速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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2017/8/19 一部文言の修正


2. The Show Must Go On

「わざわざ私を呼び出してどうしたのかしら? キスでもしたくなったの?」

 プロジェクトルームに来て開口一番とんだご挨拶だが、相変わらず"舌好調"のようだ。

 今日は珍しくここには俺たち二人しか居ないためより一層その傾向が強い。

「学校帰りのところすまない」

「いいのよ。近くで用があったから」

 何の用があったかはあえて問うまい。

「ここ最近あまり現場に顔出せてなくて悪いな。仕事の方は順調か?」

「概ね順調と言ったところね」

「概ね?」

「この間、LiPPSの5人で撮影があったんだけど」

 と言って奏は先日あったことを話し始めた。

 

 初めは何事もなく撮影は続いていたわ。でもしばらくして隣に居たフレちゃんが私の耳元で『専務のモノマネシリーズパート5』とか言ってあまりなクオリティのモノマネを披露してきたの。

 似てる似てないの以前に全く専務が関係なかったわ。あれはただモノマネという名の行為そのものをしたくたまらなかったんでしょうね。フレちゃんらしいわ。

 それを横目で見ていた周子が今度は美嘉の耳元に息を吹きかけたの。そうしたら美嘉ったら、悲鳴を上げちゃって。でも、周りの注目を浴びたもんだから恥ずかしそうに顔を真っ赤にしちゃって、ウブでかわいかったわ。

 志希は志希で唐突に『人が快感を覚えた際に発するフェロモンはどんな匂いがするんだろう?』と言い出す始末。

 

「もうそこからは大惨事ね」

 周子とフレデリカが悪乗りして美嘉が被害を受ける未来がはっきりと見えた。

「お前ら仲良いな」

「ほんと全くよ」

「若いっていいな」

「それで一体今日は何の用かしら。ただ近況を聞きたかったわけではないでしょ」

 奏は世間話も早々に本題を切り出してきた。

「そうだな」

 と言って俺はデスクからクリアファイルを取り出し奏に渡した。

「なにかしら」

「仕事のオファーだ」

 クリアファイルに入った用紙に目を通すと次第に奏の表情は変わっていった。

「どうだ。やれそうか?」

 俺の言葉に奏がニヤリとほくそ笑むのを見逃さなかった。

「当然でしょ」

 

 

 プロデューサーと言えども所詮は一企業のサラリーマンでしかない。企画を通すためのプレゼン書類をまとめたり、社内会議に取引先と打ち合わせその他細々とした雑務も多い。また今日は社内に缶詰になるほど忙しすぎて、気付けば夕方になってしまった。

 さすがに腹も空いてきたがわざわざ外出するのも億劫だったので今日は社内の食堂に行くことにした。

 自分のオフィスを出てエレベータに乗ったのだがボタンを押し間違えたようで別の階で降りてしまった。

 相当疲れているなと自分を心配しつつ、エレベータを降りた階の目の前にあるトレーニングルームになんとなく目を向けると、奏が一心不乱にダンスレッスンをしているのが目に入った。

 トレーナー指導の元キレのあるステップを見せていた。

 こちらには気付く様子もなく、俺としても邪魔をするつもりもなかったのでその場を去ろうとしたら近くに居た我らの愛すべき事務員の千川ちひろさんが声を掛けてきた。

「奏ちゃん。最近ずっとあんな感じなんですよ」

「え?」

「ここ最近学校帰りにきてずっとレッスンに励んでいるみたいです」

「ああ。実は今度音楽番組の収録がありまして。前に出たライブを番組のディレクターさんが見てくださったらしくそれでオファーが来たんですよ」

「すごいじゃないですか」

「ご指名なら気合入りますからね」

「奏ちゃんって完璧主義って感じじゃないですか。与えられた仕事は絶対にこなすって感じがして」

 半分正解ですかね。奏はもっと深くその先を見据えているはずだ。しかしそれをちひろさんに言っても仕方無い。

「このままここで突っ立てても邪魔でしょうから自分は退散するとします」

 ちひろさんにそう告げて今度こそ場を離れようとすると、

「プロデューサーさん?」

 今度はトレーニングルームから出てきた奏に呼び止められる。

「おお。レッスンはいいのか?」

「少し休憩よ」

 

 二人で休憩室に行くと、俺はポケットから小銭を出して買った自販機のスポーツドリンクを奏に渡した。

「いいの?」

「気にするな」

「なら頂くわ」

 奏はしたたる汗をタオルで拭い渡されたペットボトルを受け取ると、すぐに蓋を開け口に含んだ。俺はその光景に目を奪われた。

「なに?」

「なんでもない」

 飲み物を飲んでいる立ち姿さえ絵になるのは正直な話ズルくないだろうか。

「……ちひろさんと何話してたの?」

「あー。いや最近奏が頑張ってるって話」

「そう」

 どうにも信用していないと言った様子だ。

「ここずっとトレーニングルームに通い詰めてるんだって?」

「イマイチ自信が無いのよ」

 先日仕事のオファーの紙を見せたときとは違い、不安げな表情をしていた。

「そうか? いつも堂々とこなしているじゃないか」

「だからこそ自分が納得出来るまでレッスンを続けたいの」

 それ故にモデル撮影と同様、念入りに自分と向き合って準備が出来る音楽の仕事の方は奏には合っていると俺は思ったりしている。

「それに人って一度うまく物事が出来てしまえば『次も出来て当然』と周りから要求されるじゃない」

「まあな。アイドルに限らずスポーツなんかもそうだよな。甲子園やインターハイで優勝するような常連校もベスト4敗退で監督辞任とかもあるしな」

 四番バッターさながらのスイングをして見せるも、

「そう。一度栄光を掴んだら次も期待される」

 見事にスルーされた。空振り三振。

「前回以上のものを求められる。そして少しでも手を抜いたら簡単に見破られ落胆されてしまうわ」

 職業柄そうして夢破れ姿を消していった者たちを俺は沢山見てきた。

「だから私はアイドルとしてファンから与えられた期待という名の使命を果たしたいの」

「それは重くないか?」

「そうね、重いわ。重圧に押し潰されそう。でも私はその道を行くと選んだの」

 どこまでも自身に対してストイック、いや従順なんだか。

 だから俺が言えることはたったひとつだ。

「その意志を汲み取りアイドルたちを支えるのが俺たちプロデューサーの仕事ってわけだな」

「わかってるじゃない」

 当たり前だろ。俺はお前の担当プロデューサーなんだから。

 

 

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