本丸小噺   作:@Ana

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ツイッターでのとある方の呟きを見てとっさに思いついたお話。薬研可愛いよ薬研。


薬研藤四郎の話

「……………何だい、そのみっともない顔は?」

 

「よよよ、よう大将。いいっ、天気だななっ………!!」

 

「生憎端から端まで真っ暗だよ、薬研」

 

真夜中の来訪者、薬研藤四郎の肩越しに空を見やり、大将と呼ばれた高齢の女性は怪訝な表情を見せた。

草木も眠る丑三つ時。審神者としての執務も終わり、夕食も済ませ、夜の静けさを肴に飲んでいた熱燗も空になる時間帯。最後の一口を仰ぐと心地良い眠気を感じ、女性は眠り支度を始めた。

着ていた黒いシャツを寝巻き用の白いシャツに着替え、肩に羽織っていた審神者用の白無垢は殺菌スプレーを掛けて天日干し。胸を縛る為に巻いていたさらしは解いて机上に投げ捨てる。ここが定位置なのだ。

そしていざ、タンスから布団を取り出して敷こうとした瞬間、薬研は彼女の部屋にやってきたのだった。

 

「で?要件は?」

 

「いいいや、その………」

 

口籠り、眼を伏せる薬研。その様子を見て、女性は首を傾げた。

刀剣男子の中でも『短刀』と呼ばれる刀達は、その小さな刀身が反映されてか皆少年のような外見を持っている。薬研藤四郎も『短刀』の刀剣男子である為、背が低くて可愛らしい黒髪の美少年という出で立ちだ。

しかし実際は細く華奢な外見に相対するような太く力強い声に、自称『戦場育ち』の名に恥じない勇猛さと冷静さを併せ持つ、外見とは大きな差のある男前な性格だ。ギャップに堕とされた審神者は数知れず、誰が呼んだか『イケショタ』、『薬ニキ』、『薬研くんマジ兄貴』。平たく言うとイケメンなのだ。この坊やは。

そんな薬研が、今女性の眼の前で産まれたての小鹿のように身体を震わせていた。顔は青ざめ、声と瞳は湿り、ピンと伸びていた背筋もだいぶ折れ曲がっている。今ならレベル1の敵短刀でも彼を簡単に食い殺せてしまえそうだ。大丈夫か。

 

「その………。できれば、できればでいいんだけどよぉ………大将」

 

一分弱、二人で黙って向かい合っていると、先に薬研が口を開いた。

 

「何だ、怖くて眠れないってか?お前そんなキャラじゃあないだろう……」

 

それに対し、何時もの無愛想な口調で女性は問い掛ける。身長も薬研よりずっと高く終始見下ろしている為、第三者からみたら小さな子供に難癖を付けている怖いお婆さんにしか見えない。

 

「っ………!!」

 

不意に薬研の身体がさらに小さくなり、真っ白な頬が朱色に染まりだす。その様子を見て、女性は思わず目を大きく見開いた。察したのだ。彼の挙動の真意を。

 

「…………オイ、まさか」

 

「…………兄弟達とみんなでホラー映画観ようって話になってな。それで………俺っちだけ寝れなくて…………」

 

「マジかよ…………」

 

つまりは、女性の予想は見事に的中していた。

 

 

突然だが、この本丸に所属している刀剣男子達はホラー映画に対する耐性がやたらめったら高い。

原因は内臓と血反吐をぶちまけながら見事なスプリットショーを展開するゾンビや傷口に産み付けられた卵から湧いてきた大量の乗用車サイズの蛆虫などを『可愛い』と大絶賛する本丸のクレイジーサイコパス筆頭、五虎退が趣味で見るスプラッタ系のR指定映画。さすがに毎日のように本丸の居間のテレビを占拠し、生身の人間がチェーンソーと火炎放射器で美味しそうなハンバーグにされる光景を目を輝かせながら鑑賞している姿を見ていたら、周りの刀剣男子達も『恐怖』に慣れてくるものである。要するにもっと怖いのが身近にあって、感覚が麻痺してしまったのだ。

その為、生半可なホラー映画を見ても彼らは一切驚かない。むしろ、「おお、このゾンビのメイクすげえリアル!」、「けどドラマパート面白くない」、といった風に造形の技術力やストーリーの内容にしか興味を示さない。お化け屋敷に入ろうものなら逆に怖がられてしまう。製作者側にとっては複雑だろう。

因みに、実戦や演練では普通に恐怖を覚えるらしい。『見るとやるとでは勝手が違う』とか。

「でもよ、俺っちはやっぱ怖いもんは怖くて、でも見てるから俺だけ見ないだなんて言えなくて、いつも、適当な理由付けて逃げてて………」

 

堰を切ったように言葉が溢れ出す薬研。気恥ずかしさと情けなさから、顔は下に向けたまま。涙が重力に負けてポロポロと溢れ、畳の上に落ちていく。

 

「今日は逃げなかったのか?」

 

「虎の奴に、捕まっちまって………」

 

「……………今日何見た?」

 

「ム◯デ人間」

見る拷問じゃねえか。鈍い痛みが走る頭を押さえつつ、女性はそう呟いた。

『見たくない者には見せない』。彼女は五虎退とそんな約束を交わしていた。それさえ守ってくれれば個人の趣味の自由。押し付けない、他にも配慮する、その上で自分の気持ちに正直でいる。それがこの本丸のルールだ。おかげでクレイジーがさらにクレイジーになってしまっているがそこは黙認している。

しかし、五虎退は今回それを破ってしまったらしい。しかも手加減無しのぶっちぎり最狂のホラー映画ではあるまいか。極刑は免れまい。舌打ちを響かせつつ、女性は五虎退の部屋に殴り込み彼の秘蔵のDVDコレクションを一枚一枚丁寧に叩き割る算段をつけ始めた。

 

「しかし意外だな。お前が一番耐性があると思っていたのだが………」

 

「いやいや無理無理!!何でみんな好き好んであんな恐ろしいもん見るんだよ!?俺っち理解出来ねえって!一生無理!!」

 

勇ましい彼女に対して、情けなく体を震わせ、顔を真っ青にしながら言い切った薬研。はち切れんばかりに涙を溜めていた瞳は既に決壊している。抱き締めている枕はその背を大きく反らし、全体をしわで歪ませていた。どうやら本当に苦手なようだ。

しかし、これが普通の反応なのだろう。むしろ薬研の発言からすると、どうやら他の短刀達は普通に楽しんで見ていたらしい。完全に五虎退に毒されているのだろう。

 

「…………ちょっと待ってろ」

 

溜め息を一つ挟み、女性は持っていた布団を投げ捨てる。慣れた手つきで寝具を用意し、寝る準備はすぐに終了した。

 

「ホラ、来い」

 

先に横になり、女性は薬研の為に空間を開ける。そして敷いた布団をポンポンと叩き、薬研に横になるよう促した。

 

「………い、いいのか?」

 

「追い返してやろうか?」

 

「えっ、あぁ……………入る」

 

恐る恐る、女性の隣に寝転がる薬研。そんな彼の上に女性は毛布を掛け、それを受け入れる。そしてまるで安心させるかのように、母親が子供を寝かしつける時のように、薬研の背中を優しく叩き始めた。

「……ほら、これでいいだろう………」

 

「おう。悪いな、大将………」

 

「構わんよ。それより早く寝ちまいな」

 

実に嫌そうに、ぶっきらぼうに薬研へと言葉を投げる。しかし背中を叩くことは止めず、布団から追い出そうともせず、ただただ隣で瞳を閉じる女性。それを見て薬研も瞳を閉じた。しかしまだ安心できないのか、すぐに目を開けて肩を震わせた。

 

「……………別に怖いものを怖いと思うことは、悪いことじゃあないよ。薬研」

 

「………え?」

 

不意に発せられた言葉に、薬研は思わず女性の怒っているような無表情に視線を向ける。女性が薬研の背中を叩くことを止めた。その代わりに彼の頭へと手を伸ばし、その柔らかな黒髪を撫でる。

 

「どんなに強い奴、怖いもの知らずに見える奴にも、怖いって感じるものは必ずあるものさ。何かを怖がることが罪なら、生き物は皆刑務所送りだよ」

 

「大将………、けど俺もがっ!?」

 

「けどもクソもないよ、全く」

 

力無く反論しようとする薬研の口を強引に抑え、女性はそう言い捨てる。そしてそのまま薬研の身体を抱き寄せ、頭を胸の中に押し付けた。

 

「弱みなんて、晒しちまっていいんだよ。お前には仲間が沢山いるんだ。お前の弱みを何とかしてくれる奴がその中には必ずいる。そいつに頼っちまえばいいんだよ。だから今は、私に頼りな………」

 

「…………………うん」

 

瞬間、体の震えが止まり、ストンと全身から力が抜けた薬研。すると眠気が一気に彼に襲い掛かり、一分と経たない内に彼は夢の世界へと旅立っていった。

 

「全く、これだからガキは………」

 

不機嫌そうな声を発しつつも、薬研の頭を撫で続ける女性。表情は未だ硬いままだが、その瞳はどこか優しく、薬研を見つめていた。

そして彼女は一つ欠伸をし、また瞳を閉じる。次に開く頃には新たな一日が、爽やかな朝が本丸に訪れていることだろう。そんなことを考えながら、その意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、ここで終われば普通にいい話であった。過去形である。

 

「…………お前ら、いいぞ」

 

そそくさと布団から這い出て、女性は先ほどから部屋の外に感じる気配に話しかける。すると眼前の障子が音も無く開き、そこから幾つかの人影が部屋の中へと入ってきた。

 

「それではこれより、『ドキッ!朝起きたら真っ暗な押入れに閉じ込められてた時のリアクション王者決定戦を開始しま〜す!!」

 

「「わあああああああああ!!」」

 

水玉模様のパジャマ姿の鯰尾藤四郎の声を筆頭に、侵入してきた刀剣達は各々あらん限りの小声を上げて場を盛り上げる。もちろん、今回のターゲットが起きない程度に。

 

「しかしいいのか?審神者様がこんないたずらに手を貸して」

 

「確かに……、怒らないんですか?主様」

 

白のタンクトップにジャージの鶴丸国永、着流し姿の五虎退の順に首を傾げ、自らの主である女性に問い掛ける。すると女性は鼻を鳴らして、

 

「面白けりゃいいんだよ、面白けりゃ」

 

と、不敵に吐き捨てた。何だこの人、本当に審神者か疑いたくなるレベルの悪い顔をしている。

 

「さすがばーちゃん、分かってるぅ♪」

 

「うるさいぞ、ずお。起きたらどうする」

 

ノリノリの鯰尾をたしなめつつ、女性はスヤスヤと寝息を立てる薬研をそっと持ち上げてお姫様だっこ。そして三人のお供を引き連れて自室をこっそり抜け出した。

 

「場所の確保はどうなってる?」

 

「へっしーさんがお部屋の押入れを快く貸してくれました」

 

「誘わなかったのか?」

 

「一応誘ったんだが、不運なことに今日はどこかに行くらしい。ああ全く、残念で仕方ない」

 

「うんうん、残念残念」

 

「そうか、確かに残念だな………」

 

鶴丸と鯰尾のわざとらしい笑顔に、女性も真っ黒な笑顔を見せる。おそらくへし切長谷部は無事ではないのだろうが、そんなこと心底どうでもいいといった表情である。隣の五虎退はそれ以上に満面の、そしてこちらも真っ黒な笑顔を浮かべていた。どうやら逆さに吊るし上げて前以て粗塩を塗り付けた後頭部を山羊に舐めさせるいたずらを掛けられたへし切の悲鳴と絶叫を思い出して笑ったようだ。しかしすぐに我に帰ると、小さな両手で真っ赤に染まった顔を隠し始めた。可愛い。

 

「つまり後はこの眠り姫を会場にお連れしたら準備完了、でいいんだな?」

 

「Exactly(そのとおりでございます)、主様」

 

「よし、それならさっさと終わらせるぞ」

 

「「「は〜い♪」」」

 

そう言って意気揚々と、しかし周りの迷惑にならないように静かに走り出した四人。木製の長い廊下を進み、角を曲がったり階段を上ったり途中休憩したり、なんだかんだで部屋を出てから三分ほどで目的の地、へし切長谷部の部屋へと辿り着いた。

 

「ずお、開けてくれ」

 

両手が塞がっている女性の代わりに、鯰尾は障子をそっと開けた。瞬間、

 

「コラ君達、もう寝る時間じゃないのかい?」

 

誰もいないはずの、無人の部屋の中から声が掛かる。四人は目を見開いた。部屋の中にいたのは、

 

「ぴ、ぴかちゅーさん!?」

 

「その呼び方止めて五虎退くん。ちゃんと名前で呼んで」

 

鯰尾、鶴丸、五虎退と同じくこの本丸に所属している刀剣、ピカチュウこと燭台切光忠だった。

 

「お前、何故ここに!?明日の朝ご飯の仕込みをしていたはずじゃ………!?」

 

鶴丸が驚くのも無理はない。二次創作などのイメージからか、よく『燭台切光忠』という刀剣男子は料理が得意でお母さんみたいな刀剣だと言われている。今ここにいる燭台切もその例に漏れず料理が得意で、毎日夜遅くまで食事の仕込みや準備をしているのだ。

 

「確かにいつも通りキッチンで明日のカレーの準備をしていたさ。でも馬小屋からへっしーの悲鳴が聞こえて駆け付けてみたらビックリしたよ。まさか山羊に頭皮を削り取られているへし切に出くわすなんて」

 

「あ、悲鳴聞こえたんですか?ごめんなさい、急いでたので防音措置をしてなくて…………」

 

「いやそれ以前の問題だからね五虎退くん」

 

泣きそうな声の表情で謝罪する五虎退。それに対して燭台切は一瞬困ったように笑うが、すぐに真剣な表情を浮かべ、四人の前に立ち塞がる。

 

「さてと………四人共、覚悟は出来てるかい?」

 

「止める気か?無駄だぜ、俺達はお前を捻り潰してでもこのいたずらを成功させてみせる」

 

「鶴じいちゃんの言う通りですよ、ぴかちゅーさん」

 

「刀が審神者に逆らう………か。上等だ」

 

「明日の朝ご飯何ですか?」

 

殺気を放ち始めた燭台切に対抗するかのように、四人………いや三人も身構える。しかし、

 

「明日君達ご飯抜きね」

 

「「「すみませんでしたっ!!」」」

 

「あ、ちょっと検非違使さんと遊びたくなったので行ってきますね」

 

「行ってらっしゃい、五虎退くん」

 

三人は音速の土下座を決め、呆気なく本丸の胃袋に敗北するのであった。

 

 

その後、女性と鯰尾と鶴丸の三人は罰として一晩中正座させられることになり、薬研は女性の自室の布団へと戻された。五虎退は夜の虐殺を大いに楽しみ、へし切は三日程手入れ部屋から出られなかったのだが、それらはまた別のお話である。燭台切が用意した朝ご飯のカツ丼大盛りが余りに重すぎて胸焼けする刀剣男子が続出したのも別の話である。

 

ちゃんちゃん




登場人物紹介

・審神者
若い頃から審神者をやっているベテラン審神者。愛称は『ばばあ』。

・鯰尾藤四郎
審神者の近侍。当本丸のレベル最上位。愛称は『ずお』。

・薬研藤四郎
怖がりかわいい。愛称は『やっくん』。

・五虎退
性格は普通の五虎退だが何故だか趣味はクレイジーサイコパス。愛称は『虎さん』。

・鶴丸国永
最近来た新人刀剣男子。絶賛レベリング中で若干疲れ気味。愛称は『鶴じい』。

・燭台切光忠
当本丸のおかん。料理は得意だがガッツリ系のものしか作ってくれない。愛称は『ぴかちゅー』。

・へし切長谷部
名前だけ登場。このいたずらの為だけに五虎退は山羊を密林で取り寄せた。五虎退「インターネットって便利ですね!!あ、お金は主様持ちでいいですか?」
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