ダンガンロンパ If Heart Compasses   作:ミュウト

3 / 8
Prologue 『夢現のトビラ』 Part.3

<体育館 1F>

 

 どこか懐かしさを感じる、体育館ホール。

 その内装は、僕たちが本校に在籍していた頃――いや、小学校・中学校で使っていたのとほぼ同じではないだろうか。

 バスケットボールのゴールが左右にそれぞれあり、一番奥の方に教壇も置いてある。倉庫に通じる扉も、同じく奥左右に位置しているだろう。

 後から、また更に探索してみようかな。

 

「間に合った!」

「ごめんね皆ぁ! 遅くなって!」

 

 僕と汐音ちゃんの発した言葉通り、既に体育館には前から集まっていたクラスメイトが揃っていた。

 ……まだ来ていないクラスメイトも何人かいるみたいだけど。

 

「遅いですよ。貴様と云う人たちは……」

「よく言うのだ! 相馬くん一人でずかずかと調査に乗り出してるもん、こっちから声を掛ける暇もない位にさ」

「だったら構わず質問すれば良かったじゃないですか。それとも何ですか、俺が作業を終えるまで気を使って待っていたと?」

「そう言う訳じゃ無いけど…… あぁもう、何かもどかしいのだ!」

 

 僕たち二人の顔を一瞥するなり、憎まれ口を叩く相馬君。

 そんな彼に反論を掛けるも、敬語ながらけんもほろろに突っ返す"奇妙なキャッチボール"にじれったさを露わにする鴇君。

 先程一人で探検していたと思われる彼も、先に体育館に着いてたんだな。一先ずは安心……なのかな?

 

「ちょっと二人とも静かにしててよ。ここまでの情報を整理するのに集中してるの、分かんないの?」

「ちょうど良かった。牧苗も熱心にこの場所を調べてたようですね、進展があるならお聞かせ願いたいのですが」

「あら、注意深く聞き付ける耳は健在の様ね、持月坊ちゃま。生憎だけど、あたしもあんたに提供できるような新鮮な情報は持ってないのよ」

「これだけ探しておいて、ですか? 貴様の目は節穴、もしくは井の中の蛙以下だったとは――心底がっかりですよ」

「あ、そのこと? 『あんたみたいな傲慢なヤツに教えるような』証拠は無いって意味だけど?」

「むっ、貴様と云う奴は……」

 

 男二人の会話に割って入る冬狐さん。

 相馬君が彼女に気付き、情報交換を呼びかけるも、言い方が災いしてか、冬狐さんの暗喩を介した煽りに返され静かに怒りを見せる始末。

 何か、空気が張り詰めている。ダイヤモンドダスト――いや、フィンブル? 既に冬の空間と化しているぞ……

 

「はーい、そこまでよん? 不毛な痴話喧嘩は後にして、これからの生活をエンジョイしようよー」

「誰が痴話喧嘩よ!」

「誰も痴話喧嘩しておりません」

 

 そんな空気も関係無しに割って入り宥めようと試みる吉行君。その刹那、二人からの野次が同時に放たれた。

 吉行君、無謀と云うか別の意味でたくましさを感じるよ……

 

「分かり切ってた事だけどね、本当の仲良しタッグは少数だってのはな?」

 

 聡之進君は冷ややかに三人の口喧嘩を眺めて呟くに留めていた。が――

 

「ただぁ、一部を除いてはー?」

 

 彼は僕たちに視線を移すなり吹き出し笑いをこらえながら、手首を回して両手の人差し指をこちらに向ける。

 いつの間にか、僕と汐音ちゃんは片手を掴みながら体育館にゴールインしていたらしい。……今更ながら、気付いた僕が恥ずかしいや。

 

「おーおー、熱い事熱い事。やるなぁお二人さん」

「しっぽりあチアち、ふたりはナイスコンビ? ワタシ、感激!」

『ま、烏丸さんもジャスミンさんも、似たようなもんかしらね』

「雛っ子同士馴れ合う、って言葉がはやるのも納得っすね」

「「誰が雛っ子だ(なの)!?」」

「……その見事にハモってるのが、証拠って事でやんすからね? まぁ、お似合いでやんすよ」

 

 冷やかし半分に僕を見ながら茶化す泉樹。どこか聞き覚えのあるゲームのセリフを言いつつ、汐音ちゃんを見て目を輝かせるジャスミンさん。

 そんな二人を大きな山吹色の瞳に映しながら、静かに微笑みを浮かべるカエコ先生。最後に小さな目で僕たちを横目で見やり、肩を竦めて比喩を飛ばす初恵さん。

 と、ここで最後の初恵さんの言葉に僕と汐音ちゃんがまとめてツッコミを入れた。さすがに孵りたてとは思われたくないからだ。

 

「ホントねぇ。あんた達が羨ましいわ、切実に」

「仲良しは見てて和むのだぁー。相馬くんもつっけんどんじゃなくてさ、少し言い方変えるだけでかなり違ってくるよ?」

「生憎ですがお断りします。子供染みた事、よく平気で行えるものですね」

 

 向こうの話を中途に切り上げた冬狐さんが、そんな僕たちを見て苦笑いしながらゆっくりと近寄る。

 鴇君も朗らかに笑顔を浮かべて近寄りながら、相馬君を横目で見つつ打開案を話す。そんな彼に真顔で首を横に振り、腕組みをして構えている相馬君。

 知らない所でも、人はそれぞれ関係を構築していくものなんだね。まぁ、仲の良くない組がいるのは否定できないけど。

 

「おっと、第2ベストコンビ、並びに遅れ組みーっけ!」

「ちょ、古牧さん…… そんな大声で言わないで、恥ずかしいから……」

「左に同じくだよ? 探索、夢中になり過ぎちゃってたや。ごめんね、皆」

「あ、あの…… メイも、いるけど……」

「遅くなって、ごめんなさい」

 

 いつの間にか僕たちでテンヤワンヤとなっていた中を、聡之進君がさらに手首を回して体育館の入り口を指した。

 先行組が一斉に目を向けると、遅れて到着した里桜君と歌歩ちゃん、レンメイさんとつばめさんが入口前でおずおずと突っ立っていた。

 4人とも、アナウンスが鳴るまでは探索に集中していたのだろうか。

 

『あ、ロベリアさんたち! 無事で何よりよ』

「やっと追い付きましたぁー。もう信じられないですよ舞凪くん! わたし達を置いて、的場ちゃんと一緒にいるだなんて!」

「そうでちゅよ! 先頭が先にいなくなったら困るものでちゅ、ここまで来るの怖かったでちゅよ……!!」

「まぁまぁ……。とにかく舞凪さんが無事で何よりでした、皆も息災の様ですし」

 

 カエコ先生の声に、ここで僕たちはクラスメイト全員が無事である事を確認できた。

 最後に遅れて到着した夏南さん、未祐ちゃん、そしてロベリア君。夏南さんが僕と汐音ちゃんを見て頬をふくらまし、未祐ちゃんは僕の方を見て小さく涙を浮かべている。ロベリア君が一緒とは云え、かなり心細かったのか。

 ロベリア君はと云うと、憤る女の子たちをなだめるも、いつも通りの笑顔で皆を見渡す。やっぱり立ち振る舞いと云うべきか、彼が“高貴なる血統を持った王族”そのものに見えてしまうな……。

 

「17人と1匹、か。これで全員……なのかな?」

『一匹って…… 砂瀬くん、ウチをペットか何か勘違いするなんてどういう了見なの?』

「あ、ごめん。カエルの先生」

「そういや、オレたちの先生――ルチア先生はどこで何してんだろうな?」

「見掛けてなかったなぁ……。閉鎖されてる所、入れないし……」

「Ms.ルチア……」

 

 最後に気に掛かったのが、今でも姿を見せない僕たちの担任、佐之宮先生。

 里桜君とカエコ先生の話を他所に、泉樹と歌歩ちゃん、ジャスミンさんが真面目な表情で考え込む。

 

「見た所、普通の入学式っぽいよね……ボクたち本校から来てたはずなのに」

「その電子生徒手帳は完全防水で、水に沈めても壊れない優れもの! 耐久性も抜群で、10トンくらいの重さなら平気! って、どこかの先輩が受け売りで云ってたっけなぁ」

「何なの突然? 今その優先順位後にしない? てか、それよりあたしたちの携帯、何処に持ってかれたんだろ……」

 

 汐音ちゃんが体育館を見渡して不安そうにする中、軽快な言動と共に黒いタブレット――電子生徒手帳を取り出しながらキャッチフレーズを読み上げる吉行君。

 冬狐さんがそんな吉行君を困ったように笑いつつ、電子手帳を見遣るなり口元に手を当て難しい顔つきに。

 

 何かが、おかしい。

 窓の無い部屋、クラスメイト以外スタッフが誰もいない閉鎖空間。あちこちで見かけた黄色の監視カメラ、そして、先程の携帯電話紛失。

 僕たちは、どんな事態に放り込まれたのか。考えるとしたら、おそらくそれは――

 

 

 

『おーい、みんな集まったかなー? それじゃあそろそろ始めよっか』

 

 

 

 あの不愉快な声。先程の校内放送と謳った、だみ声の主――まさか!?

 皆が、恐る恐るステージの奥へと目を向けると。教壇の奥から軽快な効果音と共に、突然何かが現われた。

 

 

 

 右半身が白、左半身が……黒。モノクロ、だ。それも綺麗に不自然なほど。

 

 

 

 しかもそれは、まごう事無き――クマのぬいぐるみ。

 

 

 

 

 

 今思えば、全ての元凶となり得る悪魔のクマ人形――モノクマが、其処にいた。

 

 

 

 

 

「え……?」

「ぬいぐるみが……喋った!?」

 

 しばらく僕たちは、その目線にいるクマのぬいぐるみ――モノクマに釘付けとなっていた。どちらかと云うと悪い意味で、訝しげに見つめる者多数。

 

『ぬいぐるみじゃないよぉ~、ボクはモノクマだよ?』

 

 一つ余計な愛嬌をふりまきながら、だみ声を操るソイツは返事を返した。

 最新式の操りクマ人形、にしては糸がない特徴から違うような。もしかしたら、モノホンの……

 

『正式に、ぬいぐるみとは……言えないわね。ウチと同じ、作られモノの雰囲気がするわ』

「作られモノ……よく、分かラナい。もしカシて…… ロボット?」

「所謂"からくり人形"の類ではないでしょうか。それにしても、再現度が秀逸ですね」

 

 しばらくモノクマを見つめて、カエコ先生が顎を手で揉みながら、人ならざるもう一つの機械人形と向き合う。

 ジャスミンさんとロベリア君も同調して頷く手前、僕は知らずの内に右手を強く握りしめていた。

 

『ちょっとちょっと! 作られモノ呼ばわりはご法度だよ、流石に!?』

 

 引っ掛かりのある言葉が気になったのか、モノクマはカエコ先生たちに両手を挙げて吼える仕草を取る。

 『モノクマなんですけど! しかも、学園長なんですけど!!』と、自分の名前のフォローも入れながら――今コイツ、学園長をさらりと自称しなかったか?

 

「く……クマ……!?」

「お、落ち着け汐音!! コイツは、ラジコンかなんかで動いてる、きっとあれだ……デモンストレーション用の機械人形なんだ!!」

「泉樹おにーちゃん落ち着きなよ。動揺しながら説明したって、伝わらないと思うよん?」

「その前に吉行君は怖くないの、あの白黒分かれた熊人形!?」

 

 僕の横で、明らかに顔色を悪くして後ずさりをする汐音ちゃん。

 泉樹も彼女をどうにか落ち着かせようとするも、恐れが隠し切れてない今、あまり効を奏していない。その横から、吉行君がさりげなく一言を付け加える。

 

『ラジコンなんて子どもの愛玩ロボットと一緒にしないで頂戴よ。それにボクはれっきとした学園――』

「きゃああぁぁっ!! クマ、嫌あぁぁぁッッ!!」 

「のわあああぁぁぁっっ!! 動いたああぁぁぁっっ!?」

「うわああぁぁっ!! こっちまで驚いちゃうよ、心臓に悪いッ!?」

 

 肩を落として愕然としたモノクマは、それでも自身が学園長であると繰り返そうとした最中。

 ついに恐怖が抑えられず叫び声を上げてしまった僕たち3名。その瞬間どよめきと共に冷ややかな視線が集まっていく。

 何だよ、僕は巻き込まれて叫んだも同じなのに。

 

「……貴様たち3人喧しいですね、ここはお化け屋敷ではないというのに」

 

 悪かったな相馬君。でも皆は声を立ててないだけで、ホントは同じく怖いなんて思ってるんじゃないだろうか。

 ふつふつと圧し掛かる申し訳なさをひた隠しにしながら、僕は背中にしがみ付く汐音ちゃんの肩に優しく手を置いた。ペネロペはというと、器用に彼女の脇に収まったままである。

 泉樹の方は何処かばつの悪い顔をしながら、平静を保とうとしていた。

 

「的場、クマが苦手……。あのクマ、無意識に、彼女の恐怖、心……煽った。油断は、出来ない……」

 

 胸の前で手を組みながら静かに呟くレンメイさん。彼女自身もまた、震えていた。

 

「う、ううぅっ……!!」

「モノクマって云ったな。お前…… 彼女を、怖がらせるなよ!」

『ポッツーン。誰も聞いてくれやしない…… 深く、ふかーく…… 古代の海底神殿よりも深く落ち込んじゃうよぉ?』 

 

 奥の教壇の方を必死に見まいと震える汐音ちゃんを傍らに、僕はその恐怖の対象に精一杯の大声をぶつける。

 もちろん、発した所で何も起こる訳ではなかったけれど。

 

『ボクはロボットである以前に、NASAも真っ青の遠隔操作システムが組み込まれてて――って、夢をデストロイするような発言はさせないで欲しいクマー!』

 

 さらに肩を落とすモノクマが、ロケット開発者以外には伝わらぬ情報まがいを話そうとして。ふと、また怒り出した。

 その前にちょっと待て、今何気に凄い情報を暴露しようとしなかったか!?

 

『てか叫んでるオマエラ御黙りなさい、清聴してよ清聴を!』

「あれ、俺しゃべってないよ? 何故にとばっちり?」

『アンタ小声で一瞬、黄さんにツッコんでたでしょ……"よく余裕が持てるね"って』

「たはは、バレちゃった? 声の大きさ下げたつもりだったんだけど」

『姑息な事をしてもダメクマー! 結局は似たようなもんだクマ!!』

 

 僕たちに牙を剥き出して吼えるモノクマの横で、カエコ先生と聡之進君がいつも通りの余裕トークを噛ます始末。

 これにはモノクマの注意に更に油を差す形となった。

 

『……こほん。まぁ、御遊びはこれ位にして……進行も押してるので、ちゃっちゃと始めましょかー。れっつぱーりぃ~』

 

 やがて埒が明かないと考えたのか、白黒のクマ人形は咳払いをして空気を変えようと話題を変えだした。

 

「その前にさ…… 何がしたいのシロクロパンダ? ぼく達先生を探しているんだけど……」

『パンダじゃないよ、モ・ノ・ク・マ!! まぁまぁ、もう少しお聞きなさいな。えーではでは』

「ねぇ、空気白けさせてんのあなたさんだって、いい加減気付いてほしいのだ」

「呆れた。ワンマンショーもいい加減にして欲しい所ね……」

 

 里桜君への聞き間違いを容赦なく訂正し、モノクマの進めた断行には、鴇君もつばめさんも次第に沈黙するに至った。

 要はグダグダの空気を生み出したの、お前の仕業じゃないのかな。

 

『起立、礼! オマエラ、おはよーございますっ! 着席――はしなくて良いや、そのままで聞いてて』

「おはようございますっ!」「はい、おはようございます」「おはようございまちゅ!」『む…… おはようございます』

「すんのかよ!?」

 

 出た、ここで恒例の校長挨拶。短文ながら最後にツッコミを入れた泉樹、ナイスタイミング。

 律儀に礼を返したのは、夏南ちゃん、ロベリア君、未祐ちゃん……そしてカエコ先生の3人と1匹である。

 マナーは守るべきというのは、否定はしないけれども。

 

『では、これより記念すべき転校式を執り行いたいと思います』

 

 ここでようやく、式典に相応しい重い空気が戻ってきた。

 モノクマは普段通りのだみ声でもって、形式ばった式辞を読む様に僕たちに声を掛ける。

 

『まず最初に、これから始まるオマエラの学園生活について一言…… えー、オマエラのような才能溢れる高校生は、"世界の希望"に他なりません!』

「ま、そうだよね。俺たちは本校から来た"超高校級"の持ち主だもの、偽り者はいないもんだわさな」

 

 モノクマが話をしている中、聡之進君が腕組みをしたままコクコクと頷いている。

 それもそうだ、僕たちは本校の学園長からお墨付きを得た才能の持ち主、自信を持って分校に来たのを今更否定するものか。

 

『そんな素晴らしい希望を保護する為、オマエラには……この学園内だけで、共同生活を送ってもらいます!』

「……は、はい?」

 

 えっと、前の一文を整理すると……。

 僕たち才能を持つ高校生は宝物に近い存在、希望を守る為に――学園内だけで、共同生活を送れというもの。

 "学園内"……だけで? 学園の、中?

 

『その際の期限についてなのですが…… 期限はありません。云わばエンドレース!』

 

 最後にどこか面白半分に言葉を切りながら、モノクマは生活の始まりを宣言していった。

 しかし、僕を始めとしたクラスメイト達は疑問と不審が最初に現れ出した。一部何も不自然の無いといった知らぬフリと決め込む者もいたけれど。

 

「な、何て言ったの……? 期限が、無い……?」

「早い話が"一生ここで暮らせ"と云う事ですか。それは思い切った発案を……ふざけてるのでしたら帰らせてもらいますよ?」

「アタシは反対はしないっすよ? 安全が確保されるんならね?」

「……そんな生易しいモノじゃないわよ。私たちは――」

『あぁ、それなら心配はいりませんよ。予算は豊富ですし、食費や衣服費云々……オマエラには一切、不自由な暮らしはさせませんから』

「そう言う心配じゃないわ! 一生暮らせってどういうつもりなのって聞いてるのよ!」

「あのね、これねオレちゃんたちをビックリさせて楽しんでんだよー。最近のクマえもんはノリが良いからねぇ、後のフォローもバッチリなんじゃないかしら」

『ボクは嘘つきじゃない! その自信がボクにはある!!』

 

 驚愕の表情を浮かべる里桜君と、顔をしかめて早々に帰る支度を始めようとする相馬君。初恵さんはと云うとソイツの云う生活には全然反対する気はない様子で、つばめさんから苦言が飛ぶ有り様。

 対しモノクマは生活における長所を淡々と上げていく中、怒りを露わにする冬狐さんとパロディを織り交ぜながら不安を和らげようとする吉行君。これにはついにモノクマから2回目の咆えを受ける事に。

 

『あ、ついでに言っておくけど…… 外の世界とは完全にシャットアウトされてますから! だから、汚れた外の世界の心配なんて、もう必要ないからねッ!!』

「シャットアウト…… じゃあ、教室や廊下にあったあの鉄板の数々は……! 僕達を、閉じ込める為の……?」

「今の私たちは、モノクマに監視されてる羊たちも同然。下手に逆らえない、この空間からしてね……」

「洒落にならないな。悪い予感、当たっちゃったかぁ……」

 

 詩的に例えるならば、僕たちはモノクマの作る籠に押し込められた小鳥。

 アイツの言う『そうなんだ。だからいくら叫んだところで、助けなんて来ないんだよ』とのコメントからも分かるように、説明の裏に悪意に満ちている禍々しい意味合いにも合点が付いた。

 

『そういう訳で…… オマエラは思う存分、この学園内だけで生活してくださーいっ!』

 

 モノクマはそう言うなり、含み笑いをしながら僕たちを見つめていた。

 

――――――――――――――――――――

 

「お……おいおい、ちょっと待てよ!!」

「希望ヶ峰学園が用意したイベントにしては、低俗と云わざるを得ませんね。いくらなんでも悪ふざけが過ぎるのでは……」

「全くでやんすよ。アタシたちのいた希望ヶ峰学園本校では、もっと華麗に演出されてたもんでありんす!」

『ちょっとちょっとぉー。さっきからウソだの……冗談だのって……疑い深いんだからっ……』

 

 泉樹とロベリア君、そして初恵さんは、説明と謳う偽学園長に付いていけないとばかりに声を荒げていく。

 これにはモノクマもうんざりとした様子でうなるも、即座に表情を戻してこう繋げる。

 

『でも、それもしょうがないかぁ。隣人を疑わなきゃ生きていけないご時世だもんね』

 

 まただ、どうしてアイツからの言葉に、これ程の重圧が圧し掛かるのか。不安、恐怖、そして焦り。

 一々尤もらしい理屈を述べるモノクマを前にして、僕たちはどうする事も出来なかった。唯一出来るとしたら、アイツを力いっぱいにらみ付ける事のみ。

 モノクマは奥の教壇から『ひょいっと!』と軽快な効果音と共に飛び降り、僕たちの方に近寄っていく。

 

『まぁ、ボクの言葉が本当かどうかは、後でオマエラ自身が確かめてみればいいよ。そうすれば、すぐに分かるから。ボクの言葉が、純度100%の真実だって事がさ!』

「君の言葉など、信じられるものか……! でも、出口は一体どこに……!?」

「言いたい事は分かるよ? でもその提案は呑めないなー。オレちゃん、ここに来るまでにアルバイト何件か掛け持ちしちゃってんだよね。一生暮らすというんなら、キャンセルの電話入れなくちゃならないんだよー?」

「ここで一生暮らせ、だなんて……! 外に出られないなんて、最悪だよ!」

「わたしも……お父さんとお母さんに報告しなきゃならないというのに……! 家に帰して下さい!」

 

 ニヤニヤしたまま腕組みを崩さないモノクマに、クラスメイトたちの抗議の嵐が飛ぶ。僕はと云うと、汐音ちゃんの方に付きっきりで援護射撃には加わらなかったけども。

 

『おやおや、オマエラもおかしな人たちだねぇ…… だって、オマエラは自ら望んで、この希望ヶ峰学園の分校にやって来たんでしょう?』

 

 モノクマはそんな彼らの言い分をどこ吹く風と聞き流しながら、やれやれと肩を竦めて更に転校に対しての情念を問いかける。

 その傍ら、『それなのに、転校式の途中で、もう帰りたいとか言い出すなんてさぁ……』と呆れる様に大きく息を吐いたアイツの表情が、一瞬黒くなるのを捉えた。

 

『まぁ、だけど…… ぶっちゃけた話、ない訳じゃないよ。ここから出られる方法……』

 

 その言葉からして、僕は一番に不安を募らせる顔を――モノクマの云う"方法"とやらに聞き入ってしまう。

 聡之進君をはじめとした、他のクラスメイトも、同じように。

 

『学園長であるボクが、ここに"特別ルール"を提示します! それは"卒業"というルール!!』

「ボクっちたち2年生なのに、もう卒業!?」

「違うでちゅ、普通は飛び級とか学年途中にして卒業は無いはずでちゅわ! 何を、考えてるんでちゅの……?」

 

 鴇君と未祐ちゃんが本来の卒業の意味合いを比較して緊張で顔を強張らせる中、僕は唾を飲み込んで良からぬ何かを打ち消そうと試みていた。

 アイツの言い出す事は、まともじゃない。嫌な予感が、止まらないのは……何故なのだ。

 そんな僕の思いとは対照的に、モノクマは底抜けに明るい声色で次に繋げていく。

 

『オマエラには、学園内での"秩序"を守った共同生活が義務付けられた訳ですが。もし、その秩序を破った者が現れた場合…… その人物だけは、学園から出て行く事になるのです』

 

 左の掌を軽く引っ掻くようにして、爪を光らせながらモノクマは語り出す。『重大な違反者には、この学園にいる資格は無いも同然だからね』とわざとらしく嘗めやかに唱えながら。

 

「そ……その、"秩序を破った"って…… 何を意味、するの……?」

 

 両手を握りしめながら、歌歩ちゃんは怖々とモノクマの語った秩序乱しについて質問を問う。

 すると、アイツは…… 奇妙な笑い声と共に、片方の目を赤く光らせながら、こう言い放った――

 

 

 

 

 

 

 

『それはねぇ…… "人が人を、殺す"事だよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 気でも狂っているのか。人が人を……殺す? つまりは、殺人って事か!!

 

「そ、そんな事っ……!」

「命を何だと思ってるんでちゅか……!! 軽々しくその言葉を使わないで下ちゃいッ!!」

『殺すは殺すですよ? 英語で云えばkill、死はdeath。そう云う事death――あ、上手い事引っ掛けられたかしらん?』

「あー……ここ、カットね?」

 

 気付けば自然と殺しへの反対の信念から、僕はその言葉を発していた。

 未祐ちゃんも一歩前に乗り出して、右手を握りしめて力いっぱいに否定しようと試みるも、モノクマは涼しい顔でブラックジョークをかましている。

 そんな対話に水を差すかのように、聡之進君が人差し指でバッテンを作りながら一言付け加える。さりげない、テレビ用語だなこれ。

 

『殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……殺し方は問いません』

「やめてぇー!! 夢に出て来ちゃうのだぁー……!」

『『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』……それだけの簡単なルールだよ』

「……ッ!!」

 

 まるで子供をあやすかのように長文詠唱を尽きつけるモノクマに、何人かが顔色を悪くして顔を伏せていく。

 特に鴇君に至っては耳をふさぎながら喘ぐのもあり、とてもじゃないけど長くは聞いていられなかった。

 

『うぷぷぷ……最悪の手段で最良の結果を導けるよう、せいぜい努力してくださいね』

 

 正直、こんな状況で立ち続けられていた僕は異常なのかもしれない。

 『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』――命の法律を秤に掛ける卑劣な提案には、僕はとても許す訳にはいかなかった。

 

 でも、体が動かない。あの時と、バスジャックの時と同じだ……!

 何で、こんな大事な時に、アイツを…… モノクマを吹っ飛ばせないんだよ……!

 

『こんな脳汁ほとばしるドキドキ感は、鮭や人間を襲う程度じゃ得られませんな……。さっきも言ったとおり、オマエラは言わば"世界の希望"な訳だけど……』

 

 下劣な白黒クマはどこからか鮭を取り出して、自分の爪でその獲物を目にも止まらぬ速さで千枚切りにして――綺麗な刺身に変えた後でお皿の上に乗せ、ラップで包んでいく。

 お前料理の手際は良いんだな、人の調理はお断りだけど。

 

『そんな"希望"同士が殺し合う"絶望"的なシチュエーションなんて……ドキドキするよ~~!!』

「こ、コロシアイ……!? な、何言ってるの!? 私、そんなの……絶対に嫌……!」

 

 ついには善悪の区別を知らない子どものあどけない声を挙げるモノクマ。歌歩ちゃんは顔を真っ青にしながら、胸を抑えて首を小刻みに横に振るが精一杯だった。

 他のクラスメイトも同じように、不安が煽られて炎のように広がっていく。もちろん、僕も同じく。

 

『嫌ならいつやるか? 今でしょ~? それに、殺し合いは殺し合いだよ。ほら、辞書にもそこに――』

「意味なら知っているわ。でもどうして、私達が殺し合わなければならないのかしら? 不可解よ」

「そっかー、要はモノクマちゃん、オレちゃん達に殺しあってほしいわけね?」

 

 誰もが戦慄して声も出せない中、二人のクラスメイトが順にモノクマに答えを返していった。

 つばめさんが率直に理不尽な提案に疑問を呈し、吉行君が対等にアイツの提案を繰り返し確認して―― いや、ちょっと待って!?

 吉行君、あんな悪魔の人形の誘いに何か乗っちゃダメだ……!!

 

「でも残念でしたー! オレちゃん、みんなのこと大好きだから人殺しなんてそんなオッソロシイことは出来ないよん?」

「……このタイミングで冗談など万死に値します。初めてに等しい人たちもいる中で、そんな事言いますかね普通」

 

 何だよ、脅かしおってからにぃ。吉行君時折普段と変わらぬヘラヘラした顔で軽口を言うもんだから、皆冷や冷やさせるんじゃないかな……。

 額の汗をぬぐいながらため息を付く僕の傍ら、相馬君は彼を獣を見るような冷たい目線で見下ろしている。あれはかなり怒られても何とも言えないと思う、うん。

 

「K・I・D! 気が違ってる、いかれてる、度を越してるの3テンポが揃ってるでやんすよ!!」

「ちょっとそれ例えがわからないよ、初恵ちゃん!」

「ハツエ、kidは子ドもだヨ?」

「コホン、言葉を慎んでください岬さん。今のは放送表現禁止スレスレですよ?」

「……ごめんでありんす」

 

 初恵さんもギリギリ崖の上を行くように際どい発言をするの、止めようか。

 歌歩ちゃんとジャスミンさんは意味を解せず、解説求めとツッコミを入れるも、ロベリア君が咳払いと渋い顔をしながら彼女を諌める。彼でも、怒る事はあるんだな。

 最後に初恵さんは小さく謝りを入れていつもの場所に戻っていく。お前達何がしたかったんだ…… でも緊迫した空気は崩れて来て――なかったか。

 

『そうよ、ふざけた事ばかり抜かしてても何にもならないわ! さっさと鉄板を外してウチらを帰らせなさい、さぁ今すぐに!!』

「カエコ先生の言う通りでちゅ! どうか、お願いしまちゅわ……!」

 

 小さな足で勢いよく飛び跳ねながら抗議をぶつけるカエコ先生と、両手を合わせてモノクマを見つめる未祐ちゃん。

 

『ばかり…… ばっかり……?』

 

 突然モノクマの動きが止まったかと思うと、左半分の赤い眼が強く光らせて――ドスの利いた低く恐ろしい声を放った。先程の明るい声色の面影は、既に無いも同然だった。

 

『ばかりばかりばかりばかりばかりばかりばかりばかりばかりばかり―― ばかりシーズンならもう過ぎたんだよッ!!』

 

 その脅迫めいた声は、僕たちを再び凍り付かせるには十分だった。

 

『先生はばっかりですよ、いやいやガッカリだよ言い間違えちゃったよ!! ホントに物分かりの悪い連中だなぁ!!』

 

 アイツは一旦自分で言い間違えたのを当たり屋のように因縁を付けた後、僕たちに向かって更に低く吼え出した。

 

『いいかい? 同じ事を何度も言われる前に、釘を刺しておきますがね…… これからは、この学園が、オマエラの家であり世界なんだよ? 殺りたい放題、殺らして殺るから、殺って殺って殺って殺りまくっちゃえっつーの!!』

 

 最後に、モノクマの怒鳴り声が体育館中に響き渡った――その後に煩く響くハウリング音。

 さっきから好き放題に言ってくれちゃって……! でも、アイツの怒号には足が自然と動かない。何とか、何か切っ掛けがあれば……!!

 

『いい加減に……するでしゅ……! 何が、殺し合いなんでしゅか……!?』

 

 ふと、僕の後ろから聞き覚えのあるソプラノの声が。

 汐音ちゃんはすぐ後ろにいる……でも、普段の彼女よりも一際高い音域のモノ。この声は、もしかして……。

 

『んぁ? あぁ、さっきの怖がってたおちびちゃん?』

『おいたは、もうそこまでにするでしゅよ。劇も夢も、ゲームも…… ここらでネタばらしって出しておかないと、収拾が付かなくなるものでしゅよ?』

「汐音ちゃ―― いや、今はペネロペか!」

「あぁ、ついに的場が現実逃避してしまいましたか…… 嘆かわしい事に、これだから悲劇のおちびさんは――」

「お前は冷静に語るな、相馬! ネタばらしっつー事は……」

 

 やっぱり間違いない、汐音ちゃんがペネロペを代弁者として、自ら勇気を振り絞って立ち向かおうと試みてるのか……!

 現実主義にある相馬君の冷ややかな言葉を押しのける泉樹を他所に、僕は汐音ちゃんの方に振り向くも、彼女は既に前をすり抜け、モノクマと向かい合っていた。

 

『言って良い冗談と、悪い冗談。混同しちゃダメって事でしゅ』

 

 汐音ちゃん――ペネロペは彼女の手に動かされながら順にハキハキと声を上げる。

 どちらかというと、モノクマよりもペネロペの方が凛としていて声も良く聞き取りやすい。今の二人からは、決意がみなぎっていた。

 『剣、借りるでしゅよ』とペネロペが汐音ちゃんの左腰の鞘からレイピアを引き抜いた。何人かが、嫌な予感を感じて目を見開いていた――これから彼女がやる無謀な事に。

 

『今更訂正しても遅いでしゅ! モノクマ、ボクのパートナーを怖がらせたが運の尽きでしゅよー!!』

 

 汐音ちゃんの声を一緒に乗せたペネロペは、レイピアを構えて白黒クマ人形に突き付ける。そして、彼女は足を強く床を蹴って――

 

「こ、コラー!? それでボクを串刺しにするつもり!? や、やめろ、ボクへの暴力は校則違反だよ――」

『問答無用でしゅッ!!』

 

 刹那、アイツの赤く禍々しい左目が粉々に砕かれた。頭の後ろに刃を突き抜けて。

 突如の剣の攻撃に、今まで武器慣れをしていない他のクラスメイト達はどよめきと共に息を呑み込む。

 

「ちょ、正気か汐音! ペネロペを持ったまま、剣でモノクマを貫いた!?」

「汐音ちゃん、汐音ちゃん!!」

「今のご時世だからまだ許されるけど、昔だったら銃刀法云々でやんちゃは出来ないよ!?」

「これは、何と云う事を……!」

 

 泉樹が驚きをそのままに現状を見つめたまま動かず、未祐ちゃんは彼女の名を呼び続けるのみ。冬狐さんとロベリア君も、あまりの出来事に咄嗟のコメントも上手くままならない。

 

「はぁっ……はぁっ…… ぺ、ペネロペ……! どう、反応、なくなった……!?」

『懐は突き抜けた、筈でしゅけど……』

 

 ようやく本来の生声で汐音ちゃんが安堵の表情を浮かべ、ペネロペの声で一人パントマイムを。

 モノクマはと云うと、目に見えない早さの一撃を喰らったのか動きが停止してしまっていた。左目に剣が貫通したまま、両腕も両足も力なくしな垂れて動かない。

 彼女の一撃は、見事に急所を捉えたのだろうか。

 

『あれ……何、この音…… どうしたんでしゅかモノクマ?』

 

 ふと、その甘い希望はやがて悪夢への序章と化していく――聞き慣れない機械音、それもピコン、ピコン。

 最初は長い間隔だが、時間が経つにつれて少しずつ短くなっていく。ドラマや探偵アニメでたまに見かける、遠隔式の――

 

「的場さん、そのパンダを宙へ投げるんだッ!!」

 

 ここでいち早く一大事に気が付いた里桜君は、後ずさりをしながら彼女に向かって叫ぶ。

 普段は大人しい彼がこんなにも血相を変えて――彼も人並みの感情を?

 

『リオ、どういう意味でしゅか――』

「どっちでも良いから投げて! 早くッ!!」

 

 2回目の叫び声と共に、自然と僕は駆け出していた。

 汐音ちゃんは今、停止したモノクマの目に刺したレイピアを引き抜こうと頑張っているのか、遠ざかろうとしていない。このままでは彼女に危険が襲う!

 

「汐音ちゃんッ!!」

「はっ……琴絵、お兄ちゃ――」

 

 悪いけど、こうするしか!

 彼女が僕の方を振り向くや否や、僕はモノクマを奪い取って小さい彼女を突き放し、勢いよく体育館の天井目掛けて上へ放り投げた。

 宙に放り投げられたモノクマは、赤目を剣が刺さったまま無防備に舞っていた、と次の瞬間。

 

 

 

 

 

 耳をつんざくような衝撃音と共に、凄まじい爆発と熱気を伴なう風が空中に八散した。

 

 

 

 

 

 僕は倒れた汐音ちゃんの前に立ちはだかり、危険物から庇おうと試みていた。他のみんなも、それぞれ身を守っていた事だろう。

 

 

 

 

 

「……え」

 

 しばらくして、最初に声を上げたのは、鴇君だった。

 先程爆発した場所には、モノクマであったモノと思わしき白と黒の生地、そして刃の欠片が散らばっていたのだった……

 

「……えええええぇぇぇぇっっ!?」

「何という事だ……。白黒の熊人形が、木っ端みじんに砕け散ったあああぁぁぁ!! それとシオミーのレイピア諸共だぁ!!」

「古牧! 説明はありがたいけど、ここでリポートする必要ある!?」

 

 鴇君の叫びを筆頭に、聡之進君もキャスターさながらの速報を読み上げる口調で実況をしていた。と、ここで冬狐さんのツッコミが。

 二人とも、ボケとツッコミのタイミング良すぎだろ! 少しは危機感を覚えてっつーの!

 それは兎も角として、あのモノクマは自爆機能の付いた、歩く爆弾だったのか……

 

「あ、あぁ……!!」

 

 汐音ちゃんはと云うと、爆発からは無事に逃れられた為、ケガは一つもしなかった。

 ただ、爆発音が大きかったのもあり、彼女はペネロペを抱きかかえたまま呻くだけしかできなかった。所謂、放心状態だ。

 それもそのはず、結局引き抜けなかったレイピアは爆発に巻き込まれ、刃が木っ端みじんとなってしまった……。運良く柄は無事だった為、鞘には戻せそうなもの――その前にバランスが悪くなっちゃうか。

 

「汐音ちゃん、ペネロペ……。無事で良かった……」

「砂瀬さん、ありがとうございます。絶妙なタイミングでした……! 舞凪さんも……あの瞬発力は並ではありませんね」

「えぇ、うん…… 皆、助かって何よりだよ……」

 

 膝に手を当て安堵のため息を付く僕を他所に、ロベリア君は里桜君に労いの言葉を掛け、そして心からのお礼を述べていた。

 彼女のレイピアには、ひどい事をしてしまったけど。所有者の命が失ってしまっては元も子もない。

 命あってこそ物種と云うことわざもあるように、生きていれば何度だって――

 

『これ、夢じゃないのでしゅか……? 痛たたっ、夢じゃなひ……』

「汐音? もうやめたら?」

 

 ペネロペを使って自分の頬を抓ろうとした矢先、冬狐さんから左頬をきつく抓られ痛がる汐音ちゃん。その目にはうるうると涙が滲んでいる。

 冬狐さんはしばらく目に角を当てて彼女を見つめていたが、やがて元のさばさばした顔つきに戻ると目線を低くしたまま優しく諭す。

 

「今ので目が覚めたでしょ? 全く、舞凪と砂瀬にありがとうって言いなさいよね」

「……うぅっ…… ごめん、なさい……」

 

 今になって、自分のやった過ちに巻き込んだ事に気付き、汐音ちゃんが俯いて小さく謝りを掛けた。さっきまでの勢いはどこへやら、すっかり気落ちしてしょんぼりとした様子だ。

 僕としては、皆無事で良かったと云いたい所だけど、ね。兎も角、もう無理はしないでよ?

 

『はいはい、無事で良かった音頭はそれまでだよ? それにぬいぐるみじゃなくて、モノクマ! 全く何度言えば分かるのさぁー』

 

 聞き慣れてしまっただみ声の主。奥の教壇の方の、手前の階段の裏から…… アイツは再び姿を現した。

 さっきの爆発したあれは、ダミーだったのか。だとしたら、本物は一体どこに!?

 

「さっきの、爆発……。貴方、本気で……的場を、殺そうと……!?」

『当たり前じゃんか。それこそボクのハート目掛けて突進してきたんだもん。校則違反するのがイケないんでしょ!?』

「……震えながら言っても、説得力無いのでは?」

「さっキの、スキェリーだっタのネ。モノクマにモ、怖いエモーション、ある」

 

 レンメイさんが、額の汗を拭いながら必死に言葉を作って聞き返す。

 当のモノクマは頷くも、その白い手から爪を出してぎりぎりと拳を握っていた。それこそ、前に奇襲を受けた怒りをネチネチと覚えている様に。

 ロベリア君とジャスミンさんの言う様に、モノクマも人並みの感情ってあるんだな……

 

「待って、質問がある」

『ん、何だよぉ?』

「ひょっとすると……。あんたみたいのって、他にもいたり……する訳?」

 

 再び重苦しくなった空気の中、つばめさんと冬狐さんが再びアイツに問い質した。

 

『モノクマは学園内の至る所に配置されております。さらに、学園内には監視カメラも配備されております。そして、校則を破る者を発見した場合は、今みたいなグレートな体罰を発動しちゃうからねっ!』

「その見返りが、あれ……ですか」

『うぷぷ……今回は彼女の武器破損だけで事を済ましましたが……。次は外しませんよ、うぷぷぷ』

 

 アイツからの説明に、夏南ちゃんが顔を青くしながら事態を呑み込もうと試みていた。

 すっかり意気消沈した汐音ちゃんとペネロペを赤い瞳で見つめながら、モノクマは一言『そうならないように気を付けてね。ボクも極力は校則違反による死人は避けたいから』と決めつける様にまくしたてる。

 

『そうだ、既にオマエラ電子生徒手帳持ってるんだったねぇ。それがそうだよ、オマエが持ってるその黒いタブレット!』

 

 しばらく深呼吸をした後に、モノクマは吉行君の持っているタブレットに気付いて声を張り上げる。

 

『ちょいとボクが新しくコンテンツを入れておいたから、良かったら見てみてね』

 

 アイツはわざとらしそうにタブレットを指差してそう言うと、『安心して下さい、この中には殺人キットは入ってないから』と尤もらしい声で付け加えた。

 

『何度も言うけど……校則違反は許さないからね! ルールは人を縛りもするけど守りもするんだ。社会でも、法律がないと平和は成立しないでしょ? それと一緒! だから、違反者は厳しく罰する必要があるのです!』

 

 最後にモノクマはえっへんと腕に腰を当てながら締めくくる。

 どの口がそんな事を云うのか。法律ってお前が言っても全然説得力が無いし、何より殺しを強要されたまま黙ってなどいられるか!

 でも、あの爆発を目の当たりにしてしまった今、逆らう事は寿命を縮めてしまうに近い愚かな行為だろう。悔しいけれど、コイツの言う通りにするしか方法が無さそうだ。

 

『あぁ、それともう一つ。ぶっちゃけた事言いますけどね』

 

 まだあるのかよ、と誰かが呟いたのを聞き流しつつも、モノクマは皆の方を見てこう切り出した。

 

『この中に、ボクに内通してる"嘘吐き狼(うそつきおおかみ)"も混じっているのです……。何匹いるかは、まぁ自分で構想してみてね』

 

 ……また一瞬、皆の動きが硬直した。

 

「嘘吐き狼…… つまり、"裏切り者"って事?」

『そう言う事になるね。オマエラ、人狼ゲームってご存知でしょ? あの人狼と同じだよ、アオーン』

「異議あり! その狼の鳴き声は違うよ、鳴き方はこうだ、ウオォォーン……」

「お前どこで張り合ってんだよ、聡之進」

 

 心配そうな顔をしながら聞き返す里桜君。

 人狼ゲームと聞いて何となく察しが付いてしまう当たり、この事態に呑まれた僕たち自身が不憫と云っても良いだろう。

 ……にしても聡之進君、問題は狼の鳴き声でなくて裏切り者の詳細についてなんだけど! 泉樹の言う通り、たまに残念な前フリを入れるのは止めて欲しい所だよ。

 

「目的は何なのでしょう。私たちに……何を望んでいるのですか?」

「ロベリアくん、それは後にしようよ。今はこのクマに構うだけ、埒が明かないから。先生を探そうよ、先生を!」

「そうね、相手にするだけ時間の無駄よ。行きましょ、皆」

「あ、待って! オレちゃんも一緒に行くから置いてかないでー!」

「モノクマ、まるで、キョンシー…… 出来れば、二度も、会いたく…ない……!」

 

 この重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、次々と体育館を後にし出すクラスメイト達。

 アイツの目的を何だと問いかけるロベリア君を、鴇君が手を握って連れ出し、きっぱりと言い切った牧苗さんが踵を返して立ち去ると同時に、吉行君とレンメイさんも後を追いかけるようにして体育館から出ていった。

 いずれにせよ、あの不吉なモノクマに恐怖と畏怖を植え付けられたせいか、今でも素直に信じる気持ちが起きないのだ。後も信じるつもりはないけれど。

 

「汐音ちゃん、ペネロペ! 行くよ?」

「琴絵、お兄ちゃん…… ごめんね、ボクのせいで……」

「ううん、そんな事無いよ。剣は折れちゃったけど――キミが無事でいてくれて、本当に良かった」

「うぅ……ぐすっ。あ、ありがとう……お兄ちゃんッ……!」

 

 しくしくと泣き出している汐音ちゃんを励まし、僕は刃が短くなったレイピアの柄を持ったまま足早に体育館を後にした。彼女もまた、涙を拭いながら僕の後を追い掛ける。

 

『ではでは、転校式はこれで終了となります!! 豊かで陰惨な学園生活を、楽しんでくださいね! まったね~!』

 

 そうして、アイツが転校式を終える頃にはもう既に誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 誰が、アイツの言う事なんて、コロシアイなんて……!

 僕たちは、生きてここから出るんだ。外の世界は荒れ果ててはいれど、まだ希望や心の力は残っているこのご時世―― 

 僕は、僕たちは…… 犯人たちには屈しない!!

 

 

 

 

 

『うぷぷぷ…… 後悔しますよ、いずれ』

 

 

 

『オマエラが踊る捜索劇の中、ボクが好む特上の因子――絶望…… 提供するなら、あらゆる手段は使わなきゃってねぇ……』

 

 

 

 僕たちが立ち去った、その後も。

 高笑いしながら、独り言のように言い捨てたヤツの言葉からは、ウソとは言い切れない邪悪な感情が見え隠れしていた――

 そうして、奇怪なクマ人形も加わった分校生活が幕を開ける。

 

 希望に転がるか、絶望に転がるか―― その行方は、誰も知らない。




 Prologue 『夢現のトビラ』

 END……



  ▼   ▼   ▼   ▼   ▼

◇佐之宮ルチア   絶望使徒の襲撃により行方不明

  ▲   ▲   ▲   ▲   ▲



  ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

【生き残りメンバー:18】
 超高校級の"ヒップホッパー" 舞凪 琴絵(マイナギ コトエ)
 超高校級の"フェンサー" 的場 汐音(マトバ シノン)
 超高校級の"鳥博士" 砂瀬 里桜(スナセ リオ)
 超高校級の"絵本作家" 烏丸 泉樹(カラスマ イズキ)
 超高校級の"針子" 枢 夏南(クルル ナツナ)
 超高校級の"チアリーダー" 清水 鴇(シミズ トキ)
 超高校級の"奏楽家" 岬 初恵(ミサキ ハツエ)
 超高校級の"パスタシェフ" 黄 潤莓(ホワン レンメイ)
 超高校級の"キャスター" 古牧 聡之進(コマキ ソウノシン)
 超高校級の"???" 早見渕 つばめ(ハヤミブチ -)
 超高校級の"幸運" 牧苗 冬狐(マキナエ トウコ)
 超高校級の"アルバイター" 香西 吉行(カサイ ヨシユキ)
 超高校級の"音楽家" 戸遠田 歌歩(トオンダ カホ)
 超高校級の"獣医学生" 命苫 未祐(メイトマ ミユ)
 超高校級の"紳士" ロベリア・オーウェン=スティーヴン(Lobelia owen-steven)
 超高校級の"騎手" 持月 相馬(モチヅキ ソウマ)
 超高校級の"パフォーマー" ジャスミン・フランキー
 希望ヶ峰学園引率のサポートロボット カエコ

  △   △   △   △   △
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。