逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

84 / 109
 独自行動を取っていたトラックの潜水艦隊の雷撃を皮切りに、ついに戦場に到達した大湊と単冠湾の部隊が牙を剥き、技本艦隊が追い詰められ始める。一方、殆どの艦娘が疲弊した南洲隊は、部隊の立て直しを余儀なくされる。


84. 凪のち嵐

 「よしっ、多門丸、見ててくれた? 私、ウェダを守り切ったよ!」

 LST4001(おおすみ)の全通甲板に、まさに仁王立ちで空を見上げながら往時の司令官に呼びかける飛龍。細身の和弓を持つ左手を脱力したように下げ、目元にうっすら浮かんだ涙を右手の人差し指で拭う。その顔は何か抱えていた重しを手放したような、すっきりとした、落ち着いた笑顔を浮かべている。

 

 「よぉし…あれ? 私、何でこんな所に………?」

 駆け出した足がぴたりと止まる。見渡せば広がる大海原、そして自分は大きなフネの甲板に立っている。何かがおかしい。仁科大佐の指揮の元、技本機動部隊の一員として抜錨した。目標がハワイだと言う事も覚えている。黎明攻撃を受け、強引に直掩隊を発艦させたことも。でも、なぜ? なぜ他国の領土へ侵攻するのか? なぜ自分はそれを不思議に思わなかったのか? そもそも今自分はどこにいて何をしているのか?

 

 明石の指摘通り、ウェダの惨劇を契機に誕生した飛龍の副人格は、形を変えながら南洲を守り切った事に満足し消失した。そして唐突に現実に放り込まれた主人格(飛龍)は、おおすみの甲板に呆然と立ち尽すが、海風と波は何も答えてくれなかった。

 

 

 

 「全員よく聞け、今のうちに後退しておおすみに合流しろ。現況は痛み分けって所だが、正直分が悪いな。龍驤、被害状況を知らせてくれ。ああ、それとだ、ビスマルクは回収、LCACでこっちに向かっている。あとはもう一名拿捕に成功した」

 

 CICに戻ると、鹿島をそっと抱き起した南洲はインカム越しに全員に呼びかける。龍驤から返ってきた答えに、南洲は眉根にしわを寄せ苦い表情になる。大破::吹雪、秋月、中破:羽黒、龍驤、小破:翔鶴、筑摩。これに加え軽巡棲姫(神通)を激闘の末拿捕した春雨が再び中破、一人敵の本隊の足を止める奮戦を見せたビスマルクも大破。敵の第二波が来た場合の防御は翔鶴の航空隊に頼るしかない状況だが、幸い敵の攻撃が止んでいる。今のうちに、全員を一旦帰投させ入渠と補給を済ませなければ。そうこうしている間に、南洲の腕の中で、青ざめた表情の鹿島が目を覚ます。

 

 「…ご、ごめんなさい南洲さん、ちょっと疲れていただけというか…。それよりも、技本艦隊が総攻撃を受けていますっ! 奇襲雷撃、多分潜水艦だと思いますが、それを皮切りに、北西方向一二〇kmに航空隊を確認、方角から見て大湊の部隊と思われます。そして北方約五〇kmから大型艦三を中心とする単冠湾の部隊が突入しています…南洲さん、このままだと…」

 

 索敵用艤装を現用電子兵装に接続する事で無理矢理能力を上げていた鹿島は、代償として大きな負荷を脳に掛け、出航前の接続試験や慣熟訓練で綺麗な顔を歪め吐き戻す事も多かった。その負荷に耐え続け技本艦隊に劣勢ながら挑んだ戦闘、飛龍の件で南洲が席を外した時点で、ついに気力の限界を超え意識を失うまで、鹿島は全力を超えた自身の能力をつぎ込んでいた。

 

 

 翔鶴隊が直掩に回り部隊を護衛しつつおおすみへと急ぐ横を、危なっかしい操船で猛スピードのLCACが駆け抜けてゆく。

 

 「ぶわっ! 頭っから被ってもうたやん! びしょびしょやー」

 「やだっ! スカートが風で…」

 大破した秋月を支える筑摩と同じように吹雪を支える龍驤。すぐそばを駆け抜けていったLCACの生む風と波をまともに受ける事になり、それぞれびしょ濡れになりながら口をとがらせ文句を言う。一方、翔鶴と支え合う羽黒は小首を傾げ不思議そうな表情で呟く。

 

 「LCAC、誰が操縦してるのでしょう? 春雨ちゃんは軽巡棲姫と戦っていたんですよね?」

 

 

 

 南洲達が第二波を警戒しながら収容作業を急いでいた頃、技本艦隊もまた同じ考えで行動していた。ただ唯一の違いは、トラック泊地から遠征の名目で派遣された潜水艦娘達に狙われていること。母艦で整備を受けるため移動を開始した、程度の差はあれ損傷を受けている技本艦隊本隊。潜水艦の天敵・軽巡洋艦と駆逐艦はおらず、大型艦艇が無防備に集結しつつある。技本艦隊の本隊で唯一の駆逐艦は駆逐棲姫(照月)だが、防空特化仕様のためソナーを装備していない。

 

 「確実に母艦を沈めるわよ」

 「逃・が・さ・な・いー!」

 「スナイパー魂が滾るのね~」

 この四人のうち、三人は往時の戦争で輝かしい武勲を持つ生粋のスナイパーである。ミッドウェー海戦で飛龍の反撃に大破した米空母ヨークタウンに止めを刺した伊168(イムヤ)、一回の雷撃で正規空母一、駆逐艦一を撃沈、新鋭戦艦一を三か月に渡り戦線離脱させた伊19(イク)、米空母サラトガを大破させた伊26(ニム)。残る伊8(はっちゃん)は、第二次遣独潜水艦作戦に参加し唯一無事に帰国した経験を活かし、トラックからハワイまでの長距離遠征を無事成功に導いた。

 

 そして二〇本を超える酸素魚雷が技本艦隊に向かい放たれる。

 

 

 「これだけの時間第二波が来ないという事は、やはり大鳳の言う通り敵の航空戦力を潰したのかしら。私の分析でも―――」

 眼鏡をくいっと軽く持ち上げながら空を睨む霧島は、艦と大鳳の前に位置取り、言葉とは裏腹に警戒を続けている。

 

 「じゃあみんな、私先に母艦に上がります。私が手伝うから、急いで乗船してください」

 DDH-144(くらま)の後部甲板の両舷には外部昇降ラッタルが用意されている。乾舷の高いくらまに南洲隊が運用しているカタパルトレールの設置は難しく、普通にラッタルを上り下りして発進と収容を行う必要がある。損傷した四人が次々と乗船し、やっと安どの表情を浮かべた霧島がラッタルに向かおうと背を向けた瞬間、眼鏡のレンズの裏にきらりと反射光が差した。はっとして振り返ると、正確な数を数えている暇はないが一〇本に近い魚雷が水面近くを猛烈な勢いで迫ってくるのが確認できた。

 

 「大鳳っ、狙われてるぞっ!! 雷撃だっ!!」

 

 問い返すこともなく即座に反応した大鳳はクロスボウを構え空に撃ちだす。まさに奥の手として取って置いた六〇一空仕様の流星だが、この局面で躊躇わず空に放つ。

 

 「…ごめんなさい妖精さん、くらまを守るのに力を貸してっ。大佐っ、早く回避してくださいっ!」

 悔しそうに唇を噛みながら叫ぶ大鳳の目に、海面に向かい機銃掃射を続けながらそのまま魚雷目がけて突入してゆく流星の姿が焼き付く。次々と魚雷が爆発し水柱が上がる。

 

 「まだ来るっ! 時間差を付けてるのっ!? 金剛型を舐めないでっ!」

 霧島が自身の耐久力を頼りに自らの体で魚雷の射線を塞ぎ、次々と直撃を受ける。水柱と炎、爆煙が霧島を包みその姿を隠してゆく。くらまの後部甲板では海面に飛び降りようとする防空棲姫(照月)を、後ろから羽交い絞めにして高雄が押さえ込んでいる。

 

 爆煙をかき分けるように大鳳が霧島に近づき、小さな体で必死に霧島を支え母艦に戻ろうとする。

 「大鳳――――っ!!」

 後部甲板から叫ぶ比叡の声に大鳳が気づいた時には、自分のすぐそばまで魚雷が迫っていた。当る-思わず目を閉じた大鳳の体は大きく揺さぶられ、強い痛みが体に広がり霧島を支える手を思わず離しそうになったが何とか持ち堪えた。

 「不発…? た、助かったわ…」

 「フ○ーック! サーック! サノ○ビーッチ!! 水雷部隊の排除、これが真の狙いか槇原南洲ぅぅぅうううっ! 潜水艦隊の接近を助けるために、自分の部隊を囮に使ったという訳ですか。これで完全に大湊と単冠湾の部隊に追いつかれましたね。輸送隊は三隻が被雷し大破…モドキ(積荷)を健在な艦に移乗させなさい。…はっ! 大鳳、大鳳っ! 無事ですかっ、返事をしなさいっ!」

 

 南洲隊とトラックの潜水艦隊は全くの別行動だが、仁科大佐にそれを知る由もなく、連携作戦にしてやられたと激しく毒付いている。その間にもくらまは左舷に緩やかに傾いていた。母艦にまで届いた潜水艦娘達の牙だが、食いちぎる事まではできなかった。くらまの懸命の回避運動でいくつかの魚雷は躱され、一本だけが船体と水平にわずかに接触し左舷喫水線下を削っただけだった。往時の艦艇ならいざ知らず、比べれば紙のような装甲しかないくらまの船体には亀裂が入り浸水が始まったが、それでも応急処置に成功したようだ。そんな状況にも関わらず、滅多に聞かない慌てた声を上げた仁科大佐。自分の事を心配してくれている…少し目を潤ませながら、大鳳が恥ずかしそうに答える。

 「はい、大佐っ。私は無事です、魚雷一本くらいではこの大鳳、沈んだりしませんっ。で、でも…サイハイソックスとスパッツが破れてしまい、その…お尻が少しすーすーするというか…」

 

 「それはいけませんね。スパッツは私が今履いてるものを貸しましょう。早く上がって来なさい」

 

 霧島が目を点にしながら思わず大鳳を眺める。赤らめた頬を両手で挟みニヤニヤを堪える大鳳の姿に、掛ける言葉を失う霧島だが、それでも一言だけ絞り出す。

 「…嬉しいんだ、あれが…」

 

 

 「…おおっ大鳳、何という姿に…。早く入渠なさい、戦闘はまだ続きますよ」

 

 ヘリ格納庫を改修した特設工廠まで降りてきた仁科大佐は、戻ってきた艦娘達のメンテナンスの陣頭指揮に当っていた。そして一番最後に、お互いを支えるように後部甲板に上がってきた霧島と大鳳を見るなり、仁科大佐は一直線に大鳳へと近づいてゆく。

 

 見守る艦娘たちを余所に、見つめ合い手を握り合う仁科大佐と大鳳。

 

 「さあ、決戦です。入渠が済み次第順次発艦しなさい。大鳳は照月と葛城を率いて大湊の攻撃隊を迎撃、霧島は比叡と高雄を伴い単冠湾の部隊と砲雷戦です。雲龍はそちらに付けます、状況に応じて攻防いずれでも用いなさい」

 

 慌ただしく艦娘達が動き出す。すでに整備補給が済み外部昇降ラッタルへ向かう比叡と、急ぎ入渠しようとする霧島を呼び止め、仁科大佐が声を掛ける。

 「霧島に比叡、貴方がたの相手は石村中将麾下の単冠湾部隊、戦術も装備も堅実さを重視するタイプです。砲戦距離は三〇〇〇〇、くらま(母艦)との絶対距離は三五〇〇〇で相手を足止めしなさい。あなた方は十分強いですが、いざという時は…構いませんよ。出し惜しみしてる時ではないでしょう」

 

 不敵な笑みを残し、片や海へ、片やドックへ急ぐ霧島と比叡。仁科大佐のいう“出し惜しみ”が堕天(フォールダウン)を指すことは二人には暗黙の了解である。

 

 そして戦場は最終局面へと駒を進め始める。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。