2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正
プロローグ
腕時計を見ると約束の時間まであと少しといったところであった。
俺は速水奏と専務室の前の簡易ソファに座り、その時を今か今かと待っていた。
「何か落ち着かない様子ね、プロデューサーさん」
無意識に不安を態度で表わしていたようで、奏の言葉で初めて俺は貧乏揺すりをしていたことに気付いた。
「そりゃ専務直々の招集となれば落ち着いてはいられないさ」
唐突に「速水奏を連れて専務室に来るように」と会社のお偉い様から連絡を受ければサラリーマンなら誰だって焦るものさ、それも昨晩となればなおさらだ。
「さしずめ職員室に呼び出された学生かしら」
「まさにそんな気分だ。昔からあの人の前だと緊張するんだよ。悪い人ではないけどさ」
俺をプロジェクト・クローネのアシスタントプロデューサーに任命してくれたのも、LiPPS結成を承認してくれたのも専務その人であった。
「昔からって……まるで昔馴染みみたいな言い様ね」
うーん、お前のような勘のいい子どもは可愛げがない。
「まあ、それよりお前は専務のこと苦手じゃないのか。高校生からしたら校長や学年主任みたいなもんだろ」
「そうかしら、私は結構好きよ」
俺としてみれば奏の回答は意外なものであった。慣用句として『女の敵は女』と言ったりするものだが最近は違うのだろうか。
「昨今女性の社会進出が騒がれる中で、専務のようなオトナの女性がリーダーシップを発揮する姿って素敵じゃない。歯に衣着せぬ物言いで周りを圧倒させるけど、先まで見据えたその眼光にはむしろ憧れを抱くくらい」
高校生のクセに目の付け所がシャープ過ぎる発言ではなかろうか。
「確かに専務の豪腕っぷりには驚かされるが、実績を伴っている分俺も尊敬はしているよ」
それは紛れもなく俺の本音から出た言葉だった。だけど、その言葉に続いたものは俺の弱音でもあった。
「でも、あの人の期待に応えるためには背負うべき責任もその分大きくなるじゃないかな。俺もお前もさ」
「何を言ってるのよ、そんなの望むところじゃない。だって……」
奏は吸い込まれそうになるくらい曇りの無い瞳を俺に向け、そして軽々と言い放つ。
「プロデューサーさんとなら、どんな壁でも乗り越えられるわよ。きっとね」
彼女の自信に満ちたそれでいて不敵な笑みに俺はいつも助けられていた。そうやって不安を抱える俺の背中を奏はそっと押してくれていることに俺は最近気付かされた。
などと雑談で時間を費やしているうちに約束の時間が訪れたので、俺は意を決して立ち上がり、専務室のドアをノックする。
「入りたまえ」
専務の返事を待って俺は恐る恐るドアを開けた。
「失礼します」
専務室ならではの豪華な机の奥で、これまた立派な椅子に座って書類に目を通している専務の姿がそこにはあった。
「君か。久々だな」
専務は立ち上がり、俺たちを出迎えた。
「ご無沙汰しております、専務」
部屋の中央まで入ると俺は専務に深々と頭を下げた。後ろに連れてきた奏も専務に顔を見せると軽く会釈をした。
「速水奏か。最近の活躍はかねがね聞いている。君の放つ輝きは我が社を照らす十分な糧となっている」
「おかげさまで。でも私の輝き、この光は本当に"ここ"にふさわしいものなのでしょうか」
「ほお、君は自分の光を何だと思っているのだね」
「私の光は月の光。影があってこそ輝く光。影に想いを募らせることで輝きは妖艶さを増すもの。それを私だけの輝きとして追い求めていきたいと考えています」
「大いに結構だ。アイドルという幾万もの星々の中でいつも絶やさぬ光を君には期待している」
専務の急な問いかけに、奏はひるむことなく自分の有り様を示した。それは専務にとって期待を上回る回答だったのだろう。その証拠が専務のその表情から窺い知れた。
だが、よくわからないフリースタイルポエムバトルはまたの機会にして頂けますでしょか。
「そして君もご苦労だった。特にプロジェクト・クローネへのサポートに関してはいつも感謝している」
「いやいや、本当にこいつら自身によるもので俺は、いや自分は大したことは何もしてないですよ」
「なに、謙遜するな。その子のように自分の行いには誇りを持ちたまえ。アイドルを正しく導いてこその成し得た結果なのだから当然君の成果でもある」
謙遜するなとか、奏も最近同じようなこと言ってなかったか。
「ただ担当アイドルとの距離感については節度を持ち、我が社の名に恥じぬよう勤めてもらいたい」
「……おっしゃる通りです」
やはり専務の耳にも届いていらっしゃいましたか。俺の背中からは嫌な冷や汗がゾワっと滝のように流れ始めた。これ以上はやぶ蛇なので話題を変えて早く用件を聞いてしまいたい。
「ところで専務。本日は一体どのようなご用件で」
「その件なのだが待ちたまえ。まだ役者は揃っていなくてな」
役者? つまり俺と奏以外にも誰か呼んでいるということなのだろうか。
まもなくしてドアのノック音が聞こえた。専務が返事をして入室を促すと、
「失礼致します」
と、女性の声が……ん、この声は……。
入室してきたのはブラウスの上には薄手のジャケットを羽織り、下はスリムパンツ、髪はショートのワンレングスボブでキリッとした瞳の女性のプロデューサーであった。
俺と目が合った彼女はこちらを一瞥するも、まるで知らん顔といった様子……に他人からは見えるだろうが俺は見逃さなかった。わずか一瞬ではあるがこの女は俺に対してとてつもない敵意を向けたことを。
よりによってお前かよ……また面倒くさいのがやって来たな。
だが彼女は誰も連れてはいなかった。よもやプロデューサーだけ呼ばれるはずがないだろう。当然俺と同じことを考えていた専務が先に口を開いた。
「彼女はどうした。一緒に来るようにと伝えておいたはずだが」
「実は部屋の外で電話をしてまして……」
専務を待たせて電話とか良いご身分だな……と思ったが、部屋の外から聞こえる怒鳴りにも近い話し声に俺はその"事情"に納得せざるを得なかった。
「はぁ? ヤベェのはお前のその考えだろ。ビジネスはスピードが命。それキホン。アタシと電話している暇あったらさっさと行動に移せよ」
と、相手を一刀両断する物言いで会話は終えると、"彼女"は何も悪びれる様子も無く「どうも」と言わんばかりの軽い態度で部屋に入ってきた。
この喋り方で、しかもこの状況で物怖じをせず堂々としていられるアイドルを俺はひとりしか知らない。いや、直接話したことは無いが常々噂には聞いている。
そう、彼女の名は桐生つかさ。
ギャルで、社長で、そして奏と同じく女子高生。只者ではない。
『速水奏との歩き方』
嵐の襲来とともに、物語は動き始める。