逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
「げほっ、ごほっ…やってくれるわね…。この程度でこのビスマルクを沈められとでもっ!」
汗で頬に貼りつく金髪を煩わしげに払い、血の混じった唾を吐き捨てる。制服も至る所が破れ、露出している白い肌は血と汗と砲煙に塗れたビスマルク。震える膝を拳で叩き言う事を聞かせ、再び加速するがこれまでに受けた損傷のせいで気持ちが望むほどの速度が出ない。砲戦開始からどれくらい撃ち合っただろうか、比叡、霧島、高雄は
「…舐められたものね、後で泣いてもしらないからね」
そもそもここまで砲戦に付き合わされることになるとは想定外もいい所だ。相手の戦力を漸減させた上で頃合いを見て撤退し相手を誘引、再出撃した部隊と合流し反転攻勢に出る、という筋書きだった。
だが―――。
回避運動を繰り返しながら悔しさに唇を噛むビスマルクは、自分が敵の戦術に追い込まれている自覚もある。戦闘というよりは狩り、そして獲物は自分。おそらくは母艦に座乗する相手の指揮官の策か。敵三人とも三〇ノットを超える高速艦のため、自分の速度の優位が生かせない。比叡の35.6cm砲と高雄の20.3cm砲が自分の機動を制約し進路を限定する。そこに霧島の41cm砲が狙い撃ってくる、というより霧島の射界に追い込まれる。
「まるで『ライン演習作戦』の繰り返し…あの時は酸素魚雷なんて厄介な物がなかったから四〇〇発まで耐えたけど、今度はどうかしらね」
ちらりと自分の左脚に目を向ける。グレーのニーソは大きく引き裂かれ火傷と出血が痛々しく、足元のショートブーツ様の主機も壊れるなど受けた雷撃の威力を物語る。
「また来たっ!!…この子だけは
突入してくる相手に未だ健在の
◇
下ヒンジ式の艦尾門扉が着水し、左右にゆったりと波を作る。門扉の内側に設けられたカタパルトレールに、四名の艦娘が足を乗せ主機の回転を上げ始める。
「頼むぞ」
出撃する艦娘を見守る大柄の男性ー槇原南洲は、両手を刀の柄にかけたまま一言だけ呟く。返事の代わりに大きく頷いたりサムズアップで応えるのは羽黒、筑摩、秋月、そして龍驤。春雨は装備換装を済ませ吹雪の代わりに母艦防衛に回ることになった。筑摩と秋月の報告で既に状況は把握している。現状ではただビスマルクが追い詰められているに過ぎず、作戦を中断してでも絶対に救う。
加速しながら海面に向かいそのままの勢いで一気に最大船速まで到達し北上する四人の艦娘を見送ると、南洲は出撃デッキの壁面にある内線でCICに連絡する。
「鹿島、
◇
「やれやれ…葛城も雲龍も人間なら重度の後遺障害を残す所でしたよ。よかったですね、艦娘…いや深海棲艦? まあどちらにせよ、これだけの重傷でも入渠で治るのですから。…なんです大鳳? そうですか、やはり第二波を送り込んできましたか。ドイツの姫君を囮に使うとは相変わらずの無頼漢振り」
技本艦隊の母艦となる
「よろしい大鳳、予想通りでしたね。あなたには敵第二波を迎え撃つ栄誉を授けましょう。さあ、私に聞かせてください、空が哭く音をっ!」
ビスマルクもまた異変に気付いた。自分を追い詰めていたはずの敵艦隊が慌ただしく後退し、新たに出撃した二人の
意識を取り戻し、獣じみた咆哮とともに突進してきた
「…………フンッ」
殴られた右頬を大きく腫らしたまま吐き捨てるように一言残し、防空棲姫は本体に合流し、前衛を務めるようにやや離れた位置に立つ。
その様子を双眼鏡越しに眺めていた仁科大佐は、気の毒そうな表情で胸に左手を当て、首を左右に振る。
「哀れな姫、あのような無様な姿に…いえ、単騎でよくここまで戦ったというべきでしょうか…。私の元に来てさえいれば、
かつての南洲も有していた能力-艦娘の艤装を部分的に使える仁科大佐は、腰にマウントされた基部から延びるフレキシブルアームに接続される、長大な砲身を備えた41cm連装砲塔を動かすと、砲身が俯角を取り、依然として動けないビスマルクに照準を合わせる。
「―――これもまた愛」
「大佐、CICにお戻りください。来ます」
短い、そして緊迫した通信が大鳳から届く。一瞬だけ考え込んだ仁科大佐は、ビスマルクに目もくれず格納庫の上を端まで歩くと、ふわりと飛び降り柔らかく後部甲板に着地する。そして立ち上がると、振り返らずいつも通りくいくいと腰をいれながら歩き格納庫の中へと消えてゆく。
◇
その間にも、南洲の命令で発進した航空隊が姿を現す。翔鶴を発艦した、二一機の烈風改に守られた、村田隊長率いる三四機の天山一二型と一二機の流星改。翔鶴の航空隊は、本来敵本隊を痛撃するための切り札だった。龍驤のアウトレンジ攻撃と水上打撃部隊の反転攻勢で敵を足止めした所に叩き込む止めの刃だが、ビスマルク援護のため南洲は迷わず翔鶴に全機発艦を命じた。
大破し海面に豊かな金髪を広げ仰向けで横たわるビスマルクは、次々と自分を飛び越して敵本隊へと進む航空隊をぼんやり眺めていたが、ハッとする。作戦概要は自分もよく理解している、だからこそ無理筋の状況でも引き受け、敵本隊を釣り上げようとした。だが今は、思う様に体を動かせず、弱々しい涙声で届かぬ空に呼びかける。
「だめよ南洲……どうして…? …そんな…私のため、なの?」
このタイミングで正面から敵本隊に仕掛ける事の意味-自分を救うために作戦を変えてでも軍を動かした男への想いが溢れたせいか、自分のせいで作戦を変える事で部隊を一か八かの勝負に追いやった悔しさか、ビスマルクは両手で顔を覆いながら泣き続けていた。
◇
空を舞う七八機の六〇一空仕様の烈風を見送り、右手のクロスボウを撫でながら大鳳は呟く。
「この編隊を見たかったの」
「大鳳、呼びましたか?」
不意に仁科大佐から入った通信に、変態違いです、と思わず途中まで口にしかかって慌てて口を塞ぐ大鳳。
「おかしな子ですね。それよりも効率的に迎撃を頼みますよ。おそらく槇原南洲は先鋒にして、後続の大湊・単冠湾の二部隊の到着まで我々を足止めし出血を強要する捨石。それがここで全力攻撃に出てきたという事は、そろそろ、と言う事なのでしょう。さっさと潰して敵本隊に備えますよ。ここをしのげは我々の勝ちです。鹵獲されたDIDモデル達を取り返し、改めてハワイを目指します」
宇佐美少将と石村中将、そして南洲の連携作戦に備えていた仁科大佐も只者ではないが、南洲が宇佐美少将の命令に逆らってまで技本艦隊の拿捕を目指している事はまで理解できていなかった。南洲がこのタイミングで全力攻撃に出た理由はただ一つ、ビスマルクを守る、それだけである。
そんな仁科大佐ではあるが、実は内心この作戦に疑問を感じている。ハワイを押さえる事でアメリカを太平洋から締め出す…浄階様の戦略眼は時間が止まっておられる-。中臣浄階が不世出の技術者であることは疑う余地が無い、だが彼は軍人でも政治家でもない。それでも事態がここまで来た以上、道は前にしかない。
「…私は自分の役割を全うする事に集中しましょう。さあ頼みましたよ、大鳳」
曖昧な笑みではい、と頷く大鳳。別に変態が好みという訳ではないが、どうしても仁科大佐を放って置けず、きっとこの人を理解できるのは自分だけ、そういう気持ちになってしまう。指輪に軽く口づけてから、改めて空を見上げ右手を前方に振り出し宣言する。
「旗艦大鳳、全艦に命じます、これより殲滅戦に入りますっ! 雲龍と葛城は敵空母と随伴部隊の殲滅、私は母艦直掩、比叡さんと
◇
拿捕した四人の深海棲艦は、ロックチョーカーで機能制限を加えた上で入渠ドック直行となった。空母娘二人と駆逐古姫は依然入渠中。そして今、CICの南洲宛てに明石が、古紫色のセミロングの髪を左側でサイドアップにした、白の半袖シャツだけを彼氏のやつ借りちゃった的に着て、大きく破れた胸元を気にしつつシャツの裾を押さえている金色の瞳の艦娘を伴い訪ねてきた。
「………」
何で着替えさせなかった、の意を込めて南洲は明石にじろっと視線を送る。すぐにその意図に気が付いた明石が言い訳気味にわたわたしながら説明を始める。
「あー、えっとですね…。その駆逐水お、ああいえ、そちらの方ですが、入渠の途中で突然パニックになって走り出しちゃったんです。夜が怖い、とか言いながら…。で、追いかけて宥めて、隊長の元にお連れしたという訳です」
「あの…質問してもいいでしょうか?」
おずおずと萩風が遠慮がちに口を開く。
「私は陽炎型駆逐艦一七番艦、大本営技術本部付実験艦隊所属の萩風です。その…なぜ私はこんな所にいるのでしょうか? この恰好からすると、私は中破しちゃったみたいですね…。この部隊は現在戦闘中のようですが、どちらの所属でしょう?」
びしっと敬礼の姿勢を取る萩風だが、はっとして破れた胸元を慌てて隠す。萩風の姿は艦娘以外の何物でもなく、羽黒と戦った駆逐水鬼とは到底思えない。翔鶴とは異なり、
「…俺達は今の所大本営艦隊本部付査察部隊、俺は隊長の槇原南洲特務少佐だ。君は戦闘行動中の本艦に保護された。申し訳ないが、戦闘が終わるまで大人しくしていてほしい。…後は明石、頼んだぞ」
君は深海棲艦に
「さて、と…。鹿島、LCACの発進準備進めてくれ。俺と