本人も理解していたのだろう、病院にいるよりは、自分の愛した海を見ながら、愛する艦娘達に囲まれながら、後任者に業務を引き継ぎながら、最後の瞬間まで司令官であり続けたい、そう願い警備府に留まり続けていた。そして残される者にとっては悲しいことながら、彼は二週間前に旅立ってしまった。

 

 「そうか、『トキ』が…。長生きすると思ってたんだが、な…」

 南洲は短く言葉を吐く。『トキ』、そう呼ばれたのは大湊警備府先任司令官の芦木 斉(あしき あきら)中将である。士官学校で長年教務を取ったのち、いわば定年前の『上り』として大湊に司令官として着任していた。南洲の士官候補生時代の教官であり、その容貌や言動が一子相伝の暗殺拳の次兄に酷似していたことでかつての学生がそう綽名し、それが歴代受け継がれ、由来も元ネタも知らない南洲達の世代の学生も当たり前のように同じく呼んでいた。跳ねっ返り気質の強い南洲は随分とトキに手間をかけ、それと同じくらい面倒を見てもらっていた。かつて南洲がウェダの司令官に着任すると決まった時は、トキは自分の事のように喜び、餞別にと大小拵えで二振りの日本刀を贈るほどだった。影に生きる以前の自分を知る人物がこの世を去ることの意味は、南洲にとって小さくはなかった。

 

 その芦木中将(トキ)の秘書艦だった艦娘は、他の艦娘達が何とか気持ちの折り合いを付けたり、心のどこかに蓋をして割り切ったりしながら仁科大佐を司令官として受け入れ始めているのと裏腹に、誰の説得にも応じず自室に閉じこもり出てこないらしい。ただ引きこもっているだけならいずれ時が解決するかも知れないが、厄介なのはトキを見送った日以来、一切食事に手を付けない状況にあることだ。すでに二週間が経過し、いくら艦娘といえども生体機能の維持に黄色信号が灯り始める。

 

 

 今回の南洲の特務、それは『大湊警備府()秘書艦の説得』。

 

 

 不法行為に手を染める拠点責任者の摘発でも、政治的な思惑に塗れた暗殺でもなく、心を閉ざした艦娘を説得し前を向かせること。それが南洲に課せられた特務である。無論赴く以上大湊警備府の査察も兼ねているが、こちらは大過なく終わることだろう。

 

 「一体俺に何の話をしろってんだよ? 説得してどうしろと? そもそもそれこそ司令官の仕事じゃないのかよ」

 反駁する南洲に対し、宇佐美少将は明確にその意見を否定する。

 

 「通常の場合ならそうだろう。だが今回の場合、仁科大佐に芦木中将の影が重なってしまうからな。大湊にとって第三者であると同時に芦木中将を知るお前こそ適任だ。相手は扶桑型戦艦二番艦の山城だ。手配の詳細は大淀に聞いてくれ」

 

 穏やかな口調で告げる宇佐美少将の言葉通り、南洲達の出発は一月四日となった。彼の大晦日、新年は慌ただしくものんびりとした空気に包まれながら過ぎていった。クリスマスの惨状を踏まえ、年越しは最初から部隊全員で過ごすことを龍驤が提案し、多数決と言う数の暴力の結果、涙目の春雨を除く圧倒的多数でその提案は艦娘達に受け入れられた。宇佐美少将が片目を瞑りながら大晦日の夜に命じた『艦艇護衛訓練』の名目で沖合に出た六名は、夜明け前に南洲の座乗するPG829(しらたか)を囲むように海上に展開し、水平線から上る朝日に照らされながら新しい年を迎えた。もっとも、その後艇内で開かれたニューイヤーパーリーはクリスマスを上回る勢いだったらしい。

 

 「それとな、大湊までの航行中、遭難艦の捜索も可能なら並行して行ってほしい。ん? 事案の発生は二週間前だ。まあそう言うな、俺の所にもさっき入った情報でな。技術本部(技本)ここ(艦隊本部)のお偉いさんが勝手に決めた事で、遭難以前に抜錨したことさえ極秘だったようだ。何のために単艦抜錨させたのかは知らんが、牡鹿半島沖で消息を絶ったらしい。現場までその話が下りてきたという事は、連中は匙を投げたということだろう。遭難発生から二週間、おそらく発見は難しいだろう、だが万が一ということもある」

 

 

 

 大淀と打ち合わせた経路通りに、PG829(しらたか)は進む。左手に眺める鹿島港を中心とするコンビナートの灯りが夜を彩る中、南洲たち一行は鹿島灘沖を順調に航行中だ。

 

 民間軍用大小を問わず幾多の船舶が行き交う東京湾を、浦賀水道を抜けるまでは指定された制限速度を守り航行を続ける。房総半島を左手に見ながら野島崎灯台を過ぎたあたりで一気にLM500-G07ガスタービンエンジンの出力を上げ30ノットまで増速する。1900(ヒトキュウマルマル)に抜錨、夜明け頃に遭難艦が消息を絶ったという牡鹿半島沖に差し掛かる。ここを中心に数時間捜索活動を行った後石巻港で給油、改めて大湊警備府へと向かう。予定通りなら1500(ヒトゴーマルマル)頃現地入りすることが可能だ。

 

 

 「綺麗ですね、南洲。やっぱり()()()()()眺める夜景は格別です、はい」

 

 同じような光景は以前もあったが、それは南洋でのこと。今は冬の太平洋を30ノットの高速で疾走するしらたかの中央部、艦橋とエンジンユニットに挟まれた出撃デッキに、脚の間に挟むようにして春雨を収め自分のジャケットの中に半ば包みながら南洲は座る。

 

 冬の冷たい潮風や海水の飛沫で体温を逃がさないよう、米海軍のN1タイプに似たデッキジャケットに身を包む春雨。それでもその頬は赤くなり、白く吐く息は風に乗り流れてゆく。南洲の予備のものを着ているため、指を伸ばしてもまだ袖があまり、着丈もジャケットというよりはハーフコートのような出で立ちになっている。無論南洲自身もデッキジャケットを着こみ十分な防寒仕様だが、それでも30ノットの速度で吹き付ける潮風は容赦なく頬を打つ。

 

 「こうやって南洲の腕の中を独占できるのは私だけですから、はい」

 言いながら体重をかけてくる春雨を南洲もまた軽く力を込めて抱きしめる。この二人の関係には余人では立ち入れない何かがあるのは確かだ。だが周囲もそれを受け入れた上で、それぞれが独自に南洲との関係を模索している。それが健全なのか不健全なのか、当事者以外には分かりえず、また口を挟む権利もない。

 

 「それよりも、健康診断の結果は…?」

 「クリスマスなんて日に受診させるから、ラボが休暇に入っていてまだ結果は受け取ってない。まあ問題ないだろ」

 

 春雨の問いに南洲はあっさりと答える。南洲から表情は見えないが春雨は不満げな表情を浮かべている。だが診断結果が出ていない以上南洲としても答えようがなく、軽く肩をすくめるしかできない。

 

 「とにかく、あんまり無理はしないでくださいね。南洲のためなら、私、何でもするから…だから、いなくならないで、ください…」

 南洲は言葉の代わりに強く抱きしめ、おどけたように言葉を続ける。

 「無理をするなと言うなら、そろそろ部屋に戻ろう。流石に冷えてきたよ」

 その言葉をきっかけに二人は立ち上がり、ぽんぽんとお尻のあたりを叩き埃を払ってから、手をつなぎ歩き出す。

 

 

 

 

 「大淀、俺はあの仁科という大佐が好かんのだよ」

 ファイルを左手に抱えた大淀は珍しそうに宇佐美少将を見やる。この人が立場を離れて人の好き嫌いをここまではっきりと口にするのは珍しい。大淀は眼鏡越しに少将を眺めると、そのまま言葉の続きを待つ。

 

 「別に悪事を働いている訳ではない。だがあそこまで上昇志向を露骨に出す奴も、な…。俺はな、今回の査察結果次第では南洲を大湊の司令官として推薦しようと考えている。以前に比べてアイツも精神的に安定してきた。春雨を始めとして所属艦娘との関係も極めて良好だ。それが本来の姿なんだろうが…。だからこそ、今みたいな根無し草じゃなく、きちんと腰を落ち着ける場所があれば、アイツもこれ以上危ない橋を渡らなくてもいいだろう。甘いか? 大淀、俺はな、南洲をどうしても放っておけないんだ」

 

 大淀も以前とは異なり、宇佐美少将と同様の見解を南洲に対して抱いている。舞鶴で何があったのかは知らない、だがあれをきっかけに南洲の言動には大きな変化が生じたように思える。それにしても、少将自身が『甘い』と自覚するほど槇原少佐に肩入れしているのが微笑ましく、つい想像の翼を広げてしまう。

 

 「ひょっとして翔鶴さんの転属は、槇原少佐の転属を見越して少将が裏で手を回したのですか?」

 「いや、それは違う。トラックから南洲が連れてきた鶴姉妹は技本ががっちり抱え込んでいてこちらにはまるで情報が入ってこなかった。その翔鶴が大湊に転属するために単艦で向かっていただなんて、こっちもびっくりしたさ」

 

 翔鶴型航空母艦一番艦 翔鶴。

 

 元トラック泊地の所属だった彼女は、深海棲艦化した末に瑞鶴との戦闘で深手を負い意識不明の状態になっていた。同地の査察終了に合わせ、南洲が治療のため大本営に連れてきたものの、その後は技術本部預かりとなり情報が一切入って来なくなった。久しぶりにその翔鶴の情報が入って来たかと思えば、大湊警備府へ移動中に遭難というものだった。

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