Fate/チェインクロニクル   作:ブロx

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何が言いたいかって、チェンクロとfateがコラボしても違和感無いって事です。

しかしまさか完結に一年掛かるとは思いませんでした。そして、完結出来るとも思っていませんでした。
 読んでくれた方々。お気に入り登録をしてくれた方々。感想を書いてくれた方々。
皆様のお陰で初長編のこの妄想話を完結する事が出来ました。
 本当にありがとうございます。

皆様方に、天下無敵の幸運を!







最終話

 

 

 

 

「――――何とも詰まらぬ結末だな」

 

 泥が言葉を紡いだのは、眼前に広がる聖光の為か。

あるいは、今までの己の人生総てに対してか。

 

「終わりなんて…大抵がこんな物よ、綺礼」

 

 声の主に目を向けると、そこには美しい黒髪を凛と光らせた愛弟子が立っていた。

泥と人間。 言峰と呼ばれていた神父と娘。八極門の師と弟子。

 

「―――――」

 

「……………」

 

 合図も無く、意図も無く両者は構えた。

腰を落とし、両の拳を縦拳として構え、敵に対して半身の姿勢。

 

 二の打ち要らずな師と弟子、唯一の違いはその左手。

師は握り拳。弟子は指先をやや広げ、だらんと下げている。

 

「・・・・。フ、」

 

 漏れた吐息は師の方であったが、それは呆れの意味があった。

時ここに至ればもはやこの弟子の死は明白であり、

 

いかに工夫を凝らした八極を叩き込もうとも、己には通じないからだ。 

 

―――この身は既に黒き泥。 頭、心臓、肺臓等どれを失っても終わりは来ない。

 

「名残惜しいが終わるのは・・・・お前だけだ。 凛」

 

神父が望んだ、死という名の終焉。それは曰く、生きる事を運命づけられた生命の目的。 

 

・・・・しかし。

 

「――――ッッ、」

 

 奔る五体の風切り音と、震脚の音が二つ。

同時に敵方の方に腰を入念に入れ、腕を突き出す。 この二人の腕肘拳は長槍の穂先であり、

 

基本にして奥義である『冲捶』を確実に叩き込める功夫(コンフー)が、師と弟子にはあった。

 

「…………、!」

 

 一撃、必殺。 震脚によって己の気血と大地を震わせ身体は軒昂。

冲捶同士が正にぶつかる、その刹那。

 

―――弟子は。 遠坂凛は拳を開いた。

 

 泥の目が見開かれる。この業は敵に拳ではなく掌を叩きつけるモノ。

冲捶と同じく基本にして奥義。 『川掌』と呼ばれる技であった。

 

 ・・・・踏み込みと、縦拳と手のひらがぶつかり合う音が又も大地を震わす。

軍配が上がるのは果たしてどちらの側か。 泥の冲捶は神域の槍の一閃に等しく、

 

凛の川掌は巨神の剛槍の一撃に相違ない。

 

「――――。」  

 

 切っ先が深々と突き刺さった。位置は心臓。同時に、全身にひびが入る敵方。 

使い手の工夫は二つ。 化勁と左手。

 

『手のひら』で受け止めた拳を掴み。 相手の力を利用しながら自分の側に引き寄せ、懐の剣を左手で握って相手を突く。

 

「 Last(レスト) 」

 

 この刹那の一連を、泥は悟った。

Azothと書かれ、己が心臓の位置にあるこの剣。全身を巡り、この身を滅ぼす程の魔力の奔流。

 

 娘はずっとずっと溜めに貯めていたのだろう。 ―――十年前、この剣をくれてやった時から絶える事無く。

 

「………綺礼。 アンタ、馬鹿よ」

 

足跡の形で潰れ、穴が開いた地面だけは全てを見ていた。 師弟の闘いも、零れ落ちる水滴も。        

 

「死を懇願した時、勝敗は決まる。 そう教えてくれたのはアンタじゃない」

 

 ・・・泥、いや、言峰綺礼は今この瞬間まで失念していた。

己の娯楽は他者の終焉を愉しむ事。 だがそれは誰よりも死を希っていたという事で、

 

「この闘いが始まる前。―――いえ、十年前の出会いからアンタは私に負けてたのよ」

 

 

『死を懇願した時、勝敗は決まる。お前はそうなるべきではないな、凛』

 

『分かりました。 師匠』

 

 

「・・・・なるほど。 私も衰える筈だ。闘いの基本を、よもや忘れてしまうとは」

 

―――Farewell.

 

今生の、師と弟子の声が重なった。

 

 

 

 

 

 

「綺麗だ・・・」

 

 黄金の光が黒い聖杯を斬った。 

異世界の草原はその輝きに照らされ、金の稲穂のように煌いている。

 

―――それは彼女の髪の色。

 

「聖杯の破壊を確認しました。…これで、私達の聖杯戦争は無事終わりです。シロウ」

 

「・・・ああ。これで終わりだ。 もう、何も残ってない」

 

左手の甲にあった令呪は、もはや跡形も無い。

 

「では私達の契約もここまでですね。貴方の剣となり、敵を討ち、御身を守った。

………この約束を、果たせて良かった」

 

 胡蝶の。午睡の。一時の。 例えは数知れず。

女と男、剣と鞘は此度の『闘い』が夢であると、同時に想った。

 

「――――」

 

「・・・・」

 

背を向けている騎士は自然に、あくまで自然に、男に向き直った。

 

「最後に、一つだけ伝えないと」

 

「・・・ああ。 どんな?」

 

 一生忘れない。 そう口を開きかけたが、つい出たのは強がりだった。

いつも通りな風で、精一杯の顔で、

 

「シロウ――――貴方を、愛している」

 

意志を込めて、こんな言葉を口にした。

 

 

 ――――風が吹く。

門出を祝福するように吹いた一陣の風は、二人にとっては背追い風。

 

TA AILLEACHT SA SAOL.

 

MA CHUARDAIONN TUE.

 

TA GLIONDAR SA SAOL.

 

CUARDAIMIS E.

 

「―――――」

 

 男に驚きはなかった。 別れは、こんな風であると思っていた。

だから綺麗に跡腐れなく居なくなったセイバーに餞別と、一生変わらぬ己の想いを口にする。

 

「AN CUIMHIN LEAT AN GRA」

 

―――愛を覚えているかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終話 『徒桜』

 

 

 

 

 冬木の街。 この国に生きる者で、その名を知らぬ者はいない。

それはこの街発祥のとある集団にあり、

 

半世紀以上の時間をかけて、その集団は人々にある種の観念を知らしめていた。

 

「ロンドンからお客が?」

 

「はい、団長。 それも上客の上客、時計塔のロードですよ」

 

「・・・・マジか?」

 

「マジです」

 

 頭をかかえる、団長と呼ばれた若き男は精悍な顔立ちとは裏腹に、神経質だった。

何でこんな極東の島国に来るの?とか。ロードって偉いんじゃないの?とか。自分達の研究はどうしたよ魔術師!?とか。

 

「・・・考える事が一杯で俺はどうしたらいいんだ?」

 

「知りませんよ」

 

黒髪を肩口で揃えている副団長が、斬って捨てた。

 

「ああこれで先代とまた比較されるんだ・・・。あの人ならもっと上手くやるのにとかそれに比べてあんたはうじ虫だとか。

お前はこの地球上で最下層の生命体だとか泣いたり笑ったり出来なくしてやるだとか―――!!!」

 

「団長。途中からフルメタルなジャケットになってます。古すぎます」

 

「良い映画なんだからつい口から出てもおかしくないだろ!? 不朽の名作ってのはな、そうやって語り継がれていくモンなんだよ!!」

 

「……また懐古趣味な大伯父上から聞いたんですか、兄上」

 

「ああそうだ。・・・っておいよせよ、兄上だなんて気色悪い。血繫がってないのに兄も妹も無いだろ」

 

「? 間桐の家に来た順でいえば、団長は私の兄ではないですか」

 

「シャラップ、タイニーガール! ―――ああごめんってごめんってその拳を下ろせ。とにかく下ろせ。

・・・・・で、だ。 時計塔のロード様ご一行は、団体何名様で来られたんだ?」

 

「一人です」

 

「・・・・は?」

 

「しかも階位は『王冠』とのこと。 やりましたね兄上。本当に門外不出、この惑星にただ一人の最高峰魔術師様と御対面ですよ」

 

「いやいや待って。 何でグランド(王冠)?オーダーでもするの? え?え?え?俺まだ6章なんだけどネタバレやめろよ」

 

「討滅の誓い!討滅の誓い!討滅の誓い!」

 

「・・・怒らせちゃったね俺の事ね。兄上の事本気で怒らせちゃったね!!!!」

 

やいのやいのやいの。

 

 グランドオーダーというゲームが昨今人気で、団長である彼もまた流行に乗る一人であった。

ゲームについて簡単な説明をすると、人間とそのヒロインが世界の平和の為に妖怪と闘うというストーリーだ。

 ヒロインは妖怪と人間のハーフで、人妖と呼ばれている。

 

―――人と妖と人妖の、百鬼夜行にいざ参らん! おなじみのキャッチフレーズである。

 

「―――騒がしいな。 これが音に聞いた義勇軍の総本山かね?」

 

 冬木の義勇軍・本家に足を踏み入れたロードは、厳つい顔をした老人だった。

全身黒ずくめで近寄りがたい雰囲気を醸し出し、力強く眼前を睨みつけている。

 

しかも足は長いし、格好の良い靴を履いている。 魔術師と言うよりは俳優という方が無難だろう。  

 

「失敬、グランド・ロード。 私は冬木の義勇軍団長、間桐刈弥と申します。会えて光栄です」

 

「同じく副団長兼秘書の間桐藍です」

 

 刹那の速さで態度と姿勢を整える。

副団長の藍は、やる時はやってくれる我が団長の事を気に入っていた。

 

「悪いがロードだとかグランドだとかを、私の前では言わないでもらおうか。

呼びたければ魔術師とだけ呼びたまえ、時間の無駄だ」

 

「………これが時計塔の最高峰魔術師ですって? まるで郵便配達員か第二次大戦の兵隊ね」

 

「・・・・客人には敬意を払え副長」

 

「…分かりました」

 

「何か言ったかね?」

 

「いえ何も」

 

「それで魔術師殿。此度は何用で?」

 

「単刀直入に言う。 義勇軍先代団長を、ロンドンまで寄越してほしい」

 

「・・・・ああぁやっぱり皆先代がいいんだどうせ俺なんか俺なんか俺なんか」

 

「魔術師殿!言って良い事と悪い事がありますよ!!」

 

 急激に崩れ落ちる男と、肩に手を掛ける女性。

見て見ぬフリをするのは大人の常識(マナー)。

 

「―――先代は私から見ても名立たる魔導家。しかも一代でこの国に義勇軍という概念を充満させた。

我が時計塔にも、その手腕は必要である。 いかがかね?」

 

「ふ、ふーむ。 成る程成る程」

 

 先代の義勇軍団長は、刈弥にとって祖母のような存在である。

物心付く前に両親を亡くし、養子として育ててくれた大恩ある女性。 

 既に隠居した祖母は、最近はどこかに出歩く事も無くもっぱら花を愛でている。

 

・・・その有様を言うと、彼女の生き様を知る者達は皆唖然とした。

 

 冬木の街の公務員として勤務し始め、瞬く間に新部署を設置した祖母は次第に人心を集中。

常に矢面に立って行動するその姿は、街を越えて国を相手にした事さえ多々あった。

 

無論、裏と表。魔術の世界とこちらの世界を股にかけて。

 

 面白いのは彼女の行動力が国の至る所に広がったという点。

俺も。私も。自分も。 時代が合っていたのだろう、憧憬と義勇の火が燻っていた人々はすぐさま祖母の仲間に加わった。

 

―――人々を束ね、お上すら相手にする怪物。 壮年を過ぎてもその性質は、いささかも衰えを見せない。

 

 ある時、海を隔てた外国の特使が冬木の街に来た折の事。

 

『―――我が国の長は、貴女の手腕と頭脳が欲しいと仰せです』

 

 流暢な日本語かつ直球な物言いで使者は伝えた。 そういう風体を好む国であったらしい。

とても小さいこんな島国など捨て、社会的に更なる上の地位と名誉と金を手に入れ、好きに生きるのが人間としての本懐だという心算である。

 

・・・一呼吸置いた、女性の眼が獅子の如く見開かれた。

 

『わたくしが足で直接参る場所は、公吏たるこの私が決める事ッ。

それを其方の方から伝言でもって童子の如くねだるとは、貴国の威信に関わりましょうや』

 

これ等は人々を束ねた云々よりも、豪放な逸話であろう。

 

 そんな彼女が、今や隠居して出不精の身。

無論足腰がすこぶる悪いとかそんな事はない。

 

心の老化は満足感にこそあると考える刈弥は、元気な祖母をずっと見ていたかった。

 

 

「―――私個人としてはロンドン行きに賛成です、魔術師殿。 先代はこの家の離れにいますので、すぐさま聞いてきましょう」

 

「よろしく頼む」

 

それを聞き、手を差し出す男。睨む魔術師。

 

「良い返事を期待していて下さい」

 

 初対面の人間と話をした後、すぐに握手を求めるのが義勇軍現団長である刈弥のポリシーである。

一拍おいて、二人の握手が交わされた。

 

 

 

 

 

 

「・・・先代。 失礼するよ」

 

「―――どうしたの?」

 

 離れの中は畳部屋であった。 

広すぎず、狭すぎず。井草の匂いが全身を刺激する感覚が、男は今も大好きだ。

 

その部屋の中央に、老女がポツンと座って編み物をしている。

 

「今ロンドンから魔術師が、グランド位階のロードがこちらに来ていてね」

 

「ふーん、そう」

 

「わざわざ頼み事をしに来たんだってさ。 どうか時計塔まで一緒に来てほしいって」

 

「? 行きたければ行けばいいでしょう?」

 

「俺じゃなくて、先代を希望してるんだよ」

 

「…………」

 

不動という単語を知らぬ、編み物をしていた祖母の手が停まった。

 

「隠居してゆっくりしたい気持ちは分かるよ。

でも義勇軍は俺と副団長と仲間達でなんとか切り盛りしてるし、この際海外旅行なんて良いんじゃないかな?」

 

「…………」

 

「グランド・ロードは先代よりも年上っぽいけど、悪い人だなとは思わなかった。

義勇軍が海外に進出するチャンスだとも、俺は思うね」

 

 人間は嘘つきだが、手だけは誤魔化せない。 握手をすると相手の性質・属性ともいうべきモノが解るのが、冬木の義勇軍現団長・間桐刈弥の特技であった。

 

「……ねえカッちゃん」

 

「何だい?」

 

「その方と握手はした?」

 

「したよ、勿論」

 

「どっちの手で?」

 

「? 右と右でだね」

 

「――――その時、あんたの左手は何してたんだい?」

 

「・・・・。――――」

 

相手の要求だけでなく、こちらの気概も見せつけろ。 老齢なる烈女の瞳が語っていた。

 

「答えはノーだよ。 私は何処にもいかない」

 

「先代。 ・・・冗談はよしてよ」

 

「衛宮さんも遠坂さんも、もうこの世にはいない。 

こないだ来た兄さんはいつも通りだったけど、長くはないね。お互いお迎えが近いのよ」

 

「ばあちゃん!!!」

 

「あんた達に迷惑は掛けないから気にしない気にしない。…年寄りだけが口に出来るジョークだからね。 

言ってみたかったら、長生きしなさい」

 

「だから!俺には・・・・俺達にはまだまだばあちゃんが必要なんだよッ!」

 

「嬉しいこと言ってくれるけれどね、もうカッちゃんは立派に義勇軍の長だよ。

足りない所は自他共に判ってるとは思うけど、だったらロンドンにはあんたが行きなさい。

 心配しなくても、義勇軍皆の絆があんたにはある。 しっかりやるんだよ」

 

「―――絆?」

 

「いずれ分かるよ。いずれね」

 

編み物を再開した老女の口元に、綺麗な皺が増えた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・何だと?」

 

「申し訳ない魔術師殿。 先代は既に隠居の身ゆえ、ロンドンには行けぬとの事」

 

「私がはるばるこんな島国に来たのは、こちらの要求を叶えて貰う為だ! そこを曲げてもらおうか!!!」

 

「・・・どうでしょう? 代わりと言っては何ですが、他の者をそちらに寄越すというのは?」

 

「―――他の、者?」

 

「義勇軍現団長、不肖私めが共に参ります。 

何処であろうとも、我らが必要なのであれば馳せ参じる。 それが義勇の獅子の気概です」

 

「私が求めているのは貴様のような青二才ではなく、あの聖杯戦争を戦い抜いた歴戦の戦士だッ!!!」

 

 表情を一切変える事無く怒号を発するのは無二の才能であると、生前遠坂のばっちゃが言っていた事を刈弥は思い出した。

 

「……お止めください魔術師殿。 先代は拒否し、こちらは代替案を出した。そして貴方は客人。

礼節あってこそ人間でありましょう」

 

 義勇軍副団長兼八極拳士・間桐藍が微笑み、怒号を遮った。

自慢の義兄を口撃していいのは、自分だけである。

 

「・・・・、―――成る程」

 

魔術師は踵を返しながら、深く腹に響くように言った。

 

「失礼する」

 

「力になれず申し訳ない。 良い一日を」

 

その背中に黒い何かが纏っているのを、この場の誰も気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 蠢くそれは、己の欲望を忠実に実行する。 常に全力で、時に利己的に、時に利他的に。

目標は冬木の街・義勇軍。求める物はその力の全て。

 

『奪う』という手並みに特化した者が次に望むのは、その更なる行使。

 

「―――つかえんな。彼奴らは」

 

 足をコツンと鳴らす。 すると男の影から夥しい数の何かが這い出てきた。

影とは元々黒い物だが、卵が先か鶏が先か。 

 

真暗なその異形は、影を漆黒に染めていた。

 

 ・・・己の利害を第一に考え、損得勘定で魔術師は動く。

心身を律するとか、自重する等といった工程は『王冠』たるこの男には簡単な事だ。

 己が心を見つめて感情を整理していけば、自ずと為すべき事が見えてくる。

 

だからそう。 わたしが利用できない存在は全て憎き怨敵だ。   

 

「奪え」

 

敵は殺す。

 

「奪え」

 

 つかえない存在は、ゴミは己の視界には必要ない。 これはリサイクルである。

スクラップは十把、この手で塵芥となるまで絞りに絞って飼って殺す。

 

「 奪え 」

 

「―――誰をだい?」

 

 男女の声が地面に反響する。 片や老男片や老女。

黒い影の全てが一斉に両眼を見開き、彼女を睨んだ。

 

「あぁ成る程。 ヤツらに囚われましたか。最高位の魔術師といっても、やはり人の子。

どこまでいっても心の隙は失くせませなんだな……」

 

「何奴」

 

「お前達に名乗る必要は無い」

 

 木々、建物、電柱、屋根、自動販売機、そして人間。 そこから生じている影という影から、何かが飛び出す。

黒く、夥しく、それはまるで軍勢のような―――

 

「 光を掴む 」

 

瞬間。 紫電が奔った。

 

「―――言っても無駄でしょうが、勘違いは正さなくてはね」

 

 老女の指先から高濃度の魔力が迸ったのが見えたのは、影が全て地に倒れ伏してからであった。

そしてその黒き異形の宿主は、見た。

 

「人間である以上悪感情からは逃れられない。 感情は人を支配し、心身を奪い、飼育する。………けれど、」

 

見た。確かに見た。 老女の周囲に今もいる、夥しいなんてものじゃない数多の軍団が―――

 

「人は金で飼える」

 

「魔術師は利害で飼える」

 

「―――だが義勇の獅子を飼う事は、何人にも出来ないのよ」

 

天空より飛来した神鳴りが、『黒』を悉く滅却した。

 

「、コフっ…………。 足腰は元気なのに、こればかりは何とも言えないね」

 

「あ、・・・貴女は・・・・?」

 

 こんな所に何故私は倒れているのだろう?

『黒』を祓われた老人は、眼前の女に名を聞いた。

 

「冬木の義勇軍先代団長、間桐桜。 ―――貴方に足りないモノは、この街に有りますよ」

 

 口元を拭って、一人、帰路に就く。 

数十年ぶりに使った魔導の術は、思いのほか老女に疲弊と寿命を思い知らせてくれた。

 

「刈弥。 そして藍」

 

「何だい?ばあちゃん」

 

「御婆様。………無茶はお止め下さい」

 

 副団長である藍は他人の気血の流れに敏い。 一目で祖母の異変に気が付いた。

だが顔面が青白く呼吸が妙に速いこの有様を、素人でも気付ける程に老女は疲労していたのだが。

 

「ありがとうね、アオちゃん。 ………今日来た魔術師さんがもしまた来たら、手助けしておやり。

私はもう寝るよ」

 

「――――分かった。任せてくれ」

 

「義勇軍は私と兄上、そして仲間の皆と一緒に運営していきます。―――光を掴むまで」

 

「困ったことが起きたら、棚の引き出しを開けなさい。 

………大丈夫。 もう皆が皆、一人前だよ」

 

冬木の義勇軍団長と副団長は、優しい笑みを浮かべる祖母のこの顔が大好きだった。

 

それが、今生の別れであったから。

 

 

 

 

 

 

 一年に一本花を植える。花を育てる。 ずっと半世紀以上昔、まだこの家が衛宮邸と呼ばれていた頃に始めた習慣。

 

今ではもう庭先は、花吹雪。

 

『楽しかったわよ、桜。 今までずっとね』

 

あの人は最期まで赤くて格好良くて。

 

『そうか、養子を貰ったのか。―――安心した』

 

あの人は最期の最期まで他人の事ばかり気にして。

 

『リンもシロウも、年長者より先にいくなんて皆悪い子なんだから。………サクラは良い子ね』

 

あの人とその従者達は私の掛け替えの無い家族になって。

 

『―――なんだ。 お前、もうここに居ないのか』

 

兄さんは、長生きして。

 

『サクラ』

 

ライダー? 何だかとても久しぶり。

 

『今までよく頑張りましたね。 水先案内は、私が務めさせて頂きます』

 

よろしくね。 フフ、何だかあの頃に戻ったみたい。あの日、貴女は何も言わずに往ってしまうんですもの。

 

『…………』

 

私ね、あれから色々張り切っちゃったのよ? そしたら勝手に義勇軍が大きくなっちゃって。先輩達とも協力して―――

 

『………はい』

 

兄さん以外、皆寂しく独身で。 でも暇さえあれば一緒に居て。楽しかったなあ。

 

『……、ええ』

 

皆養子は貰ったのよ? 遠坂先輩なんて特に子育てに躍起になっちゃって年甲斐も無く!私も人の事言えなかったけど。

 

『…それは良かった』

 

兄さんと士郎さんなんてもっと凄いんだから!意外と子供好きなのよ?あの人達。  

 

『目に浮かびますね』

 

…ねえライダー。本当は優しい脱衣婆と懸衣翁はこの先にいるの? もしかして貴女が?

 

『―――そうだと言ったら、どうします?』

 

………。

 

『また貴女に逢えて良かった。これだけは言わせて』

 

 

 

―――花も人も咲き乱れ、そして散る。 

 

―――その身尽きるまで、誰かの為。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心地良い風。草木の匂い。明るい太陽。

 

わたしは一人、そこにいた。

 

「サクちゃん。何見てるの?」

 

「そ~げ~ん」

 

「そこからだと草原も海も見えるからいいよねー。

でも木に登ったら危ないって、シンジにーさんとリンが言ってたよ?」

 

「だいじょーぶだって。 兄さんも姉さんもユーくんも怖がりさんだなぁ」

 

「お~い! おまえら何やってんだ~?」

 

ふと気が付けば、幼馴染達が傍に居た。

 

「シロウ聞いてくれよ、サクちゃんってばまた言い付け破って木に登ってさー」

 

「この高い木に? ……ほほう、これは試練ですね。過去に打ち勝てという、試練とわたしは受け取りました。

そこならユグド大陸中を見渡せることでしょう。 さあシロウ、ケツをこちらに。屈んで下さい」

 

「最近のアルちゃん、キツいや」

 

「コラーーー!!何危ないことしてるのーーーー!?」

 

「やべ!母さんだ!」

 

「メディアおばさんすいません。 ユーくんが、木に登れって…。 即刻、そして永遠に木の上にいろって……。 

ウワーーーン!!!!!!」

 

「 ユーリ? 」

 

「解ったぞ、サクちゃんはペテン師なんだ!」

 

「ペテンシって何だ? ユーリ」

 

「泥棒、人間のクズ、チンピラゴロツキ、ハンザイシャだってこの前父さんが言ってた!!!」

 

「お父さんがそんな事言うわけないでしょう!!どこで聞いたのこの子はッ!!!!

……って、お父さん?お父さん………。 ウフフフフウフフウフ…!」

 

「シロウ、ユーリ、サクラ。 いつもながらこの方は正気を失っている」

 

「嗚呼お父さん……! 私を追いかけてここまで来てくれた、私の旦那様…!!」

 

「コジロウがねー、そういう時はネゴトイッテンジャネーヨヌヘヘって言えば良いんだってー」

 

「ねごといってんじゃねーよ!」

 

「ぬへへ!」

 

「―――皆のお母さん達に言って、今日はみんな、ご飯抜きね」

 

「!? そんな…………ウソだァァアアアアアアア!!??」

 

「アルちゃん!落ち着いて!!! おれがこれからずっとアルちゃんのご飯作るから!」

 

「コジロウが言えって言ったんだ!コジロウが言えって!オレは悪くない!!!」

 

「ユーくん……。 あんまり幻滅させないで」

 

「木の上からこちらを見て、サクちゃん嗤ってた。人を嵌めたあとだというのに・・・」

 

「―――………あっ」

 

「危ない! サクちゃん!!」

 

「大丈夫か?」

 

「ナイスキャッチですユーリ。 サクラ、怪我はありませんか?」

 

「あははは!! 楽しい!!!」

 

「オレはちっとも楽しくないよ! ニーサンとリンに言いつけてやる!!」

 

「そう? ――――じゃあ一緒に、」

 

胸に顔をうずめる。 何処かで嗅いだ、誰かの香り。

 

「謝りにいこっか。 ユーリさん?」

 

「何処へなりとも。 オレはサクちゃんの親友だい」

 

 

これからも、絆で私を包んで。

 

 

 

 

 

 

         

 

 

 

 

      Fate/チェインクロニクル  

 

 

 

 

                   

 

 

 

 

 


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