速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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STAND ALONE EPISODE Ⅱ
城ヶ崎美嘉との場合:アタシはアタシ、可能性のその先へ


「お二人は映画の方をご覧になられていかがでしたか?」

「ちょードキドキしました。カレになかなか思いを伝えられなくて悩むシーンとかガンバレーって思いながら観てました」

「そうね。スリリングなところもあったりして恋愛って一筋縄には行かないものだって思わされたわ」

 都内某所のイベント施設で城ヶ崎美嘉と速水奏の二人は洋画の試写会にスペシャルサポーターとして壇上に上がり司会の女性とトークを広げていた。

 映画の内容はホラー交じりのラブコメディだが、正直なところありきたりのB級映画の部類に入る。こういった作品自体に訴求力の無い映画は今流行りのタレントをゲストとして呼ぶことで、マスコミや客からの関心を引こうとするのが配給会社の常套手段だ。

 ゲストが今話題の人物なら悪い話誰だって良い。少し前だってネット動画で世界的に有名になったお笑い芸人が色々な番組やイベントに出演していただろ? 要はアレと同じである。

 クライアント側からしたら話題性があれば誰だっていいかもしれないが、仕事をもらう側からしたらその"誰"に引っかかるために、日頃から話題に事欠かさないよう事務所としては戦略を練らなければならない。

 まあ今回はおかげさまで先日の桐生つかさとの仕事で一躍注目を浴びた速水奏と、元より抜群の知名度を持つカリスマギャルの城ヶ崎美嘉という話題性の面では申し分ない二人に白羽の矢が立った。

 ちなみに試写会ということで劇場ではまだ一般公開されていない作品だが、二人には事前に観てもらっていた。こういったイベント前に本編の入ったメディアを配給会社側から渡されるのはよくあることなので、二人は口からでまかせでコメントをしているわけではないことだけは言っておこう。

「中盤で彼氏が他の女性に浮気したことに気付いて、包丁で追いかけるシーンがあったじゃないですか」

 既に観客が観賞した後でのトークのため司会者はネタバレ全開で話題を振ってくる。

「ちょー怖かったです」

「まさに執念にも近い女の嫉妬って感じかしら」

「映画の彼女のようにお二人も好きな人には嫉妬とかってしますか?」

「アタシは絶対するー。むしろ口にしちゃうかも。いったいどういうことなのー? って」

 すると美嘉の言葉に奏が横槍を入れる。

「本当かしら? 美嘉ったらそれどころか誰にも相談出来なくて悩んじゃない?」

「そ、そんなことないってー。ちゃんと言ってみせるもん」

 二人の息の合ったやりとりに会場中で笑いが起こる。

「そうおっしゃる速水さんはどうですか?」

「私も嫉妬するでしょうね」

 と、言いながら髪をかけ分ける振りして舞台袖に居る俺の方を見るのはやめろ。

「けれど私の場合は決してそのことを相手には打ち明けませんけどね」

「それは何故ですか?」

「もし私の内に秘めた想いを打ち明けることでその人との関係がこじれることになってしまったら元も子もないじゃない」

「確かにそれもあるかもしれませんね」

「だったら平気なフリしてでもその人の傍にいることを私は選ぶことにするわ」

「すっご……奏ちゃんってばオトナー!」

「表面に出さなくても乙女の心は複雑なものよ」

 完全に奏節が炸裂しているあたり今日は絶好調のようだ。

 ……などと言った形でしばらくトークは続いていった。

「では、LiPPSの城ヶ崎美嘉さんと速水奏さんでした。お二人に大きな拍手をお送りください」

 会場の観客から惜しみない拍手が送られ、二人は舞台から捌けこちらに戻ってきた。

 まずは第一関門クリアだ。

 

 

「お疲れ。二人とも良かったぞ」

 舞台裏の控室で一息ついている二人に俺は声を掛けた。

「お疲れっ。ねっ、プロデューサー。結構キマってたっしょ?」

「おう、お疲れ。ガン決まりでサイコーだったぞ」

「へへっ。やったね」

 美嘉はこれくらいなんてことないといった様子であった。

「奏もお疲れな」

「ええ。お疲れ様。プロデューサーさん」

「絶好調とはいえさすがにヒヤヒヤすることは言わないで欲しいな」

「ヒヤヒヤすることってどういうことかしら? 何か心当たりでも?」

 と言って奏は意地悪くニヤついてきた。

「それは冗談としても美嘉と同じこと言っていたらわざわざ二人してゲストに呼ばれた意味がないでしょ」

 自身に与えられた役割を理解して仕事に臨むその心掛けは正しい。だがしかし、アイドルなんだからせめて公共の場では言葉を選んでおくれ。

「それよりこの後のことなんだが」

 休憩後には今日一のやっかいな囲み取材が待っていた。

 囲み取材ではタレントが所属するプロダクション側から事前にNGな話題などを提示したりするがたいてい守られずに質問をブン投げてくることもあるため非常にやっかいなものだった。

 とは言え今回は特にNGは出していないので、あらかた先日の奏の話題かくだらない下世話な質問があるくらいだろう。

「答え辛い質問があったら無理に答えなくていいぞ。下手に嘘を取り繕っても後でボロが出る。だったらわからないっておどける方がまだマシだ。芸能レポーターとのやり取りなんて所詮リップサービスだ」

 LiPPSだけに……。

「今プロデューサーさんが心の中でくだらないことを考えていたのがわかったけど黙っておくわ」

「ああ。そうしてくれ」

 情熱の欠片もない冷静なツッコミが奏から入った。

「えっ、奏ちゃん。今のどういうこと」

「それはね」

 奏は悪戯めいた表情で俺の方を見る。

「ええい、言わんでいい。まあそれより囲みが始まる前にはレポーターだけじゃなくて、カメラマンや音声さんたちにもちゃんと挨拶しろよ。それだけで印象違うからな」

 案外こういうところでアピールしておけば評判も上がって次の仕事にも繋がりやすくなるってもんだ。

「モチっしょ」

「当然でしょ」

 堂々とした良い返事だ。

「あと美嘉」

「なに? プロデューサー」

「すまないが今回は奏が話の中心になるかもしれないからでそこのところはよろしくな」

「へへっ、大丈夫だよ。ちゃんとわかって仕事受けたからね、まかせて。ある意味センパイとしてドシンと構えているからオッケーって感じ?」

「なら恋の質問をされたらどうすればいいか教えてくれるかしら。ね、先輩」

「こ、恋?」

「冗談よ」

「もーやめてよ、奏ちゃんってばー!」

 アイドルという厳しい環境の中で若いながら戦っている姿を見る傍ら、こういう彼女たちの年相応のやりとりを目にするとどこか安心するものがある。

 

 

 さて、そろそろ囲み取材の時間だ。

 奏と美嘉はスタッフに誘導され施設の正面ロビーに向かうと、マスコミ陣が扇状に固まっていた。

 二人が姿を見せると瞬く間にカメラのフラッシュがたかれ、横で控えていた芸能リポーターたちが続々とボイスレコーダーやハンドマイクを持って集まってきた。

 大勢居て収拾付かなくならないのかといつもながらに思うところがある。でもうまく出来ていて、カメラマンの邪魔になるような集まり方ではないのがその道のプロといったところであった。

 手前では音声さんたちが屈んでガンマイクとミキサーを手にし、その後ろには一眼レフを構えたカメラマン、最後尾にはENGのムービーカメラを大型の三脚に乗せた動画カメラマンたちが居る。

 そして二人は俺が指示したように各々に一礼しながら指定の場所に着いた。

 おーけーおーけー。これさえ出来れば何年経っても「あの子は礼儀正しいぞ」と現場の方は言ってくれるからな……この後売れて調子に乗らなければの話だが。

 二人が定位置につきイベントスタッフの指示の元、各社カメラが回ると今日の幹事役になっているレポーターからの質問が入った。

「今回は映画のスペシャルサポーターに選ばれたということでいかがでしたでしょうか」

 初めに美嘉にマイクが向けられた。

「すっごくありがたいですね。お仕事もらえるとガンバろうって気になれて嬉しいですし、今回は奏ちゃんも居るのでもっと楽しかったです」

「速水さんの方はどうです?」

「光栄なことです。この手のお仕事は初めてで、トークという形ではありますが間近で自分の言葉をお客さんに伝えられることの大切さを実感しました」

「初めてとは思えないくらいに城ヶ崎さんとのやりとりは軽快でしたよ」

「それは美嘉のおかげです。やはり気心しれた人間が傍に居ると頼りになります」

「奏ちゃんったらホメすぎだよー。えへへ」

 そんな二人のやりとりを見逃すはずもなく、すぐさまカメラのフラッシュがたかれた。

 こういう自然体で仲の良い様子は絵になるからな。定石通りでいいぞ。

 そして今度は別のレポーターからの質問が飛ぶ。

「先日速水さんは桐生つかささんと共演した音楽番組がありましたが凄かったですね」

「ありがとうございます。おかげさまで好評を頂いたようで何よりです」

「城ヶ崎さんはご覧になられましたか?」

「アタシはその日別の仕事だったんでリアルタイムでは観られなかったんですけどー、莉嘉に、あ、同じ事務所に所属している妹の城ヶ崎莉嘉ってのがいて」

「元気な妹ちゃんね。知ってるよー」

 と、他のレポーターが合いの手を入れた。

「その莉嘉に録画しておいてもらったのを観たんですけど、奏ちゃんサイコーにイケてて夢中になっちゃいました」

「同じ女の子から見ても良かったと?」

「うん。奏ちゃんたちが歌っていたのをドキドキしながら観ていたんですけど、二人が歌い終わった後涙出てきちゃいました。それを見てた莉嘉にお姉ちゃん泣いてるーってからかわれちゃいましたけど」

 場の一同から笑いが起きる。こういう緩急のツボを押さえているあたりさすがカリスマ。

「実際、奏さんとしてはどんな気持ちで臨んだんですか」

 今度は奏に別のレポーターが質問を振った。

「生放送ということで非常に緊張しました。ファンの方々が見てくれるライブとは違って私たちのことを知らない方々にも見て頂くことになるので、アイドルだからという理由でそっぽを向かれたり、テレビで観ている方々にチャンネルを変えられてしまわないか不安でした」

「でもその不安を払拭するような素晴らしいパフォーマンスでしたよ」

「そこはもう一緒にステージに立ったつかさを信じ、やれるだけのことをやろうとした結果ではないかと」

「つかさちゃんの会社はあれで株価が高騰したそうですよ」

 マジかよ、すげーな。今度夕飯たかるか。

「それくらい私たちは最高のパフォーマンスをしたと自負しています」

 そう言い切るあたりが奏らしいな。

「しかしここまで注目されると最近忙しくないですか? 恋をしている時間とかあたりします?」

 とうとうその手の質問をぶっこんできたな。

「速水さんは以前舞台で共演したイケメン俳優と噂になったりもしましたよね?」

 ああ、だいぶ前のあの話か。あれは男の方が勝手に言い寄って来ただけなんだよな。小さい劇場での舞台で奏がヒロイン役として出演した際に向こう主役俳優様の話題作りに利用されたってだけで。それにも関わらず週刊誌には名前は伏せられていたけど、奏から言い寄ったみたいな書き方されたのが癪に障ったわ。どこの出版社の記事だったっけ。

「そんなこともありましたね」

 でも当の本人の奏は否定をすることなくあえて曖昧な態度を取って見せた。逆にこういうところを思わせぶりにするのもまた奏らしい。

 事務所的には後々面倒だからやめて欲しいけども。

「それは認めたってことですか」

「どうでしょう。女性は常に秘密を持つことで美を保つって言うじゃないですか」

 うまくいなすじゃないか。

「なら、城ヶ崎さんの方はどうですか」

「え、アタシ?」

 さすがにこれ以上この話題では奏にはツッコめないと見るや次は美嘉に標的を変えてきた。

 案の定美嘉は顔を紅くしてしどろもどろになってしまったが、すかさず奏がフォローに入る。

「美嘉は今、仕事に恋をしているんですよ」

「えー。カリスマギャルなんだから恋多きお年頃じゃないですか」

「もう、うちの美嘉をからかわないでくださいよ。これでもまだまだ可愛い乙女なんですから」

 奏による美嘉の乙女アピールに笑いが起こる。良い意味でネットが騒然としそうだな。

「で、でも本当に今は真剣に仕事と向き合いたいと思っています」

 するとここで美嘉が自らの口で言葉を紡ぎ始めた。

「結構前ですけど、事務所の方から方向性の見直しを求められました」

 そう。専務が、いやその時はまだ常務の時だったかな。その常務がアメリカから帰ってくるや否や、アイドル事業部の再編を言い始め、多くのプロジェクトが統廃合するなど社内で激震が走ったことがあった。

 当然スタッフだけの問題で済むはずもなく、各プロジェクト配下のアイドルたちにも多く影響を与えていた。

 マスコミもうちの事務所の噂を知らないわけではないだろうから、その時のことを思い出してか徐々に興味を示し始めた。

「確かに一時期からJKファッションだけではなく、オトナっぽい衣装も取り入れるようになりましたよね?」

 特に城ヶ崎美嘉に関しては、タイアップする商品が高級路線になったことも伴い、彼女が主力としていたティーンズ向けのファッションを脱し、F1層を対象にしたコンサバ系コーデで撮影に臨むことが多くなった。

「はい。アタシはあの時カリスマギャルであることを誇りに思っていました。いや、今でもちゃんと思っています」

 場の一同は固唾を呑んで美嘉の話に聞き入っていた。

「でもあの時はアタシと同じ年齢くらいの子向けのファッションをすることがカリスマギャルであることのすべてだと思っていたので、それが出来ないならやる意味ないじゃんってまで思ってました」

 大人だって今まで築き上げてきたものを容易く捨て去ることは出来ない。ましてや彼女は若くしてその地位を確立したのだから、それを軽々と方向転換することは難しかったはずだ。

「そう思っていてもアタシが望むカリスマギャルじゃないアタシが評価されていって、やりたいことと人から求められているものが違うことがわかって……すごく怖くて、苦しかったです」

 確かにあの時の美嘉はいつもの明るさとは裏腹にどこか無理をしているのがありありと見て取れた。

「でもある時、変わることを恐れて足踏みしていた私に事務所のちっちゃい後輩のみりあちゃんや、妹の莉嘉が教えてくれたんです」

 そして美嘉は一呼吸置いて言葉を続けた。

「すごく当たり前のことだけど誰だって悩んでいるって。そしてツラかったら泣いてもいいって……だってガマンしていたらアタシらしさが無くなっちゃうから」

 自分の気持ちをごまかすことは誰にだって出来る。むしろ大人になれば周りを気にするあまり自分を欺くことの方が楽になるからだ。でもそれは何かと理由をつけて、周りのせいにして、ただ逃げているだけである。

「だけどそういうときこそキモチさえあれば、アタシはアタシでいられるんだって。それこそメイク落とした素顔のアタシだってカリスマギャルなんだって」

 子どもから大人へと変わるとき、人はどこかで自分の気持ちに折り合いをつけなければならず、大半のものを捨ててしまうことで『諦め』として自分を納得させる。

 でも、それでも譲れないものを自分の中に見出せたならば、それはいつかかけがえのない大きな財産へと変わっていく。

「そう。たとえ外見が変わっても衣装が変わってもアタシはアタシ。芯がしっかりしていればアタシらしく出来るって。そう思い始めたら変わることって今までやってきたことを否定するわけじゃないってことに気づきました」

 ある日を境に悩んでいた美嘉の顔が決意した人間の顔になっていったことに俺は気付いていた。当時は理由を聞かなかったが何か決心出来たのだろうと感心していたが、そういう心境の変化があったとは。

「だから今でも心はカリスマギャル。それがアタシ、城ヶ崎美嘉。トキメキの先、可能性の先に広がる無限大へと向かうアタシをみんなに見せてアゲル」

 おお、決まった。美嘉のキメ台詞にレポーターたちも思わず感嘆の声を上げ、会場から拍手の音が広がる。

 この内容で密着系のドキュメンタリー番組一本出来るんじゃないか? 帰社したら試しに企画上げてみようかな。

「って何でアタシこんなハズいことマジメに言ってるんだろ」

「いやいいよー。いい話聞かせてもらったよ」

 これにはレポーターたちも大満足のようだ。

「美嘉やるじゃない」

「へへっ、カリスマギャルをナメないでよ」

 ここぞといった時に魅せるこの強さこそ、個性の強いLiPPSのメンバーに城ヶ崎美嘉を迎えた理由であった。

 そろそろ潮時かな。俺はイベントスタッフに終了の合図を出した。

「ではそろそろお時間となります」

 覚悟を決めた人間は格好良く、また美しい。その姿に人々は魅了され、憧れを抱く。

 そういうヤツらの背を日々見ていると、そう思わずにはいられなかった。

 

 




~城ヶ崎美嘉との場合~  Fin
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