ダンガンロンパ If Heart Compasses   作:ミュウト

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現在・進行時間帯:2日目朝~正午

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Monokuma' Monologue

 『指きり拳万、嘘付いたらハリセンボン飲ます』


 一度の約束は。双方のうち片方が忘れていたとしても、もう片方は覚えているものだよ。それこそ生きているこそね……


 まぁ、人間でないボクが語るなって云うファンの気持ちも分かるけど。


 でもね、人間は誰しも記憶は必ず保持できるものじゃない。


 キミにも、同じ事が言えるはずだよ? それこそ、天性の超高校級でない限り……ね……






Chapter.1 『五つ葉のクローバー』 Part.2

 ――希望ヶ峰分校生活、2日目。

 

『オマエラ、おはようございます! 朝です、7時になりました。起床時間ですよー!!』

 

 こめかみを押さえながらもベッドから起き上がろうと試みる僕。

 あぁ、どうもダルさが抜けないな…… しかも早朝の目覚ましコールはモノクマなのかよ。

 

『さぁて、今日も張り切って行きましょう~!!』

「分かってるよ、うるさいな!」

 

 寝起きが悪かったのも相まって、機嫌悪さを正直にモニターにぶつけるも、その画面はふっと切れてまたいつもの静寂空間に。

 周囲を見渡しても、部屋は暗いまま――そりゃそうだ、寝る前に電気を全て消してたのだから。

 

「んっと… 確か電灯は……」

 

 瞑り掛けているまぶたをこすりつつ、僕は全ての電気のスイッチを入れて部屋を明るくした。

 あっという間にいつもの生活空間に戻っていく。ついでに窓も開放されていれば、より良い朝になるもんだけどね。

 今日はまだ予定は立てていないけれど、どのように行動していこうかしら。

 

 そういえば、昨夜はこの部屋の事をよく観察せずに寝ていたっけか。

 軽く頬を叩いて眠気を覚ましながら、丸いテーブルのある方へと足を運ぶ。

 

 今までに気付いていなかったものの、壁に張り紙がされてある。

 十中八九、忌まわしい自称学園長の仕込みに違いないが、僕は内容を黙読してみる。

 

 

 

"モノクマ学園長からのお知らせ…

 

 部屋の鍵には、ピッキング防止加工が施されています。

 鍵の複製は困難な為、紛失しないようにして下さい。

 

 部屋には、シャワールームが完備されていますが、夜時間は水が出ないので注意してください。

 また、女子の部屋のみ、シャワールームが施錠出来るようになっています。

 

 最後に、ささやかなプレゼントを用意してあります。

 

 女子生徒には女子らしく裁縫セットを…

 男子生徒には男子らしく工具セットをご用意しました。

 

 裁縫セットには人体急所マップも付いているので、女子のみなさんは、針で一突きするのが効果的です。

 男子の工具セットを使用する場合は、頭部への殴打が有効的かと思われます。

 

 ドントシンクだ! フィールだ!! レッツエンジョイだ!!"

 

 

 

「何なんだよ、嫌がらせにも程があるだろ……」

 

 僕は暫くその内容を見ているばかりだったが、やがて我に返ると紙を畳んで小さくし、ゴミ箱に勢い良く投げ捨てた。

 と、何か音がカツンと聞こえた。じゃん、ゴミ箱の中からモノクマメダルが出てきた―― 正直、あまりうれしくない報酬なのだけど。

 

 モノクマめ、あくまで僕達に殺意を煽らせようとしてるだろうけど、そうはいかない。

 僕達は、全員生きてここから脱出するんだ、絶対に……!

 

 

 

 一息付いた所で、今度は自習机の引き出しに目を向けてみる。昨夜のメダルが見つかった以外に、あのお知らせから工具セットとやらが仕舞い込まれてるのやも。

 下部の引き出しをすっと開けてみると、ビニールの包装がされている工具セットが入っていた。見たところ、まだ新品の未開封品みたいだ。

 今後も使わないから、出さずに置いておこう――

 

 可能ならば、閉じられている窓を時間を掛けてネジから外して……

 いや、厳重に締められているのなら徒労に終わってしまうだけだ。期待するだけ、無駄だ。落ち込み気味になりながらも、そっと引き出しを閉めていく。

 

「そうだ、寄宿舎に倉庫かなんか無かったかな……」

 

 探索の自由時間の際に、インテリアの飾りつけを探してみるのを、小さな目標にしてみよう。

 きっと大した物は無いだろうけど、この殺風景な個室を模様替えできるのならば話は早いだろう。

 一人で僕は頷くなり、早速食堂に向かう準備を始める――

 

 と、玄関からインターホンの音が響く。

 もしかしたら、昨日と同じく冬狐さんなのかな。「はーい、今出るよー」と危機感無く僕はそのまま玄関の方へ。

 

 

 

「夏南ちゃん…… と、汐音ちゃんか!」

「舞凪くん、おはようございます。良く眠れました…か…… って、ちょっと、的場ちゃん近すぎじゃないですか」

「おはよ、お兄ちゃん! ちょうど、夏南お姉ちゃんも一緒だったから」

 

 ブレザー服にエプロンを着けている緑髪の水色のバンダナを被った少女と、ハムスターのペネロペを左脇に抱えている真ん中に白のメッシュのある茶髪の女の子。

 今回は汐音ちゃんと夏南ちゃんの二人なのか。変わり映えの無い彼女らを見て、自然と笑顔を浮かべる僕。

 

「それで今朝は、二人でお出迎えを―― あはは……ありがと」

「言っときますけど、舞凪くんと最初に知り合ったのはわたしなのですよ。彼の事はよく知っているつもりですもの」

「えっ?」

「つまり……どういう事なの?」

 

 唐突に僕と夏南ちゃんの出会った時期を語る彼女に、僕は思わず閉口してしまった。汐音ちゃんも意味が明確に追いつけないのか、すぐに質問を返す。

 

「あなたとわたしは、友達にしてライバルって事。こちらも負けませんからね」

「お姉ちゃんも、琴絵お兄ちゃんの事好きなんだね。ボクだって、負けないもん!」

「ちょ、ちょっと、僕を巡って争うのは後にして!?」

 

 視線が双方とかち合った途端、女の口合戦が始まった。声色は強くないとは云え、どちらも意志を曲げず譲ろうとしない。

 一人を想う人とが合わさるとライバル視……正直、女心ってよく分からない。

 

「とりあえずは食堂、だね」

 

 ここで立ち止まってても、何も進まないのは目に見えて分かる。

 僕は苦笑を抑えながら、女性陣をなだめつつ食堂へと目指していった。

 

 

 

「いらっしゃいませ! 御待ちしておりましたよー、お客様3名食堂ご案内ー!」

 

 食堂では、景気の良い掛け声が僕たちを出迎えてくれている。この声、いつになく聞いた事のない美男子なのか……

 いや、違った。昨日早起きするといって先に個室まで戻っていた、吉行君―― 

 

「おっはーなのだー、皆ー!」

「おはようございます、舞凪さん」

「你们早…… 皆、おはよう…の、意味」

「お、おはよう……」

 

 と、真ん中のテーブルで手を振って出迎えている鴇君。同じくテーブルを飾り付けしながら笑顔を向けるロベリア君。

 昨日とはまた打って変わって、控えめな表情で中国語で挨拶を返すレンメイさん。そして奇遇な事に、鴇君の隣で両指を合わせて小さくお辞儀をする里桜君の姿も。

 

「珍しいね、鴇君と里桜君の隣り合わせって。何を話してたの?」

「鳥の事とね、あとはしりとりだよ! ボクっち皆と仲良くなりたいから、積極的に声掛けてたのだ!」

「ぼくは良いって言ったんだけど……」

「えー、里桜くんノリが決まってないのだー。もっとさぁ、出会いを祝して心をアンロックしよーよ、ねぇってばぁ」

「いや、見てるだけで十分というか……」

 

 鴇君のハキハキとした押しの強さに、里桜君は気持ち後方に下がりながら遠慮がちになっているようだ。

 何だろう、活発なシロサギにワシが凄んでいる、そのような絵が見て取れた。想像するにしたって、どちらも幼生にしか見えないのは否定できないけれど。

 いずれにせよ、このまま見過ごしたら里桜君がますます縮こまってしまうだろう。そろそろ彼をフォローしなくては。

 

「命苫さんとカエコ先生でしたら、私と同じく朝早く食堂に来ておられましたよ。『早朝の点呼、任せて下ちゃい!』と言って、先生と一緒に先程出て行かれましたが……」

「あれ、珍しく姿を見掛けないと思ったら、その為でしたか…… すれ違っちゃったんですね」

「ま、仕方ないよ。ボク達は料理できるまで話をしてようよ、夏南お姉ちゃん?」

「ふふ、そうですね。了解です的場ちゃん」

 

 ロベリア君からの答えに、夏南ちゃんは食堂の出入り口に目を向けながら納得するように頷いていた。

 先程までのささやかな口論はどこへ行ったのか、今ではすっかり仲良しの様子を見せながら二人は互いに真ん中のテーブルに腰掛ける。

 ここまでは、"規則正しい高校生"の類に入るって事なのか。

 

 

 

「皆、おはよ。もう集まってたんだ」

「おっす! 琴絵も来てたのか」

「Good Morning! みンナ、Getting up early、しテきたんダネ……!」

 

 少しして、食堂の扉が再度開いたかと思うと、冬狐さんと泉樹、ジャスミンさんの3名が姿を現した。

 それぞれ思い思いに、挨拶を交わすクラスメート達。

 

「冬狐さん、泉樹とジャスミンさん、おはよう!」

 

 昨夜とは一変して今日の表情は晴れやかにも見える。睡眠が取れるだけでこれ程の良効果を得られるのは、僕としても嬉しい所だ。

 そちらの場合は"多少時間にルーズな高校生"ながら、皆元気そうで何よりだよ。

 

「……おはよう、ございます」

「相馬君、おはようっ!」

 

 次に扉を開けたのは、昨日と同じく仏頂面をしている相馬君だ。

 僕が思い切りよく挨拶を交わそうとするも、彼はどこ吹く風と云う様にすれ違うなり、また小さなテーブルの方へ。

 ……分かってはいたけれど、愛想の悪さもここまで来るとはね。

 

「おい、早朝でイラついてるのは否定しねぇけどよ。少しは愛想良く反応してやれよ相馬」

「定型的な挨拶ばかり交わしてて、よく飽きないものですね。全く、長年の習慣ってヤツは」

 

 こめかみを親指で押さえながら、低く非難する泉樹。対し相馬君も冷たく愚痴を飛ばす始末。

 その余計な一言が、折角の穏やかな空気をぶち壊しにしてるんだよお前。今日も通常運転って事か。

 

「何よ、最低限の挨拶すらバカにしてるっての? さすが持月坊ちゃま、育ちも知れる事ですね」

「そう云う訳でも無いのですが。今後懲りもせずに、繰り返しのパターンというのもどうかと思いまして」

「ふぅん……? あんたのそのいけ好かない考え、あたしには一生理解できないわ」

「既に異常であるこの閉じ込められた分校に希望を見出す事自体、俺には愚の骨頂にしか思えませんね。それと、貴様の昨夜の受け売り、いつまで効が続く事でしょうかね」

「な、ちょっとあんたねぇ……!」

 

 あまりと云えばあまりの言い草に、腕組みをしながら冬狐さんが噛み付く。右手を密かに握り拳にしつつ。

 彼女の眉、所々小刻みに揺れているのは気のせいじゃないよな。今に爆発を抑え込もうとしてる、そのような様子。

 互いに譲らない二人の冷たい言い合いによる不穏な空間が包み込む中…… ロベリア君は小さく咳払いをし、里桜君とレンメイさんを始めとした食堂の人達が互いに耳を抑えようと動き出す。

 

「あー、困ります! 牧苗冬狐様、持月相馬様!」

 

 と、ここで厨房から吉行君からの注意が。

 

「食堂での喧嘩は周囲のご迷惑となりますので、どうか冷静に。ほら、深呼吸なさって!」

「ッ… 分かったわよ。ったく、朝から気分を害するなぁ……」

「放って置けよ、冬狐。スルーだスルー」

 

 周りの視線に押されるように、冬狐さんが呼吸を整えながらしぶしぶとテーブルに着く。

 気分が収まらずに悪態を付く彼女を、泉樹も納得しかねる顔をしつつもその場を収拾させようとする。と、云うのも。

 

「朝から、Fightしナいで……ソウマも、トウコも……」

 

 胸の前に手を組みながら、ジャスミンさんが泉樹の傍で気まずそうに俯いていたのもあり、殺気立った雰囲気を消すのに手一杯なのだった。

 当の相馬君は、相変わらず電子生徒手帳を片手に再度確かめている様子。全く、お前って人は……

 全員が仲良く、というのは、やはり理想論にしかならないモノだろうか。

  

――――――――――――――――――――

 

「はーい、お待たせ致しました! 朝食料理、完成しましたよ! 皆さん、順にお盆を取ってって下さいー!」

 

 "多少時間にルーズ"な生徒たちが食堂に集まってから数分後。

 吉行君御手製の料理が完成し、点呼と共に食堂に集まっている人達は厨房のカウンター前に料理を取ろうと動き出していた。

 今日の料理は、和風の料亭をイメージした―― 菜っ葉もの中心の副菜を彩った、御飯と味噌汁付きの朝食メニューなのか。

 

「……まだ来ていないクラスメートの朝食分はどうすんだ?」

「ラップで一時保存致しますから、ご心配なく!」

「そんなら、心配いらねぇな―― ん?」

 

 泉樹が訝しげに食堂を見渡しながら交わす質問にも、吉行君は爽やかな笑顔のまま回答をサラリ。

 今になって、違う所に気付いたのは、昨日の彼は低くガラガラしたような音程――バスとテノールの中間だったのに対して、今朝は美男子よろしくイケメンボイス――アルトの音域になっているって事だ。

 "アルバイター"だけあって、プライベートと与えられた仕事の区別をハッキリとつけている彼―― 正直、魅力的と改めて思い直した。

 そこへ、待ち侘びていた"マイペースな高校生"が、ようやく食堂に姿を現した。

 

「……おはよう。遅くなってごめんなさいね」

「朝の挨拶、おはようございますっ! あっはは、すまんねぇ。プライベートと同じく熟睡してたわー」

「いやぁ悪いっすねぇ、寝坊してて遅くなったでありんす」

 

 他人を気にしないというのか、それとも自分本位が優先なのか。

 

 メモ帳とペンを持ったまま小さく謝りを入れて、空いているテーブルに詰めるつばめさん。底抜けに元気良く挨拶をしたと思うと、後頭部を掻きながら照れ笑いをしている聡之進君。

 そして、寝ぼけ眼をこすりながら琵琶を抱えて現れた初恵さん、の3名だ。

 前者のつばめさんはまだ誠意が見えるから良いにせよ、後者の聡之進君と初恵さんからは悪びれる様子が一かけらに感じられない。

 

「遅ぇぞ、アンタ達! もうオレら食べ始めようとしてたトコだったんだぞ!」

「Getting up slowlyハ、三文のソンサン! ワタシ達、眠気抑エテ、朝食……待ってタのヨ!」

「あのー、ジャスミンちゃん? 本当はそのようなコトワザ、無いと思うんだけどな……」

「創作コトワザ、なのですね。ふふ、わたしそういうの好きですよー」

 

 率直に遅れてきた事を怒る泉樹と、一見改変したような自作のコトワザで早起き組の苦労を伝えるジャスミンさん。

 汐音ちゃんが首をかしげながら尤もらしいことわざを考えようとする中、微笑を浮かべて肯定の意を示している夏南ちゃん。

 性格は異なれど、接し方もそれぞれに違っている事は、悪くは無いはず。

 

「とはいえ、白髪の雛っ子――命苫さんのコールはもう散々でやんすよ。ふぁあ、折角人が気持ちよく寝てたのに……」

「それは、お互い様よん。俺だって何事も無ければ休日は長く寝てる方だったし―― 朝食を抜くのを比べたら、これ位はお安い御用さ」

 

 全く持って反省の意図が見えない初恵さんに、意外にも聡之進君も休日を引き合いにしながら同調し出す。

 おいおい、これはまた早起き組の怒りに火に油を注がないか? と思った最中。

 

「岬、古牧……それは、ダメ。早起き…してきた、皆の、気持ち…… 無駄に、する。言葉、よく……考え、て」

 

 今まで聞くに留めていたレンメイさんは、控えめながら真剣な顔つきで二人を見つめ、言霊を紡ぐ様にして諭していく。

 彼女、里桜君と同じく喋らないと目立たなくなるにせよ、ちゃんと……皆を見ているんだな。

 

「……ちっ、了解でやんすよ」

「メイメイ……俺も、配慮が足りてなかったな。皆、ごめんなさい…… だから、許して?」

 

 初恵さんは一瞬舌打ちをするも首を縦に振り、聡之進君は表情を真顔に戻すなり深々と頭を下げて謝罪した。

 多少行き違いはあるにせよ、そのような欠点は少しずつ直していけば良い事が判明しただけ、まだマシと言う物じゃないだろうか。

 残るはあと3人って事かな。今の所、未祐ちゃんとカエコ先生も、少しすれば帰ってくる筈だから――

 

「た、大変でちゅー…!!」

『ちょっと命苫さん、あなたが走ってたらルチアの名目も無いものなのよ!? はぁっはぁっ……』

 

 突然外から大声が聞こえ、僕達は互いに食堂の出入口に目を向けてみると、扉に手を置いたまま肩で息を切らせている未祐ちゃんとカエコ先生の姿が。

 何事かと一時立ち上がる冬狐さんと里桜君を筆頭に、僕と夏南ちゃんもそっと状況を確認しようとする。

 

「おはよう、どうしたの未祐ちゃん?」

「カエコ先生も……そんなに息を切らせて……」

『枢さん! 皆も、来てるのね……』

「あの、あの……! 歌歩ちゃんが、何処にもいないんでちゅわ……!!」

「「ええっ!?」」

 

 未祐ちゃんから知らされる異常事態。

 テーブルに着いている何名かが騒然とする中、僕達は一先ず呼吸を整えて彼女たちから話を聞き取る。

 

「インターホンを何回も鳴らちても、返事が無くって。ドアももちろんノックしたのでちゅ! でも、部屋からは何も、音が返ってこないんでちゅの――」

『あぁ、補足を付け足すとね。昨夜に残ってた皆を個室に誘導した際に、個室の玄関ドアはそれぞれ音を通さない事を確認しているの。正直、ウチも生徒たち皆、個室で寝てるものと思っていたものだから……』

「最終的に、玄関のドアを思い切り引いてみたのでちゅけど…… 鍵、掛かってて、開かないままなのでちゅ……」

「すみません、私が夜時間ルールについてもう少し強く提案していれば、このような事態には……」

「ううん、ロベリア君は悪くありまちぇんわ。でも、どうしたものでちょう…… 歌歩ちゃん、何処に行ったのでちょうかぁ……!?」

 

 事情を説明する途中で、涙声になってしくしくと顔をうずめる未祐ちゃん。カエコ先生も顔色がみるみる青く染まっていくのが目に見えて分かった。

 まさか、昨日の誓いを立てたその日から"最悪の事態"に見舞われるなんて。いや、まだ実際にそうなったとは断定は出来ないけれども――

 唯一彼女だけが食堂に一度も姿を現していない。皆の不安は、徐々にその表情を険しくしていく……

 

「兎に角、探してみよう! 未祐ちゃん、カエコ先生、案内を!」

「琴絵お兄ちゃん! ボクも一緒に行かせて!!」

「ぼ、ぼくも行くよ! 戸遠田さんの事、心配、だし……」

「わ、わたしも行きます……!」

「あーアタシらは食堂で待ってるでやんすから、捜索チーム骨を折って気張りやすー」

「もう、初恵ちゃん何で逆撫でする様な事しか言えないのだーッ!?」

 

 僕、汐音ちゃん、里桜君、夏南ちゃんの4名が歌歩ちゃん捜索に名乗りを上げ、食堂から飛び出そうとした。

 と、その前に。初恵さん何だって人の決意に水を差すような事を平気で言えるんだ!? 何だか、朝食食べる前に頭が痛くなってきたような……

 鴇君の悲痛に叫ぶ様子から、前途多難はこれからも続きそうだな。

 

「初恵の事はもう放っておきましょ。あたしも一緒に行くから、お腹空かせてる人は先に食べて待ってて!」

「お、おぅ……」

 

 冬狐さんがため息をつきながらそう言うなり、僕達と合流して食堂を共に飛び出していく。

 残された人達は…… きっと、吉行君とロベリア君とで調律を合わせて行くんだろう、かな。

 

――――――――――――――――――――

 

「歌歩ちゃん! どこだー!?」

「おーい、歌歩お姉ちゃーん!! どこなのー!?」

『もう朝ごはんの時間よ、皆もう食堂に集まってるのよー!?』

「聞こえてたら、返事して下ちゃい……!!」

 

 僕達6人と1匹は、寄宿舎側に潜んでいると思われる施設という施設を、片っ端から探し回っていた。

 対象者となっている歌歩ちゃんの部屋、次にランドリー、整備中の看板が掲げられているお風呂屋さん。仕舞いには、トラッシュルームや倉庫等々いるはずが無いと思われる場所を当たってみたり、と……

 しかし、探し人は依然として姿を見せない。

 

「戸遠田さん、戸遠田さーん!」

「歌歩、いたら返事をしなさいよー! 歌歩ー!」

 

 まずい、このままだと時間は過ぎていくばかり。それに仮に意識を失って倒れていたとすると、生存率が徐々に下がっていく事実もあるから尚更危ない状況だ。

 未祐ちゃん達を始め、女性陣の顔色が曇り始める。ひょっとしたら、もう……。 

 いや、まだ希望を捨てる訳にはいかない……!

 

「あの……もしかしたら……」

 

 いつの間にか暗い空気と化していた中、里桜君が小さく僕達に声を掛ける。

 

「な、何!? 何を知ってるの砂瀬!?」

「どんな小さな情報でも良いでちゅから、教えて砂瀬くん……!!」

「そ、そんなに詰め寄られても…… ぼく…戸遠田さんの行き先、ふっと思い出したんだ」

 

 その刹那、女性陣の目線が彼に集中し出した。一時怯みを見せた里桜君だが、気を取り直すと昨日の記憶を辿りながら一つの可能性を導き出す。

 

「彼女、音楽ならあらゆる種類を好き好んでる、でしょ? だったら、視聴覚室――"水場のある部屋から良いラジカセを見つけてきた"って昨日言ってたから、購買室を経由して、寄り道を……してるんだと、思う。おそらく、なんだけど……」

「里桜君、ありがとう! それだ!」

「何で今まで、寄宿舎側にしかいないって考えてたんだろ……!」

「ど、どういたしまし……て?」

『ロベリアさんの夜時間ルール、しっかりと聞き入れていた戸遠田さんに限って、夜に遅く散歩なんてする筈が無いわ。きっと、彼女は――』

 

 購買室、視聴覚室。それらは、校舎側――歌歩ちゃんは一人、朝早く、散歩に出てたのか……

 今はまだ結論には早いかもしれない。でも、僕達の希望を持ち直すには十分に効果があった様だ。皆から安心の表情が現れ始めた。

 

「兎に角、進路を変えまちょう! 全ての答えは、視聴覚室にあるはずでちゅわ!」

「『でちゅ』って…… 未祐、前々から気になってたんだけど……」

 

 涙を拭って仕切り直す未祐ちゃんを横目に、口元に指を当てながら少し訝しげに考え込む冬狐さん。

 そういえば僕も不思議に思っていた。未祐ちゃんの独特な話し方――昔の動物アニメに属してる、似たようなキャラクターが確か……

 

「ん、どうしたの冬狐お姉――ううん、冬狐さん」

「あ、ううん何でもない。ちょっと、ビックリしただけ」

「……?」

 

 少し空気を読んでいるのか、汐音ちゃんも呼び方に気を使って声を掛けるが、冬狐さんはやや苦笑いを浮かべながら話を切っていった。

 

「それと汐音、今にそのハムスターのぬいぐるみを使おうとしてるけど、止めときなさい。こういう物は、使い時があるんだから」

「う、うん……分かった」

 

 かと思うと、汐音ちゃんの持ち出してる左脇に抱えたペネロペに目を置くと、今は使うタイミングで無いと固く念を押す。

 ペネロペは持ち主の許、今にも器用にひょこひょこ動き出しそうな雰囲気だったが――しかし汐音ちゃんは頷くなり、胸の前に持ち直すに留めていた。

 僕達は互いに頷き合うと、水場のある廊下の方まで駆け出していく。

 

 

 

 時間を感じられない、窓の閉じられた廊下を僕達は進む。

 聞こえるのは、擬似的に小川の音を表出している位か。6人と1匹の足音も反響しあう中、ついに目的の場所まで辿り着いた。

 

「歌歩ちゃん、どこなの……?」

「聞こえる……! 微かだけど、戸遠田さんの歌声が聞こえてくる!」

「それ、本当!?」

 

 里桜君が示す指の方角を頼りに、僕達は一つの教室――視聴覚室の扉の前に集まる。

 

 考えるまでも無い。僕らは、迷うことなくドアノブに手を掛け、そして――

 

 

 

 

 

「「歌歩ちゃん!!」」

「『「戸遠田さん!!」』」

「歌歩!!」

「歌歩お姉ちゃん!!」

 

 

 

 見つかった。僕たちが探していた、安否確認の目的も兼ねた朝食の為に……必要な、クラスメイト。

 

 

 

 

 

「あれ、琴絵くん? 皆も、揃ってどうしたの? 何か視線が、険し…い……?」

 

 当の歌歩ちゃんは、昨日に見つけていたラジカセをコンセントに繋いで、自分の部屋から持ってきたと思われる音楽CDを机の上に置いたまま、音楽鑑賞をしていたようだ。

 前までの不安を煽るような考えをした人は誰だと問い詰めてやりたい位……その空間は、平穏としていた。

 

「お、おはよう……?」

「つかぬ事を聞くけどさ、歌歩。今、何時だと思ってる?」

「冬狐ちゃん……? えっと、まだ6時半位?」

 

 冷や汗を流れるのを覚えながらも、何知らぬ顔をしながら冬狐さんがこっそりと時間を聞いてみるも、きょとんした歌歩ちゃんからはびっくりな答えを返される。

 一瞬、昭和の舞台よろしくずっこけそうになる所を何とか抑える捜索チーム面々。

 

「も、もしかして。朝食に食堂に集まるって事も、忘れて…ません…か……?」

「え……? 朝食? 食堂に集まるって……?」 

 

 同じく焦りを隠しきれていない夏南ちゃんが、次の質問を添えてみるも。歌歩ちゃんはすぐに思い出せないのか、おうむ返しに言葉を小さく返していたが……

 かなり気まずい沈黙が一時場を支配する中、突然歌歩ちゃんが飛び上がるようにして驚き出した。

 

「あ、そ、そうだった……! 朝の7時になったら、安否確認も含めて食堂で皆と朝ごはんを…… って、もう50分も過ぎちゃってる!?」

 

 慌てふためく歌歩ちゃん。視線をあちこちに飛ばしながら時間を確認しようとするも、既に時間が過ぎている事にも気付かなかったのか更に驚きに拍車をかける始末。

 

「うわー、どうしよう。ご、ごめん…… 少し時間があるからって、購買室で見つけたラジカセ使って、エルガーの"朝の挨拶"とその他諸々の楽曲聞き入っちゃってて……」

 

 えっと、話を整理すると。

 どうやら彼女は、早く起きた中で朝食までの時間をつぶそうとして、音楽鑑賞に当たっていたとの事――それも、時が経つのを忘れる程に没頭して。

 これには僕もさすがに呆れるしかなかった。こめかみに掌を当ててホッとする人も、中にはいたけれど。

 

「その、朝食の事、すっかり頭から抜け落ちちゃってた…… ホント、ごめんね――」

「何を考えてるんでちゅか!!」

 

 人差し指を合わせつつ、最後に謝りを入れる歌歩ちゃんの許に、感極まった未祐ちゃんが突進してきた。

 突然の事に言葉を出ない僕達を背後に、歌歩ちゃんは彼女に強く抱きしめられていた。

 

「ちょっと、命苫ちゃん!?」

「心配したんでちゅよ! 早起きしてるなら、何で真っ先に食堂前に向かわないのでちゅか……ッ!?」

「わっ、く、苦しいよ未祐ちゃ……」

 

 よく見てみると、今までに不安が積み重なったのか、未祐ちゃんの目から涙が頬を伝っているではないか。

 夏南ちゃんが心配そうに駆け寄る中、未祐ちゃんは時々彼女の胸を叩きながらも、無事である事を何よりも喜ばしいと思い、さらに強く抱きしめる。

 

「昨日に誓ってたのを最期に、だなんて、認めないでちゅからね……! 良かったでちゅ、歌歩ちゃんが無事でぇ……! えぅっ、ぐすっ……!」

「え、えっと…… 話が飛んじゃってるけど、一体どういう状況?」

「戸遠田さん。命苫さんが怒るのも分からなくは無いよ。ぼく達だって、すっごく心配だったから……!」

 

 あまりの出来事に理解が追い付けず、されるがままにされながら歌歩ちゃんが状況を聞いてみる。

 里桜君は一歩前に出ると、今までに自分達が行方知れずとなっていた彼女を転々と探していた事を打ち明ける。時折未祐ちゃんの気持ちも代弁しながら。

 暫くの間、未祐ちゃんの嗚咽だけが視聴覚室に響いていた……僕と汐音ちゃん、夏南ちゃんと冬狐さんとカエコ先生、そして里桜君も……歌歩ちゃんも。

 静かに目を瞑ったまま、動こうとはしなかった――

 

――――――――――――――――――――

 

「そうだったんだ…… 私の事、探してくれてたの……」

 

 事情を一通り聞いて、歌歩ちゃんは俯き加減に皆からの話を傾聴していた。

 未祐ちゃんはと云うと、一頻りに泣いてスッキリしたのか、何度も謝罪を入れながら彼女を放していた。

 右手を胸の前に握り締め……歌歩ちゃんは時間に没頭していた経緯を全て打ち明ける。

 

「実は、朝早く6時位に目が覚めちゃって、そのまま寝直すのもって思って……ロベリア君には悪いけど、個室から早く出て寄り道してたんだ。こう……昨日ラジカセを見つけた、購買室に」

「昨日のモノクマの一件で、なかなか寝付けられなかったんだね……」

「うん……。気晴らしに、何か音源となる新しいCD無いかなーって探してたらね。カプセルの入ったガラポンを見つけたんだよ―― お金も持ってないのに何で設置されてるんだろうって、最初は思ったけどね……ある硬貨を入れてみたら、すんなりと起動しちゃったの」

「もしかして、この"メダル"の事?」

「そう、それそれ! その時に私コイン2枚持ってたんだけど、中々需要となるのが見つからなくて。で、部屋から持ってきたCDでクラシック聞きながらインスピレーションを……」

 

 時々皆の目を気にしながら話していく歌歩ちゃん。僕はそのガラポン、ガチャポンかと勝手に思っていたけれど…… あの熊のメダル、そのような目的に使えるなんて、ね。

 でも、無理はないよな……いきなり自称学園長なるモノクマから理不尽に生活を宣言されて、平気でいられる人なんて少数派な位だもの。

 気が付くと、皆の顔からは不審の感情が消えていた。何名かは同調するように、互いに頷き合っていた様子。

 

「でも、7時過ぎてるのに全然気が付かなくて、皆を心配させてるのにも気付かなかったなんて…… プロの歌劇団なら大目玉を食らっちゃうね。本当に、ごめんなさい……」

 

 例え経緯があったとしても、遅刻は遅刻。将来の劇団を引き合いに出してそう答えた歌歩ちゃんは、最後に深々と頭を下げて謝罪した。

 

「事情は分かった。歌歩、今回の事はあたし達捜索チームが大目に見るから」

『そうよ、食堂に着いたらすぐに謝っちゃいなさい。良いわね?』

「え……怒って、ないの?」

「怒ってないといったら、嘘になるかな。音楽鑑賞は良いけど…… 朝食は皆の安否確認も兼ねてるから、今度からは時間を気にして行動するようにしてよね。ちゃんと事由を持って伝えてくれないと、迷惑掛かるから尚更だよ?」

 

 少しの沈黙の後、冬狐さんとカエコ先生は歌歩ちゃんに近づくと、互いに軽くデコピンをするなり時間を守るように優しく諭すに留めた。

 未祐ちゃんが涙を拭って頷くのを筆頭に、僕も、汐音ちゃんもペネロペも、里桜君も、夏南ちゃんも同じように頷く。

 

「分かった。私、これから気を付けるね……!」

 

 歌歩ちゃんは力強く返事を返し、右目の涙を拭いながら再度お辞儀をし、それから微笑んだ。

 欠点を知ってこそ、次にまた同じ失敗をしないように気を付ければ良い。この極限の生活を送るにおいても、忘れちゃいけない心得の一つなのだから…… 

 僕達は、一旦CDを整理するのを手伝い、視聴覚室を再び使えるようにした上でラジカセを使いたい人順に回せるように打ち合わせをし――探し人と共に再び食堂へと戻っていった。

 

 蛇足の話、この出来事でまた時間を長引かせてしまったみたいだ…… とりあえず、既に食事している食堂の皆には、適当に言い訳を繕って置くべきか。

 

 

 

 歌歩ちゃんを連れて食堂に戻った僕達6人と1匹は、食堂で既に朝食を食べていた皆からいじられながらも、和気藹々と食事を堪能したのだった。

 尚、朝に料理を作ってくれた吉行君曰く「昨夜の黄润莓様の料理を参考にしながら、皆様の活力を与えられるように体の調子に良いメニューを作ってみました」との事。

 

 なるほど、確かにいつもより活力が見出せる気がする。昨日のレンメイさんの料理においても、望みを捨てないと気持ちを保てられた訳だし。

 

 それと驚いた事がもう一つ。

 鴇君、一体お前はどんな胃袋を持っているんだ…… 現に、既に食べていた彼の口から「おかわりしてくるのだー!」と聞いたのは、少なくとも5・6回。

 僕達は1・2回追加で料理を取る事を止めるにせよ、彼の場合は自制という言葉を知らないのか、食べ終えるまでに相当時間が掛かった様子。

 大半が目を丸くして呆然と見つめる中、鴇君は幸せそうに朝食を頬を膨らましたまま、にひひと笑顔を浮かべていた。

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