逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
既に技本艦隊に打つ手はない。依然として仁科大佐と扶桑の主砲は脅威だが、仁科大佐は切り札を使った、というよりは持ち札全てを使わされた、という方が正解だろう。
仁科大佐が解き放ったモドキ達-人造イ級と人造PT小鬼-は、至近にいた単冠湾部隊にさらに被害を与え、襲撃に混乱した大湊部隊を一旦押し返すなど、一時的に戦局を動かす効果を上げた。
だが、そこまでだった。
元々強襲用の使い捨てだったモドキはほどなく稼働時間切れとなり、両部隊そして南洲隊への脅威とはなりえなくなった。だがその代わりに北太平洋の荒い波間に漂う、国籍人種性別年齢を問わない二百余体の遺体は、艦娘達に襲いかかってきたのが何かを無言の裡に雄弁に語る。
「…な、何なのよこれは…」
それ以上の言葉を継げずに霞が波荒い海面に視線を落とす。
「仁科大佐がこれを…? 不知火のこの落ち度、どう償えば…」
「二人とも、本隊に合流するわよ。余計な事は考えないで。今はそれだけで、いいから………」
今にも泣き出しそうな不知火の言葉を遮り、矢矧が諭すように二人に告げる。その矢矧自身も唇をきゅっと引締め、無言のまま三人は旗艦祥鳳の元へと戻ってゆく。
◇
くらまに乗り込んだ南洲達は、二手に分かれ戦い続けている。扶桑にはビスマルクが当たり次の砲撃を防ぎ、南洲と春雨、筑摩は、ヘリ格納庫を改装した工廠跡から現れた残存のマガイ部隊との交戦に備えている。一方仁科大佐は一旦後方まで下がり様子を伺っているようだ。
「南洲…扶桑さんの体を取り返すって…。そんなこと、できるの?」
迫る相手に向かい銃を向けようとしていた南洲のジャケットの裾を、春雨は左手できゅっと掴み、不安げな表情で問いかける。南洲はちらりと振り返り、皮肉っぽく唇を歪める。その間にも敵は近づいてくるが、入れ替わる様に前に出た筑摩が食い止める。その間、南洲は春雨の問いに答え始めた。
「俺には分からんよ。けどな、あのボンデージ男と…あとはそうだな、お前も何か知ってそうだな、明石」
ヘッドギアに内蔵されたインカムでおおすみのCICと連絡を取る南洲。CIC内には鹿島と明石が詰めているが、突然自分の名前を叫ばれた明石は肩を縮こまらせ所在なさげな表情になりつつも、知ってる限りの情報を明らかにし始める。
「…私が知っているのは、中臣技術中将直轄のプロジェクトがあり、定着させた船魂の人為的制御、分割や生体間移植などを目的としていたらしい事です。らしい、というは、情報が厳重にプロテクトされていたので詳細は噂話程度でしか…。で、でも、その被験者が隊長の元奥さんだったとは…いえ正式なケッコンじゃないから内縁の妻ですか?」
「いや、そこは今重要じゃないんだが…。俺が聞きたいのは、扶桑の体からジジイを叩き出す方法だ」
「隊長、ご免なさい、私、そこまでは…。ただ、先ほどの話通りなら、四分割された魂のうち二つとコアにあたる部分は隊長の刀の方にあるのでは? なので何らかの方法で魂の統合ができれば…」
「その『何らかの方法』ってのを知りたいんだがな…。ますますあの変態が重要になるってことか」
南洲が視線を前に向けようとした途端、背中にいた春雨が掴んでいた袖を思いっきり、引っ張るというよりも引き倒す。その勢いで南洲は春雨の後方に振り回され、春雨はその遠心力を利用して
一気に距離を詰めた相手に速度が乗る前の棘鉄球が容易く右手一つで組み止められる。にやり、そうとしか表現のできない、爬虫類のような笑みを浮かべた仁科大佐がすぐそこまで迫っていた。
「ちいっ!!」
春雨に四一cm連装砲の砲口を向け、ほとんど接射するような距離から砲撃を加えようとしていた仁科大佐。右脇に吊るしたホルスターから銃を抜きすかさず連射する南洲。仁科大佐は慌てるそぶりもなく膝から上を甲板と水平にするように倒し銃撃を躱す。その間に春雨は距離を取ったが、仁科大佐の四一cm砲はそのまま砲撃対象を失ったまま流し撃ちのような形で撃たれ、轟音と砲煙がおおすみの甲板を襲う。砲弾自体は右舷に配置された艦橋構造物を辛うじてかすめるように抜け遠くに着水した。だが砲弾の通過は、その衝撃だけで艦橋構造物に被害を与え、おおすみの右舷中央部甲板上では火災が起きていた。
何故かぼんやりと燃えさかる炎を見つめ微動だにしない南洲。慌てて春雨が南洲を庇うように前面に立ち、左手に構えた12.7cm連装砲B型改を斉射しながら仁科大佐が砲撃態勢に入るのを妨げ、何とか近接戦闘で拘束しようと突入する。
―――こんな相手にここまで手こずるとは、情けない。
誰かに呼ばれたように、不意に南洲がきょろきょろと周囲を見渡す。近接戦闘に持ち込もうと仁科大佐を幻惑するように動き回る春雨に気付き、CICの鹿島と連絡を取りながらも前進を続ける。
◇
「確かに一時間やると言ったがな、撤回する。これ以上放っておいたら次に何が出てくるか分かったもんじゃない。あのモドキ共の突入のお蔭でこっちは大混乱だ。お前たちの作戦はここまでだ、いいか、これは命令だ、今すぐLCACで全員連れて脱出しろっ。おおすみもくらまも丸ごと航空攻撃で沈める。鹿島、これに逆らうなら今度こそ抗命だ、そう南洲に直ちに伝令し行動を促せ」
南洲が大佐を護衛するマガイ相手に刀を振るっていた頃。
宇佐美少将から入った緊急電に対し、南洲が預けた乱暴な伝言-手を出したら殺すぞ-を、鹿島は表現を変えたものの意味は変えずに伝えた結果、帰ってきたのはこの言葉だった。南洲の意向を尊重できる状況ではない、宇佐美少将はそう言っている。ごくり、とつばを飲み込むように鹿島の喉が大きく動く。現在おおすみのCICには鹿島と明石が詰めている。明石が不安げな目で見つめる中、意を決したように鹿島が口を開く。
「もし、ご命令にあくまでも従えない、と言ったら…?」
スピーカー越しにも苛立ちが伝わるような声で宇佐美少将が声を張り上げる。
「この期に及んでぐだぐだ言ってんじゃねーっ!! 鹿島、俺達はな、あのイカれた中臣浄階と仁科大佐を止めなきゃなんねーんだっ。南洲の考えも、南洲に向けるお前らの気持ちは分からんでもない、だがな、いつまでも個人の感情で動かれちゃ迷惑だ。脱出したくないなら好きにしろ、攻撃は中止しない…………大湊の航空隊が到着するまで、あと二五分程、それがお前たちの旅の終わりだ」
そして通信は終了した。
「か、鹿島さん…一刻も早く少将のご命令に従って―――」
「うふふ♪ やっぱり少将さんは南洲さんに甘いんですね」
ぽかーんと口を開けた明石が、コノ人何言ッチャッテルノ? といわんばかりの表情で鹿島をぎこちなく見つめる。攻撃する、たった今そう言われたばかりなのに? そんな視線を気に留めることなく鹿島は両手で口元を隠すようにくすくす笑い出す。
「
胸に手を当てながら大げさにため息をつき安堵の表情を浮かべた明石を、どこか冷めた目で見据える鹿島は、龍驤と翔鶴に連絡を取り何事か話し始める。
◇
「…という訳なんです、南洲さん♪ あと二五分以内に決着…できますか?」
左手の指先でくるくるペンを回しながら、どこか楽しそうに鹿島が南洲の返事を待つ。ヘッドセット越しに聞こえてくる怒号、爆発音、金属音…様々な種類の音が鹿島の鼓膜を揺らす中、やや遅れて南洲から返事が返ってきた。
「そんだけありゃ十分だろ、外壁ぶっ壊していいから、左舷側からLCAC搬出、お前ら全員撤退な。こっちにいる連中は…まあ頃合いを見て撤退させるさ」
―――下手くそが、体捌きも刀捌きもまるでなってない。
「だからさっきから何なんだっ!?」
繰り返し聞こえる声、それがどうやら外からではなく自分の頭の中から響くことに気付き、明らかに南洲は苛立ち、その声に言い返していたが、目の前の光景に棒立ちとなってしまった。
春雨の喉を潰すように首にかかった仁科大佐の右手。首を掴まれた春雨は顔を真っ赤にしながら両手で自らの首を絞める手を外そうとするが奏功していない。
「さて捕まえましたよ。どれだけのスピードで動こうとも、人型の骨格と関節に起因する稼働領域からその動きにパターンが生じますからね」
「
―――
南洲が体ごと消える。先ほどまでとはまるで次元の違う、残像を残すかのような斬り込みを上段から送り込む。
「む? …………ぐぁああああああっ!! 痛いっ! 痛いいいいいっ!」
余りの鋭さの斬撃に、右下腕を中程で切断された事に気付かなかった仁科大佐が一拍遅れで叫び声を上げ転げ回る。甲板に尻餅を付きながら咳き込む春雨も何が起きたか分からずに、涙目で目の前に立つ大柄の男を見上げる。
「…
呼び掛けた声に振り返り優しげな笑みを見せる顔が静かに横に振られる。
納刀し大きく息を吸い、ゆっくりと長く吐く。すうっと半ば閉じられた目は、仁科大佐を守るため迫ってきた複数のマガイ達の状況を見るともなく観る。統制のとれた動きだが、それでも個体ごとに接近速度に差がある。
一足分前に出した左足、そこに右足に置いた重心を移すように一気に左足から踏み込む。鯉口を切った左手の人差し指で鍔は押さえ、そのまま正面の相手に抜刀と見せかけ身体を時計回りに転身、やや離れた距離で僅かに突出していた右側のマガイに向け、跳ぶように踏み込み逆袈裟に斬り上げる。最初の斬り上げで既に右脇から左肩まで斬り飛ばされた右のマガイ。その間に、動きに微妙なズレのあった中央のマガイが南洲の真後の位置まで来た。すかさず後方を振り返り右足を踏み込み真向より斬る。走り掛かりを、まさに形通りに決め紫電の迅さで二対を斃した。無論この二体だけを相手取る訳ではなく、この僅かな間、数回の
「春雨…さっさと終わらせて帰ろうな」