2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正
「プロデューサーさん。さっきの仕事のことも含め色々聞かせてくれるかしら」
「……そうだな」
奏は先程までフレデリカが座っていたプロジェクトルームのソファに座り、俺も対面のソファに腰を下ろした。
「今回の仕事はかなりシビアなものになるぞ。専務の前でああ言った手前もう後戻りは出来ないからな」
「もちろんよ」
専務に対して桐生つかさとユニットを組んで生放送の音楽番組に臨むと言ってしまった。
そのため二週間後の本番に向けてきっちりとしたスケジュールを組まなければならない。
「ただ正直な話、つかさちゃんの都合次第だな。二人で通しで合わせられるのは二、三回と見ておくのがベターかと」
「大丈夫よ。今回の楽曲は一度ライブで披露してるからパフォーマンスも身についてるわ」
「なんとも頼もしいこった」
「そうでなければ私から楽曲提案なんかしないわよ」
そりゃそうだ。少なくとも実戦経験がある楽曲ならばそれだけ大きなアドバンテージになる。
「なおのことつかさちゃんが初ライブかもしれないから極力向こうに合わせる感じにしてくれ」
「つかさってどれくらいパフォーマンス出来るのかしら」
「どうだろうな。うちの事務所に来てから日は浅い方だけど、噂じゃ結構な努力家みたいだぜ。さっきの言動からも見てわかったと思うが決して手を抜くタイプでは無いだろうし」
「そうね。あのタイプは芯があって見た目とは違って誠実なんじゃないかしら……あ、これ一般論ね」
自分の意見をごまかすときのお約束頂きました。
大丈夫だ。俺も初めは不安以外の何物でも無かったが、その心配も無さそうであった。
「そう言えばさっきマホにつかさちゃんが来週末に大きいイベントに出るって自慢されたわ」
「何のイベントかしら」
「どこぞのデザイナーさんのファッションショーだってさ。詳細は知らんがうちからも他に何人か出るみたいで」
「あら、面白そうじゃない」
「お、奏もファッションショーとか興味あるのか」
「当然じゃない。だってファッションショーのランウェイを歩くのって、女の子にとって憧れのひとつよ」
奏にもちゃんと女の子らしいところがあるんだな……これって昨今じゃジェンダーハラスメントになってしまうのだろうか。
まあ、ちょっといいこと聞いた。今度そういう案件も探してみるか。
「と、言っておいてなんだけさ」
そろそろ俺は疑問に思っていたことをずばり奏に聞くことにした。
「奏は今回これで良かったのか」
「どういう意味かしら」
「俺が口出さなければお前が単独での出演になったかもしれない。そのチャンスをみすみす捨ててしまったわけなんだが」
無論、つかさとの社内コンペやら何やらに勝たなければならない条件付きだったが。
「そんなこと」
と、言って奏は鼻で笑った。
「むしろ今回こそ絶好の機会じゃない。二人で完璧なパフォーマンスをすれば注目が上がり今後の可能性が広がるわ」
心からそう言っているのか、それともそう言わせてしまっているのかわからないが、とりあえずは前者として受け止めておこう。
「それにね……」
「それに?」
と、言ってきたもののどうもそわそわしている。しかも何やら赤面している。
「ごめんなさい、やっぱり何でもないわ」
何でもないんかーい! とズッコケそうになるのをギリギリのところで俺は我慢した。
すると奏は区切りを付けるかのように咳払いをして、そして態度を改めて言ってきた。
「それより私からも聞きたいことがあるんだけど」
「どうした言ってみろ」
「さっき女性のプロデューサーさんとはどういう関係なのかしら」
やはりその話を持ってきたか。
「ああ、マホのことか」
「下の名前で呼ぶくらいには親しい間柄なのね。あなたがアイドルを下の名前で呼ぶこととあの人をそう呼ぶのでは意味合いが違うように感じてね」
体中を鋭い針で突っつかれてるような感覚がする。
「そうだな……」
喫煙室から出た時点で腹は括っていたはずだ。奏には悪いが俺は『楽になるための選択肢』を選ばせてもらう。
俺はゆっくりと呼吸を整え、はっきりと声に出した。
「マホは俺の同期なんだ。もう同期って言ってもマホと、あと大分前に会ったあのクソヤローのこと覚えてるか」
そのクソヤローの同期とはオータムフェスからシンデレラの舞踏会の頃に一度奏と会わせる機会があった。
「あの人のことはまるで興味がないの。だからどうでもいいわ」
バッサリ。むしろクソヤローと言って通じたことに驚いたが、奏がアイツに懐いてないようで安心した。お父さん嬉しいぞ。
「まあ、もう同期って俺も合わせて三人しか居ないんだけどな」
「だから仲が良いって言いたいのかしら」
「いや、それもあるが……」
覚悟を決めろ、俺。
俺は自分の両腿を強く叩いて気合を入れ、そして奏へと顔を真っ直ぐ向け、告げた。
「昔、俺はマホと付き合っていたんだ。すぐに別れたが」
「……そう」
奏は一拍置いてからそう言うと、思案するように目線を逸らし言葉を続けた。
「でも、はっきり言うのね。そこはごまかしても良かったんじゃないかしら」
そちらから聞いておいてなんだよ、とは思ったがそこには何も返さない。ただ奏らしいとは思った。やはり『何故』言ったのか気になるだろうな。だから包み隠さず話すことにした。どうせいつかバレるなら、あらかじめ伝える方が良いに決まっている。
「どうせマホが口を滑らすだろうし、仮にあいつが言わなくてもお前は頭が良いから何となく察するだろうよ。でも決してお前からはこれ以上追及はしないだろう」
「わかったようなこと言うのね」
「いや、わからない。だからここからは妄想だが、もし俺とあいつの関係を言わなかったらお前は気になってしまうだろう。そうなるとどうでもいい時にまでそれがちらつき集中出来なくなる。そうなるとどうなると思う」
「練習に影響が出て本番に支障をきたすとでも?」
「そうだ。さっきお前が自分でも言ったように、今回の案件はせっかくのチャンスなのに俺という外部要因のせいでダメになってしまう。それだけは避けたい。くだらないことでお前を悩ませたくない」
「つまり私のためにって言いたいのかしら」
「……そう断言出来たら一流のプロデューサーなんだろうな」
「歯切れの悪い物言いね」
「知ってるか? 隠しごとってされる方よりする方が辛いんだぜ」
俺の言葉に反応して奏は俺を強く睨みつけた。
「あなたがそれを言うの?」
こう返されることは重々承知の上だった。
「伝えたくても伝えられないことの辛さは私が何よりわかってるわよ……」
そうだな。過去にその重荷を背負わせたのは俺自身なのだから。
「俺は卑怯な男だ。それを罵ってくれて一向に構わない」
「そんなこと……出来るわけ無いじゃない!」
奏は珍しく声を荒げていた。俺を睨みつけるその強い眼光に宿っていたのは、自由を奪われ地上に縛られた鳥籠の小鳥のように、大切な『想い』を言葉にすることを封じられてしまってたことに対する深い悲しみ、そして恐怖であった。
大人は『その感情』だけで動くことは出来ない。そこには打算がつきものでいつからか純粋さを無くしてしまった。だから動じることはない。
だが、子どもにとって、17歳にとってはどうだろうか。何事にも変えがたい『世界そのものに等しい感情』を制限されてしまうことがどれだけ辛いことか。それは大人の俺でも想像に難くない。
奏はこれ以上食い下がってこなかった。
「ごめんなさい。でも良かったわ。あなたの口から聞けて」
この『選択肢』は間違っていない。確信出来ていたからこそ俺は事実をありのままに奏に話したのだ。
俺は、状況を努めて理解し自分の感情を抑えることの出来る奏の気持ちをわかって上で利用している最低な人間だ。だけど奏には謝らない。代わりにこう言うだけだ。
「ありがとうな、信じてくれて」
「……ホントあなたって、悪い人ね」
面倒なことは先送りにしない。軽口は叩けど、それでも『誠実』であれ。アイドルと付き合う上で大切なことだ。
もちろんここで言う「付き合う」は『交際する』って意味ではなく『担当する』という意味だ。
「この際だから教えてもらえるかしら、どうして別れたかも」
「え? 面白い話じゃないぞ」
奏は耳にかかった髪を掻き分け、眼差しを真っ直ぐ俺の方へ向けて言った。
「だってこの機会を逃したら、次は無いんじゃないかしら」
やれやれ。ただこれなら明日からは後腐れなく本番に向けて進んでいけそうだな。
◇ ◇ ◇
ところかわって、プロデューサーと速水奏がプロジェクトルームで話をしている中、宮本フレデリカはプロジェクトルームの外のドアの前でひとりしゃがみ込んでいた。
そこへ仕事終わりにプロジェクトルームへ寄ろうと通りかかった塩見周子はそんなフレデリカを見つけ話しかけた。
「フレちゃんったら相変わらずなにを……」
フレデリカは人差し指を口元にやり、おもむろに携帯電話を取り出しなにやら操作をし始めた。
まもなくして周子の携帯電話にフレデリカからのメッセージが届いた。文面は以下の通りである。
『今、奏ちゃんがプロデューサーと大事な話してるから誰も入れないようにしてるの』
フレデリカの意図を理解し納得する周子。
そしてフレデリカの隣に同じようにしゃがみ小声でヒソヒソ話を始めた。
「奏ちゃん、プロデューサーとどんなこと話してるん?」
「内容はよく聞こえないけど、途中奏ちゃんが声色キツめだったかな」
「ふーん。あの二人またケンカしてるの?」
「ケンカってより思いの丈をぶつけてる感じかな。プロデューサーは至って冷静」
「ほほーん」
「でも次第に収まって今は談笑モード」
「なら問題なさそうだね」
「そうだよねーって待って、シューコちゃん。またケンカってどういうこと?」
「そんなこと言ったっけ」
「もうシューコちゃんったら~」
不意にプロジェクトルームのドアが開く。
ドアは室内から引くタイプのため、ドアに寄りかかっていた二人はそのまま室内に倒れ込んだ。
倒れ込んだ二人の目の先には、得体の知れないものを見てしまったという目をするプロデューサーと奏が居た。
「なーにお前らやってんだ」
「立ち聞き、いや座り聞きとはどういう用件かしら。フレちゃん、そして周子」
奏は笑顔を保ちつつも、目だけは真剣そのものであった。
「「ははっ」」
フレデリカと周子はそのままの姿勢でただただ乾いた笑いをするだけだった。