逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 Last mission、後に『北太平洋海戦』と呼ばれる、技本艦隊追撃戦の最終話。勝って得る物より失う物の方が多い、それでも止まれなかった南洲と彼の艦娘達の戦いに幕が降りる。


97. 旅の終わり

 「………あの二人、ムカつく」

 ぷうっと頬を膨らませたビスマルクが腕組みしながら扶桑と南洲をジト目で見つめている。あまりにも剣呑な口調に春雨がびっくりしてビスマルクを見上げる。

 「なんていうか、妙にしっくりきてるというか、一緒に居て違和感がなさすぎ」

 そう言われて春雨も改めて二人を見てみる。…頷かざるを得ない、同じように春雨がむうっとした表情になったところで、ビスマルクは扶桑に、そして春雨にも宣戦布告する。

 

 「…ところでフソー…()()が再会を懐かしむのは分かるわ。でも、そこにいるのはヨシクニじゃなくてナンシュー…私のzukünftig mann(将来の夫)よ。と、とにかくそろそろ離れてもいいんじゃないかしら」

 

 南洲に抱き付いていた扶桑は振り返り、綺麗な所作で正座から座礼をすると、にっこり微笑み貫録の違いを見せつける。

 「こちらこそ、()()が色々と面倒をかけましたね。大変でしたでしょう? この人、すぐに無茶をするから目が離せなくて…」

 そこまで言うと南洲に向き直り、愛おしそうにその頬を撫でる扶桑。そしてビスマルクを自覚なく突き放す。

 「…この人と私は、かつては二心同体で、その後私は刀に宿りながら、在りし日から今に至るまで全てを分かち合っていますから。それに…あの頃からこの人は、壊れ始めていました。その全てを見続けてきた私には、ヨシクニとかナンシューなどど分ける理由がよく分からないというか…」

 

 虚を突かれた様な表情になった春雨は、隣でぷんすかしているビスマルクを尻目に、次第にくすくすと笑い始める。

 

 -敵わないなあ、やっぱり。ビスマルクさんにもはっきり言われちゃったし、これは大変です…はい。でも、今からでも頑張らなきゃっ! まだチャンス…ありますよね、南洲?

 

 「とにかく、おおすみに戻って南洲の治療をしなきゃ、です」

 春雨の言葉に扶桑もはっとした表情になり、慌てて南洲から離れる。右腕と右眼の欠損、右肋骨粉砕骨折…南洲が負った重篤な傷のほとんどは、操られていたとはいえ自分がつけたもの。居た堪れなさそうに身を縮める扶桑の髪をくしゃくしゃしながら、南洲は血の気の引いた顔で無理に微笑み、皮肉っぽい口調でからかう。

 「気にすんな扶桑。その代り、二度とあんなジジイに体を許すんじゃねーぞ」

 「なっ、何て事をっ! 私はあなたしか知りませんっ。それはよくご存じでしょう? …それとも、忘れちゃったの?」

 うるうると赤い瞳を潤ませ真っ赤な顔で抗議する扶桑に苦笑いで応えた南洲は、撤退を指示する。

 

 「仁科の野郎はいつの間にか消えちまったか…。あいつが出てくると、いつも俺はボロボロにされるな、つくづく相性が悪い。だが、技本艦隊のハワイ侵攻は食い止め、非合法実験の被害者となっていた艦娘は大半を保護できた。まあ良しとしよう。おおすみに戻るぞ。ビスマルクは筑摩と神通を回収してくれ。扶桑と春雨は…悪いけど支えてくれるか? さすがに立てそうにもない」

 

 その言葉に春雨が駆け寄り、左側から南洲を支えながら立ち上がらせる。身長差がある二人がよたよたとしながら歩く光景を後ろから見ていた扶桑は、くすっと笑いその後をついて行こうとする。そして南洲の刀が落ちているのに気付き、身をかがめ拾い上げる。

 

 「あなた―――」

 

 

 

 

 

 

 「シネ」

 

 深々と背中から突き立てられた木曾刀は、南洲の分厚い胸郭と大胸筋を貫通し切っ先を現し、引き抜かれる。同時にゴフッと音を立て、南洲の口から血潮が溢れだす。

 

 

 「我が(しゅ)をそう簡単に破れると思うたか、浅はかな。扶桑、愛する男を殺めた感想はどうかの?」

 

 

 南洲を支えていた春雨の頬に、南洲が吐いた血の飛沫がかかる。先を進んでいたビスマルクは異変に気づき振り返る。そして驚愕のあまり、両脇に抱えていた筑摩と神通を甲板に落としてしまった。

 

 「あ……あ……ああっ!!」

 「そうかそうか、言葉にならぬか扶桑。よかろう、後は我に任せよ」

 

 真っ青な顔でガクガク震え、扶桑は手にした血に濡れた刀を見つめていたが、やがて静かに顔を伏せる。そして次に顔を上げた時には、最初に現れた時と同様に陰惨な笑みを浮かべ、艤装を展開する。背後の巨大な試製四一cm三連装砲が動き、砲撃体勢に入ると同時に無造作に発砲する。黒煙に包まれた後部甲板に轟音が響き、くらまの艦橋構造物の大半が爆散し炎に包まれる。

 

 

 

 ずるりと力なく崩れ落ちてゆく南洲の体を、ただぼんやりと見ていた私。何かが頬を伝うのを感じて手を当てる。赤い。これは…血? 誰の? 南洲の、ですね。誰ガ…誰ガヤッタの? やっと、ヤット辿リツイタ私ノ道、誰ガ閉ザスノ?

 

 頬を流れる涙が南洲の血を洗い流す。背中に巨大な砲塔を背負った白い女が、心底可笑しそうに哄笑している。自分の中で何かが沸騰した。

 

 -何ガ可笑シイノッ!?

 

 「それでいい、駆逐棲姫よ。貴様を縛る軛はもうない、我と共に来るがよい」

 「ダメよ春雨(ハル)ッ、今は南洲を助けるのが先よっ。こいつは…私に任せてっ」

 

 同時に声がします。一つは暗くくぐもった声、もう一つは必死に()に呼びかける声。南洲…? 南洲っ!! 何を私は呆けていたのでしょう、慌てて南洲に取りすがります。傷は…深い、出血が止まりません。心臓を貫いてはいませんが、動脈はやられてるようですね、一刻を争います。私は南洲を横抱きにし、白い女を無視して、おおすみへ戻るため一気に駆け出します。

 

 「させないわよ、フソー」

 背中越しに聞こえた、怒りを押し殺したビスマルクさんの声と同時に轟いた砲声。振り返ってる暇はないです、一刻も早くっ。

 

 

 

 鹿島率いるMIGO、それを取り囲むように展開する大湊航空隊、いずれもが一斉にくらまの方を注視する。突然起きた砲撃により吹き飛んだくらまの艦橋と立ち上る炎、その後も断続的に砲撃が続く。艦娘同士が艦上で戦っているのは明らかで、その場にいる唯一の人間・南洲が最も危険となる。

 

 「艦隊転進っ! 私はおおすみに戻って状況を把握します。空母のみなさん、エアカバーを大至急展開っ! 他のみんなは現場に急行し包囲してください!」

 

 先頭に立って…と言いたい所だが、速力の差でむしろ最後尾となった鹿島は部隊の背中を見送り、空を舞う大湊の航空隊が体勢を整えくらまとおおすみに方向を変えるのに目をやり、悔しそうに唇を噛み締める。

「お願い…お願いだから…南洲さんを…」

 

 その鹿島がおおすみに戻り、CICで仁科大佐と遭遇し腰を抜かすのはまた別な話として。

 

 

 

 南洲隊の直掩隊と大湊の攻撃隊が双方を牽制しつつ乱舞する眼下では、ビスマルクと扶桑(中臣浄階)が激しく戦い続けていた。

 

 

 「八〇余万柱の魂が支えるこの現身に傷をつけるとは…流石ドイツの誇る大戦艦、総統(ヒューラー)を名乗るチョビ髭が執心するのも頷ける」

 扶桑型は元々攻撃力と防御力をトレードオフしたアンバランスな戦艦で、その現身の扶桑もまた、防御力は低い…はず。なのに四基八門の三八cm砲による多数の直撃弾でも沈黙させられない。その理由は―――ビスマルクは心底不快そうに、秀麗な顔を歪める。

 「…人間の魂を改修資材に使ったって言ってるの? 貴方はPriester(神職)なんかじゃない、Tuefel(悪魔)よっ!!」

 ぐらりと船体が大きく揺れ、二人は体勢を崩し、艦首側へと滑ってゆく。鹿島が再びおおすみの機関を全開にしくらまから逃れようとしている。さらに繰り広げられた艦上での砲撃戦は、くらまに甚大なダメージを与え多くの構造物は吹き飛ばされ艦上は火の海と化し、艦首側から緩やかに沈み始めている。

 

 「待ちなさいっ」

 同じように甲板を滑り落ちながらも、ビスマルクは扶桑に手を伸ばして摑まえる。にやり、と扶桑、いや中臣浄階が笑う。

 「この女が憎かろう、槇原南洲が恋しかろう、気も狂わんばかりだろう。その身を我に差し出すが良い」

 

 扶桑が素早く黒い人形(ひとがた)を胸の谷間から取り出すと、同じようにビスマルクの胸に貼りつける。道を外した神職が編み出した、古神道をベースに道教や密教を習合させた人形を介し艦娘を操る秘術。南洲が刺され我を忘れたビスマルクは、扶桑の次の依代に好適と、中臣浄階の目に映った。

 

 

 「…………ぬ?」

 「いつまでも人の胸を触ってるんじゃないわよっ、このへんたいへんたいへんたいっ!!」

 ビスマルクの胸を不思議そうにぺたぺた触り続ける扶桑。だが何も起こらない。

 

 「な、なぜだっ!? 負の感情に飲まれ堕ちておらぬのか!?」

 「私はフソーを憎んでなんかいないっ! ナンシューは全ての艦娘の権利のために戦う、そう言ったわ。ならフソーだって救われなきゃっ! 私はナンシュ-を導く光になると決めたのよ、甘く見ないでっ!!」

 

 ビスマルクは扶桑の腕を捕まえジャイアントスイングで放り投げる。そうしてから、自分の胸に貼りつけられた黒い人形を剥がし、忌々しそうにびりびりに破り捨てる。放り投げられ瓦礫に叩き付けられた扶桑だが、それでもゆらりと立ち上がると、その右手には木曾刀が握られていた。傾きを増す甲板を気にしながらビスマルクは再び砲撃体勢に入る。

 

 「…救うって言ったけど…。あんなのどうすればいいのよ、ナンシュー…」

 

 

 佇む扶桑は、静かに、ただ静かに微笑む。それは先ほどまでの禍々しい表情ではなく、燃え盛る炎に囲まれ赤く照らされた白い姿。あれは()()()フソー…非現実的なほどの美しさにビスマルクは見とれてしまった。

 

 

 「中臣浄階…私怨に身を焦がし、数多の艦娘の、人間の魂を弄んだ果てに何を得たのですか? あの人形(ひとがた)を手放した以上、貴方はもうどこにも行けない。肉の体を捨てた貴方は忘れたかも知れませんが、貴方が私に留まっている限り、私が死ねば貴方も死にます。それでも、またいつか私は生まれ変わり、扶桑の国を…南洲(愛する人)を、貴方のような輩から必ず守ります。艦娘の魂は、貴方が思うほど弱くないのよ」

 

 

 艦娘といえども、一撃で心臓か脳を破壊されるか、一瞬で焼き尽くされれば死に至る。扶桑は目を閉じると、逆手に持った刀を自分の心臓に突き立てた。背中には貫通した刃先が飛び出している。南洲と同じようにコフッと口から血を溢れさせ、扶桑は甲板に崩れ落ちた。

 

 

 くらまには最期が近づいている。連続して起きた爆発、艦の傾きは最早猶予を許さず、離脱するおおすみは遠ざかってゆく。全てを見届けたビスマルクは、静かな足取りで近づき、横たわる扶桑を見下ろす。満足そうな微笑みを浮かべている扶桑の頬に、ぽたぽたと涙が落ちる。声を殺し肩を震わせながら、ビスマルクは静かに涙を流し続けていた。そして拳で涙を拭うと、くらまを後にする。

 

 

 

 くらまの沈没を見届けおおすみに帰投した艦娘達は、とにかく驚愕した。まるで自分の艦であるかのように堂々と寛ぐ仁科大佐と、涙目でパニクっている鹿島。そしてその最期を看取るように春雨が腕から離さない意識不明の南洲。仁科大佐は何事かを考え、指示を出し始める。

 

 「鹿島、明石に連絡しなさい。ER(集中治療室)準備、私が執刀しますっ」

 

 

 そしてER内―――。

 

 「…嬉しそうですね、大佐」

 手術衣に身を包んだ明石が、手術台を挟み正面に立つ仁科大佐に目を向ける。

 「ええ、嬉しいですよ。宇佐美少将との交渉が成立しましたからね。ん? 槇原南洲ですか? 後は本人の生命力次第ですが、何とかなるでしょう」

 

 

 『アカシ、アカシッ!! 艦娘の急患よっ! 心臓(バイタルパート)に致命的損傷、今から連れてくから、必ずフソーを助けなさいっ!!』

 

 ERのスピーカーからビスマルクの悲鳴のような声が響き渡り、明石と仁科大佐は思わず顔を見合わせる。

 

 「何とまあ、無茶振りをする姫ですね。…ここまでする義理はありませんが、乗りかかった船です、助けてあげましょうか」

 




 番外編と次章『Secret Mission』がこの後少々続きます。よろしければ引き続きおつきあいいただけますと嬉しいです。にしても、あとX回とか具体的に言うのはもう止めよう…守れた事がない(´・ω・`)
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