やはり俺の霊媒スキルはまちがっている。   作:こまつボーイ

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あたま

 今日も今日とて、わが愛しき妹は、よく似合うエプロンを身に着け、軽快な鼻歌を奏でながら、吾輩の朝食をさくさくと調理している。素晴らしい朝だ。このまま一日中、この時間であればどれほどよいことか。もはや朝食などいらない。世界が滅んで、この部屋の外が荒涼とした大地であったとしても、この時間が続くのならばそれほどの幸せはないだろう。

 しかし現実は甘くない。この朝が続くことはない。なぜなら朝というのは、昼とか夜とかといった時間と区別されてはじめて朝なのだから。他の時間があるから今、朝がここにあるのだ。これは他のすべてのことにも当てはまる。朝の安らぎは、これから自分自身に降りかかる様々な苦難―すなわち登校して学校生活をして無視と悪意の目と罵倒と面倒ごとの処理―があるからこそ感じられるのだ。そうだ。夕飯のひとときの団欒を味わうためには、苦難を越えなければならないのだ。よし、学校に行こう。今日もがんばるぞ。

 無理にポジティブな思考をしてみても、やはり気分は変わらなかった。むしろさらにダウンしているまである。これはあれか、ゾンビに聖属性の呪文をかけると逆にダメージを受けるというあれか。

 だったら闇属性で回復するかもしれない。やってみるか。

 いや待て。そうだとして、ゾンビが元気になるだけだ。いやな思考と呪詛と怠惰の思考で元気になるゾンビ。だめだろ。それこそ小町の光を浴びたら浄化してしまう。

 朝に特有のとりとめもないどうしようもない思考をだらだらと浮かび上がらせていると、ラブリーマイエンジェル小町ちゃんが朝食プレートを置いた。今日も今日とておいしそうな食事ではないか。一点を除いて。

「小町や、いつもすまないね」

「それは言わない約束でしょ。ほうら、体に障りますよ・・」いつにも増して芝居っぽい我が愛妹はいたわりの笑顔を見せる。うちの小町ちゃんならアイドル枠で月9とか出ちゃうんじゃない? 人気が出ちゃったりして、道端でサインとか頼まれちゃうんじゃない? どうしよう、お兄ちゃんエアガンでも買っちゃおうかしら。

「それはそうと、トマト・・」言うや否や、妹の顔面から笑顔が消失する。俺の言葉を聞いてから反応したのでは早すぎる。こいつ、最初からわかってやがったな・・・! くっ、できる!

「トマトはどうしてもだめなんだよ。ほら、あれだろ、トマトだって俺に食われるより、他の誰かに食われたほうが嬉しいに決まってる。これは俺のためではなく、このトマトのためなんだ。だから」

「じゃあ一生懸命作った小町のためにた・べ・て?」

 あれ、おかしいな。目の前にあったトマトが吸い込まれるように我が体内へ。妹の力ってすごいんですね。

「小町は好き嫌いないよな」

「お兄ちゃんは好き嫌い多すぎるの。食べ物でも、人間でも」何度か聞いた文言。これはあれだね、聞き流していいやつだよね。いいよね?

「実際、嫌いなら関わらなければいいんだよ。飯でも人間でも。無理して合わせるのがよくない。よく言うだろう? ベストカップルとかマリアージュとか。相性っていうのがあるんだよ。それらがよいことだというならば、相性の悪いものを引きはがすのにも同様の価値があるはずだ。つまり俺がやっていることは、世の中がより最適化された状態になるよう下支えすることに他ならないすいませんなんでもないです」

 もきゅもきゅとおいしい朝食をほおばる妹は、俺の演説を冷たい目で制した。

「ふーん。小町が作ったトマト嫌いなんだ?」

「トマトは作ってない。輪切りにしただけだ」

「小町が輪切りにしたトマト嫌いなんだ?」

 あれ、おかしいな。残りのトマトもどこかにいっちゃったぞ? 不思議なこともあるんですねえ。

「小町、食べたくないものを食べるのってどんなときだ?」ふと思いついた質問をぶつけてみる。小町は咀嚼中。もう少し言葉を増やしてみる。「妹愛によって嫌いなトマトを食べるってのは特殊な例で、基本的には食べたいものを食べるだろう? 食べたくないのに食べるのってどんなときかな」

「うーん、どういう質問なのかわっからないけど」彼女のフォークはウィンナーの正中を正確にとらえた。これなら突然邪神が襲ってきても大丈夫だろう。「小町も、野菜がすっごく好きってわけではないけど、食べるよ。だって健康にいいもの」

 健康ねえ。まあ、それはひとつの理由だろうな。・・・長生きしたいなんていいですねえ、楽しいことがたくさんあるんですねえ。そうでもないか。俺も長生きしたいし。

「あと、薬飲んだりぃ、友達に勧められたお菓子とか。太っちゃうからあんまり食べたくなくても、女の子は食べなきゃならんときがあるんですよ」膨れた頬がハムスターを思い出させる。

 そんなものか。

 小町の提供する話題が女子との会話という内容に変わったので、曖昧な返事で聞き流しつつ、くせになっている場合分けが頭の中に展開される。考えておいて損はないだろう。

 食べるということに限定せずとも、人がある行為をする理由にはいくつかある。それを類別することには、たぶん意味がある。あの黒ずくめの役立たずとまではいかなくても、可能性を精査することは必要かもしれない。もっとも、それが必要になるときは相当な危機的状況と言わざるを得ないだろう。しかし、どんなわずかな可能性もありえるという考え方は、事実であり、俺が自分自身の経験から得た教訓であった。この考えを変えることは、たぶんできない。

 食べる、という行為。これにどんな意味があるのか。それを考えることは、無駄ではないはずだ。

 

 

「あら、今日もとってもいい調子ね比企谷君。目玉が飛び出して両手を前に突き出して、絶好調じゃない」我が部の部長様は柔和にほほ笑みながらなかなかの侮辱の言葉を口にした。「そんなことでは、今回の依頼の遂行は難しいでしょう」

「お前こそ、なかなかの舌鋒でらっしゃる。機嫌がよさそうなところを見ると、何か成果があったのか」

 雪ノ下雪乃は、小さく生白い顔にほんの少し驚きの色を浮かべると、すぐに目を反らした。「ええ、さっきまではそうだったのだけれど、あなたの登場で気分が悪くなったわ。この借りはどうやって返してもらおうかしら」

 お決まりの罵倒が一通り過ぎると、彼女は由比ヶ浜を待つと言い始めた。確かに報告事項があるなら、全員揃うまで待つべきだ。

 ふと、朝食をとりながら思いついたことを聞いてみることにする。

「まあ、雪ノ下」

「何かしら」文庫本から目を上げる彼女の視線は強い。このタイミング、昨日の今日で由比ヶ浜を待たずに珍しく俺からの会話の開始。何かを感じ取ったらしい。相変わらず勘のいいことで。

「ものを食べる理由として、どんなものが挙げられる?」質問した直後、あれ、俺ちょっとバカみたいじゃね?と思ったことは秘密。たいして部長様は、さっそく何か考えている様子。さすがは優秀でいらっしゃる。

「食べる理由を分類して、それぞれどのような解決策や防御策があるか考えようということかしら」

 いや理解力ありすぎでしょ。何この子。俺がすげー適当なこと言っても、何か深いこと考えて、俺に道を照らしてくれそう。

「そうだ」

「まずその前に。食べたい場合と食べたくない場合があるわ」雪ノ下雪乃は答える。「単純なほうからさらに分けていくと、食べたくないのに食べた場合と、食べさせられた場合があるわ。食べさせられたというのにも、物理的に食べさせる場合と脅迫などによるものがありえるわね」

「脅迫ねえ」

「今回の例で言うと・・。犯人はヒトを二人ほど連れてきて、一人を縛ったあと、もう一人にそれを食べさせた」雪ノ下は眉をひそめる。「考えにくいわね」

「あまりにな。小町に聞いたら、友達と一緒にいると仕方なくってこともあるし、薬なんかは苦くても飲むとさ」

「いずれも食べたい場合に該当すると思うわ。食べたなら、どんな状況でも、食べないことよりも食べることのほうが得だと考えていると思うわ」

「じゃあ、食べたくて食べる場合はどうだ。それとも食べたいというのはどんなときだ? 空腹? おいしそう? それくらいしか浮かばないが」

「あまり、気持ちのいい話ではないわね」

「そらそうだ」

「本能的に食べたい場合と、理性的に食べたい場合、大別するとそうなるかしら。前者は単純においしそうだから。後者は栄養面の観点や薬などの健康を維持するためのものが多いでしょう」

「なるほど」

 そうやって分類していけば、いつかどれかにヒットするかもしれない。さすがは我が部長様、すばらしいアタマをお持ちだ、と思っていると、お持ちでないほう(そして別の素晴らしいものをお持ちのほう)が現れた。

 ひととおりのあいさつののち、奉仕部のアタマは報告を始めた。

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