逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
ドコニイル、オマエハ。
イツマデマテバカエッテクルノカ。
-第一副人格確認、春雨喪失時で思考停止した状態。以後『Hal』と呼称。ただし出現率低し。
がきん。金属の輪で拘束された手が暴れるが、体は自由にならない。
ヌクモリニオボレナガラ。
セメテイマダケハ、フタリデオボレヨウ。
-第二副人格確認…繊細で流されやすい天然の艦娘たらし。以後『Moĝero』と呼称。第三副人格との混交極めて強し。
がきん、がきん。今度は手と足でもがくが、やっぱり体は自由にならない。
ワルイユメ、ミンナキズダラケ。
マモル、タオス、コロス、スベテコワレロ。
-第三副人格確認、以後『ナンシュー』と呼称。最も支配的かつ攻撃的、常時表出。
-ただし今検査においても主人格の発現見られず。
がきん、がきん、がきん。いよいよ全身でもがくが、痛むだけで結局体は自由にならない。
ソンナメデミルナ、オレヲアワレムナ。
オレハダレダ、オマエハダレダ。
目を覚ました南洲は、起き上がろうとして果たせず、自分が検査用の椅子に拘束されていることに気が付いた。多くの実験用器材に囲まれた、技本のラボを小さくしたような薄暗い地下の部屋。横を見れば誰かが座っている。
「…目が覚めたようですね、槇原少佐」
つくづく間抜けだった、南洲は険しい顔で歯噛みする。頭部にはヘッドギア状の機材が取り付けられ、複数のコードが隣に座っている銀髪の女に繋がっているのが分かった。頭痛を堪えながら、南洲は思い出す-山城の部屋から仁科大佐に続きしばらく歩いた。艦娘の寮から司令部棟へと続く渡り廊下を渡り切った時、自分の背後で扉が閉まった。同時に真横から頭をぶん殴られて意識を手放してしまった。薄れゆく意識の中で見た、銀の髪と黒いカバーをした腕。
遠くの椅子に深く腰掛け足を組んだ男が立ちあがり、こちらに近づいてくる。…仁科大佐か。ちっ、技本関係者だったのかよ、つくづく趣味が悪い奴だ。先に隣に座る女の椅子に向かうと、手足に架していた拘束を解く。こきこきと手首や首を動かしながら、すっと立ちあがる女。
「…翔鶴…いや、深海棲艦…?」
無表情のまま長い銀髪の女が南洲に近づいてゆく。すいっと横合いから手首の周りに大きめのフリンジの付いた黒いレース様のアームカバーに覆われた手が伸びる。片方の手で南洲の頭を支え、もう片方の手で水を飲ませる。南洲の見上げた先、赤い瞳がこちらを覗き込んでいる。水を飲ませ終わった手は、南洲の顔にかかった自分の髪をそっと払い、繰り返し指先で頬を撫で続ける。長い銀髪に真っ白い肌、赤く光る瞳、翔鶴によく似た面持ち。そして黒一色の衣装。まるでトラック泊地で戦った
「DIDモデルはなかなか安定しないんですよ。この
DIDモデル…? 一体何を言っている、こいつは?
「そんなに怪訝な表情をすると、空母水鬼が傷つきますよ? いわば貴方と春雨…いや駆逐棲姫? の娘のような存在なのに。子の認知拒否は立派な心理的虐待ですよ?」
何言ってやがるこの阿呆は? そして何で頬を赤らめてるんだ、そこの深海棲艦?
「大湊に来る、と聞いた時は我々の計画が露見したのかと思い流石に冷や汗が流れましたが、本当にカウンセリングのためだったようで正直驚きました。それでも中臣様は貴方の事を、我々の障害になるかも知れない存在として随分と気にしておられる。大坂での活躍が余程印象に残ったようですよ。なので私も技官として、純粋に技術的な興味が湧きましてね。それに…重要な作戦が控えている中、
「手前ら、翔鶴を
南洲は無理矢理立ち上がろうとするが、金属製の太いベルトで拘束された手足は僅かな隙間の中を暴れるだけで、もがけばもがくほど手首と足首に傷がついてゆく。 仁科大佐の背後に立つ空母水鬼はとにかく心配そうな表情で南洲を見続けている。
「取りあえずで付けて見ましたが、なるほど生体機能の約四分の一が艦娘の貴方にも効果があるのですね。…自分でしておいてなんですが、貴方のようなマッチョな男にそれは失笑ものですね」
仁科大佐の言うそれとは、微弱電流を流し続け、生体内の活動電位にノイズを加えることで艤装の展開や身体能力の制限など艦娘の機能を劣化制御するロックチョーカー。ピンク色をしたハート型の南京錠様のヘッドをあしらったピンク色のアクセが、南洲の首にちょこんと付いている。
「そ、その…案外ワルクナいというカ…、カワイイです」
慰めるように、おずおずと空母水鬼が声を掛けてくる。見た目とは異なり、声は翔鶴のものだが、かつての春雨のように、艦娘と深海棲艦が入り混じったような喋り方になっている。
「おや、また人格交代が起きたのですか? ふむ…
やれやれといった様子で掌を上に向け首を振る仁科大佐に、南洲は訳もなくイラついた。
「さっきから手前は何を言ってやがるっ! まず翔鶴を元に戻せ、そして俺の拘束を解けっ! そうすれば…念入りに殺してやる」
「春雨と駆逐棲姫の関係と同様に、翔鶴も空母水鬼もまた同一の存在、貴方と同じ
「……………」
全く想像もしていなかった話の内容に、南洲は戸惑うだけで言葉が出なかった。そんな南洲を尻目に、仁科大佐は陶酔したような表情で長口舌を振るい続ける。
「
同時にここで貴方の存在が脚光を浴びたのです。
私は事実を伝えただけですよ、少佐。それに、なぜこのようなことをべらべらしゃべるか? 技術者という生き物は、時に自分の研究成果を喧伝したくなるのです。そして貴方にはこれから死んでもらうので、漏えいの心配もありませんし。今度は建造過程と心理的傾向の異なるドイツ艦にどのような負荷をかければDID、ひいては堕天まで誘導できるか実験する予定です。
一気にしゃべり切り、満足したような表情で南洲を見つめていた仁科大佐は、翔鶴に視線を送ると、首の下で立てた親指を左から右に動かす。
「…今度は空母水鬼ですか。まったく人格交代にも法則性が欲しいですね。いったい何がきっかけなのか…」
言いながら自分の席に戻った仁科大佐はキーボードをかたかた叩きながら、複数あるモニタに表示される多種多様なデータを確認している。
◇
椅子に拘束されている南洲に跨った空母水鬼は、何故か真っ白な頬を赤く染めている。しばらくの間南洲の顔を至近距離で見つめていた彼女は、満足したような表情でその首に手を掛ける。同じ頃、データを確認していた仁科大佐の表情がみるみる険しくなり、慌てて椅子を回すと空母水鬼に悲鳴のような命令を行う。
「は、離れなさい水鬼っ、実験は失敗ですっ!! 思考ルーチンをエミュレートする段階で、
ぱきっ。
小枝を折るような軽い音。南洲の首に付けられていたロックチョーカーが砕かれる。空母水鬼は、続いて手足の拘束も同様に解くと、南洲の脇の下に手を入れひょいっと椅子から持ち上げ自分の目の前に立たせる。そしてにこっと微笑んで自分の首のロックチョーカーを同じように砕くと、両腕を南洲の首に絡ませて抱き付き始めた。
「
空母水鬼は仁科大佐に向きなおると、背後に背負った単装砲二基で無造作に砲撃を開始した。一瞬にして砲煙と爆風に包まれる地下のラボ。躯体柱にも損害が生じたのか、メキメキと音を立て、ゆっくりと天井部分が仁科大佐の頭上から崩落し始める。空母水鬼は南洲を軽々と抱きかかえると走りだし、分厚い扉を蹴り飛ばしラボを脱出する。
「忠誠ナド誓ワヌガ、喜ンデ愛ヲ誓オウ、