逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 くらまの衝突で甲板から投げ出された三名の駆逐艦娘達。敵司令官のさらなる手に立ち向かう中、春雨が南洲の援護に向かう。そしてもう一人の艦娘が立ち上がる。


90. 征く者、還帰る者

 おおすみの左舷側、小さな水柱が次々と上がる。その数三つ。海面が盛り上がったと思うと全身ずぶ濡れの少女たちが水面に立ち上がる。

 

 「ホワイトブリムが潰れちゃいました、はあ…」

 「ぷはあっ。ううぅ~、制服がびしょぬれだよお~」

 

 ぶつぶつ言いながらメイド服のスカートの裾を大きく持ち上げまとめるようにして海水を絞る春雨。頭のホワイトブリムはぺったり潰れ、海水に濡れ透けた白いエプロンのフリルはその陰に隠していたダガーナイフに貼りつき形を露わにしている。吹雪はセーラー服の上着が同じように濡れ透けになり肌に貼りついている。一方で同じように海に落ちた秋月はかっちりとした型の制服のため大きく着崩れてはいないが、やはりびしょ濡れである。

 

 くらまの衝突の衝撃で甲板から海に投げ出された三人。艤装を展開していたため溺れる事は無かったが、それでもずぶ濡れになってしまった。

 

 「みなさん、無事ですか? ああ、よかったっ!!おおすみにはくらまからの兵隊さん達が突入してきましたっ。甲板上で南洲さんとビスマルクさんと筑摩さんが交戦中ですが数の差が…。みなさん、至急援護って……右舷後方が大損害でテールゲートが開かないんでした! じゃ、じゃあ前方のランプドアを開放しますので…ってもう、くらま邪魔ぁっ!! ………いえ、それどころじゃないかも知れませんね。前方に…駆逐イ級? PT小鬼群? …えっと、ひ、百以上? ああもうっ!!」

 通信越しでも鹿島が髪をわやくちゃと掻きむしっている様子が目に浮かぶ様な狼狽ぶりだが、事実くらまの衝突によりおおすみの右舷側は大きく破損、特に艦首が突き刺さった右舷後部は圧潰しテールゲートは開閉不能、当然ウェルドックも利用不可、ランプドアは言うまでもない。

 

 

 「ハワイで展開する予定でしたが後生大事に持っていても、今さらですね。さあモドキ達よ、命を燃やし尽くしなさい」

 くらまの薄暗いCICで腰を入れ右手を前に振り出しポーズを決めるボンデージ姿の男(仁科大佐)の声に呼応するように、事態がさらに動く。それは単冠湾部隊が拿捕した三隻の輸送艦で起きた異変。船腹を食い破る様に立て続けに起きた爆発、吹き飛ばされる大勢の人間、急速に沈みゆく輸送艦…辺りが黒煙で包まれる。黒煙が収まる頃、辺り一面が突如現れた駆逐イ級後期型とPT小鬼群の大群が四方八方に動き出し、大湊・単冠湾の両部隊もその対応に追われ、南洲達の援護どころではなくなった。

 

 総勢六〇〇人いたモドキも、今しがたの爆発とそれに伴う輸送艦沈没でその数を大きく減らし二〇〇強となっている。もともと変容すれば一定時間を経て死に至るモドキは、孤立状態とも言えるハワイ、その中で残存と言えば聞こえがいいが取り残されたアメリカ艦隊が籠る真珠湾に突入する、往時の特殊潜航艇と同等の役割を担っていた。

 

 だが『今』勝たねば、ハワイ攻略どころかここミッドウェー沖が自分達の死地となる-仁科大佐は正念場として全戦力を投入してきた。

 

 

 

 「えええーーーっ!! こ、こんなの、どこから湧いてきたんですかぁーっ!?」

 

 目の前には幼児のような子供の様な笑い声を立てながら迫ってくるPT小鬼群。慌てた声で落ち着きなく秋月、前方、そして春雨をきょろきょろと見渡す吹雪は、意を決したように二基四門の主砲を構える。秋月も厳しい目で前を見つめながら、四基八門の一〇cm連装高角砲を動かす。無表情のままの春雨は、じゃらりと棘鉄球(モーニングスター)のチェーンを揺らし始める。

 

 「春雨さんはおおすみに戻ってください。私たちの中で、近接戦闘の十分な訓練を受けているのは春雨さんだけです。私の分までなんしゅ…いいえ、隊長を守ってくださいっ」

 

 秋月は振り返らずに、春雨に艦内へと、南洲の元に戻るよう強い意志を込めた言葉で言う。トラック以来の仲間として一緒に過ごした秋月の気持ちを春雨も勿論知っている。それでも秋月は自分に戻れと言う。わざわざ南洲と言いたかったのを隊長と言い直してまで―――。

 

 「春雨さんは私達帝国海軍駆逐艦娘の代表ですっ! ど、ドイツの戦艦さんに負けちゃダメなんだからっ」

 

 吹雪が腕まくりしながら春雨を励ます。一瞬きょとんとした春雨がみるみる真っ赤になり、それでも言葉を返そうと口を開きかけた所に、舷窓の窓枠と一緒に羽黒が飛び降りてきた。大きな水音と水柱を立て、海面にずぶ濡れのまま立ち上がった羽黒は、懸命にずり上がってしまったミニスカートを直しながら秋月と吹雪に指示を出し始める。

 

 「話は鹿島さんから聞きましたっ! あの相手は、近づけずに時間を稼げば充分です………あの姿に変容した後は…長くは持ちません」

 

 その言葉に顔色を変える二人の駆逐艦娘。羽黒があの異様なPT小鬼群を知っていた事、変容、つまり()()()あの姿に変わったという事、その何かとは―――。戸惑いを振り切る様に、羽黒が凛とした表情で宣言する。

 

 「さあ前進ですっ! おおすみから引き離しつつ牽制射撃を加えます。大丈夫、貴方たちの背中は、私が守ります!」

 

 

 

 半壊したテールゲートを見上げながら、顎に手を当て小さくため息をつく春雨。

 「仕方ないのです…はい」

 

 右腕をしならせテールゲート上部目がけ棘鉄球(モーニングスター)を投擲する。鎖のすれ合う音と衝撃音、大きな金属の塊が落下して立てる水音と水柱、その間を縫い二投目、三投目と放たれる鉄球。すぐに大きな破口が生じたテールゲートに向けた四投目、それは破壊のためではなく、破口の一部にチェーンを絡めるため。海面の春雨もチェーンを手繰り寄せ海面に爪先立ちになりつつ、チェーンに十分なテンションがかかった事を確認する。

 

 「えいっ」

 

 ひょいっとジャンプし、春雨は体を小さく縮こまらせながらターザンのようにおおすみのテールゲートへ向かい飛んでゆく。激突しそうなる直前にゲートに着地し、チェーンを手繰りながらウォールクライミングのように垂直に壁を駆け上がり、ゲート内部へと入り込むことに成功した。ゲート上部から飛び降り、風をはらんだメイド服のスカートをふわりと揺らしながら柔らかく着地する。と同時にウェルドック内を抜け甲板に向かい疾走を続ける。一刻も早く、と気が急いた春雨だが、通路の途中、左側にある部屋の存在に気付き、思わず足を止めた。

 

 営倉。

 

 抵抗を止めなかった軽巡棲姫(神通)には、ロックチョーカーを付けた上で拘束しこの部屋に閉じ込めている。背伸びをしながら鉄格子越しに中を部屋の中を覗き込んだ春雨は、部屋の隅に体育座りで俯いている軽巡棲姫の姿を見つけた。

 

 

 「…またそうやって止まっているつもりですか。ウェダはもう思い出にしかありません、南洲(ナンシュー)と私は、それでも前に進んでいるのに…あなたときたら…はあ…」

 

 春雨のその言葉に、拿捕されて以来沈黙を守っていた軽巡棲姫が、初めて口を開いた。

 

 「ナンシュー…? ドウイウ…コト?」

 「あなたのした事は、基地を壊しただけじゃない。あの人の心も…バラバラにしてしまったの…。私は南洲(ヨシクニ)さんに二度と会えないかも知れない、けれど全てを見続け、支え続けてきました。この先何が待っていても、それでも私は南洲(ナンシュー)の隣にいます」

 

 背中を叩くように営倉から慟哭が響いたが、春雨は振り返らずに甲板を目指す。

 

 

 

 「クソが、一体何人用意してんだよ。二〇までは()ったのは数えてたが…」

 

 肩を大きく上下させ荒い呼吸を繰り返す南洲。木曾刀を右手に持ち、銃を持ったまま膝についた左手、視線は鋭く進路を塞ぐマガイの群れに向けられる。

 

 「四二体を戦闘不能にしましたね。くらまの艦首側から侵入してきた部隊は三〇、こちらは…ああ、たった今カタが付いたようです」

 右隣に立つ筑摩がちらりと振り返りながら、南洲の問いに冷静に応える。二人の背後では、コツを掴んだビスマルクが右舷後方から侵入した敵を次々と無力化していた。同時にかかって来られたら一旦下がり、常に一対一になるよう位置取りする。そして自分に向ってきた相手の腕でも脚でも掴み、力任せに甲板から海へと放り投げる。鼻息も荒く胸を張るビスマルクが、左手を胸に当て誇らしげに南洲に要求する。

 

 「ナンシュー、こっちのは片付いたわよ。増援が来ても任せなさいっ! さあ、もっと褒めていいのよっ」

 「あとでな。…にしても、鹿島達には脱出の指示出した方がよさそうだな。仁科の野郎、つくづく喰えない奴だ」

 

 余裕めいた口調は崩さないが、体力的には余裕がなくなっているのも確かで、序盤に比べ傷や出血が目立つようになってきた。無論艦内に複数の艦娘がいるが、訓練された兵士を殺さずに制圧できるレベルで近接戦闘ができる者はいない。艤装を展開した全開戦闘となれば双方の母艦がその余波で沈むのは間違いない。艦娘を無力化するように、人間の部隊で近接戦闘を仕掛けてきた仁科大佐はやはり侮れない、南洲は歯噛みせざるを得なくなった。

 

 そして前方から迫るマガイの残数は五八。それが突然三〇以下になった。

 

 こちらへ前進を続けるマガイ達の足元、甲板が不自然に持ち上がる。突然下から加えられた砲撃で多くのマガイが吹き飛ばされ、甲板に大穴があく。爆風と煙の中、南洲が目にしたのは、少し俯き加減に甲板に立つ軽巡棲姫(神通)の姿。南洲の姿を認めると、両腕で体を隠すようにしながら微かに頭を下げる。

 

 -コンナ事デ許サレテハイケナイ。私ハ、神通ニ帰ッテハイケナイ。

 

 その間に近づいてきた自分より背の高いマガイの、打ちおろしの拳を左腕の艤装で往なすと、無造作に右前蹴りで動きを止める。声も立てず体をくの字に曲げ上方に浮き上がった相手に、右脚をそのまま振り上げ踵落とし。あまりの鋭さにマガイが曲がってはいけない方向に体を折り曲げる。それを始まりに次々とマガイを破壊し続ける軽巡棲姫(神通)に、堪らず南洲が声を掛ける。

 

 「止めろ神通っ、やり過ぎるなっ」

 

 ぴくり、と動きを止め、恐る恐るといった風情で振り返る軽巡棲姫が、小さく問い返す。

 

 「アノ…ソノ名前デ呼バレルト、私、混乱シチャイマス……。ドウシテ分カッタノデショウ…?」

 

 分からないと思っていたことが分からない、といった表情で、流石に南洲も固まってしまった。動きを止めた軽巡棲姫(神通)の背後から襲いかかろうとした一体のマガイが、八つ当たりのように棘鉄球(モーニングスター)で吹き飛ばされる。

 

 「ロックチョーカーをあっさり壊されて明石さんがしょげてましたよ? まさか直線的に甲板を目指すなんて…真面目に連絡通路を走って甲板まで上がってきた自分がバカみたいです。まったく…やっと立ち上がったと思ったら南洲にちょっかいだすとか、はあ…。やっぱりもう一度拘束した方がいいのかしら」

 

 言葉とは裏腹に、春雨は心から嬉しそうな表情で神通に微笑みかける。

 

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