「そうか。桐生つかさと速水奏はうまくやっているわけだな」
専務室に呼ばれた俺は、この二週間のあらましを専務に報告した。俺の淡々とした報告に専務はただただじっと聞いてからそう答えた。
「はい。切磋琢磨とお互いを刺激し合っているようです」
「それでいい。ただお互いを褒め合い馴れ合っているだけでは需要と供給が自分たちの中で完結してしまいそこからの発展は望めない」
駄サイクル理論か。
「一人一人に合わせて個性を伸ばす。大いに結構。しかし結果的にこちらがレールを敷かねば伸びぬ個性ならば、初めからこちらが適性を判断した上で提示したレール通りに演じることが最大の近道。歩みの遅い者を待ってくれるほど生易しい業界ではないことは君も重々承知のことだろう。ましてや我々はボランティアでない。金銭が動く以上それに見合った対価を要求してしかるべきだ」
利益を蔑ろにしては企業に勤める社員やその家族を路頭に迷わせてしまうことになる。だから企業の在り方としては間違ってはいない。
「ただし自身を真に理解する者は、自らを加速度的に磨き上げ、その実力を示す」
逆らっていいのは力のあるものだけってことですかね。俺は専務に抗った数少ない人物のひとりが頭に浮かび、俺はその人物の名前を口走ってしまった。
「……高垣楓あたりですかね」
プロジェクト・クローネの初期構想案では木村夏樹、松永涼、星輝子の三人組ユニット案とともに高垣楓のソロ案が打ち出されていたが、各々から反発を買って没案となった。代わりに渋谷凛、北条加蓮、神谷奈緒のトライアドプリムスやソロとしてアナスタシアがプロジェクト・クローネに参加することとなった。
特に高垣楓が断った件に関しては、当時社内でも噂でもちきりになる程であった。
もしあの時彼女が首を縦に振っていたら、プロジェクト・クローネはまた別の装いを見せていたかもしれない。
俺の問いかけに苦笑いを浮かべる専務。
「痛いところを突いてくるな、君は」
「口が過ぎました」
「なに、謝ることはない」
そして専務から語られる話題は高垣楓の話へと移った。
「普通の人間なら、ましてや高垣楓の年齢となれば上の人間が示す言葉を察するだろう。でも彼女は違った」
企業のトップのお言葉とあれば神の御言葉にも等しい。そこに下の者の意思など介在する余地も無い。
「彼女は自分の価値を知っていた。自身がどう動くけどどう見られるかも理解している。当時私のやり方に異議を唱える者は少なくなかった」
やはり専務ご自身のやり方が不評を買っていたことはご存知でしたか。
「その中で彼女は自身の道を示した」
高垣楓は専務が用意した大舞台を蹴って、自身の始まりの場所での小さな仕事を選んだ。
「彼女が私に対抗する先鋒になったと評価している者もいるがそれは違う」
「と、言いますと」
「彼女は他人のために犠牲になるという尊い精神を持っていたわけではないだろう。そのようなくだらない打算でこちらの要求を拒んでいたなら容易くねじ伏せていた」
容易くねじ伏せる。恐ろしい言葉だ。
「彼女の言葉には意志があった。研ぎ澄まされたセンスを自身と観客のためだけにふるう決意。そして何より彼女には積み重ねた実績があった。その場限りの苦し紛れではなく、未来を見据えた勝機があったのだ。それは何かを成し遂げた結果を持つ者だけが許される境地だ。為すべき目的のある言葉であった」
悪く言えば自分がそうしたいからそうした、ただそれだけのことであろう。
「ファンと共に歩みたいなどという理想論に耳を傾けるつもりはなかった。だが彼女は結果を持っていた。だから不思議と高垣楓がどこまで自身の力で踏み出せるか見たくなったのも事実だった」
専務をも動かす力を高垣楓は持っていたというわけだ。
「その後の活躍は君の知っての通りだ」
どこの派閥にも属することなく独自路線で仕事を重ね、唯一無二の存在として高垣楓は君臨している。
「アイドルは天才である必要は無い。努力を怠らずに常に結果を見せ続けることこそが存在証明」
「険しい道のりですね」
「当然だ。生半可な世界では無い。自身に勝てぬものに道はない。幻想でもおとぎ話でもない現実味のある確固たる結果が道を開く」
言いたいことが見えてきたぞ。
「二人にもその可能性があると」
「ああ。高垣楓のような才能を桐生つかさと速水奏の二人にもそれがあると私は感じている」
二人への褒めちぎりっぷりが凄いな。
「うまくアイドルをコントロールするのが君の役目だ」
はたしてその『コントロールする』とは、「本人たちの意識を高めること」それとも「その上で会社の指示に従うように誘導する」のか、どちらの意味だろうか。
今の話は明らかに高垣楓への未練が感じられた。そしてその力を受け継ぐ二人を今度こそ秘中に収めたい意志の表れといったところだろう。例外は高垣楓だけで十分。今度こそ専務は自身の野望を叶えようとしているような気がする。邪推かもしれないが。
「さあ、今夜は彼女たちの結果を、スターダムへのし上がる船出を見届けようではないか」
「そうですね」
俺は最後にある質問を専務に投げた。
「ところで高垣楓の仕事が立ち行かなくなって彼女が泣きついてきたらどうします?」
「その時は……酒でも交わせばいいか? フッ……冗談だ、忘れてくれ」
◇
本番前のカメラリハーサルを終え、私たちは楽屋で待機していた。
つかさは持参のタブレットとにらめっこしつつ本業の仕事をこなしているようだった。私は私で緊張からか取るもの手につかずであった。普段から緊張はしないわけではないが、ここまで緊張するのは初めてであった。
すると仕事の目途がついたのかつかさは触っていたタブレットを机の上に置き、
「よし、挨拶に行こう」
と、立ち上がって私に声をかけた。
「……そうね」
私は返事をした後にある事を思い出した。
「そう言えば司会者の方って本番前の挨拶周りはあまり好まないって話じゃなかったかしら」
何かのバラエティ番組で出演者がとある別の司会者に挨拶をしなかったために、本番中に説教をしたという話が以前話題になった。その話に対して「自分は面倒だから挨拶いらないねぇ」とおっしゃっていたのを以前テレビで観た記憶があった。
「そうは言っても業界での習慣だし、それこそアタシたちは新人だから形式的にはやらなきゃいけない。それに……」
「それに?」
「とりあえず行こうぜ」
疑問の余地が残るも私はつかさに流されるように自分たちの楽屋を出ることにした。
目的のの楽屋前に来るとつかさはドアをノックした。
「どーぞ」
と、気怠そうな返事が聞こえたで私たちは挨拶をして司会者の楽屋へ踏み込んだ。
今回の番組のMCを務める司会者さんは一時期昼帯のバラエティを長年務めていた大物司会者だ。業界人として珍しく権威を振りかざすようなタイプではなく「興味のあることをやる」のが定番の方であった。
普段の収録中の表情とは異なりアンニュイなご様子。やはり番組が始まるまでの休みのところを邪魔してしまったのだろう。
「君たち今日の出演者さん?」
「はい。アイドルの桐生つかさと申します。こちらが」
と、言って今度は私が挨拶するように促してきた。
「速水奏です」
「……アイドルねぇ」
あまり興味が無さそうで、このまま会話が続く様子はなかったのだが、
「今日はデカイ花火を打ち上げるのでよろしくお願いします」
つかさのこの一言に司会者さんの表情から関心の兆しが見えた。むしろこの一言でつかさの何かしらの意図を読み取ったのだろうか。
「君、結構ビックマウスだったりする?」
「よく言われます」
「それだけ自信あるのかい?」
「そりゃ当然ですよ」
「ちょっといいの、そんなこと言って」
さすがのつかさの物言いに見かねた私はつかさに注意を促した。
「だってこの日のためにレッスン積んだのだから、ここまで来たら覚悟を決めるしかないだろ」
覚悟……ね。
司会者さんはつかさの言葉にニヤっとした。
「面白いね。度胸あるよ、君たち」
どこか司会者さんの表情が和らいだような気がする。
「こういうときに挨拶来る子ってだいたい媚を売りに来るようなのばっかりでうんざりしていたんだよね。自信無いけど一生懸命頑張ります、とか聞きたくもないキャンキャン声を聞かされてさ。まあ事務所の方に指示されてやっているとは思うんだけど」
と、皮肉めいた愚痴が司会者さんの口からこぼれた。
「でも君らはそういうのではないよね。若気の至りで粋がっているというわけでもなく」
そういうと何か思案するような素振りを見せたが、すぐに解に辿り着いたようであった。
「目的は気合を入れるためかい。大方、ショートカットの子を励ますために……いや違うな。それもあるけど、逆に自分たちを追い込むためってところかな」
その言葉にようやく私はつかさの意図を理解した。『私のため』ということも内包しつつ、自分たちの置かれている状況を改めて意識することがここに来て必要であった。
そう、この番組に出演することが私たちの目的ではない。出演しパフォーマンスを成功させることが私たちに課せられた使命なのだ。アイドルは遊びではない、あくまで仕事である。常に成果を求められる。その覚悟を持って自身を奮い立たせなければならない。
つかさはそれを優しさと厳しさの両方を持って示そうとしたのだ。
「さすがです。ご迷惑お掛けしました」
「いやいや良いって」
「見ていてください。最高のショーにして見せますよ。たとえ二、三分だったとしても」
「前言撤回。やっぱり粋がっているな」
と、笑いながら言う。
「でもそういうのは嫌いじゃないね」
「目的は果たせたのでそろそろ失礼します」
「そのようだね。ショーカットの子も緊張が解けたようだし」
そう言えば私はいつしか気持ちが楽になっていた。それを瞬時に気付くとはやはり長年人を見て培ってきた技能なのだろう。
挨拶を程々に私たちは別の出演者への挨拶をするために部屋を出ることにした。
「あ、そうだごめん君たち」
そう声を掛けられ引き留められた。
「なんですかね」
「もう一度君たちの名前教えてもらっていいかい?」
思わず私たちは顔を合わせる。もう、つかさったら子どもみたいに嬉しそうな表情して。
「桐生つかさ、と」
「速水奏です」
「ありがとう。期待しているよ」
「「はい」」
他の出演者への挨拶が終わり、自分たちの楽屋に戻ると机に置いていた携帯電話にメッセージが届いていた。送り主はフレちゃんのようだ。メッセージを開いてみると、フレちゃんと周子に挟まれて慌てているありすちゃんを中心に写った画像が添付されており、「がんばれ奏ちゃん!」と一言添えてあった。
もうあの子たちったら。
私の心にどこか透き通る風が吹いた、そんな気がした。
◇
時計の針は俺たちがずっと目指してきた放送時間を指した。俺は同僚プロデューサーの大河内マホと共にスタジオの舞台袖で立ち見をしながらスタジオセットの方に目を向けると、待ちに待った生放送が始まった。
番組は司会者とアシスタントのアナウンサーのトークから始まる。一通り話し終わると本日出演のアーティストたちがアナウンサーの紹介とともに続々と呼ばれる流れとなっている。
まずは人気の男性アイドルグループが登場し、ロックバンドや女性ソロシンガーなどが続いていく。それらに挟まるような形で奏とつかさも登場してきた。
ゴールデンタイムの番組に出るからにはファン層よりも奏たちを知らない層にどうアピールするかが争点になる。特に番組の性質上、女性の観覧客が多いことからこの者たちの反応がダイレクトに視聴者の反応と言っても過言ではないでだろう。
入場してくる奏たちに緊張している様子は見えなかった。むしろ堂々とした振る舞いで観客やカメラに手を振るなど余裕のある行動が見られた。
第一関門は突破だ。さてさて観客の反応は、と……俺は邪魔にならないように観客の声が聞こえるところに移動してみることにした。
「あの子たちキレイめだね」
「ギャル社長って歌も出すんだ」
「この間ブランドの新作発表してなっかっけ?」
「知ってる。それネットで見た。あれ、隣の子も出ていたような」
バズってるバズってる。この間のファッションショー効果は絶大だな。やはり本題の前に顔出し出来たのは強い。少しでも知ってもらえるだけで反応がだいぶ違うようだ。
元の位置に戻るとマホに不審な目で見られた。
「なにしてたのよ」
「客の反応を見ていた」
「あら、どうだった?」
「バズりまくりだな」
「は? あなた理解してその言葉使っている?」
「いや、あまり……」
多分用法としては間違ってはないと思うぞ……多分。
番組が進行し、アーティストごとに軽くひな壇でのトーク後に楽曲披露を繰り返す形式である。基本的には台本通りにトークが進むため本番中だからと言って無駄に気を使うものではない。
意外だったのが司会者の表情であった。興味の無い相手には割と淡々と接することで有名な司会者だ。特にアイドルというか子どもがあまり好きではないという噂を耳にした気がするのだが、奏たちとのトークになるとどこか楽しげな様子が見て取れた。本番前になんかあったのだろうか。どちらにせよ、うまくやったものだと感心した。
俺らが番組のプロデューサーやスポンサーに挨拶回りをしているときにあいつらもちゃんと動いていたんだな。でかしたぞ。
「やるわね、あの子たち」
「ああ。いい流れだ」
そして二人のトークも終わり、そろそろ歌の披露が始まる。
スタッフに促され、ひな壇からステージへと向かう二人。先を歩くつかさとその後に続く奏。
ちょうど俺たちの前を通る経路になっているので、俺は言葉を掛けずただ手のひらをあいつらの届く距離まで伸ばす。
するとつかさがそしてそれに続いて奏が、決してこちらを振り返ることなく俺の手の平にハイタッチをして向かっていった。
「なにかっこつけてるのよ」
隣に居たマホが相変わらずのように難癖をつけてきた。
「いいんだよ、これで」
そうだ、これでいいんだ。イニシエーションのようなものだ。時として言葉は不要なのだ。行為そのものが意味を為す。あいつらの気合は十分に伝わった。
俺のプロデューサーとしての働き方が正しいものかは正直なところ自信は無い。それこそマホが言うように奏とは歪んだ関係を築いてしまっているかもしれない。
でも、たとえ歪んだ関係であったとしても、アイドルとしての奏を見守り支えることが俺の務めである。
だって、それが
◇
まだ照明が向けられていないステージに私とつかさは立っている。
「少し足震えているぞ。やっぱりまだ緊張しているのか」
つかさがそっと私の手を握った。
「怖いわ。本当の本番はこれからだから。それに……」
失敗そのものが怖いのではない。失敗することによって、プロデューサーさんに恥をかかせてしまうかもしれない、それが怖いの。
「安心しろ。絶対うまく行く。そしてお前のプロデューサーに魅せつけてやれ。奏はいい女だってところをな。そのイメージを研ぎ澄ませろ」
「……そうね、ありがとう」
不安がっていても仕方無い。ここで歩みを止めてしまっては、プロデューサーさんとの約束を果たせない。自分にだけは決して負けたくはない。
たとえ歪んだ関係であったとしても繋ぎ止めていたいの。
だって、それが
「終わったらあいつに何かお願いするのか?」
「そうね、熱いキスでもせがんでみようかしら」
「え?」
「なんてね、冗談よ」
「……奏の冗談って結構ガチだな、おい」
お互い目を合わせると不思議と笑みがこぼれた。
「ではそろそろカメラ入ります」
スタッフさんからの指示が入る。私たちの表情は切り替わる。
「よし、行こうぜ」
「ええ、私たちにしか辿り着けない
私たちは拳を強く握り、空高く突き立てた。
「それでは桐生つかささんと速水奏さんの今夜限りのスペシャルユニットで歌って頂きます」
そして、幕が上がる。
「Absolute NIne」
世は音に満ちて。
~速水奏と歩き方~ Fin