「う……んっ――」
窓から射し込んでくる朝日に目が覚める。
普通なら気持ちのいい目覚めになるのだろうが、僕は死徒なためそれはない。力の大半を死徒の衝動を抑制する為に費やしてるので辛いとなるほどではないけど、それでも月明かりの方が断然良い。
「……起きよう」
とはいっても目が覚めてしまった以上、二度寝することだけは僕の性格に合わないため起きることにした。
グッと伸びをして、洗面所に向かい顔を洗う。
やはりというかまだ誰も起きてはいないようだった。
普通ならこの時間帯には起きている士郎さんでさえ、昨日は飲み過ぎていたのかまだ眠っているようだ。
未成年の僕は飲んでいないためこうして起きてるんだから、雄二達もそろそろ起きてくる頃だろう。
桜さんが来たら一緒に朝食の準備をしなければならないし、それまでの間に久しぶりにあの場所で日課をこなすとしますか。
鏡の前で髪型を整え、ルビーのように透き通る真紅の瞳を見て微笑むと、そのまま衛宮邸の道場へ向けて歩き出した。
「あ~~………なして?」
間の抜けた反応をした僕は悪くないと思う。だって道場に入った時には既に先客がいたからだ。
窓側に正座して眼を閉じて静かに瞑想をしている金髪の少女―――そう、セイバーだ。
彼女も僕と同じように凛さんが現界させ続けているサーヴァントであり、腹ペコになると何をしでかすか分からないイングランドの暴君である。
――けどおかしい。
そんな彼女がなぜ昨日の夕食の場にいなかったのだろうか。
先程から霊体化して後ろに着いてきてくれている、同じく王様に聞いてみる事にする。
「どういうこと?ギルガメッシュ」
『そう不思議なことではあるまい。アヤコの作った豪快カレーというものに興味そそられ、着いていっただけの事だ』
な、なるほど……。
確かに美綴さんのカレーならセイバーが釣られてしまうのも頷ける。
だって皮だけ剥いたじゃがいもを丸ごと入れてしまっているのにあそこまで美味しく作れる人なんてそうそういないし。
と、そこでギルガメッシュがにやりと笑みを浮かべた気がした。
『――して、どうするマスター』
「どうするって?」
『決まっているではないか。あそこに我達の気配にも気づかない愚かな騎士王がいるのだぞ。さあ、どうする明久』
――そうか。
それは良い情報だよギルガメッシュ。
眠っている状態にも近いセイバーがいるチャンスをどうするかだって?
決まってるじゃないか!
胸ポケットからこの時のためにと常備している黒マジックペンを取り出す。
ライオン好きのセイバーの為に僕が一肌脱いであげよう。
――まずは右頬に横線を三本。
――次に左頬に同じように三本。
これで猫ひげの出来上がり。
そしてお鼻を黒く塗りたくるとあら不思議。ライオンのお鼻の完成です。
さあ最後はライオンは関係ないけど個人的な悪戯……もといサービスで寝ているのに起きているみたいに瞼に目を――
「何をしているのですか?アキヒサ――」
っていつのまにか起きてるしーー!?
「お、おはようセイバー……」
「はい、おはようございます」
「今日も良い天気だね」
「ええそうですね。――それでどういうことですか?」
駄目だ。そうとう怒ってる……。
いやまさか起きるとは思わなかったし!
助けてギルガメッシュ!
―――――――――シ~~ン。
「……あれ、ギルガメッシュ?」
「英雄王ならここにはいませんが」
アイツ僕を身代わりにしたなーーっっ!!??
やばい何とかしてセイバーを宥めないと僕の命が危ない。
落ち着け吉井明久!そうだ。ここはセイバーの良いところを見つけて誉めてあげればいいんだ。
セイバーの良いところセイバーの良いところセイバーの良いところセイバーの良いところセイバーの良いところ……。
―――――そんなのあったっけ?
「……明久?」
やばい今の疑問が勘繰られたようだ。だって僕の名前の発音が流暢になってるし!
とにかくこれ以上は怒らせないようにしないと。そのためには何でも良いから探すんだセイバーの長所を。
「可愛いライオンさんだね♪」
「剣を構えなさいアキヒサ」
―――――終わった。
「ってなぜに
ほぼ反射的に投影した干将莫耶で聖剣を受け止める。
「良い機会です。今ここで成長した貴方の実力を確かめてあげましょう」
「いや、それ今無理やり取り付けた理由だよねってぬおお!!?」
思ったことを正直に話し終える前に、袈裟斬りが来たので身体を捻って強引に避ける。
こうなったらもう自棄だ!!
多少の怪我くらいくれてやるからセイバーの気持ちを落ち着かせよう。
幸い彼女も人間並の身体能力には抑えているみたいだし。
「確かに私はライオンは好きです!ですからって……ですからってこれはないでしょうアキヒサァァ!!」
「ちょっとおぉーー!?英霊の力は出したら駄目だってぇぇ!!」
つぅ!!何て力だよ。
見た目あんなに華奢なのに筋力Aって世界は残酷だよね。
あ、干将も莫耶も破壊された。これはもうヤバい…っていうか死ぬ。
――――仕方ない。
道場から盛大に木屑の煙が舞い上がる。
「ハッ!しまっ…すみませんアキヒサ!無事です……っっ!?」
セイバーの瞳が驚愕に見開かれる。
なぜなら干将莫耶が破壊され、無手になった筈の片手で聖剣を弾いていたからだ。その右手は異様に爪が伸び、そして強化されていた。
「ははっ。セイバー謝っておく。さっきまでは『早く終わらないかな』なんて思ってたけど、死徒としての能力を抑え込む為に使っていた力を開放した今は『もっと闘いたい』なんて思っちゃったりしてる僕を許して」
「性格若干変わってませんかアキヒサ!?」
「行くよセイバー!」
「落ち着いてください!」
―――いや、そういう君も身体から魔力放出してるからね。
「ふっ!」
「はぁ!」
『ちょっと待てお前らそれは不味い!』
『アンタ達暴れるなら場所を選びなさい!?』
「「…………あ」」
士郎さんと凛さんが慌てて入ってくるのを見たとき、僕とセイバーは今していることの深刻さに気づかされた。
爪と剣がぶつかり合い、衝撃波が道場を吹き飛ばした。
「ったく、家のなかで英霊の力発揮するなんて何考えてるのよ!」
「しかしこれは…」
「なに?」
「なんでもありません…」
あの後、居間にてセイバーは凛さんに説教を食らっていた。
それにしてもあの顔で説教されている光景はかなりおもしろ…いや、シュールなものがある。
「聞いているのかね?」
かくいう僕も士郎さんに説教されている。しかも話し方がエミヤさんと同様になっていてこれは精神的にそうとう参ってしまう。
「それにしても君が死徒の第10位に入っていたとは初耳だぞ。あのセイバーとも互角にやりあっていたようだしな」
「入っていたのは一年ほど前からだけど…理性を犠牲にしないと、狂ってしまわないと10位の力は出せないから実感がないんだ」
そう、アルトルージュ――アルトが狂化すればかのアルクェイドと同等の力を発揮することが出来るけど、僕の場合は狂化してもリィゾやフィナ、そして力を抑え込んでいるアルトにすら届かない。
ん?ていうかアルトもこの世界のアルトも『血と契約の支配者』って言われてるんだし、死徒の力を出した僕に気がついたんじゃ?
ま、いっか。
「おーいセイバー。それ水性だから洗えばすぐにとれるよ」
さっきからずっとごしごし顔を拭いていたため、一応教えてあげるとセイバーは一目散に洗面所へと飛び出していった。
このまま見ているのも面白いけど、公衆の面前に出た時のことを考えると何時までもそうしてるわけにもいかなかったからだ。
「こうしてみると私達って非日常な暮らしを送ってるわよね…」
今日は桜さんと二人で作った朝食を皆で食べていると、凛さんがしみじみとそんなことを呟いた。
「何だよ遠坂」
「そうですよ姉さん。魔術師が非日常な世界を送るのは当たり前な事じゃないですか」
「あのねぇ二人とも。魔術師からみても私達は異常なのよ。最上級の英霊二人に封印指定一人、そして死徒…それも27祖が一人……同じ敷地内で暮らしてるなんて協会側からしたら放っておけないわよ」
………確かに。
自慢ではないけど僕のサーヴァント――ギルガメッシュは英霊の中でも最強のサーヴァントだと思う。
乖離剣エアの真名を開放すればエクスカリバーを上回る火力を発揮できるし、そして固有結界に近い空間を具現させ、流星にも近い空間断層を引き起こすエヌマ・エリッシュ(これはCCC版)は、恐らく真祖でも太刀打ち出来ないと思う。
でもね、凛さん。
「俺からしたら明久達がすごく異常なんだがな」
すぐそばにげんなりした雄二がいた。
他のみんなもそうだけど、中には例外がいる。ちなみにその人は小首を傾げて不思議そうにしているだけだけど。
「そうでないよ雄二。雄二の身近にも僕らに近い人がいるじゃないか」
「はっ?いやいるかよ」
「じゃあ仮にも黒魔術を使った霧島さんはどうなるのさ」
「………」
―――わ、ごめん雄二。トラウマを思い出させちゃった?
ってひゃいぃぃ!?
襟から胸元に滑り込んできた誰かの手に思わず悲鳴を上げた。
「それにしても吉井君の肌の白さの秘訣は死徒だったからなんだネ♪寿命が長いってことは体の成長もそのままってことなんだよね?いいナ~♪」
「あ、愛子!手つきがやらしいわよ!」
「姉上もさわりたいと思っておるのじゃろ?」
「べ、べべ別に!そんなこと思ってなくないわよ!」
「思ってると言う意味じゃな」
「秀吉!康太!そんな呑気にしてないで助けて!」
「ワシは今鼻血を吹き出したムッツリーニの介抱に忙しくての」
「………死して一生の悔い無し」
それから十分以上も体の至るところをまさぐられたのだった。
うぅ……男の尊厳が。
まあ、気を持ち直して凛さんは気づいていないようだから言うけど
「凛さん凛さん」
「どうしたの明久君」
「27祖は後四人言い忘れてる」
「へ?何を言って『妾達を忘れておるぞ』――ってぎゃーー!?」
おお、凛さんが素の悲鳴を上げた。
そう、ここにはいつの間に来たのやらこの世界のアルトにリィゾ、フィナ、そしてプライミッツがいる。
ちなみに僕の世界のアルトとは口調が違うので見分けがつけやすい。
「ちょっと場所も教えてないのにどうしてここにいるのよ!」
「何。明久と妾とは契約を結んでおる。明久が死徒の力を開放した時点で血が知らせてくれたのだ」
「何その契約関係……反則じゃない」
いやそこが便利な所なんだよ凛さん。
どんなに認識阻害の結界を張られようが、僕が呼んだりアルトが呼んだりしたらすぐに場所が認識できてしまうんだから。
反則だろうが使わないと勿体ないしね。
「それはそうとアルト。アルクェイドとは仲直り出来たの?」
「出来ておらんしする気も起こらん」
即答ですか。
まあ気持ちは分かるけど。
だってアルクェイドの髪が伸びないのってアルトが魂レベルで切り刻んだからだし。
「そういう明久はあやつの殺人貴とは仲良くなれそうなのかの?」
「「いや無理無理」」
志貴さんの事が出た瞬間に士郎さんが反応し、僕とハモった。
一人を守るために他の人間を平然と切り捨てる彼の事はどうも好きになれない。
特に士郎さんの場合、全てを救おうとし、それでも救いきれない場合のみ一人を切り捨てる――志貴さんとは正反対の正義の味方を理想としてるため、志貴さんとは絶対に相容れないのだ。
「殺人貴とは頻繁に死合ってるさ」
「僕も士郎さん程ではないけど、自分の世界でよく争いを起こしてるよ…」
そう。
いつも向こうから攻撃してくるし、いつも僕の方が負けてるけど、そのときになったら志貴さんと同等の力を持つリィゾに助けられている。
まあこのまま守られてばかりってのも嫌だから鍛練は怠らないし、今回はギルガメッシュというパートナーがいるしね。
次こそは勝たせてもらう。
側に来たプライミッツを撫でながらそう決意を固めるのだった。