速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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STAND ALONE EPISODE
北条加蓮との場合


「あら加蓮、ネイルまた新しくしたのね」

「イイでしょ」

 

新調したネイルを北条加蓮は身を乗り出して速水奏に見せている。

 

「よく出来てるじゃない、また腕に磨きを掛けて」

 

奏は優しく加蓮の手に触れ、ネイルを見つめていた。

 

「まあね、やっぱ自分で手入れすると好みに出来るし何より愛着も沸くからね」

 

プロジェクトルーム。

アイドルたちが交流を深めたり、プロデューサーと打ち合わせをしたりする場所である。

事務所内にはいくつかプロジェクトルームが存在しており、大きなプロジェクトごとに区分けされている。

そのうちのひとつ、クローネやLiPPS、その他ユニットに所属するアイドルが使用しているプロジェクトルームで速水奏と北条加蓮はソファに二人並んでお喋りをしていた。

 

「奏って普段ネイルしてないよね」

「うちの学校そういうのお禁止されているから」

「もったいないなー。奏は絶対似合うって」

「そうかしら。それなら私にはどういうのが合うと思う」

 

奏は自分の爪先をまじまじと眺めている。

 

「制服に合わせるなら、ピンクやベージュを基調にして、1本だけ派手目のラメでアクセントをつけるのもいいかもね」

「目立たせず、でも主張を忘れないって感じね」

「そうそう」

「衣装だとどうかしら」

「奏の衣装って青めのものが多いよね」

「そうなのよね、誰かさんの趣味なのか知らないけど」

 

二人して『誰かさん』のことを同じ人物と想定しているのが伺える。

 

「だったらドレスに合わせて同じ青系かな。シルバー系もいいかも。爪の先にストーンをデコるとか。あ、でも……」

 

などと言って加蓮は楽しそうにああでもないこうでもないと語っていた。

 

それを見て奏は少し嬉しそうだった。

 

「どうしたの奏。急にニヤけちゃって」

「加蓮イキイキしてるわね」

「だって自分の好きなことだし、とことん突き詰めたいじゃない」

「そういう加蓮を見てたら、私も何か始めたくなるわ」

「あれ、奏だって映画が趣味じゃなかったけ」

「あれはとりあえずプロフィールを埋めるために書いただけであって、人より少し多く観てるくらいかしら」

「どんな映画を観てるの」

「そうね……」

 

と言って奏は考え込む。

 

「……巨匠と言われる人たちの映画かな」

「えー、それって結構古い作品多いんじゃないの」

「そうね、私たちが生まれるずっと前の作品が多いかしら。ただ、往年の名作と言われているからと言って面白いとは限らないわね。今と昔ではどうしても感性が違うわけだし」

「アタシ絶対眠くなるわ、そういうの」

「でもね、物語の中の時代背景もそうだけど、実際に映画が撮られた時代に生きた人たちの様子も垣間見ることが出来るから、それって素敵なことだと思うの。歴史を学ぶことって大事よ」

 

奏の言葉に何か思い当たる節があるのか加蓮は何か不思議そうな顔をした。

 

「前に思い出したくない過去もあるって言ってなかったっけ。それなのに昔のこと知って楽しいのかな。やっぱり私は今が楽しければいいと思うけどなぁ」

 

「自分の過去に向き合うことと、先人が歩んできた歴史を振り返るのはまた別の話よ」

 

奏は耳にかかっている髪をかき分け、加蓮を諭すように述べた。

 

「奏の言ってること難しくてわかんない……って言うのは簡単だけど、奏が好きならそれをどうこういうつもりは無いかな」

 

「どうしてかしら」

 

ここで加蓮はクスっと笑った。

 

「だって奏も今イキイキしてるもん」

 

奏は照れくさそうな表情も見せた。

 

「奏かーわーいいー」

 

と言って加蓮は奏に抱き付いた。

 

「もう加蓮ったら」

 

しかし抱き付かれた奏もまんざらでもない様子である。

 

「奈緒をからかう時と同じ反応だったから、つい」

「普段からそうやって奈緒をイジめてるのね」

「イジメてるわけじゃないよぉー!愛情表現だよー」

「重い愛だこと。凛にはしないのかしら」

「凛ってなかなか隙を見せないんだよね……ただ一点を除いては」

「あら、何かしら」

「向こうのプロデューサーに関しては凛ったら視野が狭くなっちゃうんだよね」

「あー、あの人ね。シンデレラプロジェクトのプロデューサーさん」

「もうシンデレラプロジェクトを卒業したっていうのに、凛ったら未だに顔出しに行ってるんだもん」

「それ、二期生の子たちにプレッシャー与えることにならないかしら」

「って思うじゃん?『次、凛先輩来るのはいつですか』って引っ張りだこらしいよ」

「あら意外ね。あの子、そこまで面倒見良かったかしら」

「いや、凛ってそういうの苦手だから苦労してるみたいよ」

「それなら必要経費ってことでいいんじゃないかしら、プロデューサーさんに会いに行く口実として」

「それにしてもプロデューサーのこと大好き過ぎでしょ、絶対凛はファザコンだよ」

「プロデューサーさんに父性を感じているってことかしら」

「だってこの間ライブのとき凛のお父さんに初めて会ったんだけど、プロデューサーにそっくりで笑いそうになっちゃったし」

「ちなみに凛の母親はどんな人だったの」

「若いときに相当ブイブイ言わせてそうな感じの人だったね。凛が前のめりで意見するのもお母さん譲りだと思う」

「そうなると凛の父親は母親に押し切られたって感じかしらね」

「ありえそう」

「でもどんなに押しても、あちらのプロデューサーさんはなびかない、いえ"何も"気付かなそうよね」

「確かに、凛の苦難はまだまだ続きそうね」

 

と、一拍置いたところで加蓮が切り込んだ。

 

「ところで、そういう奏はどうなのよ」

 

「どうって言われても……」

 

奏は加蓮から目をそらす。

 

「それこそ、うちのプロデューサーを映画にでも誘えばいいのに」

 

言われた奏は大きな溜息をついた。

 

「……前にね、お仕事のご褒美としてデートの約束をしたんだけど、あの人まだ連れて行ってくれないのよね」

 

「え、それありえなくない」

 

「いつまで待たせるのかしらね、女性の心はうつろいやすいものなのにね」

「本当よねー」

 

うんうんと頷いて加蓮は同意して見せた。

 

「ねぇ、加蓮はプロデューサーさんのことどう思う」

「そうだね……」

 

奏の問いに加蓮は考えをめぐらせていた。

即答出来ないほどに悩ましい問いなのか、それとも奏にために言葉を選んでいるのか。

しばらく時間を置いた後に加蓮は口を開いた。

 

 

お調子者に見えるけど、結構アタシたちのこと見てくれてるよね。

でも、奥では何を考えているのかわからないってのもある。

プライベートが見えないんだよね。全く自分の話はしてくれないし。

でもどこか信頼に出来るっていうかさ。

だから普段の陽気さとミステリアスさがミスマッチしているところに惹かれるってのはあるかもね。

プロデューサーって陰では割と人気なんだよ。

 

 

「そう……なんだ」

 

表情には表さないものの、その口調はどこか寂寥感を漂わせているものであった。

 

「うかうかしてるとプロデューサーを誰かに横取りされちゃうかもよ」

「加連じゃないことを祈るわ」

「だと良いけどね」

 

二人の間には、先程まで微塵も感じられなかった火花が唐突にぶつかり合うような空気が流れていた。

 

しかし今回加蓮は引き際を心得ていた。

 

「でも、掃除してなくて部屋にビールの缶とか転がってそう。ダメ男の分類ってやつ」

「それについては否定出来ないわ」

 

 

 

………。

 

 

……。

 

 

…。

 

 

 

「お前ら、本人を目の前にそれは言い過ぎだろ」

 

黙っているつもりだったが、さすがに言われ放題なのも癪に障るので、俺はデスクからソファに居る二人にツッコミを入れておくことにした。

 

「あら、プロデューサーさん。居たのね、気付かなかったわ」

 

そもそも鍵の部屋を開けたのは俺だろうが。ましてやプロジェクトルームは大人が誰か居なきゃ利用出来ない決まりなのをお忘れかな、君たち。

 

「まあ、プロデューサー。アピールだよ、アピール」

 

何のアピールだ。

 

「確かに部屋はあまり綺麗じゃないのは認めるが」

「ほーら、やっぱり当たってた」

 

誇らしげな態度を取る加蓮が若干憎たらしい。

 

「なんて冗談だよ。いつもありがとう。オータムフェスが終わってからはクローネの面倒見てくれるようになったじゃん。割とそれでみんな助かってるんだよ」

 

先のオータムフェス以降、専務を筆頭に現場で動けるスタッフが少ないということもあって、俺はサポートプロデューサーという形でプロジェクト・クローネに関わることとなった。

……だがそれはまた別のお話。

 

「アタシ、口が悪いからズケズケ言っちゃうけど、本当は感謝してるんだからね」

 

自分で口が悪いと言うのもいかがなものだが。

 

「女性ってね、男性以上に照れ屋なの。だから素直に言い出せないだけで秘めた気持ちをいつも胸の奥に仕舞い込んでいるものなの」

 

すかさず奏がフォローを入れる。さすが抜かりが無い。

 

まあ、お世辞だとしてもありがたく受け取っておこう。

 

こちらこそいつもありがとな……加蓮、そして奏。

 

 

「それよりもうお前らしか居ないからプロジェクトルームを締めたいんだが。そろそろ夕飯の時間帯だし、はよ帰れ」

 

時計の針も夕食の時間としては良い頃合を指していた。

 

「奏とファミレス行くつもりだけど、プロデューサーもどうかな」

「いいのか」

 

特に細々した仕事は終えたので、今日はもう仕事を切り上げても問題なかった。

 

「アイドル二人がファミレスに行って変な人に出くわしたら大変でしょ。プロデューサーに王子様として守ってもらいたいなぁって」

「と、言いつつ財布目当てだろ」

「あ、バレた」

 

お約束のパターンだからな。

 

「いいよ、経費で出すから」

「やったね」

 

奏と顔を合わせて笑っている。喜んでくれたようだ。

 

「なら、そろそろ行きましょうか」

 

そう言って奏はソファから立ち上がる。

 

「さぁ、連れてって。私たちの王子様」

 

 

奢りとわかるや否やすぐに出発とは、まったく調子の良いシンデレラたちだな。

 

 

でもそういう素直なところが、俺がお前たちに惹かれるところでもあるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なお経費の上限を超えた模様。あいつら食べ過ぎだろ。




~北条加蓮との場合~  Fin
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