逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 政治と軍事の狭間で、南洲は決断する。そして南洲に応える艦娘達。ついに戦いのゴングが鳴る。


77. 選んだ道

 「〇六〇〇(マルロクマルマル)頃、か…。あと四時間弱は時間がある訳だな。南洲、作戦目標を最終確認するぞ、いいな」

 スピーカー越しの宇佐美少将の声が緊張を帯びる。南洲はにやりと笑い、了解、と短く答える。

 

 「まず全体像だ。一つはアメリカ本土で起こす大規模同時テロ、そしてハワイ攻略。中臣浄階はこの二つを復活祭(イースター)に同時に行うはずだった。だがすでに相手の作戦は破綻している。アメリカに潜入しているモドキ…つっても変容前だから一応人間の皮は被ってるがな、これには手を打った。すでにNSA(アメリカ国家安全保障局)に現地に潜伏中のモドキ共の個人情報、元の情報と偽造後の情報の両方を開示してあるから、NSAとFBI(連邦捜査局)が摘発するだろう。方法は…まあ知らない方がいい。後は、どっちの借りでどっちに貸しになるか、たまには外務省にも仕事をさせてやろう」

 

 「へえ、相変わらず()()()()には顔が効くんだな。さすがダンナ…いや、この場合は『(みみずく)の宇佐美』って言うべきかね」

 乾いた笑い声だけで答える宇佐美少将ーかつて海軍内の憲兵にあたる特別警察隊に所属、その後警察庁へ出向し刑事局組織犯罪対策本部で国際組織犯罪対策官を務め、軍復帰後はトラック泊地の提督を務め少将に昇格、同時に査察部隊を率いることとなり現在に至る。彼の二つ名は、特別警察隊時代、相手に気取られず水面下で確実に証拠を固め一気に立件逮捕を進めるその様を、羽音を立てずに獲物を襲い狩りをする夜行性の猛禽類に準えられたのが由来である。

 

 

 「それよりも、お前たちの現在地を基準としたそれぞれの予想到着時刻だが、敵艦隊は約三時間後、単冠湾艦隊はその三時間後、日向と伊勢、そして大湊(こっち)から出向させた山城を中心とする水上打撃部隊だ。大湊艦隊はさらに四時間後の到着だが軽空母三名を中心とする機動部隊だ、夜が明け次第航空攻撃に入れる」

 

 「…つまり、俺達は最低でも後続部隊の到着まで相手を足止めしろ、ってことか」

 

 南洲の周囲がざわめく。トラック組を含め総勢一二名の艦娘はさすがにCICに入りきらず、現在食堂に集まり、鹿島が持ってきた携行用JTRS-HH(統合戦術無線システム)で受信した秘匿通信をスピーカーモードで聞いている。

 

 鹿島の探知した情報、そして後続二部隊による索敵結果、さらに宇佐美石村の両者が収集した情報、それらを照合した結果、敵艦隊の構成は、雲龍、葛城、天城、大鳳、飛龍からなる空母機動部隊を中核に、打撃部隊の主力は比叡、霧島、高雄。護衛兼水雷戦隊が神通、照月、神風、萩風。この全てが深海棲艦にコンバートすると見られる。そして旗艦と思われるDDH-144(くらま)に輸送艦六が随伴していることが判明した。

 

 「問題はこの輸送艦でな。各艦五〇合計三〇〇の()()()が積まれている。こいつらは是が非でも殲滅しないと厄介な事になる。いいか南洲、輸送艦と敵旗艦の撃沈及びモドキの殲滅を最優先、敵本隊は可能な限り拿捕、分かったな」

 

 「…ダンナ、さっきからモドキは完全にモノ扱いだな。変容しなきゃただの人間だよな? それに旗艦って、あの部隊の指揮官がいるってことだな」

 「モドキか…救い様があればただの人間と言う事も(そういう言い方も)できただろうがな。大本営の騒動で残された残骸を司法解剖したが…あれはダメだ。あの変容は死を前提としている。そして連中を変容させるトリガーは敵が握っている。DDH-144(くらま)に座乗してる指揮官は特定できていないが、この際誰でも構わん。どうせ技本の息のかかった連中だ。とにかく、この件に海軍が関わっている証拠を残されちゃあ困るんだよ。だが堕天(フォールダウン)した艦娘達は、半数程度でいい、必ず拿捕して日本に連れ帰れ」

 

 南洲の目がすうっと細くなり、右眼が赤く光る。感情が高ぶった証拠だが、それでも南洲は努めて冷静な口調を保とうとしている。そして南洲の感情の動きは、春雨、ビスマルクと鹿島には敏感に伝わる。南洲を宥めるようにそっと手を重ねる三人だが、その全てが左手に集中し、傍から見ているとまるで出陣前に気合を入れているようである。その様を見たトラックの潜水艦娘達と、それに釣られた吹雪も南洲の周りに集まり、左手を次々に重ね、気勢を上げ始める。

 

 「いや、そうじゃなくて…。ああもう、くっつくなお前らっ! …ダンナ、どういうことだ? 随分キナ臭い話じゃねーか」

 

 スク水一枚の下はモロ素肌と言う潜水艦娘達に密着されるのはさすがに南洲も気まずく、下手な場所に手を振れぬようにして押しのけながら、宇佐美少将に皮肉めいた口調で言葉を返す。そして宇佐美少将の返事は、さらに南洲を苛立たせるものだった。

 

 

 「お前は知らんだろうが、大坂で外国要人を招いた会議があってな。その席上でイギリス代表から、研究材料として堕天(フォールダウン)した艦娘の提供を求める声があがったそうだ。だが大坂の筆頭秘書艦を渡せって話に吉野中将が激昂し物別れに終わったらしい。そこでだ、今回お前たちが首尾よく敵艦隊を拿捕し、交渉の切り札にする。これで諸外国にも海軍の慎重派の連中にも恩を着せられる。というよりな、こんな状況で強硬派だ慎重派だと言ってる方がおかしいんだが、()()()()()きっかけにはもってこいだろう」

 

 

 「つまりダンナは、俺達…いや後続の部隊も含めて艦娘達に人間を殺せ、保護じゃなく外国に引き渡すために堕天(フォールダウン)した艦娘を捕まえろ、そう言ってるのか?」

 

 

 この会話が、艦娘全員に動揺を走らせる。青ざめた顔で南洲をじっと見つめるビスマルク、無表情のまま棘鉄球(モーニングスター)のチェーンをじゃらりとさせる春雨、目を伏せ南洲のジャケットの裾を震える手で掴む鹿島、両手で口を押さえ声を上げるのを押さえている羽黒。他の艦娘達の反応も大同小異で、手の中でふよふよ踊る式神に誰にも聞こえないような小声で話しかける龍驤、その横で吹雪と秋月は抱き合いながら半べそをかいている。トラックの潜水艦娘達はある程度の事を予め聞かされていたのか、南洲隊ほどの動揺は見せないがそれでも苦い表情を浮かべている。唯一筑摩だけは『姉さんが含まれていないなら、何でも構いません』と超然とした表情でうっすら微笑む。

 

 

 再び南洲の声が奔る。静かだがよく通り、そして満腔の怒りを抑えているのが伝わる声。

 

 「ダンナ、昔俺に言ったよな? 『査察部隊(この部隊)は、全ての艦娘の権利を守るための即応部隊』だと。敵…技本艦隊は、誰のせいで深海棲艦と艦娘を行ったり来たりする羽目になったんだ? 全て中臣浄階のせいだろう? モドキや敵の指揮官をどうしようとダンナの勝手だが、なぜ艦娘達が人間を手に掛けなきゃいけねーんだ。人間を守るために現界した彼女達に人間を殺せだと? ダンナ、今のあんたは一体何を守ろうとしてる?」

 

 「ひでえ事を言ってると思うか、南洲よ? お前こそ現実ってやつを見ろ。海軍も日本も綺麗事だけでやっていけねーんだ。いろんなしがらみの中で、好悪善悪関わりなく必要と思われる手を取るしかない時だってある。払う犠牲を最小にして最大限の効果を得る、それが戦争であり政治だろう? この一件が首尾よく片付けば、お前の処遇だって全然変わる。再び日の当たる道を大手を振って歩く事だってできる。納得しろとは言わん、だが理解しろ」

 

 

 沈黙が続く食堂。誰もが南洲の次の言葉を固唾を飲んで待っている。そして長い沈黙は唐突に破られる。どこか吹っ切ったような表情で南洲は話し始める。

 

 

 「 …ダンナ、良く聞いてくれ。俺は春雨(ハル)に守られ、鹿島に頼り、羽黒に助けられ、龍驤に背中を任せ、秋月に支えられ、そして今、ビスマルクが照らす道を行こうと思ってるんだ。俺はこいつらがいるから、俺でいられる。技本艦隊の連中だって、誰かが同じように手を差し伸べてやらなきゃ。ハワイ攻略は何としても防ぐ。だがそれは俺のやり方でやる。まあ何だ、抗命罪で俺を拘束する準備をして帰国を待っててくれ。ダンナ、俺は俺の心の羅針盤が指す方に進む。今まで世話になった、ありがとうな」

 

 

 そう言い通信を終了した南洲は、自分に集まる艦娘達の視線を微笑みながら受け流し、明るく、むしろ楽しそうに立て掛けていた木曾刀を掴むと立ち上がる。

 

 

 

 「なるほどなぁー、面白い作戦立てるもんやな。上手くハマればいい線いくんちゃうかな…はぁ…ぁべくしょぉんっ…って、ちくしょーっ!」

 

 LST4001(おおすみ)の全通甲板に一人立つ龍驤が一際オヤジ臭いクシャミをして、クシュクシュと鼻をこする。夜明け前、吹き渡る潮風は強く、水干風の紅色の衣装の裾は大きくはためき、背後に浮遊する飛行甲板の巻物もゆらりゆらりと揺れている。龍驤が発艦させたのは以前大坂沖戦でも投入した、彗星艦爆で構成される夜襲戦法を得意とする美濃部(みのべ)隊、またの名を芙蓉部隊。試作装備ながら、龍驤はこの部隊をいたく気に入っている。

 

 敵の電探を避けるように爆装のまま海面スレスレを飛行する彗星が一機また一機と、先行する春雨、ビスマルク、羽黒、筑摩、翔鶴、秋月を追い越してゆく。

 

 「あの高度をあの速度で…! まだ夜間なのに…」

 同じ空母系艦娘として、龍驤航空隊の技量に驚きを隠せない、という表情で、翔鶴が翔け抜ける彗星を見送る。

 「RJは歴戦の空母、この私が安心して背中を預けられる相手よ。彼女に胸と身長があればショーカクもうかうかしてられないわよ」

 海面を疾走しながら、ビスマルクが肩をすくめてこの場にいない龍驤をからかい、羽黒と秋月がくすりと笑う。唯一春雨だけは不機嫌そうな表情をしている。

 

 

 「南洲…今更選択を求めるなんて…。私は…どんな時でも貴方の傍にいるのに…」

 

 宇佐美少将との通信終了後、南洲は改めて自分と一緒に来て欲しい、深々と頭を下げそう頼んだ。客分のトラック勢、新任の吹雪と筑摩が戸惑うのを余所に、無論誰一人部隊を立ち去る者はなく、全員が南洲と運命を共にする、と固く誓ったのだが、春雨はその願い自体がひどく不満だった。

 

 -そんなこと、聞かなくても分かってるくせに…。分かってないなら鈍感にも程があります。

 

 ぷうっと頬を膨らませながら海面を疾走する春雨に、羽黒がそっと近づく。

 

 「やっぱり司令官も言葉で聞きたかったんだと思います。私達と同じように」

にこっと微笑みかける羽黒の言葉に、春雨も腑に落ちたような表情になる。

 

 

 そして―――。

 

 「敵艦隊との相対距離、三〇kmを切った。連中も慌てて砲撃してくるはずだ。全員最大船速で突入開始っ! 龍驤、爆撃体制を整えとけよっ。翔鶴、上手くやれよ。もうじき夜明けだ、艦載機も出てくる。ここからの五分、最初の勝負所だ、気合入れてけっ!」

 

 南洲から檄が飛び、それを嚆矢として部隊は戦闘に突入する。

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