君の名を忘れない。   作:ばんなそかな

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八話 二人っきり

携帯のアラームが鳴っている。

俺はいつも通り起きると、アラームを止めた。

大きなあくびをして、伸びをしながら立ち上がる。

 

昨日は夜遅くまで、宮水先輩とLINEをしてたせいか頭が痛い。

でも、ああやって話をしていてすごく楽しかった。

その事で好意あるかどうかきかれたら、きっとものすごくあるといえるだろう。

相変わらず俺は、宮水先輩だとか三葉さんとか、呼び捨てで呼ぶことは出来ないけど。

けど、実際の所先輩呼びも違和感があるといえばあるのだ。

まるで、同級生の様な感じなんだよな……。

 

(あ、なんだこれ……)

 

今日は昼からバイトがあるため、早く着替えようと思ったら机の上の紙袋に気づく。

上の載った紙片にてっしーから、と書かれているが、誰が置いたんだ?

てっしー先輩から物をもらった覚えないし、しかもこの字は確か……。

手に取って開けてみると中に入っていたのはエロ本。

しかも、かなりどぎついものだった。

 

「お、おう」

 

そういった物に興味があるのは確かだが、今はネットという便利なものがある。

18禁的なものをコンビニで買う勇気などない俺にはない。

てっしー先輩の無駄な一面は尊敬するが、コレどうしよ。

一人部屋とはいえ堂々と置いておく勇気などないため、俺は袋に入れなおすと、机の棚の後ろに隠しておいた。

ぱんぱん、と手をなんとなく払っていると、手の平に文字が見えた。

なんだ、なんて書いてある?

 

「三葉……」

 

そして自分のものとは思えない言葉がもれた。

慌てて抑えるも、抑えるべき場所ではそこではなかった。

頭の中に別の何かが存在するかの様に、そいつによって記憶が、感情が、思考が塗り替えられていく。

一体、俺は何をしていたんだ……。今はいつだ……。……俺は誰だ。

 

「ぜはあっ……!!」

 

そこで、俺は大きく息を吐いて、膝に手を突いた。

 

今、俺は何をしていた……!?

 

心臓が狂ったように動き、膝の震えが止まらない。

足元から崩れて行って消えてしまいそうになる感覚だ。

 

(今のは……確かに前の俺だった)

 

入れ替わりの事を、三葉との事を知らない自分がそこにいたのだ。

そして、今さっきまで俺は自分という自我を失ってしまっていた。

……たまらなく怖い。自分は本当は最初からいないんじゃないかとも思えてしまう。

そしてそれから、どうして自分を取り戻せたのかと考え、手の平を見た。

 

俺は部屋を飛び出した。

おい、瀧。親父が声を掛けてくるが返事をする余裕などない。

 

ーーー今すぐ、三葉に会いたい。

 

久しぶりに全力で走り、道路を駆け抜けて駅を目指す。

昨日いた三葉のアパートの詳しい場所は駅からしかわからない。

けど、すぐに財布を忘れていたことに気がついた。

何も持たず着の身着のままで来てしまったのだから。

 

まあ、それでもいい。今ならいくらだって走れそうだ。

体が熱い。頭に熱があるようだ。自分がこの世界から浮いた存在の様に感じる。

でも三葉に会えばきっと大丈夫だ。俺は確かにここにいるって!

 

「あ……」

 

早道しようと古びた神社の階段の所に行きついて、俺は気づいた。

三葉が同じように肩で息を切らしながら階段の上に立っている事に。

彼女がどうしてここにいるかなんて考える必要はなかった。

俺は知っている。

俺たちはお互いの顔を見合わせて、自然と笑顔になっていく。

それから、呼吸を整えながらゆっくりと近づいていった。

 

「三葉」

「瀧くん」

 

同じ段に立ち、手すり越しに私たちは、自分の手の平を相手に見せた。

私の手には、瀧くんが書いた好きだ、という文字。

そして瀧くんの手には、私が書いた好き、という文字。

 

私は瀧くんが、ちゃんと覚えていてくれた事に泣きそうになる。

自分だけがあの時、返事をすることが出来なかったのだ。

そして、この言葉にどれだけ勇気をもらい、救われたか。

その事をずっと伝えたかった。

 

でも、お互いに言葉を交わす必要はなかった。

まるでわかってる、とばかり瀧くんは私をぎゅっと抱きしめてくる。

ちょっと、驚いたけど私は受け入れてそのまま、瀧くんに体を預ける。

けれども、私は気づいた。

瀧くんが安堵したように、そして不安そうに吐く息を震わせている。

 

「どうしたの?」

「……三葉は絶対にここにいるよな」

「うん、いるよ」

 

瀧くんが耳元で、優しい声でゆっくりと確かめるように話す。

それが私にはたまらなく嬉しくて、心臓が激しく脈打つのが聞こえる。

きっと瀧くんには気づかれてしまうだろう。

でも瀧くんはすっと体を離してしまう。

どうして、と思うと瀧くんが苦悩する表情を浮かべているのに気が付いた。

 

「俺はずっとここにいなくて、変わりに別の俺が三葉との関係を築いてきたんだよな。でも俺が記憶を取り戻してから、そいつはいなくなってしまったのかもしれない。いや、俺が消してしまったのかも……」

「どんな瀧くんでも、瀧くんは瀧くんだよ。それだけはもう一度知り合っても何も変わらなかったから」

「そっか……」

 

私は昨日、瀧くんが言いたかった事は何かと聞いてしまった。

私と関係を築いた記憶のない瀧くんは、その事を気にしてしまったのかもしれない。

私は、瀧くんを安心させるように、彼の手に触れた。

何度も触ったことがある、ごつごつして肌荒れなんて気にしてない男の子の手だ。

 

「いきなりさ、周りの状況が変わった世界に目覚めて、俺の方が間違ってて、ただの妄想なんじゃって思ってしまったんだ……、でも三葉は覚えてくれているんだよな」

「そうよ。瀧くんが私たちを救ってくれたんやよ。妄想なんかじゃ絶対ない。私、忘れるわけない」

 

瀧くんが、その……私の口噛酒を飲んで一度死んだ私を助けに来てくれたのだ。

その事を知ってるのは私だけだけど、あの日の事が妄想であるはずがない。

 

「俺は三葉が今までしてくれた事を覚えていない事が、なんだか悔しくてさ」

 

その事を聞いて私は、両手で瀧くんの手を優しく包んだ。

なんだか、瀧くんが前の瀧くんにやきもちを焼いているようで、とても可愛い。

きっと年下でも男の子に可愛いとか言ったら怒るだろうけど。

 

「うん。私ね、前の瀧くんと色々お話したし、いっぱい約束をしたんよ。……きっと瀧くん時間がかかるだけで思い出せるよ。今回の入れ替わりはその事が関係してるんだと思う。私にはわかるから」

 

瀧くんがじっとこちらの目を見てくる。

こうも見つめあう事なんて三年ぶりくらいで、私はなんだか顔が赤くなってしまう。

瀧くんの顔は、根拠はあるのかよ、って感じで口が一文字になっていた。

そりゃあ、根拠なんてないものはないけど、私は口にしてしまっていた。

なんだか、確信の様なものが私の中にあるからなのだ。

そうなってしかるべきだという強い気持ちがある。だってそうじゃなきゃおかしいっていう気持ちが。

でもそれをすべて言葉に表せないのがもどかしくて、私はただ思いついた言葉を言った。

 

「なにせ、私は巫女やからね!」

 

とはいっても、すでに跡形もない神社のだけど。

両手を腰に当てて、胸を張って答える私を見て、瀧くんは急に笑い出した。

あ、なんだかむかつく。人が気遣ってあげてたのに。

 

俺は、三葉と会って話をして、とても安心していることに気がついた。

どこかへ消えてしまいそうだった不安感なんて消し飛んでしまっていた。

でも、こうやってされるのは、弱音を吐いてしまった要で気恥しい。

 

「そりゃ、信憑性が少しはあるな。一つの町を隕石から救うくらいには」

 

俺たちは二人で、くすくす笑いあいながら、顔を近づけて額をつけあう。

互いの吐息が係る距離で、俺たちは再会を祝う。

昨日みたいなどこかの喜劇の様な再会じゃない。

離れ離れになっていた俺たちは、ようやく自分の体で向き合っているのだ。

 

自然と額を突き合わせたまま、顔が寄っていく。

三葉の唇がすぐ近くに、そして俺たちを止めるものなんてもう何もない

隕石だって、俺たちを止める事は出来なかったのだから……。

 

だが、ごほん、ごほん、と声が頭上から降って来た。

慌てて俺たちは離れてしまうと、上で箒を持った神主だろうかのおじさんが咳払いをしていた。

そして一気に現実に引き戻されるように、あたりの喧騒が入って来た。

車が道路を行き来する音。続いていってきまーす、という小学生の声が近くでする。

ちりん、ちりんと階段の下の道を、主婦が乗った自転車が通り過ぎて行った。

 

な、なるほど。これが二人っきりの世界って奴なのか……。

まったく近頃の若いもんは、とありきたりのセリフを吐いて、どっかに行くおじさんと合わせて三葉も俺から離れていく。そしらぬ顔をして……ええぇ?!あと、もう少しだけ!

 

「あーっ!気づいたら私、こんな服で来てるし!」

 

三葉が恥ずかしそうに視線を下げて、自分が着ている服に気が付いた、

さすがに寝間着からは着替えていたが、服装は俺が昨日選んだそのものだ。その事すらも俺たちは、目に入らなくなっていたのか。

 

「恥ずかしいよー……」

「三葉、今更手遅れだっての」

 

もう一度近寄ろうとするも、三葉は二歩ほど下がってしまっていた。

 

「なんだか、いやや。こんな格好見んといて!」

「いや、だってもうさんざん一緒にいただろ?」

 

あっという間に雰囲気も何もかも吹き飛んでしまった。

さっきまでの眉を八の字にして頬を染めた可愛いらしい三葉なんて消え去ってるし、今は、眉を吊り上げて世界の理不尽さを呪ってやるって顔だ。そしてなぜかこっちをにらみつけてくるし。

 

「もう、それに瀧くん。これ、置いてあった油性ペンで書いたでしょ!」

「いや、だって他にペンなかったし。俺が書いた三年前のを三葉が消したのが悪い」

「なっ!あほ!!あんな恥ずかしいままにしておけるわけないやろ!!……写真には撮ったけど」

 

撮ったのかよ。

俺も自分のを見て、確かにこれをずっとこのままにしておくのは無理だ。なんだか名残惜しいけど。

確か、俺のも油性ペンで書いてたよな。今日も夜にバイト入れてたはずだけど、どうすんだよこれ。

はあ、包帯でも巻いていくか。

 

そこで手を見つめていると、いきなり頬に柔らかい感触が当たった。

三葉のがすぐそばにいるのだと気づいた時には、シャンプーのいい匂いと、長い髪が俺から離れていく。

俺は呆然として、三葉の唇の感覚が残る頬をそっと触った。

 

(今、頬にキスされた……?)

 

三葉は、背中を向けて二段ほど駆け上がるとこっちを振り向いた。

恥ずかしそうに頬を染めて、嬉しそうに笑っている

 

「これからずっとよろしくね、瀧くん」

 

よろしくねって、今までもずっと……ああ、そういう事か。

つまりは、気持ちを伝えあったんだから俺は、三葉の彼氏って事でいいんだよ……な。

追いかけて行ってもう一度やり直したいけど、手遅れかなあ。

だから、代わりに俺は、三葉と同じくらいの笑顔を返してやった

 

「ああ。よろしく、三葉」

 




なんだかシリアス成分が入って、ラブコメが遠のいてる様なな気がしますね。でも実際、前の瀧くんからしたら、自分を奪われてますし、怖いですよね。
とりあえず二人はちゃんと再会したって事で、これから日常的な事を書きたいと思います。でもネタが尽きたら本筋に戻るかもしれません。ではでは
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