老人の一時   作:緑の河童

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3話 激突

「ハッ!!」

 

 普段では想像すらできないような鋭い声を出し太刀を一閃する。 それにより複数いた小さな群れの最後のジャギィは胴体に深い傷が刻まれ、命を落とした。 彼女は最後のジャギィを倒しても構えを解かず、周囲に気を張り巡らす。 およそ十秒、周囲に危険が無い事を確認すると己の武器『ユクモノ太刀』の血を払い、ポーチから携帯砥石を取り出して失った切れ味を取り戻して行く。

 

「ジャギィ相手なら、問題無く立ち回れているな。 足運びも、腰の使い方もしっかりしてきている」

 

 邪魔にならない、そしてジャギィ達に気付かれない位置で見守っており、終わったと同時に姿を現して声をかける。

 モンスターという生命力の面では圧倒的に格上の相手に勝つ為の必須能力。 それはスタミナである。 昨今は技術面や道具の使い方ばかりに目を向けているハンターが多いが、最も大事なのは走ることである。 人間の肉体は基本的に総じて脆い。 人間はその脆い肉体で世界相手に生き残る為に頭脳を用いて生き残って来た。 だが相手は強靭な肉体で世界を生き残って来た豪傑揃い。 知識がいくら詰まっていようと、知恵がいくら湧いてこようと、それを実践しなければいけないのは所詮人である。 走りまわるのも、武器を振るうのも、そして危険な時に逃げるのにも、それこそスタミナが無ければ何もできない。

 

 だからこそ、彼女には何よりもまずスタミナをつけさせた。 技術面と言えば彼女の得物の太刀に関する基本知識と握り方、振り方くらい。 後は全て基礎体力に時間をかけてきた。 彼女も彼の考えに賛同し、ずっと基礎増強を貫いてきた。 その成果が今問われている。 彼の教えは老人の時代遅れの戯言では無かったのか。 彼女が今まで行ってきた鍛錬に意味はあったのか。 狩りの世界では常に結果が求められている。 結果無き過程に意味など無いのだから……。

 

「えへん! ジャギィくらいなら何匹だってやれますよ!」

「……後は、少し謙遜というのも覚えるのだな」

 

 けんそん? と首を傾げた彼女だが、ハッとしたようにジャギィ達に目を向けると剥ぎ取りナイフを手にいそいそと剥ぎ取りをし始めた。 どうやら考えるのは放棄したらしい。 彼の予想以上に体力が付いたのは喜ばしいことなのだが、少しは考える力も身に付けさせた方が良かったかもしれない。 と早速自らの訓練課程に疑問を持つが、所詮後の祭りである。 仮にそうしたとしても、根本的に考えるより動く、を体現している彼女に何処まで効果があるのかは疑問であるが……。

 

 斬り方が悪く素材としての需要が見込めない部分も多々あるが、なんとか使える部分を剥ぎ取り、血の臭いにつられて増援が来ない内にその場を離れていく。 目指す先は地図上でエリア6と記された位置。 巨大な滝の根元で、その奥には洞窟の入口が隠れている。 滝から落ちてきた水が緩やかに流れていき、川を下って地域全体へと流れ込んで行く。 

 

「速く来てくれませんかね~。 できれば日が沈む前には帰りたいんですけど」

「それは君次第だな。 そして狩り場で気を抜くな。 もうそこに居るぞ?」

「ッ!」

 

 弾けるように振り向き、反射的に背の太刀を抜こうとするのを肩を掴んで押し止める。 目標はまだ気付いていない。 ゆったりと闊歩し、目線は川の中を凝視している。 舌をダラリと出している状態で川を眺め、おもむろに両足で立ち上がり、分厚い甲殻で包まれた前足を一閃させる。 水中から弾き飛ばされ、弧を描いて吹き飛んで行く魚。 その魚を大きな口で丸飲みしていく。

 青熊獣アオアシラ。 温暖湿潤な地域の山や森林などの自然豊かな地域に生息している牙獣種だ。 ユクモ村でも、比較的馴染み深いモンスターとして知られている。 ユクモ村近辺の初心者ハンターがまず最初に戦うことになる中型のモンスターで、動きも素早い訳ではないので、基本を押さえて油断さえしなければ彼女一人でも立ち回ることは可能だろう。

 

「……まずは、君一人で挑んでみなさい」

「え? 一人で、ですか?」

 

 師の突然の言葉に獲物が目の前に居るのを忘れて顔を見上げる。 師は一言、そうだ、と呟き、真摯な瞳を弟子へと向ける。

 今の今までアオアシラに挑んだ事は何度かある。 と言っても、それは師が常に重弩を構え、危険な攻撃が来ないように相手を引きつけてくれていたからこそ、立ち回れていた。 だが、今回師は『一人で』と言った。 彼女にとっては、援護の無い狩猟はこれが初となる。

 

「これから君は村専属のハンターとして生きていくのだろう? 専属ハンターは、普段の生活等を保証してもらう代わりに、数多の脅威から村を守らねばならん。 ハンターにある、依頼を受けるか受けないかの自由はそこには存在しない。 奴はユクモ村では多く見かけるモンスターだ。 あの程度は一人で狩らねば話しにならん」

 

 少女の目を見、一言一言しっかりと言葉を紡ぐ。 専属ハンターという立場に逃げ道など無い。 なればこそ、逃げずに済むように強くならねばならない。 

 

「ハッ。 そう怖気づくな。 私も保険として何時でも動けるようにしておく。 思い切り、ぶつかってきなさい」

「……はい!」

 

 獲物に気付かれないように、それでいてしっかりと意思を乗せた返事を返し、再びアオアシラへと視線を向ける。 どうやら話している間に食事は終わったらしく、のっしのっしと歩いて森の中へ向かおうとしていた。 そうはさせないと走りだし、隙だらけな背中に肉薄していく。 仕掛けるのは早い方が良い。 一人でやれという提案に、勢いで返事をしてしまった。 その勢いが収まらない内に、むしろ更に加速させる為に、一気に切りこんで行く。

 

「ッハァ!!」

 

 ユクモノ太刀を背から抜き放ち、大上段から振り下ろす。 続けて突き、斬り上げと繋げてバックステップで退避。 鼻の先をアオアシラの振り向くと同時に放った剛腕が走りぬけて行く。

 

「グオオオォォォォォォン!!」

 

 両前足を高く上げ、青熊獣アオアシラが吠える。 食後のゆったりとした安寧を邪魔され、更に二度三度と甲殻の生え揃った強靭な前足を怒りに任せて振りまわしてくる。 人を大きく超える体重を日夜支えている前足である。 元々の筋力だけでもかなりのものであり、更には防御力と殺傷力を大きく上げている甲殻まで付いた剛腕の一撃。 直撃どころか掠るだけでも危険である。 そんな攻撃を見切り、回避し、前足がまた地に着いた時今度はこちらの番だとばかりに攻撃を加えていく。 

 斬撃がアオアシラの青い毛皮を紅く濡らして行く。 もちろんただやられる訳も無く、一拍置いたらまた剛腕の連撃が彼女を襲う。

 相手の攻撃を見切って回避し、僅かな隙をついて地道に攻撃を仕掛ける。 モンスターと戦う上での基本中の基本。

 

「とは言っても、地道にやるだけじゃラチが明かないからね! っと」

 

 剛腕の連撃を回避し、太刀を大きく振って牽制しながら距離を取る。 そのまま太刀を大きく構え、呼吸を整え、意識を集中し、太刀の刃に気を張り巡らせる。

 

「グルオオォォォォ!!」

 

 己を鼓舞するように吠えながら彼女を押しつぶさんと大きく飛び込んでくる。 それに対して彼女は今までとは打って変わって緩やかな動作で左へ移動する。 飛び込んだアオアシラは空中で身体を制御する術は当然のごとく持ち得てなく、彼女のすぐ隣へと着地する。 隣には太刀を上に大きく構え、右上から左下へ、アオアシラの脚を袈裟に斬りつける。

 

「グオォ!?」

 

 今まで以上に深く斬り付けられ、くぐもった悲鳴がアオアシラの口から洩れる。 そして彼女はこの程度の攻撃で手は休めない。

 左下に降り切った太刀を持ち上げ、今度は左上から右下へ、逆袈裟に降り降ろす。 狙いは変わらず脚。 一度斬りつけた箇所を交差するように斬りつけた傷から、更に激痛と出血を促していく。

 連撃は止まらない。 振り下ろした太刀で切り上げ、更に相手を交差して行くように振り上げ、更に斬り付けていく。 更に大上段から垂直に振り下ろす。

 

「グ、オオオオオォォォォオ!!」

「ヤアァァァァァァァァア!!」

 

 いい加減耐えれなくなったのか、アオアシラは無理矢理身体を捩って、振り向き様に剛腕を繰り出してくる。 それと全く同時、彼女も一回転して太刀を腰溜めに構え、退くどころか更にアオアシラとの距離を詰める。 剛腕が彼女の頭をかすり過ぎて行く。 太刀の刃はアオアシラの美しい毛皮を切り裂いて行き、通った後を紅い血で染め上げる。 彼女がアオアシラの横を走り抜け、太刀を背に収める。 アオアシラはと言うと、多重なる連撃で脚は傷だらけ。 さらにそこに腹を切り裂く鋭い一撃を見舞われ、勢いを殺しきれずに地を転がって倒れこんでしまう。

 

「(行ける……! 動きは特別変わってないし、あの危険な腕の動きも見える……! 脚に深手を与えたから、動きも鈍るはず……! このまま……、行ける! 行ってやる!!)」

 

 アオアシラが起き上がると感じると、再度太刀を構えなおす。 その顔は決して相手を侮っている顔ではないが、驕っている。 己の優位性を信じて疑わず、猛然と突き進みそうな、そんな危険な揺らめきの炎を瞳に宿し、アオアシラへと肉薄して行く。

 対するアオアシラも、ここまで自分を傷つけた矮小な存在を許すわけもなく、気が目に見えて高ぶり、大きく立ち上がって吠え猛る。 口から洩れる息が白く濁り、目は怒りに燃えて彼女以外の存在が思考から消え失せる。 

 アオアシラも彼女が動き出すと同時に走りだし、大きな体を目一杯使って彼女を押し潰そうと飛び込んで行く。

 一人と一匹。 人とモンスターとの命の削り合いが白熱して行く。

 

 

 さて、ここでそんな一人と一匹の闘いを眺めていた老人がふと何か思い立ったように視線を背後へと向ける。

 モンスターが目の前に居るというのに、初心者でもやらない愚行だが、彼は気にしていなかった。 彼自身、あのアオアシラを目のした時からほとんど興味を失っていたのだ。 餌の取り方も、ほとんど足音を隠せていなかった弟子の急襲を見事に許した危機管理も、そして力にのみに任せ切ったあの連撃も、アオアシラという個体から見ても総じて未熟。 子供の遊戯にも程があると思うくらいだ。

 恐らく、一人立ちしてからこれと言った危機に直面していないから、学ぶ機会も無かったのだろう。 本来はジャギィやブルファンゴなどの外敵と戦う内に身に着く類のモノがあのアオアシラから全く感じられない。

 

「……漁夫の利……か。 これは少し、利用させてもらうとするか」

 

 うっすらと笑みを浮かべながら、時々危なっかしく立ち回る弟子を一瞥する。 この場を離れるのは師としてどうかと思うが、あの程度の小物に負けるのなら未来は無い、と弟子を千尋の谷に突き落とすことをにべもなく決め、背後で機を窺っている存在を感じながら歩き出す。 気の籠った声と剣戟、咆哮が混じった騒乱が響いてくるが、構う事も無く森へと歩を進めて行った。

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