速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正


7.アイドルとして何を目指しているのか

 つかさと臨時ユニットで出演する生放送の音楽番組も明後日に迫り、それに向けたレッスンも終盤に差し掛かっていた。

「よし、二人ともいいぞ。一旦休憩だ」

 トレーナーさんからの休憩の声が掛かると、私たちは息を切らせ揃ってその場にしゃがみ込んでしまった。それだけ体力の消耗が激しいレッスンであることを物語っていた。

「桐生はだいぶ基礎が定着してきて音につられなくなったな。速水も自分らしさを忘れずに動きつつも桐生の動作を意識している。二人とも見違えるほどに良くなったぞ」

 私たちは前回の合同レッスンからわずかの間で指摘された部分をうまく修正し、自分たちのものにしていった。

「あとは当日本番前のリハでステージでの感覚を押さえれば大丈夫だろう」

 とは言え本番前のリハーサルは一回限り。まだまだ不安と課題は残る。

「その調子で頑張れよ」

「「はい」」

 トレーナーさんの励ましの言葉に私たちは気合いを入れるように返事をした。

 

「どうだ。アタシも結構やるっしょ」

 私たちは例の如く休憩室に移動すると、つかさはスポーツドリンクを流し込むように飲みながら言ってきた。

「そうね。この短期間で見違えるほど様になったわ。時間が無い中で凄いじゃない」

「アタシは天才じゃないからひたすら努力を重ねるしかないんだよ。だから時間なんて無ければ作れる。余裕っしょ」

 謙虚であるが故のこのアグレッシブさを私も見習いたいものね。

 しかし、レッスンの疲れからかこの後の言葉が続かず、私たちの間には無言の時間が流れた。

「そう言えば前から気になっていたんだけどさ……」

 その空気を打ち破るように、本当に唐突につかさは『本質的』な質問を投げかけてきた。

「……何で奏はアイドルをやっているんだ」

 理由なんてひとつしかないわ。

「さあ、どうしてかしらね」

 でも私はつかさの質問には答えない。

「あれ? 踏み込まれたくない話だったか」

「別に」

 こうして突っぱねた返しをすれば大概の人はこれ以上踏み込んで来ないのが常であった。

「うーん。あまり他人のことをどうこう言いたくはないんだけどさ」

 でもつかさは違っていた。いとも簡単に私の領域に足を踏み入れて来る。これは厄介なタイプ。

「奏さ。そうやって壁を作って自分を守るのやめようぜ」

「そんなことないわ。単に人の語るほど面白い話じゃないからよ」

 しかし、つかさの耳には私の声など届いていないようで言葉を続けてくる。

「あれか。弱いところを見られて心配されたりするのが嫌なのか?」

 違う。わかったフリをされるのが嫌なの。

「それとも自分は心配される対象と思っていないとか?」

 違う。見透かされるのが嫌なの。

「その割に他人との距離の取り方が絶妙だよな。仲良くはすれど馴れ合うほどの距離に他人を入れることは決してしない」

 正しい。距離を誤らなければ、お互いに不快な思いをせずに済む。

「多分普段から奏とユニット組んでいるメンバーはきっとみんないいヤツだから何も言ってこないんだろうけども」

 正しい。誰もが私に干渉しない距離感を知っている。特に周子とフレちゃんはそれを理解している。それ故に二人はふざけていても限度を見極めて行動している。美嘉は面倒見が良いというかおせっかいが過ぎることもあるけれど、そこに悪意は感じられないから気が楽だわ。志希は……どこか他人とベクトルが違う。志希にあるのは物事の興味、ただそれだけ。またそこにも悪意はない。その他の子たちもそうかもね。

「傷つくのが怖いのか?」

 違う。悪意混じりの歪んだ関心を向けられたくないだけ。

「それともひとりで何でもデキると思っているのか」

 違う。そこまで器用な女じゃない。決して天才にはなれない。私だって努力を積み重ねていくことしか出来ない。あなたと同じなのよ。

「ただアイツ、あのプロデューサーに対してだけは距離の取り方が下手だよね、奏って」

 ……。

「悪い。言い過ぎた」

 私、今どんな表情をしたのだろうか。

 ズケズケと人の領域に踏み込んできても、引き時を見誤らないつかさの判断力。それはある種の恐怖。

「でも、そろそろ正しい甘え方を覚えようぜ。チームプレイって自分ひとりですべてをやろうとするよりも大変だけど、誰かと一緒に達成出来た時の感動は一入だぜ。分かち合える人数が多ければ多いほど良いもんだ」

「別にチームプレイを否定するつもりはないわ」

「だったら一緒に苦しんで、一緒に喜ぼうぜ」

 つかさの言っていることは限りなく正しい。でもね、やはりそれは余計なお世話ってものよ、つかさ。

 

 

 マホに連れられて夜の街に繰り出していた。昼間に突然俺のところに来て「今夜空いているかしら」とだけ言ってきた。

 オトナの男女二人で飲みに行くとなれば六本木や南青山にあるオシャレなバー……というわけでもなく、会社のすぐ側で仕事帰りのサラリーマンが集う大衆居酒屋に来ていた。マホとはもう"そういう関係"でもないので、わざわざバーなんかに行く必要はない。そもそも"当時"から小洒落たところに二人で行ったことなど一度としてなかった。

「私はハイボールで」

「俺は梅酒のソーダ割りで」

 店に着くと早々に注文を取った。

「あと蟹味噌甲羅焼きも。二人前で」

「お前相変わらずそれ好きだな」

「いいじゃない、美味しいんだから。そういうあなたも相変わらずお酒弱いのね」

 マホは酒が弱い人間には人権などないといった侮蔑的な目で俺を見てきた。

「うるせえな。飲めば酒は強くなるとか迷信だよ、迷信」

「男なのに情けないわね」

 アルハラとセクハラのツープラトン頂きました。

 まもなくして俺たちの席にお酒が届く。

「私がハイボールで、梅酒はこっちの人」

「とりあえず」

 と、言って俺たちは乾杯をした。

「もう明後日なのね、早いわ」

 この二週間ずっとあいつらの世話をしていたわけではない。当然他のアイドルの担当しているためそいつらの調整や付き添いなどもしており、日々時間に追われる生活なため二週間などあっと言う間であった。それだけプロデューサー業は多忙な職種である。

「あいつらはあいつらで若いながらによくやっている」

「本当よね」

「最近俺なんか仕事中疲れたから伸びをしただけで体吊るし」

「それはただの運動不足よ」

 さいですか。

「あーあ。なんか仕事辞めたくなってきた」

 そう言うとマホはバッグから煙草を取り出してふかし始めた。

「何だよ藪から棒に」

「単なる口癖よ」

 マホは口の中に溜めた煙を強く吐き出しながら言った。

「上司やクライアントからは無理を言われ、それを自分の担当に言えばすんなり受け入れる子も入れば、やる気あるのかって態度で嫌がるのもいる。その板ばさみ」

「そんなもんだろ。所詮俺らは調整役だよ」

「わかってるわよ」

 次にハイボールのグラスを手に取りを口の中に流し込むように飲み始めた。

「所詮仕事はそんなもんだと言い切れる年齢になった。だから私なりに感情に振り回さないため、そして他人の感情に振り回されないために私は自分の担当にドライに接するようにすることにしたの」

「この間もそんなこと言っていたよな」

「でもどの子にも平等に接するって難しいわ。反りが合う子もいれば合わない子もいる。あなたもわかるでしょ? ねぇってば」

 酔いが回ってきたのか顔をふんだんに赤くしながらどんどんマホのテンションが上がっている。こいつの絡み酒は最高にうぜええ。

 マホは酒が入るといつも以上に面倒くさい人種になるのであった。と、言うより酒に弱いと人のことを馬鹿にしているが、マホもあまり強い方ではなかった。

「それよりあなた、あの子のどこがいいのよ」

 ここでその話持ってくるか。

「別に良いと言った覚えはないぞ」

「そういうのはいいから」

 そういうのってなんだよ。

「ここ最近あなた結構真面目に仕事しているじゃない、今まで全然してなかったのに」

「ここずっと会ってなかったのに何で知っているんだよ」

「うるさいわね。そんな小さいことは気にしないの」

 確かに少し前までは真面目に仕事をしていなかった。それどころかマホではないが仕事をやめようとさえ思っていた。そして気持ちを切り替えて程ほどには真面目にしようと思うきっかけを作ったのが奏であることもまた事実であった。

「確かにそうだけど俺は真面目に働いたら悪いか?」

「悪くはないけど」

 マホは不満そうに口を尖らせていた。

「この間のファッションショーのときには言わなかったけど、あなた香水つけてたでしょ」

「それがどうした」

「どうせそれもあの子にもらったんでしょ。私と付き合っていた頃も私があげたのをよく使っていたわよね」

「……そんなこともあったな」

 そんな昔の話を引き合いに出すのは卑怯だぞ。今は今、昔は昔だ。

「で、どうなの?」

「この流れだとやっぱりお前は奏のこと良く思ってないだろ」

「当たり前じゃない」

 当たり前と即答。先日は散々違うだの何だの言っていたクセに見事なまでの手のひら返しを見せてきた。腹立たしいと思うもののこのタイミングならばマホに本音の部分が聞けるかもしれないと俺はにわかに思い始めた。

「なあ。やっぱりこの間のこと話してくれないか」

 先日の奏とつかさの合同レッスンの後、奏とマホは二人でどこかへ行き、そして戻ってきたときには奏の頬はほんの少し赤くなっていた時の話を。

「イヤよ」

「なんで」

「絶対信じないから」

「信じないってどういうことだよ」

「理屈っぽいあなたには到底理解できない話よ」

 理屈っぽいとはまた人のことを偏屈な評価をしやがって。

「確かにお前の話を一方的に真実とはしないけども……いや別にあの時のことでマホを攻めたてようってわけじゃないんだ。ただ少し気になって……」

 そして俺はある手段を取る。

「イヤなら構わないんだが」

 一歩引く戦術を取ることにした。

「……約束して、あの子にはこの話をしないって」

「わかった」

 見事に引っかかってくれた。マホが酒を飲んでなかったら通じなかっただろうな。

「あと全部は話さない。ややこしいから結論とその前後の話だけでいいわね」

「ああ。それで構わない」

 俺がそう言うとマホは口にくわえていた煙草を灰皿に強く押し付け火を消しながら言い始めた。

「確かにあの時私は結果的にだけど、あの子の頬に一発かましたわ。けれど最終的にそれを望んだのはあの子、奏の方よ。売り言葉に買い言葉で、あの子が言ったのよ。『昔の男が若いのと仲良くしていて嫉妬してるのかしら』ってね」

 普段は皮肉めいた物言いをする奏にしては珍しくなんとも直接的な表現である。

「あなた、私たちのことあの子に話したのね」

「どうせいつかはバレるだろうから先手を打っておいた」

 これは紛れも無い事実だ。だが奏がこういう形でマホに喧嘩を売るとは思いもしなかった。

「まあ、いいわ。それを言われてさすがに腹立しくなって思わず手を振り上げたわ。でも咄嗟にあの子に怒りをぶつけても意味が無いって気付いたからすぐにその手を下ろしたのよ」

 感情を制御できるくらいには俺らはいい歳した大人だしな。

「そうしたら言ってきたのよ。『中途半端に振り上げずに最後まで突き通しなさいよ。しっかりと感情を態度で示せばいいわ』って」

 何かはわからないが奏なりの信念が垣間見える言葉として俺には聞こえていた。

「でもここで手を出したら、私は悪役に回って奏はあなたに心配されるという小賢しい筋書きでも立てたのかと思ったのよ。子どもらしいやり方だって。けどね、あの子は『心配してくれるかな……』って呟いたの」

 確かにそういう意味での構ってちゃんな行為を奏は選択肢として選ばないだろう。

「それに殴りなさいって言われて『はいそうですか』って言えるわけもないじゃない。そしたら奏が迫ってきて私の手を掴んだのよ。それで怖くなって手を払いのけようとしたら、弾みで手の甲が強く当たって」

 故意にやったわけではなく、不慮の事故のようなもの。

「ん? だったら俺に黙っておく必要はないんじゃないか。わざとじゃないんだろ」

「そうよね。思えば隠す必要なんてなかったわ。でも自分が悪いってことでいいからもうあの時のことは終わらせたかったのよ」

 この話を避けていた理由はこういうことだったのか。

「わかるかしら? ロジカルではない行動原理に出くわした時の怖さを」

 そう言うとマホは大きな溜息をつき、うなだれた様子を見せた。

「あとはあなたの知っての通り」

 結果だけ見れば奏の望む通りにマホが手を出す形となった。

「なのにあの子は何の反応を見せなかったわね。結局何がしたかったのかしら」

 他人に対して異常なまでにプライドが高い奏が自分を叩けと人に頼むだろうか。"普段"の奏を知る人間ならば口を揃えて「ありえない」と答えるだろう。

「そうよ、この話を言っている当の私だってありえないと思っているもの。でもこれが私側からの事実なの」

 普通に考えればにわかには信じられない話だ。でも、俺にはそれを否定するだけの根拠を持ち合わせていなかった。

「あの子、危ういわよ……と言うよりも、いつ崩れ落ちてもおかしくないくらいの脆さを感じるの。この件にしても奏をこうさせてしまっている要因があるならそれを取り除くべきよ」

「アイドルというキツイ仕事をしているんだ。誰だっていつも綱渡りさ。疲れて思わずお前に当たったんだろ」

 俺はあえて見当違いの返しを見せた。

「それならそれで構わないわ。けど不思議なの。あの子からはアイドルとして何を目指しているのか全く見えないじゃない」

 アイドルとしての仕事を全うしようとしている。でもその先にある目指すべきものが奏にはあるのだろうか。誰にもわかるまい。あいつはうまく他人には隠しているからな。

「それにも関わらず唐突にやる気を出し始めた担当プロデューサー。何なの? あなたたちに抱くこの違和感の正体って」

 ……。

「もしかしてあなたは既にあの子に深入りしていて、もう後戻り出来ないところまで足を踏み入れているんじゃないのかしら」

「考え過ぎだ」

「本当に付き合ってないのよね」

「……何度も言わせるな。何も無いよ」

「ならなおのことあの子を食い物にするつもりがないなら、歯車が狂う前に正しく導いてあげなさいよ」

 マホの言っていることは限りなく正しい。でも、やはりそれは余計なお世話ってもんだ、マホ。

 

 

 澄んだ夜空に浮かぶ三日月はくっきりと輝き地上を照らしている。

 眠れない夜は部屋の窓から見えるそんな月を見ながらプロデューサーさんとの日々を想うのが私の習慣となっている。

 あなたの横顔を見ながらアイドルとして積み重ねる日々は二つとない私だけの宝物。

 人は孤独な生と孤独な死を与えられた。でもそれと同時に誰かと繋がり、誰かと生きることも出来る。だからそこで生まれた『痛み』すら私にとっては愛おしいもの。

 

 人々は私に問う。何故アイドルをしているのかと。

 答えは簡単。だってアイドルは私とあなたを繋ぐ楔の名前。

 アイドルであるからこそ私はあなたの傍に居られる。

 それが私の存在証明。

 

 ねぇ、声を聴かせて

 ねぇ、この手を握って。

 ねぇ、包み込むようにキスをして。

 ねぇ、どこに居ても私を忘れないで。

 

 今は欠けている月のように私の想いもいつかは満ちていく。でもこの想いがこれ以上募ったら、私はどうなるのかしら。

 

その日が来たら、私は……。

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