魔術と死徒の姫と召喚獣《凍結中》   作:那由多20

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第14話

 二人がやって来たのは、冬木の繁華街であり、その中でも人通りが少ない小ビルの壁の前であった。壁を射通すように睨みつけているのはエミヤ。着込んでいるのは概念武装の紅い外套ではなく、極めて一般の黒いシャツ。繁華街で紅い外套では流石に目立つとの事なので、ひとまずは投影したシャツを着ているのだ。

 それでもこの二人は周囲から不審な目で見つめられていた。というのもエミヤが壁を睨みつけている行為 ーー実をいうとこれが初めてではない。

 彼はここ冬木に来てからというもの何度もこういった事を繰り返していた。

 周囲からそんな視線を向けられ明久はそわそわと落ち着かなく瞳をさまよわせているが、エミヤはそこふくかぜといった風に、壁に視線を集中させている。

 そして息をふっと吐くと口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 「やれやれ。生前とはからっきし違う場所とはな……。彼女も面倒な事をしてくれる」

 「恋人さんの事?」

 

 そんな当たり障りのない明久の好奇心から出た言葉にエミヤは思わず吹きかけてしまうのを眉を潜める程度に耐えた。

 

 「君は何をいきなりっ!……いや、そもそも彼女は私には不釣り合いなほどの美貌の持ち主であり、というよりあの性格破綻者に恋話など期待するだけ無駄なことだ」

 「そ、そうなの……?」

 

 生前に余程嫌な思い入れがあるのか、溜め込んでいたことをまくし立てるように、一気に話したエミヤに明久は彼女とは一体どんな人なのだろうと冷や汗を浮かべてしまう。

 

 「さて、着いたぞ。この壁も今まで同様、一見ただの壁に見えるが違うものだ。明久、瞳に精神を集中させるように力を込めてみろ」

 「こう?」

 

 言われたように明久は瞳に精神を集中させ、魔力を上乗せさせると

 

 「あれ!?道が出来てる!」

 「それが認識阻害というものだ」

 「認識阻害?」

 「人の意識がこちらに向かわないようにする為の魔術の事だ」

 

 (これが……魔術)

 

 初めて見る魔術というものに明久はしばらく惚けていたが、

 

 「惚けるのなら後にしたまえ。そこで突っ立っていると一般人に察せられるぞ」

 「あ、うん!」

 

 先へ奥の方へと足を進めているエミヤを明久は慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ!?」

 

 案内された通りに突き当たりの建物に入ったけど、途端に短いナイフを持った女の人に斬り伏せられようとしたところをエミヤさんが助けてくれた。

 両手には黒と白の対となる陰陽剣、干将・莫耶が握られている。

 

 「君は子供相手にも見境なしなのか?人形師よ」

 「フン……ここを嗅ぎ付ける輩は子供であろうと容赦はしないのが普通だと思うが。そこはどう思うかい、使い魔よ」

 「クッ、違いない。だが君は一つ思い違いをしている。私は使い魔などではない。一人の英霊だよ」

 

 警戒心を強めている相手に対し、エミヤさんは不敵な笑みを浮かべて対峙している。

 そればかりか懐かしげにその相手を見つめてさえいた。

 

 「英霊?」

 

 女性は訝しげにエミヤさんを見つめると、何かに気づき突然笑い始めた。

 

 「クク…そうか!貴様は五次で槍使いと戦っていたあの英霊か!」

 「やはり見ていたか。冬木に工房を陣取っている君が聖杯戦争を素知らぬふりなどするわけがないだろうからな」

 「当たり前だ。あの戦争には人形作りの原典である英霊が7人も出てくるのだからな!それでお前はどんな理由で私を訪れたんだ?」

 「ああ、その前に一ついいかね?」

 

 彼女と話を繰り返すうちに、少しずつ眉を潜めていたエミヤは、ここで核心にふれることにした。

 

 「先ほどまでの話からするに、どうやら君は私を知らないな?」

 「?何を当たり前のことを言っている」

 「成る程な。どうやらここは生前私がいた世界とは少しばかり違うようだ」

 

 ということは可能性である平行世界の一つか――そう呟くエミヤに彼女は口元に意味深な笑みを浮かべる。

 

 「ほう?詳しく聞かせてもらおうか」

 「そうだな。簡単に言えば私は君、蒼崎橙子(あおざきとうこ)の知人だったのだが、まあそれは後で話そう。今回用があったのはこの少年の事だ」

 「こっちの少年がだと?」

 

 子供が私に何のようだ?とも言わんばかりに明久を訝しげに見つめる橙子。

 その時、その少年がすっと自分を見つめていることに気がつく。

 

 「何だ?」

 「(誰かに似ているような……あ、もしかして)青子のお姉さん?」

 

 どこからかこめかみの裂ける音がした。

 

 「くっ…くく。一本取られたな橙子」

 「式…それは私に喧嘩を売っているのか?」

 「全く。オレが言っているのはこの少年の、それも邪気の無いただの疑問にお前が目くじらを立てていることをいっているんだぜ」

 

 フン…と不機嫌に視線を逸らす橙子。

 嫌悪を超えて憎悪すら感じている妹の名を聞かされたばかりか式という女性にいじられる始末。

 これで苛立ちを覚えない方がどうかしてるが……。

 

 「この少年はまだ未熟でな。自らを守れるだけの力を持ててない。それまで私が鍛えようとの事なのだが、その為にこの工房に住まわせてほしい」

 「ならばそれに見合うだけの対価を用意するんだな。魔術師とは等価交換が原則だ。それはお前もよく知っていることだろう」

 「それならば私がここに滞在するだけで十分な対価なのだろうが、加えて護衛も兼ねてやろう」

 「……私を馬鹿にしてるのか?」

 

 橙子の周囲から殺気が漏れ始める。式という女性は涼しげな表情のままであるが、その手はナイフの柄にかけられている。

 明久は半分涙目でエミヤの背後に身を隠すが、等のエミヤは至って平然な表情をしていた。

 そればかりか皮肉気に唇を吊りあがらせ、

 

 「君達も贅沢だな。世界一つ分の魔力を供給された英霊に満足ではないと言っているのだからな」

 「なん……だと……っ!」

 

 意味不明だとばかりにエミヤ達を見る橙子だが、気づいた。

 彼の内包する魔力量が常識でも測ることが不可能な程に桁外れである事に。

 

 「まさか貴様……抑止力か」

 「いかにも、その通りだ」

 

 自分の中で結論を出したにも関わらず、未だに半信半疑な呟きにエミヤは不敵に肯定する。

 

 「だが守護者とは世界の奴隷である筈。なのに何故お前は意思を持っている」

 

 

 そう。抑止の守護者とは言わば世界(アラヤ)に隷属している英霊であり、それは世界の思惑通りに使役される為、彼らからは意思という物を剥奪されている。その為、こうして会話が成り立っている守護者と名乗る男に疑問を抱かずにはいられないのだ。

 

 「…私もその時は現実を疑わずにはいられなかったよ。だがそれをこの少年の瞳は可能に出来る」

 「…瞳。魔眼の類か?式、見てみろ」

 「見るまでもない。魔眼だったら感覚で分かる。オレと似たような物だからな。その少年のはオレとは反対の、多分神眼の類だろう」

 「そうだ。そしてそれは契約であれば世界ですら断ち切る神秘を秘めている」

 「「!!」」

 

 アラヤにすら目の敵にされている規格外の神眼。そんな出鱈目な瞳を持つ明久を橙子、式は驚愕の眼差しで見る。封印指定の人形師、魔眼を何の制約も無く扱える規格外をしてもこの反応なのも当然だろう。

 もし明久が神眼を自在に使う事が出来れば、抑止力である守護者を制限なく世界の隷属から切り離す事が出来るからだ。

 この若さにしてこの少年は既に世界を敵に回せるほどの能力を開化させているのだ。

 

 「抑止の守護者に神眼の使い手。……確かに、これ以上は欲張り過ぎだな。良いだろう。お前達の滞在を対価にここを使わせてやろう」

 「オレは特に問題は無い。英霊とやらにも刃を交えてみたかったからな」

 

 (少しばかり誤算が生じたな……)

 

 受諾してくれた二人を見てエミヤは冷や汗を流す。

 別に承諾してくれた事に関しては問題はない。成果が大きいとさえ言えるだろう。むしろ問題なのは、うっかりあの二人の性格を忘れていたことだ。

 橙子は面白い研究材料を手に入れた、と言わんばかりに舌なめずりをしそうな表情をし、式に至ってはエミヤと死合いたい事しか頭に無い戦闘狂に錯覚しそうな程に獰猛な笑みを浮かべている。

 大変なのはむしろこれからだ。

 頑張れ、エミヤ!

 

 「橙子さん、ですか?」

 「何だ?少年」

 「その橙子さんは何で青子を嫌ってるの?」

 「……その話をするな」

 「嫌だ!青子はあんなにもお姉さんである貴方が好きなのに、何で貴方は青子の事が嫌いなの!」

 

 青子が私の事を好きだと?

 戯けるのもいい加減にしろ!私が青子を憎いように、それはアイツも同じだろう。

 この少年の言うことには一々癪に障る。少し黙らせてやろうか?

 

 「まあ待て」

 

 失神の魔術を明久にかけようと動き出す前に、エミヤが口を開きそれを制する。

 

 「とりあえず落ち着きたまえ。蒼崎、そして明久もだ。お前達は勘違いをしている」 

 「勘違い?」

 「そうだ。まず明久が言っている蒼崎青子(ミス・ブルー)だが、それはお前が魔法の後継者を争う前のまだ幼い彼女の事だろう。その時は至って普通の姉妹であった彼女がお前を慕っていても別段おかしな事ではあるまい」

 「成る程な。一理あるが……もうどうでもいいことだ」

 

 肩に掛かった髪を払いのける彼女の表情からして、もう例え青子が子供の頃であろうとなかろうと本当にどうでもいいようだ。

 だが明久に対する敵意は完全とはいかずも霧散していた。

 

 「それより明久(ソイツ)を鍛える()()が欲しいんだったな。橙子、案内してやってもいいか?」

 「もう勝手にしろ。私は少し休む」

 「だってよ。オレについて来な」

 

 式という女性は手招きすると奥の方へと消えていった。

 

 「じゃあ私達も向かうとしよう」

 「う、うん……(男みたいな喋り方だな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ!ここは!?」

 

 地下に続く通路を抜けるとエミヤが驚愕の表情をする。それは明久だってそうだった。

 そこは先程まで歩いていたような建物ではない。見渡す限り自然、自然、自然。

 いくら奥行きに際限が無い地下といえども、空を作るのには物理的に不可能だ。

 

 「何度見ても呆れちまうよな。この空間、平行世界の一部と強引に繋ぎ合っているらしいぜ。何でも通りすがりの宝石魔法使いが勝手に作っちまった場所なんだ」 

 「またしても貴様か!はっちゃけ爺さん!?」

 

 ただ通りすがっただけで、面白そうだからこんな世界作っちゃいました。

 それだけの理由であちこちを騒がせるのが大好き。それが死徒27祖第5位ゼルレッチ爺さんです。 

 

 「それでどうする?その少年の鍛錬をするんだろ。やっぱりこんな華やかな場所じゃ不満か?」

 

 どこか楽しそうにエミヤに話しかけてくる式に対し、エミヤも苦笑でやんわりと首を横に振る。

 

 「いいや、これだけの場所なら十分過ぎるくらいだ。元よりこの子の鍛錬に景色は不要だからな」

 

 そう言うとエミヤは地に片膝を付き、瞳を閉じて詠唱を始める。

 

 

 

 

 

 

 ―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

 

 

 それは明久の耳に不思議なほどに吸い込まれていく。そう、自分の体は剣から出来ている。 

 そう、自分でも信じられないくらい、その言葉は頭に留まった。

 

 

 

 

―――Unknown to Death.(ただの一度も敗走無く)

 

 

 

―――Nor known to Life.(ただの一度も理解されないの)

 

 

 

 ただの一度も敗走は無いのに……、ただの一度も誰からも理解されないなんて、そんな悲しい事があっていいのか。

 

 

 そして最後の句によって詠唱の詩が完成する。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――So as I pray ,unlimited blade works.(その体はきっと剣で出来ていた)

 

 

 

 その瞬間世界は彼を中心に一変した。

 果てのない焼け焦げた荒野に突き立つ無数の剣、剣、剣、剣。

 中には神秘が内包された聖剣や魔剣の類もある。そして猛り狂う爆炎が渦巻く空には歯車が一つも噛み合うことなく、誰の助けも借りまいと、一輪一輪が孤独に回り続けている。

 そんな世界で概念武装である紅い外套を身にした騎士が君臨していた。

 威風堂々と佇むその姿は正しく、この世界に存在する無限の剣の王であった。

 

 「これが固有結界か。橙子も使えるようだが、実際に見たのはこれが初めてだな……」

 

 式は初めて見る固有結界というものに心が躍っていた。だが固有結界というものに興奮していたわけではない。

 そこに突き立つ、聖剣、魔剣、それこそ多種多様な無限の剣に魅了されていたのだ。

 

 「さて明久。これからお前が行う鍛錬だが、それは至って容易とも過酷とも言えよう」

 

 そう言うとエミヤは足元の剣を引き抜き、

 

 「この場で私と戦って、私から()()を引き出せ。それが一番の道になる」

 

 切っ先を明久に向け宣告した。

 

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