逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 この話は本編の番外編で、主役はサブキャラの変態佐こと仁科大佐と大鳳、彼らによる北太平洋海戦の後日談であり次章への繋ぎ。遠く離れた地から、南洲たちの今をただ見つめ、自らは新たな道をゆく大佐。


※ご注意
zero-45様【大本営第二特務課の日常】
https://novel.syosetu.org/80139/

 と世界観のごく一部を共有している側面がありまして、たまに重なる話題や登場キャラの名前が出ることがあります。コラボというほど緊密ではなく、同じ話題にさらりと触れる時もあるんだね、という感じでご理解いただければと思います。


番外編 ハワイの二人
98. へんたいさとへんたいほう


 ハワイ・ホノルル―――。

 

 ホノルル港を見下ろす小高い丘にある一軒のコテージ。綺麗に手入れされた芝生の緑が美しい庭には、大きなパラソルの下に置かれた二脚の白いデッキチェアに寝そべる一人の男性。一人の少女がデッキチェアのそばにあるガラス製のテーブルに、汗をかいたカクテルグラスをことりと小さな音とともに置く。ラムの甘い香りとブルーキュラソーの鮮やかな青、そしてグラスの縁に美しく飾られたフルーツとランの花。からん、と小さな音を立てグラスの中の氷が泳ぐ。満足げな笑みを浮かべた男性は、カクテルを運んできた少女に声を掛ける。

 

 「ああ、ありがとうございます。ところで着替えたらどうです? 貴女の分も用意してありますよ」

 男性は南国らしく開放感を重視した出で立ちである。白いブーメランパンツ()()を着用し、そのパンツの両脇を伸ばして交差させるように肩に通している。脚部は腿の中ほどまでの網タイツ、足元はショートブーツである。ちなみに彼が用意したという女性用は、全く同じ衣装で靴がハイヒールという違いしかない。

 

 仁科良典大佐―――後に『北太平洋海戦』と呼ばれる激戦をミッドウェー沖で南洲達と繰り広げた技本艦隊の指揮官。なぜか戦闘の途中でおおすみに乗り込み宇佐美少将と交渉をまとめた彼は、その後瀕死の重傷を負った南洲と扶桑の一命を繋ぎ、南洲隊の艦娘達から涙ながらの感謝を受けていた。

 

 だがその後の行動は本人にしか意図が分からない。絶対安静の南洲を盾に取り、おおすみから武器弾薬燃料や食料に水、ラボの機材資材を強奪しLCACで逃走した。そして彼が目指したのがハワイである。無論LCACの航続距離は十分ではなく、日中は直掩を兼ね大鳳がLCACを曳航、夜間は巡航速度で移動を繰り返し、数日かけてハワイ諸島に到着。そしてホノルル港を見下ろす位置に立つ一軒のコテージを手に入れ、以後は悠々自適に暮らしている。

 

 もう一方のデッキチェアに腰掛けた大鳳は、仁科大佐の用意した着替えにチラリと目を向け華麗にスルーし、小さく首を傾げかねてよりの疑問を口にする。

 「大佐………ハワイにきてしばらく経ちましたが、そろそろ目的を教えてもらえませんか?」

 「ハワイといえばハネムーン。せっかく近くまで来ていた訳ですし、貴方にも私にも休息は必要ですから」

 ちなみにミッドウェー-ハワイ間の距離は約二四〇〇km、別に近くはない。そしてハネムーンの言葉に反応した大鳳は、両手で頬を押さえ真っ赤な顔をしながら恥ずかしそうに身をよじり、ハッとした様子で再び質問に戻る。

 「も、もうっ! そうやってはぐらかさないでくださいっ」

 

 全くである。いくら深海棲艦の跳梁で従来の国境警備が機能してないとはいえ、他国に密入国し当たり前のように暮らしている。しかも戦場を放棄してである。

 

 「ふむ………。戦うほどに、私の本質は軍人ではなく技術者だと思い知ったのです。特に槇原南洲のような男に出会うと尚更です。それでもあの作戦に成算があるならまだよかったが、浄階様の歪んだ情念に振り回された惨劇…私だけなら兎も角、大鳳、あなたをあれ以上巻き込むのは本意ではなかった。そしてもう一つ。技本そのものは軍の中で組織として残り続ける、これは間違いありません。ですが技術の追求、その崇高な理念のため一切の制約を設けず研究に没頭できた美しい環境は、最早得られないでしょう。大鳳、私は宣言します。このハワイの地に、真の技本を再興するとっ! 」

 

 喋りながら自分の言葉に興奮した仁科大佐は、熱に浮かされたような表情でガバッと立ち上がり、大鳳へと身を乗り出す。チェアに腰掛ける大鳳と立ち上がった大佐。ちょうど大鳳の鼻先に、仁科大佐のブーメランパンツで覆われた部分がぴとっと触れる。

 

 「あ、あの…大佐? 生温かい何かが、その…」

 「む? それは私のおいなりさんですが」

 

 どうしたって変態…深いため息をついた大鳳だが、熱く技本の再興を語る仁科大佐を見ていると、小さなことは気にならなくなる。技術の追求に関しては純粋で直向きな仁科大佐は、叶えたい夢があるから、ここに来た-そこまで考え、大鳳は自分の気持ちが高揚しているのに気が付いた。

 

 「熱い人ですね、大佐は…………でも、ううん、だから、好き」

 

 最後の方は聞こえないくらいの小さな声だったが、元いたデッキチェアに戻った仁科大佐は、少し照れくさそうに微笑み、再び寝転がる。そして宇佐美少将との交渉を振り返りながら、目を閉じ微睡み始める。

 

 ー宇佐美少将は予定通り動いたようですが…策士策に溺れる、彼には選択肢がありませんでしたからね。

 

 

 

 時間はミッドウェー沖で南洲が扶桑と対峙していた時まで遡る。

 

 「…誰かと思えば敵の指揮官とはな。この後に及んで投降か」

 「何を頓珍漢な事を。私は貴方に交渉に応じる機会を与えるためやってきたのです。感謝しなさい」

 スクリーン越しに見えるお互いの姿。仁科大佐が連絡を取った相手は、大湊警備府の司令長官室で執務机に座り厳しい表情を見せる宇佐美少将。

 

 「なぜ俺が貴様との交渉に応じねばならない? 馬鹿馬鹿しい」

 「宇佐美()()…いえ、まだ内々定でしたか。何故か慎重派の大物・大隅大将が支持しているとの噂ですが」

 「…耳が早いな。どこで聞いたか知らんが、噂だよ、噂」

 「おやそうですか。ではこんな噂はどうです? 柱島泊地の猪狩 祐輔(いがり ゆうすけ)司令官への不自然な接触とか―――」

 「………まあ、話だけは聞いてやろう」

 

 ぎしり、とスクリーンの向こうで椅子が大きく軋む音がし、仁科大佐を遮るように、宇佐美少将が冷めた声で答える。

 

 「この戦闘が終了した後、貴方は槇原南洲と彼の部隊をどうするつもりですか?」

 「…上官脅迫に部下の扇動、部隊を挙げての反抗…今回は石村中将にもバレた、いくら俺でももう庇えん、匙を投げたよ。南洲は軍事法廷送り、艦娘達は解体か、よくて最前線送りだろうな」

 「困りますね。よろしい、槇原南洲と彼の艦娘達の安全が確保されるよう、この戦後処理を進めましょう。貴方はそのために動くのです。さもなくば、貴方と慎重派の裏取引を艦隊本部内でリークします」

 

 「解せねえな、貴様とあいつは敵対しているんだろう?」

 「槇原南洲…何度も死線を超え、計画値以上の能力を発揮する実験体。そしてあの卓抜した剣技…ああ、思い出すだけで股間がホットに…。貴方には理解できないでしょうが、破綻寸前で成立する美が槇原南洲にはある。彼は徒花とはいえ技本の技術力の成果、敬意を払うべきです。そしてその男が命を賭けた艦娘達もまた、同様に遇されるべきです」

 

 仁科大佐は無意識に自分自身と南洲を重ねている-大鳳だけはそれを理解し、優しげな眼差しを注ぐ。

 

 

 「…………検討の価値は認める」

 「その言葉は交渉成立として受け取りますよ、宇佐美少将。担保としてこの様子は録画してあります、余計な事はお考えにならないように。では具体的な話ですが―――」

 

 一連の大本営の混乱を利用し、さらに各派閥の水面下の動きまでも踏まえた仁科大佐の計画は、宇佐美少将の彼に対する評価を変え、これまでと違う種類の危険性を認めるのに十分だった。

 

 -技本に置いとくのは勿体無ぇな。…頭のキレる変態ってのは、一番性質(タチ)が悪いかも知れんな。

 

 交渉と言いながらも、仁科大佐の言い分を飲まざるを得なくなった宇佐美少将は苦々しい表情で、スクリーン越しに見えるボンデージ姿の男と、それに熱い視線を送る艦娘を眺めていた。

 

 お互い必要な事は話し終え、通信を終了する段になり仁科大佐が最大級の爆弾を放りこむ。

 「そうそう、石村()()()()()()()()()()にも祝辞を送らねば」

 

 「はあっ!?」

 思わず宇佐美少将が血相を変え立ち上がる。寝耳に水、とは政治の暗闘を生き抜いてきた少将のような男にとって屈辱以外の何物でもない。だが、そんなはずはない。なぜなら―――。

 

 「おや、初耳ですか? では貴方と慎重派が推していた猪狩司令官が、艦隊本部内の支持を得られず現職に留まる意向を固めた事も知りませんか?」

 

 「貴様…いや、技本かっ!! 何をしたっ!?」

 「艦隊本部の描くであろう矮小な範囲なら、石村中将は技本の再建に一番良い人選です。彼には、故芦木中将から連なる、国内外の研究機関とのコネクションがありますから。猪狩司令は慎重派の介入を嫌う武官から支持が集まらず、旧三上派に連なる鷹派は大幅に粛清され人材が払底…そうなれば、自然と中立派の大物を担ぐ折衷案に落ち着く、いや落ち着かせるよう水面下で動いた勢力でもあったんでしょうね。あくまでも私個人の見解ですが、技本を甘く見ない方がいいですよ」

 

 画面の向こうで呆然とする宇佐美少将に追い打ちをかけ、仁科大佐は今度こそ通信を終了した。

 「大隅大将に接近するのが早すぎましたね。彼の懐刀、吉野中将が独自の動きを取り始めたのをいち早く察知し自分を売り込んだのでしょうが、上手く利用されましたね。ちなみに、貴方のそういう動き、石村中将は残念がっていたようです。では」

 

 

 

 「…む、不覚にも微睡んでいたようですね…大鳳、ありがとうございます」

 デッキチェアには横たわる仁科大佐と、その脇で寄り添う大鳳は、いかにも南国らしい椰子の葉で出来た大きな団扇でゆっくり彼に風を送っていた。その大鳳が口を開く。

 

 「仁科大佐…敵の司令官と、彼の部隊はどうなったのでしょう?」

 

 少し考え込むような表情から、仁科大佐は口を開く。

 

 それは技本の実験記録の一部を利用し、北太平洋海戦下での南洲は悪化したPTSDによる心神耗弱状態、そしてその状況下で艦娘達は抗命を強制された、とすることで双方の不可抗力を主張するものだった。南洲が正常ではなかった、そうするだけで責任を負わされる人物が()()いなくなる。

 

 関係各所を説得に回った宇佐美少将の苦労は並大抵ではなく、南洲とMIGOの扱いは紛糾を極めた。艦隊本部や技本、各拠点の暗部を知り過ぎている存在をどう扱うかー最終的には新たに艦隊本部統括となった石村大将の強い意向により着地点は決定された。

 

 宇佐美少将は部隊の監督不行届として昇進見送り、MIGOは解隊され所属の艦娘達は編成を変えた上で、体制を一新する横須賀鎮守府付として配属、同部隊が担っていた『艦娘の権利保護』の役割は、大坂鎮守府の職場環境保全課に引き継がれることとなった。唯一先送りにも似た結論になったのは、技術的な価値と政治的な危険を併せ持つ、元技本艦隊所属の堕天(フォールダウン)勢で、厄介事を押し付けるかのように舞鶴鎮守府への移送だけが決定された。

 

 「槇原南洲は、PTSD治療の名目で入院、寛解後は予備役編入が決定したそうです。事実上無期限軟禁ですが、このまま黙っている男でもないでしょう。…ああ、扶桑ですか? 肉体的には完治、脳機能も安定しましたが、彼女もまたどうするのでしょうか…」

 

 そして遠く離れた日本で、南洲と彼の艦娘達は最後の選択のため、静かに動き出す。

 

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