逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 いよいよ混戦模様の技本艦隊VS南洲隊。敵の熾烈な航空攻撃に晒されながらも粘り強く戦う南洲隊だが、徐々に劣勢に追い込まれる。待つ事も司令官の役割と思い知らされた南洲は、矛盾に身を焼きながら決断する。


82. 私たちの戦場

 艇の後部に配置された4翅の推進用シュラウド付大型プロペラは全力運転、合成風とガスタービンエンジンの齎す轟音とともにLCACは戦闘海域を高速スラロームを続ける。回避運動中の羽黒と筑摩の間を抜け、秋月と吹雪の対空砲火で撃墜され落下してくる敵機を避け、前へ前へと突き進んでゆく。

 

 艇の右側前部にある操縦席には春雨が、左側前部の見張所には萩風がそれぞれ座り、ビスマルクの元へと急行している。最大船速の70ノット近くを維持したまま、海面を跳ねるように進むLCACを春雨は巧みに操船する。大破とは言えビスマルクが今の所健在なのは確認済み、一刻も早くと気は逸るが、戦場はそれを容易に許してはくれない。

 

 『春雨さんっ、右前方から雷撃機三接近中!』

 「了解ですっ!」

 鹿島からのアラートを受け、急転舵で雷撃を躱すLCAC、シートベルトをしていても春雨の体は激しく揺らされる。特殊作戦群時代、南洲と二人だけで活動した過程で身に付けた車や小型艇の操縦の腕前は、人間を遥かに凌駕する感覚器や反射神経の恩恵で一級品とも言える。そして見張所の萩風が叫び、春雨からも緊張した声で通信が入る。

 

 「…見つけたっ! ビスマルクさん、今行きますからっ」

 「南洲、ビスマルクさんは萩風ちゃんが連れてそちらに戻ります。私は…神通さんとちょっとお話があるので、少し遅れますね」

 

 

 

 当初南洲は自ら出撃すると強行に主張していた。LCACなら、現在地点からビスマルクの位置まであっという間に到達できる。だがすでに敵の攻撃隊は展開しており、10分もあればこちらの直掩隊と戦闘が始まるだろう。幾らLCACの足が優れていても航空戦が繰り広げられる戦場を突っ切るのは自殺行為以外の何物でもない。鹿島は必死に状況を説明し南洲の出撃を引き留めようとするが、気が逸っているのかまったく聞く耳を持たない。

 

 「さて、と…。鹿島、LCACの発進準備急いでくれ。今ならまだ敵の空襲も何とかなるだろ」

 

 鹿島がさすがに大きな声を上げようとした時、その隣に座っていた春雨が立ち上がり南洲に近づく。長い薄桃色の髪を揺らしながら、修復が済んだ右腕の調子を確かめるように肩をぐるぐると回すと、にっこりと花が咲くような笑顔を浮かべながら、二人の長い関係で初めて春雨が南洲を痛烈に非難した。

 

 「…南洲、私たちは、貴方が待っている、そう思うから必ず帰ってくるんです。どんなピンチでも、貴方の事を思い出して強くなれるんです。貴方は確かに人の枠を少しだけはみ出してる存在です。でも、本気でその刀と銃だけで深海棲艦化した艦娘と渡り合えると思ってるの? 私たちの戦場には、貴方が入り込む余地なんかありませんよ。もしかして私たちの事、馬鹿にしてるのかな? それとも信用してくれてないのかな?」

 

 そこまで一気に言い募ると、春雨は俯いて肩を震わせながら大粒の涙をぽろぽろ零す。南洲はひっぱたかれた様な表情になり、ただ泣きじゃくる春雨を呆然と見ていた。そして近づいてきた鹿島がそっと春雨を抱きしめ、柔らかいが断固とした口調で南洲に告げる。

 

 「春雨さんの言う通りですよ。貴方は軍令に逆らってまでも深海棲艦化した艦娘を救いたい、そう言いました。そして私たちは貴方のためだけに戦う事を選びました。なら、その結果がどうなるのか、最後まで見届けてください。海は私たちの場所です、そして貴方という港に帰ってきますから」

 

 

 CICを沈黙が支配する中、泣き腫らした目のまま南洲を見つめる春雨と、柔らかい表情で春雨の髪を手櫛で整える鹿島。目を伏せていた南洲が再び顔を上げ、決然とした表情で静かに、そしてはっきりと言い切る。

 

 「春雨(ハル)、鹿島、済まなかった。改めて頼む、ビスマルクを連れて、必ず帰ってきてくれ。」

 

 春雨は満足そうに頷き、鹿島もほっとした表情に変わる。気持ちを切り替えたように、南洲はあれこれ指示を出していたが、ふと気配を感じ、CICの入り口を振り返る。その視線の先には、明石と萩風が立っていた。

 「隊長、どうしても萩風さんがお話があると言って聞かなくて…」

 

 躊躇いがちな口調で説明をする明石、その前にずいっと乗り出してきた萩風はすでに着替えを終えていた。部隊に陽炎型が配属されていないため予備の制服は無く、体型に合う制服、いや制服と呼んでいいのかは微妙だが、春雨のミニスカメイド服の予備を身にまとった萩風が、左手を胸に当てながら必死に訴える。

 

 「えっと、隊長とお呼びすればいいですか? こちらの部隊の方の救出が必要な状況なんですね? 助けていただいたお礼といっては何ですが、私にも協力させてくださいっ!」

 

 

 

 「翔ちゃんっ、来るでっ! こっからが正念場やっ」

 

 空母棲姫とフラヲを発進した大編隊が空を埋める中、輪形陣の中心にいる翔鶴は長い銀髪を風になびかせながら目を閉じていた。味方の攻撃隊は待ち受ける七八機もの烈風を相手に苦戦を強いられ、そして敵本隊を発進した攻撃隊がついに牙を剥きはじめる。

 

 まるで踵をきちんと納めるように、靴状の主機に覆われた足を軽く持ち上げ、とんとんと海面を爪先で叩く。左右同じように繰り返した翔鶴は、依然静かな笑みを崩さない。龍驤の直掩隊、そして秋月と吹雪を中心とし羽黒と筑摩も加わった対空砲火網は技本機動部隊の攻撃隊に損害を与えたが、全てを止められる訳ではない。輪形陣外縁が雷撃隊の侵入を防いでいる間に、急降下爆撃隊が翔鶴に迫る。

 

 「翔鶴さん、敵機直上っ! お願い、当たってください!」

 

 吹雪が必死の形相で振り返り、急降下爆撃隊に対空射撃を加えるが間に合わず、投弾を許してしまったが、その全ては海面を叩き水柱を上げるだけに終わった。続く第二第三の敵編隊も突入するが、結果は同じ。捉えられたかに見えた翔鶴は、軽やかな身のこなしで直撃弾コースの投弾を悉く躱し切る。

 

 「隊長…あんな事を男性にされたのは初めてで…。緊張しましたが、今は新しい自分になったような気持ちです」

 

 頬を紅潮させながら翔鶴が呟き、満足げに胸当てに手を添え、何かを思い出すように目を閉じる。再び目を開け、今度は自信に満ちた表情で迫りくる敵の編隊に高角砲を撃ちながらも、回避の足は一切止めない。

 

 「「「はあっ!?」」」

 

 相互リンク中の通信に乗って翔鶴の発言が一斉に部隊中に広がり緊張が走る。当の翔鶴はぽかんとした顔で言葉を重ねる。

 

 「補強増設の話なのに、どうして皆さんそんなに興奮してるのでしょう?」

 

 もう一つの南洲の手-各拠点で需要が多く四つしか集められなかった補強増設ユニット。俗に「穴を開ける」と言われるこの増設を、南洲は春雨、羽黒、ビスマルク、そして翔鶴の四名に行った。改良型艦本式タービンと新型高温高圧缶を装備した翔鶴は、航空戦力の低下を最小限に抑えつつ速度区分は『最速』となり、全艦娘最速を謳われる島風に迫る驚異的な回避性能を手に入れている。技本機動部隊の空襲は続き、翔鶴に急降下爆撃隊と雷撃隊が絶え間なく迫り、執拗に攻撃を繰り返す。だがその全ては水面を滑る様に踊る様に、長い銀髪を陽光に煌めかせる翔鶴に回避された。

 

 「ほえー…翔ちゃんやるなあ。やっぱあれか、初体験は女を変えるっちゅーしな」

 いったん収まった喧騒が龍驤の煽り文句で再燃し、収集の付かない会話を続けながらも南洲隊は粘り強く戦う。だがそれでもやはり限界はある。執拗な攻撃の前に少しずつ、確実に被害が増えてゆく。

 

 翔鶴の回避能力を隠し球に敵の航空攻撃を空振りさせる事は一定の成功を見たが、南洲としてもこんなリスキーな作戦は本意では無い。しかし相手を拿捕する大前提、組み止められた速攻、大破したビスマルクの回収…この状況で取らざるを得なかった一か八かの手だが、数的不利がいよいよ重くのし掛かってきた。

 

 

 「はい、CIC…。あ、明石さん。はい…そうなんですね。ちょ、ちょっと待ってください」

 不意に飛び込んできた工廠からの通信を鹿島が受け、戸惑い気味に南洲に伝言する。

 「あ、あの…南洲さん、拿捕した他の三名も目を覚ましたそうです。そ、それでですね、飛龍さんが妙な事を言って興奮状態のようなんです、『ウェダを守らなきゃ、槇原()()を避難させて』って…」

 南洲の顔色が変わる。その地名、そして自分のかつての階級を知ってるということは―――。

 

 血相を変え工廠に駆け出す背中を見送った鹿島は、背もたれに深く身を預けため息を付く。

 

 「はあ…思い出って美しすぎても辛すぎても、心が縛られちゃうんですよね…」

 

 

 それは昔話。ハルマヘラ島ウェダ-かつて南洲が司令官を務め、大本営の思惑により味方の手で襲撃され、惨劇とまで呼ばれる最後を迎えた基地。そこには第三次渾作戦の実施に先立ち二航戦の二人が配属されていた。蒼龍は舞鶴鎮守府の現秘書艦として、そこの司令官と手を取りあいながら未来へと向かっている。だが飛龍はウェダの惨劇以来行方不明のままだった。

 

 何年かぶりの再会をこの状況で果たした南洲と飛龍。だが、まるで今現在ウェダが襲われているかのように敵勢力や規模、避難状況などを矢継ぎ早に捲し立てる飛龍。この状態が重度の戦時性PTSDであり、堕天(フォールダウン)は、技本がそれを利用した事を語っている。

 

 -身体は艦娘と深海棲艦を、心は過去と今を行き来してるのか。それでも司令官は俺のまま…。よせ、何を考えてる?

 

 この局面で飛龍が戦列に加わる意味は大きい。同時にそれは、記憶の混乱を利用して戦わせることだ。それでも、飛龍の力があれば皆を救える…南洲は血が滲むほど唇を噛み締め俯いていたが、うっすらと涙の滲んだ眼で飛龍に語りかける。

 

 

 「航空迎撃戦の真っ最中で押され気味だ………出撃してくれないか?」

 

 飛龍は無言のまま微笑み、とんっと胸を軽く叩き鉢巻を締め直すと、甲板に向かい駆け出して行った。その背中が見えなくなると、南洲は工廠の壁を思いっ切り叩き叫ぶ。

 

 「クソがあーーーっ! 俺は中臣や仁科と何が違う? やってる事は同じじゃねーかっ!! 飛龍、春雨(ハル)…俺はお前達に何をしてやれる?」

 

 答えのない慟哭を続ける南洲を、明石は何かを伝えたいような目で見つめるしかできずにいた。

 

 

 

 「空母戦なら、おまかせ! どんな苦境でも反撃してみせます‼」

 

 LST4001(おおすみ)の全通甲板上、風を受けながら飛龍が細身の弓を引き絞る。黄橙色の上着に深緑色の丈の短い袴を履いた姿で、指矢の射法で次々と矢を放つ。敵の攻撃隊は、背後から突如現れた熟練の零戦二一型の編隊に襲撃され、恐慌を来たしながら離脱を試みる。飛龍の零戦隊と龍驤の烈風改、さらに濃密な対空砲火に挟まれた技本の攻撃隊は、壊滅に近い被害を受ける事となった。

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