逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 長い旅の末に、春雨がやっと気づいた自分自身の思い。戦いの終結に向け最後の力を振り絞る。そして帰ってくる二人。




96. あなたがわたしにくれたもの

 「ふむ…流石明石ですね。大湊の設備をこの艦に移設していましたか。ですが、癒合部の切除をし過ぎです。手足が五cm程縮んだではないですか。…まあ、仕方ありません、良しとしましょう」

 

 突然ラボに現れた大鳳、そして大湊時代の上司だった仁科大佐に、おおすみの留守を預かる明石は卒倒しそうなほど驚かされた。四肢を切断され大鳳に抱きかかえられた仁科大佐は、それでもピンピンし、矢継ぎ早にERの準備と大鳳の入渠の指示を出す。まるで自分がこの艦の主であるかのような振る舞いに、明石は途中まで反射的に指示に従いそうになってしまった。落ち着いて見てみると、大破した空母娘と戦闘はおろか自分だけでは動けない男。戦闘艦じゃない自分でも何とかなる…と思い艤装を展開しようとしてギョッとした。仁科大佐の背後で、フレキシブルアームを介し動く四一cm連装砲が自分に照準を合わせている。

 

 「呑み込みが早くて助かります。明石、貴女には選択肢はありません。さあ、私の四肢の再接着術を準備なさい。大丈夫です、すでに癒合した部位を薄く切除し、骨を少し短くして鋼線で固定してくれればよいのです。あとは私自身の細胞が勝手に接着してくれます」

 

 …というやりとりを経て、おおすみのラボでは、明石が涙目になりながら床にぺたんと座り込んでいた。その横で動きを確かめるように屈伸や伸身を繰り返すボンデージ姿の仁科大佐と、入渠を終えた大鳳。

 

 「さあ明石、何を呆けているのです、仕事はまだ終わっていませんよ。宇佐美少将と連絡を取りなさい。ここからが正念場です」

 

 

 

 数にすれば四対一、だが実働はビスマルクのみ。神通と筑摩は負傷のため動けず、春雨は棒立ち。扶桑と一番距離のあるビスマルクだけが戦意旺盛かつ健在。ただ主砲を斉射しようにも、射線上にはふらふらと覚束ない足取りのまま歩く南洲、その向かう先には扶桑、さらにその先には春雨がいる。

 

 南洲が近づいてくる事に気が付いた春雨は、深呼吸を繰り返し、扶桑を無視して南洲に問いかける。

 「ヨシクニさん…どこへ帰るつもり、なの…?」

 「決まってるだろ―――」

 

 

 -ああ、そうだったんだ。

 

 

春雨は天を仰ぎ、扶桑がゆっくりとした足取りで南洲へと近づく。ビスマルクは必死に考える。どうすれば南洲と春雨を傷つけずに扶桑を攻撃できるのか。春雨が動いてくれれば…。

 

 

 -分かっていなかったのは、私なんだ。

 

 

 ヨシクニさん…私を家族と呼んでくれて、何もない島で力を合わせて居場所を作りましたね。想いは叶う、そう信じていました。けれど、私は轟沈し駆逐棲姫として再び現界、ウェダ基地は失われ、貴方はナンシューとして帰ってきました。その後訪れたのは暗く血塗られた道、気が狂いそうになった日もある、それでもウェダでの日々を思い返す事で、何とか心の均衡を保っていました。

 

 今の部隊になっても相変わらず荒事ばかりで、けれど新たな仲間が増え、ナンシューは徐々に明るくなりました。でも私は、きっと私だけは大きな誤解をしてた。ナンシューはヨシクニに戻りつつあった訳じゃなく、例え仮初めの人格でも、真っ直ぐに生きて、全ての艦娘のために戦う、その決意に辿り着いたんだ。

 

 私は一番近くでそれを見続けて支えていたのに、それがどんな道でも一緒に前に進んでいたのに、今になるまで気づけなかった。…神通さん、『同じ所で止まっている』なんて偉そうな事を言ってごめんなさい…。ウェダ(あの日)を懐かしみ振り返ることはある。でも、それは『今』があるからできる事なのに。それをくれたのは―――。

 

 春雨がヨシクニと視線を合わせる。頬を流れる涙をそのままに、今までと違う笑顔を向ける。

 「ごめんなさいヨシクニさん、私は…もう先に進んでいるんです、はい…。()()()()()あなたがくれた、大切なものと一緒に」

 南洲に向かい、深々と頭を下げていた頭を上げた春雨は、きっと表情を引き締め、右腕をしならせ棘鉄球(モーニングスター)を投擲し、思いの丈を吐き出す。

 

 「ナンシューは、本当に命を懸けて私達艦娘を守るため技本と戦ってきた誇り高い人です。だからこそ私の、いえ…私達の心の羅針盤は、ナンシューが示してくれた海を行くんです。例え南洲が戻らなくても、私はもう迷いませんっ。私達は、全ての艦娘の権利のための即応部隊、艦隊本部付査察部隊MIGOです。扶桑さん、あなたを捕縛しますっ」

 南洲のすぐ眼前に立っていた扶桑は、迫る棘鉄球の気配に気づくとそれに正対する。抉り取った南洲の右目を自分の眼窩に収めていた扶桑は、血に濡れた左手を右手に持つ木曾刀の柄に添え、力任せに振りおろし棘鉄球を撃ち落とす。長年春雨と共に戦い続けてきた棘鉄球が叩き割られ、破片が甲板を跳ね回る。

 

 「春雨(ハル)っ! 待ちくたびれたわよっ。そうこなくちゃっ!」

 春雨がモーニングスターを投擲したと同時に飛び出したビスマルクは、急速に扶桑に接近しようとして急減速を余儀なくされた。春雨も突入の体勢を取ったが、それ以上動かない。二人の目に映る、ふらふらと扶桑に迫る南洲の姿。

 

 

 春雨の言葉を聞いていたのかいないのか、南洲は扶桑に、膝を付き力なく胸に顔を埋めるようにして倒れ込む。

 

 「春雨…お前が何を言ってるのか分からんよ。けどな、俺は二度とお前を失いたくないんだ。あんな思いは二度とご免だ。そのためには…誰だろうと、お前を傷つける奴は全て倒す…」

 

 ぶつぶつと呟き続ける南洲だが、その目に力は無い。度重なる戦闘で受けた傷、そして扶桑にもぎ取られた右肩からの出血は、以前に比べ低下した組織修復の能力を超え、確実に南洲の体を衰弱に追い込んでいる。残された左腕を必死に持ち上げ、その手に握る銃を扶桑に向け突き付けたが、それが限界だった。一瞬がくりと南洲の首が力なく項垂れ、左腕もだらりと下がり、辛うじて保っている意識を手放してしまう。

 

 そしてすぐにまた咆哮する。

 

 「ヨシクニ、どこまで勝手なんだテメーはっ!! 誰かの犠牲がなきゃ春雨(ハル)を守れねーなら、それは手前が腑抜けなだけだ! 俺はハルも飛龍も、ビスマルクも羽黒も秋月も鹿島も、全部守る。もちろん扶桑もだっ!…………あれ? って俺の声? って俺は俺なのか?」

 

 ナンシュー、入れ替わる様に帰還。血の気の失せた顔色のまま、周囲をきょろきょろと見回すが、扶桑が左腕を背中に回し、抱きしめるような格好になった。視界いっぱいに広がる扶桑の双丘に視線は遮られる。

 

 そしてメキメキとイヤな音がし、南洲の右の肋骨が砕かれる。

 「愚かな…つくづく愚かな…。所詮は傀儡(くぐつ)よ。これでもう貴様の艦娘は我に手出しできぬ」

 

 南洲は苦痛に顔を歪めながらも春雨とビスマルクに視線を送り、精いっぱい強がって見せる。勝つ事はできる。ビスマルクが自分ごと斉射すればそれでいい。だが、それだとビスマルクが、そして扶桑が救われない。

 

 -どうすりゃいい、刀は右腕ごと取りあげられちまったしな。

 

 「中身ジジイの扶桑に抱き付かれても…嬉しくねえな。手前は…なぜハワイなんかを狙う?」

 肋骨を砕かれた激痛に耐えながら、南洲は時間を稼ごうと中臣浄階にその意図を問う。

 「彼の地を押さえれば、アメリカは太平洋への要石を失う。そして我の背負いし八〇万余柱の満たされぬ魂を力に変えた扶桑を以て、彼の地に生きる全てを根絶やしにし、常夏の島は常世の島へと化す。あの地より始まった長い戦、その代償をアメリカに支払わせるのだ」

 

 そこまで聞いて、軍人として南洲は心底可笑しくなってしまった。笑うたびに激痛が走る。それでも、一気呵成に激情をぶつける。

 

 「カビ臭いジジイだと思ってたけど、頭の中までカビてたんかよ。いいか、手前がハワイを制圧して死人だらけの島にしたら、待ってましたとICBMで焼き払われるだろうな。殲滅戦はボタン一つで済む時代なんだよ。手前の戦略自体時代遅れで話にならん。本土でのテロ、あれはすげえと思ったが結局宇佐美のダンナに食い止められたしな。ったく、こんなくだらねー事でどれだけの命を無駄にしやがった? 八〇万余柱の満たされぬ思い? 冗談は止めろよ、目の前の命を大切に出来ない奴にそれだけの思いが背負える訳ねーだろうがっ! 気が済んだかジジイ、さあ、さっさと扶桑を元に戻せっ…ぐあああっ!」

 

 再び扶桑の左腕に力が籠り、折れた肋骨が内臓に突き刺さるのを、南洲は痛みと共に感じていた。

 

 -さすがにやべえな、こりゃ。やっと戻ってきたと思ったらこのザマか。

 

 「…よかろう槇原南洲、貴様も贄となるがよい。常世の国にてまた会おう」

 

 冷然と言い捨て、右手の刀を逆手に持ちかえ振り上げる。

 

 

 そしてその腕は金縛りにあったように動きを止める。

 

 

 「久しぶりですね、あなた。ごめんなさい、こんな事になるなんて」

 

 左腕の戒めが解かれ、甲板にへたり込む南洲が見上げる。記憶を揺さぶる、甘く優しく、そして涙に震えた声。残った目を見開くと、赤い双眸を涙に濡らし、悲しげに微笑む扶桑の顔の半分が見える。

 「…やっぱりお前はとんでもない美人だ―――」

 最後まで言葉を言えないまま、しゃがみ込み抱き付いてきた扶桑に南洲の唇は塞がれる。しばしの時のあと、唇を離す二人の間に銀の糸が伸びる。

 

 「…一体何がどうなってこうなってんだか、さっぱり分かんねーよ」

 右手に握った刀から手を離し、目を伏せ両手を胸に当てる扶桑。慌てて春雨とビスマルクも集まってきた。

 「中臣浄階があなたの刀を手にした時から、私、頑張ったんですよ? それに、あなたから奪った右腕はすでに私だけの物ではなく、あなたと私が霊的な意味で溶け合ったものです。刀に宿った私は、あなたの力を借りながら、少しずつ、中臣浄階の強力な霊的攻勢防御を突破し、やっと…やっと帰ってきました」

 

 本当に華やかに、それでいて少しだけ悲しげに微笑む笑顔。

 

 「南洲…」

 再び扶桑が南洲を抱きしめ、南洲もさせるがままにしている。ビスマルクは少し不機嫌そうに、春雨は鼻まで真っ赤にして泣いている。

 

 「ビスマルク、ハル、取り敢えず帰ってきたぜ。…扶桑、あんまり力入れないでくれ、結構まじで死にそうだよ、俺」

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