その出会いは間違っていないだろう   作:GENZITUTOUHI人

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いろいろあって遅くなりました、第3話です。
心情描写を苦悩しながら工夫したつもりなのですが、少しはマシなっているでしょか?
ちょっとでも、ご指摘頂けた嬉しいです。

では、どうぞ。



第3話 発揮

 次の日の朝。

 

「……ん」

 

 ベルは昨日約束した通り、いつも起きる時間の五時、その十分以上前に起きた。

 ベルとソウジは基本どちらとも朝が早い。二人とも故郷では朝早く起きて農作業や水汲みなど、早朝から働く生活習慣が体に染み付いており、その影響で体内時計が早い時間に覚醒を促してくるのだ。

 

(ソウジ、もう起きたかな…)

 

 ゆっくり頭を巡らし、今自分が横になっているソファからテーブルを挟んで向こう側を確認すると、意外にもソウジはまだ一人用の小さいソファの上で横たわって体を丸め、目を閉じていた。

 この廃教会地下の秘密部屋――【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)はあまり広くなく、ベットが一つしかない。普段は神様にベットを使って貰い、自分とソウジは三人掛けの長いソファと一人掛けの小さいソファに交代交代で寝ている。

 神様は当初、ベットは広いのだからどちらか一人ずつ交代で、もしくは三人で寝ようかと言ってくれたのだが、三人一緒に寝るのは流石に窮屈になるし、それに神様と一緒のベットで寝るなんて恐れ多いですと、二人とも丁重にお断りした。

 そろそろ起きようと体を起こそうとすると、胸あたりから下にかけて違和感を感じた。

 はて? と目線を自分の体の方へ向けると被っているシーツが丸く盛り上がっている。それだけで事情を察し、苦笑いを浮かべる。

 

(神様……また寝ぼけちゃったのかな?)

 

 シーツを少しめくると、思った通り神様(ヘスティア)が自分の胸のあたりであどけない顔で寝息を立てていた。

 あまり多くはないのだが、ベルやソウジが寝ていると、こうやって三人掛けのソファで寝ている方に寝ぼけてしまってなのかこうやって潜り込んでくることがある。

 こうやって見ていると、失礼だとは思うのだが、小さくて、妹がいたらこんな感じなのだろうかと頭で考えつつ、つい自然とその頭に手を置いて撫でてしまう。

 こうやって湧き上がる庇護欲に従って優しく頭を撫でていると、心が洗われていくような気分になり、とてもほっこりするのだ。

 

(あぁ、癒される……)

 

 若干心中悶えながらエネルギーを充填し、さぁ今日も頑張ろう、と今度こそ起きようと体を動かす。

 すると、お腹のあたりで、むぎゅ、っと寝ている女神様の柔らかくて圧倒的質量を持つ「ソレ」が潰れた。その現象を見て一気に顔を赤くし、急いで起きようとすると――

 

「――ベル」

 

「ひゃいッ!?」

 

 いきなり声をかけられ吃驚し、慌ててでソファから離脱する。そのとき神様と体を入れ替える際迅速に、そして起こさないように優しく丁寧に扱うことを忘れてはいない。

 そうして床に立ち、ぎこちない動作で振り返ると、いまだソファで体を丸めて横になっているソウジが鼻下まで覆ってるシーツをそのままに、寝ぼけ気味の半目でこちらをジーと視ていた。

 

「……ベル、おはよう」

 

「う、うん。おはようソウジ」

 

 ソウジは体を起こし、眠たげに片手で目を擦りながら挨拶してきた。ベルも若干動揺しながらも、声を返した。

 

「……ごめん、結局いつもの時間になって…。昨日興奮で、なかなか寝つけなくて……」

 

「あ、あはは。気にしなくていいよ。僕も気持ちは分かるし」

 

「…じゃあ、行こう」

 

「そうだね」

 

 神様を起こさないように、静かな声で会話しながら顔を洗って、着替え、武器や鎧を装備していく。

 準備が終ると、二人で静かに行ってきますと挨拶し、ドアを開けてすっとホームを後にした。

 

 

 

 ▼ ▲ ▼

 

 

 

「――ベルは『ハーレムを作るっ!』、なんて言う割には、本当に純情だよね……」

 

 ホームを出て、ダンジョンへ向かって朝の喧騒のほとんどないメインストリートを歩いていると、ソウジが唐突にそう言い放ってきた。

 

「……え?」

 

 いきなり言われたことの意図を考え、今朝の起き抜けのハプニングが脳裏に浮かび上がる。そこまで考えて、見られていたのかと恐る恐る、といった風に、隣を普段通りの顔で歩く相棒に問いかけた。

 

「……いつから?」

 

「ベルが神様の頭を撫でてるところ、から?」

 

 主語のないこちらの質問を瞬時に汲み取り、ソウジは即答する。

 ベルはガクッと頭を落とし、情けなく項垂れた。

 別にソウジは批難や注意の意図を持って言ったわけではない。自分もあの状況になったら赤面するし、庇護欲そそられる気持ちも分かる。

 だがこの半月、一緒に過ごしてきた大切な親友の様子を見ていて、ふと思ったのだ。

 

「でも、ハーレムはやめといた方がいい……。嫉妬した女の人は最凶で最恐。死んだお祖母(ばあ)ちゃんも言ってた」

 

「かっ、神様はそんなんじゃないよっ! あ、でも、僕のお(じい)ちゃんもやんでれ? あれだけはダメじゃ。なんて言ってたな……」

 

 遠い目をして一度ブルッと震えてそう言うソウジに、ベルは焦って返す。その後、おもむろに顎に人差し指を当てて、うーん、と思い出すように呟いた。

 

 自分とソウジの考え方は結構似ている。趣味や話し、意見もほとんど合って食い違うことはない。お互いの故郷での暮らしの話をしたとき、育ちも似ている感じで、そのせいかな、と思ってたりする。

 だがこれだけは毎回話すと意見が分かれた。

『ハーレム』の是非。

 ソウジも不純だとか不誠実だとかという理由で断固反対!っていう訳ではないが、この話題になるとどこか心配するような、労わるような視線をこちらに向けてきて、『やめておいた方がいい…』と諭すように言ってくる。その際、例外なくどこか遠い目をし、体は幾度かぶるぶる震える。

 その様子を疑問に思って前に質問したのだが、曰く、育ての親から刻まれた唯一のトラウマ、らしい。

 

(やっぱりハーレムとやんでれって、結構紙一重なんじゃあ……)

 

 むむむっ、業の深い命題だ…。と心の中で低く唸る。

 そんなふうに会話しながらダンジョンを目指していると、

 

「「……ッ!?」」

 

 ばっ、と二人同時に振り返った。

 

「……ソウジ、いまの感じた?」

 

「……うん。すごく、ゾクッとした」

 

 ……とても嫌な感じがした。

 いきなりなんの前触れもなく、無遠慮に、どこかこちらの全身を余すところなく()め回し、覗き込むような……、そんな感覚が体を急襲した。

 気が動転したままあたりを見回すも、特にそれらしい人影はない。少し見て、視線を相棒と合わせるも、フルフルと首を振っている。

 

――気のせい……?

 

――う~ん……?

 

 目で意思疎通する。

 少し早くなった動悸を耳にし、不信な感情を拭えないながらも、二人とも元の進行方向に体を向け直した。

 

「あの……」

 

「「!」」

 

「きゃっ!」

 

 唐突な後ろからの声に、今の今でということですぐさま反転して身構えてしまう。

 するとそこには驚きの表情を浮かばせた、ひとりのヒューマンの少女が立っていた。

 服装は白いブラウスと膝下まで丈のある若葉色のジャンパースカートに、その上から長目のサンエプロンをしていて、容姿は薄鈍色の髪を後頭部でお団子にして、そこからぴょんと垂らすようなポニーテールの亜種みたいな髪型をしている。

 同色の純真そうで可愛らしい瞳が軽く見開かれ、こちらの起こした挙動に反応を示していた。

 その無害そうな様子を見て、先程感じたあの視線の主ではないだろうと断じ、やってしまった、と思いながら慌てて頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

「すみません、驚かせてしまって……」

 

「い、いえ、もとはと言えば、私がいきなり声をかけてしまったのが原因ですし……」

 

 ソウジも申し訳なさそうに頭を下げる。

 そして少女も、お気になさらず、と笑顔で体の前で手を振ってそう言ってくれた。

 

「えっと、僕達になにか?」

 

「あ……はい。これ、落としましたよ」

 

 尋ねて、そう返答と一緒になって差し出された手のひらの上にあるのは、小さな『魔石』。

 それを見て腰の巾着を確認しながら、あれっ? と声を零してしまう。

 

「――換金、し忘れた……?」

 

「昨日全部やったハズなんだけど……」

 

 お礼を言いながら受け取る。それと同時に、自分のお腹から、グゥ、と情けない音が鳴った。

 

「……」

 

「……」

 

「……そう言えば、朝ごはん忘れてたね……」

 

 キョトンとした顔を浮かべる少女。

 赤面する僕。

 その音を聞いて、自分のお腹に視線を落とし擦りながら、思い出したように言うソウジ。

 

(はっ、恥ずかしっ……!)

 

 すぐにふっと彼女が笑い声を漏らし、それを見て心の中で羞恥のあまり悶絶する。

 

「もしかしてお二人は、冒険者の方々ですよね?」

 

「……はい。今からダンジョンに向かう予定、です」

 

 恥ずかしさのあまり俯いてしまった自分の代わりに引き継ぐようにソウジが答えた。

 それを聞いて彼女は考えるような仕草をした後、ちょっと待ってくださいね、と言ってぱたぱたとこの場を離れ、向かいのお店らしきところに入って行き――消える。

 しばらく待っていると、そのお店の入り口から小さなバスケットを腕に抱えて戻ってきた。

 

「これ、よかったらどうぞ。大したものじゃありませんが……」

 

 そういう言葉を添えられて差し出された物の中身を確認すると、チーズと小さめのパンが4つ入っている。

 

「これは……貴方の朝ごはんでは?」

 

「そっ、そうですよ! 初対面の人にこんなっ……とにかく悪いです! 頂けませんっ!」

 

「気にしないでください。私の方は、お店が始まれば賄いが出ますから」

 

 遠慮して返そうとするが、この店員さんは少し照れたようにはにかんで、次には悪戯っぽい顔をしながらこちらの退路を塞ぎにかかってきた。

 

「本当に気にしなくてよろしいのですよ。その代わりに、今夜の夕食はぜひ当店で! 言うなれば利害の一致ですっ!」

 

「で、でも……」

 

「それに……お腹を空かせた人をこのまま見過ごしてしまうと、私の良心が傷んでしまいそうなんです。だから…」

 

 何というか、少し圧倒されていた。

 少し強かに商売っ気を押し出てこちらの遠慮を薄れさせ、そこから良心に訴えかけて逃げ道を作らないように建前を並べてきた。

 ここまでやられて、いや、結構です。なんて言えるほど僕の面の皮は厚くない。

 

「ダメ……ですか?」

 

 上目遣いで迫られダメ押しの一言を喰らう。

 それで勝敗は決まった。

 結局押し切られて負けてしまったが、気分はちっとも悪くない。

 ソウジと顔を合わせてお互い小さく破顔し、唇を緩め、改めてお礼を言う。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「……今夜、必ずお伺いします」

 

「はいっ! お待ちしていますね!」

 

 そのやり取りを最後に店員さんと別れ、頭の片隅に交わした約束を置く。

 心なしか軽くなって速まる足をそのままに、

 

 二人は再び、朝焼けに輝き、天高へ(そび)え立つ摩天楼を目指した。

 

 

 

 ▼ ▲ ▼

 

 

 

 摩天楼施設『バベル』は、このオラリオの中心に空く大穴――ダンジョンの『蓋』として機能している。

 『古代』と呼ばれる時代、世界に存在した『大穴』から溢れるモンスターが地上にのさばり、人類との終らない戦いが繰り広げられていた。

 ある時、突如として現れた怪物の大群。一度は蹂躙され怪物に席巻された地上を、人類は再び取り戻すため、様々な種族達が垣根を超えて手を組み、反撃に打って出たのだ。多くの者達が武器を手に取り、精霊の加護を授かり、覚悟を背負って抗った。

 そして一進一退の攻防を繰り広げ、徐々に戦況を押し返し、後世にて『英雄』と称えられる者たちの活躍にもよって、遂にその根源にたどり着く。

 そして訪れる、時代の転機。

 『神々』の降臨。

 文字通りの『超越存在』である彼等は天界で、変化の無い悠久の時を過ごすことに極度の退屈を覚え、人類が住むこの下界に、刺激を求めて降りてきたのだ。

 そんな娯楽に飢えたそんな神々が、人類に唯一明確に授けたものは、下界の子供達に無限の可能性を与える『恩恵』と呼ばれる力。これにより人類は急速に力をつけ、発展の一途を辿っていった。

 時代は流れ。

 古代、そして現代でも、『冒険者』とは、そんな危険な大穴に自ら飛び込み、そこに存在する富、名声、未知、様々な思惑や目的を、求め、切り拓き、掴もうとする酔狂者達を指す言葉である。

 雲を貫き天を衝く摩天楼やこの大都市を囲む巨大な市壁は、遠い昔から人類が戦い、盛衰を繰り返してきた名残りと発展の象徴(しるし)

 そんな脈々と続いてきた歴史の中で今日も、数多の酔狂者達がまた一人、また一人と壁の内で蓋を潜り、魅惑の穴へ誘われていくのだ。

 

 

 

 ▼ ▲ ▼

 

 

 

 昨日の夜から一夜が明け、朝から見舞われたちょっとした諸事を乗り越え、ようやく踏み入れたダンジョン。その1階層。

 道中、二人はいつもとはまた違った緊張感を孕みながら、時々遭遇する単体、もしくは二匹同時に現れたモンスターを倒していき、その階層の奥へ向かっていく。

 そしてある程度してたどり着いた場所で立ち止まり、両名は同時にゴクリ、と喉を鳴らした。

 

「……もう、いいよね?」

 

「……うん。いい、と思う」

 

 そこそこ奥まって、そう他の冒険者が通ることはないだろう場所。

 ベル、そしてソウジは示し合わせ、神妙なおももちで頷き合う。

 

 そしてやってきた、今日のメインイベント。

 

 ――――『魔法』の実演。

 

 『魔法』。そう、あの『魔法』である。

 英雄譚に憧れるならまず外せない重要な要素。敵を薙ぎ払い、味方を守り、傷ついた人々を癒す。様々な場面で鮮烈に輝き活躍する、英雄たちの切り札といってもいい代物。

 そんな『魔法』、それを生まれて初めて生で見られる。ソウジに至ってはソレを自分が発動するのだ。

 緊張しない、わけがない。強張った顔とは裏腹に、二人の胸の内はテンションの上昇のし過ぎでヤバイことになっている。

 シンと静かな洞窟にまた唾を呑む音が響き、反響する。

 そしてベルが顔を向けると、ソウジは決意を固めた目して、声を若干上擦らせそうになりながらも、言葉を発した。

 

「……じゃあ、いくよ」

 

「う、うん……」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………………………………………。どうやって発動させるの?」

 

 ズゴッ、と。

 ベルがズッコケてみせた。

 

「……いや、本当に。どうやって発動させるの、かな?」

 

「そ、そういえば、詠唱が載ってなかったんだよね……」

 

「うん」

 

 初手で(つまず)き、二人して腕を組んでうーんと立ち尽くしてしまう。

 しばらく考え込んで二人は結論に達し、思ったことを口にした。

 

「とりあえず、魔法名唱えてみればいいんじゃない?」

 

「まぁそうなる、かな……」

 

 先にそう言ったベルに、森育ち故にそっちの方が慣れてる、といった理由でダンジョン探索や長距離移動なんかの時は裸足であるソウジが、その場でその右足の爪先をトントンと突きながら同意する。

 地面を見下ろし、足を入れ替えて左足の爪先で同じように地面を突きながら考えを巡らし、ソウジは興奮から幾らか冷静になった頭で、顔を上げ、ベルに注意を送った。

 

「…とりあえず、やってみる。ベルは念のために少し離れてて」

 

「う、うんっ!」

 

 ベルは体の向きをそのままに5M程下がった。

 

 一度深呼吸し、高鳴る心臓を落ち着かせようとする。 

 そして意を決し、ゆっくりと、呟いた。

 

「……【グロリアス】」

 

 ――次の瞬間、

 

「「……おぉ」」

 

 思わず、感嘆が漏れてしまった。

 

 ――光が溢れた。

 

 この上なく透き通った青。

 朝日が顔を出す直前の雲一つない澄み切った空のように、快晴の下で静かに流れる清流のように。そんな広大な透明に、一滴の青が落ちて薄く薄く広がったような。

 清暉な輝きは体中から溢れ、揺らめき、薄暗い岩壁を炯然と照らす。

 試しに右腕を外に軽く振ってみると、腕の軌跡をなぞるように虚空に燐光が舞い、空間を彩った。

 

「すっ、すっごい綺麗だねっ!!」

 

「……」

 

 仄かに優しく、そして妖しく踊っているかのような純焔。

 そのあまりの美しさにベルは歓声を上げ、ソウジは感動で二の句を継げない。

 

(これが……、『魔法』……っ!!!)

 

 ひとしきり感動し、二人は浮足立った様子ではしゃいでいると、

 ビキッ。

 その音で頭が少し冷え、二人とも素早く警戒態勢に入った。

 音源と思われる方を振り向くと、近くの壁からゴブリンが生まれ落ちようとしていた。

 ゴブリン。ダンジョン最弱のモンスター、初心者の練習台。それが一匹。試すにはうってつけである。

 

「じゃあ、この状態で……戦ってみるよ」

 

 ソウジがそう言い、左肩の方の背から剣を抜いた。

 彼我の距離は5M強。生まれ落ちた瞬間を速攻で斬殺しようと体を前に傾け、疾走の構えを取り、地を蹴った。すると、今まで静かに揺らめいていた光がゴォッ! っと勢いを増し、猛烈なスピードで体を撃ち出した。

 

「っ!?」

 

 今まで体感したことない強烈な加速が体を運び、気づけば緑色の体皮に血走ったような黄色の眼の顔面がすぐ傍まで迫っていた。

 咄嗟に剣を前に突き出すが、ゴブリンの肉体はあっさり貫通され粉々に吹き飛ばされ、それでも勢いは止まらず、ソウジはそのまま頭から壁に激突した。

 物凄い音と衝撃が離れていたこちらまで伝わり、ベルは慌てて駆け寄った。

 ソウジはぶつかった壁の傍で尻餅をつき、顔を少し青くさせていた。

 

「ソウジ大丈夫っ!?」

 

「あ、危なかった……」

 

「怪我はっ!? 回復薬(ポーション)いる!?」

 

「――ファーストキスの相手がゴブリンになるところだった……」

 

「あ、そっち?」

 

 まぁベルにとっても、それは死ぬほど嫌だが……、一応、目立った外傷はないとみて脱力する。

 それからソウジも冗談だったのかそうじゃなかったのか分からないが、何事もなかったかのように立ち上がって落とした剣を拾い、魔法が発動したままの状態で、腕を伸ばしたり上げたり、顔を肩越しから背中に向けたりと、自分の身体を動作させ、あちこちに視線を移し体の状態を観察していた。

 

「でも、ソウジ。ホントに怪我とかしてない?」

 

「うん……なんか、ほとんど痛くなかった」

 

 やはり心配になったのか、ベルが脱力姿勢から復帰して不安そうな顔を向けるが、当の本人は微妙に呆けた顔で自分の体を見下ろしながら、大丈夫、と返す。

 

(移動速度の上昇に、防御力も上がってる……。さっきは咄嗟だったからはっきりとは分からないけど、多分攻撃も……)

 

 頭の中で魔法の効果を確認、推理していくと、また発動時のような、興奮で心が湧き上がるような衝動が胸の内を満たしていく。

 口元が緩む。さらに検証しようと、次の行動を思案しようとするが――

 

 ビキビキビキィッ!

 

 壁面から今まで聞いたことのない、大量の亀裂の入る音が響いてきた。

 

 本日二回目の悪寒を背筋に感じ、二人とも亀裂音の聞こえた、先程のゴブリンの産出した逆方向の壁に即座に目を向け身構えた。

 一回目は地上だったが、ここはダンジョン。

 振り向いてそこにいたのは不審者の見当たらない雑踏でも、可愛らしいウエイトレスでもなかった。

 

『『『『『『『『グルアァッ!』』』』』』』』

 

「コボルドが……八匹!?」

 

「……!」

 

 大量に発生したモンスター。

 その数にベルが驚いたように目を見開いた。ソウジは息を吸い、握った剣を持つ手に力を込める。

 冒険者になって約半月、ここまでの数のモンスターの集団を二人は初めて見た。通常、このあたりの階層ではモンスターは大抵一、二匹で徘徊している。この前のミノタウロスに追いかけられた日のように四匹以上で固まって徘徊している光景を見るのは片手の指の数程もなかった。

 そんな想定外の危険な状況にも拘らず、ソウジは妙に気持ちが凪いでいた。

 自分の頭の中で冷静に戦力差を冷静に計算し、視線はスッとコボルドの群れの状況の観察に固定する。

 

(相手は八匹、広めの通路に横一列で並んでいて、セオリーならベルと意表を突くなりして両サイドから先制。その後は減らした数に応じて一片に相手が戦えないような狭い場所に引きながら移るか、その場で背中合わせでお互いの死角を補いながら各個撃破。でも、さっきざっと見積もった魔法の性能に、ベルのフォロー、退路の確保もできる。未だはっきりしてないステイタスに明記されていなかった魔法のリスクやデメリットのことを可能性に入れても……)

 

「…………いける、か」

 

「ソウジ?」

 

「……さっきみたいに突っ込んでみる。ベル、後ろから来てフォローお願い」

 

「あの数だよ? 大丈夫?」

 

「うん……多分、いける」

 

 ベルと短く打ち合わせ、自分が提案した通り前に出る。そしていまだ魔法が持続しているのを改めて確認した後、ゴブリンの時の感覚を踏まえて加減を考えながら、安易に囲まれないように端から切り崩そうと一番左の相手を狙いを定め、一気に踏み込んだ。

 

「っ、フッ!」

 

 再び体に纏う純焔が勢いを増し、一直線に加速して移動し、光で包まれた素足が地面を削りながら踏ん張って急停止。

 同時に剣を持つ左腕を振りかぶり、こちらの速度に反応できていない相手に向かって渾身の力で水平に薙ぎ払った。

 

『――』

 

 一撃。

 斬撃の一閃。

 たったそれだけで、狙った個体を屠るにとどまらず、その横に続いて並んでいた二匹が追加でまとめて吹き飛んだ。

 通常攻撃とは一線を画すその威力に目を見開くが、まだ敵は残っている。

 すぐに気を締め直し、目元を鋭くして今の立ち位置から今度は縦一直線に並んだ集団を見据え、次の個体を狙い突貫した。

 

『グギャッッ!?』

 

 四匹目を袈裟懸けで振り下ろして両断し、続いて襲い掛かってきた五匹目に爆砕させない程度の力を弱めた上段蹴りを見舞い、他の個体とぶつけ合わせてはね飛ばす。

 魔法によって威力が大幅に底上げされた攻撃に、断末魔や悲鳴を上げて瞬殺される犬頭の魔物。

 すこぶる順調。

 早くも健在なのは残り二匹となった。

 要領は変わらない。

 肉薄し、踏み込んで、斬り裂く。

 未だ一撃も与えてない最後の一匹はだいぶ加減した四、五匹目とは違い、こぶし作り、威力確認の意味も含めて力を込めた右ストレートを顔面に容赦なく叩き込んだ。

 粉砕され、衝撃で首から上の無い死体は抵抗なく緩い放物線を描いて壁に激突し、貼り付いたように一瞬停止した後、べちゃっ、と音を立てて地に落ちた。

 まだ警戒は抜かず、残りの絶命させてない個体の掃討に移ろうとあたりを見回したが、既にベルが得物を手にして仕留めてくれていた。

 

 洞窟通路内に、静寂が戻ってくる。

 あれだけいたモンスターの群れは、そこら中に転がって物言わぬ身となって果てていた。

 

 三十秒もかからず戦闘終了。

 通常なら二人でもなかなか苦戦していただろうと考えられるあの数の敵を、たったの三十秒足らずで撃破。

 付与魔法(エンチャント)【グロリアス】。魔法を発動していない素の状態と比較しても、凄まじい性能である。

 

「わぁー……その魔法、本当にすごいね!」

 

「うん……この魔法発動状態なら、戦ったことのある5階層までのモンスターは無双できると思う」

 

 純粋な感動と称賛の声をかけてくるベルに、ソウジも胸に湧く興奮が溢れたように言葉を重ねる。

 憧れていた『魔法』。

 期待通りで、期待以上だ。揺らめく青透明の美しい光の焔、それでいてあらゆる能力面を補正する高い性能。

 もっとこの魔法のことが知りたいと心が高まるが、今はこれだけと余韻を噛みしめ、自制する。

 胸に溜まった熱を流すように一度、小さく息を吐く。

 そして目を閉じ、意識した。

 すると今まで体を覆って空洞内を揺らめきながら灯していた光が、すぅっと空気に溶けるように消えていった。OFFはうまくいったようである。

 

「あれ、ソウジ……魔法消しちゃうの?」

 

「うん……。もっといろいろ試したいけど、今日の探索は始まったばかりだし、後は帰る時にする。精神疲労(マインド・ダウン)も恐いし」 

 

 魔法の使い過ぎで意識を失って早々にお荷物になるのはいろんな意味で良くないし、なにより危険だ。今日初めて魔法を使って、この『精神力(マインド)を消費する』という感覚がまだはっきりと掴めないうちはむやみな魔法の乱発はできない。

 

「……それに、ベルも、頑張るんでしょ? アイズ・ヴァレンシュタインさんを目標に」

 

「! うん、そうだねっ!」

 

 それに、自分ばかりに時間を取らせるのは申し訳ない。ベルは優しくて良い人間だから気にせずこちらを優先していいと言ってくれるかもしれないが、それはいけない。

 なんだかんだ言っても、ベルは真っ直ぐだ。そんなベルが目標を見つけた。

 応援したい。同じファミリア(家族)として。友達(親友)として。

 ベルはハッとし、こちらの確認の言葉を元気よく肯定した。

 お互いに笑い、転がってる死体の魔石を回収して、下の階層へ向かって歩き出した。

 

 いつものようにコンビで道を進み、モンスターと戦う。

 夕食の約束もあっていつもより早めに切り上げたにもかかわらず、今日の探索で二人は過去最高額の稼ぎを叩き出した。

 




次話は豊饒の女主人です。
頑張ります。
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