2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正
専務室での一件からまもなくして奏とつかさの合同ダンスレッスンが行われた。
思いの外早くに二人で合わせられるのは都合が良いことだった。早ければ早いほどお互いの課題を見つかり、その次の合同レッスンまでに修正が出来る。
壁一面が鏡張りになっているレッスンルームでトレーナーさんの厳しい指導の元、ダンスレッスン用のスポーツウェアで臨む二人の姿を俺はレッスンルームの外から眺めていた。
「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト! 桐生、そこもっと腕を伸ばして。ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト! 速水も少しテンポ悪いぞ」
トレーナーさんの指摘の通り、技術的な面は素人の目で見ても奏の方が上回っているのがわかる。しかし、それと同時に奏からはどうも動き辛そうな点も見受けられ、どことなく自分のパフォーマンスに集中出来ていない様子であった。
「桐生はまだまだ基礎がなってないぞ。しっかり体に染みこませろ。速水は慣れていても今は自身をしっかり見ろ」
「「はい」」
このやりとりで先に動いたのはつかさであった。
「奏さ、さっきからチラチラ見過ぎだろ。鏡越しでもアタシのことを意識しているのがわかるぞ」
自身のパフォーマンスに必死になっているつかさからでも奏の異変に気付いたようだ。
「人のことを見ている余裕があるのかしら」
つかさの言葉に皮肉で返す奏。
「メンドクセー。頼むから言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」
「特に無いわ。つかさは自分の」
「だからよ……」
どうも会話が進まない。すると見かねたトレーナーさんが二人の会話に口を挟んだ。
「速水。桐生に合わせ過ぎだ」
トレーナーさんの言葉に俺は思い当たる節があった。そう、俺はこの間つかさちゃんに合わせろって言っていた。奏は俺の指摘を忠実に守っているということになる。あー、俺のせいか。
「アタシに合わせようとしていたのか」
「そうね。時間に余裕の無い中で考えれば妥当な判断だと思うんだけど」
「……そういうのいらねーから」
「どういうことかしら」
「どうも何も技術は奏の方が上なんだからわざわざ下のヤツに合わせようとするな。時間を言い訳にしてクオリティを落とすのだけはやめろ」
「その場合、つかさが無理することになるけどいいのかしら」
「ああ。絶対食らいついてやるから奏は気にせず自分のパフォーマンスをしてくれないか」
つかさはそう言ったもののどこか恥ずかしそうで次第に困り顔になっていった。
「妥協はイヤなんだよ。完璧じゃねーと満足出来ない」
ふと俺は鏡越しで奏と目が合ったような気がした。だから俺は奏が気付く気付かざるを問わず頷いた。
すると奏は溜息交じりで言葉を繋げた。でもどこか表情は緩んでいた。
「しょうがないわね。せっかくだから自分のペースでやらせてもらうわ」
「頼むわ。本気でやってるヤツにはこっちも本気で応えるよ」
「私のスピードについて来られるかしら」
「おお、煽るね。いいよ、死ぬ気でついてってやる」
奏とつかさはお互い顔を合わせて、にやりとほくそ笑む。
「じゃあ意見も合致したところで、二人とももう一回頭からやるぞ」
トレーナーさんの合図で、二人は顔を引き締めた。
俺の隣で様子を見ていたマホは二人のやりとりに満足しているようだった。
「つかさがね、あれからすぐに今回の曲が披露されたライブの映像くれって言ってきたの」
「去年のシンデレラの舞踏会のか」
「そうよ。映像を渡したその日の夜につかさから『奏ってすごいんだな』ってメッセージが来たの。普段そういう送って来ないから驚いたわ」
「そりゃ、何せプロジェクト・クローネとLiPPSのリーダーであるうちの速水奏様だからな」
バカね、言わんばかりの表情をマホは浮かべていた。
「そうね。でもつかさにとってはちょうどいいわ。単に仲良くしてればいいってだけじゃない。時には緊張感を持ってピリピリすることも必要よ。ぬるま湯の中では人は育たない。ましてや純粋にすごいと認めた相手だからこそ、さっきみたいに手を抜かれるのは嫌なはずよ」
「若いうちは追いつけ追い越せ出来る相手がいると成長出来る要因になるからな。世界を舞台に活躍するようなスポーツ界の若いアスリートたちも大概ライバルがいるもんな。アイドルだって勿論そうであっていいはずだ」
「ええ。だから今回は良い機会だわ」
なんだかんだでつかさのことを考えてはいるんだよな、マホのやつ。
「この間まではうちのつかさの足を引っ張るなとか言っていたくせに」
「つかさのやる気を見て気が変わったのよ。これは使えるって思っただけ」
「使えるって人の担当を道具みたいに」
「利用出来るものは何でも利用するってだけよ。あなただってこの機会を逃すつもりはないんでしょ」
「当然だな」
「なら良いじゃないの」
そんな話していると一旦レッスンの方は休憩になったようで二人がレッスンルームから出てきた。
「そうだ。あなたのところの子ちょっと借りるわね」
◇
「ところでお前さ、何でプロデューサーなんてやってるんだ?」
マホと奏がどこかに消えてしまったので、俺はつかさと休憩室に行き初めは他愛も無い話をしていたのだが、唐突につかさが直球を投げてきた。
「専務室の一件でうちの事務所にも面白そうなヤツ居るんだなって思って興信所使って調べてみたわけよ」
「わざわざそこまでしなくても」
面白い話は何も出てこないぞ。
「だって今後肩を借りるかもしれない相手なんだから全力で行くっしょ」
この行動力は奏とは違う意味で面倒だな。ここで煙に巻いてもしつこそうなのでとりあえず話を合わせることにした。
「まあ、簡単に言えば気付いちまったんだよ。アイドルの可能性ってやつによ」
「アイドルの可能性?」
「アイドルって言っても、歌に踊りだけじゃなくて、グラビアやモデルの撮影だったり、ドラマの収録もあればバラエティ番組も出たり何でもやるだろ。その中ですべてが同じ面を見せると思うか?」
「モチロン違うだろ」
「そう、どれもその時に合わせた表情やしぐさに態度がある。だけどどれもがそのアイドルそのものなんだよ」
この子はどんな面を持っているのか。どこまで表情を引き出せるのかそんなことに興味が沸いていったんだ。
「そしてそれを引き出すのが自分の仕事だって気付いてさ。そうしたら自ずとやる気が出てきてやってみるかって気になったわけだ」
「それがお前のプロデューサーとしてのポリシーってやつか」
「ポリシーって言う程の仰々しいものじゃないし、立派なものじゃない。ただ……」
「ただ?」
そう聞かれると俺は上手い言葉が出てこず、言葉を詰まらせてしまった。そしてやっとの思いで出てきた言葉がこれだった。
「当面の生きがいかな」
「じじくせぇーな」
言われると思った。我ながら貧弱な語彙力には泣けてくる。しかしつかさも納得してくれてはいるようなので俺はカウンターを仕掛けることにした。実際俺はつかさの質問の本質には一切答えていないからだ。それに気付かれる前に話題を変えたかった。
「そう言うなって。だったら、JKでギャルな社長様がなんでアイドル業界にまで手を出し始めたんだよ」
「そんなもん最強になりたいからに決まってんだろ。てっぺん目指したいんだよ」
「なんだよその子どもの夢みたいのは」
「子どもの夢でも構わない。アタシは自分の可能性を追求したいんだよ。どこまで出来るか、限界を知りたい。若いうちから限界決めて安寧を求めるって考えはアタシにはねーんだよ」
自分の可能性の追求。その意識の高さは若者の特権だろう。大人になったら限界に対する尺度が容易に見えてしまうから何かと理由をつけて足踏みしてしまうものだ。
「どうせ出来ないんだと思考停止するのだけはイヤなんだよ。弱音はやって駄目だったら吐くくらいがちょうどいい」
「でもうちにはJKでギャル枠には先行して城ヶ崎美嘉や大槻唯と言った強敵がうじゃうじゃいるぞ。特に城ヶ崎美嘉はカリスマJKって言われるくらいに不動の地位を築いているぞ」
「相手は強ければ強い方がいい。差が離れていればいるほど自分のレベルアップに繋がるんだ。その環境をチャンスと言わずに何と言うんだっての」
そう語るつかさの表情は与えられたおもちゃをどう遊ぼうか考えている子どものようでまっすぐなものだった。
さっき俺がマホに話した通りのことをつかさも考えていたようで俺はどこか安堵を覚えていた。
「なんか楽しそうだな」
「ああ、楽しいな。楽しいぞアイドル」
そして想像以上に向上心の塊であったつかさに俺はある種の尊敬の念を抱いた。ここまで自身のために本気になれる人間はこの世には早々居ない。
「そのこと、マホは知っているのか」
「まさか。あの人にそんなこと言っても仕方ないだろ」
意外であった。というのが正直な感想だ。でも言われてみればマホの話を聞く限り余計なやりとりをしてなさそうなので、確かにそうではあるのだが。それでもお互いに気遣いは出来ているようであった。
「お前はアタシの担当じゃないから話したけど、こんな重荷をあの人が背負う必要は無いんだよ」
「重荷って……」
「アイドルの事情はアイドル自身が背負えばいい。担当のプロデューサーがそこまでやる必要は無い。ステージに上がってしまえば後は孤独との戦いだ。そこにプロデューサーが存在する余地は無いんだよ」
悲しいこと言うなよ。
「それに担当するアイドルはひとりじゃないんだろ。だったら失敗した時に一緒に堕ちなくていいんだよ。堕ちている暇があったら同じ失敗をさせないように他のアイドルの面倒を見ればいんだよ」
そこには覚悟を決めた女の顔があった。
「ただし明らかにプロデューサー側に過失があった時はとことん賠償請求するからな」
ごまかすようにニコッと笑ってつかさは言った。
つかさなりの優しさなのだろうか。これがマホとつかさの"距離感"なのか。
お互いの奥にあるモノを知らないけれど、心が通じている。だから必要最低限の意思の疎通だけで良いってことか。
アイドルとプロデューサーの"距離の取り方は、別にこうでなければならないってものでもないからな。
互いに了承し合っていることだろうから、俺が横から口を挟むのは野暮ってもんだろうな。
「だからお前あの人には余計なこと言うなよ」
「……ああ、約束するよ」
まもなくして、奏とマホが戻ってきた……がすぐに二人の間に漂う空気に俺は気付いた。そして奏の頬が少し赤くなっていることにも。
俺はすぐに奏に駆け寄り、赤くなっている頬に触れた。
「奏、大丈夫か」
奏は伏せるように目線を逸らし、
「何でもないわ。大丈夫よ」
と、言った。これは取り付く島もないときの反応だ。こうなったら俺がどう足掻いても無駄だ。
だから俺はつかさを頼ることにした。
「つかさちゃん、悪いが奏を連れてレッスンルームに戻ってくれないか」
当然の如く、つかさは俺の言葉の真意をすぐに理解してくれた。
「このツケは高くつくからな」
と、冗談めいてつかさは言うと、奏を連れてレッスンルーム戻っていった。
二人の姿が見えなくなると、俺はマホに強い敵意を向けた。
「マホ、お前どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
しかしマホは全く動じる様子は無くあっけらかんとしていた。まるで俺に問い詰められることを承知していたかのように。
「そうね。ちょっと手のひらがあの子の頬に当たっただけよ」
「意図的ではないと言いたげだな」
「あの子にはその場ですぐ謝ったし。本人もそれを受け入れてくれたわ。後で確かめてみなさいよ」
この場をごまかすためのウソではないかと疑ったが、子供騙しのウソをマホがつくとは思えず、またマホが何かを強要したところで奏がそれを簡単に容認する性格でもないのもわかりきったことなので、否応無しにマホの言葉を信じるしかなかった。
「だけど手を出すのはあまりにも感情的だろ」
「女同士の会話よ。到底男のあなたには理解できないでしょうけども」
当たり前と言わんばかりのマホの態度に俺は少し腹が立ったが、次の言葉に俺は戸惑うこととなる。
「ただ迷惑掛けたお詫びがあるの」
「お詫び……だと」
「この前話したつかさが出るファッションショーのイベントが次の日曜にあるんだけど、あなたとあの子もうちのスタッフとして一緒に入場申請出しとくから来るといいわ」
思いも寄らぬワードが出てきたため、俺はあっけにとられてしまった。
「あの子、練習しっぱなしなんでしょ? 土日両方とも休暇取らせて日曜にこっち来させなさい、いいわね」
「おい、ちょっと待って。こっちは何もいいとは一言も」
お詫びなのに強制参加ってどういうことだ?
「あの子も了承済みよ」
俺の知らないところで勝手に話が進んでいるようだ。頼むから穏便に事が進んでくれ。
俺はただ静かに暮らしたいだけなんだ。