逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 大湊に到着した南洲達一行を迎える仁科大佐。



55. ゆきのふるみなと

 予定よりやや遅れて1630(ヒトロクサンマル)に大湊港に入港したPG829(しらたか)。帰投した捜索隊からの報告を受けた結果、津軽海峡に入るまで、対空警戒と翔鶴の捜索を継続したため、当初予定より時間がかかってしまった。

 

 

 出撃デッキに集合した一同。帰投した捜索隊の報告を聞きながら、みるみる南洲と鹿島の表情が険しくなる。他の五人は怪訝そうな表情でそれをみていたが、翔鶴を発見できなかったことに心を痛めているのだろうと、解釈していた。そんな中南洲が龍驤に厳しい表情で再び問う。

 

 「龍驤、お前が展開していた捜索隊は、二式艦偵一八機で間違いないんだな」

 「せや。さっきも言うたやん」

 

 鹿島がとまどいながら龍驤に自分の電探が捉えていた情報を伝えると、今度は龍驤以下捜索隊が怪訝な表情になる。

 「で、でも龍驤さん? 鹿島の電探では二七機展開しているのを捕捉しました。うち九機は彩雲だったので、てっきり第一・三・四を全て索敵に当てたのかと…」

 「ちょ、ちょい待ち! 今回ウチは彩雲積んどらんでっ!! ウチの電探は…ああ、沖合は途中から結構な吹雪になってな、電気系統がワヤなってたんや…。せやけど位置的に考えて大湊のもんちゃうの? 羽黒やビス子はどないやん、護衛で洋上展開しとったんやろ?」

 珍しくかなり焦りながら龍驤がビスマルクに話を振るが、反応は似たようなものだった。ビスマルクの搭載するFuMO25 レーダーも確かに二七機の機影を捉えていたが、漠然と龍驤の偵察機だろうと詳細の確認を怠り、さらに仮に敵機だとしても、いざとなれば自分と羽黒で対処すればいい、程度に考えていた。

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる艦娘達を眺めている南洲の目がすうっと細くなり、腰に差している木曾刀を鞘ごと抜き、両手で柄頭を押さえながら甲板に立てる。

 

 たんっ。

 

 一瞬で艦娘達の喧騒を沈める乾いた音が響き、全員の視線が南洲に集まる。

 

 「お前ら、ちょっと腑抜けてないか? ………死にたいのか?」

 単なる確認漏れで済む話ではない、もしこれが敵性勢力のものであったなら、自分たちの部隊は先制攻撃を受けていてもおかしくない。全員の顔色が変わる中、南洲は厳しい表情のまま何も言わず目の前の五名に視線を送る。春雨と秋月、鹿島はほとんど泣きそうになり、龍驤とビスマルクは憮然した表情で、羽黒は項垂れている。

 

 「どうしろとは俺からは言わない、自分達で考えろ」

 それだけを言い残し、南洲は艇長室へと戻って行った。

 

 

 艇長室で南洲は暗然とした表情で深く考え込んでいる。大坂鎮守府の査察以来、いや舞鶴まで自分を迎えにやって来た彼女達を受け入れて以来部隊の雰囲気は変わり、有態に言えば距離感が縮まり緩くなった。例のクリスマスパーティが最たる例だ。それが悪いとまでは言わないが、任務に影響を出すようでは困る。この部隊の成り立ち、そして自分たち以外は潜在的に敵となる任務の特性上、繋がりあいながらも独立している精神構造がなければ、必ず誰かのために誰かが死ぬ日が来る。そして南洲は、そんな状態を招いたのが他ならぬ自分であり、自分こそがこの小さな部隊の六人に依存している、その事実を理解し戸惑っている。問題の本質は彼女達ではなく、自分にある、と。

 

 「隊長、よろしいですか?」

 きい、と軽い音を立て開いたドアから羽黒が顔を覗かせている。振り返り目線で返事をすると、おずおずと入室し、そのまま近づいてくると、躊躇いがちにふわっと抱き付いてくる。

「隊長のせいではありません。私たちが浮かれすぎていたのです。だから、自分を責めたり、また一人になろうとか考えないでください」

 

 -お見通しか。

 

 今さら部隊を離れようとは思っていないが、それでも一定の距離を置くべきかと南洲は考えていたところだった。大人しいけど、見てるところは見てるし、言うことは言うんだよな-羽黒に図星を突かれ南洲はほろ苦く笑うしかなかった。

 

 「同じ失敗は繰り返しません。隊長の矛として盾として、私たちは戦い続けます。だから…もっともっと私たちに踏み込んでください。曖昧にしか満たされないから、その…クリスマスみたいな(たまにああいう)ことがあると浮かれてしまうのです」

 

 羽黒の腕にわずかに力がこもる。途中間が空いた時期もあったが、数少ないウェダ時代から自分について来てくれる艦娘。大人しい性格の羽黒がここまで言うのは、相当勇気が必要だっただろう。南洲はすっと左手を上げ、羽黒の頬から髪を優しく撫でる。

 

 「まだ冷えてるな。みんなに言っておいてくれ。鹿島は操艇、羽黒(お前)はその補佐、他の連中は津軽海峡に入るまで艇上展開で警戒続行、終了後は熱い風呂に入って体を温める事。いいな?」

 

 返事の代わりに羽黒は南洲の手をきゅっと握り返すと、赤い顔を見られまいとするように足早に部屋を後にする。

 

 

 

 北国の日暮れは早く、1700(この時間)ではすでに日没間近。作業用照明や誘導灯等が雪で覆われた港と舞う小雪を照らす幻想的な光景の中、南洲達は迎えの車の到着を待っている。

 

 「問題があろうがなかろうが、歓迎されないのはいつものことだからなあ。迎えに来るって言ってるだけましか」

 到着が予定時刻より遅れることは既に警備府に連絡済みだが、指定された場所には人影一つない。警備府の司令部施設に行く以上、流石にデッキコートという訳にいかず、南洲は紺色長ジャケットの第一種軍装に金ボタンのフロックコートという普段とは違う出で立ちで、舞う雪を珍しそうに眺めている。

 

 「案外みんな寒がりなのね、意外だわ」

 ケロッとした顔で周囲を見渡すビスマルクは、空を見上げ、冷たい空気を楽しんでいるように見える。緯度で言えば樺太中央部と大差のないハンブルグで生まれ北海を主戦場に戦ってきた彼女にとって大湊くらいだと過ごしやすいのかも知れないが、真っ白いファーコートを着込んでいる。

 

 

 「あれか…この雪道をあんなんで来るとはね」

 「そうですね、南洲は刀以外はなんでもゴツくて無骨なのが好きですから」

 南洲の言う『あんなん』とは、黒塗りのストレッチリムジンのような長い車体の車である。路面の雪でゆさゆさと車体を上下させながらゆっくり近づいてくるその車が迎えなのだろう。実用主義者の南洲なら、こういう場合は迷わずハンヴィーを選ぶ。というより、どんな場面でもそうなのだが。

 「まぁそれは間違いじゃないんだが…。いつまで春雨(ハル)はそこにいるんだ?」

 南洲のフロックコートの第一第二ボタンは外され、コートの中から春雨が顔を出している。南洲を見上げる春雨は何も言わずににっこりと笑う。

 

 「ねえ南洲、大坂の時雨ちゃんのこと、覚えてますか? もしよかったら大坂に来ないか、ってお誘いがありました。内緒だそうですけど」

 「へえ……それはどういう意味なんだろうな?」

 「さあ? どんな意味でも、『南洲と一緒なら行きますよ』って言っておきました、はい」

 「まあ何だ、立場を盾にお前を転属させるようなら、斬り込んででも吉野大佐…ああ中将だっけか? と話し合わなきゃな」

 

 コートの中できゅっと南洲の左手を握る春雨の手を、南洲もまたきゅっと握り返す。

 

 

 そして車は南洲と春雨の前を通り過ぎビスマルクの前に停車する。中から急いで従兵が先に降り、後席に向け傘を差しかける。開いたドアから、雪を気にしながら降りてきた一人の将官が傘に守られながらビスマルクの前まで歩み寄る。

 

 「さすがは友邦ドイツの超弩級戦艦、その白い外套がよくお似合いですな。この度北方の門たる大湊警備府までよくおいでくださいました。秘書艦とお見受けしますが、部隊長はどちらにいらっしゃるのかな」

 ビスマルクより少し背の高い痩身の将官は慇懃無礼な口調でビスマルクに挨拶すると、彼女の手を取り手の甲に軽く口づける仕草をする。

 

 「そうね、質問に答える前に貴方が誰なのか名乗るのが先じゃないの?」

 突然の振る舞いに思わず手をひっこめながら、目の前にいる男に冷ややかに答えるビスマルクの視線の向こうでは、秋月と龍驤が雪だるまを作り、それを南洲と春雨が生温かく見守る光景があった。

 

 「おお、それは失礼しました。大湊警備府司令長官、大佐の仁科 良典(にしな よしのり)です」

 「振り返ってごらんなさい。あのスノーマンを作っている艦娘達を見守っている背の高い男が私たちの隊長、槇原南洲特務少佐、秘書艦は…ああ、コートの中にいるみたいね、春雨よ」

 ジト目で目の前の男の視線から身を庇うように体を半身にそらすビスマルクは、淡々と言葉を継ぐ。ふむ、と頷きながら南洲の元へと歩みを進める仁科大佐だが、その目に宿った南洲を見下すような色をビスマルクは見逃さず、今回の任務も前途多難そうね、と思わず白いため息をもらしてしまう。

 

 

 「雪だるまを作るほど()()()()()()ようで。槇原南洲特務少佐…と言いましたか。遠くまでご苦労ですな」

 「そうでもないさ、俺も含めて南方暮らしの長い連中の多い部隊なんでね。楽しく()()()()()()、仁科大佐」

 

 待たされることと待つことは、似ているが大きく異なる。待たされることは時間の主導権が相手にあり、自分の行動は受け身な物、ここに上下関係が生まれる。大物を気取る人物が約束の時間に遅れてくるのはこの効果を狙っての事で、仁科大佐はこの冬空に意図的に南洲たち一行を待たせていた。だがそれに対する南洲の反応は、自分の意志で約束の時間を守れない連中を待ってやったと告げるものだった。

 

 -一筋縄では行かなさそうですね、そうでなければ査察など担当できないでしょうが。

 -宇佐美のダンナは問題はない、と言っていたが、面倒臭そうなヤツじゃねーか。

 

 後手に手を組みながらやや傲然と胸を張り相対する仁科大佐に、皮肉っぽい口調で応える南洲。二人の間に不可視の視線の火花が散る。

 

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