速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正


1.アイドルたる君たちの義務

 ついに役者は揃った。

 専務を筆頭に、俺と奏、桐生つかさと彼女の担当で、俺の同期入社の同僚でもある女性プロデューサーの大河内マホの五人である。

 専務室には妙に張りつめた空気が漂っていた。それも当然だ。専務から直々に呼び出されたとあれば、誰しもそう落ち着いてはいられない。無論、当の本人の専務もそれは理解していることだろう。

 だからその空気を断ち切るように専務は高らかに声を上げた。

「君たちに集まってもらったのは他でもない。仕事の依頼だ」

 重々承知していたことなので、皆に驚きは無い。

「桐生つかさと速水奏」

 ただ問題はその内容にある。

「君らのどちらかにゴールデンタイムに生放送される音楽番組にアーティストとして出演してもらいたい」

 ……これまた難儀な案件を持ってきたものだ。

「それでしたら、メディア慣れしているうちのつかさがふさわしいかと」

 マホの奴、やはり先手を仕掛けてきたか。ここでこちらも「いえいえ奏を」と言うのは容易い。が、肝心な部分がまだ見えていなかった。

「専務、いくつかよろしいいでしょうか」

 真意を探るべく俺は専務にいくつか疑問をぶつけることにした。

「云いたまえ」

「放送はいつでしょうか」

 当分先のようであればそれなりの準備期間を設けられるが、仮に明日明後日レベルの場合は話にならない。しかし専務ならそんな案件すらも持ってきかねないのも事実である。

 だからこその専務案件だ。「我が社のアイドルならやれて当然」と言った風にだ。

 でも、まだそこまでのチャレンジを奏に課すことは今の俺には出来そうにない。奏を信用していないわけではないがまだ時期尚早だ。

「二週間後だ」

 二週間後。微妙な期間ではあるが、奏ならうまく仕上げることが可能な期間であろう。

「つかさ、スケジュールの方は大丈夫かしら」

「リスケすればいいだけだから余裕っしょ」

 しかしどちらを選出するかの社内コンペ込みで考えるとあまり悠長に考えていられる期間でもない。

「あと何故この二人が候補に上がったのでしょうか。そして何故音楽番組なのでしょうか」

「それ今聞く必要があるの?」

 と、マホが口を挟もうとするも、専務は「まあ待ちたまえ」と言うかのように手で静止を促した。

「桐生つかさは経歴からすでに大手メディアでも注目されている。その彼女がアイドル業界に進出したということで世間の関心も高く、非常にニュースバリューのあるものになることが予測される」

 アイドルというよりはギャル社長という面ですでに注目されている桐生つかさ。

「一方、速水奏は先のオータムフェス以来、徐々に注目度が上がってきている。雑誌やローカル局などの仕事も増え、そろそろ全国区での活躍を視野に入れる必要が出てきたと上層部では考えている」

 これから注目を浴びる速水奏。

「そしてアイドルが伝説であった時代、アイドルを象徴するものとしてそこには音楽があった。民衆は星のように輝くアイドルの歌に心を奪われ、自然とレコードもヒットしその時代を代表するものとなっていた。アイドルという星が煌く物語には音楽は切っては離せないものだ」

 専務の力説から非常に野暮なことを聞いてしまったことを俺は強く反省した。専務のアイドルに対して向き合う姿勢は『経営者として』だけではなく、業界全体に対して一筋の光を照らすための『専務の信念そのもの』を感じたからだ。

「満足の行く回答だったかね」

「大変失礼致しました」

 さて、問題はこれからだ。

 二人の方向性は違う。つまりこれは『競合しない』と言えるのではなかろうか。ならばここでわざわざ二人が争う必要はあるのだろうか。

「どちらかってのは何かもったいないですね」

 これは思わず出てしまった言葉ではない。俺は意図して言葉にしたものだった。

「では代替案を出してみたまえ」

 専務の厳しい言及が迫る。

 でも、そこで口を開いたのは奏であった。

「ユニットを組ませて二人とも出演させるってことかしら」

 そう、俺が考えていることを奏が代わりに口にした。

 どちらかを出したいけど、どちらかしか出せない。ならばひとつのユニットとして二人を出してしまえばいいという単純な話。さすが俺の担当アイドル、こちらの意図を理解したようだ。

 正直なところ、つかさのバーター扱いでも構わない。扱いがなんであれ全国区で奏をお披露目するチャンス、しかも事前準備が出来る状態ならこれを見逃す手は無い。もう活躍出来るだけの経験値は積んできている。欲しいのはきっかけだけだ。今回はチャレンジに値する案件ではないだろうか。

 だが、奏自身はそれで良いのだろうか、そんな疑念が頭を過ぎる。奏の発言はあくまで俺の意図を汲んでのものだろう。

「あなたね、何言ってんの。そんな付け焼刃でうまく行くわけないでしょ。ましてやつかさはユニット組んで他人と合わせている時間なんてないのよ」

 当然のようにマホが口を挟んできた。慎重派のマホとしては外部要因である速水奏がどう転ぶかわからないため、その提案は気に食わないのだろう。

 だがマホが担当するアイドル、その本人の意見は違っていた。

「いや、余裕っしょ」

 つかさの判断はマホを上回るものであった。何を持って余裕と言っているのかは知らないが、本人としては勝算があってのことだろう。案外向こうのアイドルも話がわかるのかもしれない。

「それに曲はどうするの。今からどうやって楽曲を制作するっていうのよ」

 それでもマホは食い下がってきた。お前、自分の会社をナメてるだろ。さすがにその点についてはカウンターをお見舞いすることにした。

「ソロ曲やユニット曲以外にもうちにはアイドル各人のパーソナルカラーに合わせた属性曲や、アイドル部門としての全体曲などいくらでもあるだろ。全国へのお披露目って意味なら別に新曲に拘る必要はなくないか?」

「それでも無理よ。圧倒的に時間が足りない」

 時間の問題なのだろうか。

「マホ、お前自分のアイドルのこと信じてないのか。本人が出来ると言うんだからそこを汲み取ってやるのがプロデューサーってもんだろ」

 俺の言葉にマホは苦虫を噛みつぶしたような表情を見せた。だからその表情を更に歪ませるため、追い討ちを掛けることにした。

「お前ら二人はどうしたい」

 アイドル二人にこの先の展望を尋ねることにした。

「アタシは構わねーし。誰と組もうと組まなかろうと、やることはひとつだろ」

「私も同意見ね」

 勿論二人ともやる気満々である。

「と、言うわけで専務。本人たちのアンドも取れたわけですし如何でしょうか」

 俺たちのやりとりを終始黙って聞いていた専務に結論を求めた。

「そうだな。君たちがそれでいいのならその提案を認めよう。どちらを選ぶか社内コンペにかける手間も省ける。極力無駄は省いていきたい」

 そもそも論として合理主義者の専務が中途半端な状態で我々を呼び出すはずがない。いつもなら決定事項をこちらに伝えるだけで済ませるはずだ。それにも関わらず今回顔を合わせまでしたということは、何かしら秤にかけたものがあるとは考えられないだろうか。

「君たちには期待している。ただし、やるからにはそこに妥協や失敗は許されない。挑戦するのは良いがそこだけは履き違えぬように。"ノブレスオブリージュ"。それがアイドルたる君たちの義務だ」

 そして専務を納得させるに足る『解』にうまく辿り着いたようだ。

「始める前から負けたときのことを考えるような保身には走りたくねーし。負けたら考えればいい。今は勝つことだけ考える、それだけっしょ」

「そうね。飛ぶことを恐れて翼を広げない鳥なんて居ないわ。それは私たちアイドルも同じよ」

 負けないための行動を取る保守的な大人とは違って、勝つこと、前に進むことを堂々と選べる若者の判断は素直に賞賛に値する。

 でも如何せん二人ともクセが強いため、どこかで衝突しなきゃいいけどな。

「では以上だ。私はこれから別件の会議あるので失礼する」

 そう言って専務は部屋を出て行くと、一気に緊張の糸が解れるのがわかる。やはり専務相手にするのは疲れるな、と俺は安堵の息をつく。

「それにしても桐生さんだっけ、専務相手にタメ口とか恐ろしいな」

 奏も途中つられてタメ口になってはいたが。

「さすがにクライアントだったら演技してでもちゃんとするけど、単なる上司だろ。下手に取り繕うよりはタメ語でも自分の本気をぶつける方が話は早いと思ってな。ああいうタイプの人間相手にはな」

 専務を単なる上司呼ばわりとか十代こえーな、おい。そう言いつつも専務の性格を見抜くあたり、社長業やっているだけあって見る目はあるようだな。

「あんたもあんたで話がわかりそうで助かるわ」

「桐生さんほどでもないぞ」

「その桐生さんってのやめてくんねーかな、つかさでいいよ。そうアンタもえっと……」

 と、言ってつかさは奏の方を向く。

「速水奏。奏でいいわ、つかさ」

「おっけー、奏」

「じゃあ俺もつかさちゃんって呼ぶんでよろしく」

 俺はとびっきりのウインクをつかさに飛ばしてみせた。

「うわー、なんかそのノリきもいわー」

 自業自得とは言え、若い子にきもいって言われるのはおじさん傷つきます。

「なんだよ、調子いいヤツだな。口だけじゃなくてちゃんとやれるのか」

 言われっぱなしも癪なので反撃に出ることにした。

「調子良くなきゃ社長もJKもアイドルもやってらんねーっての。それにな」

 つかさの瞳はまっすぐと俺の方を向いた。

「やれるかじゃねーの、やるの」

 本当に自分をしっかりと持っている人間の瞳は誰も彼も曇り一つ無いんだな……そのビックマウス頼りにしているぜ。

 すると奏が俺のスーツの裾を引っ張ってきた。

「ん、どうした奏」

「楽曲についてなんだけど」

 そう言って奏は俺に耳打ちをしてきた。

「……あの曲か。え、お前結構気に入っているのか」

 返事の代わりに奏は首を縦に振った。

「なんだよ、内緒話かよ」

 つかさが不満げに言ってきたので今度は俺がつかさに耳打ちをした。その最中に奏が袖を強く引っ張ってきたが無視した。

「あーそれな。いいんじゃねーの。気高きアイドルたちの歌って感じでアタシも結構好きだわ」

「じゃあ決まりだな」

 楽曲に対する心配はこれで解消したわけだ。なら次は……。

「マホ、あとでつかさちゃんのスケジュール送ってくれ。それに合わせて俺がスケジュール組むからよ」

「あなたね」

「言いたいことはわかるが本人たちがやる気なんだからいいじゃねーか」

 それでもマホはまだ納得していないようだった。

「ましてやあの場で代替案を出せなかったお前が悪い」

「……ふん、相変わらずあなたってデリカシーに欠けるのね」

 冷ややかな目つきであしらわれてしまった。はいはい、言ってろ。

「それよりこの後時間あったら、ちょっと顔貸してくれるかしら」

 面倒事になりそうな予感がするな。

 

 

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