逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 大湊での戦闘勃発に際し、いち早く動き出した宇佐美少将。警備府の再建をどう進めるか、南洲をカヤの外に様々な思惑が交錯する。


間章 りこれくしょん-4
65. 外堀は埋めるためにある


 話は大湊での戦闘中まで遡る―――。

 

  「大淀、後は頼む」

  短く言い残すとフロックコートと軍帽を手にした宇佐美少将は部屋を急ぎ足で出ようとしていた。大淀が緊急です、と息せき切りながら持ち込んできた情報は、PG829(しらたか)の信号途絶。信号が途絶することは、理由はどうでもしらたかが沈没したことを意味する。そして現地とも南洲達とも連絡が取れない。挙句に突如現れた深海棲艦の機動部隊による空襲―――。

 

 走りながら方々に携帯で連絡を取り必要な手配を整えた宇佐美少将は、自ら構内移動用のジープを駆り艦隊本部内にある港に駆け付けた。彼の乗艇を待って慌ただしく緊急離水したUS-2。太平洋側を低空で進む飛行艇の中、宇佐美少将は苛立ちを隠せず貧乏ゆすりを続ける。

 

 

 

 宇佐美少将が連絡を取った先の一つに、択捉島に位置する単冠湾泊地の石村 毅郎(いしむら たけろう)中将が含まれていた。北方海域最大の拠点として、深海棲艦に睨みを利かせるこの泊地の継戦能力を担保するため、大湊警備府は本州および北海道方面からの輸送支援及び護衛の役割を担っている。

 

 『大湊が深海棲艦機動部隊と交戦中。責任は当方が負うので部隊急派を請う』

 

 石村中将は艦娘に対しダダ甘で有名な人物であるが、艦娘可愛さに情勢の重大さを見誤る男ではない。宇佐美少将からの緊急電を受け、ただちに基地航空隊から熟練の零戦二十一型の部隊を先行投入して大湊周辺の制空権を確保、その上でCV-22B(特殊作戦型オスプレイ)により艦娘部隊を大湊に強行突入させる作戦を実行に移した。

 

 一旦下北半島東沿岸にUS-2を着水させた宇佐美少将は、択捉島の石村中将と連絡を取り状況を整理した。零戦二十一型の妖精さんからの報告-大湊所属ではない艦娘達(南洲隊)が縦横無尽に戦い、警備府と大湊の艦娘を守りながら敵を撃退中ーを受けた石村中将は驚愕したものの部隊展開は予定通りとし、CV-22Bが大湊航空隊基地に着陸したのと同じ頃、零戦部隊と合流した宇佐美少将の座乗するUS-2も、その護衛を受けながら大湊に姿を現した。

 

 

 大湊は半壊状態で通信設備も損害を受けていたため、宇佐美少将と石村中将はUS-2の通信機器を利用して協議を続けていた。宇佐美少将から齎された査察部隊に関する情報は、これまでその活動に注目していなかった石村中将を卒倒させそうになった。

 

 こと大湊に限っても、先任司令官の殺害、元秘書艦の監禁、資材資源の不正流用、深海棲艦との繫がり…軍法会議で死刑判決ものなのに、訪れた査察部隊は攻撃され部隊長は負傷し現在加療中という事態、その裏には技術本部でも先鋭的と知られる霊子工学部門が深く関与しているらしいこと。ただ、石村中将の心を最も傷つけたのは、仁科大佐が単冠湾泊地への輸送支援を名目にして大湊の艦娘達に犠牲を強いていた事だった。

 

 二人の将官は、南洲隊と大湊の艦娘達に事情聴取を済ませ再度協議、深夜になり一つの結論に至ると大本営に速やかに上申した。

 

 

 『大湊警備府司令官 仁科大佐、不祥事の発覚を受け出奔し行方不明。折悪しく深海棲艦機動部隊の空襲を受け大湊警備府は半壊。単冠湾泊地司令官 石村中将を後見役に仰ぎながら、当面は当官の指揮下にて警備府再建を遂行せんことを了承されたし』

 

 

 外地のトラックならまだしも、本州の拠点である大湊警備府での騒動は政治的に極めてまずい。自分の手で一刻も早く事態を収拾することで査察部隊、ひいては南洲に責任を押し付ける空気を作らせないこと、宇佐美少将がすぐさま動いた理由はそこにあった。

 

 

 

 翌日―――。

 

 宇佐美少将と南洲はこれまでの経緯について大湊警備府の司令官室で話し合っていた。軽巡棲姫との戦闘で負傷、左肋骨三本を骨折した南洲はコルセットを巻き、そのため第一種軍装のジャケットを肩から羽織っている。一通りの話を済ませ暫しの沈黙の後、珍しく南洲から口を開いた。

 

 「…ダンナ、俺の解離性同一性障害(DID)を知っていたんだな。だからしつこく俺の状態を…」

 「知っていながらお前を利用していたんだ、責めてくれていい。責めてくれていいが、お前の力が艦娘を守るのに必要なのは、今までもこれからも変わらない。俺に出来るのは、そんなお前の将来を一緒に考えてやるくらいだ、詭弁かも知れんが、分かってもらえると助かる」

 

 「うだうだ言う気はないよ。だが将来、か…」

 そう呟いた南洲は、つい普段の癖でソファのシートに背中を預けようとして肋骨が痛み顔を顰める。どうやら()()()()()()()()()()()()()()は本来の自分ではなく、主人格とやらの恨みや怒り、力への渇望が具現化した副人格らしい。正直、そんなことはどうでもいい。とにかく次に出会ったら仁科は問答無用で斬る。そして自ら生み出した艦娘を利用して何かを企む技本の霊子工学部門、それに噛んでいるらしい艦隊本部トップの三上大将、こいつらがどう考えても問題だ。所詮今は深海棲艦との戦争真っ只中で、綺麗事を言ってられないのも事実だ。艦娘は兵器として兵士として、俺たち人類が勝利を収めるのに必要不可欠だ。

 

 だが、戦争だからと言って、やっていい事と悪い事がある。

 

 純一な思いで現世に甦り、命を掛けて俺達人間のために戦う艦娘を利用して連中は何を企んでいる? 技本の息のかかった連中などと比べれば、艦娘の方がよほど人間らしく、一途で濃やかな感情と愛情を持つ存在なのに。

 

 『人の手で造られ、人のために戦い、人の手で傷つけられ、そして人の裁きに付き合わされる艦娘(俺達)…お前たち人間は一体何がしたいんだ?』

 

 かつてトラック泊地で出会った木曾はそう言った。まったくその通りだ。どんな意図や目的があろうとも、技本の暴走を是とするなら、俺達人間は艦娘が命を掛けるのに値しない。いっそ深海棲艦に滅ぼされればいい。

 

 

 「将来…」

 長考を経て、もう一度南洲は繰り返す。ウェダ時代は生き残るために戦った、諜報・特殊作戦群時代は殺すために戦った。そして今は、守るために戦っている。少なくともそのつもりでいる。だが、その先に何がある―――?

 

 宇佐美少将は膝を大きく打つと身を乗り出してきた。

 

 「だからよ、お前にはそろそろ腰を落ち着ける場所が必要なんだよ。よく考えろ。ああそうだ、南洲、しばらく大湊駐在な。これは石村中将も同意している。まずお前は重傷患者、傷が癒えるまで無理は禁物だ。それに俺の指示を受けてここの立て直しの陣頭指揮を執る奴が要る。今のお前は足も無いよな。PG829(しらたか)の代わりは今手配中だが、艦娘の運用ができるよう改修もしなければならん。何より………なあオイ?」

 

 ダンナが乗ってきたUS-2に同乗させてくれればいいだろう、と言いかけた南洲は、宇佐美少将のにやにや視線の先を同じように目で追いかける。閉めていたはずの司令官室のドアが僅かに開いている。そこから覗く頭-グレーのサイドテール、黒髪、緑+アホ毛、ツバ付き帽子。

 

 「腰を…落ち着ける場所…?」

 「しばらくここに駐在と言ったな」

 「重傷って、私を助けて!? …ば、バカじゃないの…」

 「なかなか面白そうな展開ね」

 

 丸聞こえなんだがな…色とりどりの髪の色が作るトーテムポールを見ていると叱る気にならず、南洲はソファの傍らに立てかけておいた木曾刀を杖代わりにして立ち上がり、ドアに近づくと内側に大きく開く。

 「用事があるならノックして入ってこい」

 

 急に支えを失い司令官室に転がり込む四人の艦娘達-霞、早霜、夕雲、霰。

 

 大の字に伸びている早霜の背中に跨る夕雲は、いたずらな視線を送りながら意味あり気に南洲に話しかける。

 「もう…あまりジロジロ見ないでね」

 「な、何よっ、言いたい事があるなら目を見て言いなさいよっ!」

 夕雲の背中におぶさるようになった霞が思わず毒付けば、トーテムポール崩壊からいち早く逃げた霰はちゃっかり自己紹介をしている。

 「霰です…んちゃ…とかは言いません…よろしく…」

 

 宇佐美少将はそんな光景を見てうんうん頷きながら言葉を継ぐ。

 

 「お前に興味津々のようだな、南洲。しばらく世話になる場所だ、お嬢ちゃん達の案内で見学でもしてこい、歩けるんだろ? 俺は単冠湾泊地の艦娘達が出発するからその見送りだ」

 

 

 

 「…では南洲さん、いいんですよ、甘えてくれて」

 夕雲はそう言うと、肋骨の痛みのため刀を杖代わりにしている南洲の右手をそっと支える。

 

 大湊の艦娘の間ではすでにある種の期待感が広まっていた。これは彼女達に質問を受けた宇佐美少将や石村中将が意味ありげに回答したことにも起因する。

 

 

 -さてどうかなあ、南洲次第だがな。

 

 

 「先に行くわよ、見てらんないったらっ! …ちょっと、ちゃんとついてくるのよっ!」

 一人ぷりぷり怒りながら先を進む霞だが、一定の距離以上には進まず立ち止まって南洲を待っている。

 

 夕雲と同じように南洲の左手を取りながらちょこちょこ歩く霰が見上げながら口を開く。

 「霞………昨日の夜……どこから案内するのか一生懸命考えてた…から…」

 向こうではワーッと叫びながら両手を上げ霰の声をかき消そうと霞が必死になっている。思わず南洲が微笑みそうになった瞬間、背筋がぞくっとする感覚に襲われ、それは起きた。

 

 

 どかぁっ!!

 

 先を行く霞と南洲達の中ほどの壁が突如吹き飛び、廊下を塞ぐようにチェーンが横たわる。金属を擦り合わせるような音がし、棘鉄球(モーニングスター)が引き戻されてゆく。

 

 「すみません、手がちょっと滑っちゃいました、はい」

 

 いつも通りの花が咲くような笑顔を浮かべ、壁の残骸を丁寧にどかしながら春雨が現れる。呆然とする一行を尻目に、春雨はさりげなく夕雲と霰の手を南洲の手から外すと、廊下を引き返す様に南洲を引きずっていった。

 

 「どう手が滑るとこうなるんだ、春雨(ハル)…」

 「医務室で診察の時間なのに来ないから、最短距離で迎えにきました」

 

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