逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 飛龍を含む堕天した艦娘が元に戻れる可能性がある。だがそれが同時に意味することは-。一方で因縁深い春雨と神通が迎える最後の戦い、そしてこの戦闘にも転換点が訪れる。


83. ターニングポイント

 工廠の壁に凭れる南洲は天井を見上げながらも、どこを見る訳でもなく視線を彷徨わせていた。そんな南洲に、明石がおずおずと小さく右手を上げながら発言の許可を求める。南洲から返事は得られなかったが、明石は意を決したように話を始める。

 

 「えっとですね、隊長…大湊警備府の工廠付きだった私がこの部隊に配属されたのは宇佐美少将の強い意向があったからです。私はもともと技本のエンジニアとして、解離性同一性障害(DID)を利用した堕天(フォールダウン)後の艦娘、脳に手を入れ船魂を収納する仮想領域を作った仁科大佐のような特殊な方のメンテナンスとカウンセリングを担当していました」

 

 そこまで言うと、胸元に手を入れごそごそと動かし、首にぶら下げた医療資格者であることを示すライセンスカードを取り出し南洲に示すが、視線さえ合わせてもらえない。明石は意を決したように南洲に近づき、励ますように手を握り話し始める。

 

 「結論から言います。時間はかかりますが、解離性同一性障害(DID)は治療できます。副人格(EP)の多くはPTSDにより解離します。ならそのPTSDを寛解させることで、EPが存在する理由を消失させ主人格(ANP)への統合を緩やかに促すことが可能ですっ! その意味では、解離状態の飛龍さんを戦闘に参加させたのは英断でした。彼女は今、隊長と元の所属基地を守るつもりで戦っています。この戦闘の勝利は飛龍さんにとって物語の完結になり、上手くいけばEPがそのまま消失、またはカウンセリングが可能な状態まで改善するは―――」

 

 そこまで言い、言葉を途中で呑み込んだ明石は心底失敗した、という表情を見せ青ざめる。今自分が治療過程を力説した南洲は、他ならぬDID患者、しかも副人格である。明石は図らずも南洲がどう消失するのか、そのプロセスを解説した事実に気付き、項垂れてしまった。

 

 「勝利が特効薬、ねえ。戦場は生き物だ、勝ち負けは終わるまで分からんさ。…それでも、たとえ結果論だとしても、飛龍や他の深海棲艦化した艦娘が良くなる可能性がある、それを教えてくれたことに一応礼は言っておくよ」

 

 初めて南洲は明石の目を見据え静かに答えると、ゆっくりと握られた手を離すと歩き出し立ち去る。背中越しに呟いた明石には届かない言葉を残して。

 

 「………物語の完結で消失する副人格、このまま何かを恨み、怒り続けることだけが()の存在理由なのか」

 

 大湊で知った事実-負の情念の象徴とも言える副人格の自分。それでも一個の人格として立ち止まらず前に進もうとした。だがそれも主人格の南洲(ヨシクニ)が目覚めるまでの仮初めの生なのか? 自分の存在を確かめるように、左手を何度も握ったり開いたりしていた南洲だが、そのまま歩みを進める。

 

 

 

 場面は変わり、時間も少し遡る。

 

 上空を技本機動部隊の攻撃隊が、翔鶴を中心とする南洲隊の中核へ向かい航過してゆく眼下で、春雨と軽巡棲姫(神通)は対峙していた。軽巡棲姫は、技本艦隊の本体から離れた遊撃として、ビスマルクの救出に向かってくるであろう相手を倒すため遠巻きに周囲を警戒していた。案の定現れたLCACに攻撃を仕掛けようと急接近した所で、操縦席から飛び降り着水した薄桃色の髪のミニスカメイド服の艦娘。ぴたり、と動きを止めにらみ合いが始まる。その間に艇から降りてきたもう一名の艦娘が、ビスマルクを回収しLCACに再び乗り込むと猛スピードで立ち去っていった。艇の後部に配置された4翅の大型プロペラが巻き起こす強風で海面は激しく波立ち、一瞬だけ風に巻かれた髪が軽巡棲姫のフェースガード越しの目を塞ぐ。

 

 ほんの一瞬だけ離した視線、次に見た海面にはにらみ合いの相手は存在しなかった。軽巡棲姫は唾棄しながら、見失った相手の攻撃に備え左腕の大型の艤装で体の前面を庇いながら全周索敵を行う。

 

 -上ッ!!

 

 複数の砲門を備えた艤装で覆われた右腕をかざし砲撃する。空中でできる姿勢の制御など多寡が知れている、にやりと微笑んだ軽巡棲姫だったが、すぐにその表情が、と言ってもフェースガードから見える口元だけだが、忌々しげに歪む。空からは焼け焦げ千切れたメイド服の破片がふわりふわりと舞い降り、目の前には白い襟元と袖口、そしてスカートの裾に赤いラインをあしらった黒地のセーラー服を着た春雨が迫る。一瞬の隙に、早着替えのように脱ぎ捨てたメイド服を軽巡棲姫の頭上に舞わせ囮とし突入した春雨。バックブローのように左腕を振り大型の艤装を叩き付けようとした軽巡棲姫だが、春雨は急停止から強引に横っ飛びに左に動いたかと思うと再び突入してくる。

 

 それを先途に激しく位置を入れ替え砲撃体勢に入ろうとする二人。急減速と急加速を繰り返すストップ&ゴーで相手を翻弄し優位を占めようと激しく動く春雨に対し、その動きを読み切った様子で軽巡棲姫は最小限度の動きで常に春雨を正面に捉えようとする。

 

 「ソノ動キハ昔ウェダデ散々見マシタ。懐カシイデスネ」

 「都合のいいことだけウェダの事を思い出さないでほしいのです、はい」

 

 春雨がすうっと目を細める。その表情を見た軽巡棲姫(神通)もまた、苦い表情に変わる。

 

 -ソノ仕草、司令官トソックリ。

 

 それは南洲が真剣になった時にする表情。軽巡棲姫、いや神通の脳裏にフラッシュバックする過ぎ去った、そして取り戻せない時間-大きなキャンプ場のようだったウェダ基地、静かな美しさを湛えていた秘書艦の扶桑、時間を切り取るように写真を取り続けていた青葉、ムードメーカーの蒼龍、仲間思いの五月雨…誰のせいであの時間が永遠に失われたと思ってる? 貴方は春雨じゃない、駆逐棲姫デショウ? 自分ト同ジ側にいるベキ存在なのニッ!! ナゼ自分だけのうのうと司令官の傍に居続ケテルノッ!?

 

 神通の感情に呼応するように、左腕の艤装、四連装魚雷発射管の下にある巨大な歯を備えた口が大きく開かれ咆哮する。そして今度は神通から動く。一瞬だけ溜めを作り、左足の一歩目で距離を潰すように一気に踏み込み、続けざまに体に引き寄せた右膝、そこに溜めた力を開放する。最小限度の動きで最短距離を飛ぶように紫電の速さで迫る右前蹴り。辛うじて蹴り脚の外側に沿う様に回り込み避けた春雨だが、蹴りの衝撃で制服の上着のお腹の部分は引き裂かれ、スカートの左上部も千切れている。背中に背負った煙突型の艤装の左中央部にも真一文字に亀裂が入っている。

 

 何とか躱したもののその威力の相殺は十分にできず、そのまま弾き飛ばされる…かに思われたが、春雨は水面を水切りの石のように低い軌道で跳び、神通の背後に着水する。蹴り足を躱す刹那、棘鉄球(モーニングスター)のチェーンを神通の足に絡ませ短く保持していた春雨。蹴り脚が引き戻されるのに合わせチェーンもまた振り回され、遠心力で同じように春雨も神通の元へ高速で引き寄せられる。

 

 着水と同時に間髪入れず春雨が流れるように動く。チェーンが絡んだ右足首を引っ張り上げ、同時に左脚の膝裏に前蹴りを一撃。これでバランスを崩された神通は前のめりに海面に顔面を叩き付けそうになる。そのまま背後にのしかかる様に腰に膝蹴り、体を支えようとした右腕を捻り上げ、両足首と右手首を雁字搦めにチェーンで拘束する。

 

 「グッ、ガアアアアアッ!!」

 

 左肩を強引に外して無理矢理艤装をこちらに向け砲撃しようとする神通。その頭と腰を踏みつけて立ち上がった春雨は、左腕の12.7cm連装砲B型改をゼロ距離で弾薬が尽きるまで打ちつくし艤装を破壊する。海面に顔を押し付けられもがき続けていた神通だが、人型として現界した限界、呼吸が続かずにそのまま意識を手放すこととなった。

 

 「右腕の次は左肋骨…結構痛いです、はい。…あんな事望んでなかった、そう言いましたよね? 貴方がそうやって自分を責め続けて立ち止まっていた間、私と南洲はそれが暗闇でも歩き続けていました。神通さん、貴女だけには私や南洲の事を語ってほしくないのです、はい。…それでも、南洲は『深海棲艦化した艦娘を救いたい』、そう言いました。貴女も、その一人です」

 

 痛む左脇腹に顔を顰め、ずり落ちそうになるスカートを気にする春雨。逆海老反りの状態で両手首両足首を棘鉄球(モーニングスター)のチェーンで拘束した神通を、海面を引きずったまま全速力で母艦へと帰投する。

 

 

 

 「こちらの攻撃隊はほぼ壊滅、軽巡棲姫も拿捕…寡兵にして奇手を駆使するその戦術、なかなかどうして粘りますね、槇原南洲。私の目算が甘かったことを素直に認めましょう。大鳳、前進しますよ。砲戦で正面から押しつぶします」

 

 技本艦隊の母艦となるDDH-144(くらま)のCICで、インカムに向かい旗艦の大鳳に状況を確認するのは指揮官の仁科大佐。それを受けて大鳳が艦隊の状況を報告する。

 

 「敵攻撃隊はほぼ撃墜しましたが、当方損害は空母棲姫(雲龍)が大破、葛城と防空棲姫(照月)が中破、比叡さん小破、霧島さんと高雄さんは損害軽微。…大佐、後続が来ない所を見れば、先ほどの航空攻撃が切り札だったのでは? とすれば、敵には十分な戦力が残っていないと思われます。損傷したみんなを一旦収容し、高速修復剤を併用して入渠し再出撃すべきと意見具申致します」

 

 薄暗いCICで顎に手をあて少し考え込んだ仁科大佐は、ふむ、と一つ頷くと大鳳に返事をする。

 「いいでしょう、窮鼠猫を噛むとも言います。万全を期す、としましょう。…ところで損害報告に貴方は含まれていませんが、大鳳、大丈夫なのですか?」

 「私は…はい、大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」

 

 

 

 技本艦隊が整備のため動きを止めたこの時間、大鳳を除く艦娘達が母艦へと戻るため集結し始める。その様子を虎視眈々と狙っている四隻の潜水艦娘達-宇佐美少将の要請で、トラック泊地の司令官が遠征名目で派遣した伊19(イク)伊26(ニム)伊8(はっちゃん)、そして伊168(イムヤ)-がこの戦場のジョーカーとなる。

 

 「狙ってくれって言ってるようなものなの!」

 

 南洲達が独自行動に入る、そう宣言した際、南洲は彼女達四名に所属基地への帰投を強く勧めていた。遠征の名を借りた現海域の哨戒が任務とのことだったが、すでに技本艦隊の動向はキャッチしている、これ以上彼女達が危険な戦場に留まる必要はない-南洲の言葉に対する彼女達の返事は明快だった。

 

 『それもそうなのね。指示に従うのね』

 

 主語が無くても成立する日本語の会話。その言葉を、南洲は自分に対する物と思い込んでいた。だが伊19(イク)達にとってはトラック泊地の司令のことであり、その背後にいる宇佐美少将の命を意味したものだった。

 

 

 そして今、四人から技本艦隊目掛け雷撃が加えられようとしている。

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