ダンガンロンパ If Heart Compasses   作:ミュウト

6 / 8
現在・進行時間帯:1日目午後~夜


Chapter.1 『五つ葉のクローバー』 Part.1

「ふぅ……」

 

 僕は、寄宿舎内に位置する数個の個室の一つ――「K.Mainagi」と描かれている部屋の中のベッド上に、うつ伏せに寝転がっていた。

 思えば、あの不思議なバスジャックの経緯から何時間経過した事だろうか。

 

「寝心地は悪く無いけど、何だかなぁ……」

 

 横に寝返る際に仰向けとなりながら、白の天井を見上げてじっとにらみ付ける僕。

 数多くの不可解な変化点を等閑にしたまま、唐突なる学園生活の開催を宣言した、あの"自称"学園長の――モノクマ。

 アイツがこの分校で皆の生活を仕切るのか……理不尽かつ失礼にも程がある。

 

「今、何時かな…… 起きなくちゃ」

 

 電子生徒手帳には、確か時計機能は無かったはずだ。

 僕は呻くようにそっと体を起き上がらせると、ベッド上から部屋の当たりを見渡した。

 

 聡之進君と初恵さんが言っていたように、窓と思わしき箇所は全て頑丈な鉄板で打ち付けられていた。

 気晴らしに朝日か星空を見ようという試みは、ここでは何も意味が為さないだろう。こめかみを抑えながらも、窓への視線を外して別の方へ。

 

 一人分の個室にしては、自立した生徒の為にちゃんと設計を立てて作られたのか、床は全面的に広く整えられている。

 自習机と思わしきテーブル、メモ帳にゴミ箱、丸いテーブル。そして掃除に用いる粘着テープクリーナー――通称コロコロ。

 更に引き出し一式とクローゼットも見つかったのも含めると、生活用品には不足は無い、と云う事になるな。

 

 ベッドから左には一つのドアノブのある扉が――シャワールーム? こちらは、先程確認した、整備中である大浴場の代わりと云った所か。

 普段の部屋から考えると、洗面所もトイレも完備されているだろうから、問題は無さそうだ。

 

 また、丸いテーブルの上には、先ほど開けた個室の玄関の扉を開け閉めできる鍵が置かれている。

 どの個室にも同じ内装だと考えられるから、きっと汐音ちゃんを始めとしたクラスメイトに同様に確認が取れる事だろう。

 

 試しに、自習机の引き出しを開けて中を見てみると、何か薄く軽い物が見つかった。この手触り、ひょっとすると……。

 

 期待した僕自身がバカだった。スマートフォンではなくて、熊の顔が描かれたコイン――恐らく、吉行君が見つけたあの硬貨と同じと見て間違いないだろう。

 心なしか、イラストがアイツにそっくりなのだから。見てて腹ただしい。でも……何かに使えないとも分からない。

 複雑な気持ちを隠しながらポケットに仕舞い込む僕。

 

「んー、他に気付いた点は……」

 

 腕組みをしながら部屋を歩き回っていると、玄関の方からインターホン音が鳴る。

 誰かが、要件を持って呼び出してるのかな? 僕は「はーい!」と声を出しながら玄関に足を運んだ。

 

 

 

「舞凪、今起きてた? あたしなんだけど」

 

 明るい茶髪をポニーテールにしたセーラー服の女子。

 このハキハキとした声の主……冬狐さんだ、間違いない。

 

「良かったら、あんたも一緒に食堂に来る? 皆に報告したい事もあるから」

「報告?」

「そ、この場所のね。あの変な放送があってから、空気も張り詰めてるし…… それに中々切り出せなかったじゃない」

 

 話す途中から悩みの表情を浮かべる冬狐さん。時々、左右に首を振り向かせながら。

 

「それに夕食抜くのも、何だか気分悪いしね」

 

 最後に肩を竦めながら冬狐さんはそう言うと、手を小さく寄せる様に縦に振る。

 夕食? そういえば、今日は気絶して以来何も食べていなかったような気がしなくも……

 そう考えた矢先、腹の虫が小さくなってるのに気付くのは時間の問題だった。顔を少し赤らめながら、僕は冬狐さんと共に食堂へと目指した。

 念の為に、レイピアの柄はあの引き出しに仕舞っておいてから。

 

――――――――――――――――――――

 

<食堂>

 

 食堂に着いてみると、ほぼ顔を知っている人たちが集まっていた。

 皆が皆、食堂の真ん中にある大きなテーブルの前で思うような場所に腰掛け、既に何人かが他愛も無いおしゃべりをしているようだ。

 その中で――つばめさんと里桜君、相馬君はそれぞれ違う小さなテーブルにそっと腰掛けている。

 

「あ、琴絵お兄ちゃん! キミを待ってたんだよー!」

『これで全員、かしらね?』

 

 右後方に陣取っていた汐音ちゃんとカエコ先生からの声を皮切りに、他の皆も一斉に視線を僕達に合わせる。

 最後、と云う事は、僕以外の面々が既に集合に応じていたという事になるのか―― あれ、一人だけ、どのテーブルにも付いてない人がいるような?

 

「レンメイなら、ディナーをメイクしてクるっテ。キッチンに入ってるヨー」

「アイツ偉い具合に張り切ってたぞ…… 厨房に入るや否や、人相変わった風になっちまってよ」

 

 ジャスミンさんと泉樹からの答えに、僕はそっとカウンターの奥を覗きこむ。

 その厨房に見慣れた背の高い人――レンメイさんは、何と既にエプロンを整えて料理を作っているではないか。

 

「……待って、いて。皆には、退屈、させない―― 良い料理、作る、から」

 

 先程の気弱そうな顔つきとは一変して、彼女は凛とした真剣な表情のまま、ひたすら料理をこしらえている。

 まるで生捕った鴨か一本釣りしたマグロを調理し立てるような、板前さん――いや、この場合は若女将と云うべきか。

 

「今日であんなに息切れる思いをしたのに、黄さん元気ですよねぇ…… でも、夕食の呼びかけに応じたわたし達も、わたし達ですけど」

「人間誰であれ、どれ程大変な思いをしたとしても空腹には勝てないもんさ。それこそ、ハラヘリーの神様も呆れる位にな」

「あのさ古牧さん? そんな後付け、誰も聞いた事も無いでやんすよ?」

「オレちゃん、手伝うとは言ったんだけど…… 今度、時間を改めて給仕を申し込もうかなっ」

「申し込むも良いけど、本来の目標を見失わないで欲しいのだ吉行さん!?」

 

 口元に手を当ててため息を付く夏南ちゃん。でも、嫌な顔は一つせずに周りを見渡して微笑んでいる。

 聡之進君の半分理解に苦しむ持論に、率直にツッコミを入れる初恵さん。そして厨房を見ながら残念そうにしている吉行君に半ば焦り気味にフォローを入れる鴇君。

 確かに誰も食べてないとはいえ、ここまで豪壮にはならないとは思うけども。

 

「それで…… 牧苗さん、皆さんを集めたのは良いとして。私達に、伝えたい事とは何でしょうか?」

 

 僕と冬狐さんが互いに大きなテーブルの前に空いている椅子に腰掛けた所で、ロベリア君が話を切り出した。

 そうだ、夕食と云う前提で食堂に呼び出されたとはいえ、彼女からの話と云うのは聞いた事が無い。何を語ろうとしているのだろうか?

 

「皆、自分の電子生徒手帳持ってるわよね? それを出してもらえる?」

 

 冬狐さんからの提案に、僕はブレザーのポケットから電子生徒手帳を取り出す。他のクラスメイト達も、次々と生徒手帳を出していく。

 しかし全員が賛同したと云う訳ではないようで、汐音ちゃんと鴇君と歌歩ちゃんの3人は、思い詰めた顔つきのまま中々生徒手帳を出そうとしない。

 

「今日ので嫌な気持ちになってるのは分かるけど…… モノクマの言っていた"校則"というの、確認しない事には警戒もできないじゃない?」

「それに、知らないうちに校則違反してまちた、何て事も考えられまちゅね……」

 

 視線を落としている3人に気遣ってか、冬狐さんは言葉を和らげて説得を試みる中、未祐ちゃんが皆の目をしきりに気にしながら一声添える。

 

『悩んでても仕方ないわ。その校則っての、早速確認しとこうじゃ――』

「あぁーッ!?」

 

 時計を見た途端、僕自身驚いて声を上げてしまった。それも、食堂内に聞こえる大声で。

 丁度切り出そうとしていたカエコ先生が、腰に手を当てながら冷ややかに見つめている…… ごめん、わざとじゃなかったんだ。

 

「今、午後の7時!? それも、夕方なの!?」

「琴絵くん…… そっか、まだ時計見てなかったもんね……」

 

 開いた口が塞がらない僕を同情するかのように、鴇君は何度も頷いていた。

 何だろう、他の皆――いや、一部が僕を見かねる様に視線を逸らそうとしているのは、気のせいだろうか?

「……ご、ごめんね。驚かせちゃって」

「ううん、最初はボクだって驚いたもん。皆だって、確認する前は同じ状況だったし」

 

 そんな中、汐音ちゃんは僕に嫌な顔一つせず、食堂にいた時のクラスメイトの状況を簡単に説明してくれた。

 一人か二人、味方がいるだけでも惨めな気持ちにならないのは、この際ありがたいや。

 

「良い? じゃあ、まず最初から……」

 

 一つ咳払いをしてから、冬狐さんは『校則』のコンテンツを押し、表示された事柄を聞こえる様に読み上げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 1.生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

 

 2.夜10時から朝7時までを"夜時間"とします。夜時間は立ち入り禁止区域があるので注意しましょう。

 

 3.就寝は寄宿舎エリアに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

 

 4.希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。特に行動の制限は課せられません。

 

 5.学園長ことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

 

 6.仲間の誰かを殺したクロは"卒業"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。

 

 7.なお、校則は順次増えていく場合があります。

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、何だこれ?」

 

 一つ間を置いて、泉樹がため息交じりに顔をしかめ出す。

 

「とことんあのクマのやりたい放題じゃんかぁ!」

「ザッツライト! トキの言ウ通り、ワタシたち、Unfavorableだヨ!」

「んー……」

「全く、厚かましいルールを設けたものですね」

 

 不機嫌を露わにしながら噛み付く鴇君とジャスミンさん。他のクラスメイト達も一斉に、渋い表情へと変わっているようだ。

 前まで場を盛り上げていた吉行君と聡之進君でさえも、沈黙して顎に手を当てながら考え込む始末。離れたテーブルに付いている相馬君からの言葉からも、十分に納得云っていないのがよく分かる。

 

「ですが、先程の見せしめがあった以上は、校則を破るのは愚か者のする事だと捉えても良いかと」

 

 後半で僕と汐音ちゃんに目線を合わせ、強調する様にそう言うと、また生徒手帳を淡々といじり始めた。

 前もそうだけど、今の言い方には心が痛むのは否定できない。けれど…… それ相応の事をしたのだから、反論は今更できなかった。

 皆が皆、生徒手帳の画面とにらめっこしている中、「5番が一番、憎々しいわね……」と同じく離れたテーブルのつばめさんが苦々しく呟くのを聞いた。

 当たり前だ、四六時中観られている生活なんて誰も良い気持ちしないだろうに。

 

 

 

「ね、ねぇ。それより、気になる箇所があるんだけど……」

 

 四方を包む沈黙を破って、歌歩ちゃんが生徒手帳の画面を指で示しながら皆を呼び止める。

 

「この、6番の校則の所。どういう意味なんだろう?」

 

 彼女の指す文章を目で追い、僕達は改めて見直してみる。指の位置から、恐らく後半を示していると思われるけど――

 

 "自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。"

 

「悪い話が、完全犯罪――つまり誰にも悟られるなって事なんだろう。犯人側からしたらな」

「だ……大丈夫、だよね……? 誰も、死んだりなんか……しないよね……?」

 

 いつの間にか生徒手帳をテーブルに置いていた泉樹が、真剣な表情で腕組みをしながら、歌歩ちゃんに考察を突き付ける。

 すっかり青ざめた歌歩ちゃんは、胸に手を当てながら皆の顔を見回すしかできなかった。

 

「泉樹おにーちゃん、真顔で説明ありがと。これで万が一、見えない魔の手があれやこれやとオレちゃん達を襲う可能性も――」

「おっと、そうはさせないー! ヨッピー、さり気なく楽しもうとしてる魂胆が見え見えだよー?」

「あー、うん。嘘だよ。嘘、嘘。オレちゃんはコロシアイなんて反対よん、だから参加なんてしませーん♪」

「声色怪し過ぎだろ! てか吉行、誤解を招く表現を使うんじゃない! 聡之進アンタもだ!」

「はーい、すみませーん。引き際は弁えてるんで、オレちゃん黙ってまーす」

 

 ここで復活し出した聡之進君と吉行君の謎の掛け合いには、ホントたくましいものがある。

 おどける様に冗談を言い合う二人に、右手を握りしめながら怒涛のツッコミと制止をぶつける泉樹。

 

「烏丸くんもツッコミ良いですけど、のど渇きませんか……?」

「うん、さっきから厨房から良い匂いがしてくるのだ…… レンメイさんもうすぐかなぁ」

「アタシは和風の料理が出てくれば、これ以上ない幸せでやんすけどねぇ」

「ディナー、待チ遠しいネー。このスメル、期待できソウ!」

 

 生徒手帳をポケットに仕舞い込んだ夏南ちゃんが泉樹に声を掛ける一方で、鴇君と初恵さん、ジャスミンさんが厨房から漂う料理の香りにうっとりしていた。

 この時間まで探索をしていた面々、食べる合間も無かったのだろうな。僕の腹の虫も、さっきから騒ぎっぱなしだ。

 

「で、コロシアイなんて物騒な話は、さて置いて……」

 

 生徒手帳をセーラー服のポケットに入れ直した後で、冬狐さんは右手を上げて再び口を開く。

 

「皆に伝えたいのは、見えない犯人たちの手によって連れて来られた、知らない場所の――補足についてよ」

 

 泉樹たち一行と離れたテーブルの組するクラスメイトたちの視線が冬狐さんに向かう中、彼女は一つの決意と考察を切り出した。

 

「あたしは、基本的にモノクマからの提案は呑まないつもりでいる。でも、奴の言葉の一部には、妙な説得力があったのよ――」

「あんな理不尽なモノクマなんかに、説得力も何も無いと思うのだ……」

 

 鴇君の小声が挟む中、冬狐さんは右手を口元に当てて考え込み――

 

 

 

 

 

 

 

「この場所こそ、正真正銘…… 本物の希望ヶ峰学園・分校って事じゃないかしら?」

 

 

 

 

 

 そう、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「牧苗さん、興味深いわね。その根拠を聞かせてもらうわよ」

「えぇ。玄関と視聴覚室、購買室、それに体育館。それらは同じ配置。1階はほとんど本校のモノと変わらない…… でも、あの水路のある廊下って初めて見たでしょ?」

 

 話に興味を持ったのか、離れたテーブルからつばめさんが中央のテーブルに近づいてきた。

 冬狐さんは彼女を温かく迎え入れると、皆に仮説を交えた持論を展開していく。

 一部難解かつ、見ていない発見もあるのは確かだけど…… 何だろう、彼女からは絶対的な自信が感じられる、そんな気がする。

 

「本校ほど華やかさが無い分、自然が見せ所となってる装飾がある―― 微かだけど、斬新って感じがしたもの」

「それに廊下の明かりも、目に優しかったですね。無駄に主張し過ぎている所も無いみたいですから、私はあまり気になりませんでしたよ?」

「ふぅん、成る程ね。私は、部屋の数々から異質な気配しか感じなかったけど…… 機械と自然のコラボにしちゃ、有り得なくも無いかもしれないわね」

 

 冬狐さんの語りに、ロベリア君も同調して意見を上乗せさせる。

 話の一手一手に頷きを返すつばめさんは、自分の感じた違和感を例に出しながらも、特に反対する事無く二人の意見を聴いていた。

 

 

 

 ――僕はと云うと、今はまだざっと部屋を軽く調べただけだから、結論には早いかもしれない、けども。

 

 

 

 本校と分校の違いを思い悩む僕を皮切りに、「まぁ、それと私の勘もあれだけどね」と一つ苦笑いで締めくくる冬狐さん。

 周りの皆も、人によって違いはあるものの大半は納得したように頷き合っていた。

 

「勘で如何にかなるなら、いっその事玄関のセキュリティもお願いしたい所だったのですがねぇ」

「何か言ったかしら、どっかの憎まれ口しか叩けない持月坊ちゃま?」

「……空耳ですよ、そう言う貴様は地獄耳の人ですか。情報を無駄溜めして枯らすだけの"幸運"には言われたくないですよ」

「言ってくれるわね、そう言うあんたこそ――」

 

 遠くから相馬君の可愛げのない言い分に、冬狐さんが怒りを見せてない振りをしつつ拳を握りながら応対している。

 折角いい空気となってたのに、ぶち壊さないでよ相馬君…… それに、またダイヤモンドダストが表現されてるんだけれど。

 

「冬狐お姉ちゃん、相馬君! 二人ともヒートアップしないでよ! これ以上の口喧嘩はボクとペネロペが許さないもん!!」

「おまけに的場も復活してますし、雑音が一気にボリュームアップしてますね。いい加減にして下さいよ……」

「……あのさ、汐音もどさくさに紛れてお姉ちゃんって言わないでくれる?」

「Be queit! ソウマとトウコ、シノンも、静カにしテ! 悪気無いノ、分かるケド……」

 

 しかも怒りに感化された汐音ちゃんが、ペネロペを抱えながら二人に食って掛かろうとし、彼らから苦言を一斉に浴びる羽目になり。

 ジャスミンさんが歯を食いしばりながら、喧騒を止めようと動き出す始末。

 比較的争いを好まない夏南ちゃんとロベリア君、未祐ちゃんが互いに耳を塞ごうとする中、食堂はまた一転して凍り付いた嫌な雰囲気に――

 

「あ、あのッ!!」

 

 刹那、離れたテーブルから大きな声を出して引き留める声が、その場をまた沈黙に収めた。

 喧騒に入り込んでいた3名――汐音ちゃんとジャスミンさん、冬狐さんが素っ頓狂な声を上げながらそちらに振り向く。

 相馬君は依然と変わらず、こめかみを掻きながら不審な目つきで同じく見つめている。

 

「唐突にぶった切ってゴメン―― ぼくからも、一つ良いかな?」

 

 音の出処に振り替えると、いつの間にか席を立ってこちらを見つめている里桜君の姿が。

 そうだった、彼も遠く離れたテーブルに付いてるのを忘れてた……

 

「このタブレットから、皆の特徴を覚えるようにしてた、けど……。アナタのだけ、何度確かめても、何者かがよく分からなかったんだ」

 

 中央のテーブルに寄りながら、里桜君はつばめさんに真剣な顔つきを向ける。右手に電子生徒手帳を持ちながら。

 僕の気持ちは読み当てても、彼女の気持ちまでは読めないって事なのかな…… エスパーにも限りがあるのも、納得かも。

 

「早見渕さん、一体何の才能を持ってるの? もし良かったら、教えてくれると……嬉しい、かな」

 

 里桜君からの質問に、つばめさんは暫し黙っていた。

 中央のテーブルに付いているクラスメイト達は、皆彼女の方に視線を集めている。同じく相馬君も、遠くのテーブルから対応を待っているようだ。

 沈黙は、続くかと思われ――

 

「砂瀬君、皆…… 私の前置きを、一つ話させても良いかしら?」

 

 そう時間は掛からなかったみたいだ。覚悟を決めたのか、つばめさんは皆の方にまじまじと言い切るようにその口を開いた。

 

「前置き?」

「そう、信じる信じないは、皆に任せるけどね」

 

 つばめさんは僕の聞き返しに軽く答え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 疑念が包み込む空間を、そっと斬りに掛かるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「覚えていないの、どういう訳か……。自分の、才能……」

 

 

 

 

 

 

 

『才能が、覚えてないですって?』

 

 ……誰も、返事が出来なかった。前述で声を発した人物――カエコ先生を除いては。

 汐音ちゃんも、聡之進君も、夏南ちゃんも、ロベリア君も…… 皆が皆、ポカンとした表情で彼女を見つめていた。

 また更に、気まずい沈黙が食堂を支配する事に。今のところ、厨房から料理をしている音しか耳に入らない。

 

「もしかして、記憶喪失、なのでちゅか……?」

「いえ、私は……自分の名前と大切にしてる宝物も、皆の事も理解できてるわ。唯一、才能だけ、ポカッと抜け落ちたように空白なままなの……」

「冗談キツイぜ、つばめ。言わずに出し惜しみなんて、もったいねぇじゃん? 何も変わらんもんなのにさ」

「言わないんじゃなくて、"言えない"のよ。あなたにとっては、信じがたい事かもしれないけど」

 

 戸惑う未祐ちゃんからの問いにも、焦りを隠して才能を聞き出そうとする泉樹にも、彼女は…… つばめさんは、トーンを変える事無く答えるに留まった。

 「これだけは誤解しないでくれると助かるわ」と、思い違いをさせないように念を押しながら。

 

「他に、手がかりとなるのは無かったのかい?」

「えぇ。持ち物と云っても、メモ帳とカードしか。あと、飼ってる鳥――文鳥がいた事位かしら…… それ以外は、何も分からないの」

 

 聡之進君の追求に、彼女は自身のフードパーカーのポケットから、メモ帳とペン、粗末な輪ゴムで止められたカードを細々と出した。

 危険物は持ってませんよと云う風に、最後に両手を挙げながら。

 

「ごめんなさいね、却って……困惑させてしまって」

「もしかして、つばめさんって"占い師"、なのですか? そういう種類、大アルカナだってお父さんから聞いてましたもの」

 

 謝りを入れる彼女に割り込む様に、夏南ちゃんが出されたカードの絵柄をちらと見ながら、才能を当てようと試みる。

 占い師と聞かれた彼女は、夏南ちゃんをじっと見つめていたが…… やがて、寂しい笑顔を浮かべると首を横に振った。どうやら違っている様だ……

 

「力になれる才能だったら、皆の助けになれたかも……しれないのにね」

 

 最後にそう呟くと、つばめさんは皆から視線を外し、俯いて黙り込んでしまった。

 汐音ちゃん達も深刻な話を聞いたからなのか、誰も次の質問をしようとする勇気を持てなかった。

 

「ルチア先生は見つからないし、この場所からの脱出口も分からねぇ。しかもつばめは才能不明……? 何だよ――どうなってんだよクソッ!」

『烏丸くん、モノに当たらないの! けど、他に方法は無いのかしら……』

 

 ついに業を煮やしたのか、泉樹が両手でテーブルをドンと叩いて苛立ちを吐き出す。

 カエコ先生がその音にかなりびっくりするも、咄嗟の反論も控えめに言うのみに留めた。それ以上は――自身も先生がいない事とこれからの生活に不安を感じているのも、あるのだろう。

 また、ダイヤモンドダストが…… いや、前の二人のとは性質が違う、重苦しい雰囲気だ……

 

「やっぱり、モノクマの影響が尾を引いてるみたいだね……。さっきまで、あんなに仲良さそうだったのに」

「きっと……お腹空いてるのも、あるんだよ」

「……タイミングを間違えたね。ごめんね、舞凪さん」

 

 そもそも、原因の一つを持ち出したのは里桜君も可能性あるんじゃないかな。

 でも、静かに頭を下げる里桜君を前に、本音を仕舞いこみながら空腹をダシにその場を収めようと……また更に謝られた。

 彼、実際はとてつもないエスパー持ちなのか……?

 

 

 

「每个人、注意事項!」

 

 その時、食堂の奥から聞き慣れた声が響く。今まで料理に集中していて、誰との話も聞いていなかった――レンメイさん。

 彼女のこしらえた夕食の料理が、ここに完成した事を改めて告げられる。

 

「御料理、お待たせ…… 皆、待たせて、对不吃」

 

 厨房から出てきたレンメイさんは、調理服のスカーフを手拭い代わりに汗を拭き拭き、中央のテーブルへと戻ってきた。

 今までのダイヤモンドダストの空気も全然感じていない、この表情って…… さすが本場のシェフ、集中力並びに精神力は並大抵のモノじゃない。

 

「待ちくたびれたぞ、レンメイ! オレ、お腹と背中がくっつきそうだー!」

「泉樹くん、まるで子供なのだ…… ボクっちも人の事言えないけどね。待ってたのだ、レンメイさーん!」

「はしたないでちゅよ、清水くん? ここはやっぱり、本校と同じく優雅にいただきまちょ」

 

 泉樹と鴇君が一斉にバンザイと両手を挙げ、それを未祐ちゃんに咎められるも…… 3人から再び笑顔が戻ったのが見えた。

 

「お疲れ様でした、黄さん。ここまで大変でしたでしょ――え、これって……」

 

 夏南ちゃんがレンメイさんに労いの言葉を掛けた上で、厨房の方へ出向いて奥を覗き――刹那、静止。

 次に驚いた表情をそのままに彼女に問う。

 

「これ、全部あなたが……!?」

「えぇ…… 明日、の… 滋養にと思って…… いつもより、気合――入れて、作った」

 

 息切れ交じりに言うレンメイさん。

 いや、聞いてないもすごいけど、この初日から料理に精を出せる人なんて、早々いないと思うよ!? しかも僕たち全員、一気に17名分も!!

 

「こ、こんなに料理を作り上げて……! 黄さんは休んでて下さい、わたし皆に配膳して回りますから!」

「オレちゃんも、手伝うよ? レンメイちゃんだけに数多いレパートリー、運ばせられないじゃん!」

「私も、微力ながらお手伝い致しましょう。テーブルマナーは昔からきっちり教えてもらっていて、身体に染みてるんですよ」

 

 半ば慌て気味にしながら、夏南ちゃんはレンメイさんを自身の席に案内して座らせ、厨房の奥に置いてあると思われる料理を取りに姿を消して行った。

 吉行君とロベリア君も、加勢するように続いて厨房へと入っていく。と、吉行君は急ぎ目に流し場で手を洗って清潔をマメに整え終えると、すぐさま厨房へ潜り込みに行った……

 レンメイさんはため息を付きながら、手伝いに向かった3人にお礼を言うと、厨房の奥にある料理の配置を的確に指示していく。

 

「谢谢……それじゃ、お願い」

「枢は、このお皿を。香西は、その大皿を…… 熱い、から、気を…付けて。オーウェン・スティーブン、ニィは、あの皿を、それぞれ……」

 

 僕達の夜は、まだまだこれからかもしれないな。不安こそあるけれど、何分食事が――束の間の絶望を取り払ってくれるから。

 

 

 

 しばらくの間、僕達はそれぞれ晩ごはんを味わっていた。

 レンメイさんが作ってくれた夕食の料理――パスタと卵を多く使われたクリームソース、更にトマトソースとバジルソース。

 この香りの良さからして、彼女自ら才能を用いた特殊なスパイスでも使ったのだろうか。

 また、ホウレン草をより良く炒められた野菜炒め、焼き魚、デザートに杏仁豆腐と云った数多くの種類も、皆からの好評を得るには十分だった。

「メイ、皆と、仲良く……したい。私の取柄―― 料理、で… 皆を、労う。それ位、しか… 出来ない、から」

 皆の顔をよくよく見渡しつつ、片言ながらも自分の気持ちを整理する様にレンメイさんがそう言った。途中から遠慮がちになったのか、声が少しずつ小さくなっているのが気に掛かったけども。

 僕からしたら、全員の分まとめて夕食作ってくれた彼女には頭が上がらないな。

 

「ううん。誰にだって得意不得意があるんだから、自信持って良いんだよ? 潤莓ちゃん」

「そうそう、料理の番を買って出たのだって、メイメイ自ら率先して決めた事。俺は君の勇気を尊敬しちゃう」

『卑下はしない、もっとシャンとしなさい黄さん。あなたの料理が事実、空気を和ませてるもの』

 

 歌歩ちゃんと聡之進君、カエコ先生からの励ましに…… レンメイさんは静かに目をつぶったかと思うと、一礼してにこやかに笑顔を見せる。

 

「実を言うとね、その報告をしようと思い立った前に、レンメイが『皆の夕食作り引き受ける』って言ってくれたんだ」

 

 和やかになった雰囲気を確認してから、冬狐さんが彼女の後押しをするように優しく一声を乗せた。と、横目で見るなりやや苦笑しながら「……最初こそ簡単なので良いよ、ってあたしは言ったんだけどね」と呟きつつ。

「えっと… この、料理……云わば、私たち、の… 親睦、目的。脱出、すると… した、ら。皆、血を流さず、に…… それこそ、え、笑顔、で……は、はくしゅっ!」

「れ、レンメイさん、リラックスリラックス!」

 

 レンメイさんの片言ながらの説明は、緊張性のクシャミで一時中断となった。

 鴇君が深呼吸を持ち出して彼女を宥めようとしている中、「あたしが受け継ぐよ」と冬狐さんから説明をバトンタッチ。

「皆の緊張を和らげようとして、レンメイは今日の夕食を引き受けてくれた。実際に行動に出すのは難しいかもしれない……でも、みんな揃って脱出をするのなら、協力は大切だし。信頼が深まれば、殺しに加担する人もいなくなる訳じゃない?」

 

 凛として胸に響くような声量で、冬狐さんは皆に語りかける。離れたテーブルに付いているままの相馬君も、いつになく黙ったまま話を聞いているようだ。

 

「それにこれは、何気ない食事にも意味がある。ここにいる皆の安否確認よ―― アイツから何か言われたとしても、皆は普段通りに、朝・昼・夜と食堂に集まる習慣を付けて行きましょ。……何だかしみったれてきちゃうから、もう良いでしょ。じゃあ、いただきます!!」

 

 長かった説明を終え、冬狐さんの掛け声と共に再び夕食が始まった。

 

 

 

「ウン、ワタシは…… レンメイとトウコの意見に、Agreeスル! Don't Killing!」

「わたち、感激しまちたわ…… どんなに得意な事が違っていたとちても、力を合わちぇればきっと!」

「僕も、例え魔の手が襲うにしたって絶対に屈しない! 何があったって!」

『ボクもシノンも、気持ちを一つにしてがんばるでしゅ!』

「そうだね……。気持ちを強く持っていれば、皆、無事に一日を過ごせるよね! 私だって協力しちゃうよ!」

「ぼくも、協力する。誰だって、悲劇は望んで無い、から」

 

 ジャスミンさんと未祐ちゃん、僕とペネロペを介した汐音ちゃん、歌歩ちゃんと里桜君は不安に満ちた生活を乗り越えようとそれぞれ誓いを試み――。

 

 

 

「はぁ……青いでやんすねぇ。ま、アタシはどっちでも良いと思ってたでありんすけど――」

「もう、ハツキィは素直じゃないなぁ。本当はアンタも、殺しなんて良くないって思ってるんでしょ?」

「ちょっ!? 寄るなでやんす、分かったから料理持ったままこちらに来るなでやんすよ!?」

「うんうん、下手な考えは今はこれきりよってね」

 

 話を曖昧に聞いてたとされる初恵さんは、聡之進君がおかわりの料理皿を持ったまま軽口を飛ばしながら距離を詰め寄ろうとされ、慌てて考えを訂正し――。

 

 

「持月くん、無理にとは言いませんけど…… 一緒に大きなテーブルで食べませんか?」

「それはどうも。ですが、欲しい料理は自分で取りに行きますし、ここにいても十分聞こえます。余計な心配は無用ですよ」

「そうですか…… 気が向いたら、来て下さいね」

「むー、可愛くないヤツなのだぁ……」

「もう、清水くんってば」

 

 心配に思い、夏南ちゃんが相馬君の許に近づき誘いを掛けるも、彼からやんわりと拒絶されすごすごと引き下がり、鴇君がそれを訝しげに見つめ――。

 

 

「うぅむ、ペペロンチーノ。カルボナーラにジェノベーゼ……パスタ麺とそれぞれのソースに対応した組み合わせ、熟練の思い遣りを彷彿させますね……」

「谢谢、オーウェン=スティーブン。これ、でも… 父様の作る、料理を、参考に…… してみた、だけ」

「おっほほー、こりゃ美味しいよ、それでいて100点中120点満点超えー! レンメイちゃんがパスタシェフって才能誇れるのも納得だねぃ」

「何たってメイメイは誰隔てなく、しかも栄養のバランスも考えて料理を表出してしまうからな。入学前の彼女の店、インタビューが常々絶えなかったんだろうかねぇー」

「う、嬉しい… けど…… メイ、べた褒め、苦手……」

「褒め言葉は良いですけど、もう少し声を小さめにお願いします。それに、彼女が縮こまっておりますよ?」

「レンメイを褒め殺しにしようってのなら、オレちょっとした二人に対するイイ事考えちまったんだがよ……」

『静かに食べなさいよ、アンタ達2名。それに烏丸くん、その"イイ事"は何だか悪い予感がするから、止めておきなさいよね』

 

 レンメイさん自作の料理に舌鼓を打ち、褒め言葉を添える吉行君と聡之進君に…… 上品を信条とするロベリア君と彼女を擁護する泉樹、騒然とする環境を好まないカエコ先生から冷ややかなストップを発言しようとしたり――。

 

 

 

 等々、多少小さな喧騒があった以外は大事は無く、夕食は滞りなく進み、僕たちの空腹は満たされる事となった。

 

 

 

 

 

「「「ごちそうさまでしたーっ!!」」」

 

 

 

 

 

 こんなにおいしい料理を堪能できた機会には、感謝しようも無い。

 皆がとろけた表情となって眠たそうにしている中、動ける生徒たちはそれぞれ、食器を片付けて食堂を再び使えるようにしていた。

 よく普通の高校でも、片付け云々は義務付けられていたっけかなぁ……。  

 

「今日はありがと、レンメイ!」

「不客气。牧苗、ニィにも、感謝…… 厨房、使えるように……して、くれて」

「いえ、こんなの当然でしょ。あんな事があったんじゃ、誰だってお昼も食べてなかっただろうし」

 

 冬狐さんとレンメイさんのお礼の応酬を脇目に、僕は正面に腕を伸ばしながら、思い思いに休憩を楽しんでいる生徒――つばめさんに声を掛ける。

 

「うーん……さすがにレンメイさんばかりに、料理作らせる訳には行かないかな……。ここは、日によって作っていく人を決める事にしない?」

「当番制ね、私は良いと思うわ。探索してるのと3食合わせるとなると、最低2名か3名は必要ね」

 もろ独り言に近い意見だったが、つばめさんは聞きつけるなり賛成の意を示し、話を順良くまとめてくれる。

「それでちたら、(朝と昼・昼と夜・朝と夜)を掛け持ちをする人も含めたらいかがかちら?」

「Morningは早起き、大変……」 

 

 食堂を片付けていた未祐ちゃんも同調するように、僕たちの意見に更に上乗せをしていく――と、隣で聞いていたジャスミンさんがあくびをしながら呟いた。

 さすがに食べたばかりじゃ後日の事なんて考えてられないか。でも、今だからこそ大事なタイミングというのもある筈だ。

 

「でも、ワタシも頑張ル! Getting up earlyは、三文のトクさん、ダね!」

「ジャスミン…… ワリィ、それ"早起きは三文の徳"じゃね……?」

「ん? 泉樹くん、言語はごっちゃになってるだけで、意味は合ってると思うのだ?」

「日本語と英語のコラボってか―― っておい、我が物顔で話の筋を通すな鴇! やかましいわ!」

「いや違うよ、違和感があったから教えてあげただけなのだー!」

 

 ここでケロリと顔色を戻すなり、やる気満々に賛成と手を上げながら彼女は答えた。

 首をかしげながら本来の日本語訳を訂正する泉樹に、言語ごちゃ混ぜながら意味はあってると主張する鴇君。どっちかというと後者の鴇君の方が優勢な気がするよ……

「そんじゃあ、次の朝はオレちゃんが引き受けるよん。前に料理店の給仕をやった経験があるもの、皆に負担は掛けないぜぇ」

「香西くん、料理に心得あるのでちゅか?」

「あぁ、まっかせて~。本場のシェフには敵わないかもだけど、ベストは尽くすさん!」

 

 話に参加している人たちが腕組みしながら考えている中、突如手を上げて呼び止めた生徒――吉行君が妙な笑いを浮かべながら次の日の食事担当を立候補していった。

 その妙な自己主張こそ理解は難しいけど、料理が出来るというのは生活を潤すには打って付けだな。

 

「期待してるでありんすよ香西さん、言ったからには寝坊はやめとくれやす」

「あいあいさー、了解鈴の助!」

「……そこは、"合点承知の助!"の方が格好付きませんか?」

 

 糸目の瞳を横に移しながら念を押す初恵さんに、快く返事を返す吉行君。ふと、夏南ちゃんは思う事があるのか、彼により良い表現を提案していたが。

 皆が皆、夕食後の雑談に花を咲かせる中、「それじゃあ、リストは私が作ってくるわね……」とつばめさんがメモ帳とペンを持ってまた離れたテーブルへ。

 つばめさん、ああ見えてもマイペースなんだな……

 

 

 

「最後に一つ、提案があるのですが」

 

 時刻がおおよそ8時40分……となった所で、ロベリア君が僕たちを呼び止めて話を切り出した。

 

「希望ヶ峰学園分校、と牧苗さんが事実を知らせてくれたのは大いに救いとなります。ですが、この場所に閉じ込められたという以上、私達はここで夜を明かさなければなりませんね……」

『えぇ、そうね。夜10時から朝7時までを"夜時間"って、校則に書かれてるのもね……』

「そういやぁ、夜時間には立ち入り禁止区域があるとも言っていたな。今はまだ時間があるにせよ、油断大敵って訳か」

 

 カエコ先生と聡之進君が答えたのは、確か2番目の校則の事だったか。もう一つ、夜時間に関する事柄があったような……

 

「3番の校則の、就寝は寄宿舎エリアに設けられた個室のみ―― あれは僕たちそれぞれに割り振られた部屋を指してるよね?」

「的を得てますね。そして提案と云いますのは、この夜時間に関してもう一つのルール……"夜時間の出歩き"を禁ずる、と云った事項の追加、というのは如何でしょうか?」

 

 前までの情報を基に、僕の考察を突きつけてみたら正答だったようだ。ロベリア君が真顔を崩さぬまま、夜時間における校則じゃない取り決めルールを打ち出す。

 

「えっとぉ…。話は分かったけど、何で新たにルールを付け足す必要があるのだ? それって意味あるの……?」

「夜の散歩はオレ好きなんだが……」

「私は夜、あまり好きではないわ…… 黒というのは不安になるから」

 

 鴇君が素朴に疑問をぶつける手前、泉樹とつばめさんが夜についての印象をそれぞれ呟いている。

 いやいや、問題はそれじゃない。あの腐れ自称学園長の校則以外にも、一つのルールが追加されるってのが焦点になっている筈だ。

 ロベリア君は一つ咳払いをすると、話を再び続ける態勢に。

 

「良いですか? このまま対策をしていないと、私達は夜になる度に『誰かが殺しに来るのではないか』と恐怖心を抱く事になる――それでは、健康面や精神面においても支障を来たしてしまいます」

 

 ロベリア君、これは最もな解説だ…… 暗いというだけで不安になるし、時間帯によって気持ちの持ち様も違ってくる。

 疲れの取り具合も、睡眠によって異なるのも頷ける。

 

「そんな疲弊した状態では、必ずしもコロシアイが起こらないという確証が持てない……」

「つまり―― 貴様はその防止案として、夜時間の行動に制限を課せようとしている訳ですか」

「は、はい……その通りです。持月さん」

 

 合間に入った相馬君の解釈に、少し緊張気味にしながらもロベリア君は肯定する。

 精神の擦り合わせ、という言葉が似合うように、ストレスに耐えかねて咄嗟に行動を移す…… 有り得なくも無いな。

 

「ですが、これはあくまで私からの提案。強制はいたしません。全ては……君たちの協力次第、皆さんに一任します」

 

 そう最後に締めくくると、ロベリア君は一礼しながら黙り込む。

 何人かは互いに顔を見合わせていたが、誰一人反論を唱えようとはしなかった。

 僕はというと、彼の提示するルールには賛成だ。不安を緩和する為の事由にしては理に適っているし、コロシアイを阻止する効果にも期待が出来るかもしれない……

 

 

 

『そろそろ夜時間が近づくわね…… 今は、休養しなくっちゃ……話はそれからよ』

 

 テーブルの上から、カエコ先生が時計を見遣ると皆に視線を移しながら、個室への移動を勧める。

 今の所、食堂のモニターは何も変化は無いようだが…… 皆は追い立てられるように帰り支度を始めようとしていた。

  

「そうっすねぇ。アタシは先に失礼するでやんすよ、おやすみでありんす~」

「あ、待って初恵ちゃん! 一人だと危ないんじゃない?」

「心配はいらないっすよ、戸遠田さん。こう見えても、肝は据わってるでやんすから」

 

 琵琶を抱えて早々に立ち去ろうとする初恵さんに、歌歩ちゃんが慌てて呼び止める。

 当の本人は素知らぬ風を装いながらも彼女を落ち着かせ―― 

 

「それにアタシは、今日の一部の雛っ子とのおしゃべりは飽き飽きしてるんす。誰とは言わないでやんすがね?」

「初恵お姉ちゃん! ボクたち、雛っ子じゃないったらぁ!」

「良しなさいよ、汐音。一々相手にしてたらキリが無いわ」

 

 一瞬、僕達の方に冷たい目線を向けるなり、毒舌を吐き捨ててそのまま食堂を出て行った。

 汐音ちゃんが顔を強張らせて必死に否定するも、同じく拳をぐっと握り締めながら冬狐さんが押し留める。

 「初恵って、一般人を見下すように教えられたのかしら。かわいそうに」と低く悔しさを抑えながら。

 

「んじゃ、オレらも帰るとすっか…… 明日に備えなきゃだしな」

「明日…… これからどうしまちょう? 佐之宮先生、きっと別の部屋で休んでる筈……そう願わずにはいられないでちゅ……」

「今日のように探索と、あとルチア先生の救助一択しかねぇだろ。脱出口が見つからないってのが正直辛い所だが…… 気持ち、強く持たなきゃじゃん?」

「一先ずは、冷静にならないとだね。その前に眠気襲ってきちゃうし……」

「オレちゃんも明朝は早いから、先に休んでるねぇ。おやすみホッホー」

「Good Night、エブリワン。これ、合ってル、カな…… Have a nice dream!」

「では、おやすみなさい」

 

 先程まで苛立ち気味だった泉樹は、食事を終えてからか元の明るさを取り戻しており、先生を心配して俯く未祐ちゃんを励ますなりゆっくりと食堂を後にして行った。

 里桜君もメガネをティッシュで軽く汚れを拭うなり、あくびを押し殺すようにして同じく出て行き……

 吉行君、ジャスミンさん、相馬君もそれぞれ重い足取りで食堂を後にしていく。

 

「汐音ちゃん、冬狐さん。帰ろっか……」

「うん、そうする……」

「今夜は、悪かったわね…… また明日、成果を挙げられるようにしましょ」

 

 これまた重いやり取りを交わしながら、僕と汐音ちゃん、冬狐さんも食堂から出て行った……

 残っている生徒たちも、カエコ先生の尽力の下部屋にそれぞれ帰るだろう、かな。

 

 

 

 冬狐さんと寄宿舎内の廊下で別れ、僕は汐音ちゃんを自分の部屋に連れて、その中で一時休んでいた。

 今日――ここに来てからの一日目は、色んな事が起こりすぎたせいか、現実だと理解するにはもう少し時間が掛かる事だろう。

 

 今はまだ小物を置いてないとは云え、テレビは無くモニターだけの質素な部屋で過ごすには、退屈感を無視しにくい環境となっているのは否定できない。

 探索の折、気に入った小道具が見つかったらそれとなく飾り付けをしてみようかな。

 

 しばらくは簡単に汐音ちゃんとペネロペとの簡単なトークを交わした後に、先程引き出しに仕舞っておいたレイピアの柄を彼女に返却していく。

 汐音ちゃんはお礼を言うなり、僕の手を握って「また明日ね!」と空元気を振り絞るように、自分の部屋へと帰って行った……

 

 

 

 長かった一日、いや、半日か…… 僕はベッド上に腰掛けるなり、リズムを取るように足を床にトントンと小さく叩く。

 明日は本校と違った新鮮味のある分校生活。最初は前途多難でも、少しずつ生徒たちと仲良くなれるようにしていきたい所だ。

 相馬君とつばめさん、里桜君、初恵さん。そして、佐之宮先生。前者の4名は打ち解けられるように。後者は、無事に再会できるように……

 小さなスタンピングを止めた当たりで、僕はふっと一息付く。

 

 その時、聞き慣れた学校のチャイムが鳴り響いたかと思うと―― 個室のモニターが点灯した刹那砂嵐が起こり、その現象が鳴り止むと共にモノクマの顔が映し出された。

 正直、良い気分がしないのは僕だけじゃないと信じたい。暢気にワイングラスなんて持っちゃってまぁ……

 

 

 

『えー、校内放送です。午後10時になりました。ただいまより、夜時間となります』

 

 

 

『間もなく、食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま~す。ではでは、良い夢を。おやすみなさい……』

 

 

 

 唐突に放送を述べ、唐突にモニターの画面を切られ。その後は以前と変わらない静寂が当たりを包み込む。

 ロベリア君が提案した、夜時間の出歩き禁止。その言葉の通りに従い、僕は電灯を消すなり潔く靴を脱いでベッドに入り、白い掛け布団をその身に預け――目を閉じて夢の世界へと潜り込む。

 

 

 

 

 

 バスの出来事もそうだったけど、そもそもあの事件が起こって以来、一日中救いようの無いミリタリードラマの主演に参加させられている感覚に僕たちは陥っていた。

 ようやく分校に着けると思っていた所で、先程の謎のマスク集団の襲撃…… 更にモノクマの出現によって、命の保障が利かない生活に駆り立てられる後からの苦痛責め。

 泣きっ面に蜂と言っても、罰は当たらないかもしれない。でも願わくば、こんな悪夢のような出来事は、全て夢であって欲しかった。

 筋書きとしてはクレームが飛び交う最低な物。しかし僕には、そんな淡い願いを抱かずに入られなかったのだ……。

 

 

 

 

 

 それぞれが思いを馳せる、波乱の希望ヶ峰分校・転入の一日目は、こうして厳かに幕を閉じた。

 

 

 

 そして、朝日の入らぬ次の日が、始まろうとしている……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。