明久は考えていた。
自身と同じ姫の騎士、リィゾを連れ冬木の商店街を回りながら何やら唸っているようだ。
とは言っても今日の夕飯のメニューを何にしようかと食材店を巡って悩んでいるだけなのだが。
リィゾを連れてきたのは料理ができ、明久と共にメニューを考える仲だからだ。アルトに関しては料理は丸っきりダメで、フィナも出来ないことはない……ないのだが明久なら絶対に連れていかない。
しばらく歩き回ったところで昼になった。
大通りに出て昼食を摂るために近くのハンバーガー店に入る。
「明久……こんな安物の店など私は断固反対する!」
そう言って不満そうな表情を浮かべるリィゾが僕に詰め寄ってきた。
確かに、庶民的でリィゾのような騎士が食べるのに反対的な気持ちも分かるけどさ……。
……いや待て。
「こうなったのもリィゾが遠慮しないせいで食費が尽きかけてるからじゃないかっ!!」
「ウッ……」
忘れてたとは言わせない。
明久の作った物は美味だな――そう言って次々と食べていたことを。
初めのうちはとても幸せそうな顔して食べるものだから彼としても嬉しかった。
……それが限度を越えなかったら。
結果として、蓄えられていた今月分の食材が殆んど尽きてしまった。
すっからかんになった食材庫を見た時の明久は号泣していたという。
食事面の事に関した時の明久は鬼になる事がある。故に「食費が……」と悲壮にくれる彼の呟きを聞いて、異議を唱えるほどリィゾは命知らずではなかった。
注文した品が載ったトレイを店内のテーブルに置いて、椅子に座る。
どこか落ち着けるようにと、明久は端の席の方を選んでいたのだが、無駄な徒労に終わったようだ。その違和感に気づいたリィゾが顔をしかめる。
「……明久。何故か私達、注目を集めてはいないか?」
「は?リィゾ、気づいてなかったの?」
何がだ?
――――ふむ。成る程な。
しばらく思考を巡らせていた彼女は、何かに気づいたのか頷く。
確かに、この町に外国人というのは珍しかろう。おまけに女性の身としてこの言葉使いといったことだから尚の事だろう。納得がいく。
「……ふむ、確かにこの言葉使いは何とかせねばならんな」
「ああうん。それもあるか」
何故そこで呆れた目で見られなければいけないのか?
そう、リィゾは首を傾げた。
「? 他に何かあるのか」
「はぁ……。分かってないようだから言っとくよ、リィゾって綺麗なんだよ」
「はぁ……」
綺麗――と言うことにピンとこないのか首を傾げたままのリィゾ。
「何ていうかさ……クールビューティって言うのかな? それに似合うその口調だから余計人目につくんだ」
「そう、なのか?」
それでも微妙な表情を浮かべている彼女を見て明久はため息を吐いた。
遥か過去から騎士として身を置いてきたリィゾは、強くあれといった事などしか考えていなかったためか、自分を良く魅せようまたは魅られようといった美的感覚とは丸っきり無縁だった。
明久に言われたことに関して考えることを放棄したらしい彼女が口にした事は
「それを言ったらお前も愛らしさから人目を集めているぞ」
「何それ嬉しくない」
他の人へと話題を移すためのものだった。
明久は露骨に不機嫌な顔をする。
男なのに愛らしいなんて言われてるから当然の反応ではある。そんな明久に気づいていないのかリィゾはクックッと笑い続けていた。
「まあ人目につくってのも僕らとしての立場上戴けないし、そろそろ別の場所を見て回ろうか」
「おや?」
「んあ?」
言葉は違うがこめられた意味が全く同じな反応で出くわす面子。
明久、リィゾと雄二、翔子である。
「奇遇だね、雄二。ここに何か用でも……って聞くだけ無駄か。デートに決まってるもんね」
「待て、確かに出かけてはいるが別にデートじゃないからな」
出会って早々話が噛み合わなくなっている二人を余所に女性の方はしばらく無言で見つめあっていた。そして翔子が口を開く。
「……明久、浮気はダメ」
「へ?」
突然の事で理解が追いつかずキョトンとした顔になる。
翔子は元々物静かであまり喋らないタイプなため、前提を飛ばして核心に入ったものだから明久の反応は当然と言えば当然だ。
「えーと、霧島さん? 浮気ってどういう事」
「……?」
何で分からないのかって首を傾げながらリィゾの方に視線を向ける翔子に、やっとその意味を理解した。
と同時に改めて彼女がこういう人である事を思いだし明久は苦笑いする。
「違うよ霧島さん。彼女はリィゾ。雄二はもう知ってる筈だけど僕と同じアルトの護衛の騎士の一人なんだ」
「あー、そういやそんな話してたな……」
その顔は……さては疑ってるね雄二。
まあ確かに今どき騎士っていうワードを使うこと自体胡散臭く感じるのかもしれない。
でも現在でいうような『SP』とか『警護官』といった風に銃火器を使うわけでもなく、剣や魔術を基本とした武術を使うから騎士以外言いようが無いんだよね。
それにそんな反応されたら黙ってない人も隣にいるし、
「ほう? ならば雄二とやら、一度私と手合わせしてみるか? 別に貴様の得意そうな肉弾戦でも構わん」
「……大した自信だな」
自分の得意とする『喧嘩』でも構わないとするリィゾに触発されたのか雄二の目がスッと細まる。
あ、いけない。
こいつ乗り気になってきてる。
どんなに自分の強さに自信があったとしても只の人間では勝ち目なんか無いというのに。
ここは一つ。分かりやすい例えを教えてあげなくては。
「雄二雄二」
「あん?」
「リィゾって僕より強いから」
「それを先に言えっ!!?」
良かった。
どうやら分かってくれたみたいだ。
大切な友人をまた一人、救うことができて明久はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「成る程な。今日の夕飯の食材を、ね」
文月学園周辺の食材店を出た所で、雄二が納得したように僕らが手に掲げている袋を見て頷いた。その中には和風から洋風まで幅広く料理できるようにと多種多様な食材が詰め込まれていた。
「うん。アルトの大好きな物も買えたし雄二達に会えて良かったかな」
そう言って逆の手に掲げている白い箱を上げる明久。ラベルには洋風ケーキの品名が記されていた。
「気に入ってもらえて良かった。そこは俺と翔子が良く通っている洋菓子店だからな」
「………そこまで来てどうしてデートじゃないって言い張るのかね…」
「ん、なんか言ったか?」
「なんにも。「…明久」うん、気づいてるよリィゾ。じゃ、そろそろ僕達は帰るよ。後ろから僕達をつけている人がいるみたいだし」
(……つけている? はぁ…成る程な)
後ろを振り返った二人は明久とリィゾの言っていた意味を理解した。
四軒程後ろの方から、ドス黒いオーラを纏いながら接近して来る者二名。
姫路と島田である。
その手には鋭利な刃物と血に染まった釘バットが握られているが、その血が誰のものなのかは伏せておく。
「……あの二人は反省もしない…!」
翔子は呆れ返っていたが、その声には怒気が含まれており今にもあの二人に向かって行きそうだった。
「まあ待て翔子」
「でも!」
「落ち着けって。俺らが手を出さなくてもあの二人なら大丈夫。お前も分かるだろ?」
「……うん」
そこまで言って翔子はようやく身体の力を抜いた。
明久の規格外を分かっているからこそだ。アイツの実力なら姫路達を撒くことぐらいわけない。
もう一人いたリィゾっていうのは分からないが、アイツが自分より強いっていうくらいだから大丈夫なんだろう。
案の定、明久達は角を曲がるとすぐに側の家に跳躍して飛び乗った。
後をつけていた姫路達はその時点でアイツらを見失いそのまま来た道を引き返していった。
明久は屋根から俺達に向かって笑顔で頷くと
「っし!このまま家まで競争だリィゾ!!」
そのまま屋根から屋根へと駆け抜け走り出す。
「やれやれ……子供かアイツは。だがまあ、昔に比べて随分と笑うようになったがな」
口調こそは呆れているが、リィゾは母のように微笑を浮かべていた。そして俺達に向き直り
「これからも明久の事を宜しく頼むぞ」
それだけ言って、そのまま同じように明久を追いかけていった。まるで風のようにどんどん見えなくなっていく二人を見て
「…何ていうか、ほんと規格外だよな」
「……うん」
後に残された俺達はただただ、そう呟くしかなかった。