その出会いは間違っていないだろう   作:GENZITUTOUHI人

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 見事にフラグ達成。
 年末年始の忙しさをナメてました。

 2月16日。ラストが雑だったと思い、最後あたりを少々書き直しました。



第5話 片鱗

「――――だったら今すぐ表に出てください。……出ろ」

 

 さざめくようだった周りの空気は、その一言で波が引くように更なる沈黙に引き込まれた。

 落とされた特大級の爆弾に店中の音が一斉に引いていき、まるで点火したダイナマイトの導火線を傍で見守るような空気がこの場の空間を覆った。

 

「……は?」

 

「口だけの輩は、嫌いなのでしょう? だったら手を出すから早く表に出ろ、と言いました」

 

 誰もが時が止まったように固まる中で、ソウジは起伏のない声で補足を響かせる。

 周囲は耳が痛くなるような静寂に包まれているが、そんなことを気にするような心境は彼方へ飛んだ。瞳が氷のように冷たく鋭くなり、喉奥を燻る怒気がわずかに漏れ出す。

 響いた声は静かすぎる店内によく木霊し、端から端まで浸透してフリーズした者たちの頭へ次々と入っていく。四秒、五秒と時が経過して、店内の客達はようやく硬直した頭を働かせ始め、頭に入ってきた言葉を飲み込み、意味を噛み砕く。互いに顔を見合わせ、一呼吸溜めた後―――

 

『……クッ』

 

 

 

 

『『『ブアハハハハハハハハハハハハハハハハハッッーー!!』』』

 

 先んじて店の一角から吹き出すような声。それが呼び水となり、いっせいに爆発する。これまでせき止めていたものが決壊したかのような連鎖を呼び、瞬く間に店内から哄笑が濁流のごとく流れ出した。

 一度流れ出せば際限ない。

 嘲笑、失笑、純粋な可笑しさ。大多数の人間が目尻に涙を溜め、バンバンとテーブルを叩き、こちらを指差し、こらえきれないという風に腹を抱えて哄笑を上げる。

 

 客である他の冒険者は思う。それはそうだろう、と。

 明らかに冒険者駆け出しの子供が、【ロキ・ファミリア】の幹部である第一級冒険者に喧嘩を売った。

 冒険者は、冒険者なら、冒険者だからこそ。敵に回してはいけない相手を考える。

 相手は一線級のLv.5。Lv.一つでも差があれば圧倒的な力の隔たりが存在するのに、4つも違えばそれはもう確実に次元違い。比べることすらおこがましい。オラリオに住む者であれば子供でさえ知る常識である。もはや笑うを通り越して呆れ、さらにそれを通り越して爆笑が出るレベルだ。

 娯楽を求める神にこの光景はさぞ面白く映っていることだろう。現に店にいる何名かの神々もニヤニヤした表情を浮かべ、今にも笑い転げそうな大多数の客と一緒になって事の成り行きを見守っている。

 驚愕する者、心配そうに見る者など極僅かだ。

 囃し立て煽ってと、際限なく嘲りと憐れみの視線がソウジに突き刺さるが、本命の爆発はこれではない。

 

 

「――テメェ、なに調子乗ってやがんだァ?」

 

 

 ズ――、と空気が重圧を増す。

 今まで騒ぎ倒していた外野が一斉に口を噤んで押し黙り、一瞬にして店内に沈黙が降り戻った。

 

「身の程を知りやがれ」

 

 特段声を荒げているわけでもない一言。

 だが、まごうことなき強者から発せられる鋭い眼光と威圧は、爆風となって周りの笑声を奪い去っていく。

 ある者は竦み上がり、ある者は慌てたように声を潜めさせる。同じテーブルである【ロキ・ファミリア】の人間も思わず反応してしまっていることからしても、このプレッシャーは相当なものだ。変わらずニヤニヤしてるのは神連中ぐらいである。

 

 ――だがこんなことで引くようならば、はじめから喧嘩など売っていない。

 ソウジは氷の視線をそのままに、臆さず言葉を口にした。

 

「その身の程知らずというのは、駆け出しの弱者である俺があなたに挑むことを言ってるのでしょうか?」

 

「それ以外に何があるってんだ、ぁア!?」

 

 澄ますように顔の動揺を殺し、視線は相手のソレを貫くように鋭く強く。ここで引けばベルへの侮辱を許容したことになる。なにより、ここで恐怖に負けて引いてしまえば今度こそアマヨリ・ソウジという人間は"死ぬ"。

 

「――だったら、その言葉は"的外れ"です」

 

「……なに?」

 

 約束。

 誓い。

 いま自分は、分岐路に立たされている。ここで進み掴み取るべきものから目を逸らすわけにはいかない。

 

「……あなたは自分より弱い相手とは戦い、自分より強い相手には勝てないからと尻尾を巻いて逃げ出すんですか? ()()()()()()?」

 

 ブチィ! と、額の血管が切れる音がした。場を覆う見えない重圧がさらに重くのし掛かる。

 

「――殺す。表出ろ」

 

「待て、ベート!」

 

 いきなりガタッと音を立てて立ち上がったのは、翡翠色の髪のハイエルフ。その麗人は厳しい声で制止をかけるが、歯を剥き出す狼人はそれをにべもなく一蹴する。

 

「うるせェぞ、リヴェリア。こいつは俺に喧嘩を売った。――()()()()()

 

 その言葉にオラリオ最強の魔導士は、痛いところを突かれたとばかりに目を眇めた。

 

 そう、もうこの場はただの駆け出しと上級冒険者の諍いというだけの単純な状況ではなくなっている。

 喧嘩を売った場所が問題なのではない。いや、飲食店という場所を考えれば問題と言えば問題なのだが重要なのはそこではない。喧嘩を売ったときの周りの状況が問題なのだ。

 この場所にはベート本人だけではない。その所属するする【ロキ・ファミリア】の主神や最高幹部を含む大勢の団員がいる中で、さらに他の派閥の冒険者や一般客もいる。

 そんな中で謝罪の要求までならまだいい。酔って判断能力が低下しているベートを叱咤して説得し多少なりとも誠意を込めて謝罪させればよかった。だがその一線をこの少年は破ってしまった。

 この大衆の面前で駆け出しの下級冒険者相手に挑発され売られた喧嘩に対してスゴスゴと引き下がったとなれば都市最高派閥の名に傷がつく。他派閥の、調子に乗り増長した冒険者どもに舐められてしまい、あることないこと、一般市民からも良くないウワサが立つだろうなど、都市最強という称号にはそれなりのしがらみが纏わりつくのだ。

 子供が相手だと、強者・大人としての余裕を見せて対処すればまだギリギリ良かったが、キレたベートが一度買ってしまったためにもう手遅れ。

 

 ゆえに、その立場上、もうこちらから先に頭を下げることができない。

 

 本来ならこちが先に謝るべきなのだ。こちらの不手際で中層からミノタウロスを取り逃がして上層で活動している彼等を危険な目に合わせてしまい、しかもそれを酒の席で肴にし大多数の人間の前で侮辱されおとしめられたのだ。

 怒りを抱いて当然だ、誰であっても。逆の立場を想像して考えるまでもなく正当性がこの少年にあるのは明らか。

 だからこそ、翡翠のハイエルフはこの状況に途方もない歯痒さと罪悪感を募らせた。

 

 

 

 

 無論、ソウジも都市最強の魔導士が考えたように、互いの立場における今の状況を正確に理解している。ある意味それを逆手にとって、相手も自分も逃げられない状況を作ったのだ。

 

 数秒の睨み合い。

 先に口を開いたのは相手の狼人(ウェアウルフ)

 

「おい、さっさと出ろ」

 

「はい」

 

「――待ってくれ、少年」

 

 話はついたとばかりに促される声を否定する理由はない。追従しようとするが、背の方向から繰り返すように再度制止の声が聞こえてきた。

 振り返ってソウジが確認すれば、小さな子供のような体躯の小人族(パルゥム)が、歴戦の勇士を思わせる雰囲気を伴ってイスに座り佇んでいる。

 翡翠のハイエルフから引き継ぐように【ロキ・ファミリア】団長。【勇者】の二つ名をもつ金髪の小人族は、首をかしげるこちらを真剣な表情で見つめ、いたわるような声音で告げてきた。

 

「今ならまだ、穏便に済ませることができる。……どうだい?」

 

 それは【ロキ・ファミリア】団長としての責任と謝意、個人としての誇りと良心から来る最後通牒であったのだろう。

 だがもう心は決まっている。それにこちらが再度謝罪を要求すればややこしいことになるだけ。立場の差により現時点で、結局こちらから折れる以外の道はないのだ。

 その配慮の通告に感謝しつつも、静かにかぶりを振り、頭を下げた。

 

「俺は自分の要求を撤回するつもりはありません。それにこれ以上、そちらにご迷惑は掛けられません。お心遣い、ありがとうございました【勇者(ブレイバー)】、【九魔姫(ナイン・ヘル)】」

 

「……そうかい」

 

 金髪の小人族は数瞬瞑目し考えるような仕草をした後、静かに瞼を開いて隣の狼人に視線を送った。

 その所作にどのような意味が含まれているのか推し量ることは出来ない。

 少し怪訝に思い、眉を寄せておもむろに隣へ目を向ける。

 込められた意図を探ろうと脳が無意識に思考を開始し、目前の現状を認識する力が僅かに()()()

 視線を送られた本人である狼人がチッと、舌打ちを一つしたのを観察して、

 

 瞬間――いきなり伸びてきた右手に胸ぐらを掴まれ投げ飛ばされた。

 

「!?」

 

 人一人をボールのように軽々と投げ飛ばすその力に絶句しながら、浮いた身体は常時開け放たれている店の出口を物凄いスピードで潜っていく。

 

「きゃッ…!?」

 

 店内から突然飛び出る人影に上がるウエイトレスの少女の悲鳴。

 外の通りに投げ飛ばされたソウジは咄嗟に手をついて受け身を取り、ゴロゴロと回転する身体のタイミングを計り、捻りながらザッ、と跳ね起きた。

 

「ソ、ソウジさん……っ?」

 

 ベルを追って店外へと出ていたシル、そしてアイズは店内からいきなりすっ飛んできたソウジに目を大きくして驚愕するが、その様子を視界に収める余裕は今のソウジにはない。

 

「ッ……!」

 

 ドッドッドッと、波打つ心臓の音が一気に耳に押し寄せてくる。

 態勢低く身構えたソウジの視線の先では、ポケットに手を突っ込んだ銀髪の狼人が悠然と店内から歩いて来ていた。

 

「……シルさん、下がっていてください……」

 

 驚くシルに注意を送り、身体が強張って行くのを自覚するソウジは気を奮い立たせて、視線を扉方向に固定しながらゆっくりと右前方へ立ち位置を変えるべく足を動かす。

 

「え、えっ……ッ!?」

 

 張り詰めた剣呑さを発する少年。

 シルは飲み込めない状況に慌てて視線を店の方に向けると、更なる上回る驚愕に目を見開いて息を詰まらせた。

 こつッ、こつッ、と。店前の木製の段差を降りてくる狼人に続くように、店内の客達が入り口や窓から騒がしく顔を出してくる。その中には【ロキ・ファミリア】の団員に、幹部勢の姿もあった。

 先頭に出てきた第一級冒険者の纏う剣呑な雰囲気や、後から出てきた客の多くが醸す野次馬のような、まるでこれから見世物が行われるから見物しようとでもいうような雰囲気。

 明らかに只事ではないという予感が頭を過ぎったシルは、その顔を青白く染めた。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 西のメインストリート。豊饒の女主人店他通り沿いにいくつも酒場が建ち並ぶということもあってそのストリートは毎晩賑々しく人々の往来が絶えない。だが現在、その女主人店前にて雑踏の歩みは一時的に止み、十数人ほどの人だかりを作っていた。

 原因は普段にはない店の様子。店内のほとんどと言ってもいい数の客が店の窓や扉から騒々しく顔を出しており、わざわざ店の外に出て見物している者もいる。そしてそれらの視線が向かう先は人だかりの中心。対峙するように佇む二人の男。

 片やオラリオでも一握りの第一級冒険者である狼人の青年、片や氷のような目で相手を睨む無名のヒューマン。

 やけに物々しい空気に、それを面白そうに見ている他の店の客。そうした一種の内輪ノリのような状態は、自然とそこを通りかかる人間の足を止めさせていた。

 

 通りに沿うように、店側から見て左右横並びに5M程の間合いで対峙する。

 張り詰めるような空気の中で、ソウジはいやでも鋭敏化していく感覚に身を委ねていた。

 

「………」

 

 一瞬周りにいった視線を戻し、改めて見据える先。

 目先に佇んでいる対戦相手の第一級冒険者は、いまだポケットに手を突っ込んだまま。顔にはイラ立ち、そして僅かな気怠さが浮かんでいる。後者の雰囲気は、本来相手にもならないこちらに相対して立ってる億劫さゆえか。

 そんなある種隙だらけの(てい)を晒していても、その存在感から放たれるプレッシャーは絶大。

 チリチリと肌を刺す感覚に第六感が警鐘を鳴らす。

 勝率は万が一、億が一にもない。

 現時点の自身の力量でミノタウロスを相手に無双できる確率の方が何十倍も高いだろう。

 

 ――だが、そうだとしても

 

(関係ない……!)

 

 (まなじり)を決する。

 小さく息を吸って気勢を高め、改めて要求を告げた。

 

「……俺が勝てば、相棒への侮辱を撤回して貰います」

 

 片足を引き、腰を落として構える。

 だが第三者から見るその様はまさしく立場を弁えず愚かに吠える弱犬のソレ。

 滑稽だと、もはや本物の道化だと。少年が敵に回した派閥の名を皮肉として組み込んで野次馬の至る所から嘲笑が飛ぶ。

 同調するように銀髪の狼人は心底見下したかのような目になり、稲妻のような頰の刺青を忌々しげに歪ませた。

 

「……雑魚がッ、いちいち癇に触りやがる。ぶち殺すのは確定だが、俺はハエ相手に長々付き合うほど暇じゃねえ――――」

 

 そう呟きながら一歩踏み出される左足。

 その一歩が地面を踏んだ瞬間、ヂリッ…!! っと。肌を刺すのではなくもはや炙られるかのような感覚が身体中を駆け巡り、一瞬で殺気が跳ね上がった。

 肌も髪も神経も第六感も、総身が逆立つようにして最大の警鐘をがなり立てる。

 限りなく遅滞となったように感じる時の流れ。

 圧倒的プレッシャーからもたらされた極限の集中。

 

 そうして全てをつぎ込んで相対した相手は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――幻の如く消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと死ね」

 

「」

 

 

 

 

 

 人外の速度で食い潰された間合い。

 それと同時、左側頭部方向からゴォッ! と重厚な打撃音が伴った突き貫けるような衝撃。

 

 その凄まじい衝撃にソウジは、決河の勢いで吹き飛ばされた。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 その場にいたほとんどの者の目から狼人の姿が掻き消え、次の瞬間には無名の少年が消えた。

 ゴォッ! っという衝撃音に次いで、予期せぬ場所から轟音が爆ぜる。

 

「……え?」

 

 見物していた野次馬の誰かから思わず出た呟きは、この場にいるほとんどの者の心情を代弁していただろう。訳のわからない轟音の発生源に、その場にいる全員の視線が向かった。

 

 15M以上先。一つの家屋の傍に置かれていた資材の山がガラガラと音を立てて崩れ落ちていた。

 一部何が起こったか分からず困惑している一般人だが、冒険者の客たちはその光景をかろうじて目で捉えていた。

 姿が掻き消えた狼人から受けたであろう攻撃に、少年の体が猛烈な勢いで吹き飛ばされ、途中二回地面にバウンドしてもその勢いは止まらず15M先の家屋の横に置いてあった資材の山に着弾するように突っ込んだ光景を。

 

 そして次に見物人たちの視線が向かう先では銀髪の狼人が不気味な程静かな様子で、上がっている右足を下ろしていた。

 

 ――蹴り飛ばしたのか。

 

 その理解が全体の客に浸透した途端、たまたま場に出くわした見物客も、最初から流れを見ていた酒場の客でさえも余りにも苛烈な制裁の現場に思わず総身を慄かせる。

 

「ソウジさぁんっ!?」

 

 鈍色の髪のウエイトレスが顔を蒼白にしながら土煙が舞い上がる崩れた資材の山へ駆け出していく。

 

 

「おいおい、アレ死んだんじゃねぇか……?」

 

「いや、流石に加減くらいしただろ……」

 

「ひゃー、おっかねぇ」

 

「ひゃひゃひゃっ、にしてもバカな野郎だぜ、あのガキ――」

 

 だが、こういう場面で切り替えが早いのが荒くれ者の多い冒険者たち。小さい諍いなんぞそこらで探せば日常茶飯事の事である。自分に関係無ければとばかりに口々に喋りを再開させていき、張り詰めていた空気はどんどんと霧散して行く。

 そうやって他の者も各人大小なりともの緊張から次第に解放され、たどたどしくも通り掛かった見物客は本来の目的地へ足を向け始める。店の客も全体的に雑談を再開させ始め、一人、また一人と席に戻っていく。

 店内やストリートに活気が戻ってくる。

 最初は小さいながらも、段々と騒々しく、ガヤガヤ、ガヤガヤ、と。

 

 そしていち早く店の客の話のネタに上がるのは、先程の都市最大派閥相手に喧嘩を売った無謀な少年。

 頭の足らない馬鹿だとか身の程の分からない間抜けだとか寄って集って笑いの種にして店の活気がまた上がってきた。

 

「――――…………」

 

 

 だが、見物者していた者たちの中で、その場から動かない者たちも存在していた。

 

「ね、ねぇ……今の――」

 

「え、えぇ……」

 

「これは……」

 

「ガハハハッ! 活きの良い小僧がいたモンじゃわいっ!」

 

「っ!」

 

 双子のアマゾネス姉妹は今見たものが信じられないといった風に顔を見合わせ、小人族の団長は思わず呟きを溢し、老兵のドワーフは愉快なものを見たというように豪快に笑い声を上げる。黄金の剣姫は瞠目していた。

 

「なんや、どないしたん?」

 

 そこへ、軽い調子で問い掛けてきたのは今まで黙って成り行きを見守っていた赤髪糸目の主神。「バカな…」と呟く絶世の美貌を持つエルフに問い掛けた視線を、答えを待たず今度は先程から通りの真ん中で沈黙して佇んでいる銀髪の狼人に向けた。

 幹部陣が驚きの雰囲気を発する中、赤髪の主神の目から見て、一番驚愕を顕わにしているように見えたのは未だ沈黙を保っている狼人、ベートであった。

 そして、実際その通りである。

 現在ベートは、佇んでると言うよりは立ち尽くしていた。目は大きく見開いているが言葉を発さず、視線は動かないままに左手だけが軽く――自身の左腰近くに置かれていた。

 

「ど、どうされたんですかっ、リヴェリア様っ!」

 

 幹部陣たちとの温度差に気付いたひとりの少女が動転気味な声を上げる。

 漂う動揺の雰囲気の原因が分からなかった、――いや、捉えられなかった山吹色の髪のエルフが少々慌てた様子で問いただした。

 そう。ベートと名も知らぬあの少年、あの交錯、この場にいた【ロキ・ファミリア】の幹部陣や一部の高位冒険者の目にしかはっきりと映らなかった、刹那の一瞬。

 ほとんどの者が酒の席に戻り、【ロキ・ファミリア】の幹部陣を除いて数名しかいなくなったストリートに面する店の入り口の近くで翡翠の麗人は未だに信じられないと言った表情で、今自身の目に映った現象を告げた。

 

「駆け出しのLv.1が、あの速度の攻撃を腕で()()()()()()()()()()()()()()だと……!?」

 

「えぇっ!?」

 

 

 ―――無論、多少酔いに当てられているベートでも、加減をするくらいの判断能力は残っていた。

 Lv.5であるベートがLv.1の人間相手に全力で蹴撃を叩き込めば確実に死ぬ。体が爆散するどころではない、()()()()"消し飛ぶ"。だから接近し、蹴りのインパクト時には力を大幅に弱めた。主武装である『フロスヴィルト(メタルブーツ)』も今は着けていない。

 だが、ベートの【ステイタス】は『敏捷』に特化している。純粋な能力では同じ【ロキ・ファミリア】の幹部達の中では最速だ。接近の際も本気は出していなかったが、少なくともLv.4上位クラスの速度が出ていたし、インパクト時にさらに減速したとしても、明らかに駆け出しのLv.1が反応できるような速度ではなかった。

 

 昇格(ランクアップ)によって上昇する能力は【ステイタス】に記載されているアビリティ項目だけではない。魔法やスキルなどといった固有能力の他に、視覚や聴覚といった五感、反応速度、精神力などの人間そのものの性能が向上するのだ。

 

 ゆえの驚愕。凡百には決して捉えられないような速度で放たれた蹴撃、左肩から左側頭部の間にかけて迫るソレの軌道上に反応して完璧に両腕を挟み込み、同時に最短距離で振り上げた右の回し蹴りをベートの腰に届かせた。

 【ステイタス】の差により、ガードの上からでも衝撃は殺せず、カウンターの回し蹴りもベートからすればハエが止まったようにしか感じない。

 しかしそれでも、驚嘆に値するものだ。手加減していたという事実を差し引いても、それは多くの者たちには見えざる、遥か天上の相手にその手を届かせたという、隠れた偉業だった。

 

 ――一矢報いられた。

 

 呆然としていたベートが段々とその事実を認識していき、次には沸き上がる耐え難い感情に顔を歪めようとした途端、

 

 

 ガラガラガラッっと、聞いたような崩音が響き渡る。

 

 

 ぱっ、と。ベートや残った全員の視線が発生源に殺到し、その全ての目は今度こそいっぱいに見開かれ、完全な驚愕に彩られた。

 一つの人影がゆれている。衝撃に固まるウエイトレスを背後に置き、あたかも夜闇に出現した幽鬼のように。ダランと力なく垂れ下がる両腕に、ふらふらと絶えず揺れる不規則な歩み。下がった頭から落ちる前髪のせいでその表情は窺い知れない。

 

「――、――、――、――、、、、、、………」

 

 一歩、一歩、一歩。ガードに使った腕は感覚が戻らず、攻撃を受けた時と吹き飛ばされた際の衝撃で脳震盪を起こしているのだろう。

 この上なく不安定な足取りだが、その歩みはゆっくりともとの道筋を辿り、ついに最初の間合いにたどり着いた。

 停止し、その雰囲気に誰からともなく息を呑んだ時――

 

「「「「「「「ッ……!?」」」」」」」

 

 ゾクッ!! と。

 途端、長年修羅場を潜り抜けてきた冒険者としての勘が、ベートの右足を強制的に半歩あとずさらせる。

 伏せられていた暗い夜に同化しそうな黒髪、その前髪の隙間から、ぎらっ! と蒼く貫くような瞳が覗いた。立っているのもやっとというような姿勢の矮躯から、絶対零度のプレッシャーが解き放たれる。

 ざわざわざわっ! と。加速度的に、際限などないと言うような勢いで高まっていく圧力に誰もが息を詰まらせる。

 数秒か、数十秒か。底なしかと思われるようなソレの高まりが止まり最高潮に達したと思った瞬間、覗いた瞳と目が合ったベートは確かに―――

 

 その蒼い瞳の奥に、煌々と渦巻く輝きを見た。

 

「…くッ!?」

 

 本能に従い咄嗟に構えを取る――――

 

「…………【グロリ――」

 

 が、その警戒は無用と化した。

 バタッ、と。

 何事かを呟こうとした相手が突然、膝から崩れ落ちたのだ。

 膝を突き、顔から倒れ伏した四肢は力なく投げ出され、ピクリとも動かない。誰もが窺うように体を前に傾け注目する中、数秒が経過して。

 沈黙。

 完全に気を失っており、場を圧すようなプレッシャーも消えている。

 チッとベートは舌を打ち、構えを解こうとして、

 

「―――ッッ!?」

 

 絶句する。

 動転する思考が、慌てるように働きだした。

 

 ――今、自分は何をした?

 構えを解いた。

 ――なぜだ?

 構えていたからだ。

 

(この俺が雑魚を相手に、()()()だと!?)

 

 なぜ構えたか? なぜも何もない。咄嗟だった。

 それの意味することは、

 

 ――自分が格下相手に、気圧されたという証左に他ならない。

 

「~~~ッッッ!!」

 

 沸き出される激情に駆られ、未だ倒れ伏している相手に近づき胸倉に手を伸ばそうとした瞬間、

 

「止まりなさい」

 

 店のウエイトレスであるエルフが前に立ちはだかり進路を阻んだ。

 

「これ以上、店前での狼藉は許しません」

 

「どけ、殺されたくなかったら――」

 

「ベート」

 

 その言葉に一気に頭が冷え、昂ぶっていた思考が冷静さを取り戻した。

 店の入り口の前から声をかけた小人族の首領は、普段の温厚な口調ではない。僅かだが明確に怒気の込もった口調で告げる。

 

「この騒ぎの前に僕が釘を刺したのが、伝わらなかったとは言わせないよ? そしてこれ以上は明らかにやり過ぎだ。もうやめろ」

 

「………チッ」

 

 ようやく長らくこの場を支配していた一連の殺伐とした空気が消えた。

 数秒押し黙ったベートは、不機嫌そうに舌打ちした後、おもむろに踵を返した。

 そして静かな声で「先に帰る。あとはテメーらだけでやれ」とぶっきらぼうに言い残すと、両手をポケットに突っ込んで気を失い店の店員に介抱されている少年を一瞥することもなく去っていった。

 その様子に翡翠のエルフは目を眇めながら、やれやれと嘆息を溢した。

 

「あの馬鹿者、帰ったら説教ではすまさんぞ」

 

「流石、みんなのお母さん。厳しいね」

 

「誰がお母さんだ。茶化すなフィン。今回の事はあと一歩間違えれば大事だ。ファミリアの信用が地に堕ちる可能性もあったかもしれんのだぞ」

 

「ンー、そうだね。明日一日、ベートにはたっぷり反省に充てて貰おうかな」

 

「ガハハハッ、いい薬じゃ。じゃが、お陰で面白いものも見れたわい」

 

「ガレス」

 

「ああ。あの少年、名前は聞けなかったが、いい目をしていた」

 

「そうだな。彼我の立場や現状をしっかりと把握する頭に、友のために憤りつつもこちらの立場を慮って頭を下げれるほどの優しさ。本当にあの少年には、申し訳ないことをした」

 

「それに加えて、さっきの戦闘か……。ははっ、うちに欲しくなるね」

 

「将来有望な人材じゃのぅ」

 

「お前たち……人材獲得願望を出す前に、まず謝意を表に出せ」

 

「まぁ、あの少年の目が覚めるまで待って揃って頭下げるってのもいろいろ問題があるしね。アイズ、面識があるようだから後日代表してそこの彼と、先程飛び出して行ってしまった少年に謝罪をしておいてくれないかい?」

 

「……うん。そのつもり」

 

 そう言って一応の事の解決を示した小人族の首領は、未だ店外に残っている幹部陣や一部の団員に向かって号令をかけた。

 

「さあ皆、そろそろ店内へ戻ろう。遠征の打ち上げは続けるが、くれぐれもハメは外しすぎないでくれよ?」

 

 

 

 ♦

 

 

 

 リュー・リオンは現在、友人兼店の同僚のシル・フローヴァと共に、見知らぬ少年の介抱を行っていた。

 経緯はまず今朝方、店前の掃除中にたまたま知り合ったふたりの冒険者をお店に招待したと彼女が微笑みまじりに言ってきたことが始まりだった。

 そしてやってきた夜。件の冒険者であろう二人組、白髪赤目と黒髪蒼目のヒューマンが店を訪れた。シルが案内をするふたりの冒険者を給仕の仕事をしながら遠目で見ていたが、特に変わったことはない。パッと見駆け出しのようで、仲は良さそうに見える。並んで歩いていて容姿の色彩と雰囲気が対比している感じは印象的であった。

 料理を注文し、食事を楽しみながら談笑する彼らに後からシルも加わって楽しそうに時間を過ごしていた。

 ――だが、ここから事態が二転三転と転がり始める。

 予約してあった団体客である【ロキ・ファミリア】が入店し、しばらくして宴の席が盛り上がり、そこで酒がまわった様子の第一級冒険者の狼人がダンジョンで起こったであろう笑い話を披露し始めた。他のテーブルの客にも聞こえるような声量で放たれたその内容は決して耳に心地良いモノではなかったが、その話が仲間内でヒートアップしていった時、突然ふたりの少年の内ひとりが店を勢いよく飛び出していってしまった。

 軽く驚いてしまったが、真に驚いたのはここから。残った黒髪の方の少年が食い逃げかとにわかに囁かれる店内で【ロキ・ファミリア】の笑い話をしていた狼人のいるテーブルに歩み寄り、あろうことか狼人本人に喧嘩をふっ掛けたのである。

 激怒する第一級冒険者に静かであるが怒りが篭る視線を送る駆け出しの少年。

 はっきり言って無茶を通り越して無謀だ。

 あれよあれよという間に決闘沙汰に発展。誰もが認識していた圧倒的実力差に違わず、一瞬で静かに怒る少年が吹き飛ばされ決着。戦闘不能と思われる状態から一度は起き上がったが、その勝敗が覆ることはなかった。

 そして、店の前の通りに倒れ伏した彼を店の壁際に運んでシルと一緒に介抱している、というのが現在の状況である。

 

「……ソウジさんっ、ソウジさんっ!」

 

「シル、落ち着いてください。見たところ至って目立つような外傷もない、呼吸も正常だ。少しすれば目を覚ますでしょう」

 

「でも、リュー! あれだけの衝撃だったんだよ!?」

 

 同僚の少女を宥めながら、リューは考えた。

 彼女が慌てるのも無理はない。この店は少し訳ありな事情で従業員は腕っぷしに自信があるの者が多い。男性などの冒険者たちが見目麗しいウエイトレスたち目当てに来店し、粗相を働きボコボコニされて店外へ放り出されるのはここらではちょっとした名物だ。

 しかしシルは一般人で、こういう荒事にはあまり慣れていない。そんな彼女に、先程の光景は確かに少し刺激が強すぎたかもしれない。

 

(そう、先程の光景……)

 

 傍から見ていたリューにも、あの決闘の一部始終は目に映っていた。事前に本人の口から放たれていた言葉を聞いていなければ信じられなかっただろう、駆け出しとは思えない、凄まじい身体の反射とキレ。その後見せた、雪崩の如きプレッシャー。

 一連の流れを見聞きして予想すると、この少年は友のために義憤を抱いて遥か格上の相手に立ち向かっていったのだろう。あのプレッシャーから覗いた瞳は鋭くぎらついていても悪意やそれに準ずる意はまったく含まれていなかった。

 

(……彼のような人間が、あの時ファミリアにいてくれたら―――)

 

 無意識に浮かんできたその思考を、慌てて打ち消すように首を振る。

 そんなことを今更考えても詮無きことだと、他無き自分が一番よく分かっていた。

 軽い瞑目を解いて、黙考していた内容を流し出すように小さく息を吐く。

 

 そうして自分が思考の海を漂っている間に、少年が目を覚まし始めたようだ。

 

「……っ、う……」

 

「っ、ソウジさんっ、ソウジさん!」

 

「シル、さん……?」

 

「大丈夫ですか!? もうっ、心配したんですよ!」

 

 店の壁に背を預け力なく座り込んでいた少年がうっすらと目を開いていき、宝石のような蒼い瞳が顕わになった。

 少しぼーっとした状態で辺りを見回し、次第に状況の把握ができたのかハッとして、素早く立ち上がる。

 その表情には僅かに焦燥の色が窺えるが、律儀に隣の友人に向き直り、頭を下げ謝罪の言葉を口を述べた。

 

「シルさん、今日はせっかく招待していただいたのに、すいませんでした。後日改めて、ベルと揃って謝罪に来ます」

 

「気にしないでください。それよりも、次も無事ふたり揃ってお店にいらしてください。約束ですよ?」

 

 コクッと了承の意を持って頷き、今度はこちらに体が向き直る。

 蒼玉(そうぎょく)の瞳がしかっりこちらの眼を捉え、純粋な感謝の念が篭って伏せられた。

 

「あなたも……、気絶した自分をいろいろみていてくださったようで、本当にありがとうございました」

 

 感謝を受け取ると共に、その礼儀正しさに感心する。

 そうして唐突に、ふと、胸に一つの波紋が広がった。

 

 

「どういたしまして。リュー・リオンと言います。失礼ですが、一つ質問してもよろしいでしょうか?」

 

 何かが自身の琴線にかかったのか。

 

「アマヨリ・ソウジです。 ? 質問、ですか……?」

 

 おもむろに……一度自分で予想し、出した結論の解答が気になった。

 

「どうして貴方は、明らかに自身を圧倒的に上回る実力者を相手に、立ち向かっていったのですか?」

 

 初対面の相手に無礼だとは思いつつも、ついつい浮かんできた疑問を口から滑らせてしまう。

 いきなり質問をぶつけられた少年は僅かに目を丸くして、その視線を次には地面の方へ落とした。

 質問の答えを考えてくれているのだろうか、もしくはいきなりな質問の意図が分からず困惑してしまっているのか。

 最初リューはその様子をじっ、と見ていたが、その間が四秒、五秒と経ってくると、段々思考が冷静になると同時に、焦りにも似た感情が芽生えてきてしまう。

 そうしてふと、我に返り、自分はいきなり何を言ってるんだ、初対面の相手に向かって不躾ではないか、という思考が脳裏に浮かび上がってきた。視線を彷徨わせ、撤回しようか……? と、改めて目の前の彼に戸惑いがちに視線を向けようとした時、偶然にも同じタイミングで少年も視線を上げた。

 

 ――合わさったその瞳に、自然と意識が吸い寄せられた。

 

 

 

「――それが、俺を『冒険者()』足らしめる理由だからです」

 

 どこか決然としたものを感じさせるその静かな声は、喧騒に満ちたメインストリートの空気を通って、鼓膜を震わせる。

 

「……………」

 

 返答のないこちらを見て、もう質問はないのかと察したらしい少年は、失礼しますと言いながら(きびす)を返し走り去っていく。

 その姿を目で追わず、おもむろに上げた右手を緩く握り、胸に置いた。真っ直ぐで、澱みを感じさせない言葉と声、眼差し。手を置いた拍子に揺られたかのように、また一つ胸の内に波紋が広がった。

 

「……」

 

「ねぇ、リュー」

 

「……」

 

「リュー? どうしたの?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 右手を下ろし、今度は、走り去って行った蒼い瞳の少年の背中に顔を向ける。

 今にも人ごみに消えそうな彼の先にうっすらと見えるのは、夜空の星々と都市のあらゆる場所から浮かぶ魔石灯の光に包まれた尖塔(バベル)

 夜の(とばり)と街の雑踏に消えていくその後ろ姿をいまだ目で追っていると……不意に――背中に刻まれた正義の剣と翼の『恩恵』が疼いた気がした。

 

 

 




 執筆していくと、下書きの約九割は無駄になります。
 一文一文にあれでもないこれでもないと試行錯誤するのはもどかしいですが、少し楽しいです。

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