逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 完治まで二、三か月、それまで大湊駐在…のはずが、すでに大湊の艦娘の間では南洲が次の司令官であるかのように語られている。急な状況の変化に査察部隊の艦娘達もついていけず、自分を置き去りに進む話に南洲が苛立ちを強める。


66. 求められる者

 「はい、外用鎮痛剤も取り替えましたし、内服用のやつは必ず毎食後に飲んでくださいね。春雨さんの応急処置も適切でしたし心配はありませんから。え? そうですね、普通の…でしたら1ヵ月程度の安静期間を経て数か月で改変期、つまり完治に至るケースですが、少佐の場合()、もっと早いと思います。多分二、三か月以内に完治するのでは。少佐はその…」

 

 目の前にいる艦娘が何かを言い淀んでいる姿を見て、南洲はすぐに見当が付いた。

 

 工作艦明石-泊地修理や工廠での艤装改造、時には司令官の頭の修理までこなすエンジニアで、拠点ごとに特徴が異なるようだ。聞いた所ではジャパ○ットアカシなるショッピングサイトを運営しコングリマロット化に成功した伝説の明石や、その明石をライバル視して明石キングダム設立のため日夜スモールビジネスに勤しむ不健全な明石など、ビジネス寄りの明石が多いらしい。何度明石と連呼したか数えていないが、ここ大湊の明石はビジネスではなくメディック、つまり医官を兼ねている。

 

 

 「『回復力が()()()()()を大きく上回っています」って話だろ』

 

 春雨より濃い目のピンク色の髪が上下に揺れる。水色のシャツの上に着たセーラー服に組み合わせたミニの行燈袴。服装は標準的なものだが、今は医官らしく白衣で覆われている。

 

 「それに、『少佐()』って事は、君は仁科大佐のメンテナンスも担当していた、そういうことだろ?」

 項垂れたまま動かない明石だが、その肩は震えている。春雨は南洲が二、三か月で完治すると聞き、少し眉を顰め怪訝な表情に変わった。そんなに遅い訳がない―――これまでも南洲は何度も重傷を負い、時には死線を彷徨ったこともある。その度に驚異的な回復力を見せていた。肩を震わせ黙り込んだ明石の次の言葉を、南洲と春雨は待ち続ける。

 

 「そうです………。私は仁科大佐の着任と一緒に大湊に来ました。少佐の指摘通りです、あの人のメンテナンスがここでの主な役割でした。なので、少佐の体にどのような処置が施されているのかも理解できますし、対応もできます。けれど…」

 

 やっと顔を上げた明石の表情が不安げに曇る。そんな明石を見ながら薄く微笑む南洲が、再び言いよどんだ点を自ら確認する。

 

 「通常の人間より遥かに頑丈なのは確かなんだが、回復力が低下してる。以前ならこの程度の傷は一か月以内で完治したんだ」

 「そ、それでも、既にアルカリホスファターゼ(ALP)値の急上昇、つまり骨芽細胞が急激に活性化し初期仮骨の形成開始が確認されています。これは骨折の治癒過程の第二期にあたる現象で―――」

 「難しいことはいいんだが、それでも完治まであと二、三カ月かかる、ってことだろう? ちなみにだが、仁科ならどのくらいで治るんだ?」

 「………初期仮骨形成完了に1日、完治まで一週間以内、じゃないでしょうか」

 

 南洲と春雨は顔を見合わせる。低下した南洲の回復力と、かつてのそれを上回る仁科大佐の能力。今度は自嘲気味に微笑むと、懲りずに頭の後ろに両腕を組み、やはり肋骨の痛みに顔を歪めた南洲がむしろさばさばした表情で春雨に話しかける。

 「春雨(ハル)、どうやら俺は型遅れになっちまったようだな。仁科の奴が最新型、ってところか。だがまあ、それが分かれば手の打ちようがある。次に会った時はただじゃおかねえぞ、あの野郎」

 「変態大佐の事はともかく…。宇佐美少将のお話ですと、南洲が完治するまで大湊を動けない、ということは後二、三か月大湊に滞在なの?」

 

 今度は明石がきょとんとした顔をし、遠慮がちにそーっと右手を上げる。発言の許可を求めている、ということか。目線で南洲の合図を受けた明石は、驚くべきことを言い出し、南洲と春雨を石化させた。

 

 

 「あのですね、私たちは少佐が次の司令になって、今大湊に来ている皆さんも転属になるって聞きましたよ? だって龍驤さん、祥鳳さんと瑞鳳ちゃんと龍鳳ちゃんに朝から熱血指導してますし。霞ちゃんがキラキラしながら昨夜力説してたので、てっきりそうなんだと思ってたんですけど。違うんですかぁ?」

 

 

 

 「………………暇だな」

 

 南洲はベッドに転がりじっと天井を見つめている。

 

 『今日はとにかく安静にしていてください』と明石からきつく念押しされたこともあり、南洲のために用意された艦娘寮の一室で、何もすることもなく転がっている。仁科大佐の私室は深海棲艦の空襲で破壊され、警備府には男性である南洲が寝泊まりできる場所が残されていなかった。医務室のベッドでも宇佐美少将のUS-2でもいい、という南洲の意見は、『ダメです。ベッドでゆっくり休んでください』との春雨の意見で却下された。査察部隊の艦娘の収容も必要で、大湊の艦娘達は、他施設同様被害を受けた艦娘寮の使える部屋を振分け直し、なんとか南洲のために一部屋用意したのだった。

 

 艦隊本部では春雨と暮らす南洲だが、査察先で艦娘と同衾という訳にもいかず、それに骨折箇所が肋骨だけに寝返りさえ打てない以上、大人しく一人でじっと横になるしかなかった。

 

 「………………暇だな」

 仕方ないので円周率や元素記号をどこまで言えるか試したり、一人しりとりなどしてみたが、すぐに飽きた。

 

 「…女くさいな、この部屋」

 綺麗に整頓されているが、ワードロープ、小さなテーブル、クッション、電気ポットに多少の食器、そしてベッドだけがある飾り気のない部屋。それでも室内、そして南洲が横たわるベッドには、ふんわりとした女性特有の柔らかい香りが漂っている。

 

 「仕方ないでしょう、女なんだから」

 

 ノックもなく静かに空いたドア、そこに肘を掛けるような姿勢で立つ一人の艦娘が南洲の独り言に返事をする。膝くらいまである長い黒髪をポニーテールにまとめた赤い瞳の艦娘。ノースリーブのセーラーに赤いミニスカート、手先は白い長手袋で覆われ、左脚だけがニーソックスに覆われている。

 

 「やっと遠征から帰ってきたら警備府は半壊、自分の部屋は怪我人の病室に使われてるって言われて…まあそれはいいんだけど。貴方が槇原少佐ね、私は阿賀野型軽巡洋艦三番艦、矢矧。よろしくね」

 

 -矢矧…確か能代の妹…だったか。

 

 往時の新鋭軽巡洋艦として攻防ともに高バランスの性能を誇る阿賀野型。矢矧の軍艦時代の最期の戦いとなった坊ノ岬沖海戦では、魚雷七本、爆弾一二発に耐えるという軽巡としては驚異的な抗甚性で戦い続けた武勲艦である。

 

 「…君の部屋だったのか。悪いな、遠征帰りで疲れてるだろ」

 ゆっくりとベッドから降りようとする南洲を矢矧が押しとどめ、すたすたと部屋に入ってくる。

 「ふふっ、いたわってくれるの? そういう気配り、嫌いじゃないわ。でも肋骨を骨折してるって聞いたわよ、無理はダメ。いいのよ、私はお風呂に入るのに着替えを取りに来ただけだから」

 そう言うと矢矧はしゃがみ込みワードロープからごそごそ何かを取り出している。振り返り南洲がまだベッドに腰掛けているのに気付くと、矢矧は少しだけ怒ったような表情で南洲に近づき、そのままゆっくりとベッドに寝かしつけようとする。

 「ほら、けが人は寝てなきゃダメでしょっ! …遠慮なんていらないから、ゆっくりしなさい」

 

 

 「な、南洲さん、お加減はいかがですか? あ、あの…色々お手伝いのために来まし、た…けれど…」

 

 開け放したままのドアから一人の艦娘がひょっこり顔を出し、空中で絡み合う三人の視線。久々のジャンケンで勝利を収めた羽黒が南洲の身の周りの世話をするためにやって来たのだが、視線の先では立派な胸部装甲を持つ露出高めの制服を着た軽巡が、左手にらんじぇりーを抱えながら南洲をベッドに押し倒そうとしている、いや、そのように見えても不思議はない光景だった。

 

 「ご…ごめんなさい! …お、お邪魔でしたか……」

 羽黒が謝る必要はもちろんなく、当然誰の邪魔もしていないのだが、涙声になった羽黒はハイライトオフの瞳のまま、そのまま部屋から立ち去ってしまった。突然の事にぽかーんとして、思わず見つめ合っていた南洲と矢矧だが、すぐに矢矧が羽黒の勘違いの内容と自分の体勢に気付いた。慌てて着替え類を背中に隠すと、顔を赤らめながら南洲からぱっと離れる。

 

 「わ、私!?…っ、どうしよう…あ、あの…どうしよう…わ、私……っ」

 

 わたわたし始めた矢矧に、急に乙女になるなよ、と南洲は苦笑いを浮かべながら、ジャケットを羽織り杖代わりの木曾刀を取ると立ち上がり部屋を出ようとする。

 

 「て、提督、どこへ行くのよ? 安静にしてろと言われてるんでしょう?」

 

 北方航路海上護衛任務に出ていた矢矧を含む遠征組は、数度に渡る定時連絡で警備府とも仁科大佐とも連絡が取れず、旗艦だった矢矧の判断で急きょ大湊に帰還した経緯がある。帰還してみれば戦場となり半壊した警備府に仁科大佐の逃亡、そして見慣れない将官と南洲隊の艦娘達。一連の話をにわかに理解し納得するのは難しかったが、仁科大佐にある種の二面性を鋭く感じていた矢矧は、むしろこの一件で司令官が交替すれば大湊に新しい風が吹く、と好感していた。

 

 提督、と呼びかけられ苦笑いが苦々しい表情に変わる南洲だが、その表情は背中に呼びかけている矢矧に見えていない。そのまま振り向かず、南洲は自嘲気味に言葉を残すと羽黒を探しに歩き出した。

 

 「俺が率いる場所は、もう…。いや、何でもない。宇佐美のダンナも余計な事を…。俺に幻想を抱くのは止めておけ。俺は、君達が期待しているような男じゃない…」

 

 自分達以外の艦娘と親密に接する南洲を見た査察隊の艦娘、自分の意思と関わりなく進み始めている事態に直面した南洲、そして仄めかされた話と本人の反応の違いに驚く大湊の艦娘ー要するに全員が戸惑う状況の中、微妙にぎくしゃくした空気で大湊の日々は過ぎて行く。

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