速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正


6.アイドルのステージはいつだって戦場

「こんな一等地のホテルがファッション会場とは金ってやつはあるところにはあるもんだな」

 などと俺はくだらないことを独り呟き、もはや感心を通り越して呆れたように目の前にそびえ立つホテルを見上げていた。

 このホテルは都内の中央で、省庁や裁判所など国を担うお偉い様方が活躍する場所の近くに位置している。また一部上場企業を中心に構成された団体や国内のスポーツ委員会などがプレス向けの会見で利用していたりもする超が付く程の高級ホテルでもある。

 うちのプロダクションのアイドルである桐生つかさなどが出演するファッションショーのスタッフ要員という体で、俺の同僚のマホの半ば強制的な手口によって今日のこのイベントに参加させられることになった。

 実際のところは何もしないでいいとのことなので、この後合流する奏と二人で邪魔にならないように端っこで見学させてもらうつもりであった。

 ホテルの入口前で奏を待っていると、キー局など多くのテレビメディアも来ていることが見受けられた。この業界に居る身としては別段珍しくもなければ緊張するってこともない。むしろ良い取引相手なので本来はご挨拶をしなければならないところだ。先程も先日お世話になった女性雑誌の記者の方と通りすがり、

「今日は担当の子が出演なさるのですか?」

「いや、今日は身内のサポートなもので」

 などと取りとめの無い話をしたばかりだった。自分の仕事じゃないのに仕事感出さなきゃいけないのはダルいことこの上ない。マスコミが出入りしているということはそれだけ今日の注目度の高いイベントであることを伺わせる。

「久々に名前見たな、このデザイナー」

 今日のイベントの冠になっているファッションデザイナーは結構高齢の女性の方で、現在のように女性の社会進出が当たり前である以前からこの業界で活躍されていた。正直な話"こういう形"のファッションショーを開くとは思いもしなかったな、と、イベントスケジュールを眺めながら俺は考えていた。

「プロデューサーさん」

 声のする方へと顔を向けると、そこには何故か奏がスーツ姿で立っていた。

「え、なんでスーツ?」

「ちょっとね」

 奏のスーツ姿はまるで就活生かはたまた新入社員といったフレッシュなも印象を受けた。それでいてスーツだと妙に色気が出ていて、若干ブラウスを開けてデコルテをチラ見させてくるあたり、大人っぽいと言うよりどう見ても大人の女性にしか見えなかった。そのため奏の姿に俺は珍しく固唾を飲んでしまった。

「何? 見惚れているのかしら」

「はいはい。言ってろ」

 と、口にはしたが内心では否定が出来なかった。これ以上意識し過ぎてシドロモドロしているとからかわれるのが関の山なので余計なことは言わずホテルの中に入ることにすした。

「ほら、入るぞ」

 俺たちはホテルのロビーに入ってまずはフロアガイドに目を通した。

「虹の間だったっけか」

 記憶が正しければ、このホテルでも一番大きなイベントホールだった。

「旧館みたいね」

 奏はフロアガイドの『虹の間』を指差して言った。

「旧館の地下か、こっちは新館だから移動するか。中で繋がっているみたいだし」

 俺は奏を連れてホテルの中を突き進んでいく中で気づいたことがある。高級なホテルだけあって、フロア内には田舎のホテルのような土産物屋ではなくこれまた高そうなブランドショップが立ち並んでいた。

「客層が明らかに金を持ってそうなのばかりだな」

 当然でしょ。と言ってくるのかと思ってところに予想外のツッコミが入った。

「そういうプロデューサーさんだってお給料は同年代に比べれば良い方じゃないの」

「いやいや、単に給料が良くて金を持っている人間と生まれながらの金持ちでは話は違ってくる。俺は後者の意味で言っただけだし。見てみろよ、品の良さが溢れ出ている」

 年配の夫婦や、子連れの家族など一見何てこと無い家族の団欒に見えるが明らかに仕草やお召し物が一般のそれと違っていた。

「結構人を見ているのね」

「そりゃ仕事柄どうしても人を見なきゃいけないからな。この人と仕事をしても大丈夫かってのも見た目が判断材料になってくる。明らかに怪しいやつとなんかやってられないだろ。昔流行ったろ。人は見た目が何割とかってやつ」

「何が言いたいのかしら、見た目や顔が良ければいいってこと?」

「逆だよ。どんなに見た目でだけで取り繕っても最後に物を言うのが結局のところ物腰や立ち振る舞いなどその人間の人となりなんだよ」

「……」

「だからお前らアイドルも顔が良いからって調子乗ったりするなよ。そのうち一度でも躓けばすぐに干されるから。そうならないためにも普段から真面目にしてろよな」

「だったら今日の私はアイドルではない小娘なのだから、私服よりもスーツ姿で来たのは正解なんじゃないかしら」

「……まぁその理屈は間違ってはいないが」

 今の話のオチとしては申し分ない回答なのだが、どうにも腑に落ちないことがある。しかし考えるのが面倒になったので一旦気にしないことにした。

 

 

 『虹の間』の前にはイベントのスタッフのみならず多くのマスコミが大挙しており、フロアはかなり混雑していた。どうもまだ会場のセッティングが終わっておらずまだプレス受付が開始されていないようであった。そのためカメラなどの機材を搬入出来ないマスコミが『虹の間』の前で待たされているといったようであった。

 時間が無い中で待たされて気の毒ではあるが俺には知ったこっちゃないので目もくれず電話でマホを呼び出すと、マホはしばらくしてから『虹の間』から出てきた。

「マホ、悪いな」

「いいのよ」

 と、言って首に下げるタイプのカードホルダーに入ったスタッフ証を渡してきた。

「奏、そのスーツやっぱりあなたにサイズぴったりでしょ」

「ありがとう、助かったわ」

 俺は二人の会話に耳を疑った。何気ない会話に聞こえるが俺にはとてつもないことだった。

「え、それマホの?」

 奏の着ているスーツに指を差しながら俺は言った。

「そうよ。それが何か」

「はぁ?」

 じゃあ奏がスーツ着てきたのもマホの差し金だったのか。

「だって一応スタッフ扱いなんだから私服の子どもが居るよりは新人感を出した格好の方がおかしくないでしょ」

「だからリクルートスーツなのか」

「そうよ。私、これで就職活動していたの。入社してからも少しの間は着てはいたけど」

 言われてみれば、新卒の頃に着ていた気がする。

「そうか。そう言えばお前結構スタイル良いもんな。だから奏も着られたのか」

 と、口走ったが時すでに遅し。二人してやれやれと言わん表情で溜息をついた。

「今のどう思う? 奏」

「ええ。今のは完全にプロデューサーさんの落ち度ね」

 そうだけど、確かに今のは完全に俺が悪いけど……でも違う、そうじゃない。

「だってお前らって」

 どちらかと言えばお前らお互いを良く思ってないだろ。今までのお互いの発言からしても気の合う間柄では無いような。それなのに何故に今日はこうも距離が近いんだ。

 しかし奏とマホは何のことやらと言わんばかりの表情で顔を合わせている。

「これだからあなたはダメなのよ」

「プロデューサーさんももう少し女心を学ぶ必要があるんじゃないかしら」

 そう言って二人して鼻で笑ってきやがった。なんだよこいつら、最高に面倒くさい。

 すると今度はつかさが会場から出てきた。余計なヤツが増えたぞ。イベントが始まる前から心労がかさむのかと思っていたが、

「お、居た居た」

 俺の心配は余所につかさは無駄な絡みはして来ず、端的に言ってきた。

「なあ、どうせ今日はつっ立ってるだけだろ? だったら奏借りるよ」

 つかさはそう言いながら立てた親指を会場の方に向けた。

 なんだなんだ、気を利かせて近くで見学させてくれるのだろうか。奏にとっては良い経験となるまたとない機会だ。

「いいぞ、頼んだわ。奏もあまり迷惑にならないようにするんだぞ」

「当然でしょ」

 そう言って奏は不敵な笑みを浮かべるとそのままつかさと共に会場へと向かっていった。

「いい刺激になるかもな」

 二人の背中を見つめ俺はしみじみとした気持ちになっていた。

「あなた、何も不思議に思わないの?」

 若干の含み笑いを交えながらマホは言った。

「何に対して? 何か疑問を挟む余地があったか」

「いえ……まあいいわ」

 俺はまた何か変なことを言っただろうか。

 だが、マホの言葉の真意がわかるのはイベントが始まってからであった。

 

 

 イベントの開演の時間になると程なくして会場の照明は暗くなり、ファッションショーの開幕を告げる派手なEDM調のサウンドが掛かり始めた。するとたちまちテレビやラジオで良く聞くMCによるナレーションが始まり場を盛り上げていく。そして次々とモデルたちが登場しランナウェイを順々に歩き始めいく。

 俺とマホはその様子をイベントホール後方の関係者エリアの適当なところで見ていた。

 モデルたちの年齢は十代半ばから二十代後半といったところだろうか。やはりテレビや雑誌に引っ張りだこの人気モデルが多く出演しているようだった。

 その中に混ざってうちのプロダクションからはまず一番手として乙倉悠貴が登場した。上はストライプのブラウスにボーダーのネクタイ、下はデニムのショートパンツ、頭にはキャスケットとどこか季節感と共に大人っぽさも感じる、そんな印象を受ける衣装であった。まだ幼いながらに堂々とした面持ちで臨む姿にはプロとしての気迫が感じられた。

 次に現れたのはシンデレラプロジェクト出身の諸星きらりだ。彼女の持ち味であるカラフルでヒラヒラの多いカワイイ成分を含んだ衣装に併せ、今日は黒にライダースジャケットといったカッコイイ成分が混じっていた。一見相反する組み合わせに見えるが彼女を中心にバランスが取れておりその調和が絶妙であった。それは彼女の天性のビジュアルとスタイルが成せる業であることを伺わせており、モデルとしては申し分ないものである。

 そしてその後にはエース高垣楓の登場だ。うちでアイドルになる前はモデル業をしていたとかで、モデルとしての立ち振る舞いは言わずもがなであった。衣装も普段の透明感溢れるスマートな印象とは打って変わって、ピンクを基調としたキャミソールとカーディガン姿は甘美さでエロスを感じさせるものである。以前ご一緒した仕事の打ち上げでビール片手に割とどうしようもない駄洒落を言っていた時は正直な話戸惑いを隠せなかったが、こうしてプロとして人前で魅せる姿にはさすがとしか言いようがない程に魅力的であった。

 イベントの流れに沿って見てみると、イベントの冠にデザイナーの名前がついてはいるものの、海外のファッションショーに見られる奇抜な衣装、オートクチュールを売りしているというよりは、日常生活のおしゃれとして着こなせるリアル・クローズものが多く、ガールズコレクションに近いものが多く見受けられた。

 そのことから今回のイベントはデザイナー側というよりは"主催した企業"側の思惑がどことなく透けて見えるような気がしてきた。

 イベントもある程度進行したところで、モデルたちが捌けていきステージが無人になる。段々と照明も暗転していくと、どこからともなくつかさの声が会場中に響いた。

「さて皆様、ここでデザイナー様をお呼びしましょう」

 その言葉とともに、ステージ上手にスポットライトが向けられると、そこにはドレス姿のつかさと今日のファッションショーの主役であるデザイナーが現れた。

 さて、そろそろ本編のはじまりか。

「まずは私がプロデュースするブランドと今回このような素晴らしいショー開くことを快く承諾下さり誠にありがとうございました」

 つかさはまるでお姫様よろしくドレスの裾をつまみながら優雅に挨拶をする。あの普段の雑な喋り方のつかさとはまるで別人のような振る舞いであった。これが以前言っていた「演技してでもちゃんとやる」ってことか。

 そう、そもそも今回のファッションショーの主催はつかさが経営する会社が所有するブランドであった。そのため今日はうちのプロダクションのアイドルとしてというより会社経営者としてステージに登場している面が強かった。だからマホが俺のように本番なのにフロアからイベントの様子をつっ立って眺めているわけだ。要するに俺と同じで暇人だ。

「しかし今回はただのファッションショーではありません。なんと今までご覧いただいた衣装は全て弊社のブランドから一般販売されることとなります」

 会場からは大きな歓声が沸いた。

「そして更に……」

「更に何か発表があるのか」

 俺の呟きにマホがクスッと笑う。笑われようともつかさが何を見せてくれるのかとワクワクしていることに嘘偽りはなかった。

「近日パーティー用のドレスを弊社とデザイナー様とでプロデュースさせて頂きます。私が着ているこの衣装もその一つ」

つかさはそう言ってからドレス全体を見せるようにしてその場でゆっくりと回ってみせた。

「そしてもう一着あります」

 その言葉と共につかさとデザイナーを照らしているスポットライトは次にステージ下手へと移り、新たに現れたモデルを照らし始めた。

 そのモデルは……か、奏?

 奏はゆっくりとステージ中央へと歩み出し、優雅たれと言わんばかりに自分と衣装を魅せ付けていた。これぞまさしくビジュアル特化のパフォーマンス。

「モデルを務めますは現在私が所属しているプロダクションのアイドル速水奏です」

 と、つかさは奏を抜け目なく紹介する。

 そしてつかさは奏の隣まで来ると、二人並んでランウェイを練り歩き、会場中から大きな歓声を集めていた。

 ……さすがにこのシチュエーションは想定出来なかった。

「何そのバカ面」

 と、隣にいたマホに言われ俺はふと我へと返った。どうやら気づかぬうちに口をあんぐり開けてしまっていたようだ。

「これ、一体どういうことだよ」

「どうも何もそのままよ」

「マホは知っていたのか」

「当たり前じゃないの」

「これうちってか上に話通っているのか」

「あなたに来なさいって言った日のうちに全て申請を通したわよ」

「じゃあ、なんで俺に言わないんだよ」

「言う必要ある? あなただってプロジェクト・クローネの仕事ではうちの大槻唯のことを私に事細かく報告していたかしら」

 まんまと皮肉で返されてしまった。

「それにしてもこんなこと考えたのは誰だよ。お前か? つかさちゃんか」

「つかさよ。言ったでしょ、あの子負けず嫌いだって。奏の全力を見ているんだから、当然自分の全力も見せないとフェアじゃないって考える子だかね。別に嫉妬の感情で動いているわけじゃないわよ」

「わかっているよ。つかさちゃんはそんな単純な感情じゃ動かない」

「そうよ」

 やっていることの規模がおかしいだろ。自分の全力を見せるのにいくら掛けているんだよ。

「でもまだつかさの意図に気付かない? それだけのために奏を使うと思う?」

「意図? チッ……そういうことか」

 今日はつくづく自分の察しの悪さに嫌気が差す。周りを見渡せばテレビのキー局に新聞や雑誌の出版社など多くのメディアが来ているのがわかる。答えはすぐ傍に転がっていたのだ。

「実際デザイナー側も最近はこれと言った話題も無かったようだし、久々にメディアの前に出るきっかけとして、つかさからの提案は渡りに船だったんじゃないかしら。つかさとしても企画を通す上でもネームバリューが欲しかったところだから先方とはWIN-WINの関係だったのよ」

 マホの言うとおりだ。確かに有名なデザイナーとはいえ全盛期はとうに過ぎている。とは言え権威だけで飯を食べていけるだけのデザイナーである。多分このデザイナーはまだまだ新たな試みに触れてみたいという貪欲でかつ柔軟性のある人間ではないだろうか。そうでなければ、何周りも年下の若造の提案などに聞く耳を持つわけがあるまい。だからこそさぞかしつかさからの提案は面白いものに見えたに違いない。

「それにね、多くのメディアが来ているから当然今日のこれはニュースやワイドショーで取り上げられるはずよ。ましてや目玉のプロデュース企画となれば俄然注目が高まる。だからそのモデルを務めるとなれば自然とカメラを占有出来る」

「ああ、そのモデルを務めたアイドルが近いうちに別のテレビに出演するとなれば宣伝としては格好のタイミングか」

「そうね。ましてやファッションショーでのお披露目はF1層を味方につけるためにうってつけのイベントじゃないの。奏は女性からも人気の出そうなビジュアルだもの」

「プロモーションの基礎だな」

「これが付加価値を付けるということよ」

 さすがつかさちゃん。いや、つかさ社長凄いです。ただ……。

「マホはつかさちゃんの提案に異論は無かったのか」

「どういう意味よ」

「だってお前と奏ってそんなに仲良くは……」

 そう。やはりあの日のこと、先日の奏とつかさのレッスン後の事を思い出してしまう。

「だからそれはあなたの主観でしょ。それに仮にあなたが思う通りであっても仕事と私情を一緒くたにするような年齢じゃないでしょ私たち」

 それはそうだけど、どうしても俺は奏とマホの二人の関係性について違和感を拭えないでいた。実際に二人がまともに会話をしていたところを今まで目にしたことなかった。でもお互いから聞くお互いの印象はあまり良い方とは言えず、先日のよくわからない一件以来勝手に険悪なものと決め付けていた。

 二人の間に何があったのかはわからない。俺の預かり知れぬところで二人だけの『盟約』が交わされたとでも言うのだろうか。だが結果として物事がうまく進んでいるのもまた一つの事実であった。

 

 

 おおよそにして四時間ほどのファッションショーは無事幕を閉じた。MCやモデルたちのパフォーマンスやゲストとして登場した著名人らのミニトークショーは盛り上がり、つかさをはじめとしたとした運営側の手際の良さも目立って、大成功の部類と言えるとても素晴らしいイベントであった。

 俺が奏と再会出来たのはイベントが終わってから一時間ほどで外も大分暗くなった頃だ。ホテルの新館のロビーで待っていた俺の元へ戻ってきた奏は来た時のスーツではなく私服であった。

「お疲れ様。プロデューサーさん」

「疲れてないか」

「少しね。でも今はそれ以上に気分が良いの」

 その言葉に偽りはなく奏は晴れ晴れとした表情を見せていた。

「ただ今回のことは事前に言って欲しかったな」

「だってプロデューサーさんを驚かせたかったから」

「意地が悪いな」

「普段のプロデューサーさんだって意地悪じゃない。お返しよ」

「言ってろ。まぁ確かに驚かされたよ。素直に良かったと思うぞ」

「ふふっ」

 俺が褒めたから素直に喜んだのか、奏のこの晴れやかな笑みは作り笑顔ではなく純粋に喜んだ表情であった。

 そして今度はつかさとマホがやって来た。マホは帰り支度が済んでいるようだが、つかさの方はまだ手ぶらであった。

「このスーツ返すわ。ありがとう」

 奏はスーツの入った袋をマホに渡していた。

「それあなたにあげるわ」

「あら、いいの」

 などと奏とマホのお喋りが始まった。

 そんな二人を横目に見ていると、その隙を縫ってつかさがニヤニヤしながら茶化すように俺の脇を肘で小突いてきた。

「どうだ、見直しただろ」

「凄いな。つかさちゃんは伊達に社長業をしてるわけじゃないんだな」

「いや、アタシじゃなくて奏のことだよ」

 てっきり自分の自慢をしてきたのかと思ったのだがそういうわけではなかったようだ。

「あぁー」

「あぁ、じゃねーよ。奏、キレイだったっしょ?」

「えっ……まあ、そうだな」

「何だよその歯切れの悪さは。本当お前って甲斐性なしだな」

 現役女子高生から散々な言われようである。

「どうせ奏には何も言ってあげてないだろ」

「いや、一応さっき素直に良かったとは言ったが……」

「何だやれば出来るじゃねーか。下手に言葉を取り繕うよりもそういうのが一番だよな」

 ここまで言われる謂れは無いが、ここで反応するのも面倒なので話題を変えることにした。

「それよりも今日のことだけどさ」

 と、俺はイベントの間にマホと話していたことをつかさに伝えた。

「そんなもん後付けに決まっているだろ」

 後付け? 付加価値云々の話すらも真実を覆い隠すための方便でしかなかったというのか。

「奏に自信と経験を積ませる。それが一番の目的だよ」

 と、言うと?

「今まで奏が体験してきたライブっていうのはファンが自分を目的に見に来てくれるからある意味ホームでの戦いだったろ。でもアタシらが臨む今度の生放送はアウェイ戦だ」

「確かに自分たちのことを知らない、興味の無い観客も居るから、全員が優しい視線を向けてくれるわけではないな」

「ああそうだ。だからこそ今回出演させたのはアウェイがどういうものかってのを体感させる目的もあったわけだ。しかも今回は何百人の素知らぬ連中と多くのメディアが沢山居たわけだ。ましてやサプライズ登場となれば『お前誰だよ』ってなるわけよ。そう考えると前哨戦には持って来いだろ? でも奏は今日のイベントを乗り切ったんだ。もう規模が小さい生の収録なんて怖くはねーよ」

「……そうだな。どんなに技術があっても最後はメンタルが物を言う世界だもんな」

「ああ。アイドルのステージはいつだって戦場だ」

 つかさには闘志みなぎる戦乙女の瞳が宿っていた。

「でも、つかさちゃんは何でそこまで出来るんだよ」

「何度も言わせるな。勝つためだよ、奏と二人で。いや、お前らプロデューサーやスタッフ含めてみんなでな」

 ああ、やっとわかったような気がする。この子の強さの理由ってやつが。

 何事にも妥協しない意固地な精神、でも決して独りよがりなものではない。常に周りを見て、その上で先を見据えて為すべきことを提案出来る懐の広さ。そこが桐生つかさの強さであり、そして魅力なのかもしれない。

「つかさ社長ー! まだ残作業ありますよ」

 遠くからイベントスタッフがつかさを呼ぶ声がした。

「じゃあ、まだやること残ってるんでアタシはここで。マホさんと奏も今日はお疲れ様」

 つかさは二人にも声を掛け仕事へと戻っていった。

「私も帰るわ。それじゃね」

 続いてマホも帰っていった。

 そこに残された俺と奏。

「さすがに今日は疲れたわ。車で送ってもらってもいいかしら」

「そうだな、帰るとするか」

 二人してホテルを出るとさすがに外も冷えていた。そろそろ暖かくなる季節だがまだ夜は寒いな。

「つかさと何話していたの」

「この国の若者の未来についてご高配を賜っていたのさ」

「何よそれ。何かの皮肉かしら」

「あながち嘘ではないぞ」

「まあいいわ」

 束の間の休息は終わり、そして音楽番組の生放送本番まで残りわずかと迫っていった。奏とつかさが合わせて練習出来るのもあと1回といったところだ。

 今日という日を乗り越えたことで果たして奏にどのような影響を与えたのかは、この夜空に浮かぶ月だけが知っているのかもしれない。

 

 

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