速水奏にまつわるエトセトラ   作:ふぉるせな

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2017/4/15 誤字脱字及び一部文言の修正


2.アイドルとプロデューサーの距離感

「この後時間あったら、ちょっと顔貸してくれるかしら」

 マホの言葉に、つかさは何かを感じ取ったのか、

「マホさん、アタシこの後も仕事あるから先に上がるわ」

 そう言って足早に専務室を出て行った。

 同じように面倒事の気配を感じた俺は懐からプロジェクトルームの鍵を取り出し奏に手渡した。鍵を渡された奏はきょとんとした顔をしていた。

「先にプロジェクトルームに戻っててくれ」

「これ、渡しちゃっていいの」

 奏は渡した鍵を目の前で振り子のように揺らす。基本的にプロジェクトルームの鍵の職員のみが持つことが許されており、たとえ所属タレントであろうと所持は許されていない。

「少しマホと話あってな。他に誰か来るかもしれないしお前なら任せられると思って」

「そう。なら任されることにするわ」

 と、どこか嬉しそうに言って奏も颯爽と部屋を出て行った。

 マホが怪訝な顔で俺と奏のやりとりを見ているのに気付いたが、特に何も言ってはこなかった。

 そして残された俺とマホも専務室を出て、エレベーターへと足を運んだ。

 

 

 俺は途中自販機で缶コーヒーを買ってから喫煙室に入ると、先に着いていたマホは手に持っていたポーチから煙草を1本取り出し、ライターで火をつけて吸い始めるところであった。

 そして一息ついからマホは俺を一瞥すると何かに気付いたようだった。

「あなた煙草は? 忘れたの」

 俺は缶のプルタブを開けてコーヒーに口を付ける……そう言えば知らないんだったな。

「いや、俺もう煙草辞めたんだ」

「そうなの」

 マホは意外そうな顔をした。

「お前はお前でいつの間にか吸い始めたんだな」

 そして俺の言葉にその顔は呆れた表情へと変化した。

「……こんな業界に居たら吸わなきゃやってられないわよ」

 その言葉の最後には深い溜息が付け加えられ、吐き出された煙草の煙が長く辺りを漂っていた。相当ややさぐれた生活を送っているのがわかる。

「あなた、さっきの奏って子のこと気に入っているみたいね」

「気に入っているというか何と言うか」

「あの子と寝たの?」

 あまりにも直球な問いに俺は思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。

「んなわけねーだろ。バカか」

 ないない。さすがに未成年に手を出すのは……ねっ?

「バカとは何よ。別にあってもおかしくないでしょ。あの子くらいの年頃は年上の異性に憧れるものよ。ましてや世の中にはそれを食い物にするオトナも居るじゃない」

 まるで「誰かさんみたいにね」と言わんばかりの口調であった。

「そんなヤツらと俺を一緒にするなっての」

「本当に?」

「あたりめーだよ」

「……私とはすぐ寝たのに」

 今度はさすがに我慢出来ず飲んでいたコーヒーを噴き出してしまった。唐突な爆弾を投下してくれるな。

「汚いわね」

「俺はお前が急にって、ちょっと待て。それとこれとは話が違うぞ。だって俺らは……」

「付き合っていたわけだしね……すぐに別れたけど」

 そう、マホは俺の同僚であり、そして元カノでもあった。色々あってあまり長くは持たなかったが。

「もうそんな昔の話を穿り返すような年齢じゃだろ、俺たちは」

「そうよね。ただ……あの子、あなたのことかなり好きそうじゃない」

 余計なことは言わず黙っておく。

「あなたの意図を見越して、あの場でああいう発言が出来るところも中々よね」

「まぁ、そこはプロデューサーとアイドルの間で良い信頼関係を築いていると言ってもらいたいな」

「ふん。あなたのこと理解してますよオーラ、本当ガキのくせに腹が立ってくるわ」

 マホは吸っていた煙草を強く灰皿にこすりつけ、吐き捨てるように言い放った。大人気無いことこの上ない。

「お前だってつかさちゃんと信頼とか信用とかそういうのあるだろ?」

「つかさとの間にはそういうのを前面に押し出す必要なんて無いの。つかさもビジネスマンだから効率がすべてってわかっているわ。うまく仕事が回れば信頼も信用も後からついてくる。初めからそれありきにする必要なんて無いのよ」

 そうだろうか? じゃあ俺に対して「話がわかる」って言ったのはどういうことだよ。少なくとも「効率」よりも「理解」を求めている節があった。

「プロデューサーなんてアイドルの適性を見抜いてその子にあった仕事を分配する、それだけで十分でしょ。そこに余計な感情は要らないの。それこそ何人も担当を抱えているんだから全員に対して平等に親身になるなんて無理な話よ」

 明らかに語尾が強めなのが聞いて取れた。なんでそんなにイラついているんだ。

「下手に懐かれてでもして、もしその子たちの夢が叶わなかったらどうするの? 一緒に泣いて落ち込むつもり? 最後は自分の身を滅ぼすだけよ。あなたもわかっているはずよね。それで同期が何人も辞めていったのか」

 沢山居た同期も今では俺とマホともう一人の三人しか居なくなってしまった。退職の理由は様々であったが、優し過ぎて心を病んだ者も少なからず存在した。

「あなたと奏って子の距離感はあの場だけで理解したわ。その上であなたたちの馴れ合いは見てられないのよ」

 マホの言っていることわからなくもない。俺だってそう思っていたさ。でも俺たちの間には"その時期"はとうに終わったんだよ。残念ながらお前のお説教も周回遅れの話でしかない。

「はいはい。深く受けてさせていただきます。そんなことより今優先すべきは」

 これ以上は面倒なので、俺は話題を変えることにした。

「つかさちゃんのスケジュール、戻ったらすぐメールくれ」

「あなたが思っている以上につかさには時間無いから覚悟しておいてね」

「ああ。今回一回限りのユニットだとしても、全力で迎え撃つ。その調整をするのが俺たちの仕事だろ」

「あなた、変わったわね。あの子が変えたのかしら」

 正直、間違ってはいなかった。

 

 

 プロジェクトルームに戻ると奏の姿はなく、代わりに宮本フレデリカがそこには居た。

「フフーン! プロデューサー、フレちゃんだよ」

 勿論存じております。

「奏はどうした」

「お花を摘みに行っちゃったよ」

 あー、はい。

「鍵はちゃんと受け取ってあるからね」

 フレデリカは座っているソファの前のテーブルにわかりやすく置いてある鍵を指差して言った。

「ポケットに入れたらフレちゃんマジックで時空の彼方に飛んでいっちゃうからね」

 それはとても良い判断、英断です。

「奏ちゃんに『大切なものだから絶対に失くさないで』って念を押されちゃった。自分が預かったのに席外していいか悩んでて奏ちゃんすごく可愛かったよ」

 あいつ、他のアイドルの前でもそういう表情見せるのか。

「そういやこの後だけど……」

「フレちゃんは一旦席外した方がいいかな」

 空気読める子フレデリカ。

「わりぃな、終わったらすぐ呼ぶから。その後に明日の仕事の打ち合わせな」

「大丈夫だよ」

 いつものような陽気なノリで返事をするフレデリカ。

「あと奏ちゃんのことお願いね」

 ただ一瞬マジメな表情をする。フレデリカなりの合図だろうか。

「……奏になんか言われたのか」

「ううん、なーんにも。でも奏ちゃんってすぐ態度に出るもん。美嘉ちゃんくらいわかりやすいよね」

 本当にわかりやすいLiPPS十七歳コンビ……そうか、ちゃんと話さなないとな。

「お前も無理すんなよ」

「え? 無理ってどういうことかな。フレちゃんはいつもパワフル元気だよ」

「お前が一番ポーカーフェイスだからわかり難いんだよ。辛かったらちゃんと声に出せよ。相手に迷惑になるとか考えるな」

「そんなことないよー! 全然辛くないよ。それどころかみんなと一緒に居られてすごーく楽しい」

 でも俺はおどけて返すフレデリカを無視して言葉を続けた。

「特に志希あたりがすごいからって萎縮すんなよ。あいつは規格外だからそこはもうしょーがない」

 志希の名前を出した途端、フレデリカはピクンっと体を震わせたのが見てとれた。

「志希は割とそういうの気にしないから、あいつに気を遣わずちゃんと口にしろよ。その方がよっぽどお互いのためだ」

 何か言いたい、でも言い出せないそんな困り顔をフレデリカはしていた。

「それにどんなに小さい声だったとしても、絶対俺がお前の声を拾ってやるからな」

 そんな困り顔のフレデリカの奥底に俺の声が届いたようで、表情はとびきりの笑顔に変わり、

「ありがと、プロデューサー」

 と、言ってくれた。

 

 まもなくしてドアが開き、プロジェクトルームに奏が戻ってきた。するとフレデリカはおもむろに伸びをして立ち上がった。

「あら、フレちゃん。どうしたの」

「ちょっとお散歩行ってくるね。バイバーイ」

 そう言ってフレデリカはプロジェクトルームを出て行った。

「フレデリカったら、忙しないのね」

「でもいいヤツだぞ」

「何を今更。そんなこと知っているわよ」

 呆れつつもどこか優しさを帯びた表情の奏だったが、何かに気付き、見る見るその表情が変わっていった。

「煙草の匂いがするわね」

「さっきマホに連れられて喫煙室行ってて。あいつ、いつの間にか吸うようになってたし」

 俺がそう言うや否や、

「ねぇ、スーツ貸して」

「お、おうよ」

 言われるがままに俺はスーツを脱いで奏に渡す。するとすぐに奏はどこからとももなく消臭スプレーを持って来て俺のスーツに消臭スプレーをかけ始めた。一通りスプレーをかけると、スーツの匂いを満遍なく嗅いで確認し、

「これで大丈夫ね」

 と、言ってスーツを俺に返した。

「わりぃな」

「私たちならまだしも、小中学生もここに立ち入るんだからあまり匂いが残るようにしたらダメよ」

「ごもっともです」

 母親みたいなこと言うな。そんな事言われたことないけども。

「……匂いを持ち込まないで」

 でも、そこまで深刻に言う事か。女心はよくわかりませんな。

「そうだ、プロデューサーさん。さっきの仕事のことも含め色々聞かせてくれるかしら」

 

 

 

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