逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 悪役たちの破局、そして抜錨した南洲達。

 ※独自設定や解釈の多い回ですので、「違うな」と思われた方はブラウザバック推奨で。




74. メメント・モリ

 そもそも艦隊本部は、各拠点や各将官が独立的に管理運営する艦隊に対し命令権及び監査権を持つ唯一の部署、つまり全海軍の頂点であるはずだ。だが、三上大将(自分)の目の前に繰り広げられる光景はなんだ。大体なぜ私が合同調査委員会などに出席を求めらねばならん? 軍令部と合同、というのも癪に障る。

 

 確かに今回の技本、正確に言えば霊子工学部門の連中はやり過ぎだと思う。第二種警戒警報が発令された以上将官室で座している訳にもいかず、現場確認のため港に向かったが…あれは地獄絵図だった。壊れたコンテナから一人、また一人と湧き出てくる連中(モドキ)。落下の衝撃で手足や首が折れたまま、ぎくしゃくしながら虚ろな目で港を彷徨い歩いていた。それが突然駆逐イ級後期型に似た姿に変容する。喉を裂き顎を壊し口を貫きのぞき見える黒い砲身、始まる無差別な砲撃、響く轟音に立ち上る黒煙。幸い陸戦隊の投入により鎮圧に成功した、いや、一定時間が立つと勝手に死んでいった、という方が正解だろうが…。それにしても中臣浄階様は一体何をお考えだったのか―――?

 

 「…う、いしょう…三上大将っ! その…聞いておられるのでしょうか?」

 じろりと声の主を睨みつけ黙らせる。これで何度目だろう、入れ代わり立ち代わり現れる霊子工学部門各チームの責任者や担当者-システムソフトウェア開発、アーキテクチャ開発、アプリケーション開発、データ同化研究、大規模並列数値計算技術研究、利用高度化…ああもういい、覚えきれるかっ!

 

 「………何か?」

 「本日の事情聴取はこれで終了となりますが、三上大将より総括のお言葉はございますか?」

 

 黙れ犬が。だいたい私がこの場に出席を求められるなら、同じ大将格の大隅もここにいるべきではないのか? これではまるで私があの男の下風に立っているようではないか! じろりと声の主を睨みつけ黙らせる。

 

 「…今回の()()の背後関係、慎重に調査せねばならん。また明日、ということであろう」

 「お言葉ですが、()()と呼ぶべき案件ではないかと」

 

 空気がみるみる悪化し、むしろ召喚された霊子工学部門の調達担当次官の方がおろおろしている。これまで数日に渡り朝から晩までみっちり開催されている調査委。これまで何人の技本関係者に聞き取り調査を行い、どれほど膨大な資料を提出させたことか。そしてまだまだこの聴取は続く。

 

 

 

 技本トップに君臨する中臣浄階の指示の元、彼の企てに全面的に協力してきたのは他ならぬ自分だが、証拠を残さぬよう常に細心の注意を払っていた。

 

 「いったい浄階様は何を考えておられるのか? このままでは我らの繋がりが露呈するのも時間の問題だ」

 

 三上大将は自室で不機嫌な相貌を隠さず自席に付いていたが、ふと思い立ったように席を立つと、軍帽を目深に被り、軍刀を差し自室を後にする。

 

 

 

 何度来ても慣れる場所ではない。暗い洞窟と足元に広がる水場、通路として設けられた飛び石の両脇に並ぶ石灯籠、その奥にある拝殿。技術本部の地下深くにあるこの場所は普段は薄気味悪さの方が勝る。だが今日はそれどころではない、はっきりさせねばならぬ。そもそも自分が技本と手を組んだのは自己の権力を確かな物にするためだ。それが今、確かなもの所か下手をすれば失脚しかねない状況に近づいている。幾らなんでもしっかり釘を刺さねばならない。

 

 「大本営艦隊本部統括、大将三上源三、浄階様にお答えいただき儀がございます」

 普段なら拝殿の前に広がる白州に平伏しながら返事を待つが、そんなことは言ってられない。綺麗な波型に整えられた白州を乱暴に蹴散らし拝殿の上り端に足を掛ける。

 

 「随分と切り口上よの、三上」

 冷や水を背中に浴びせられたように、動きを止めてしまった。方向性を感じられない、つまりどこから響いてくるのか分からないが頭に刺さる様な声。間違いなく中臣浄階の声だ。

 

 「もう我慢の限界です。いったい浄階は何を考えておられるのかっ!! 艦隊本部の資金資源の流用、度を超えた人体や艦娘への実験、そして今また罪なき外国人の拉致と生体実験…このままでは私まで罪に問われてしまうではありませんかっ!!」

 

 「のう、それよりも三上、質問に答えてくれぬか」

 先ほど同様に頭に直接響いてくるような中臣浄階の声に、それでも虚勢を張る様に軍刀の柄に手を掛ける。冷や汗が頬を伝うが構わぬ、今は張り合い時だ。

 

 「浄階様、私は心底怒っておるのですっ」

 「いいから答えよ、それが貴様の知りたい事でもある。先の大戦、およそ幾人ほどが犠牲になったかの?」

 

 「…概数で軍人軍属二三〇万、民間八〇万人と記憶していますが、集計方法による増減もあり-」

 「では銃後の民八〇万人余を非道に虐殺したのは誰か?」

 「………」

 「答えぬか。それとも答えられぬか? …………アメリカよ」

 

 -一体何が言いたいのだ、このジジイは?

 

 思わずため息を付き、少し脱力する。どれほど技術的に隔絶した存在とはいえ、国際政治への理解はこの程度か、と。だが中臣浄階が長広舌で続ける話を聞くうちに、自分でも血の気が引くのが分かった。

 

 「本来であれば魂の安息を妨げる『天鳥船』プロジェクトなどに参画するのは愚の骨頂。だがな三上…儂はな、天鳥船プロジェクトに参画するはるか以前、先の戦の最中より鎮魂(たましずめ)の儀を執り行い続けてきた。魂が天道に至る(きざはし)を浄めるのが我が役割。貴様に分かりやすく言えば、必勝を祈り護国を祈った我ら神職の祈りを信じ身罷った幾十万の魂、焼かれ引き裂かれ千切られ犯され餓え病に倒れた恨み痛み嘆き悲しき怒り、それら穢れを全て我が身に受ける、我にできるのはそれだけだ。…だがの、それでは足りぬのだ。誰のせいでこのような目にあった、目に物見せてくれる…一人二人の声ではない、数十万の合唱が我が内に鳴り響くのだよ。かくして我が直霊(なおひ)曲霊(まがひ)と成り、生きながら荒御魂(あらみたま)と成り果せた。三上よ、主は計数に長けておろう、八〇万余の嘆きに見合うには、彼国の幾百万(いくよろず)の魂を人身御供に捧げればよいのか教えてくれぬか」

 

 「…狂っている、狂っているっ!! そんな、そんな事のためにアメリカに攻撃をっ………!!」

 

 広大な太平洋、その主に南西方面を中心に深海棲艦との激戦を繰り広げているのは艦娘で構成された日本海軍だ。一方でヨーロッパやアメリカでも少数の艦娘の開発に成功しているが、日本海軍ほど体系的な運用ができるほどではなく、むしろ日本海軍に自身の艦娘を派遣し運用ノウハウを習得しようとしている。

 

 だが終わらない戦争はない。勝ち負けの別はあれ、いずれどのような形であっても深海棲艦との戦争も終わりを迎える。緒戦で受けた大打撃を冷静に分析したアメリカは、来るべき『戦後』、再び太平洋の覇者となるべく、自衛以外での深海棲艦との戦いから手を引いた。主戦場に背を向け内需振興とヨーロッパとの大西洋間貿易により国家経営を維持するその様は、まるで一七世紀に戻ったようだ。技術としての艦娘の開発は継続しており、アイオワやサラトガといった成功例もある。だが彼らがむしろ強化しているのは通常戦力である。

 

 ゆえに国家として、日本は深海棲艦との戦争を管理するというのが三上の考え方だった。さもなくば戦後再び立ち上がるアメリカに、得体のしれない相手との戦争で疲弊した日本は呑み込まれる。

 

 

 そんな虎視眈々と牙を研ぐ相手に何をやらかそうとしているのか。迂闊に手を出せば他日必ずアメリカの報復を受ける事になる―――。

 

 「いちいち騒ぎ立てるのが小物の証よ、ゆえに貴様は大隅に及ばぬのだ」

 

 体中の血が逆流し沸騰したような気がした。ここまで面罵されたのは記憶にない。たまらず軍刀を抜き、拝殿を駆けのぼると御簾を切り払い初めて中へと踏み込んだ。所詮はイカれたジジイ一人、斬り捨てて全ての罪を追わせてやる。もとよりこのジジイの妄執から全ては始まっているのだ―――。

 

 踏み込んだその先、自分は一体何を見ているのだ? 刀を振りかぶったまま停止してしまった。自分の知識が確かならば、これは即身仏、白地に白紋付の袴に黒い袍を纏っているが死者だ。

 

 -技本で何度も見たアイツはなんだ? 替え玉…ということか?

 -そもそも最後にコイツの顔を見たのはいつだ…? なぜ思い出せない?

 -こんな状態、一年や二年でなるはずがない。なら今まで俺が話していたのは誰だ?

 

 「即身仏(その体)自体、式神のようなものだ。齢百歳(よわいももとせ)も超えると中々どうして体も不自由での。技本での研究過程で知り得たDID(解離性同一性障害)とやらは便利が良い。依代に使うにはあれほど丁度よいものはないのお」

 

 再び聞こえてきた中臣浄階の声に、我知らず絶叫していた。

 

 

 

 千葉県銚子沖東北東約100km―――。

 

 「まさか三上(大将様)がお縄になるとはな。だが聞いた話なら心神耗弱で起訴猶予、死ぬまで予備役じゃねーのか」

 

 LST4001(おおすみ)の全通甲板上、アイランド型艦橋構造物を背に凭れる南洲は、誰に言うともなく言葉を放つ。南洲達が海上の人になっていたこの頃、大本営はモドキの暴走に続き大きく揺れていた。何しろ技本に血相を変えて乗り込んだ三上大将が軍刀を引き抜くと、一人のシニアフェローに『死ねぇーっ、中臣ぃーっ』と叫びながら斬りかかり殺害したのだ。当然その場で取り押さえられ、憲兵隊に現行犯で逮捕され収監中である。

 

 「…しかし、伸びたな」

 「そうね南洲、私が切ってあげてもいいのよ?」

 「長い髪も素敵ですよ、南洲」

 潮風に揺れる髪を気に留め、前髪をついっと指で伸ばす。その南洲を左右から挟むように腕を取るのがビスマルクと春雨。そして春雨はむぅっと頬を膨らませながらビスマルクを見ている。春雨には一つの疑念があった。大湊の前後で明らかにビスマルクの南洲に対する態度が変わったのに、どんな理由があるのか? 元よりビスマルクが南洲に思いを寄せているのは知っていたが、何かこう…その自信に満ちたというか、妙にしっくりしっとりした雰囲気出しちゃってるのはドウイウコトデスカ? もしかして…。

 

 そんな南洲達一行-春雨、ビスマルク、羽黒、鹿島、龍驤、秋月に新たに加わった吹雪、筑摩、明石-は、新母艦LST4001(おおすみ)とともに、石村中将の指令に従い抜錨、闘いの場は北太平洋へと移り始める。

 

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