君の名を忘れない。   作:ばんなそかな

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十話 デート

今日は休みの日。っていっても夏休みなのだからずーと休みなのだが。

朝から俺は、机に向かって鉛筆を動かしている。

いくつもの線を重ねて、消しては心の中の風景と重ね合わせていく。

 

「こんなものか?」

 

呟いてから。凝り固まっていた肩をほぐす。

目の前の画用紙にふっと息を吐くと、散らばった消しゴムのカスが机に落ちた。

それから隣に置いてある携帯を手に取ると時間を確認する。

 

「デート……かあ」

 

他人事の様に言ってから、俺は昨日、三葉に遊びに行かないかと誘われた事を思い出した。

なんでもずっと見たかった映画を一緒に見に行かないかということらしい。

 

……正直、ものすごい楽しみにしてる。

 

入れ替わるたびに会っている俺たちだけど、自分の体で向き合う事はほとんどなかったし、落ち着いて話も出来てない。

まあ、入れ替わってる方が何故か、ばんばんお互いの気持ちを吐き出せるんだけど。

そういや、デートといえば、奥寺先輩と行った事を思い出すな。

 

……あれ、そういやあの時だったんだっけ三葉の事を気になりだしたのって。

 

*****

 

待ち合わせ20分前。

俺は普通に歩いて待ち合わせ場所に到着したのだが、すでにそこに三葉がいた。

太陽に輝くビル群を見つめる三葉がいて、そして俺も三葉を見つめる。

ミニスカートや薄い上着から伸びる白い腕や足に目を奪われてしまった。

そして、俺にとっては本当に久しぶりに見る三葉の、あのややこしい髪型。

 

「三葉、早すぎだろ」

「あれ、瀧くん?もう来たの?」

 

全く、何を立ち止まってる俺は。

奥寺先輩じゃあるまいし、三葉相手に緊張する事もないよな。

俺はいつも通り、嬉しそうにこっちを向いた三葉に話しかける。

 

「今何分前だと思ってんだ。てか、いつからいたんだよ」

「え~っと、30分前?」

 

かわいらしく首をかしげて言ってきたけど、俺は力が抜ける。

どんだけ楽しみにしてたんだよ。

 

「だって、前に瀧くんと遊びにいった時は私の方が遅かったから。その時のやり返し」

「前?」

 

ふっふーん、と自慢するように三葉は言ってくる。

てか、それってやり返しになんのか?

 

「それにしても。ふふっ、瀧くん、やっぱその服なんやね」

「ん?何が?」

 

三葉が俺を見て、面白そうに笑うので俺は眉をしかめた。なんの事だ。

バックから取り出した携帯を、三葉が見せてくれる。

表示されている画面には、ちょうど今この場所に立っている俺が写っていた。

手すりに体重を預けて、携帯で何やらしている姿を横から撮られている。

これは……今、じゃないし、ってことは、前の俺か?

 

「……ああ、なんだこれ。全く笑えるくらいそっくりだ」

 

前の俺も三葉とのデートにこの服を選んだのか。

やっぱ俺。ってかこれが俺の勝負服なのか?

じっと写真を見ていると、ある事に気づいた。

これって思いっきり盗撮だよな……三葉が撮ったんだろ?

 

「違うからね!そんなわけないし!これは……その……とにかくもうお終いっ!」

 

三葉は誤魔化すように言うと、さっと携帯をしまってしまった。

別に消したりなんかしないっての……。

なんか、その、嬉しかったし。

 

「あ、今日は、その組紐つけてくれてるんやね。……えっと、どう、かな?」

 

三葉が俺の手首につけてある組みひもを見つける。

それから今度は後ろ髪を見せるように、斜め後ろを向いた。

三葉がそっと手で示しているのには、蝶々結びにされている組紐。

これで見事なペアルックってわけだ。

 

「何が?ああ、その髪型、やっぱ俺じゃ一生掛かっても出来そうにないな」

「そうじゃなくって……もう」

 

三葉はつーんと、そっぽを向いて俺から顔を背けた。

それからわざわざ俺の目の前で一回、回ってから先に歩き出す。

どうって聞かれたから思ったことを答えてやったのに……。

ああ、もう。はいはい。

隣に追いついて並んだ俺は、とりあえず言える事を言っておいた。

 

「ああ、似合ってるし、その服も……ちゃんと可愛い」

「ふーん」

 

返事はそっけないものだったけど、嬉しそうに三葉の口元は弧を描いてた。

 

街並みを歩きながら、三葉はまぶしそうに周りを見渡している。

 

「そんなに見てて楽しいか?もう二年も東京に住んでるんだろ?」

「うん。どうだろう、前は毎日お祭りみたいやって思ってとったけど、今はそんな事ないかな」

 

三葉はそれでも嬉しそうに言うと、俺の隣でスキップするように歩幅を合わせてくる。

っと、もう少しゆっくり歩かないとな。

三葉の体の感覚を思い出して、俺は歩幅を小さくして三葉と同じように見上げる。

 

「でもね、今日だけは特別やね。瀧くんがおるから」

「え、ああ……」

 

上を見上げていたせいで、横目でしかはにかむような笑顔の三葉を見る事が出来なかった。

いきなりどきっとする様な事言ってくるなよ。反則だぞ。

 

映画館につくと、もう上映が始まるちょうどいい時間だった。

三葉が予約してくれていた席に着こうとするも回りがほとんどカップルなのに気が付く。

全く映画の内容は知らないが、恋愛ものだからか。

とにかく、一人で来る事がなくて良かった、とだけは思った。

 

映画が始まり、俺は深く席に腰かけたままあくびを堪えながら映画を見始めた。

三葉へのプレゼントのために、ちょっと昨日も夜更かししすぎたな。

でも寝るわけにはいかないよな、絶対三葉につねられるし……。

 

けれども、急展開の映画のシナリオに、俺も三葉と同じくすぐに惹きつけられていた。

そしてクライマックスの時。

ひじ掛けに乗っけていた手に誰かの手が、ぎゅっと重なって来た。

小さくて柔らかいすべすべの手。

 

……決まってる三葉の手だ。

 

そっと横を見ると、三葉が不安そうな表情で、そして目元には涙が浮かんでいるのが見えた。

思わず俺は映画よりも、その宝石の様に輝く涙と三葉の横顔をじっと見つめてしまっていた。

 

*****

 

「もう、最後には二人が再会出来て本当に良かったぁ」

「だよな。あのままずっと離れ離れかと思ったし」

 

俺達は映画を見終わった後、今度行こうと言っていたカフェにいる。

三葉は興奮冷めきらぬって様子で、映画の内容について何度も話している。

俺も少なからず心に残った事はあって、三葉と会話が弾む。

ちなみに、手はもう繋がっていない。あの後、すぐに離れてしまった。

残念といえば残念だが。

 

「でも、もっと早くに再会出来ればよかったのにー。ずっと離れ離れだったなんてひどいと思わん?瀧くん」

「いや、でもな。あれで、すぐに再会してたらギャグになってたろ。クライマックスの感動もないしな」

「えー、そうかなぁ。絶対、私はすぐに会えた方が良かったと思うんやけどね」

 

三葉、それってもしかして俺たちの事も言ってるのか?

と、俺は聞きたくなったが、聞く必要もないことだったとすぐに気が付いた。

 

……だって、三葉はもうすでにそうしてくれていたんだからな。

 

そこでケーキが運ばれてきて、すぐに三葉はそっちに注意が移る。

俺もコーヒーに手を伸ばして、一息ついた。

 

「う~ん。おいしい!幸せや~」

「ここは俺のおごりだからな。ありがたく食べろよ」

 

ほっぺたに手を当てて、本当においしそうに食べる三葉に俺は言う。

でも三葉はしゅっと、フォークをこっちに突きつけてきた。

 

「着替え、更衣室、奥寺先輩。……まだまだこんなものじゃ、足りないんやからね」

「ぐっ、高校生からたかる気かよ!」

 

弱みを握られたのは確かだが、まさか、これからこのネタでずっとゆする気じゃないよな?!

 

「これじゃ、前の俺も苦労してただろうな……」

「な、そんなわけないでしょ!……前の瀧くんの方は素直でいい子だったし」

「素直?!いい子?!」

 

三葉の俺への評価に、俺ははあ?と怪訝な表情になる。

どんな奴だよ、と思いながらも三葉との入れ替わりがなかった俺が、初めて会う三葉とどんな関係性を結ぶのかは想像出来なかった。

そして今の俺はその記憶もないわけだから、どんな感じだったかもわからない。

 

「んー、敬語で話してたし?バイトの先輩だし?……まさか、ちょっとは尊敬してたとかじゃないだろうな?」

「うーん、どうだろう。でも前にここに来た時はこんな感じだったかな?」

 

そう言うと三葉は、のりのりで一人二役の演劇を始めた。

 

*****

 

「あの、宮水先輩、本当におごってもらっていいんすか?」

「いいの、いいの。誕生日プレゼントまでもらっちゃったわけだしね」

 

私の目の前で、瀧くんが恐縮そう座っている。

あれかな、男としての矜持という奴だろうか。でも今日は譲れない。

だってそれを建前にして、瀧くんをこのデートに誘ったのだから。

 

「でも俺だけじゃなくて、他の先輩方からもお祝いされてたんじゃないですか」

「えっとね。他の人にはもうお返しはしたから、後は瀧くんだけなんやよ」

「そうっすか。……はあ、後で先輩方にしめられる気がする……」

 

よくわからないけど、肩を落としている瀧くんの姿も私は好きだ。

ついその姿を写真を撮りたくなるけど、さすがに堂々と正面から撮る勇気はない。

何か理由付けがないと恥ずかしいし……。

 

「宮水先輩。じゃあこのコーヒーと、サンドイッチで」

「えー、もっと甘い物頼んだら?ほら、ここのお店のお勧めのこれなんてどう?」

「え、そんな甘いの俺には今、無理ですって」

 

私が身を乗り出すと瀧くんは、恥ずかしそうに身を引いてしまった。

私は苦笑して、席に戻ると注文を待つ振りをして、じっと瀧くんを観察する。

 

……私の知ってる瀧くんじゃないけど、それでもちゃんと瀧くんだ。

 

もう敬語で話しかけてくる彼には慣れてしまった。

というか、そっちの方がもうすでに自然に感じるほどだ。

二年という歳月は、元の瀧くんとの出会いをとうに超えてしまった。

……絶対にあの人を忘れたりはしないけれど、今の瀧くんも十分に心に存在している。

 

「ね、一回でいいから、三葉って呼んでみてくれないかな?」

「え、いや、なんで。ってか呼び捨てにしろって事っすか?」

「えとー、試しに」

「なんの試し!?嫌ですよ……ってか付き合ってもないのに……」

「え?なんて?」

「……なんでもないですよ」

 

むくれたような顔をする瀧くんに私は首を傾げた。

そんなに難しい事かなあ。ちょっと昔みたいに呼んで欲しかっただけなのにー。

と、そこで私が注文した一番おいしそうだったトッピングたっぷりの巨大ケーキが来た。

私は瀧くんに手招きすると、ね、ね、と呼びかける。

 

「瀧くん、写真とって、とって!」

「えーっと、先輩の携帯は?」

「瀧くんのでいいから、早く撮って。ああ、もう限界が近い、手が勝手にー」

 

わざとらしく言いながら、私は舌をぺろっと出して瀧くんを急かした。

瀧くんはやれやれ、という感じで自分の携帯を取り出してくれる。

 

(……だって、瀧くんので撮らないと写真が残らないじゃない)

 

私はとびっきりの笑顔で瀧くんに笑いかけた。

 

******

 

「って感じかなあ」

「やっぱ、違和感おおありだ。なんで俺が三葉に敬語で話さなきゃいけないんだよ」

「なんでって瀧くん年下でしょ。今だってそうなんやからね」

「それが一番ありえねえし……なんか信じられないよな」

 

全く入れ替わってた時は、同級生だとばっかし思ってたのになあ。

なんだかげんなりする気持ちだ。

3歳差ってには結構大きいと思うのだが、相手が三葉だし年下に思えてしまうんだよ。

 

「信じれないって、これでも私、もう運転免許持ってるし、お酒も飲めるんやからね」

「なんだ、これ。なんか負けた気がする……」

 

勝ち誇ったように財布の運転免許を見せてくる三葉に、俺は拳を握る。

何が年上だ。カタワレ時でぴいぴい泣いてたのは三葉の方だったてのに。

 

「でも私も信じれんっていえばそうなんよね。ね、最初に瀧くんに会った時の事覚えとる?」

「最初?ああ、俺が中2の時に電車で、変な女……」

「変な女?」

「あ、いや。なんでもないない。三葉が組紐を渡してきた時の事か」

「うん、あの時はわからなかったんやけど、ほとんど同じくらいの身長やったんやね、今は違うけど」

 

そういうと三葉は、俺の頭に手をやって自分の頭の位置と比べた。

えっと、どうだったか、詳しくは覚えていないなあ。

でも確かにそうかも。お、身長だけは中2の俺でも勝ててたか。

 

「再会した時もね、ほとんど変わらないくらいの身長でね、やっぱ年下だったんやね、って私はそれで実感できたんよ」

「でも、俺すぐに身長伸びてっただろ」

「うん。腹立つくらいよ。あっという間に頭一つ分くらい抜かされちゃったんだもん。瀧くん成長記録をつけようかと思ったくらい」

 

なんだそりゃ。

まさか、他にも俺を盗撮した写真があるんじゃないだろうな。

それじゃ本当にストーカー……いや、やんでれ?なんていうんだ?

 

「でもね、あの映画じゃないけど。本当に嬉しかったんよ。瀧くんともう一度最初に再会出来た時」

「感動して泣いちゃったくらいか?」

 

三葉が紅茶のカップを両手で持っている所に、俺はからかう様に言った。

でも、三葉は全然、とちょっとすねる様に肩を落とした。

 

「記憶もあやふややったから。瀧くんの住んでる所も詳しくわからなくてね。だから、あの駅周辺で待ちぶせしとったんよ」

「ああ、中学の時の帰り道か」

「もう何時間もねばって瀧くん見つけたのに、素通りよ素通り!」

「えー、でもその時の俺って三葉に組紐渡されたばっかだろ?」

 

忘れてたとはいえ結構、印象的な出来事だったと思うんだけどな。

声かけないのが悪いんだ。まあ、三葉が声を掛けなかった納得できる理由は前聞いたけど。

 

「悪かったよ……ってなんで俺が謝らないといけないんだよ。それ俺じゃないぞ」

「瀧くんは瀧くんやからに。全く、やっぱりこの男はって思っちゃったんやからね」

 

で、東京の大学来るまで三葉は、俺にただ声もかけずに何度も会いに来てたってわけか。

お小遣いいくらもらってたか知らないけど、かなりの出費だったろ。

俺は、後ろ頭を掻くとあー、と声を出した。

 

「でも、ほんとありがとな。もし二人とも記憶がないままだったら、絶対に再会出来なかっただろうからな」

「そうかなあ、なんとなくだけど、私は何年掛かっても瀧くんと絶対に再会出来てた気がするよ」

「……ま、そうかもな」

 

俺達は静かに笑いあう。

今、こうして向き合えていることが奇跡そのものかもしれないと思って。

飲んでいるコーヒーがブラックのはずなのだが、なぜか甘い味がした。

 

「はい、どうぞ瀧くん、ちょっとだけわけてあげるね」

 

三葉がケーキを切り分けると、そのままフォークに差して手を伸ばしてきた。

さすがに、あれをひとりで食べきってたらちょっと、引いてたかもしれない。

 

「ちょっと待って、今、店員さんに皿もらうから」

「そんなのいいから速く食べてって。もう、落ちちゃうよ」

 

それは、さすがに、恥ずかしい気がする。

こうしてカフェで女の子と向き合っているのも初体験なわけだし、微妙に周りの視線が気にならないはずがない。三葉はこんな事して平気なのか?

 

「前もこうして瀧くんにあげたんやからね。何か思い出すかもしれないでしょ?」

「え、ほんとか?」

 

まあ、あやしいと思いながら、一理あると納得した俺は身を乗り出した。

ちらっと三葉の方を見ると、やっぱりというかちょっと頬が赤くなっている。

そして、声には出ていなかったけれど、あーんという形で口が動いた。

 

「うん、なかなかおいしいな。さすがにコーヒーだけじゃ飽きてたところだ」

「……あ」

「どした、三葉?」

 

三葉はというと俺が食べた後のフォークをじっと、荒い息遣いで見つめている。

けれどもこっちの視線に気づいた三葉は、目を閉じるとぶるぶると首を振った。

確かにちょっと、恥ずかしいけどたかが間接キスをあんま気にすんなよ。

口噛酒に比べりゃ、花火と核ミサイルぐらいの差があるだろ。

 

*****

 

それから俺たちは、デートを楽しんだ。

あちこちに適当に気になる店に足を運んで、今の三葉が好きなものも知ることが出来た。

会話は途切れる事なく続き、喧嘩や笑いあったりする遠慮のないやり取りはとても楽しい。

見飽きた騒がしいだけの街も、三葉がいった通り、確かに今日は特別に輝いていた。

 

「もう日が暮れちゃうね」

「あれ、ほんとだ。もうこんな時間か」

 

夏真っ盛りの太陽は、冬なら真っ暗な時間でもまだ顔を出している。

それにしても楽しい時間ってのは、ほんとにあっという間に過ぎるんだったんだな。

 

「私、最後に観覧車に乗ってみたいなぁ」

「え、今からか?なんでまた」

「だってね、前に遊園地に一緒に行った時あったんだけど、その時なんてね、瀧くんとてっしージェットコースターばっか乗って、全然一緒に遊んでくれなかったんやから」

「そりゃ、悪かったな。でも観覧車なんて乗って何が楽しいんだよって感じだし」

「あー、瀧くん、また同じ事言いよるし。いいから、行きたいの!」

 

はいはい、と言いながら俺は一番近くにある観覧車を検索する。

子供の頃は、両親と一緒に乗った記憶があるが観覧車なんて、風景を楽しむ以外なんもないだろうに。……あ、いやそうか。あるのか。

そして俺は、肩が触れ合いそうな位置にいる三葉の方を見た。

 

すでに陽が遠くの地平線に消えかかている時、俺達は観覧車に乗れた。

電車に乗ってわざわざ来たかいはあるのかと思うが、隣の三葉は嬉しそうだ。

向かい合わせに座って、ゆっくりと上昇する観覧車から景色を見る。

 

「「カタワレ時」」

 

見事に俺達はぴったりにその言葉をいい、顔を見合わせる。

もしかして三葉はこれが見たかったのか、あの時と同じように。

でも、もうお互いにその場から消えたりなんかしない。

それでも、……なぜか胸がしめつけられる不安のような気持ちが沸き起こる。

 

「なあ、そっち座っていいか?」

「……うん」

 

頂上に差し掛かったところで、俺は意を決して三葉の隣に座った。

どこを見ているかわからなかった視線が、こっちを振り返る。

最後の太陽の差し込む光が、三葉の後ろからこっちに差し込んだ。

やっぱり、三葉も同じ気持ちなのかお互いを見失いたくないとばかり少し近寄った。

 

「三葉……」

 

これって期待していいんだよな。

緊張した俺はつばを飲み込んで三葉の手をそっと触ろうとした。

でもなぜか、三葉の瞳は不安そうに揺れていて、困惑している様な表情で。

 

「あーキスするぞ!ほらほらー」

「えー、どこどこ」

「こら、見ちゃいけません。こっち来なさい」

 

思いっきり無遠慮な小生意気なガキの声で、俺は邪魔された。

見上げるとガラスにほっぺたをくっつけた子供が二人、こっちを見下ろしている。

はは、……忘れてた。そういや後ろに家族連れが並んでたな。

この状況でキスできるほど、俺達は鋼の心は持ち合わせていない。

なんか最近、神の意志のごとくこんなことばっかりで邪魔されてるよな。

俺は頬を掻いて気恥ずかしさをごまかしていると、三葉もなぜか安心した様に苦笑していた。

 

*****

 

「今日は本当に楽しかった、ありがとね瀧くん」

「ああ、俺も……楽しかった」

「じゃあ、ここまででいいから、今度は瀧くんの記憶が戻る様に前に行った場所に行こ」

「わかった楽しみにしてる、じゃあ、気を付けてな」

 

私は、瀧くんの家から近い駅で別れを切り出した。

もうすっかり暗くなっちゃったし、私も瀧くんも明日は用事がある。

また、入れ替わっちゃうかもしれないし、今日は一日中遊んじゃってとても疲れた。

 

(ふふ……)

 

電車の扉に寄りかかりながら、私は笑みがこぼれて慌てて抑えた。

一人でにやける女子大学生なんて思いっきり変だ。

でもこのぽかぽかした気持ちは当分消えないだろうなあ、と思いながらそっと息を吐く。

ずっと瀧くんと一緒にいたから、なんだか一人になると急に寂しくなっちゃうな。

携帯を取り出して、なんて送ろうかなと考えた。

 

「っと、すみません」

 

でもそこに、瀧くんの声が聞こえて私は大きく息をすった。

瀧くんが人をかき分けてこっちに向かってきているのが見える。

帰ったんじゃなかったの?とも思うけどそれ以上に嬉しい。胸が震える。

 

「よ、三葉」

「瀧くん、帰らなかったの?どうして?」

「だってさ、やっぱ一人で三葉を帰すとか危ないだろ。だから家までついてくよ」

 

ずるい、反則だ。

落として上げるなんて、今まで以上に心臓がばくばく言っている。

瀧くんはこんな事をしてくる様な人だったっけ。

ちょっとだけ違和感が起きるも、私はそっと瀧くんに近寄る。

満員の電車の中、自分を守る様に立ってくれている瀧くんの胸に安心して体重を預けた。

 

駅についてから帰り道、瀧くんが私の手を握ってくる。

汗ばんでないかな、と心配になるけれどそれ以上に少し強い力で握ってくる瀧くんに驚いた。

何か言わなきゃと思うけれど、思った事が口から出て行かない。伝えたい事はたくさんあるはずなんだけどね。

 

……けど、今はこのままでもいっか。

 

ほとんど言葉を話すことなく、そして手を離すことなく帰った私達だったけれど、部屋の前に来た時はさすがに声を掛けるしかなったけど。

 

「瀧くん、手つないだままだ鍵とりだせないよ」

「あ、悪い」

 

名残惜しそうにようやく私達は手を離した。

よく今まで繋げていたものだ。

何度も瀧くんに手相見せてとか、スキンシップを図っていた私だけど、ここまでずっと触っていた事はない。

瀧くん、恥ずかしくないのだろうか。

いや、きっと恥ずかしはず、照れ臭そうに首の後ろを触ってるし。

 

「送ってもらってありがとね。ちょっとというか結構嬉しかったよ……それに」

 

まだ感触が残っている手を軽く握って私は、瀧くんの方を見た。きっと私の顔が赤いのばれているだろうなあ。

でもそれは瀧くんも同じなんやからね。

すると瀧くんは覚悟を決める様の息を吸って、こっちに一歩近づいて来た。

 

「あのさ、三葉。あの時の続き、……ちゃんとしたい」

「あの時って……あ」

 

どれを指しているこかはわからなかったけど、瀧くんが何を望んでいるかはわかった。だって、私だって同じ事をずっと考えていたんだから。でも……。

 

「ちょ、ちょと待って!お願い、今日は、えっと、あれ」

 

頬に優しく手を伸ばして来た瀧くんから、私は身を引いてしまった。なんでだろう。ずっとこうなる事を望んでいたはずなのに。

私は、気持ちがごちゃまぜになったまま、それでも感情に身をまかせる前に私は逃げてしまった。

また今度ね、と瀧くんに嫌な想いをさせない様に精一杯考えた声を上げてから、自分の部屋に入った。

 

「なんでだ……?」

 

玄関にへたり込んで私は、外の瀧くんの声を聞いて頭を抱えた。そのままちいさくばかばか、と呟きながらぽかぽかと頭を叩く。なんていう事をしてしまったのだろう。

 

でも絶対にわかってた。

もし瀧くんとキスしてたら、きっと私は止まれなくなって最後まで身体を許してしまっていただろう。

犯罪だろうがなんだろうがやってしまっていただろう。

ちゃんとそのために、部屋の掃除だって、身につけている服だって。

朝、無駄に妄想を膨らませながら準備をしてしまっていたのだ。

 

「あれが、ほんとの瀧くんなんやね……」

 

あんな風にぐいぐいやってくる瀧くんは、私が今まで知ってる瀧くんじゃなかった。いつも私が瀧くんにアタックしてたのに逆にやられると、どうも調子が狂う。自分の気持ちに素直になれない。

 

色々な事が頭をよぎって私は、その度に悶える様に身体をひねる。けれどもどうしても一つだけ心に棘の様に刺さって抜けないものがあった。

 

私、瀧くんに悪い事を考えちゃったな。

 

どうして、どっちの瀧くんとのデートが楽しかったかな、なんて思っちゃたんだろう……。

 

 




r-15タグはないので当然、そっちには行きませんよー。
てか作者が書けないというのもありますが。
甘々なのを期待されていた方は申し訳ありません。
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