ダンガンロンパ If Heart Compasses 作:ミュウト
一通り片づけを済ませた後に、僕達は再びこの希望ヶ峰分校の探索に乗り出す事となった。
吉行君とレンメイさん、初恵さんは食堂を中心とした寄宿舎探索に当たることとなり。
僕と汐音ちゃん、里桜君と夏南ちゃん、未祐ちゃんと歌歩ちゃんの6名は先程の購買室と視聴覚室を徹底的に洗い直し。
泉樹と聡之進君、ロベリア君とジャスミンさんはそれぞれ2名に分かれ、校舎側と寄宿舎側の立ち入り禁止となっている施設をそれぞれ調べ――
冬狐さんと鴇君は、再度校舎側の教室を細部まで調べる事にしている。
ちなみに…… 相馬君とつばめさんは、グループを組まずに一人で探索に向かおうとした所をカエコ先生に見咎められ、しぶしぶとシャッターが掛かっていた場所の付近を共に調べてるんだとか。
目標があればこそ、だろうかな。全員が全員、今すぐ足並みを揃えるのは無理があるものだろうから。
「ここにもいないねぇ、佐之宮先生」
「でちゅねぇ……」
「というより、これだけ探しても見つからないなんて……」
結論から言うと、佐之宮先生の手掛かり並びに新たな場所を見つけられなかった。
一見何に使えるか分からない昭和風の玩具が取り揃えられた購買室――いや、購買部。歌歩ちゃんが朝に回していたガラポンも中心に探してみたが、特に不審な点は無く。
視聴覚室を調べ直していた里桜君と夏南ちゃんからも、肩を竦めながら同じように手詰まりの答え。代わりに視聴ブースの引き出しから、モノクマメダルが一枚、収穫が有ったのみ。
僕達は半ば沈痛な面持ちで、水場のある廊下からそのまま寄宿舎に帰ろうとしていた。
「うーん…… やっぱり、閉められてるシャッターの奥が怪しいのかな?」
歌歩ちゃんが示す指先には、購買部から見て東側。上り階段への道を隔てているシャッターが見える。
昨日に寄宿舎側に有ったシャッターは、今も厳重に封鎖されていて全く通れないようだ。多分他のクラスメートが開けようと試みても、意味を成さないだろう。
地図から見ても、上層下層に通じそうな入り口はありそうなものなのに。僕達の心はモノクマを始めとした犯人サイドへの不信感に包む。
「ねぇ、何なんだろうこの赤い扉。今まで気付かなかったけど、こんな場所に扉なんて……」
「でもこの色合いだけ、何だかおかしくありませんか?」
1階の教室にさしかかる曲がり角を通る際、汐音ちゃんが僕の手を引っ張って、気付いた扉の方に注意を向けさせた。
今まで気付かなかったのだが、よく見るとその通路はT字路となっていて、その右側に無駄に重厚な赤――朱色の扉がそびえ立っているではないか。
試しに開けようとしてみても、外か内側に鍵が掛けられているのかビクともしなかった。見た目こそ映画館に使われている防音性抜群そうな扉なのに。
夏南ちゃんと歌歩ちゃんが不安そうに扉を見つめる中、僕と汐音ちゃん、未祐ちゃんの3人は何とか隙間から未知の場所を調べようと乗り出した。
うっすらとしか見えないが、金具のような物が…… これは、近代風の……?
「……ぼく、ここに留まりたくない。戻ろう、舞凪さん」
ふと、後ろから右手を胸に当てながら、里桜君が少し俯き加減に呼び掛けるのが聞こえた。気持ち後ろに、足を引き下げながら。
扉から注目を止めて戻る僕は、ふと彼のいつもの声色と違う事に気が付く。彼、扉の方に目を逸らしながらどこか落ち着かない様子。
他の場所では地味な色取りの仕切り扉だったのに対して、この箇所だけまるで血に塗られたような鮮やかな朱色。本校と分校にしては似つかわしくない配色だ……
何だか嫌な予感が感じた僕達は、逃げるようにして寄宿舎に戻っていった。
後にこの大扉が、僕達の運命を左右する事になるだろう忌まわしき重要な場所となる事を、この時はまだ知らない。
数分して、探索から戻ってきたクラスメートたちの話を聞きながら、僕達は吉行君御手製の昼食を取っていた。
昼ご飯は、軽く炒めたスクランブルエッグに細切りにした大根を主菜とした御飯とワカメスープ。そして副菜にレタスとプチトマトのソース和え付き。
一部野菜に苦手意識のある人を除いては、概ね好評のうちに皆がほとんど完食していた。何人かは、このまま探索をしていてもキリが無いと、体を伸ばしながら自分好みの自由時間の為に個室に帰っていく。
ほぼ分かっていた事だけど、吉行君達と泉樹達、ロベリア君達もこれと云って目ぼしい発見を見つけられずにいた。冬狐さんと鴇君、相馬君とつばめさんとカエコ先生も、探索時に見つけたメダルを手にしつつも悔しげな表情をしているのを、僕は見ている……。
――――――――――――――――――――
<舞凪の個室>
時間は確か、午後1時、のはず。というのも、外が閉じられているせいで緻密な時間が分からないからだ。
まだ、時間があるな…… このまま部屋で過ごしてるのも何だか勿体無い気がするし。よし、誰かと話に行ってこよう。
倉庫を見る目的も兼ねて、僕は服に付いているホコリをコロコロで駆除してから個室を飛び出していく。
<寄宿舎 1階>
「よっ、琴絵! アンタも今から暇つぶしか?」
個室の扉が並ぶ寄宿舎の廊下で、スケッチブックを脇に抱えた泉樹と行き渡った僕。
いつもの彼ならジャスミンさんと一緒にいると思っていたが、今回は一人だけのようだ。
「そのつもりだよ、泉樹。お前もこれから、気晴らしに絵を描こうとしてるトコ?」
「あぁそうだ。部屋の中に居たって、面白みにイマイチ欠けるしな……」
右耳に色鉛筆を挟みながら、そう答える泉樹。時折目線を個室の玄関ドアに向けながら。
「僕、倉庫まで行こうとしてた所だったんだ。自分の部屋の模様替えに、と思い立ってさ」
「倉庫だぁ? あんな辺ぴな場所に役立つ小物があるとは考えられねぇが……」
「論より証拠、百聞は一見にしかずって言うじゃない。止めても行くつもりだからね」
「……まぁ、手前で決めたんなら何も言わねぇさ。見つかるように、祈ってやんよ」
泉樹とどこか毒舌めいたやりとりをしながら、僕は倉庫まで駆けるように目指して行った。
目指すは殺風景を取り払う小物の入手、それだけを目的に。
「この玄関ドアにも、もう少し飾りっ気が欲しい所だがなぁ……」
途中、独り言のようにドアと睨めっこをしている彼の声が聞こえたが、深く聞き入る余裕は無かった。
<倉庫>
暗がりに支配されている、金具の棚に未使用の荷物が綺麗に並べられた、一つの空間。
蜘蛛の巣こそ張ってはいないが、明かりは粗末な豆電球一つしかない為、気をつけて進まないと積まれた荷物にぶつかりそうだ。
唯でさえ足の踏み場が悪いというのに――積むだけ積んで後はホッタラカシって、ダメな管理者パターンじゃないか。
テープ張りされているダンボールを隅に押し遣り、最低限床が見えるようにしてはみた。まぁ、監視カメラまでは動かさなかったけど。
「何か、飾りにピッタリそうな物は……」
背後に控えたドアを半開きにしながら、自分の個室に使えそうな飾り用の小物を、右手前の棚から順に探索していく。
床に面する下側には、冷蔵庫が並べられている。大きさも手頃であり、気を付けて運べば飲み物を個室で冷やせるのには丁度良いのかも知れない。
コンセントも後から見つけた上で、試してみよう。これは、部屋に持って行くで決まりだな。
次に上側に目を向けてみると、缶詰や御菓子の袋詰め、調味料などの食材が山の様に積まれているようだ。
衛生面において問題視される賞味期限なども、特に異状は見受けない。各々が、合間のおやつか何かでどれか一つ持っていっても、罰は当たらないのだろう。
ひょっとしたら、季節限定のお菓子も保存されているのかも…… いや、今は止めておこう。考えるのは皆とも情報を共有してからにしておくべきだ。
保存食を一部持って行く事に決めた僕は、その場で記憶に留めておき、今度は目線を左に向けてみる。
真ん中に位置されている金具の棚と、左にある金具の棚。どちらも箱や袋に几帳面に詰められているが、並び順はごちゃごちゃしていて見た目が少々悪く見える……
中身は生活必需品、主はティッシュ箱や歯ブラシ、石鹸や洗剤などが入っていた。
洗剤と云えば確か、酸性の種類と塩素系がそれぞれ有ったような気がする。念には念を、コロシアイに使われないように『混ぜるな危険!』と注意書きを貼っておくべきか。
身近にある道具がいつ、間接的に凶器となりうるかも――分かったものではないし。
一通り目を通してみた上で持って行こうと決めた物は、冷蔵庫・ドーナツセット・ホットケーキを作る為の素材セット・替えの石鹸、以上4つ。
食べ物関連は万全の態勢を整えた上で、自分自身の軽食保存及び、ささやかなパーティー当たりで使う事にしよう。今決めた事だ。
両手に置いて行く荷物を抱えながら、僕は足元を見ながら倉庫を後にした。
<倉庫前 廊下>
「わっ、泉樹!? 小物が見つかるように祈ってるんじゃなかったの?」
「あーそうなんだけどよ。単なる気まぐれだ、気・ま・ぐ・れ」
倉庫前の廊下にて、また会ったなと云わんばかりに、イタズラっぽく手を振る泉樹。
いきなりの再会にはびっくりしたが、幸いにも荷物を落とさずに自然と彼と対応する事が出来た。
「しっかしまぁ。校則も裏を返せば何とやらだな、ホント。"行動に制限は課せられません"なんて、置いてある物は手に入れて構わないって解釈出来そうじゃんか?」
「さすがに他人の道具までは取らないよ。親から散々仕付けられたしね」
泉樹は両手いっぱいに抱える僕をじっくり見ながら、相槌を打つように何度も頷いている。
自分名義の道具だったらまだしも、もっと悪く取るとその当たりに落ちていた道具は何でも所有物に出来るって寸法―― まるで探検家の道具集めみたいだな。
せめてお金などの大事な類は、道徳は守って上の者に届けるという良心は捨てないようにしていこう。
「琴絵、この後の予定が無いのなら…さ」
倉庫からの道具を個室に入れようと移動する途中、泉樹は壁に手を置きながら僕にそっと声を掛ける。
「その道具を置き終えてから、ちょいとオレと付き合えよ。良い事思い付いたんだー、歩きながらでも聞いてくれっか?」
「急にどうしたの、お前――その含み笑い、もしかして何か……」
「アンタに余計な手間は掛けさせねぇからよっ。良いから、搬入終えたら食堂前まで来てくれ、な!」
「ちょ、ちょっと! えぇー……」
ペンを右手にまくし立てるように泉樹がそう言うなり、返事を返させないうちに食堂前へとすたすたと歩いていく。
コイツ、はなから僕に断らせない気だったな。彼のこのペースとなると、大抵は僕が折れて巻き込まれるパターンになりがちだから。
一つの厄介な用事を引き受けられた僕は、個室の扉を開けて目の前の問題を片付ける準備を始めていった。コンセントの確認及び、保存すべき食べ物の配分を主として。
……あの様子じゃ、多分解放されるまで時間が掛かりそうだな。
泉樹に半ば強引に押し切られながら、僕は…… 方々で思い思いに自由時間を楽しんでいるクラスメイト達と、互いに深め合う話題で楽しんでいた。
その斜め後ろで、彼はスケッチブックに何かイラストを真剣に描き込んでいたが―― 気になって声を掛けようとするも、雑談を続けるようにと訝しげに目で訴えられる始末。
集中するが故の無言の圧力、分からなくは無いけど。何だか、僕自身が変な意味で利用されてる気がする……。
ちなみに、初恵さんとつばめさん、相馬君にも同じように声を掛けてみたが、相手が話もそこそこに切り上げようとする為に、引き止めるのにも結構精神を使ったのは―― ここだけの秘密である。
「――それで、ね。音と小鳥のハーモニーで、中国の国王に憑り付いていた死神を追い払ったって云う鳥。あれ、青い羽の鳥のおかげって云ってたけど……名前、教えてくれる?」
「あぁ、それなら知ってる。ナイチンゲール……又の名を、サヨナキドリ」
しばらく何気無い雑談をクラスメイトと順に重ねた後、場所を変えて僕達は―― 購買室付近でのんびりとしていた里桜君を巻き込んで、鳥をテーマとした話に花を咲かせていた。
違和感を感じるとしたら、やはり……泉樹が僕の後ろに控えてイラストを黙々と描いている位、か。
「"西洋のウグイス"と云われる程の、美しい鳴き声の持ち主なんだ。青い鳥はそもそも、ベルギーの作家さんが作った童話に出てくるから、種類が違うかな……」
「さすが里桜君……博識だね。ありがとう、親切に細かい箇所まで…… ちなみに、この話の作家、誰だか分かるかい?」
「確か、アンデルセンだったかなぁ。舞凪さんの話してくれた話の断片で、ぼく……ピカンって来たんだ」
「ご明察! キミ、もしかして子どもの頃はよく童話読んでた方? 奇遇だなぁ、僕も同じ経験持ってたもの」
「うん……意外な所で、鳥たちも物語の主要に入ってくるものなんだね。最初こそ、接点が無いと思ってたけど―― 舞凪さん。気付かせてくれて、ありがとう」
「いやぁ、僕の方こそ……」
小学生の頃に聞いた事のある、半ばうろ覚えの鳥にまつわる話。
里桜君は嫌な顔一つせず、僕の話した事にやんわりと補足を加えてくれている。そして気が付いた時には、距離感が縮まったのを互いに感じ取っていた――
「よし、ざっと一段落だな! 琴絵、もう良いぞー」
と、泉樹がスケッチブックを勢いよく閉じるなり、僕に意気揚々と肩に手を置きながら声を掛ける。
「……え?」
「他ならぬ親友のお前なら、惹き付けている役目果たしてくれると思ってたが… やっぱり見込んだ通りだったぜ」
「おいおい… 結局利用してただけなのかい!」
「種明かしは最後に明かすもんだって、な。どこぞの腐れ校長とは違うんだよ、この部分が!」
「何だ、絵を描いてたんだったら、ぼく達二人だけで…… あの、蚊帳の外にしてごめんね?」
「いやいや、寧ろありがたい位だったさ」
どうやら最後まで泉樹の思惑に乗せられたらしく、悔しさを乗せて結局叫びを入れる僕。対照的に、泉樹は泉樹でカラカラと笑っていた。
里桜君はそんな二人に苦笑いをしながら、右手で腕を押さえつつ小さく和やかな笑顔を浮かべている。
「ありがとな、琴絵、里桜。アンタ達のおかげで、この後の作業が一気に楽になるぞー!」
「泉樹。じゃあ、僕に付き合えって言ったのは……」
「いずれにせよ、明日になったら分かる事さ。じゃ、オレ先に帰ってっから! 夕食になったら来るからよ!」
両手を握ってガッツポーズをした後に、スケッチブックとペンを抱えたまま泉樹は、寄宿舎に悠々と引き上げていった。
あの喜びようは…… 結局僕は、ただ単にクラスメイトと話をしていただけだったが、彼にとっては絵を描く上で十分な役目を果たしていたと言っていた。
きっと、新しく小さな何かが変わるのだろう――そう、信じたい。
「烏丸さん、時々たどたどしい口ぶりをするけど…… とっつきにくい人じゃ、無いみたいだね」
「不器用だけど、悪い人じゃない。今までに見てきた泉樹は、そんな感じだものな」
「……ぼくも、きっと。こういう感じで、仲良くなれるのかな?」
残された里桜君との話から、打ち解ける事への望みに僕も胸に熱く燃やす。
生活する上での悩みはあれど、現状を打破する為の選択肢は幾らでも作れる――今の僕には、この事を願わずには、いられなかった。
泉樹と里桜君の二人と別れた僕は、食堂まで戻る途中で、"1-1"の横札が掛かっている教室の前まで差し掛かっていた。
ふと、誰かの話し声が聞こえてくる――この声からすると、二人か三人かが教室内にいるのかな。
<1-2 教室>
「や! これはこれは、コトッチじゃあないかぁ!」
「今日はお疲れ様、舞凪。やけにあんたおしゃべりじゃないって思ったら、親友の為にねぇー」
右手を振りながら底抜けに明るい声で出迎える、聡之進君。その隣で、僕の顔を見るなり肩を竦めて苦笑する冬狐さんも見える。
よく見てみると、机を何個か集めて広い台代わりが作られており、その上に見慣れない道具が置かれている。
「二人は、何してたの?」
「さっきまで、この変なメダルで購買部のガチャポンの景品当てたのを、見せ合いしてたんだ。どうせなら一挙に脱出できる景品があれば良かったのになぁー、なんて」
「ははは、そうなると君は正真正銘のラッキーガール! "幸運"を証明できるにはバッチリだと思うよー、フィユン?」
「だからあたしはフィユンじゃなくて…… あぁもう、それで良いわよ古牧」
聡之進君の呼ぶ呼び名を訂正しようとして諦める冬狐さんを脇目に、僕は机の上の道具を改めて観察してみる。
机の隅に4個程ある、無造作に置かれたカプセルの残骸は、二人が先ほど開けたそれらを簡単に置いたのだろう。僕が来る前に、中身を確認しようと。
そして一見何に使えるか分からない道具の数々。
見るからに黒ずんでいる石、どこかの高校で使った後と思わしきボタン、中にはこんにゃくに似た謎の柔らかい物体まで……
ふと、年季の良さそうなカセットデッキを見つけて彼に聞いてみる。
「聡之進君、そのカセットデッキは?」
「そうさなぁ。自動消滅カセットテープって書いてあるな。何でも、録音は出来ても一回再生したら、そのテープが塵になって消えてしまうんだとか……」
「再利用できないじゃないの! 全く、使えそうで使えないモノばかり出て来られてもなぁ」
つまりは1回切りの音声収集道具……下手すれば、蝉よりも寿命が短い。
このような道具を作った者の意図、つくづく分かりかねる。
「随分いっぱいと回したんだねぇ……」
「でも、こんなんしか手に入らなかったんだよね。現実ではそう上手くいかないのは、身をもって知ってるもの」
「いやぁ、悲観するには早計ってヤツじゃない? その使え無そうな道具にも、後になって役立つ時が来るというものよ、うん」
冬狐さんは左手を腰に置いたままそう答える。テープの方に注意深く目を向けながら。
何を思ったのか、聡之進君は右目をウィンクしながらそのカセットデッキを手に取るなり、僕と冬狐さんとの話に割り込んだ。
「幸運にも数多くの種類があるように、一番後になって大きな幸運を手にする者と、小さな幸運を波状に引き寄せる者…… さぁて、フィユンはどちらだろうかなぁー」
「はいはい、それは想像にお任せするよ。あたしでさえ、どう云うのかも分かってないし」
幸運――希望ヶ峰学園では常々研究されている、特殊な才能とされる一つの概念。
当の本人である冬狐さんは"今まで幸運だった事なんてあまり無い"と言ってはいたが、僕自身も幸運については良く考えていなかった方だ。
各たる先輩たちにも幸運の才能を持つクラスメイトがいるように、彼女はどのような幸運として、この学園に関わるのか……
「コトッチ、少し良いかな?」
ここで聡之進君からの呼びかけに、一旦考察を後回し。僕は彼の方を振り向くなり――一旦押し黙る。
「皆には、機会見つけた時にそれとなーく話すつもりでいるんだけど。君は……この状況は何かの前兆じゃないかって、思った事は無いかい?」
いつになく眉をキリっとさせて腕組みをする聡之進君は、「如何にもモノクマの考える事は、俺にもよく分からんさね」と時折顔を左右に向けながら、僕に問いかける。
皆には、と云う事は既に、冬狐さんにも同じ問い掛けをしたと云う事か。
「未だにルチアン先生が見つからない中、姿を眩ました殺人犯との同居を強いられてる生活。それと、現状を打破する為に用意された、その人物から逃げる為の"卒業"と云うルール」
口元に左指を当てながら、空を描くようにしてキャスターは今の現状を整理し直し。
「人が人を殺すなんて、それも強迫による行動が下で…… どうもああ云う陰惨な空気は、好かんのよ。だってそうじゃない?」
冬狐さんも僕と彼の方に視線を向け話を静かに聞く中、聡之進君は再度腕組みをしながら一つの可能性を打ち出す。
「アイツなら、何か手を打ってきそうだからね」と時折指を振って教室を歩き回りながら。
「薄々、勘付く筈だ。今は続いてるこのかりそめな平和も……短い合間かもしれないとな」
「…………」
「聡之進君、君は……!」
「いや違う違う、誤解しないでおくれ。俺は基より、人は殺さないって筋は通す――リポートでは舌を使いこなせど、わざわざ暗殺者に手を染めるマネ何ざ、出来ますってか!」
気付けば僕は、焦りを隠せない声色で彼に聞き迫っていたようだ。冬狐さんは同じく張り詰めた顔をしながらも、一言も声を発さなかったものの、右手を握り拳にしたままだ。
考えたくもない未来の線――誰かが"殺しに走り"、誰かが"その人に殺される"事。それも、見えざる首謀者の操り人形の様に。
「だからこそ、だ。一つでも、譲れない物は持っといた方が良い――例え相手に何を言われてもな」
聡之進君は僕達の目を凝視しながら、真顔でそう締めくくった。
その声には不思議と、決意がみなぎっているように聞き取れた…… 食って掛かる何者にも寄せ付けない、強い気持ちと共に。
「と、まぁ… 誰もが強い訳ではないから、この事は自信持ってとは迂闊に言えないねぇ。そうなんでしょ、俺達を覗き見してるノラクマさん?」
後半でまたにやけた表情を浮かべつつも、違和感に気付くなり手を回して指差した。
僕と冬狐さんもつられてその方向に目を見遣ると。
『うぷぷぷ、察しがいいね~。さすがキャスターとして、スカウトされるだけあるよねぇ? それとボクはノラクマじゃありませんよ、モノクマさんですよ』
その耳障りなだみ声の正体――モノクマは、何と裏の荷物置き場から、僕達の会話を覗き聞きしていたではないか。
神出鬼没という四字熟語が正にピッタリ、褒めてる訳じゃないからな。
「モノクマ、いつの間に!」
『いやぁ、面白そうだから途中から尾行していたら、興味深い話を耳にしたもんだからさ。うぷぷ、これぞ地獄のクマ耳ってヤツですよ』
「わ、さり気なく"自分は覗き魔です"ってカミングアウトしてるもんじゃん」
『そして今の一言止めて! 存在感の薄さに更にズキュンッと来るから!』
冬狐さんの厳しい一言に、白黒クマも堪らず胸を押さえながら悶える始末。
僕が同調するのもなんだけど、お前の性別は一体何なんだろう。その手で胸を隠す仕草、ぶっちゃけた話気持ち悪いとしか言いようが無いんだけど……
『それにしても、烏丸君め。アイツ、ボクに対する礼儀がまるでなってないじゃない。腐れ校長だとかココが足りないだとか…… ま、言葉の暴力を禁ずるとは云ってないから、セーフでございますけどね』
泉樹も泉樹、だけど。この場合突っ込まない方が、親切ってモノなのかなぁ。
牙を光らせながら握り拳を作るモノクマを僕達は冷ややかに見つめながら、しばらくにらみ合いを続けていた。と、ここで聡之進君が口を開く。
「で、俺達を二段構えに見張りをしてるのは分かったとして… 一体何の用なんだい」
『キミみたいな勘の良い生徒は、あんまし好きではないけどさー。それよりも、此処を離れるんだったら綺麗に片付けてってよね』
モノクマは品を定めるような目線を向けながら、僕達に掃除を要求してきた。
何だか、自称・学園長に言われるのがすごく癪に障るのは気のせいではないはず。空気が一層冷たく支配されていくのが分かる、気がする。
『いくら探索は自由とは云っても、汚されるのをこのままにする程ボクも放任主義じゃ無いからさ。ボクって、クマ一番のルールに煩いと云われてる位だから』
「ご説明どうも。掃除はするけど――でもあたし達はあんたの言いなりになんか、決してならない。コロシアイなんか、させないわよ」
『へぇ、強い決意じゃん。しんらーい、ってヤツですかぁ? 何処ぞのムカツク先輩にそっくり、飽きさせないねぇー』
肩を竦めつつも表情を崩さず、一貫してコロシアイを否定する冬狐さん。
そして言い切った後にまた有無を言わさぬにらめっこ。刹那、モノクマの左目が赤く光ったようだ。後半の所から低い声で罵っている当たり、コイツにも因縁の相手がいると云うのか……?
「先輩? それって、僕達が1年先の―― あっ、ちょっと!?」
『おっと、この先はネタバレお口チャックですよっと! 舞凪クンもちゃんと休みとりなよ、うん?』
僕達の知る先輩って、確か…… 手探りで情報を寄せようとしたのを、モノクマに不意を付かれる形で中断されてしまった。何だか、割り込みされたみたいで気分が悪いんだけど。
『じゃあねオマエラー。引き続きぃ、証拠探し頑張ってちょーだいねー』
やがて煽り終えて退屈になったのか、モノクマは腕を後ろに引くなり教室を飛び出し、跡形も無く姿を消していった。
と、立ち去る際のコミカルな足を振る走り方…… 漫画で見た出来損ないの寝坊助小学生かい、お前は。
「意味が分かんない。混乱させようとしたって、無駄なのに」
「アイツの動き、どっか滑稽だよなー。さながら"物動く熊人形"――略してモノクマ、どうだい? フィユン、コトッチ?」
「だからフィユンじゃなくてね…… 空気和らげようとしてるのなら、あえて言わせて貰うわ。滑ってるよ古牧」
「あっはは、それは失敬。俺もまだまだ例え話の修練が必要だな」
「例え話の修練って、何なのそれ!?」
「えっと、聡之進君。それって、"動く"と"人形"に掛け合わせてるのかな?」
「そ、御名答さん。言葉遊びも国語力以って、複雑な仕掛けも簡単となるんよね」
取り残された僕達3人は、気を紛らわすように机上のガチャポン景品を片付けていた。
時々難解な持論を展開して困惑させる聡之進君に、冬狐さんがやや苦笑いと呆れ顔を交互にしながら返答する今。
僕は、テーブルから持ち上げられたテープデッキを目で追いながら、胸に手を当てて少し前の言葉を深く刻み込もうと、試みていた。
不安に揺れそうな気持ちを、抑えつつ――
「あ、おにーちゃん達ここにいたんだ! おーい、どったのテンテー?」
「およよ、来たな早番のフレッシュヨッピーさん? 朝と昼はお疲れさん!」
「おぅ、琴絵ちゃんに聡之進ちゃん! もうすぐ夕飯の時間になるから、探索に出てる人達を片っ端から呼び止めてるんよー」
「え… あ、そういえば! もうこんなに時間経ってたのか……」
「また気の抜けるあだ名を…… 香西も香西で、厨房で仕切っていた時のアンタがカッコいいと思ってたあたしが、バカみたいじゃん」
「でへへ、冬狐ちゃん期待外させてゴメンっちょ!」
そこへ、青いエプロンを身に着けたぼさぼさの髪のクラスメート――吉行君がひょこっと教室の後ろ入り口から顔を出した。
彼の声のトーンからは、先ほどまでの真面目さはすっかり形を潜めているようだ。朝と昼の料理担当をずっと引き受けていたからなのか、精確に時間を判断して……
清々しい程の自身への規律適応に、僕はもう一度彼の事を見直していた。
「皆には言ってなかったけどね、オレちゃんが本気出しうる"営業用の仮の姿"、あれ1日8時間が限度なんよー。アルバイターも仕事終えた後は、素の自分に戻りたいのでがす! ふぬー」
「ずっと働き詰めは疲れちゃうもんね…… オンとオフ、上手に切り替えるのも処世術の慣わしだね」
「そうそう。琴絵ちゃん大事な事気付いとる、オレちゃんマジうれぴー!」
「うれぴー、って…… あんた、もしかして昭和ものに凝ってんの? 聞いてて鳥肌が立つのは気のせい?」
「うるっふふふ…… フィユンもしかして、妬いてるのかーい?」
「ち、違うわよ! そんなんじゃなくって… あぁもう、あんた達には付き合いきれないわ。夕食食べましょ、夕食!」
聡之進君からの茶々入れに巻き込まれた冬狐さんは、冷や汗を浮かべながらもそっぽを向くなり、食堂へ早歩きで向かって行った。でも、強ち嫌がってる様子でも無かった様な。
そろそろ、おなかの虫も騒ぎ出してる頃合いかもしれない。夕方の料理当番は、誰が担当するのだろうか?
期待を胸に秘めながら、僕は吉行君と聡之進君と共に冬狐さんの後を追い掛けていく。仮初めの平和でも、少しでも長く続く事を祈りつつ。