逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 ミッドウェー海域に先に展開した南洲隊。夜間哨戒中の母艦に、静かに忍び寄る影。


76. 男なら誰でも

 ミッドウェー島北約九〇km、クレ環礁沖・夜間―――。

 

 彼我の戦力や目的、立地等を考慮すると、これはMI作戦、すなわちミッドウェー作戦の再現に近い。質量ともに圧倒的な空母機動部隊を擁した帝国海軍に対抗した劣勢のアメリカ海軍は、最終的には帝国海軍側の積み重ねたミスに乗じ戦争の転換点となる大勝利を収めた。当時を引き直すなら攻撃側はハワイを目指す深海棲艦(元艦娘)の連合艦隊、防御側は南洲隊となる。

 

 

 「さしずめ俺達は米軍側か。皮肉なもんだな。それより、少し休めよ鹿島」

 

 

 そう呟いた南洲はLST4001(おおすみ)の艦橋内の三階にあたる部分にあるCICに鹿島と共に詰めている。おおすみは鹿島によるワンマンオペレーションが齎す省力化の反面、現状では彼女にしか運用できない、という硬直性を抱えてしまった。結果として、約二週間に及ぶこの航海中、交代要員の確保できない鹿島だけは働き続けていた。

 

 「心配してくれているんですか? 嬉しいなあ♪ 大丈夫です、南洲さんのためなら、何でもできちゃいますから。鹿島は戦場ではあまりお役に立てない分、みんなの目と耳として頑張りますね」

 

 にっこり微笑みながら両手でガッツポーズを取る鹿島だが、疲れた様子を隠すことはできていない。隣の席に座る南洲は鹿島の方を向くと、悲しそうな表情でそっとその頬に左手を伸ばす。

 

 「痩せたな、お前。頼むから必要以上の無理をしないでくれ。何度も言ってるが、作戦がやばくなったら迷わず艦を離れろよ、いいな?」

 

 目を閉じた鹿島は、頬に添えられた南洲の左手を右手で包み、愛おしそうな表情を見せる。

 「はいはい、分かりましたから。もう何度も聞きましたよ、ほんとに心配症なんですね。…なら、安心させてくれていいんですよ?」

 

 薄暗く光る計器類と複数の壁掛大型モニターが取り巻く中CICの中、ぎいっと椅子が軽く音を立て鹿島が腰を浮かせると、南洲に近づきそのまま影が重なりかけた。瞬間、鹿島は動きを止め慌てて自分の席に戻り大型モニターを厳しい視線で見つめる。何となく唇を半開きにして待っていた格好の南洲だが、気まずそうな表情を一瞬だけ浮かべ、自分で自分の頬をばしんと挟むように叩く。そして立ち上がり鹿島の背後に立ち同じようにモニターに視線を送る。南の方向に複数の輝点が浮かび、何かが接近中であることを示している。例の大本営令はまだ生きていて、この海域で作戦行動中の艦娘がいるはずがない。となると自分たち以外の友軍は存在せず、モニター上の輝点が示すのは深海棲艦の部隊ということになる。

 

 「アラートッ!! 南南西二七km、反射波の大きさから見て…魚雷艇? …いいえ、これは…浮上航行中の潜水艦! 数は四…南洲さんっ」

 頭に付ける間も惜しみ、右手にヘッドセットを持ったまま鹿島が叫び、南洲に視線を送り指示を仰ぐ。

 

 -浮上航行中とはいえ、あの大きさの存在を探知するのか、すげえ精度だな…。

 

 南洲はまじまじと鹿島を見つめてしまう。艦隊の目として最も重要な役割を担う鹿島は、装備している電探を現用電子兵装に接続する技術実証のテストベッドになることを『南洲さんのためなら』と受け入れ、22号対水上電探改をOPS-28D 水上レーダに、21号対空電探改をOPS-14C 対空レーダーにぞれぞれ接続している。

 

 いまだ多くの部分がブラックボックス化されている妖精さんの技術と新たに配属された明石の技術の成果として、水上電探の探知距離は大型艦で約30-35kmから100km超へ、対空電探のそれは編隊探知で約100kmから150km超へとそれぞれ延伸、探知精度も大幅に向上した。とはいえ兵器としての体系がまるで異なる現用兵装をブースターに使うことで強制的に装備の性能を向上させるこの方法、制御を司る鹿島にとって負担も大きく、この航海が始まったころに比べると顔色は青白く少しやつれたような表情になってきた。

 

 南洲の部隊の弱点は対潜能力の低さである。所属している駆逐艦娘の総数は三名だが、防空特化の秋月にはあまり多くを期待できず、春雨と吹雪の二名がカバーするしかない。昼戦であれば軽空母の龍驤と航空巡洋艦の筑摩による航空攻撃もオプションに加わるが、残念ながら今は夜戦だ。これまで軽巡枠を兼ねていた鹿島は、今回の作戦ではLST4001(おおすみ)の管制を担う以上対潜哨戒に出る事が出来ない。三式探信儀を鹿島の装備に加えそれを現用電子兵装でブーストさせる案もあったが、鹿島の負担があまりにも大きく南洲が強硬に反対した経緯がある。

 

 「潜水艦四が浮上航行中、か…。羽黒と筑摩、聞こえているか? ただちに出撃だ。相手が呑気に月を眺めてる間に電探射撃で制圧しろ、目標位置の詳細は鹿島から送る。春雨(ハル)と吹雪、哨戒は中止して現場に急行しろ。最大船速で突入して爆雷をバラ撒いて止めを刺せ。だが深追いは絶対するなよ」

 

 警告音と共に艦はぶるっと身震いをするように震え、下ヒンジ式の艦尾門扉が上から下に向け開く。門扉の裏側には六基のカタパルトレールが設置され、最大同時展開能力としては一艦隊六名が一斉に発艦可能となる。

 

 「羽黒、出撃しますっ! せいいっぱい頑張りますね!」

 「筑摩、準備万端、出撃します」

 

 スピーカー越しの二人の声がほぼ同時に響くCICで、南洲と鹿島の表情がさらに引き締まり緊張が高まる。一方カタパルトレールで加速しながら着水した二人は左右に波を蹴立て水面を疾走する。元々艦外で夜間哨戒を行っていた春雨と吹雪はすでに遥か先を目標地点へと向かっている。

 

 羽黒は腰にマウントされた基部から延びる左右二つのジョイントアームにそれぞれ接続された、艦体の一部を模したベースユニット上の主砲を動かし射撃体勢に入る。筑摩も同じように腰にマウントされた基部につながるジョイントに接続されたベースユニット上の主砲を動かすが、こちらは右側に砲塔が集中配置されているため、半身になるように目標方向に対する。

 

 「羽黒さん筑摩さん、敵部隊E1からE4、単横陣で依然として浮上航行中、座標送りますね。今のうちに先制してくださいっ! 第二撃以降の弾着修正等射撃補正はお任せください。先行する春雨と吹雪(お二人)は、鹿島が合図したらそれぞれ左右に散開してください。羽黒さん筑摩さん、三〇秒後に撃ち方、始めっ」

 

 無駄のない的確な鹿島の指揮は、『俺、いなくてもいいんじゃね』と南洲が苦笑いを浮かべさせるのに十分なほどだった。

 

 「砲戦、始めますね」

 「これ以上、近づけさせません!」

 

 夜の海に突如響き渡る轟音と爆風、砲口から上がる発砲の炎と煙。一瞬白く照らされた夜が切り裂かれ、一〇門を超える20.3cm砲から放たれた鋼鉄の暴力が二七km先、最大射程距離すれすれだが、目標目がけ突き進んでゆく。

 

 

 

 「前方に発砲炎一〇以上確認っ! 捕捉されてる!? 着弾、四〇秒後くらいなのーっ」

 「戦闘は…あまり好きじゃないけど…」

 

 夜の水面、横一線に等間隔で浮かぶ魚雷に跨るセーラー服様のスク水姿の4人-伊19(イク)伊26(ニム)伊8(はっちゃん)、そして伊168(イムヤ)-が慌てに慌てている。自分たちの目では捕捉できなかった相手から受けた突然の砲撃、夜空を切り裂く砲弾の風切音がどんどん大きくなるのを思わず呆然と見守っていたが、我に返ったようにイムヤとニムが叫び、それをきっかけに全員が回避行動に入ろうとする。

 

 「やばっ! 急速潜行! 急いで!」

 「やだやだやだーっ! ってか敵じゃないのにーっ!!」

 

 急速潜航しても安全深度まで到達する前に着弾してしまう。四人は頭を抱えたりしながら跨っている魚雷の上に蹲り運を天に任せ目をぎゅっとつぶる。直後、前後左右に20.3cm砲の九一式徹甲弾が次々と着水し水柱を立て、時ならぬ海水の雨を降らせる。第二撃が来る前に安全深度まで潜るため四人は一斉に海面から姿を消した。

 

 「なっ、ちょっとっ! 初撃から挟叉ってどんな射撃精度なのよっ!」

 「んーと、眼鏡眼鏡…あ、あった。あれえ、駆逐艦二、もの凄い勢いで突入してきますねー」

 「緊急回線開くねー。このままだとイク達やばいのー」

 「だめだめだめーっ! 無線封鎖って言われたのにー…ってそんなこと言ってる場合じゃないか」

 

 

 イクからの緊急通信がおおすみのCICに飛び込み、南洲があわてて攻撃中止を命じなければ、初戦は同士討ちと言う洒落にならない事態になるところだった。

 

 

 「お前たちIFF(敵味方識別装置)積んでないからな…まあ何だ、無事でよかったな」

 「ひっどーいっ!! あんまりなのねーっ!えーっと、間宮羊羹一人一〇本を賠償に要求するのねっ」

 続々と艦娘が集まるおおすみの食堂は時ならぬ盛況を見せている。気まずそうな表情で頭を掻く南洲と、ぷりぷり怒っているイクをはじめとする四人の潜水艦娘。久しぶりに会うトラックの艦娘達だが、なぜこんな所をうろうろしているのか―――。

 

 唐突にスピーカーから鹿島の声が流れ、秘匿通信での緊急電が入ったので南洲にCICに戻るよう伝える。全員は顔を見合わせながらぞろぞろとCICに向かい歩き出す。

 

 

 

 「しかし鹿島の索敵能力がここまで向上しているとはなあ、いやあ驚いた。イク達は秘密裏にクレ環礁北方で哨戒線を張るはずだったんだがな」

 「…おいおい宇佐美少将(ダンナ)、いいのかよ。自分の指揮下にない部隊を勝手に動かして。命令違反にも程があるだろ」

 

 すうっと目を細めながら意図を糺す南洲と、とぼけたように鹿島の索敵を褒めちぎる宇佐美少将。だが話の内容はさらっととんでもない。イク達四人の存在は、内地将官の待機と大規模作戦の中止を命じた大本営令を完全に無視していると言われても反論できない。

 

「南洲よ、俺はなーんも違反なんかしていない。作戦活動じゃねーぞ、これ。トラック泊地の提督、ほら、ヤツだよ、あいつから『潜水艦娘の練度向上のためちょうどいい遠征先はないか』って相談を受けてな。つまりこれは()()()()()()()()()()だ。それにイク達がトラックを出発したのは…確か大本営令の出る直前だったな」

 

 「はははっ、なるほどね。作戦じゃないなら止める必要はないよな」

 「ハワイが中臣浄階の目的地だって判明したからな。まあなんだ、こんなこともあろうかと用意しといたんだ。いやー、男なら一生で一度ぐらい、ここぞって時にこの台詞言ってみてーよな、がははははっ」

 

 老獪に不敵に、通信越しだが笑い合う二人の男(宇佐美少将と南洲)の姿を、吹雪は感動したような面持ちで眺めていた。

 

 -あの時司令官は言ってました。『宇佐美少将と石村中将は必ず動く』って。こんなに厚い信頼関係、すごいですっ!

 

 

 大本営令が発令された当日、石村中将と宇佐美少将は()()()()()()()()()()として、大湊と単冠湾の艦娘を『北方海域大演習』と称し、中臣浄階の部隊を追走するようにこの海域に急行させている。そして再び鹿島が叫ぶ―――。

 

 

 「「アラートッ!! 北北東一一〇km、大艦隊発見っ! …七、八…艦隊一二、随伴艦一、小型艦艇…おそらく輸送艦かな、が六。このままの速度なら〇六〇〇(マルロクマルマル)頃にこの海域に到着する見込みですっ」

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