逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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南洲に施された実験、それは人間が艦娘の力を振るうための生体融合。超弩級戦艦・扶桑の力を解放し荒れ狂う南洲。



06. 乱舞

 南洲は春雨が自分の後ろを走っていないことにすぐ気が付いた。耳に届くのは、間延びし、それでいてどこか甘ったるい女の声と、長い刃物が風を切る音。背後から襲撃され、春雨が迎撃している―――すぐに状況を把握した南洲は、同時にビスマルクの計画が漏れている事、この先にも敵が待ち構えているだろうことを理解し、長い廊下を走る脚に急ブレーキをかける。明らかに作戦は破綻しているが、だからと言って今さら逃げる訳にも行かない。

 

 「はぁ…まさかこんな所で使う羽目になるとはな…」

 

 既にアンプルは飲んでいる、あとは()()()()()()()だけー南洲は左手の薬指にしている銀色の指輪に重ねるようにもう一つの指輪を付ける。その行為がトリガーとなる。

 

 

 「出てこい、()()

 

 

 ぼそりと呟いた南洲だが、すぐに頭を押さえよろめきながら、苦しそうな声を漏らす。ぜえぜえと荒い息のまま体勢を立て直すと、腰にマウントされた基部から伸びる可動式アームに据えられた二連装の主砲が現れた。黒鉄に鈍く光る35.6cm連装砲が、その動作を確認するかのように旋回し、砲身が上下に動く。

 

 左右で異なる赤と黒の瞳、別物のように白い右腕…南洲の右上半身の多くは、かつて彼の基地に所属し、事実上の妻として戦い続けた扶桑から移植されたものだ。間断なく襲う頭痛に耐え青白い顔色をしながら、南洲は再び歩を進め始めた。

 

 

 

 かつて南洲の基地が襲撃を受けた後、残されたのは破壊され灰塵に帰した施設群、至る所に横たわる亡骸、呻き声しか上げられない重傷の艦娘、そして瀕死の重傷を負った彼自身だった。右腕を失い、右目は失明しながらも、彼は狂ったように叫び声を上げ、生き残りの艦娘を当て所無く探し求めた。

 

 失血多量で意識を失った南洲は、パラオ泊地に緊急搬送され応急処置を受けた後、大本営の技術本部に移送された。何とか一命を取り留めたとはいえ、その体では最早軍人としての任務を果たすことは不可能だった。

 

 その後生き残った数名の艦娘はいったん艦隊本部に集められ、その後各地の拠点に再配属されていった。春雨もそんな惨状の中を生き残った数少ない艦娘の一人である。誰しもあの惨劇から目を逸らし、記憶に蓋をして新たな生活を求めたが、唯一春雨は南洲の帰還を待ち続けた。

 

 そして3ヵ月ほど経ち、春雨の前に()()()()()南洲が現れた。

 

 扶桑型超弩級戦艦一番艦の扶桑もまた、あの惨劇の夜に犠牲となった艦娘の一人だ。彼女の体は、右腕全体と右眼を喪い、いくつかの内臓に損傷を受けた南洲に移植され、彼は再び立ち上がった。左右で異なる瞳の色と、まさに()()()()()()()()()肌の色も形状も違う右腕は、あの日の出来事が事実であったと語り、南洲の感情を黒く塗りつぶしてゆく。自分の基地を襲った相手を突き止め復讐を果たすため、南洲は手段を選ばなかった。

 

 この世界の艦娘は、いわばバイオテクノロジーとオカルトが融合した生体兵器、と定義される。生体兵器として開発された人工生命体に、霊子科学により召喚されたかつての軍艦の船魂と、共に散った軍人の魂を仮初めの魂として宿す存在。当時の兵装も鉄や油等を依代にし、威力はそのままに人型で扱えるサイズで召喚される。

 

 そのテクノロジーを生身の人間に持ち込む代償として、()()を無理矢理体に繋いだ南洲は免疫抑制剤を常に服用し、肩の繋ぎ目は右腕に宿る扶桑の魂が暴走しないよう呪式の施された拘束帯で厳重に保護する。作戦時にはその拘束帯を解放し、艦娘同様の反応速度を得て艤装を運用するため興奮剤ほか身体機能を一時的に向上させる混合薬物(カクテル)を服用する。

 

 そこまでしても、南洲が艤装を展開して戦えるのは約1時間。それ以上は彼に過大な負荷をかけ、目覚めた扶桑の魂からの侵食を抑えられなくなる。一つの体に二つの魂は受け入れられず、この場合、より大きな容量を持つ扶桑の魂と記憶に南洲は塗りつぶされ、自我を保てなくなってしまう。

 

 

 人間が艦娘同様に艤装を展開するための実験台-それこそが技術本部が南洲に施した、人が禁断の領域にまで踏み込んだ歪んだ技術であり、倫理を別とすれば南洲は貴重な成功作と言える。

 

 

 

 ゆらりと人影が廊下の角を曲がる。暗がりに光る赤い輝く何かが、待ち構える兵士たちに侵入者の存在を告げる。そこからは提督室まで一直線であり、ここに何者かが現れたということは、右翼の龍田が敗北したことを意味する。緊張する分隊にインカム越しの号令が飛ぶ。

 

 「目標確認、斉射っ!!」

 

 スタングレネード等非殺傷型制圧兵器に備え、保護材で耳を庇うタイプのヘルメットを着用し偏光バイザーで目も保護している部隊は、一斉射撃を開始する。一丁当りの銃音はさほどではないが十丁まとめての連射ではかなりの轟音となる。立ちこめる硝煙はすぐにたなびいて消え、そこに現れた()()に、全員が目を奪われた。

 

 巨大な砲塔が侵入者の前面に盾のように立ちふさがり、銃弾のほとんどは弾かれ侵入者の体には2、3のかすり傷しか与えられていない。35.6cm連装砲の装甲天蓋に小銃弾程度、まして人間用の武器が通用するはずがない。分隊の兵士が思わず隊長を仰ぎ見て無意識に指示を仰ぐ。撤退、できればそう言ってほしいというような目で。

 

 ゆっくりと砲塔が近づき始める。よく見ればその脇から人間の腕が突きだされ、その手には大型の拳銃が握られている。デザートイーグルに似たこの拳銃は、扶桑の残した副砲を鋳潰して製造されたワンオフの銃と弾丸である。人間相手でも50口径相当の威力を有し、艦娘相手なら四十一式15cm砲と同等の威力を発揮する。駆逐艦・軽巡洋艦なら数発で行動不能に陥れ、重巡洋艦以上でもやり方次第では相応の戦闘力を発揮する。

 

 それが火を噴いた。

 

 頭を吹き飛ばされた()分隊長は、そのまま後ろに倒れ、敷き詰められた絨毯に大きな血のシミを作る。続けざまに二発目、三発目が撃たれ、同じく()兵士の肉塊が横たわる。四発目が放たれもう一つの肉塊ができたところで、鈍い音がした。左腕の腕力だけに頼って無理な射撃姿勢で反動の強い大型拳銃を連射した南洲の肩の骨が外れた音だ。

 

 南洲は顔を歪めながら、右手で左肩を支えると壁に体を叩きつけ、無理矢理に肩の骨を嵌める。

 

 「う…うわぁああああーーーーっ!!」

 悲鳴と共に、再び残り6名の兵士が斉射を開始するが、自ら意志を持つように35.6cm連装砲の砲塔は南洲を庇い、先ほどと同じように砲塔天蓋で弾丸は全て弾かれる。その背後で肩を回しながら骨の嵌り具合を確かめる南洲。取りあえず大丈夫なのだろう、無言のまま射撃を再開し3人を斃した。これで弾倉(マガジン)は空になり、予備の装填済みマガジンに交換する。

 

 「下がっているにゃ。あれは人間(お前たち)の手に負えるシロモノじゃないにゃ」

 

 残り3人になった兵士たちの前に、一人の艦娘が進み出てきた。緑色の襟がついたセーラーの上着にホットパンツ、薄い紫色の髪、そして背後にある艤装に接続された単装砲を肩に載せるように構えている。球磨型軽巡洋艦二番艦の多摩であり、昼間港で春雨が出会っているが、南洲は勿論それを知らない。

 

 目が合う。

 

 「………猫か」

 「多摩です、猫じゃないにゃ。お前こそ、人間かにゃ?」

 

 短い会話をきっかけに、多摩の姿が南洲の視界から消えた。次の瞬間に多摩は、南洲が体の前に構えた35.6cm砲の砲塔の上に立ち、頭上で14cm単装砲を構える。瞬時に身を沈めた南洲は、同時に砲塔を動かし、壁に叩きつけるようにして多摩を追い払う。

 

 激しい音とともに廊下の壁が叩き壊され、破片が飛び散り埃の舞う廊下。その頃すでに多摩は南洲から十分な距離を取っている。

 

 「チッ…」

 南洲が忌々しそうな顔で歯噛みし、既に遠のいた多摩を鋭く睨みつける。

 

 多摩は、同じ球磨型の中でも、破格の攻撃力を誇る重雷装型の大井北上木曾とも、軽巡最強の一角を成す球磨とも異なり、性能面では標準的と言われているが、それはあくまでも艦娘同士の比較の話だ。艦娘が本気で人間に対峙した時、駆逐艦でさえ人間を遥かに凌駕する驚異的な能力を発揮する。実際、扶桑の目を持つ南洲でさえ、多摩の動きを捉えきれなかった。

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