ダンガンロンパ If Heart Compasses 作:ミュウト
どれ程、気の遠くなるほど僕たちは眠っていたのだろうか。
何時間か、何日か。はたまた何ヵ月か。今となってはよく覚えていない。
覚えているのは、あのバスの中までの記憶だけ――
――――――――――――――――――――
<???>
「……ねぇ、キミ?」
誰かの声が聞こえる。
それも、どこか幼い声。確か、バスに乗ってるあの女の子だっけか――
「大丈夫? ねぇ起きてよ、起きてったら!」
「う、うぅん……」
うめき声を上げながら立ち上がる僕。
心なしか、体が強張っているように感じるのは気のせいだろうか。
「良かったぁ、目が覚めたみたいだね」
ようやく目を開けた僕に、白のメッシュが入った茶髪の女の子は手を口元に当てて一息付き、笑顔で答えた。
どうやら固い床の上に倒れていたらしい。道理で背中が痛い訳だと苦々しく思いながら、膝のホコリをはたいて彼女と向き合う。
「……ここは?」
「ボクたちも、気が付いたらこの場所で寝てたんだ……」
僕の問いに、左肩に小さな肩当てを付けている女の子はしきりに顔を左右に向けながら頷く。
「他のみんなは、何か手がかりが無いか探しに行ってるの。琴絵くんだけまだ起きてないって云うから、心配で見に来たんだ」
僕は話を整理しながら、彼女と同じように四方を見渡してみた。
ここは、教室、なのだろうか。黒板がある方には、数多くの生徒用机が置かれているようだ。
うっすらと明かりが灯るその空間には、舞台が始まる前の薄暗いホールのように妙な静けさを感じる。それに、脚立のある黄色いカメラも。
何だろう、どこか不自然な……
「そういえば、君は……?」
ふと、起こしてくれた女の子の名前は何だったっけ。僕はそっと素朴な疑問を――
「え? まさか、ボクの事、覚えてないの……?」
「あ、いや、そういう訳じゃ!」
ぶつけた刹那、彼女の元気な顔が萎れて落ち込んでいく。
悪気は無かったとはいえ、目の前で泣かれては堪ったものではない。僕は慌てて訂正を入れようとした、けれども。
「しょうがないなぁ、じゃあ… 改めて紹介するねっ」
肩をすかしてため息をつくなり、ケロリと明るく答える女の子。
「ボク、的場汐音っていうの! フェンサーこと剣使いなんだ!」
剣使いの女の子――汐音さんは、鈴のように高い声で自己紹介を交わした。
なるほど、左腰の鞘に差してた剣がそうなのか。確か、西洋剣――レイピア。てっきり玩具かと軽く見てたけど…… 白地と水色のノースリーブと青いベストの上に、左肩の肩当てと革製の胸当て。如何にも冒険者って顔立ちだ。
これは甘く見ない方が良いかもしれないな。
【
「それじゃ僕も。僕は舞凪琴絵、才能は――」
「"ヒップホッパー"でしょ? ダンサーみたいなもんだよねー」
礼には礼を。そう思い立った僕はお返しの自己紹介をしようとした折、汐音さんが自分の才能を当ててきた。
いつの間に僕も有名になったもんだな、やるな佐之宮先生――
「って、これで知ったボクが自慢できる訳じゃないけどね、えへへ……」
と、彼女は黒いタブレットを右手に持ったまま苦笑い。
不思議に思いながら僕はその画面に目を向ける。すると……
【
僕の名前、顔写真。そして、明記されている自身の才能。
そうだ、さすがに僕も自分の才能は忘れていない。踊り子の中でも、特にトップダンサーと同等の能力を示す肩書き――家族と自我流ながらの経験の支えあって、努力して天才となった、"努力型"の肩書き。
見事なまでに詳しく記されているその情報には、一時気恥ずかしさから目を背けたくなる程である。
「通信簿……プロフィール?」
最新式と思わせるそのタブレットは、指を画面に触れただけでも即座に反応してくれるようだ。
学級名簿のコンテンツから、判明できたのは、僕と汐音さんを含めて全員で17名。また、先生と先生代理も入れると追加で2名。
つまりは19名と云う訳か。今後の分校生活において、共に暮らす人達が揃っているのも納得できる。
状況をまとめた上で、僕は汐音さんからの期待を寄せる眼差しをかわしつつ、自分のブレザーのポケットをまさぐった。
少しでも時間を確認しようと――思って……
「あれ? スマートフォン、じゃない……?」
「ボクの携帯もいつの間にか、それに変わってたんだ。連絡は出来ないけど、情報は無難に見られるみたいだよ?」
不思議な事第二弾。僕のポケットから、汐音さんと同じタブレットが出てきたのだ。
ちなみに念の為電源を入れてみると、起動音と共に、"ようこそ! 希望ヶ峰学園へ!"のテロップと僕自身の名前が表示された。
歓迎してくれるようで嬉しいけれど、私物である携帯がどこかへ消えてしまった不安は否めない。僕たちが寝ている間に、家族と連絡し合える道具関連を犯人たちが持ち去ったのか……?
『よっしょっと。ちなみにボクもいるでしゅよー』
突然、幼稚園児のような声が聞こえてきた。それも、すぐ近くで。
驚いた僕が辺りを見渡すと、汐音さんが見慣れない動物を手に、僕の方に向けてしきりに気を引こうとしているではないか。
青緑色の花柄のリボンを付けた哺乳類? それにしてはまん丸くて可愛いような。
「おわっ!? 汐音ちゃん、いつの間にハムスターを――って、何だぬいぐるみじゃないかぁ」
『えへへっ、驚いてる驚いてる……』
僕の反応を見て、悪戯っぽく笑う汐音さん。そのハムスターのぬいぐるみにも、彼女の声から不思議と感情が出来上がっているように見えた。
淡黄色の体毛に橙色の耳。澄んだ水色の円らな瞳。近くで見ていると、愛くるしく映るのも分かる気がする。
『ボクはペネロペでしゅ、シノンのパートナーハムスターなのでしゅ!』
不思議と人間味が見受けられるハムスターのぬいぐるみ――ペネロペを動かしながら、汐音さんは声を変えて紹介した。
これは俗に言う――パントマイムってヤツか。
『以後よろしくなのでしゅる~』
最後にわざとらしく間延びするように、紹介を終えるなり彼女はペネロペを左腕に寄せ、それから恭しくお辞儀をした。
「いやぁ、びっくりしたよ。声の使い分けすっごいな!?」
完璧な声帯模写ではないにせよ、彼女たちに惹きつけられる魅力が確かにあった。僕は目を見張りながらも、思わず拍手を返す。
汐音さんは顔を赤らめながらも「趣味とは云え、たまにしかやらないけどね。それにペネロペも、ボクのパートナーだし!」と満更でもない様子。
ちきしょう、可愛いじゃないか。不覚にも惹かれそうになった僕の純情を、返してもらおうじゃない。
「とりあえず、この部屋から出てみようか。汐音さん、これからよろしくね――」
「汐音って呼んでよ、気軽にねっ。ボクも、琴絵お兄ちゃんと一緒に探検したいのあるし!」
「ははは… じゃあ、汐音、ちゃ――お兄ちゃん!?」
不思議な事が続くと理解が追い付かないとは、まさにその通り。
汐音さ――否、汐音ちゃんの発言に思わず僕はたじろいでしまったが、彼女はお構いなしだ。僕の手をしっかり握って、教室のドアの方へ歩いていく。
この先には、何が待っているのか。不安はあれど、自然と好奇心の方が勝っていた。
「それじゃ、扉開けるよ?」
彼女が頷くと共に、僕は扉の取っ手に指を掛け、そっと引き開けた。
<???前の廊下>
「琴絵!」
「コトエ…! シノン、無事。二人トも!」
『舞凪くん、無事でよかった……』
教室の前では、少人数の人たちが立って待っていた。
学級名簿の中で確認した生徒二人、緑と白のカエル――先生代理であるカエコ先生だ。生徒の内、一人は男子。もう一人は女子の生徒だ。
僕の顔を見るなり、彼らは駆け寄るようにして集まっていく。
「みんな! カエコ先生も!」
「ね、だから心配いらなかったでしょー?」
僕は再会できた事に喜びの声を上げる。汐音ちゃんも同じように、無事だった事を目線で伝えて朗らかに笑う。
「で、オレの事、覚えてるか?」
ふっと、黄白色のニット帽を被った赤髪の少年が僕の肩に手を置いた。と思うと、じっと僕を観察し――
「もちろん覚えてるよ! キミは確か――」
汐音ちゃんが先に手を挙げて回答した所を、「汐音、アンタじゃなくてだな」とその赤髪の少年は額を掻きながら制止した。
「ほら、お前とオレとでイラストを交換し合った仲じゃんかよ」
どうやら彼の口ぶりから、僕から答えて欲しいようだ。
普通なら戸惑ってしまう所だが、僕には迷いはなかった。そう、あのタブレットで見た情報と、本校にいた時の記憶を呼び起こせば……
お待たせ、僕を呼んだかい?
おぅ、来たか琴絵! ちょうど良い所で会えたもんだ――
ほら、お前に頼まれたイルカの絵。どうだ、カッケーだろ?
躍動感が溢れてて、それでいて儚さも感じる…… まるで生きてるみたい。ありがとう、――!
良いって事よ。ほら、オレとアンタは真のダチだしな! またリクエスト、受けてやっからな――
そうだ、思い出せない事は無いはずだ。
彼は確か、僕と同じ生徒の一人。しかもイラストに関係してる親友と云ったら――
「泉樹! 忘れる訳ないだろ?」
「そうそう、オレも親友の事忘れる訳ねぇっての! ははは!」
生まれつき記憶力は自身がある方、文句なく正解を導けたようだ。
彼――泉樹は悪戯っぽく笑みを浮かべながら、僕と汐音ちゃん達を前に自身を指差しながら答える。
「この際だから紹介な。"超高校級の絵本作家"とは、まさしくこのオレ――烏丸泉樹の事さ。改めて、よろしくな!」
――変わってないな、お前も。
彼の紹介を聞きながら、僕は心の中でそっと思い返す。
【
「もう既に言ってくれたけど――泉樹は"絵本作家"として、学生と芸術家を両立してる、クールな天才の一人と云っても過言じゃないんだ」
僕も、泉樹の事はよく知っているつもりだ。
グリム童話"狼と七匹の子ヤギ"から感銘を受けた彼は、今までに小中学校の図工美術を極め、その上に独学でイラストの表現力を高めた“元よりの天才”。
今までに、リメイクを含めIF考察を基にした新たな物語を作り上げた実力を持つ、謂わば芸術肌の一人。
時に変人扱いする者も見受けるけど、彼ははばからず自分を出して、嫌な事は嫌とハッキリ言うさばさばとした兄貴分。僕も、そんな泉樹に憧れを――
「でも意外だよねぇ。見た目がチャラっぽいから、言ってくれなきゃ必ず別の肩書きだと勘違いしそうな――」
「チッチッチッ。人間外見に依らないもんだぜ、コネズミ連れたおちびちゃん?」
「ボクはおちびちゃんじゃないもん! 汐音って名前、そっちはペネロペなんだからぁ!」
「わーったわーった。はは、からかい甲斐があるの悪くねぇや!」
いや、彼にも欠点はある。その物着せぬ辛辣な毒舌並びに、ドSである事だ。
希望ヶ峰に入学するまでの彼は、頼りとなる友人はいなかったらしい。というのも、今までにやりとりから誤解される事が多かったのにも起因しているだろう。
……ペネロペを持って頬をふくらます汐音ちゃんをからかっている泉樹を前に、僕は頭に手を当てる。
「……ここに来るまでの記憶、何人かは飛んじまってるみてぇだな」
「ワタシ、覚えテル。キゼツ、すルまでの記憶……」
「オレもだぜ、どういう訳か。けどアンタ程鮮明じゃねぇしなぁ……」
しばらく間を置いて、泉樹が腕組みしながら前の事を思い起こそうと話を切り出す。
そこに、灰色混じりの緑ジャケットを着た肩まで届く赤髪の少女も参加して、懸命に記憶に働きかける。
「何つーか、成り行きってーのかなぁ。オレ達はあのバスから連れ出されてここに来た、っていう線が――思い当たりそうなもんだがねぇ」
「ワタシもソウ思うワ。アノ変なマスクマン達、ボムを投げ付ケらレた当タりカラ…… イズキの推測、コレクトかモ」
「ここ、見覚えないもん。地図みたいなのがあったら幸いなんだけどなぁ」
「だとしたら、僕たちは……」
僕も含む4人は揃いに揃って思った事を口に出す。しかし、明確な答えには結びつかず、結局は謎が深まるばかりだった。
カエコ先生も思う所があるのか、会話に加わらずに僕達をじっと見守っている。
「あ、ソウソウ!」
行き詰まりそうになった所で、赤髪の少女は手を挙げ、話を一時中断させた。
「じゃ、ネクストワタシのTurn! Listen to me!」
カタカナ雑じりの日本語と流暢に英語を織り交ぜながらも、彼女は僕たちに声を掛ける。
「ハロー! リピート、自己紹介。ワタシ、ジャスミン・フランキーっテ言うノ。チョウ高校キュウ……ココでQuestion!」
「おいおいちょっと待てよ! 普通、このくだりは教えるとこだろ!?」
一見変わった自己紹介に、何人かが床にずっこけそうになる。特に烏丸は慌てた様子で件を訂正しそうにする始末。
「コトエとイズキ、シノンのトーク。やってみたい事……今、思イ付イたノ。サテ、ワタシの才能、なンでしょー?」
赤髪の少女、お前もか。
またしてもシンキングタイムの突入に、僕たちは再び頭をひねらす事に。
彼女――ジャスミンさんは一体、どんな才能の持ち主なのだろう……
「イズキには、さっき見せた"アレ"。覚えテルよネ?」
「ん…? アレ、か……?」
泉樹に耳打ちするかのように小声で言うジャスミンさん。二人には分かる、大切なヒント込みの才能なのか。
見せる、て事は。彼と同じ芸術系の才能? いや、それは安直すぎるか。もしかして、芸能に関わる才能……?
「あぁ、思い出した! 確かサーカスのメインパフォーマーとして有名な――“ジャグリング”を見せてくれた事か!」
「イエス、ザッツライト! 覚えてイてクレて、嬉しい、ワタシ!」
僕と汐音ちゃんが答えられない中、泉樹は合点と相槌を打って答えを打ち出した。
正答に導けた事がよっぽど嬉しいのか、子犬のように可愛らしく笑みを浮かべながら、ジャスミンさんは自身の才能を語ってくれた。
「ソウ。ワタシの才能ネ、"パフォーマー"なのヨ!」
【ジャスミン・フランキー Jasmine Franky "超高校級のパフォーマー"】
「ったく、茶目っ気なとこあんなジャスミン。オレ一人勝手に焦れてて、それこそ道化じゃんかよ」
「それ、ピエロになっちゃうよ泉樹」
泉樹の一言に苦笑いしながらツッコミをする僕。パフォーマーと云う事は、公園でたまに見かける楽器の奏者なども該当するのだろうか。
でも、これで二人の生徒と合流出来た。これからの生活に、潤いを与えてくれる切っ掛けになるのは間違いなさそうだ。
「エブリワン、こコが何処カ、探るって。散らばっテ、行っチャッタ」
「つまりだ――要するに、他の人たちは手分けして状況を確認してるって訳だ」
「そっか、泉樹たちは僕を待っててくれてたんだ……ありがとう」
ジャスミンさんの話から、他のクラスメートはそれぞれ別の場所にいる事が分かった。
僕は、汐音ちゃんと共に改めて、自分が目を覚ますのを待っててくれたトモダチにお礼を言う。今でこそ、言い表わし切れない程。
『ワタシ――いえ、ウチも、もう一回自己紹介すべきよね』
ようやくカエコ先生が口を開いた。先程まで黙っていたのは、僕たちの会話に水を差したくなかったから、だろうか。
少し強張った顔ながらも、彼女は鈴のような声で紹介を切り出す。
『ウチ、ルチアのパートナーを務めてるカエコって云うの。よろしくお願いしますわ』
【カエコ Kaeko "希望ヶ峰学園の
品の溢れる挨拶からは、まるで女王の降臨を思わせるような――いや、先生には悪いけど、そもそもカエルの時点で雰囲気が似つかわしくないか……。
そう心の中だけで完結する僕を他所に、恭しくお辞儀をして僕たちに近寄るカエコ先生。
「イズキ、Ms.カエコ。シノンに、コトエ。ワタシ、改メて、バッチシ覚えタ」
ジャスミンも名前を順に指を差しながら再度確認し、覚えられた所でそっと笑い掛ける。
『本来なら、ルチアが率先して確認するようなもんだけどね。当事者がいないんじゃあ……』
「心配すんなよ、カエコ。きっと先生も探索に乗り出してんだろ」
「ソウソウ。Ms.ルチア、何事も無ク……きっと、落ち合エル!」
不安を口にするカエコ先生を気丈に励ます、泉樹とジャスミンさん。
汐音ちゃんも小さく頷きながら、「大丈夫だよ!」と自身を奮い立たせるように目配せをした。
本当に、佐之宮先生は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
「さて、立ち話も何だしな。オレ達も手掛かり探しに戻るとするか?」
一通り紹介を終え、泉樹とジャスミンさんはカエコ先生を連れて廊下の方へ出る準備を始める。
「琴絵お兄ちゃんはボクが付いてってるし、心配しないで良いよ三人とも!」
「あはは……汐音ちゃん、それはどうも」
「琴絵はああ見えて、ボーっとしてる所があるからなー」
「何だよ泉樹、お前だって人の事言えないじゃんか! 間違ってはいないけど、さ……」
『人のふり見て我がふり直せ、よ。舞凪くん』
「うぅ、カエコ先生まで……」
僕は汐音ちゃんと一緒に探索する事となり、泉樹達とは別働隊として一旦別れる事となった。
ちなみに、カエコ先生。何かと僕に毒を吐くのはちょっこし止めて欲しい所だよ。まぁ、よく見ているって事にしておくけど……
「グッドラック! 二人トも、行ッテ帰りー」
「……一応突っ込んでおくが、それ昔のウィスキー社長の言ってた挨拶か?」
「ウィ、挨拶。ドラマで見てた、マネ」
『こんなご時世でも、テレビは活躍してるわね…… じゃ、ウチらも行きましょうか』
「うぃす、了解だ」
ジャスミンさんの一際変わった“いってらっしゃい”の声を背に、僕たちはまだ見ぬクラスメートと教室を求めて歩き出す。
ドラマって、殺伐とした世の中でも、癒しと心の訴えを与えるモノだよね。
――――――――――――――――――――
再び二人きりになった僕と汐音ちゃんは、しばらくタブレットの情報を眺めていたり、その場を見渡したりと様子を見ていた。
白く光を灯している電灯、それに無機質な灰色のタイルの床…… うーん、天井の隅っこにカメラが置いてあるのが無性に気になる所だけど。
「えっと、僕たちが出た部屋は後ろにあって…… あ、左の方にもう一つあるのか!」
「上にプレートも一緒にあるみたいだよ、"1-1""1-2"って。如何にも教室っぽいよねー」
もしかすると、ここはドラマ撮影用に作られた病院っぽい所なのか。
逸る不安を押し殺しながら、僕たちは隣の見知らぬ部屋の方へ足を運んでみる。
その引き戸も鍵は掛かっていなかった為か、すんなりと開いたみたいだ。
<1-2 教室>
「そっちは何か見つかった?」
「うーん、ボチボチでんなぁ。オレちゃんのタカの目を持ってしても、糸口は見つからんねぇー」
「はぁ、素直に収穫無しって言ったらどうなのよ。あんたのしゃべり聞いてると、変に気が抜けるからさ……止めてくれないかな」
僕たちの他に、既に探索に乗り出している二人の先客――男女のクラスメイトがいた。
前に倒れていた部屋の内装と、この部屋とでは殆ど大差は見受けないようだ。
「まぁまぁ、そう固くならずにさぁー。代わりに別の物を見つけたもん――ほら、ちょうどお二人さん入ってきたし」
「全く、あんたって人は……」
硬貨らしき道具を上に投げている青年の声に、話をしていた茶髪のセーラー服少女がため息を付いて、ようやっとこちらの方に向き直る。
「吉行お兄ちゃん、冬狐お姉ちゃん!」
「おー! やっほ、汐音ちゃん!」
「第一声が"お姉ちゃん"って……あたし汐音の実姉じゃないから。普通に冬狐って呼んでくれれば良いよ」
青いエプロンと白半袖シャツを着た茶髪の青年が、僕たちに手を振ってにかっと笑顔を浮かべる。
一方、明るい茶髪を透明なビーズで飾り付けた白いゴムでポニーテールにした少女は、汐音ちゃんの声に少し呆れた顔をしながら訂正を促す。
「今時、訳分からないよね。目が覚めたと思ったら見知らぬ場所にいるって」
腕組みをしながら、脚立のあるカメラをにらみつけるポニーテールの少女。汐音ちゃんも一緒に観察に加わり始める。
そのカメラって、隣の部屋――1-1のプレートの部屋にもあったものだ。一体誰が、何の為に、設置されているのだろうか。
集合写真、にしてはまだクラスメイト全員が集まっていないモノだし…… これは謎である。
ふと、「そうだ、自己紹介だよね」と少女が僕の方をじっと見て――
「あたし、牧苗冬狐っていうの。超高校級の"幸運"だよ―― と言っても、今まで幸運だった事なんてあまり無いんだけどね」
少女――冬狐さんは苦笑いしながら、そう紹介を切った。
"幸運"……そういえば、希望ヶ峰のクラスでは年に一回抽選で新入生をスカウトしてるって聞いていたけど。彼女が幸運枠の人だったのか。
是非、仲良くなりたい所だけど。僕は改めて思い直した。
【
「ちなみに、あんた男なのよね。普通【琴絵】って、女の子の名前でしょ? 初対面の時は誰だって間違えるよ」
「へ、そうだっけ? そういや、幼い時もよく話題にされてたな……」
「あんたよく今まで耐え忍べてたねー」
冬狐さんの問いかけに、不覚にも僕はビックリしてしまう。
というのも、琴絵という自身の名前に誇りを持ってた分もあり、由来と誤解について聞かれると自然とたじろいでしまうのだ。
「はぁ、自分とこに入学する権利を与えられることを"幸運"って言い切るなんて、ホントいい度胸してるよ」
頭に両手を置きながら一息付くなり冬狐さんはそうぼやくも。「まあそれだけの実績があるのは確かだし、あたしも嬉しかったんだけどね」と、どこか嬉しげにしている。
選ばれるって事は素直に嬉しいの一言に尽きるんだね、うん。
「積もる話は、また今度にしましょ。今後もよろしくね、舞凪」
冬狐さんの言葉に僕も頷く。汐音ちゃんもカメラの観察を終えたのか、近くに戻ってにひひと擦り寄ってきた。
何処か奇妙な空間ではあるけれど、クラスメートが数名いるだけでも心強く感じるものだ。僕はこの二人に出会えた事を誇りに思う――
「おーい、オレちゃんの事も忘れたらヤムコマりんちょー」
と、先程の青いエプロンの青年に声を掛けられて我に返る。
「そうだ、君は……?」
「あ、そういえば名前言ってなかったねー。オレちゃんね、香西吉行ってーの。よろちくび!」
「軽ッ!?」
あまりのノリの軽さに僕が素っ頓狂な返答をしてしまった中、その青年――吉行君は「……でへへ、なーんちゃってー」と後頭部に手を当てながらカラカラと笑っていた。
クセの強い人って、泉樹以外にもいたんだな。改めて覚えたり。
【
「吉行お兄ちゃん、普段はおちゃらけてるけど、いざと云う時とっても頼りになるんだよー!」
「嬉しい事言ってくれんじゃん、しーちゃん! 今なら頭よしよしに、高い高ーいもプラスしちゃうよぉー、にゃはははは」
「あの… ボクだって高校生だよ? 店に並んでる時、小学生と勘違いされたボクとしては嬉しくないかな……」
「そりゃ失敬ってヤツさね! 大丈夫、この当たりまでにするからー」
「こら、二人だけの世界観作らないの!」
背を引き合いに出されて少しうつむき加減になる汐音ちゃんと、どこかふざけている様子でありながらあまり気にしていない吉行君。
こうしてみると彼の方が、『普段はグータラしてそうだが、やるときゃやる兄貴』に近いのだろう。表面上がそう見えさせるだけで、内面は真面目、そう受け取っておこう。
それにしても、今のやり取り…… 家族と一緒に見たミュージカルの序盤にどこかそっくりだ。ライオンの赤ちゃんが思い当たったのは、ここだけの秘密。
「吉行君、アルバイターなんだ?」
「そ、オレちゃんの超高校級の肩書きなのよ。今思うと懐かしいなぁー、才能開花するに至ったのちょうどオレちゃんが小6の時だしー」
「へぇ……そいつは凄いね。主にどんなお店を手伝ったりしてたの?」
吉行君は顎に手を当てながら、昔を思い起こすように目を瞑って思い出そうとしている。ここに来るまでにいくらか人生経験を積んできたのだろうか――
「香西、それよりも伝えたい事、あるんじゃなかったっけ?」
「ん? あぁ、そうだったねー」
その話は一旦冬狐さんの制止により中断となり、僕と汐音ちゃんは二人の許に集まった。
吉行君の右の掌には、先ほど上に投げていた硬貨がある。お金、にしては何か違うようだ。
「熊の顔が描かれた……コイン?」
「冬狐ちゃんと探してる時に、床に落ちてるのを見つけたって訳。何に使うかよく分かんないから、気に入ったんならあげても良いかなーって」
「あたしはパス。誰も好き好まないよ、今時悪趣味なの」
「クマ……」
吉行君からの提案に、冬狐さんは肩をすぼめながらやんわりと拒否。
僕も別にいいや、と断ろうとした時――汐音ちゃんの顔つきが悪くなっているのに気が付いた。
「どうしたの、汐音ちゃん? 怪訝な顔しちゃってさ」
「ううん、何でもない……」
汐音ちゃんはそう言いながらも、どこか青ざめた顔をしている。目線の先は、あの熊のコイン。
もしかして、彼女は、熊が苦手なのだろうか。それとも……
「ま、良いか。そんならオレちゃんが持ってるよん。伝えたい事はそれだけ」
空気が変わっているのに気が付いたのか、吉行君は盛大にコインを投げて勢いよく掴み、話を順良く切っていった。
そして忍び足で僕に素早く近づくなり話を持ち掛ける。
「ところでさー、せっかく知り合えた訳だし。今度さ、なんか買ってってくんない? 今はまだ準備してないけど、近々お店のスペース作るつもりだからさ」
「あー、うん。考えとくよ」
「店番遣るのもいいけどさ、メインはこの場所からの脱出だよ、分かってんの?」
「焦ったって事態が変わる訳じゃ無ーし、のんびりとやりましょうや、にゃはは」
「これだから能天気は苦手なのよ……」
お金はどうするのだろう、と疑問が思い立った僕が答えを渋る中、冬狐さんがどこか気楽に構えている吉行君を窘める様に口を尖らす。
もう一人、吉行君も一緒に。きっとこの場所を解明して、外に出れる手掛かりを見つけて行こう。僕は改めて心の中で誓う。
「……じゃあ、また後でね、お姉ちゃんたち!」
「あ、ちょっと! 手を引っ張らないでよ汐音ちゃん!」
「"お姉ちゃん"じゃなくて、冬狐! 呼び捨てで良いから!」
少し時を経て、元気を取り戻した汐音ちゃんに手を引っ張られて僕は教室から抜けていった。
その後ろで、訂正を求めるように叫ぶ冬狐さんの声を放ったらかしにして。
――――――――――――――――――――
<1階廊下>
「おっ、やっぱり絡まれちゃったかー。ヨッピーに」
「おわっ、びっくりした! 金髪の狼!?」
こう驚いたのは、もう何度目なのか。汐音ちゃんと一緒に廊下を走って他のクラスメートと出会うまでの話。
間一髪で鉢合せを回避した僕たちは、コートを着込んでいる金髪の青年と向かい合っていた。
「そうそうこれはかの西洋の魔狼、フェンリルに憧れて美容院で決めた訳さ。月夜を尊ぶ幻想獣なるもの、綺麗な姿だろうよ――決して赤帽子のヒゲみたくコインは出てきませ――って何でやん!」
「……え、えっとー」
とりあえず、話を整理しよう。
確かフェンリルって北欧神話に出てくる銀狼の事を表わしてて、この人はそれに憧れて金髪に――それなら銀髪にすりゃいいだけの話じゃないか?
しかも唐突にゲームの話を持ちこんでって、単にブロックよろしく俺からは何も出て来ませんよって言いたいのか!?
あぁもう、突っ込み所が多すぎて、どこから対処して良いのやら分からない!!
「あら、前フリはお呼びじゃなかった?」
「いきなり振られても、回答に困るよ聡之進さん! 琴絵お兄ちゃんが困った顔してる!」
「ごめんごめん、そりゃそーだよねー」
金髪の青年は軽く謝りを入れ、両腕で宙を何かを投げ捨てる様にポーズを取った後、改めて僕と汐音ちゃんと向かい合い、そして真顔になる。
「ふーむ。君が中々目を覚まさなかったって云う"ヒップホッパー"君かぁ」
「え、えぇ……そうだけど。そういう君も、もしかして……」
「そうそう、紹介だっけな。俺は古牧聡之進、超高校級のキャスターさ。ここはよろしくって事で一つ」
まだ困惑から立ち直れてない僕を仰け反りにしながらも、その金髪の青年――聡之進君は左の親指で顔を指しながら紹介をしていった。
無難に話せるようになるには、少し時間が必要かもしれない…… また後で、自然に話せるようにチャレンジしてみるか。
【
「聡之進さんは、数々のテレビ局からスカウトを受けてるほどの技量の持ち主で、アドリブに明るい解説者の一人なんだよー」
「あ、そういえば。よくテレビとかでも、"スーパールーキーキャスター"としてテロップ表示されてたけど…… 最年少でMCを任されるなんて、泉樹と同じく凄い天才なんだね」
「いやぁ、俺なんかまだまださ。それ程でも――ある訳だけどな! うひひっ」
「……少しお調子者の所もあるけどね、悪気はないと思うよ?」
汐音ちゃんの説明に少しずつ理解を深めようと試みる僕。そこに先ほどの聡之進君が話に割り込んで、自信たっぷりに悪戯っぽく笑う。
何だろう、真面目な様でいてどこか遊び好きな所もある――吉行君とはまた違うクセ者って事か。
「それはそうと、コトッチとシオミーは何か見つけたかい?」
「こ、コトッチ?」
「単に俺が名付けたニックネームさ、嫌なら別のに変えるけど?」
「ううん、そんな事無いよ」
聡之進君の問いかけに、僕と汐音ちゃんは首を横に振る。「そっちもかぁ……」と彼もこめかみに手を当てながらガッカリした様子。
ちなみに疑問に思ってニックネームじみた呼び名の由来を聞いた所、彼の気まぐれによるものらしい。
「しかしまぁ…… こいつは、ひどいトコに来ちまったもんだな」
しばらく間を置いた後、聡之進君は腕組みをしながら唸るように声を上げる。どこか思い詰めた顔をしながら。
「こんなトコに俺達を置いてくだなんて、犯人たちの気が知れないね」
「今でも、悔しいの一言に尽きるよ…… 次に会えた時は、蜂の巣にしてあげるから!」
聡之進君の一言に、汐音ちゃんも同意して鞘の剣に手を掛ける――って、ちょっと待って。今何気に恐ろしい事言ってなかったっけこの人。
そして彼も何故その事に対してツッコミをしない!? まぁ、それを言っちゃ僕も同じ事言えるけどね……
「何度壁を見渡しても、窓らしい窓が見えないよね?」
「……極めつけが、これだ」
裏拳で壁を小突くふりをしつつ、聡之進君はドアがあると思われる方向を指差した。
「窓と思わしき所に、鉄板? それに巨大なネジまで――」
「その教室の窓を埋め尽くす要領にな。きっと、他のどの部屋も同じだろうさ」
僕が目を覚ます前に、既に彼は調査を経て証拠を得てる――聡之進君の言う事は、最もだと頷ける。
「一晩で準備できるような代物じゃないって事は確かだ。おそらく、見えない犯人は、用意周到に計画を凝らしてたんだろうよ」
「犯人の計画……? 何の為に?」
「さぁな……。そいつが分かれば、苦労はしないよね」
考えれば考える程、深みに嵌まる。共有は出来るけど、やはり自分の目で確かめない事には始まらないだろう。
僕は拳を握りながら、この場所に連れ出した犯人を許さないと改めて心に念じた。
「とは云え……退屈はし無さそうだな。アンタという好敵手に会えた事が、俺にとっちゃラッキーデイって訳だよ」
「好敵手――初対面でいきなりライバル宣言!?」
「俺も負けないよ~。と云う訳で、よろしく! コトッチ、シオミー! ベスト・ウィッシュ!」
ふと、緊張を解いていつも通りの軽口を叩いて和ませる彼に、僕ももう一度ツッコミをする羽目になった。
最後に「ベスト・ウィッシュ!」と言ったあたりから、巨人の野球チームの外人選手みたく、手を伸ばしつつパフォーマンスをしながら、教室のある方へ消えていった。
「な、何だったんだ今の。でも、これが聡之進君――面白い人だなぁ」
「うん、ボクも最初はさっぱりだったけど…… 面白いねぇ、ペネロペ」
『最初と二回目以降では、印象がガラリと変わるもんでしゅよ』
……時折声変えして人の評価をする汐音ちゃんこそ、面白い人だと思うんだけどな。まぁ、それは置いといてっと。
僕と汐音ちゃんの二人は、水場が先に見える廊下の左側にあるドアに着目し、ドアノブをそっと手を掛ける。お、この部屋のドアも鍵は掛かってなさそうだ。
――――――――――――――――――――
<視聴覚室>
ここは教室と思わしき場所と違って広い空間にあり、CDやDVDなどを入れるデッキと黒く大きなスピーカーフォンが置かれているようだ。
そしてまた隅っこに置かれている黄色い脚立のあるカメラ。よっぽど定着してるんだな、あの機材。
「あ、的場さん……! 舞凪さんも、無事……だったんだね」
その時、どこか高い声が聞こえてきた。アルトに近い――いや、この声は男の子か。
ここにも、既に先客が情報を探しに来てたんだな。
「里桜くん!」
汐音ちゃんが真っ先に声の出どころを見つけて、その名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた緑掛かったジャンパーとロングTシャツを着た紺色の髪の男の子が、デッキの裏からいそいそと頭を上げてきた。
よく見ると、羽根を付けたねずみ色の帽子と一緒にメガネも付けているようだ。この人もクラスメートだとしたら、前の高校は私服制だったって事だろうか。
僕ら二人に気付いたその少年は、「あの、その……」としどろもどろに言葉を探しながら、ここでようやく紹介を始めた。
「ぼ、ぼくは、里桜…… 砂瀬里桜」
名前を言った所で、また沈黙で間を開けてしまう。しばらく待っていると、彼――里桜君も言葉探しに手間取ったのか、「あの、紹介するの…… これ位で、良い……?」と指を合わせながら俯いてしまった。
何だか、前まで会った男子生徒とは極端に性格が違っている気がする。この人の場合は、内向的かつ自身を上手く表せないタイプなのかもしれない……
【
「里桜くんは、鳥博士なんだよー。つまりね、鳥に関する知識だったら何でもお任せって事なの!」
「……逆に言うと、それ以外は素人なんだ。折り紙なら別、だけどね」
汐音ちゃんが少し声を小さくしながら、僕に里桜君について説明をしてくれる。と、間を置きながらも彼も話に加わって補足を加えた。
折り紙も作れるんだ。僕はウサギとか家とか、簡単なものくらいしか作れないからなぁ…… 今やこの古い趣味も、重要となる時が来るのかも。
「そうなんだ…… 僕、スズメとオオワシ位しか知らないなぁ」
「大鷲、だね。名前だけでも聞いた事あるなら、大したものだよ」
申し訳程度に僕が知識不足である事を打ち明けると、里桜君は優しく呼び方を教え直してくれた。あれ、鳥の話題に関しては不思議と噛まないんだな。
「ぼく、鳥のキャラクターが出てくるゲームも好きなんだ。舞凪さんは興味ある?」
「鳥だけじゃなくて動物も出て来てたような―― 確か、パケモンか!」
「うん、その通り。ファンなら知らない人はいないって、大人気シリーズなんだから」
「僕も中学生の時はかなりやり込んでたっけなー……」
今や誰も知らない者がいないであろう、モンスター捕獲型RPG"パケットモンスター"、縮めてパケモン。里桜君の言う鳥の形をしたモンスターを始め、人型や哺乳類型、はたまた伝説の幻獣が出てくるとされる…… キャラにもシステムにも好評な、世界にも広がっている人気ゲームソフト。
僕はどちらかというと、哺乳類型とイルカといった海の生き物が好きで進めてたのもあるけれど…… 今は家の中に置いてきちゃったっけ。
「こほん……今度、図書室を見つけたら、ね。鳥の種類、教えてあげる」
最後に表情を戻して、里桜君はメガネを直しつつ探索に戻っていく。と云う事は、彼も探してはいるけれど、結局有力なのは得られていないという事か。
デッキはあるといえど、記憶媒体となるCDの類が無かったら、単なる置き物にしかならないだろう。僕はしばらく腕組みを考え込んでいた――
「あーいたいた! ここにいたんだね、里桜くん!」
と、その時。部屋のドアが開いたかと思うと、左右をシャープとフラットの髪飾りを付けた、亜麻色のブレザーの赤茶髪の少女が入ってきた。
背中まで届くロングヘアーに、八分音符の符幹と符尾の部分のような形をした細いアホ毛。赤と金のチェック柄の大きなリボンも、その場に見合わせた人を釘付けにするほどの見事なアクセサリー。清楚な女子高生と呼ばれても、過言じゃないだろう。
その少女は探索をしている里桜君を見つけるなり、「もう、探したんだよー」と声を弾ませる。彼女もまた、情報の収集に乗り出していたに違いない。
「戸遠田さん、そっちは……収穫あったの?」
「んー、私のも期待できないな。ただ、水場のある方の部屋の方から良いラジカセを見つけてきたから、代わりばんこに使うには良いんじゃないかなぁ」
里桜君の言葉に、少女も口に指を当てながら考え込むも、右手に持ち出したラジカセを部屋の真ん中に置いて見せびらかした。
このラジカセ、見たことが無いにしては傷が一つもない。電源プラグも無難に付いていた事から、コンセントさえ見つかればすぐに使えるって事なのか。
「ん? あれ、あなたは確か……」
ふと、少女は僕の顔をきょとんと見つめている。思わずドキリとしてしまう僕。
「お姉ちゃん、琴絵お兄ちゃんにはまだ紹介してないんじゃない?」
「あぁ、そうだったっけ? じゃあ、もう一回自己紹介しとこうかな」
汐音ちゃんの助けもあって、お姉ちゃんと呼ばれた少女は声を調整する仕草を取った後、改めて紹介を準備し出す。
僕を始め、里桜君もそっと静かに身構える。
「何だか、気恥ずかしいね…… どうも、初めまして。私、戸遠田歌歩っていいます。みんな、よろしくね!」
少し赤面しつつも、赤茶髪の髪飾りの少女――歌歩ちゃんはなめらか且つ声量高らかに紹介を切った。
【
「歌歩お姉ちゃんは"音楽家"なのー。入学する前から、数多くの楽器と触れ合ってきたって言ってたけど」
「うん、合ってるよ汐音ちゃん。ピアノとかオルガンとか、ヴァイオリンなども任せてね!」
汐音ちゃんの説明にも、歌歩ちゃんは笑顔で頷き自信ありげに付け加えた。ピアノってあの調律が必要なグランドピアノも対象に入るよね……?
感慨深い音楽の名匠との出会いに胸を高まらせながら、僕も歌歩ちゃんに紹介を返していく。
「僕は、舞凪琴絵。ヒップホッパーの肩書きを持ってるんだ。よろしくね」
「ヒップホッパー――そういや聞いた事あるよ。アメリカで生まれた音楽の文化を取り入れた踊りの挑戦者、弾け飛ぶ感じで良いよねぇ!」
「リズムとテンションを武器に、見てる人に元気を分ける事ができる。今はこんなでも、誇りに思ってるさ」
「何かができるって自信があれば、不可能なんて無いと思うんだよ! その前に手掛かりを見つけなきゃだけどね、あはは……」
自分から才能を語った当たりから、歌歩ちゃんも食らいついてきた。同じ音楽系の肩書きを持つ者同士、波長が合うのだろうか。
いつの間にか、僕と歌歩ちゃんは音楽系トークの想いに惹きこまれていった。
「私ね、世界中の楽器もそうだけど……ありとあらゆる音楽に触れ合えるの、楽しみにしてるんだ!」
「さすが音楽家だけあって、夢も大きいなぁ。僕も見習わなきゃ――ちなみにどんな楽器を一番楽しみにしてるの?」
「そうだねぇ……どれかって云われても選べそうにないかな。弦楽器、吹奏楽器、打楽器も捨てがたいけどなぁ」
「まさに万能型じゃないの、歌歩ちゃん……。音楽室、見つけられた時が楽しみだね!」
「うんうん、あなたこそガンバだよ! 今度踊り見せる時になったら、あたしそのリズムに合わせてBGMを――」
「ちょ、ちょっと! 戸遠田さん、舞凪さん……」
趣味が白熱しそうになった所で、里桜君の声が僕ら二人の正気を取り戻させた。
里桜君は胸に手を当てつつ、「ぼく達の事も忘れないでよ、置いてけぼりになっちゃう」と絞り出すように打ち明ける。その前にお前はリスなのか。
「ごめんね、里桜君。話し込んでてつい」
「久しぶりに音楽好きに会えたもんだからさ、嬉しくて――」
「ううん、ぼくの方こそ。ぼくも鳥好きだから、人の事言えないけど、ね……」
「別に良いけど、さ。そんな事より、琴絵お兄ちゃんたち! これ、すっごいよ!」
僕と歌歩ちゃんは二人揃って照れくさそうに謝るも、里桜君も気にしてないと首を振り、好きなものはそれぞれあるんだから、と付け加えるに留まった。
汐音ちゃんは暫し歌歩ちゃんの方を羨ましそうに見つめていたが、見せたい情報をタブレット画面に乗せて僕らに知らせる。
「あ、この電話みたいなの…… 地図機能も付いてるんだ」
「それ、俗に言うタブレットってヤツだと思うよ」
里桜君が目を細めてビックリしている中、歌歩ちゃんは少し苦笑いしながら彼にそっと教えている。
「えっと、まだ調べてない所は……」
そういえば、水場のある方の通路はまだ通っていないはずだ。
ここをもう少し見てみたい分もあるけれど、里桜君と歌歩ちゃんに任せても大丈夫そうかも。
僕は名残惜しいのを我慢しながら、里桜君たちに次の探索に行く事を伝え、その部屋から出る事にした。
「また後で会おうね、琴絵くんたち!」
手を振りながらも、ウィンクをして見送ってくれた歌歩ちゃん。今度会った時にはもう少し話題となる明るいのを持ってきてみようかな。
「……ちなみにぼく、リスなんかじゃないからね」
ドアを開けようとした刹那、里桜君からはっきりとした声で訂正を求められた。それも真顔で。
里桜君の前じゃ、隠し事は出来そうにないな。
――――――――――――――――――――
ここまで来て、何分程経過したのだろう。やっぱりスマートフォンが無いと落ち着かない。
視聴覚室を後にした僕たちは、どこかに時計は無いか、無かったらタブレットを見てみようと確認に乗り出した――
「きゃああぁっ!!」
「うわああっ!?」
誰かの悲鳴が聞こえた。それも、二人――声からして男の子と少女の声だ。
里桜君と歌歩ちゃんはまだその部屋の中だし…… もしかして、まだ会った事の無いクラスメイト達か?
「今の声…… 左の方から聞こえたよ!」
汐音ちゃんの声を頼りに、僕は共に悲鳴の聞こえた方へ飛び出していった。先生ごめん、本当は廊下は走っちゃいけないって言われてるのにさ。
――――――――――――――――――――
「ご、ごめんなのだぁ!」
「いったたぁ……もう、いきなりひどいですよ清水くん」
案の定、見知らぬ空間でいきなりスプラッタな状況になるという杞憂はもちろん無く、僕らはホッと一息ついていた。
騒ぎの主役となったのは二人。一方は新緑の模様が刺繍された黄緑色のバンダナを被った、緑色のセミロングをカールにした少女。もう一方はどこか聖歌隊を思わせるような出で立ちの、ブローチを付けた水兵帽を被った水色の髪を一つに結んでいる男の子だ。双方とも、額をさすって座り込んでいる様子。
「あ、舞凪くん! 的場ちゃんも!」
「あれ、君は確か……」
「あー! ちょっと待って、ストップ!」
二人が僕に気が付いて声を上げる中、汐音ちゃんが前に飛び出し、水兵服を着た男の子の顔を見るなりむっとした顔つきに。
「走ってた鴇くんの方に、責任があるね。ねぇ、ちゃんと謝ったの?」
「さっきから何回も言ってる――でも、悪いのはボクっちの方なのだ、本当にごめんね……」
「ま、まぁまぁ…… 少しよそ見をしてたわたしだって責任がありますし、清水君だけ悪い訳では……」
「汐音ちゃん遠くからよく見てたもんだな…… まぁ、この位で切り上げようよ、ケガが無くて何よりだし」
あんな遠い所から…… 汐音ちゃんは目がとても良いんだな。
しゅんと項垂れて謝る男の子と手を広げてなだめようとする少女を見ていて、僕はふっと汐音ちゃんの間に入って話を一時中断させた。
「そういや、二人は探検に行ったきりだったっけかぁ……」
だったら、紹介はまだしてないはず。僕はもう一度、二人のクラスメートと向かい合う。
「僕は舞凪琴絵、肩書きはヒップホッパーなんだ。改めて、よろしくね?」
「わたし、枢夏南と云います。肩書は"針子"、服の刺繍ならお任せ下さいな」
「ボクっちは清水鴇! "チアリーダー"でぇす!!」
僕からの紹介に、反応は様々な形で帰ってきた。
バンダナの少女――夏南さんの方は少し切なそうな顔をしながら紹介を返し。ブローチを付けた水兵帽の男の子――鴇君は手を元気よく挙げて力いっぱいに紹介を返していった。
てか、一つ思った事良いかな。夏南さん何であんな恋い焦がれるような顔をしながら僕を見ているの? そして鴇君、お前めっちゃ声大きいな!?
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そんな僕の思いと対照的に、「あの、さっきはホントにごめんなのだ」と鴇君が彼女に最後にお詫びの一言を入れ、「いえ、良いのですよ。今後は気を付けて下さいね」と夏南さんが彼に優しく許しの一言を入れた。
こうして見てみると、この二人って本当に仲が良いんだな。
「鴇くんは、太陽の明るさが具現化されたような応援を得意としてる、小っちゃいけど頼れる団長さんなの! あと、夏南お姉ちゃんは――」
「夏、南……?」
何故だろう。ふっと夏南さんの名前を聞いて、僕の中で何かが思い出そうとしていた。
確か、バスに乗る前の記憶――この希望ヶ峰学園に勧誘される前の事。それも、かなり数年前の――
「あぁ、思い出した! 君、中学校の時僕と同じクラスだった、あの夏南ちゃんだっけ!」
「やっと気付いてくれましたね、舞凪くん。会いたかったです……とても」
僕が合点と云わんばかりに手を打って夏南さ――いや、夏南ちゃんの名前を当てると、彼女はとても嬉しげに僕の目を見て微笑んだ。
「卒業した時は別々になっちゃったけど……でも、元気そうで何よりだよ、そのバンダナも変わってないものな!」
「子供の頃からずっと付けてたんですもの、今更捨てられる訳ないじゃないですか。舞凪くんこそ、ペンダント大切な品にしてるでしょう?」
「ま、まぁ……それは……」
思い出の話から一転、それぞれのキーアクセサリーの話になってから僕と夏南ちゃんの目線がどこかぎこちなくなっていった。
それもそのはず、卒業の時も一緒に宝物にしていたモノが、まさかこの形で――
「もしもーし、二人はもしかしてラブラブカップルなのだー?」
「と、鴇くん! 琴絵お兄ちゃんも、ちょっと!」
鴇君が僕ら二人の顔を覘きこみながら、さり気なく思った事を口に出す。と、汐音ちゃんが顔を真っ赤にさせながら彼の口を手で塞ぎ、僕を呼び止めようとする。
この当たりで僕もようやく夏南ちゃんから視線を外せた。
「違、そんなんじゃないよ!? 誤解無いように言っとくけど、僕と夏南ちゃんは幼馴染みの間柄なだけで、今でもトモダチのままだよ」
「茶化さないで下さいよ。わたしは、舞凪くんの事放っておけない、ってだけですっ」
「むぅー……」
片思い、とはこれいかに。僕は夏南ちゃんに対しては今も大切なトモダチだと思っている。でも彼女はその思いを大きく捉えすぎているようだ。
何とか伝わってくれ、そう思いながら事情説明する僕に、汐音ちゃんは口を尖らしながらも状況を飲み込もうとしていた。
「ぷはぁっ! キリの良い所悪いけどさ、琴絵くんと汐音ちゃんは何か見つかったの?」
汐音ちゃんの口塞ぎから自力で解放した鴇君の質問に、僕は首を横に振った。彼女も同じようにノーと無言の返事。
「そっかぁ……。向こうもボクっちたちと同じ状況か……」
鴇君も答えを聞いて落ち込むも、ガッカリしないように何とかやせ我慢しながら続ける。
「せめて、一つくらい開いてる窓があれば良かったのにね。こう、社会的にもさ、皆オープンになればってさ!」
お、オープン? 一瞬聞き慣れないセリフが飛んできたような……
僕がそう困惑している間に、汐音ちゃんと夏南ちゃんもしばらく答えを紡げずに立ち尽くしていた。
暫し、沈黙の空間が包む。
「えっと、ボクっち何か変な事言ったかな?」
「変じゃないけど……。後のセリフ、とてもじゃないにせよ……躊躇われるフレーズ、だよね」
「うん、ボクと夏南お姉ちゃんだけだから良かったけど――次からは恥じらいを忘れちゃダメだよ、お姉ちゃんの約束ね?」
「やっぱり、清水君は明るいのが似合いますね。このままでも、悪くないですよ?」
「う…うん。次からは気を付けるのだ――皆と仲良くなりたいしさ!」
どうやら、鴇君自ら無意識にむず痒いセリフを発していたようだ。でも良かった、下ネタとかそういう類ではなくて。
少し眉を動かしながらも窘める汐音ちゃんを始め、和やかな笑顔をそのままに彼を肯定する夏南ちゃん。こうも接し方が違うんだな。
僕は少し珍妙な出会いになったなと思い直しながらも、新たかつ再び出会えたクラスメートに感謝を――
「全く、騒がしいと思ったらここで無駄話をしてたのですか」
と、その機会が後に追いやられた。左の通路の方から、凛とした厳しい声色が場の空間を支配する。
僕と汐音ちゃん、夏南ちゃんと鴇君は一斉に左に振り向く。
すると、奥の通路から焦げ茶色の髪をオールバックにした青年が、頬杖を突きながら僕らを見下ろしているではないか。
「……窓も塞がれて気が滅入る人もいるというのに、貴様たち全員は"無神経"と云う言葉を知らないのですかね?」
白いシャツと紺色のチェック柄のズボン。その上に黒いブーツを入れている金色の瞳を持つ青年は、ため息を付きながら僕らの方へ歩いてきた。
その表情は固く、目付きもどこか撥ね付ける怖い力が潜んでいる。子どもたちが見れば一瞬で泣き出しそうだ。
「持月くん……あなたも、何か状況を看破できるモノを見つけられたのですか?」
「見れば分かるでしょう。軽口も、程々にして下さいよ」
先ほどの和やかな顔から一転、少し強張ったように彼を見ながら夏南ちゃんが質問を切り出す。
焦げ茶色の髪の青年は、顔色を変えずに淡々と返答をした後、憎まれ口を叩く。「今のところゼロに近いです」と付け加えを置いて。
何なのだろう。彼が現われてから空気が重苦しくなったような…… 汐音ちゃんに至っては黙って拳を握っているし。鴇君も不安そうに僕を見つめている。
少しでも空気を温め直そうと、僕は思い切って、彼に話を切り出そうと試みた。
「そうだ、紹介遅れちゃって…… 僕は、舞凪琴絵。えっと君の名前は――」
「はぁ。自己紹介なんざ、時間の無駄としか思えませんが。……俺は持月相馬、騎手です」
「よ、よろしくね。相馬君」
これまた淡々と。しかも仏頂面か。
気分が落ち込み気味になるのを何とか抑えながら、僕は彼――相馬君との出会いに立ち会った。
【
騎手って確か、競馬などで馬を走らせてるあの乗り手の事だろうか。
もしそうだとしたら、彼は一種のブリーダーに当たる動物系の肩書きを持つ者と云う事になる。もし味方となったら、心強いんだろうな。
「……聞き忘れましたが、貴様の肩書きは?」
思いに耽っていた僕を、相馬君はじっと目を覘きこみながら聞いてきた。やはり顔色はそのままに。
「"ヒップホッパー"だよ。僕、入学する前にいくつか踊りに関わってて、それが縁でクラスに入れたんだ」
「へえ、俺とは全く関わりの無い才能ですね。興味ありません」
「きょ、興味ないって……」
いつも通りに僕は説明を切り出すも、相馬君からばっさりと切り捨てられた。これにはさすがに落ち込みを隠せない。
「そのままの意味です。さ、終わりましたら探索を続けますよ」
「ちょっと、相馬くん!」
そんな僕を見ないまま、相馬君は僕たちを背に廊下を去ろうとする。と、汐音ちゃんが彼の行く手を回り込んで険しく抗議。
「琴絵お兄ちゃんに失礼だよ! 折角仲良くなろうと自分から働きかけて――」
「ああ、それ以上寄らないでくれますか。的場、貴様の子供じみた言動が耳について仕方ないので」
「な、何をぉ!?」
「こ、子供じみたって、ボクっちの事もかい!?」
「平たく言えばそうなります。"枯れ木も山の賑わい"ってコトワザも、此処では何も役に立ちやしませんね」
相馬君の冷たく重い言葉に、汐音ちゃんが剣の柄に手を掛けかけ、鴇君も流れに影響されて思わず反論に出た。
これぞマシンガントーク――彼の場合は屁理屈じゃなくて、相手を刺激させる煽りで以て黙らせるタイプだ。
「ぐむぅ……! 小さいからって馬鹿にしないで欲しいのだ!」
「と、鴇君落ち着いて! 相馬君も、悪気はないんだろうけど、一旦言い方を――」
いけない、このままでは乱闘になりかねない事態だ。
猫のように威嚇する鴇君を僕は相馬君の間に割って入り、喧嘩を仲裁しようと――
「あ、あの!!」
突如、大声がまた別の意味で以て場の空気を支配した。
息を切らしながらも、夏南ちゃんが手を広げて、仲間たちの怒りを制止していく。相手の握り拳を、開いて握手の手に変える様に。
「話が逸れてますよ、喧嘩は一旦止して下さいな……」
よく見てみると、夏南ちゃんの顔も目が少し潤んでいた。今にも泣き出しそうな、そんな様子。
彼女の止めに功を奏したのか、汐音ちゃんは目を瞑って息を整えた後、剣の柄から利き手を離していく。鴇君も緊張が解け、「ごめん、空気張り詰めてたね」と一言加えて僕の許へ。
どうにか、悪い状況は回避できたようだ。全く、冷や冷やさせるね……
「俺の事はどうとでも良いのですが。そういや、寄宿舎には行った事無いでしょう?」
相馬君は悪びれる様子も無いまま、僕たちの方へ向き直るなり新たな探索場所を提示し出した。
「残る何人かは、そちらへ調べに行ってる筈です――気になるのでしたら、自らの足で確かめてみては?」
彼もまた、この場所の手掛かりを探していた一人。十分に信用できるだろう。
汐音ちゃんはそんな彼をじっと見つめていたが、それ以上は動こうともしなかった。前までの怒りは少し抑えつつと云った所か。
その前に、もう少し周りに気を配った優しい言い方が出来ないものかな。相手が、夏南ちゃんみたいに優しい人だけとは限らないもんだし……
「では、ごきげんよう。俺は玄関の方を調べてみます」
相馬君はそう言い切るなり、水場のあるホールの南口に向かって歩き出していった。「然るべき時に、またお会いしましょう」と淡々と手を挙げながら。
「……むぅ、相馬って意地悪な人なのだ!」
鴇君は彼が遠く離れて行ってから、舌を突き出して悔しそうに唸る。
『でも、裏表の無い人だという事も、分かったでしゅね』
「また変わった!? 汐音ちゃんのペネロペモード、すっごいな!?」
「たまには彼女にも喋らせたいんだもん、"パントマイム"ってヤツだよ!」
ペネロペを持ったまま汐音ちゃんは――ふと、声色を変えて相馬君の批評を一言。突然とは言え、さすがの切り替えの早さに僕も舌を巻いた。
彼女がペネロペの声色と素の声色を瞬時に使い分けていく上では、ある意味すごい才能かもしれない。
「へぇ……的場ちゃん、可愛いハムちゃんのぬいぐるみを持ってるんですね~」
『へへ、褒めてもらえると嬉しいでしゅ。ボクの名はペネロペ、覚えておいて欲しいでしゅよ』
「……うん、全然違和感が無いね」
夏南ちゃんはまた和やかな笑顔に戻って、汐音ちゃんの持つペネロペに興味を示す中、僕は改めて声色使いの本領を再認識していた。
「うーん、ペネロペぇ! しばらくボクっちを慰めてよぉ……」
『よしよし……頑張ったでしゅね……』
しばらくして、鴇君が汐音ちゃんのペネロペに近寄ってしくしくと泣き出すと、彼女はペネロペの持つ手で器用且つしっかりと、頭を撫でて慰めはじめる。
やっぱり、超高校級と云えども一人の人間。悲しくないと云ったら、嘘になっちゃうんだね……
「舞凪くんはこれからどうされるのですか?」
「そうだなぁ……。まだ、寄宿舎を見てない気がするから……」
腕組みしながら考え込む僕に、夏南ちゃんが顔をのぞかせて動向を聞いてきた。
左の奥の廊下は、後から相馬君当たりに聞いてみれば良いか…… だったら、今行っていない場所の方を重点的に探してみるべきだ。
僕は寄宿舎の探索に行ってみると旨を伝えると、汐音ちゃんは鴇君を相手しながらオッケーとサインを作り、夏南ちゃんも頷いて一緒に同行すると結論付けた。
「ボクなら心配しないで、鴇くんの面倒を見てるから。後でまた追い掛けるよー!」
「じゃあ、後で教室前でまた落ち合おう。それで良いかな?」
「うん、分かったー!」
「気を付けて下さいね、的場ちゃん! 清水君!」
「ボクっちも、後から行くからね……!」
一緒に行ってた汐音ちゃんとは一時的に離れ離れ。でも、代わりに夏南ちゃんとの探索か。
クラスメート様様、感情の起伏もそれぞれ違えど、一期一会に無駄なものなど存在しない――よく道徳の授業で、佐之宮先生がそう言ってたっけな。
――――――――――――――――――――
寄宿舎の探索に向かう途中、僕と夏南ちゃんは先程の道を戻って教室のある廊下を通り過ぎようとしていた。
「……嬉しいです、わたし。またこうして、舞凪くんと一緒になれて」
「ん、どうしたの夏南ちゃん?」
「何でもないですよ、うふふっ」
「……そっか」
夏南ちゃんは何を思っているのか、僕の手をしっかりと握りしめて放そうとしない。
まるで初恋のカップルみたいに見えるじゃないか……でも、彼女がそれで喜んでるんなら、無理に引き止めなくてもいっか。
いつもの廊下を通る時間が、この時ばかりは長く感じた―― そろそろ、寄宿舎の門と思われる場所に行き着く。
――――――――――――――――――――
<寄宿舎 エントランスホール>
「わぁ…… ここ明るいですねぇ」
「教室のある所と比べて、結構広いんだねぇ……」
最初に入った時の感想は、見取りが広い。一言で表すには十分だった。
白い電灯で照らされているその場所は、多くの学生たちが憩いとして使える様に建築に力を込められたのだろう。そう思う根拠に、広い通路が目に付いた。
僕はタブレットを取り出しながら、夏南ちゃんと共にしばらく場所と方角を確認していく。
「ここは…… ランドリーって描いてあるのって、もしや衣服を洗う場所?」
「合ってる、みたいですよ。万が一この空間で寝泊まりするのなら、洗濯できる場所も重要になってきますもの」
「湯に煙の垂れ幕が掛かってるのは……お風呂屋さんって事かな?」
「うーん、男女兼用ってなってるのが難しい所ですけどね――あら、今は整備中ってなってるみたいですよ」
エントランスホールにも各々の施設に通じる出入り口があるようだ。ランドリー、所謂洗濯スペース。食堂、お昼の楽しみと定番である人気施設。
唯、夏南ちゃんが見つけたように"整備ナウ"と書かれて使用不可な所――お風呂屋さん。この問題は、おそらく寄宿舎にある宿泊する部屋で解決する、のかな……
てか、ここに来て係員の一人も姿を見ていないのは、薄々皆も気付くところだけど。
「……ん、何?」
寄宿舎の奥の方にある廊下の右側から、背中まで届く薄紫色の髪を左上にまとめた灰色のフードパーカーを着込んだ少女が姿を現した。
手には虫眼鏡と、メモ帳とペンを持って。一見探偵っぽいと思ったのはここだけの内緒。
「さしずめ、あなた達も探索に来たって所かしら」
「まぁ、そうなるかな」
薄紫色の髪の少女の問いに、僕はハッキリと頷く。夏南ちゃんも僕の側で丁寧にお辞儀をした。
セーラー服とは違い、標準の長さのスカートの学生服を着ているフードパーカーの少女。スカートの下から出ている黒いスパッツは、ひょっとすると寒さ対策に付けている物なのか。
「あの、僕は――」
「舞凪君、でしょ? 私は……早見渕つばめ、よろしく」
僕が自己紹介の為と声を掛けようとした刹那、彼女――つばめさんは先手を取って自己紹介をしていく。
しばらく後に目を逸らしながら、「こういう挨拶、慣れてないのよ」と小声でそっぽを向いてしまう。この人、里桜君並みに馴れ合いが苦手なのかな……
【
「早見渕さんは、このクラスの中でも成績優秀かつクールビューティーって聞いてます。でも、才能は良く分かりませんね……」
夏南ちゃんの説明に、僕はふと疑問が湧き起こる。
才能が、分からない? 全てが解明されてる、訳ではなくて?
念の為にタブレットを操作して学生名簿を見てみるも、つばめさんの才能名は"???"と明記されたまま――これでは本人しか知り得ぬ情報となるじゃないか。
「あの、つかぬ事を聞いて良い? 君の肩書きって――」
「話なら後にしてくれるかしら。ちょっと立て込んでてね」
訳も分からず、僕がもう一度直接つばめさんに聞いてみるも、本人は虫眼鏡を持ったまま相手にしてくれない。一体何を真剣に調べているのか――
「この場所もそうだけど、教室のある部屋全てと廊下も含めて…… 禍々しい雰囲気が、立ち込めてるわね」
つまりは異質って意味よ、と付け加えて、つばめさんはフレミングの法則っぽく顎に手を当てて考え込む。
確かに、禍々しいと云われてピンとくる不自然な物が多すぎる。黄色い脚立のあるカメラ、過剰なまでに閉め切っている窓の数々、そして…… 思い出した、教室の黒板の上に有ったモニターもだ。
腕組みをしながら一緒に考える僕と、不安そうに彼女を見つめる夏南ちゃんを横目に、「どうなってるのかしら……」とつばめさんも一言呟くのみ。
「……ごめん、探索の邪魔をしちゃって」
「あぁ、こちらこそごめんなさい。今は、話せなくて…… 思い出せたら、いずれ公表できる時が来ると思うわ」
無理に聞くのも何だか悪い気がしたから、僕は謝りを入れて次の場所の探索に乗り出す事に。
つばめさんもまた、謝りを返すなりキリが良くなった時に順に教えると話してくれた。
「縁があったらまた会いましょ、舞凪君。未来の希望のタネ、としてね」
最後に意味深な言葉を残して、つばめさんは先程の教室のある方へと歩いて出ていった。
何だか、不思議な人だな。希望のタネ、というのも気にはなるが…… あの人、あんまり笑っていなかったような気がする。
「きっと、不安なのでしょう。"誰しも、不安を抱かない人なんていない"、佐之宮先生がよく言ってた言葉ですよ」
「不安を抱かない人、かぁ……」
夏南ちゃんからの推察に、僕も頷きながら今も姿を見せぬ先生の身を案じていた。
ここに来てから、施設の管理人なる人に全然会う事ができていないような。つばめさんの言う"異質"と云う表現にも、合点が着くやも……
まぁいいや。次、食堂の方に行ってみよう。
――――――――――――――――――――
<食堂>
ドアの引き戸をゆっくりと開け、その隙間からそっと中をのぞき見る夏南ちゃんと僕。
食堂の中はテーブルや椅子、箸入れや調味料ケースなどが綺麗に並べられ保管されているようだ。学生の学生による学生の為の施設、と云うのにも納得。
「おや、いらっしゃいましたか」
ふと、どこかで軽く柔らかな男性の声が聞こえた。音程からして、テノールに当たるのだろう。
僕が丸いテーブルとカウンターのある方へと振り返ると、薄茶色のくせっ毛のあるセミショートヘアの青年が晴れやかな笑顔を見せながら、こちらを眼差しを向けていた。
白いカッターシャツ、藍色のスラックスの上に、黒い長袖ロングコート。その出で立ちは、如何にもバトラー――執事と云った貫録を漂わせている。
更に左襟の所にそれぞれ、地球の中に星が5つ並んでいるマークのあるバッジと、六角形の中に十字型にした拳銃が描かれているマークのバッジが綺麗に付けられている。
他にも右耳に星のイヤリングと右人差し指に銀の指輪を装備している当たり、正式な王家の所属者だと見受ける事だろう。
「ここに来る途中、御怪我はございませんでしたか?」
胸元の真珠の宝石のブローチを付けた赤いリボンを小さく直しながら、執事風の青年は僕たちに声を掛ける。
「彼は、ロベリアさんと云います。イギリスの貴族の跡継ぎとして、名高い方なのですって――その方がわたし達のクラスメートだなんて、憧れちゃいますねっ」
「あ、あの、えっと……」
「ああ、堅苦しくならなくても大丈夫ですよ。リラックスして、普段通りで接してくれたら構いません」
夏南ちゃんが説明してくれているも、目の前の煌びやかな高貴な雰囲気に圧倒されて返事に困ってしまった僕。
そんな僕を察してなのか、青年――ロベリア君は恭しくお辞儀をしながら紹介を切り出した。
「ロベリア・オーウェン=スティーヴンと申します。超高校級の『紳士』として、この希望ヶ峰に勧誘された者です」
【ロベリア・オーウェン=スティーヴン Lobelia owen-steven "超高校級の紳士"】
うぅむ、この紹介パートでも完璧に熟されるとは。あれこれ比較しても、絶対に僕の方が負けそうな気がするな……。
とにかく平常心だ。無い物ねだりをしても始まらないのは、出身が普通である僕だって知っている。
「そっか、それじゃあ…… 僕は舞凪琴絵、ヒップホッパーとして勧誘された者……です!」
「ふふっ、やれば出来るモノですね。ヒップホッパーの舞凪さんと申しましたね、これからよろしくお願いします」
多少ぎこちなくなってしまったが、僕もいつも通りの紹介を返すと、ロベリア君は小さく微笑みながら右手を差し出し、握手を求めた。
僕も応えるように右手を伸ばし、男同士の誓いの握手を交わす。彼の手は白く柔らかい肌をしていて、少しでも力を入れたらすぐに赤くなってしまいそうだ。
しばらく無言で手を握った後は、双方とも手を離し、夏南ちゃんとも加わってこれまでの経緯を報告し合っていた。
ロベリア君の方も、外に通じる為の情報は今のところゼロに近く、お手上げになりそうですねと軽く苦笑いしていた――
まだ、希望は捨てたもん、じゃない。
「そういや、彼女も確か食堂を知りたいと奥に潜り込んでいたような…… すみません、探索は後にして、少し出て来て下さいませんか?」
後ろの方をちらりと見て、ロベリア君は僕に向けて短く頷くと、手を口に当てながらもう一人の探索者に大きく声を掛ける。
僕と夏南ちゃんが身を乗り出して様子を見てみる。しばらくして、腰まで届くかのような灰色のロングヘアをした女性が、食堂の奥から姿を現した。
「……オーウェン=スティーブン、你叫?」
黄土色のロングTシャツの上に白を基調とした調理服、ダークグリーンのジーンズを身に纏っているその女性は、ロベリア君に聞き慣れない言語で声を掛ける。
この人、これまで見た女子生徒よりもかなり背が高いな。横髪にストックの花柄のヘアピンを付けているのも、如何にもお姉さんっぽく落ち着いた魅力を醸し出している事だろう。"容姿端麗"と一括りにしても、失礼には当たらないかもしれない。
「待ってましたよ。舞凪さんは確か、この方とも初対面でしたね?」
ロベリア君にそう問いかけられるなり、短く返答代わりに僕は頷く。
調理服を着た女性はしばらく、僕と夏南ちゃんの顔を覗き込んでいたが―― 夏南ちゃんは丁寧にお辞儀したっきり、笑顔のまま手を振っているだけに留めている。
「哎呀! 你…也醒了……」
やがて、僕の方を見て手を胸の前に当てながら、その女性は感動を表現し出した。
会えた事を嬉しがっているのは、アルトの高い声から分かるけど…… その前に、英語、じゃないよな。
そういや、昔海外に両親と行ってた時、父さんが使ったの何語だったっけ……
「えっと、Hello! What's your name? ……ロベリア君、通訳お願いしても良いかな?」
「えぇ、お任せ下さい」
試しに訳なしの英語を使ってみるが、女性は左腕に手を組んだまま首をかしげるばかり。このまま微妙な空気になっても困ると思い、僕は苦笑しながらロベリア君に協力を申し入れた。
ロベリア君は快く頷き、僕とその女性の間に入り、仲介役として彼女に話しかける。
『彼は舞凪さんと申します。あなたの名前を、この方に教えてあげて下さい――出来るなら、日本語でお願いします』
「是。你是舞凪……我姓黄、叫潤莓。清多多关照。……え、日本語で……?」
これまた流暢に―― そうだ、今になって思い出した、中国語だ!
僕の自己解決を他所に、ロベリア君とその女性――フウァン、さん? その二人の対話はすぐに終わりとなり、彼女の方から聞き慣れた紹介を試みようとする。
「あの、私… ホ、ホワン=レンメイ……よ、よろし――はっくしゅっ!」
はっくしゅっ!? 大丈夫か、ここエアコンって標準になっているよな……!?
「わっ、だ、大丈夫ですか!?」
「对不是、つい……」
「良いのですよ、あれはいつものクシャミなのですから。黄さん、焦らずにゆっくりと、マイペースに」
突然のクシャミに驚いて声を掛ける夏南ちゃん。それに反して冷静に彼女――レンメイさんを宥めるロベリア君。
「日本語、話…せる。だから、通訳、いらない。つっかえる、けど……」
レンメイさんは、片言ながら日本語を使い、たどたどしくも紹介をしていく。「大丈夫、心配…しない、で」と時折言い掛けながら。
里桜君とつばめさんとはまた違う、内向的なクラスメイトか…… せめて、トモダチとして出来る限りの事はしよう。
【
「メイ、緊張すると、クシャミが…… でも、人と、接するの、嫌い……じゃない」
最後にクシャミについて補足を加え、レンメイさんは自身の才能を語り出す。ほんのちょっとだけ、聞き取りにくいのもあるけど。
「私、昔は、無名…レストラン、の許…… 父様、母様と共に、パスタ…作って、た。今までに、料理取得、知識に、技術…… あらゆる、分野。“おいしい”の、一…言… 聞き、たくて。何度も、何度…も……」
どんなに語るのが下手でも、一生懸命に伝えようとするやる気は、決して無駄にはならない。
「希望ヶ峰、勧誘される…時。私の、レストラン……ミシュラン、ガイドに、三ツ星ランク。昇格、してた。その際に、学園長の目、留まっていた……」
レンメイさんの説明から、僕も夏南ちゃんも、ロベリア君も、私語をせずに快く最後まで聞いていた。
「逆に、言うと。それ以外は、素人。料理以外は、皆…に、迷惑、掛ける…と、思う……」
「そんな事無いよ! 誰だって、迷惑かけるの当たり前なんだからさ」
しかし僕は黙っているのが苦手な分もあり、つい余計な一言を加えてしまった。やってしまったと気付くのはその後になる。
苦笑いする夏南ちゃんとロベリア君。それに対して、レンメイさんは安堵でため息と共に目を閉じ、こう続けた。
「心を、落ち着かせる――深、呼吸。リラックス、してれば…… クシャミも、迷惑…も、起こらない。舞凪、枢…… よろ、しく」
「わ、分かった! こちらこそ、よろしくね」
「緊張するとクシャミをしてしまう人って、本当にいたんですね……。あはは……」
紹介を終えた所で、僕はレンメイさんとも友情の握手を交わす。彼女もまた、料理経験の賜物か筋肉質な腕をしているようだ。
一方で、夏南ちゃんは見慣れない光景を目の当たりにした事から、くすくすと笑いをこらえ切れずにいた。ロベリア君はそんな彼女を優しく見守っている。
「何か発見はありましたか?」
「厨房の中、肉も…野菜も…… あと、大きな…冷蔵庫……」
ロベリア君からの問いに、レンメイさんは目を輝かせながら現状を報告。外へ通じる証拠――では無いみたいだな。
「食料は、心配…いらない。料理、道具も、完璧に揃ってる。メイに、とって……至高な、場所……」
「犯人たち、僕たちにここで生活しなさいって事かな?」
「いずれにせよ、空腹で倒れてしまう危険性は無くなりましたね」
僕と夏南ちゃんとであらゆる推察を交わす一方、レンメイさんは再び胸の前で手を組み嬉しそうに語り出す。
本当に料理一筋に生きてきたんだね。その情熱共に、半端の無い精神力を感じられる。
「仮初めですが、食堂から自然菜園も見れるようです。しかし外に通じてるという訳では、無さそうですね……」
銀の指輪を付けている右手をその場所に差しながら、ロベリア君が僕たちに注意を向ける。
緑の原っぱに名の知れない花の数々。中には白いサイゼリヤが咲いている所もあった。植物によっても適温が違うとはよく聞くけど、エアコンの操作が一番に大変そうだなぁ……成るべく枯らさないようにしなければ。
でも今は、花の心配よりも僕たちの身の回りの心配を重視しよう。
「寄宿舎の中に、僕達が寝泊まりする部屋は――何処にあったっけ?」
「合ったはずですよ。ほら、確か食堂とランドリーのある空間のその奥に……」
「それでしたら私も一緒に参りましょうか。食堂においては、専門家である黄さんに一任しても大丈夫そうですから」
素朴な疑問にも優しく答える夏南ちゃん。それと共にロベリア君も一緒に同行しようと持ち掛けた。
レンメイさんはと云うと、いつの間に調理服のポケットからペンを取り出して、あらゆる料理の数々を思い描いている様子。「本当、一番嬉しそうですね……」と夏南ちゃんは穏やかに感想を呟いた。
僕は新たに探索に加わるロベリア君と共に、レンメイさんに軽く一言を伝えた上で、食堂を後にした。
――――――――――――――――――――
寄宿舎の十字路で一旦立ち止まった僕たちは、タブレットを片手にまだ見ていない場所を見ていくことに決めていた。
ここまで会ったクラスメートの中で、確か、あと二人初対面を果たしていないような……
「お、枢さんお疲れさんっすね! ロベリアさんも!」
そこへ、奥に突き当たる十字路の左側から、白と灰色の髪を左右に二つ団子にした楽器の持つ少女と出くわした。
色合いは少し違うけど、僕と同じ制服。その上には、巫女服と思わしき改造した痕の残っているロングコートを羽織っている。また、それぞれの耳に三角型のピアスが付けられている。これは、何かと派手好きな女子高生っぽいな。
両手にヴァイオリンに近い和楽器を抱えているその少女は、夏南ちゃんとロベリア君には親しげに挨拶を切り出す。
「……で、妙に童顔なお隣の男子は誰でやんす?」
「童顔って……」
最後に、首をかしげながらじっと僕を見つめている少女。第一声が童顔って…… 否定はしないけど。
何だか一言一言にトゲが含んでいる気がするのは、おそらく気のせいではないだろう。泉樹も相馬君も、似たようなもんか。
「本当に忘れたのですか、岬さん…… この方は舞凪さんって前に言ったじゃないですか?」
「ま、舞凪!?」
このやり取りにはさすがの夏南ちゃんも眉をひそめていたが、それでも優しく彼女――岬さんに僕の名前を教えてあげる。
刹那、過剰な程目を細くして驚かれた。何だよ、一々そんなにオーバーにしなくても……
「いや、何でもありやせん。少し、びっくりしただけでやんす……」
岬さんは動揺を隠そうと、深呼吸しながら平静を装う。
この人、僕とはあまり仲良くしたく無いのかな。さっきの挙動不審な態度からして、中々疑問の感情が晴れようとしてくれない。
「へぇ、貴方が舞凪さん――前向きしかできないダンサーって感じがするんすね」
「前向きしかできないって、僕をバカにしてるの!?」
「いやいや、滅相もない! これでも一応褒めてるでやんすよー?」
さすがの一言に、僕自身もカチンと来てしまい、思わず反論してしまった。我ながら大人げないな……少し反省。
顔の前で手を横に振り、今の一言に肯定性を持たせようとする岬さん。この人の場合は、おしゃべり好きではあるけれど多少空気の読めない人、に当たるのか。
ロベリア君が僕の肩に手を置いて、どうどうと沈着を持たせようとしている中、「そうそう、紹介がまだでやんしたね」と岬さんが紹介を切った。
「アタシは岬初恵、"奏楽家"でありやんす。ははは、主は琵琶を得意としてるでありんす、どうぞご贔屓に~」
最後にわざとらしく笑いを含ませながら、岬さ――いや、初恵さんは楽器の絃を鳴らし、和の歓迎を表現していった。
うーん、この人と仲良くなるには、かなり時間を要するかもしれない…… 仲良くなれない、訳ではないと思うけども。
【
「"奏楽家"…… もしかして、和の楽器に手馴れてる人の事?」
音楽系の才能、歌歩ちゃんの場合はあらゆる音楽の奏でる力に秀でている肩書きを表わしてた。だったら、初恵さんの場合はどうなのだろう。
僕は素朴な疑問を言葉に、彼女にいつも通りに聞いてみた。
「あん? そん所そこらの和楽器奏者と一緒にされちゃ、困るもんでやんす!」
少しドスの利いた声で返答――したと思いきや、初恵さんは持っている楽器を使って弾き語りをしながらこう語り出す。
「アタシはぁ、生まれ持ったこのソウルパートナーこと琵琶ちゃんとぉー♪ 他にも太鼓、筝、三味線も! 和の付く楽器に弾けぬものなど、あ、ありゃせんてぇー♪」
琵琶をチャリンチャリンと指でかき鳴らし、流れる旋律と共に楽器への思いを高らかに歌い上げる。
な、何か途中、歌舞伎っぽく説明の声が変わっていたのは…… 皆、気のせいじゃないよな。ロベリア君に至っては「はぁ……」と理解が追い付けず曖昧に声を漏らすのみ。夏南ちゃんも、こめかみに手を当てつつも苦笑い。
「ちなみに弦楽器なーらー、特に!♪ お任せあーれー♪ って訳さぁー」
そんな僕たちをなおざりに、初恵さんは弾き語りを終え、これまた恭しくお辞儀。でも聞かせてくれた事には変わりはないから、僕はそっと拍手を交わした。
彼女はどこか自信たっぷりに腕を腰に当て、威張るようにして立っていた。目は、意外と小さい上に糸目だっけか…… それ以上の感情を知るのは、今のところ難しそうだ。
「あ、そーだ。アタシ、思った事一つ良いっすか?」
ふと、琵琶を斜めに持ち直した初恵さんが、僕達の顔を見ながらこう切り出した。
「アタシらを閉じ込める要領に、こうも全ての窓が塞がれてるって事は…… あんな生活しかないっしょ? 信じるも信じないも、貴方たち次第でやんすけど」
あんな生活? 彼女の突拍子もない言葉に、僕はもちろん、夏南ちゃんとロベリア君も顔を見合わせて首をかしげるばかりだった。
「だってだって。アタシも昔、テレビで中継見てたもんすからなぁー。極限の中、どう生き抜いていくかって番組ってヤツ」
「ふぅむ、随分と不吉な事を申しますね……」
初恵さんの言葉には、信じたくはないけど、徐々に重く意味合いが積み上がっていくのを感じた。バスに乗る前のあの中継…… いや、まさかとは思いたいけど。
ロベリア君もやや迷惑げに、賛同しかねるように厳しく彼女を見つめている。
「すんません。色々と話したい事はありやすが、一先ずは…… 皆と合流してからにしやせんか? まずは状況を共有するトコから始まるでやんすから」
空気を重苦しくした事を一言お詫びを入れ、初恵さんは瞑っている目を少し開いて今できそうな行動を指し示す。
「それじゃあ、また後でね」
僕から声を掛けられ、初恵さんは琵琶を抱えながら寄宿舎の出入り口から出ていった。
夏南ちゃんとロベリア君が最後にホッと一息を加えるのを見ながら、僕は、彼女の背中を見送っていた。
不思議な人、と思わないとなると嘘になるな。でも、何処か放っておけない印象を感じ取れた気がする。時間は掛かっても、僕は、彼女と何とか打ち解けてみよう。そう心に決めた。
「雛っ子、的場以外にもいたでやんすねぇ……」
……前言撤回。初恵さん、小さく言ってる独り言が全部聞こえてるんだけど。
――――――――――――――――――――
「おかしいですね…… ここに来て、先生の姿を一度も見掛けてないのは、どういう事なのでしょう?」
「それ、わたしも不思議に思ってました。今いらっしゃるのって、クラスメイト全員と、カエコ先生だけですよね?」
初恵さんが通っていた通路を見ながら、僕たちは新たな部屋を確認しようと試みていた。
本校と同じ位置にある、ゴミ捨て場――所謂トラッシュルーム。そして、分校において初めて見つけたとされる、一つの謎のスイッチ。おそらく、暖房や冷房などを調整するエアコン操作に当たるのだろうか……
そして右側には階段があるものの、網目のシャッターによって厳重に封鎖されていた。試しに力を入れて上に引き上げようとしても、徒労に終わってしまった。
その手前には一つのドアが。これはもしや、倉庫……? いずれ調査するのにまた立ち寄る事になるかもしれない。
これで大方は見回ったのかもしれない。後は、僕たちが寝泊まりするお部屋当たりか――
「もしもし? 夏南ちゃんでちゅよね? ちょっとこっちに来て下ちゃいな!」
ここで、カナリアのように高く幼子の声が、十字路の奥の方から聞こえてきた。音程はソプラノ当たり、かな?
僕たちが十字路の真ん中に戻って当たりを見渡していると、肩まで掛かる白髪の持つ黄と橙色のフードパーカーを着込んだ女の子が口に手を当ててこちらを呼んでいた。どうやら何か重要な情報を見つけられたのだろうか。
期待を胸に、僕と夏南ちゃん、ロベリア君はその少女の許へと駆け寄っていく。
――――――――――――――――――――
「じゃじゃーん! お部屋、見つけたでちゅの! 内装も、本校の寄宿舎とちょこまで変わってまちぇんね」
「お疲れ様です、命苫ちゃん。ここまで見て回るの大変でしたでしょう?」
案の定、外に出る情報ではなかったものの。でも、僕達が寝泊まりする部屋の確保は、小さな目撃者によって果たされる事となった。
白髪の女の子は夏南ちゃんの労いに、幼さの残っている笑顔で元気よく頷く。そういえば、バスの記憶でも彼女が鮮明によく映し出されていたような……
「あれ、あなたは…… もしかちて舞凪くん?」
僕にふと気づいてか、その女の子は水色の円らな瞳を更に丸くして呼び止めてきた。あれ、所々で舌足らずに聞こえるのは……いや、それは後だ。
水色のフリルミニスカートに、白地のブラウスをのぞかせる暖色系のフードパーカー。背中には青色のリュックサックが小さく背負っている当たり―― 汐音ちゃんと鴇君と同じく、小学生に勘違いされやすい体系の持ち主なのかしら。
「うん、そうだよ! 僕が舞凪琴絵だよ!」
「やっぱりそうだったのでちゅね! 夏南ちゃんから話は聞いてたでちゅ、光栄でちゅわ!」
ここで会えたのも、一期一会の為すところ。おそらく、学生名簿からして彼女が最後の初対面者となるだろう。
左前髪に桃色の桜ヘアピンを付けた女の子は、僕にぺこりと頭を下げると、恭しく自己紹介を交わした。
「はじめましてでちゅね。わたちは命苫未祐! ミュウって呼んで下ちゃい。ここで会えたのも、何かの縁でちゅわ」
【
ロベリア君もまた丁寧に彼女にお辞儀を交わした所で、ミュウと呼びたがる女の子――未祐ちゃんは胸に手を当てて様子を見ている。
「命苫さんは"獣医学生"としてわたしたちと同じく勧誘された学生の一人なのですよ。獣医学だけでなく、人体に対する医学にも明るいと聞いてます」
「でも、そこらはまだまだ勉強中でちゅけどね……」
ここで良いタイミングの夏南ちゃんチュートリアル。彼女の場合は、保健委員の役割を担っているような献身的な"おませさん優等生"なのか。
内装はそれぞれ、部屋によって同じ。それは本校の寄宿舎も同様なのかもしれない。
今更ながら、僕はここでの奇妙な生活を、でも好奇心を倍以上にして胸を躍らせていた。
不安はあれど、僕は何とか、生活をものにしてみよう。そしていつか、外にも出れるような状況を目指して、頑張ろう――
「あ、あの!」
心の中で思いを馳せる僕に、未祐ちゃんが近寄りつつうつむき加減でこう伝えた。
「ケガをしてまちたら、いつでもわたちに言って下ちゃいな。応急処置位なら、出来まちゅから」
「りょ、了解だよ。心配ありがとうね、僕滅多に、ケガはしない方だからさ」
そして、恥ずかしそうに僕から離れると、夏南ちゃんとロベリア君の許に話に加わった。
こういうのも、変な話かもだけど。まるでお姫様みたいだな。清楚な様でいて、どこか世間知らずかつ危なげな所も…… 背が小っちゃい分は、汐音ちゃんと鴇君も含めて、僕にできる事を中心に何でもやっていこうかな。
よし、これで僕らクラスメイトとは全員話せたみたいだ。唯一、佐之宮先生だけ再会できてないけれど。
一つの大きな気がかりと小さな不安を押し隠しながら、僕は、ここにいる仲間たちと、再びこの場所の探索に戻ろうとした。
どこか煩わしい、金属音の様な音と共にモニターから、だみ声のような音が発される。
「あー、あー……マイクテスッ、マイクテスッ!」
何なんだ、今まで何も反応なんてしなかったのに?
突然のコエに、夏南ちゃんは僕に、未祐ちゃんはロベリア君の許にしかとしがみ付く。
「校内放送、校内放送――」
モニターから流れるだみ声の主は、「大丈夫聞こえてるよね?」と不安そうにしつつも放送を続ける。
「はじめましての方は、はじめまして! 久々の方は、お久し振りですね!」
その声は、陽気な感じに振る舞ってはいるが、裏で何か悪意のある感情が読み取れる。姿が見えない分、恐怖が僕たちを始め、教室のある空間を捜索している面々にも同様に伝染していく。
何だろう、ハッキリとは言えないけれど。嫌な……気配がする。
「状況探索をしている所、恐縮ですが。オマエラ、至急体育館にジャストミートしやがって下さい! 待ってるぞ~!!」
コエはそう一気にまくし立てると、プツンと放送を切れる音がしたきり、何も喋らなくなった。
僕は、互いにクラスメイト同士の顔をのぞき見てみると、どの人も顔を青くして黙り込んでいた。
「今の、声って……」
「かなりもったいぶった放送をしておりましたね。管理人だとしたら、粋な演出を為さる事で――」
「行かないと、マズい事になる。そんな気がする…… そうだ、汐音ちゃん!」
「あ、待って下さい! 舞凪くん!」
「皆ちゃん、廊下は走らないで下ちゃい! そう、早歩きで行きまちょう!」
「そんな悠長な事をしてる場合ですか―― あ、競歩と云う手なら、怒られはしませんね」
今頃競歩を思い付いた伝説の人物、とても鼻が高い事だろうね。
僕を筆頭に、夏南ちゃん、未祐ちゃん、ロベリア君は準備運動をしてから、競歩の要領で早歩きしながら寄宿舎を後にしていった。
――――――――――――――――――――
<1-1と1-2の廊下前>
寄宿舎を出た所で、僕は待ち合わせしていたクラスメイトと合流出来た。
「琴絵お兄ちゃんっ!」
「汐音ちゃん! 良かった、無事で……」
白のメッシュのある茶髪の女の子とハムスターのぬいぐるみ…… 間違いない、汐音ちゃんだ。
一旦早歩きを止め、彼女の無事を確認してホッと一息。
「今のアナウンス、聞いてたよね? 一体、何があるというの……?」
彼女はペネロペを胸の前に抱えながら、不安そうに僕に問い掛ける。
鴇君は、僕たち4人が探検してる間に元気を取り戻して、また探索に戻ったのだろうか。彼の姿は何処にもなかった。
「分からないけど、とにかく急ごう。体育館に集合って言ってた――急いで行けば何とか……!」
「お兄ちゃん、ボクも行くよ!」
先ほどの不穏なアナウンス。目に見えない悪意が伝わっているのは、僕たちだけでは無かったようだ。
焦りを隠そうと体育館に向かって走り出す僕を、汐音ちゃんもせがむ様に後を追い駆けていく。
「舞凪くん待ってぇ! あぁ、行ってしまいました……」
「だから、廊下は走らないで下ちゃいってばぁ! こんな中でも元気でちゅよねぇ、舞凪くんと汐音ちゃん」
「……私たちも、後から追い掛けましょうか」
「そうでちゅわね、行きまちょう」
一つ遅れて、夏南さんと未祐ちゃんが廊下前で立ち止まり、肩で息を整える。
後からロベリア君も現れるも、既に駆け出した僕と汐音ちゃんの後ろ姿に、どこか微笑ましい表情を浮かべていた。
……みんなゴメン、元はと云えば僕が先頭に立ってたようなモノなのに。