それからというもの俺と三葉は、入れ替わりの日々を過ごすことになった。
前と同じようにほとんど一日ごとに俺たちの体は入れ替わる。
でも前とは違う事は確かにある。
同じ時間、同じ場所で触れ合えて……そう普通の恋人のように……ように……ように。
なるはずだった。
「あー!!瀧くん、もう起きとる!!」
「おー、三葉、おはよ」
「おはよじゃないよー!!もう、何もせんといてって言ったでしょ?!」
俺たちは、お互いに入れ替わった体で朝のあいさつを済ませた。
そして玄関から自分の部屋に飛び込んできた俺、いや三葉は怒りかかって来た。
それにたじろいた俺は、三葉の体で朝ごはんを作っていた手を止める。
「起きてベットでじっとしてろってか?無茶言うな。三葉が早く起きないのが悪いんだよ」
「そんなの、大学生の不規則生活をなめんといてよね。って今は瀧くんの体じゃない!」
そりゃごもっともだ。
でも入れ替わりの間の習慣や癖、体内時計というのは中の人に結構影響されるようだ。
俺は目玉焼きが出来上がるのを見届けると火を止めた。
その間にも、三葉はショックを受けたようにへたりとアヒル座りをしようとして、顔をしかめている。悪いな、俺の体は固いんだ。
「いたた、もう女として終わりや……いや、もうこれって人としてじゃない?」
「そういうなよ、言われた通り、着替えはしてないし、何もしてないぞ」
堂々と胸を張って俺は言うが、ついつい視線が自分の胸の谷間に向かってしまう。
男のさがだ。しかも、好きな女の子の胸ともなるともう、揉まずにいられないだろ。毎日。
「……あ、や、し、い」
「なんだそのジト目は。俺が信用出来ないっていうのかよ」
「そんなわけないんよ。ちゃんと信じてるし。瀧くん以外に、私の体を自由にしていいわけないでしょ」
「ん、自由?」
「ち、違うわよ!私が許可したところだけの自由!!それだけ!言葉のあや、変な勘違いしない!!」
そっぽ向いて言う三葉に俺は苦笑する。前にも文体で言われたことがあったげ、やっぱ抜けてるというか無防備すぎるぞ。
やれやれ、と俺はため息をつくと、パジャマ姿から変えてもらうために目を閉じて両手を広げた。
*****
三葉がすでに、買い揃えている食器をとりだして二人分の朝食を用意する。
そっか、もう入れ替わりが発生してから一週間になるんだよな。
そしてお互いの気持ちを伝えあってからも一週間。
「あ、おいしい、いつもありがとうね」
「だろ?そういや、俺今日朝食当番だったんだけど」
「うん、瀧くんのお父さんの分、作っておいたよ。私、入れ替わった時だけこっちで食べてて不審に思われないかな?」
「ま、大丈夫だろ。とにかく、ありがと」
だがその間、はっきりいって恋人らしい事は何一つなかった。
いや、おかしい。恋人以上というか、人と人との境界すら飛び越えているはずなのだが。
入れ替わっている間の伝えなきゃいけない事、言いたい事。
それらの比重があまりにも大きすぎて、なんだか恋人らしい雰囲気を出せなくなっていた。
これじゃ、まるであまたの危機を乗り越える戦友みたいだ。
「もう一週間だよ、瀧くん。どうしよ、私、解決方法全然思いつかない」
「俺もだ。とりあえず、こんな事なら思いついてみたけどな」
俺は頬を膨らましている三葉に、ネットで見つけた口噛酒の作り方を差し出した。
きょとんと三葉は首を傾げた後、すぐに顔が赤くなっていく。
「ちょ、な、あ、それー!!」
「いやー、おばあちゃんとか四葉ちゃんからなんとなく察してたんだけど、実際の作り方とか知らなくてさ。驚いたよ。いやマジで」
「なっ……一応聞くけどそれをどうするつもりなん?」
「三葉が作って俺が飲む。それで万事OKだ!」
「んなわけあるかーっ!!そんな事絶対、許さないし!!……っ、まさかあんたもう私の体で……!」
にや、俺はとりあえず不敵な笑みを浮かべてみた。
あほー!といわんばかりに三葉が両手で襲い掛かって来たので俺はそれを迎撃する。
両手をがっしと組み合った俺たちは、テーブル越しに全力で押し合う。
「出しなさい!今すぐ、アレを!やっぱ瀧くんの事信じれないー!」
「ちょ、三葉。痛いって、力緩めろ!お前の体だぞ!」
いくら大学生の三葉の体でも、高校生の男子には勝てそうもなかった。
俺はそうそうにギブアップして、手を顔の前で慌てて振った。
「冗談だって。まだ作ってないし、作り方も朝知ったばかりだ!」
「ふーん、どうだか」
すねる三葉は勝手だが、俺は痛む両手をさすっている。
おい、自分の体はもっといたわれ、三葉!
「それにさ、たぶんただ作っただけじゃだめだと思う。あの口噛酒はご神体に奉納した奴だったし。あの場所だから意味があったのかもしれない」
「そっかー。やっぱり糸守町が関係しとるんかな」
俺と三葉はしばらくの間、黙って黙々と食事を続けた。
ふいに三葉が言葉を漏らして、最悪な事を言ってくる。
「このままずっと入れ替わりが続くとなったらどうなるんやろ」
「やめてくれ……」
思わずうふふ、俺の子よ。と言って自分の膨れたお腹をなでているイメージが浮かんだ。
色々飛躍しすぎだし、そんな人生嫌だ。
「とにかくだ。糸守町に行ってみるか。それかあの日が来るまで様子見だ」
「うん。本来の私たちの入れ替わりが始まった日までくれば何かわかるかもね」
「だな、とりあえずは今は、今日を乗り切ろう」
そういって俺たちは、元気よくごはんを書き込むとご馳走様をした。
*****
三葉の体に入って日常面では特に苦労する事はなかった。
それは三葉も同じで、きっと俺たちが夏休みの状態であるからだろう。
三葉は友達との遊びや、旅行を断ったようで助かった。
とはいっても、バイトだけはすでにシフトが決まっていて抜けられないのだ。
「いーい。ぱっと入ってシュっと出る。それだけだからね。中に誰かいたら即出る、いい」
「わかったての」
バイト先に向かいながら、俺は何度目になるであろうか数えるのも面倒な、女子更衣室の侵入方法を聞いてる。今日初めて三葉の体でバイト先に行くことになってしまったのだ。
とりあえず着替えだけつかんで、即トイレに駆け込めればいいのだが……。
「もう、今月の私と瀧くんのシフトってほとんど合わないし?なんで?」
「いや、憶えてないし……」
前の俺に避けられてたんじゃねえの、とは口が裂けても言えない。
俺はシフト表を確認するも、なんだか一週間くらい前から俺と三葉の勤務時間が合わなくなっていた。偶然そうなっただけかもしれないけど。
どっちにしても俺は、一緒じゃなくても困らないのだが三葉はなにやらご立腹の要だ。
なんだか、最近ずっと三葉とこんな感じだ。
入れ替わりの影響はあるにせよなにかもっと甘い雰囲気ってのはなれないものなのか?
「あ、あのカフェ。なあ、三葉今度行ってみないか?」
俺は通りに偶然見かけたカフェを指さした。
記憶にはなく最近出来たばかりの店だろう。
甘いものを食べさせておけば女子は機嫌良くなるというのは本当だろうかな。
「え、あの店……」
「ん、どうした。もしかして行ったことあった?」
「ううん、驚いて、瀧くんから誘ってくれるなんて」
「え?ああ、そうなんだ……」
俺は三葉との会話に齟齬が生まれたのを感じて足元を見た。
まるで三葉は俺の事をよく知っているかのようだ。
でも、俺は知らない。
三葉が今、好きな事もやりたいこともまだ何も……俺は三葉と出会ったばかりなんだよ。
一体……この隙間をどう埋めればいいんだ。
*****
「すー、はー」
俺は大きく深呼吸して、女子更衣室の扉に手を掛けた。
後ろの廊下では心配そうにこちらを見てくる三葉の姿がある。
大丈夫だ。当分だれも入ってきてないのは確認済みだ。
……いざ。
「し、しつれいしま~す」
小声で微妙な罪悪感を感じながら扉に体を潜り込ませた。
ほっと、ため息をつく。
誰も中にはいないようだ。とにかくさっと用事を済ませよう。
ええと、三葉のロッカーはと……。
だが、男子更衣室とは違ったにおいと感じに、思わず目的を忘れて見渡してしまう。
「ん?」
その時、ポケットの電話が鳴り出した。
ワンコールで切れて俺は、はっと息を飲んだ。
これは……今すぐ撤退しろの合図。
「おっはよー!!あれ、誰もいない?」
だけどがやがやという姦しい声に、扉の前でまごついてしまった。
時すでに遅しと、俺はロッカーの後ろに隠れるも奥寺先輩たちが入ってきてしまった。
「さっき、瀧くんが必死の形相で三葉ちゃんの事呼んでたんだけどなー」
「失礼しまーす!」
「あ、先輩、おはようございます!」
あっという間に職場の先輩たちが女子更衣室に続々と続く。
出口は完全に塞がれてしまったし、何よりすでにもう服を脱ぎ始めている!
まずい!
いや、今の俺は三葉なんだからばれても問題はない。ない……が。
三葉にばれる事は確実だ。……そう考えると冷や汗が垂れてきた。
「あれ、宮水さん何してるの?」
「あ……いやぁ」
一番奥のロッカーに来た人が俺を見つけてしまった。
俺は、ふへへとひきつるような笑いで取り繕ってしー、と人差し指を上げたが遅かったようだ。
「あれ、三葉ちゃんいるじゃない。なんで隠れてるのかな?」
奥寺先輩に見つかってしまった。
しかも先輩のブラウスのボタンは全部はずされていて、その隙間から黒い下着と豊満なあれが見え隠れしている。
「いや、ちょっと、その、ごめんなさい!!」
「え、なんで謝られてるの?あれ、何かしたっけ?」
「え、いや。その事じゃなくて、そ、その、失礼しますっ!!」
俺は断腸の想いで前かがみの先輩から視線を外すと、立ち上がった。
だが、敵はそれ以外にも存在し……ってくだらない事考えてる場合か!
俺は周りを見ないように、三葉のロッカーに飛び込むと着替えをひっつかむと出口を目指す。
「あれ、三葉ちゃん?着替えもってどこに行くの?もうホールに入る時間来ちゃうよ」
「えーっと、そのお……お花をつみに……」
奥寺先輩に出口で止められて俺は、冷や汗をだらだろとかく羽目になる。
それを奥寺先輩は目ざとく発見して、心配そうに俺の額に手を当ててきた。
それより前!前を隠してくださいッ!俺が三葉に殺される!!
「あ、その手どうしたの?赤く腫れてるじゃない。今日、その手で仕事出来る?」
「え、あ……その大丈夫ですから」
三葉に思いっきり握られた手を発見されて、俺は逃げようとするも逃がしてくれなかった。
「無理しちゃだめだからね。あ、……もしかしてその手だからボタンをはずせなかったりした?」
「え、いえ、そんな事ないでし!ちょっと先輩!?」
余計な事しないでください!と言おうとするも本気でこちらを心配している奥寺先輩は、あっという間に三葉が着ていたシャツのボタンを外してしまった。
もう逃げ出す事が不可能になってしまった。
「腫れてるのは手だけ?袖は通せるわよね。……あれ、三葉ちゃん下着の趣味変えた?」
「え?」
「なんだかいつもより魅惑的って感じかな。あはー、瀧くんと恋人になったからね」
俺はそういわれて気になり、自分がつけているブラを見下ろす。
淡いピンクの色にフリルや刺繍があり、まあ、なんだ可愛い。
下着売り場でついつい、目に入ると離せない感じのたぐいのものだ。
……これを三葉が……俺のため……だよな?
「うりゃ、うりゃりゃりゃ。うーん、なんだかうらめしいなー。このこの」
「いや、あ。ちょっと先輩、やめ……あ」
するといきなり笑顔で後ろから抱き着いてきた先輩が、胸をもみ始める。
他人の手でもまれるという感触に、俺は今までにない高揚感を……ってちょっと待てい!!
「こ、これ以上はら、ら……!!」
ドン!!
俺の色っぽい声を上げる反応を面白がっていた先輩だが、いきなり扉が大きく叩かれた。
更衣室にいる全員が驚いて、静まり返った。
「誰よ?もうびっくりしたじゃない!」
「お、お先に失礼しまーす!!」
俺はこれがチャンスとばかり、すぐに着替えると女子更衣室から生還した。
いや、嘘。新たな地獄だった。
「おはようございます。宮水先輩」
三葉が仁王立ちで、腕組みをして女子更衣室の扉の前に立ちふさがっていた。
右手の人差し指はとんとん、とリズムをうち、その目はすわっている。
だが、逆に表情は満面の笑みなのが怖い。
「み、三葉……これはその、事故なんだ!」
「なんのことですか、先輩。宮水先輩は女の子なんですから、女子更衣室に入っても何も問題ないですよね」
「あの、……三葉さん?」
「ましてや奥寺先輩と楽しそうにじゃれあっても女同士なんですからなーんにも問題ないですよね」
「え……」
「今までお世話になりました。宮水先輩」
「今までって……」
いや、悪いと思ってるけど、そんなに怒らなくていいだろ。三葉の連絡が遅かったせいで逃げ遅れたんだから。それに、別に浮気したとかそういうんじゃないだろ。
「……瀧くん、怒っちゃいやん」
「黙れ……」
短く言い放った三葉は、俺を押しのけるとおもむろに女子更衣室の扉に手を掛けた。
おい、何をする!!俺を社会的に殺す気かよ!!
「な、なにしてんだよ!ごめんって言ってるだろ!」
「謝罪が足りない。瀧くんがすぐに逃げないのが悪いんや」
「ごめん、ごめん、ごめん!これでいいか!?」
「なんか投げやり……誠意が足りない」
「あ、あとで好きなだけケーキおごってやるから。俺の体で食べてもいいし、太るの上等でいいから!」
「う……でも、見たでしょ」
ようやく手を止めてくれた三葉は、ぼそっと言ってくる。
俺は後ろから抱き着いてなんとか止めていた手を離して、上を見上げた。
なんだ、何を言いづらそうにしてる?
「だって奥寺先輩の下着姿見たんでしょ……比べたでしょ?」
「い、いや見てない!絶対に見てない!比べるわけないだろ!」
「後で確認してみるけど……?」
「あ、……とにかく見たとしても関係ない!見たいのはお前だけだ!!」
「っ……」
その言葉でようやくへにゃんと力の抜けた三葉は、扉から離れて行ってくれた。
ふう、とため息をつくと俺は抱き着いていた体を離そうとする。
「「「しつれ~いしま~す」」」
その隣を、敗残兵の様に三人の先輩方が幽霊のごとく通り過ぎて行った。
もしかして話を聞かれていたのか?ってかこれじゃ女子更衣室の方も……。
「わお」
奥寺先輩が扉から出てきて、面白そうにこちらを見てそう言った。
ばれてはないが……色々なものが剥がれ落ちて行った気がする。疲れた。
*****
「うーん、こっちかな」
「スーパーなんだからどこでも同じだろ?」
「全然、違うんだからね。瀧くんわかってないんやね」
バイトを終えた俺たちは、帰り道にスーパーによって食材を調達している。
俺が三葉の部屋に来るようになって食費がかさむようになったらしい。
生活費少しは出しとこう。
「やっぱ男子の体はいいよね。スカートに気を使う必要ないしー」
「おい、俺の体なんだから大事にしてくれよな」
三葉が持つ買い物かごには、食材が次々と積まれていく。
「そんなに食べきれるのか?」
「買いすぎかな。ま、いっか。どうも瀧くんの体だとお腹が減って仕方ないんだよね」
ふーん、ふーん、と鼻歌を歌いながら買い物を続ける三葉に声を掛けた。
朝気になっていたことだ。俺と三葉の隙間をどう埋めるか。
三葉にばっか気をつかわせちゃいけないよな。
「今度行こうって言ったカフェ、本当は行った事あったんだろ?前の俺と。あのカフェの写真が残ってたからさ」
「あ、……うん。前にね、誕生日をバイトの皆でお祝いしてくれたことがあったんやけどね。そのお礼として私が瀧くんを誘ったの。いっつも瀧くん私から誘わないと何も言ってくれなかたから」
「そっか、じゃあ、行くのはパスにするか?ケーキおごる約束もあるし、別の場所でも」
「ううん、もう一度行こ。今度は……そのちゃんとしたデートで」
「あ……ああ、そうだな」
また、三葉に気を使わせてしまった。
隙間を埋めるどころじゃないな、三葉の方がこれじゃ本当に年上のお姉さんだ。
三葉といると安心する。でもそれだけじゃなくてちゃんと俺も三葉を安心させてやりたい。
買い物を終えて外に出ると、夜空には星空が広がっていた。
「やっぱ糸守のど田舎の方が星は綺麗だよな。」
「あ、ど田舎いうたな、その代わり空気は綺麗なんやからね」
「知ってるよ。何にもないけど、ちゃんとそこにあったもの覚えてるよ」
「瀧くん、それってどういう意味なん?」
俺は少し笑うと、いい考えが頭に浮かんだ。プレゼントだ。
もうすでに消えてしまったものだけど、俺たちの心の中に残ってるもの。
「なあ、もう一度、あの場所に行ってみたいな。三葉は?」
「うん、私も。ね、今度瀧くんも一緒に里帰りしよ」
「ああ、絶対に」
いい雰囲気とはこの事かと思う。
その事を考えながら俺たちは二人でゆっくりと歩き始める。
恋人らしい事は何もできていないけど、心はちゃんとつながっているはずだ。
……でも手、つなぎたいけど、やっぱ元に戻ってからだよな。……くそ、入れ替わりめ。
だいぶ時間が空いてしまいました。
どうだろう。君の名は熱が冷める前に書ききれるかな?