今日は珍しいお客さんがうちのプロジェクトルームにやってきた。
彼女の名前は、緒方智絵里。
シンデレラプロジェクト1期生にして、
シンデレラの舞踏会の立役者の一人である。
「こ、こんにちは」
「おう、どうぞ」
不安そうにやってきた彼女を出迎えた俺は、パーテンションで仕切られた打ち合わせ用のテーブルがあるところまで彼女を案内した。
「適当に座ってて」
「はい、失礼します」
また、ソファに座って雑誌を読んでいた速水奏にも声をかけ同じように向こうで座るよう促し、二人に渡す資料のコピーを取りつつ電気ケトルでお湯を沸かせていた。
「あら、智絵里。久々ね」
そう言って奏は智絵里に話しかけ隣に座った。
「そ、そうですね。シンデレラの舞踏会の時以来でしょうか」
「顔つき、変わったわね。結構仕事にも慣れてきたんじゃないの」
「そ、そんなことないですよ、緊張とかいっぱいありますし。まだまだひとりじゃ全然ダメですし」
「アイドルに謙遜は似合わないわ。もっと堂々としてなきゃ」
「うぅ、あまりそういうのはわからなくて」
早速奏は先制攻撃を仕掛けているようだ。小動物相手にも容赦ないな。などと二人の雑談を横目に沸かせたお湯でコーヒーを淹れた。
「緒方さんはミルクと砂糖はどうする」
向こうに聞こえるよう少し大きめの声で尋ねてみた。
「両方頂けますか」
「はいよー」
と言って、コーヒーフレッシュと砂糖を智絵里用のカップに注いだ。
「あら、私には聞いてくれないのね」
「お前はいつもブラックだろ」
子どものくせしてブラックとか生意気な。
俺なんか社会人になるまでブラックはダメだったぞ、全く。
「お二人、仲良いんですね」
「ふふっ」
と、笑い出す奏。
「いえ、なんでもないわ」
不思議そうな表情をする智絵里。
俺は特に肯定もしないが否定もせず、コーヒーと今日の資料を二人に渡す。
「ありがとうございます」
「さて、プロデューサーさん。仕事は内容なのかしら」
「アトラクションゲームや外で体を張るような企画でしょうか」
「「え?」」
意外な言葉が智絵里から飛び出してきたため、俺と奏は二人して変な声を出しながら智絵里の顔を凝視してしまった。
「あれ、わたしおかしな事言っちゃいましたか」
「いや。別に大丈夫だ。朝の情報番組で軽くトークするだけだから」
「あ……そうでしたか」
智絵里はホッとしつつも、何か物足りなそうであったが、すぐにこちらの意図に気付いて赤面し始めた。
「えっと、だいたいテレビはそういうのが多くて」
「智絵里、あなた結構苦労してるのね」
「苦労……と言いますか、初めてのお仕事がそういうのだったんで、もう当たり前になってます。CANDY ISLANDの時に」
CANDY ISLAND。
シンデレラプロジェクトの時に彼女が所属していた時のユニットか。
「まあいいか。とりあえず概要はだな……」
俺は以下のことについて二人に話した。
地方局にて土曜朝の情報バラエティの5分くらいコーナーに二人で出演。
LiPPSと智絵里所属の新ユニットの新曲の宣伝。
智絵里は俺の担当じゃないけど、自分の担当分だと今回LiPPS以外に他に宣伝の弾がなかった。
そこにちょうど他のプロデューサーから智絵里のユニットも新曲出すからもし良ければって話を頂いた。
LiPPS側の選定理由は見た目含め、奏が一番落ち着いているから。
他のメンツは朝の番組にしてはキャラクターが濃過ぎるから外した。
「特にフレ志希周子は論外ってわけね」
「あいつら何かと欲しがり過ぎで、たった5分なのに番組を乗っ取る可能性があるからな。爆発力はあるけども限度を知らないからな」
放送事故は免れたい。
「で、話を戻すが、緒方さんに関しては奏同様落ち着いているからってことと、年齢より大人っぽい奏、年齢より幼い緒方さんという見た目のギャップを狙ってだな」
「容姿の比較って、それ割と残酷な選択じゃないの」
相変わらず痛いところを突いてくる。
視聴者側からしたら物珍しいが、本人たちからしたら"比較"をされるから、辛い思いをさせることにも繋がるだろう。
「重々承知しているが、そこは1回こっきりってことで許して欲しい」
「……わたしは大丈夫です」
この子見た目よりずっと強いかもしれない。
俺は二人には見えない様に自分だけの資料に目を通す。
「そういえば、緒方さんは結構緊張がちだから、カエルさんのおまじないっていうのをしてるんだっけ」
「カエルさんのおまじないはやめました。あれだと周りが見えなくしちゃってダメなんです。今は四葉のクローバーのおまじないというのをしています」
おい、何だこの資料。情報古いぞ、何やってんの。
「もし良ければ詳しく話してくれるかしら、智絵里」
俺の表情を察したのか奏はフォローを入れてくれた。
「まだシンデレラプロジェクトに居たときに、外でのお仕事だったんですが、緊張して周りが見えなくなっちゃったときがありました。そのときに幸子ちゃんに……あ、輿水幸子ちゃんです」
弱冠14歳にしてうちのプロダクションでのバラドルとしての地位を着々と築き始めている輿水幸子か。
「たまたま近くで別のロケをしていた幸子ちゃんに見られちゃったんです。そこでウジウジしていた私に『アイドルは前を向いているもの』って言ってくれたんです」
『アイドルは前を向いているもの』、その言葉を俺は資料に走り書きをした。
「それまでは緊張しないように周りをかえるさんと思うことで『見ない』ようにしてたんです。見ないってことは見えてないんです、何も。だから何も気付かなくて。でも幸子ちゃんのその一言で変えなきゃって思って。『前を向く』、つまり『ちゃんと周りと向き合う』ようにしなきゃって」
人は自分ひとりでは気付けないことがある。
他者が居て、初めて気付けることもある。
彼女はそのことに触れ、知ることが出来た。
貴重な経験だったことは想像に難くない。
「なので意識付けのために、本番前に大好きな四葉のクローバーを手のひらに書いて、前を向くように自分に言い聞かせているんです。それが四葉のクローバーのおまじない」
澄み渡った空のように、彼女の言葉に嘘偽りなど濁りなんてものは存在しなかった。
「わたしにとって『幸せ』のおまじないであり、『勇気』のおまじないなんです」
そこにあるのは彼女の強さだけだった。
話し終わるまで、奏では隣でただただ優しく頷いて耳を傾けていた。
資料に書いてある『緒方智絵里、極度の緊張しい。テンパり過ぎないかが不安要素。また黙ってしまわないか』という記述に斜線を引いて、『アピールポイント!』と付け加えておいた。
「幸子ちゃんのようになりたいです」
「そのうち幸子と二人で世界の秘境に行く企画とか出来るかもしれないわね」
「面白そうですね、えへへ」
奏の皮肉すら、無自覚に丸め込む回答、鋼のメンタルだ。
「あと、奏さんとお仕事って聞いたとき、本当はちょっと怖かったです。プロデューサーさんもさっき言ってましたが、わたしと同じくらいの歳なのに大人っぽくて……」
「こいつ、実は大人っぽいって言うと怒るぞ」
「え、ええ。そうなんですか、ご、ごめんなさい……」
俺の冗談を真に受けてオロオロしだす智絵里。
「もうプロデューサーさんったら。冗談よ、智絵里。気にしないで、続けてちょうだい」
奏の言葉にホッと溜息をつき智絵里は話を続けた。
「初めて奏さんのパフォーマンスを見たのはオータムフェスです。ソロなのに堂々としていて凄いなって思いました」
オータムフェス。
その時はまだプロジェクト・クローネには直接的には関与しておらず、また別件の仕事があったため現場に居られなかった。
「シンデレラプロジェクトのみんなもキラキラ輝いていましたが、奏さんやクローネのみんなもまた違ったキラキラを感じました」
「輝き方は人それぞれ。何もひとつじゃない。あなたたちも本当に輝いていたわ、本当に」
ようやく目指す相手のひとりに募る気持ちを声に出して伝えることが出来たな。
「ありがとうございます。憧れの人と一緒にお仕事出来るなんて、嬉しい半分、怖さもありました。わたしなんかで大丈夫かって……でも向き合わなきゃいけない。前を向いて、憧れだけじゃなくて、追いつかなきゃって思いました」
良かったな、奏。自分が目指す相手もまた自分を追いかけてくれていたなんて。
「そうすれば奏さんと、いや奏ちゃんともお友達になれるかなって……えへへ、何言ってるんだろ、わたし」
数々の修羅場を乗り越えてきただけあって、シンデレラプロジェクトのメンバーは強い。
ましてや、奏に「もう、この子ったら」といった表情をさせ困らせているあたり、この子を選んで正解だったかもしれない。
「ありがとう、智絵里。私もよ」
「じゃあ友情の証として、携帯の連絡先交換しちゃえ」
「い、いいんですか」
「ええ、交換しましょ」
「ありがとうございます」
ニッコリと微笑む智絵里の表情は本当に幸せそうであった。
君の『勇気』の結果が『幸せ』を運んだんだぞ。
智絵里と連絡先を交換している奏と目が合い、ウインクをしてくる。
多分奏も同じことを考えているだろう。「この子の心配はいらない」と。
「ここまで狙ってのキャスティングかしら」
「いやー、ここまでは想定していなかった、まさか緒方さんがここまでの子とは思わなかったし」
「え、えっ。どういうことですか。わたしダメなんですか」
思わず二人して笑ってしまった。
「逆よ、あなた凄いわ」
わかってないあたりがなおこの子の魅力だろう。
そして勘の良い奏は今のやりとりで察しただろう。
俺の本当の狙いを。
奏はあまり他人に干渉をする方ではない。
それは独善的な部分が強く、他人に干渉されるのが嫌だという側面が考えられる。
最近はクローネ結成以降、橘ありすなどとも絡む機会も出来、年下に対する配慮も出来るようにはなってきた。
むしろ前々から人のことをなんだかんだ見てはいる。
ただ彼女が意図してなのかそれとも性格的な部分に関してかは知らないが、智絵里のようなパッと見、主張が少ない年下との絡みが少ない傾向に見える。
だからそういう押しの弱い子たちを自ら引っ張っていき、目標にされるような存在になって欲しいと俺は考えていた。
多分俺がやれって言えばすんなりと行動に移すであろう。
他人から与えられた役目に関しては完璧にこなそうとするからだ。
いわゆるパッション組のようなコミュ力お化けになれってわけではない。
今まで以上に、さらっと誰かを導いてあげられる存在になって欲しかった。
だが、もうすでに奏をちゃんと見ている人は居たんだ。
ファンだけでなく、同じステージに立つアイドルの中にも自分を見ていてくれている人がいることを奏は今日知った。
お互いがお互いを意識し合い、高め合う関係。
大いに結構じゃないか。
この事実は確実に奏を成長させる。
他にももっとお互いを意識し合うライバルを奏には作ってもらいたいものだ。
もちろんクローネやLiPPSの身内のメンバーだって構わない。
競い合い、切磋琢磨して、夢に向かって成長していくそんな関係をいつか誰かと築いて欲しい。
大人が思っているよりも、子どもの成長は早い。
知らぬ間にどんどん成長していく。
そう遠からぬうちに、その日が来るかもしれない。
その後は簡潔に仕事の概要を二人に話し、今日の打ち合わせは終わりとなった。
「もっとちゃんとした打ち合わせは今度番組サイドとの打ち合わせの時に」
「今日はありがとうございました」
「あとで連絡するね」
と言って携帯を手に取る奏。
それを見た智絵里は嬉しそうに「はい」と言って深々とお辞儀をし、プロジェクトルームを出て行った。
智絵里を見送り、プロジェクトルームに残った俺と奏。
「プロデューサーさん、ありがとう」
「おう、今日はやけに素直だな」
「ちゃんと考えてキャスティングしてくれたこと、嬉しかったから」
「まあな、ある意味教育の一環ってことでせいぜい励んでくれ」
こう素直な態度を取られると調子が狂うな。
すると動揺して手元が狂い、奇しくも俺が持っていた書類が1枚するりと地面に落ちた。
その書類が落ちる瞬間、先ほど話を聞きながら書いたメモが目に入った。
……それは駄目なヤツだ。
だが時すでに遅し。奏は拾い上げてその書類に目を通す。
そこには『特技:ちえりんチョップ』と書かれており、
手書きの注釈で『むしろされたい』と記されていた。
「やれやれ、プロデューサーさんも教育が必要みたいね」
にこやかに青筋を立てながら言うのは勘弁してくれ。
~緒方智絵里との場合~ Fin
次回より長編シリーズ『速水奏との共同戦線』スタートです。
「プロデューサーさんとなら、どんな試練でも乗り越えられるわよ、きっとね」