ダンガンロンパ If Heart Compasses 作:ミュウト
Chapter.1 『五つ葉のクローバー』 Introduction
空気が、重い。
とてつもなく、重い。
この、重苦しい感じは、舞台で僕があがって失敗してしまった時以来なのか。
交錯し合う皆の表情が、どことなくぎこちないのが、気に掛かる。
一部の生徒を除いて、誰も、言葉を交わそうとしなかった――
「あ、いたいたー」
体育館から出て、とぼとぼと自分の部屋を目指す僕と汐音ちゃんに、吉行君が両手を後ろに組みながら声を掛けてきた。
先ほどの剣破損の件を見ていたのか、「平気かい、汐音ちゃん?」と彼女の顔をそっと覗きこみながら。
「しかしまぁ、琴絵ちゃんも無茶すんねー。オレちゃんそう云う行動派は、嫌いじゃないよんっ?」
「……放っておけなかったんだ。唯、それだけだよ」
彼の言う事に、間違いはないけれど。
僕は、自身でも軽はずみな事をしてしまったと、とても褒められた行動だとは、思えずにいた。
「ガンガン行こうぜ、でも命は大事に。極端に偏り過ぎちゃ、疲れるだけよ」
吉行君は僕達の方を顔を落としながらそう言うと、「要は、気にし過ぎはいけねぇって訳。ノンノンノープロブレムさ!」と謎めいた励ましを残して、寄宿舎へと後にしていった。
「何なのそれ。ふふ、吉行お兄ちゃんって優しいんだね」
ふと気が付くと、汐音ちゃんが吹き出すのを堪えているのが分かった。ペネロペを器用に横に動かしながら。
そんな彼女の横顔を見ながらも、僕は刃が短く欠けたレイピアの柄を強く握りしめる。
本来の剣としては使えなくなったものの、所有者が生きているうちなら、きっと別の形で新たな機能を果たせる事だろうかな。
だったら、僕のやり方は、間違ってなんかいなかったはず。
彼女にとっての一つのトレードマークを見つめながら、僕は心の中で思うに至った。
――――――――――――――――――――
水路のある廊下に出ると、二人の生徒――里桜君と相馬君が向かい合って神妙な顔つきをしているのを見掛けた。
僕と汐音ちゃんは駆け寄って二人と落ち合い、話を聞き寄る。
「里桜君、相馬君!」
「あの、二人とも。さっきは、ごめんね……」
「もう良いよ、的場さん。ぼくなら気にしてないもの」
「貴様ら……少しは力量を弁えなさい。愚かにも程がありますよ」
里桜君は僕らの方に気付き、すぐさま向き直った。
一方の相馬君は左手を腰に当てたまま、呆れたように苦言を呈する。
「……ねぇ、舞凪さん。さっきの話――」
「その前に。舞凪、一つ言いたい事がありますが」
しばらく間を置いた後、里桜君が恐る恐る切り出そうとしたのを割り込みを掛ける相馬君。
立ち所に口を慎む彼を皮切りに、相馬君は僕の方を見つめ、そして真剣な顔つきで言い放った。
「先程の行動で、貴様がどういった信念の持ち方をするかが、大体分かりました。俺は、貴様を認めません」
「……!」
ハッキリとした拒否、それでいて関係を立ちはだかる壁を見せ付ける彼。
今の彼は、単に怒っているだけじゃない。僕達に失望の意を示しているんだ…… 冷ややかな視線は、今度は汐音ちゃんの方へ。
「同様に的場も、思い付きで行動を共にする猪侍――しかも命をも投げ捨てかねない"匹夫の勇"。そのような奴は俺の一番嫌いな類に当たりますから」
「やめなよ、持月さん。舞凪さんが彼女を助けなかったら、今頃血を見る惨事になってたんだ…… 今は無事を喜ぶべきだよ」
「ふん……」
相馬君は、俯いている汐音ちゃんに追い打ちの言葉を掛けるも、見兼ねた里桜君に止められる。
ペネロペを持った彼女は、込み上げる涙を拭いながらも、一言も反論を返さなかった。大方、内心悔しい気持ちでいっぱいだったろうに。
「邪魔をしましたね、それでは」
「待って、相馬君!」
踵を返して立ち去ろうとする相馬君を何とか引き止め、僕は例の玄関について問うてみた。
「君、さっき玄関の方を見て来るって言ってから、それっきりだったよね?」
「……それが何か?」
「あの、そちらの様子はどうだったの?」
一時唸り声を上げながらも、相馬君は僕に答えを返してくれた。
その隣で里桜君が真顔で彼をじっと見つめているのもあり、簡単には去らせてくれない事を、半ばあきらめ気味にしながら。
「玄関ホールの外に通じる扉も、厳重に閉じられていました。更に天井左右には、銃器が配備されている―― とても、脱出は叶いそうもありませんね」
いつぞやの秘密結社の地下アジトかよ。銃器となると重厚なガトリングガン当たりが使われているとも分からない。
言動の節々に刺はあっても、内容は信用できる―― いつの間にか、僕は彼の話にこくこくと頷いていた。
「これで良いですよね? では、先に寄宿舎に帰ってますよ」
「あぁ、どうもありがとう!」
納得を得られたとみて、相馬君は早々に手を上げながらその寄宿舎の方へと向かって行った。
今ではああやって回答は返してくれたけど…… 後日、あまり話し掛けには応じてくれないのかもしれないな。
「行っちゃったね…… ごめんね、あの人には悪気は無いんだ、これだけは信じてあげて」
残された里桜君は、「彼なりの注意なんだ」と小さく補足を加えてから、改めて僕と汐音ちゃんの方に向き直り、話を切り出した。
「そうだ、さっきのシロクロパンダの話なんだけど……」
「あのモノクマか……」
「うぅ…… クマの話はもう嫌だよぉ……」
一斉に顔をしかめる僕たち。
里桜君は申し訳ないと一言謝るなり、「うん、ぼくも信じないって決めてる――そのはずだけどね」と言葉を濁しつつも、短く本題を伝える。
「あの話を、本気で受け取ってしまう人がいないか。ぼく、それが心配なんだ……」
――『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』。
学園長を自称していたあの悪魔の熊人形の言い放った、恐怖の極限条件。
今でこそ誰も殺さないと決めていても、本当にそれが守られる確証など当てにならない現実に、追いやられてしまっている事を。
僕たちは、自然と気付いてしまったのかもしれない。疑心暗鬼と云う、有ってはいけない負の感情に。
「君の場合は大丈夫。他人を殺せない優しい性格だって、ぼくには分かるもの」
最後に軽く微笑んで付け加えた里桜君。
僕は、彼の言葉を胸に焼き付けながら、これから起こるであろう分校生活に期待と心配の念を抱かせていた。
今いるこの現実の中、何が出来るのだろうか。僕たちに、それが試されようとしている。
あのクラスの笑い合っていた声も、どこか懐かしく感じる――
Chapter 1 『五つ葉のクローバー』
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