逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
指揮と管制のため母艦に残る南洲と鹿島、二人にある複雑な思い。
「昇る朝日っていうのはいつ見ても気持ちが洗われるようね」
艦橋とエンジンユニットの間に設けられた
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前夜に抜錨した南洲達は、現在金華山沖に停泊している。
牡鹿半島沖で消息を絶ったという翔鶴に沈没以外の可能性を考えると大破漂流となる。その場合の行き着く先、一つは親潮の支流に乗り鹿島灘を南下、さらに合流する黒潮続流に乗った末の太平洋。もう一つは、親潮の支流と黒潮、さらに津軽暖流の複雑な潮流が作る東北沖の回流帯。
だがいずれにせよ、翔鶴の遭難からすでに二週間、客観的に考えれば発見の見込みは薄い。南洲は宮城から岩手にかけての沿岸部、複雑な形状を織り成すリアス式海岸の岸壁や岩場を捜索することに決めた。ひょっとしたら岩礁にはまり動けなくなっていることもあり得ない訳ではない、僅かな可能性だが広い東北沖を太平洋方面に闇雲に探すよりは現実的とも言える。
「この辺は…ほんまに
デッキコートを羽織った龍驤が演技ではなく本気で身をぶるっと震わせる。このすぐ北方の海域で、軍艦時代の龍驤は艦橋前面を損傷する事故にあった。
第四艦隊事件-三陸東方沖合で行う演習のため、無謀にも最高風速約50mという大暴風に突入した第四艦隊は、波高20mに達する巨大な三角波に遭遇した。その結果、演習参加艦艇41隻の内、約半数の19隻が何らかの損傷を受け、第四艦隊は演習の中止を余儀なくされた。翌年の友鶴事件と合わせ、帝国海軍艦艇の復元力と船体強度の不足を露呈するきっかけとなったものである。
「いやあ、ほんまあん時は死ぬかと思ったで。あれ経験すれば、まあ大概の荒天じゃぁビビらんようになるな。翔鶴もなぁ…無事やとええんやけど」
事故当時とは比べ物にはならないが、それでも現在の東北沖は波も荒く風も冷たい。右舷カタパルトレールに向かう龍驤はそばにいる羽黒に手を振ると、よっこらせ、と言いながら厚底ブーツのように嵩上げされた両足の主機を所定の位置に載せる。
「ほないってみようっ! ええかみんな、ここはウチが仕切るでっ」
膝をかがめ手を後ろに組んでカタパルトレールを滑り降り、着水寸前に「とうっ!!」という掛け声とともに跳びあがる龍驤。足元にスキーがあればそのままジャンパーのような姿勢を空中で取ると、空気抵抗の少ない薄型ボディは意外と飛距離が出る。
「ちょっ、龍驤、捜索ってあなたが飛ぶわけっ!?」
驚いたビスマルクが舷側から上半身を乗り出すようにして声を上げる。当の龍驤は普通に少し離れた海面に着水し沈み込みを避けるため円を描くようにターンを決め体勢を安定させる。そしてビスマルクに向かい、飛べる訳ないやろ(ヾノ・∀・`)とからかうような笑みを返すと、艦載機の発艦準備に取り掛かる。やや遅れて護衛役の秋月と春雨が出撃体勢に入っている。真剣な表情で気合を入れる秋月と、不機嫌そうに頬を膨らませる春雨、いかにも対照的である。
「鹿島さんと南洲を二人きりでしらたかに残すなんて…」
ぶつぶつ言いながら秋月と同時にカタパルトレールに乗る春雨は、名残惜しそうに艦橋を見上げると、滑る様に海面に降り立ち、龍驤を追走する。
◇
今回の龍驤の編成は偵察特化とも言えるもので、第一スロットの二式艦上偵察機一八機で濃密な捜索網を形成し翔鶴の捜索にあたる。第二スロットの熟練妖精さんが駆る零戦三二型二八機で直掩を展開、他は12.7cm連装高角砲と14号対空電探で万が一の敵襲にも抜かりなく備えている。
空は薄曇りへと変わり、強い海風にあおられて鈍色のどんよりした重い波がうねる東北沖。
羽黒とビスマルクはしらたかの護衛のため艇を挟むようにして海上で待機している。羽黒はデッキジャケットを着こみ両腕で体を守る様に包んでいるが、緯度で言えば樺太中央部と大差ないハンブルグで生まれ北海を主戦場としていたビスマルクはいたって平気そうに、凛とした表情で海を見つめている。それでも厚手の上着を手放したくないようである。
「ド・テーラ…コ・ターツと組み合わせると至高の装備なのに。さすがに海上での単体装備だと効果は低下してしまうみたいね」
赤茶に黄色で花柄をあしらった渋めのデザインの
そしてもう一人―――。
南洲が艦橋の艇長席に座り宇佐美少将と連絡を取りながら捜索エリアの報告など打ち合わせをしていると、コーヒーとサンドウィッチを用意した鹿島がやってきた。部隊の戦闘管制を担当する鹿島が、今回は秘書艦として南洲と共にしらたかに残っている。
「なんし…あっ」
声を掛けようとして南洲が通信中なことに気付き、途中で言葉を飲み込んだ鹿島。彼女の方を振り向くと手を顔の前に立て、『悪い、後でな』とジェスチャーをする南洲。鹿島はしばらくの間両手でトレーを持ちなら南洲の後ろに立ち、通信が終わるのを待っていた。話の内容から相手は宇佐美少将に間違いなさそうだが、捜索エリアの設定やこちらの天候、大湊の状況らしき話が断続的に続き、折々笑い声や世間話の様なものも含まれ、なかなか終わりそうにない。
コーヒーも冷めちゃうし出直そうかな、と鹿島がくるりと振り返った時、南洲が手を伸ばし鹿島のジャケットの裾をくいくいと引っ張る。鹿島が改めて向き直ると、再びジェスチャーで何かを持つ手を口元に運ぶ仕草を示す南洲。
鹿島はぱぁっと明るい笑顔でいそいそとポットのコーヒーをカップに注ぎ南洲に手渡す。南洲はカップを受け取ると、一口すすり再び宇佐美少将との打ち合わせを続ける。
◇
「悪い、思ったより時間がかかっちまった。コーヒーとサンドウィッチ、ありがとな。ちょうど腹が減ってたんだ」
くつろいだ表情と姿勢で南洲は鹿島に礼を言う。鹿島も嬉しそうに微笑むと、素早く南洲の椅子の背もたれに手を掛けてくるりと回し、両脚の間にすとんとお尻を収め、腰をひねり南洲の首に両腕を回し、密着するように抱き付く。制服越しとはといえかなりのボリュームの胸部装甲を押し付け、鹿島は目を細めながら南洲に頬擦りを繰り返す。
「お、おい…鹿島」
「鹿島がこうしてたいだけなので、気にしないでくださいね、うふふ♪」
南洲は、辻柾参謀を射殺した一件を引きずっている。
-もっと早く自分が拘束するか殺すかしていれば、鹿島が辻柾を銃撃するような事態にはならなかった。
人間を守るはずの艦娘が人間を殺すという拭えない業を負わせ、行き場を奪ってしまった、その後悔で、受け止められないまでも拒まない、そんな曖昧な距離感で鹿島と接している。
一方で鹿島も、南洲が必要のない負い目を感じているのは理解している。理解した上で、意図的に誘うように迫るように、自分の痕跡を南洲に残そうとしている。
-扶桑さんにも春雨さんにも勝てないのは分かっています。でも、私だって南洲さんが欲しいんです。
いくら正当防衛としても、人間を射殺した艦娘を現実的に引き受ける先もなく、内心解体命令を覚悟していた自分を査察部隊に迎えてくれた。それだけでもどんなに嬉しかったか。けれど、一つ手に入ると次が、その次が欲しくなる。今いるこの場所を奪われたくない、誰よりもそばにいたい。負い目でも何でもいい、南洲が自分だけに感じる感情があるなら、もっと強く感じてほしい。
二人の間に微妙な、それでいて濃密な空気が流れ始めた矢先、翔鶴を捜索中の龍驤から通信が入り一気に現実に引き戻される。
「おーい、こちら龍驤―。隊長、あかんなー、こんだけ艦偵を投入したのに翔鶴のしの字も見つからんわ。これはやっぱり…」
我に返った南洲が無理矢理椅子を回しながら体を逸らすと、不安定な姿勢でバランスを崩した鹿島は南洲から降りることを余儀なくされ、ぷうっとふくれっ面になる。一方南洲はこれ幸いとばかりに龍驤に応答する。
「そうか…分かった。帰投してくれ龍驤。対空対潜警戒は怠るなよ」
「まかしとき、隊長。ほなまた後で」
「ビスマルクと羽黒には悪いが、三人が戻るまで警戒を続けてもらうか」
南洲は二人にも連絡を取り状況を共有しつつ指示を出すと、鹿島を伴いながら甲板へと降りてゆく。21号対空電探改を装備する鹿島が周辺空域を警戒しつつ首にかけた大きな双眼鏡をのぞき込みながら残念そうに口を開くと、南洲も辛そうな表情で首を横に振る。
「一二…一九……
龍驤の第一・第三・第四スロットの合計と同数だったため見過ごされたが、このいないはずの彩雲の存在が大きな意味を持つ事を、今は誰も知らずにいる。
ごうっ。
不意に吹いた強い海風が鹿島の髪を大きく乱し、思わず庇うように風から顔をそむける。顔を上げると帰投したみんなが甲板に次々と上がってくるのが見える。鹿島の視線の先には南洲が、その彼の視線の先には春雨がいる。一瞬だけ泣き出しそうな表情になったが、鹿島はすぐに笑顔に戻る。
「みなさん、お疲れ様でしたー。お風呂の準備ができてますから温まってくださいね。あ、南洲さんも一緒にどうですか? うふふ♪」