龍と夜叉   作:雪音

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◆出会い◆
【第一幕】その男、流浪人


攘夷戦争終戦から、随分と時が経った。と同時に、江戸の町は変わり果ててしまった。江戸の町を我が物顔で歩く天人達。行き場を失った侍達が惨めに暮らす姿。“侍の町”と呼ばれた江戸は、消えうせ天人により開国された日本はもはや、異星人の言いなりとなる国と化していた。

 

そんな…廃刀令のご時世に、刀を携えた男が1人。赤く長い髪に、左の頬に十字傷。しかし行き交う人々はそんな彼の風貌など気にした様子も無く、当たり前のようにやり過ごす。このかぶき町に住む誰もが彼のことを知っているからだ。緋村 剣心(ひむら けんしん)…。この廃刀令のご時世に、唯一幕府の人間以外で帯刀を許された人物だ。

 

「今日も良い天気でござるなぁ…」

 

眩しそうに上を見上げ、フワリと笑う。何処に行くわけでもない…宛てのない旅。といっても、ここ数ヶ月はずっと江戸に滞在している。それは…

 

「おや、緋村の旦那じゃねェですか」

「おろ、沖田殿。仕事中でござるか?」

「そうでさァ。丁度良かったですぜィ、局長が旦那に話があるって言ってやした」

「近藤殿が…?」

 

この江戸を守る武装警察・真選組(しんせんぐみ)から度々仕事の依頼を受けるようになったからだ。特に剣心はこれといった職についているわけではない。流浪人(るろうに)ゆえ、手に職を持つことは不要だと考えていたのだ。しかし、あることをきっかけにこの江戸に留まる理由が出来てしまったのだ。それが、“真選組からの仕事の依頼”だった。

 

 

 

話は数ヶ月前…江戸に来てすぐの頃まで遡る。剣心は天人に襲われている親子を助けた。その時に、腰の刀を使って天人を撃退したのだ。助けた親子や周りに居た者達からは感謝されたが、一部始終を目撃した真選組は廃刀令違反として剣心を逮捕した。今やこの国には、色んな名前を名乗った攘夷志士がいる。帯刀しているものがいるとすれば、どこかのチンピラか、幕府の人間か、攘夷志士しかいないのだ。己に否があるものならば逃げるところを、剣心は抵抗することなく大人しく捕まった。

 

『で?おたくはどこの攘夷派だ?』

『いや、拙者はただの流浪人でござる』

『流浪人だぁ?流浪人だからつって帯刀が許されると思うなよ、コラァ!!』

 

当時、剣心を捕まえ聴取を取ったのは…攘夷志士の可能性も高いということもあり、真選組局長である近藤 勲(こんどう いさお)と副長である土方 十四郎(ひじかた とうしろう)が直接剣心の取調べを行った。困ったように微苦笑を浮かべる剣心に何か感じた近藤は、ヒートアップする土方を宥めて改めて剣心に問う。

 

『攘夷志士かそうでないか…それは一度置くとして…何故、帯刀しているかその理由を聞かせてくれないか?廃刀令を知らないということは無いだろう?』

『もちろん、廃刀令は承知でござる』

 

そういうと、剣心は取調室の机に置かれた自分の刀を手にした。咄嗟に構える土方だったが、それを近藤が抑える。しかし、何が起きてもいいように…瞳は決して剣心の一挙一動を見逃さないよう、鋭く見据えていた。もちろん、剣心もそれには気付いていたが…構うことなく、スッと自分の刀を抜く。

 

『…これで人は斬れぬでござるよ』

 

そう言われ、近藤と土方はその刀を食い入るように見つめる。

 

『刃と峰が…』

『逆…?』

 

いろんな業物を見てきた2人だったが、それは初めて目の当たりにする…何とも変わった刀だった。本来であれば刃の部分に峰が、そして峰である部分に刃が…。これでは確かに、刀を抜いてひっくり返さない限り人を斬る事は出来ないだろう。普通の侍ならば決して持たない代物だ。

 

『何だってこんな(なまく)らを…』

 

土方が訝しげに聞けば、剣心は剣を鞘に収めながら静かに目を閉じる。そして…口を開いた。

 

『拙者に、人を殺す刀は不要だからでござるよ』

『…じゃあ、何の為に刀を持ってるんだ?』

 

問われ、剣心は静かに目を開き2人をみて微笑む。その笑みは…どこか悲しいもの…。

 

『一度は刀を捨てようと思った…。拙者には刀を持つ資格がないと思った。しかし…苦しんでいる人々を目の当たりにし、それを放っておくことなど…拙者には出来ぬ。』

 

2人は剣心から目を離さなかった。いや…離せなかった。目の前に居る男の瞳が、ただ純粋に“人々を護りたい”と…そう物語っていたからだ。人の瞳は口よりも正直だ。嘘偽りであれば、動揺が瞳に現れすぐにバレる。しかし、この男はどうだ?ただ真っ直ぐと、2人を見ている。その瞳はとても強く、揺るがない。

 

『……アンタは、一体…』

 

何者なんだと、そう聞こうとしたときだった。

 

『近藤さん、土方さん…ちょっといいですかィ?』

 

外から別の声が聞こえる。同じく、真選組の隊員である一番隊隊長の沖田 総悟(おきた そうご)の声だ。張り詰めていた緊張が一気に解け、ハァと土方が小さく溜息を漏らす。

 

『今、取調べ中だ。話なら後に…』

『アンタの意見は求めちゃいやせんぜ、土方コノヤロー』

『テメッ……!!』

『どうした、総悟?』

『いえね、そのお侍さんを釈放して欲しいって輩がわんさか来てるんでさァ』

 

総悟の言葉に、近藤と土方は顔を見合わせる。…この男の仲間、なのだろうか…?

 

(…やはり、攘夷志士なのか…?)

(チッ、一瞬騙されかけた。とんだ狐だぜ…)

 

沖田の話からして、恐らく剣心を取り戻しにきた攘夷志士なのだろう。万が一、屯所が襲われでもしたらそれこそ一大事だ。

 

『どんな奴らだ?』

『それが妙でしてね…みんな一般市民なんでさァ。そして同じ事をいうんでィ。「なんであのお侍さんを捕まえたんだ」ってね…』

 

沖田の言葉に、2人は驚いた。普段、一般市民はあまり真選組の屯所には近づかない。口々に文句は言っているが、何だかんだで彼らを恐れているからだ。しかし、その一般市民が…たった1人の侍のためにこの屯所に押しかけているという。

 

『みんな口々に言ってやすぜ?そのお侍のおかげで命拾いしたって…』

 

天人が日本にやって来て20年が過ぎた。江戸の町は物騒になり、かぶき町など不逞の輩で溢れかえっている。

 

『どうしやすかィ?このままじゃ、(やっこ)さん達…形振り構わず屯所内に押しかけて来やすぜィ?』

 

しかし、そんな中で…幕府を無き者にする為の攘夷志士になるわけでもなく、ただ好き放題に暴れているわけでもなく…。何の得にもならない、“人助け”を…この男は行っているのだ。それは、今の状況が物語っていた。

 

『……侍は瞳で物を語る…』

『近藤さん?』

 

改めて、近藤が剣心に視線を向ければ…どこか心配そうに窓の外を眺めていた。恐らくは屯所に来たという市民達を案じているのだろう。

 

『何故…?』

 

困惑気味に呟く剣心の肩に、近藤はポンと手を乗せた。

 

『何故?そんなの決まってる。…アンタの優しさに触れたからさ。』

『…近藤殿…?』

『総悟、確かに…一般市民なんだな?』

『へィ、間違いありやせん』

 

暫く思案し、今度は土方に向き直る。

 

『トシ、今回この男が倒した天人に…死者は?』

『いや、ゼロだ。まぁ、重症の奴らはいたがな。あれくらいの報いは受けて当然だろう。』

 

フーッと煙草の紫煙を吐き出しながら、土方は剣心を見つめる。

 

『しかし、わからねぇ…。人助けなんかしても、アンタに得はねぇだろ。その様子じゃ、助けて金を貰ってるわけでも無さそうだ。何の為に、人助けなんざやってんだ?』

 

同じように土方に視線をやっていた剣心は一瞬、土方の言葉にキョトンとしたが…やがて、フワリと笑って言った。

 

『人が人を殺す理由などいくらでもあろう。しかし、人が人を助けるのに、理由などござらんよ。』

 

その瞳には一切の曇りが無く、ただ純粋に…人々を助けたいと…そう、思っている瞳だった。

 

『…フッ、またアンタのような侍がこの江戸にも残ってたんだな…』

 

土方は煙草を揉み消しながら、小さく笑う。近藤は窓の外を見つめていたが…やがて、剣心を見て笑みを零す。

 

『釈放だ。人助けをしている人を捕まえたとあっちゃ、真選組の名が廃るってもんだ。』

 

こうして、剣心はお咎めなく釈放となった。近藤・土方・沖田に案内され、屯所の門へ向かって歩いていると、沖田が振り向き剣心に話しかける。

 

『旦那、これからもその刀を振るっていくんですかィ?』

 

その問いに…

 

『そうでござるな。それが…唯一、今の拙者に出来る事でござるよ。』

 

剣心は迷うことなく笑いながら答える。

 

『へぇ…土方さんたァ大違いでィ。何なら旦那、真選組の副長になりやせんかィ?土方さんは俺がしっかりと片しておきやすんで…』

『総悟、テメッ…そんなにぶっ殺されてぇか!!』

『やだなぁ、土方さん…そんなに怒鳴ってると血圧が上がりやすぜ?そのまま死ね、土方コノヤロー』

『誰のせいだ、誰のッ!!テメェこそ死ね、沖田コノヤローッ!!』

 

沖田と土方のやり取りを微笑ましく見つめていた剣心だったが、今度は別の視線を感じてそちらに向き直る。

 

『…もしよければ…』

『近藤殿、すまぬでござるが…拙者は流浪人。真選組に入隊するつもりも、どこかの攘夷志士になるつもりもござらんよ。』

 

近藤は何も言わなかったが、言わんとしていることを察した剣心はそれをやんわりと断る。一瞬、驚いた表情を見せた近藤だったが…やがてフッと笑みを零す。

 

『やれやれ、アンタには敵わないな…。ただ、廃刀令のご時世に…いくら斬れない刀とは言っても、刀であることに変わりは無い。それを見過ごすことも出来ない…』

 

だからといって、剣心が刀を振るうたびに捕まえて聴取して釈放して…なんて、面倒な事を繰り返しても何もならない。さて、どうしたものかと考え込む近藤に土方が何気なく呟いた。

 

『松平のとっつぁんに頼んでみるってのはどうだ、近藤さん…』

『はぁ!?とっつぁんに!?いや、けどまず副長官殿を通さなければ…』

『別にアイツの顔色を伺う必要はねぇだろ。それに俺ぁ奴を上司だとは認めちゃいねぇ』

『…トシ…』

 

やれやれと頭を抱える近藤。2人のやり取りを見ていた剣心は首を傾げる。

 

『まっ、うちも色々あるんでさァ…』

 

そんな剣心を見て、沖田は苦笑気味にそう言った。成る程、天人が来てから幕府の中枢にも天人が侵食している。副長官とやらが誰なのかは分からないが、恐らくはあまりいい人柄ではないのだろう。それが、土方の言動ですぐに分かった。

 

『けどトシの言う通り……それも有り、か…』

 

警察庁長官である松平 片栗虎(まつだいら かたくりこ)。中々の頑固者ではあるが、自分達を拾ってくれた人であり、そして刀を再び与えてくれた人。義理や人情にはとても厚い人だ。

 

『……緋村殿、まだ時間はおありか?』

『おろ…?拙者は大丈夫でござるが…』

 

首を傾げる剣心に、ニカッと近藤は笑う。

 

『人助けをしている人をしょっ引いた償い…になるかどうかはわからねぇが…アンタの力になりたい。何より、アンタの考えが俺は気に入った!!なぁ、トシ!!』

『…居場所は違えど、何かを護りたいって思いは同じってわけだな。確かに…アンタが気に入りそうな奴だな、近藤さん』

『なぁに言ってるんだトシ!!お前もだろう?』

『フッ、違いねぇ…』

 

こうして、剣心は…今度は罪人としてではなく客人として屯所の客間へ通された。押しかけてきた一般市民達には一通りの説明をし、何とか大事になることなく収拾した。今日は松平がこの屯所へやってくる事になっている。直接会い、松平に剣心の言葉を聞いてもらえば…恐らく納得するだろう。それが、近藤達の出した結論だったのだ。松平を待っている間は、どうやら沖田が剣心に興味を示したらしく、ずっと客間で剣心の話し相手となっていた。

 

そして…

 

『とっつぁん…いや、松平殿が見えた。緋村殿…』

 

近藤に言われ、剣心は頷くと崩していた足を直し正座する。沖田も同様に姿勢を正して、松平が部屋に来るのを待った。そして…その時が訪れる。

 

『ったくよぉ…。テメェら、何を考えてやがるんだ…?廃刀令違反の奴を見逃せたぁ、どういう…』

『まぁまぁ、とっつぁん!!とりあえず、旦那の話を聞いてくれ!!』

 

聞こえてきた声に…剣心はハッとなる。それに気付いた沖田は、苦笑しながら説明した。

 

『安心して下せェ。警察庁長官・松平 片栗虎のとっつぁんでさァ…。ヤクザじゃありませんぜィ?』

 

しかし声と口調からとてもそうは思えないだろうと内心、思う沖田である。姿を見ればもっとそうは思えないだろう。しかし…剣心は沖田と全く別のことを考えていた。

 

(この声…そして、松平 片栗虎…まさか…?)

 

そして、剣心達のいる客間へ…近藤、土方と共に松平がやって来た。姿を見せた松平に剣心は目を見開く。と同時に、松平もまた剣心の姿を見て驚いた表情を見せた。

 

『緋村…オメェ…生きていたのか…!?』

 

その場に居た誰もが驚愕した。あの松平が驚いている姿を初めて見たのだ。いや、それ以前に松平は今…何と言っただろうか…?3人が揃って剣心に視線を向けるが、それに気付いていないのだろう。剣心もまた驚いたように松平を見上げている。しかし、それは懐かしむ笑みへと変わった。

 

『お久しぶりです、松平殿。警察庁長官になられたのですね…。』

『あぁ、当時長州藩志だった俺が…今となっちゃあ幕府の官僚ってわけよ。笑っちまうだろ…』

『…しかし、誰も貴方を責めてたりはしないでしょう。貴方は今、貴方のやるべきことをしている…違いますか?』

『…やぁれやれ…緋村にゃ敵わねぇなァ…』

 

2人のやり取りから、この2人が知り合いである事は分かった。しかし…一体どういう関係だったのだろうか?少なくとも、この様子からして敵対していた…とは考えられない。いや、それ以前に…今、松平は何と言っただろうか?

 

『と、とっつぁん?今…てか、長州藩志!?ええええッッ!!??』

『うるせぇぞ、近藤。まぁ、お前らも座れや。こりゃ、大事な話だからなァ…』

 

スッと松平が剣心に視線を向ける。その風貌は…20年前のそれからは想像もつかないほど変わっていた。

 

『…緋村、攘夷戦争の途中で忽然と姿を消したと聞いていた。てっきり俺ァ死んだもんだとばかり思っていたが…』

『…逃げ出しました。全てから…。刀を捨てて…。』

『江戸で最強と謳われた“人斬り抜刀斎”が…一体何から逃げ出したってぇんだ?』

 

“人斬り抜刀斎”。その言葉に…近藤・土方・沖田の表情が変わる。真っ先に反応したのは土方だった。

 

『ま、待てとっつぁん!!人斬り抜刀斎つったら…あの…!?』

 

まだ…天人が来るより以前の話。色々な思想を抱き、今の攘夷のように色んな藩が存在していた頃…。最強と呼ばれた1人の男が居た事を、彼らは知っている。その男の名は“人斬り抜刀斎”。血も涙も無い…鬼のような存在。剣を交えて生きて帰れたものは居ないとさえ言われた、江戸の歴史で最も恐れられた存在だ。今の江戸では都市伝説のような扱いだが、今目の前にいる…見るからに優しそうなこの男が、あの殺人鬼と恐れられた人斬り抜刀斎だというのだろうか?

 

『おうよ…。当時の新撰組が束になっても敵わなかった男…それが伝説の人斬り抜刀斎だ…。なぁ、緋村?』

 

松平に言われ、剣心は苦笑を浮かべる。

 

『松平殿…もう、その名は捨てました。攘夷戦争から逃げ出したその日に、刀と共に“緋村 抜刀斎(ひむら ばっとうさい)”は死んだのです…』

『それが解せねぇつってんだ。緋村、オメェほどの奴が何故突然抜けやがった…?』

 

何故抜けた?そう問われ…剣心は静かに目を閉じる。脳裏に過ぎるのは、自分の殺した天人達と、死んでいった仲間達、そこで出会ったある人物。そして…

 

 

――これでいいんです…。だから、泣かないでください…

 

 

目の前で散った、大切な人の最期。

 

『…護れなかったから…』

『あぁ?』

『最も大切な者を…護れなかったからですよ。そして奪う事しか出来ない自分に失望したからです…』

 

攘夷戦争で仲間と戦い、しかし次第にその仲間も消えていき…最後には自分の大切な者までもが消えていった。

 

『だから、全てを捨て…脱藩しました。本当は、刀も捨てたつもりだったのですが…』

 

そこで剣心は、横に置いていた刀を強く握り締める。脱藩し、戦地から逃げるように離れ、刀も持たぬままに去っていく剣心に、1人の男がこの刀を投げて寄越したのだ。

 

 

――抜刀斎。刀を捨てるなんて、あまりにも虫がよすぎるぜ。お前の人斬りという罪を忘れない為に、そして苦しんでる人達を救うために一生剣とともに生きろ。

 

 

『拙者は赤空殿から…この一振りを渡された…』

 

前に掲げ、そしてそれを抜く。それを松平はただ、何も言わずに見ていた。

 

『…人斬りという罪を忘れない為、そして苦しんでいる人々を救う為に一生剣と共に生きろと…』

 

きらめく刀は普通のそれとは違う。クッと松平の口角が上がった。

 

『名匠・新井 赤空(あらい しゃっくう)の最後の一振り…“逆刃刀(さかばとう)”か…。まぁさか、アイツがそれをオメェに託していたとぁ…驚きもんだ…』

 

名匠と呼ばれた刀鍛治も今ではお払い箱となり…その後の赤空の行方は誰にも分かっていない。しかしながら、そこには…確かに赤空が生きた証が存在するのだ。

 

『どうせ護るってんなら…オメェも真選組に入ったらどうだ、あぁ?廃刀令を気にすることなく刀が持てるぜ?』

 

松平は剣心を見据えて言う。しかし、返ってくる答えは分かっていた。

 

『拙者は…もう、どこにも属さぬつもりです。』

 

その瞳は強く、しかし…

 

『拙者の無力で、仲間が消え逝くのは…もう見たくありませんから…』

 

どこか弱くも感じた。しかし、目を閉じ深呼吸をして見開いた時の剣心の瞳は、真っ直ぐと松平を見据えている。

 

『しかし、こんな…“元”人斬りでも護ることが出来るならば…拙者はこの刀を護るために…』

 

その瞳は、かつての奇兵隊隊士を募っていた時に、長州藩士だった桂 小五郎(かつら こごろう)と相対したときと同じ輝き。ただ違っている事があるとすれば…それが、殺めるためではなく護るために強く輝いているという事だ。

 

『ったくよぉ…オメェは昔っから変わらねぇなぁ…。桂や高杉が気に入るわけだぜ…』

『桂さん、それから高杉さんには感謝していますよ。まだ未熟だった拙者を長州藩に迎えてくれたのですから。もちろん…松平殿にも…』

『バカヤロー、当たり前だ』

 

あの時と変わらないその性格と口調に剣心は思わず笑みを零す。と同時に、懐かしい名前に…剣心は遠くを見つめた。

 

『高杉さんは…病で亡くなったと風の噂で聞きました。桂さんは…攘夷戦争で捕まって処刑されたとか…』

『あぁ、もうあの頃の…動乱の江戸を駆け抜けた志士はほんの一握りしか生きちゃいねぇ…。あの頃の新撰組の連中も然り、だ…』

 

だが…と、松平は続ける。

 

『血は争えねぇって言うが、全くだと思ったよ、俺ァ…。ここにいる3人、あの頃の新撰組にいた近藤・土方・沖田の血縁だぜ?』

『……!!』

『更に、今攘夷志士で動き回ってる桂と高杉もまた…俺達のよぉーく知る2人の血縁だ。』

『……この世の中を変えたいと思う気持ちは、受け継がれているという事ですね…』

『さぁ、どうだろうなァ…』

 

松平はスッと立ち上がり部屋を後にしようとする。2人の話をただ黙って聞いていることしか出来なかった近藤は本来の目的を思い出して慌てて松平を引き止める。

 

『と、とっつぁん!!その、緋村殿の刀の件は…!!』

『近藤…そいつに刀を与えちゃ危険だぜ?何せ“人斬り抜刀斎”だ…』

 

松平の言葉に、近藤は押し黙ってしまう。確かに…言う事は最もだ。しかし、この男から感じるのは殺戮を楽しむ残虐さではない。人々を救いたいという強い信念だ。

 

『とっつぁん…』

『何だ、土方…』

 

フーッと紫煙を吐きながら…口角を吊り上げる。

 

『“人斬り抜刀斎”は…“死んだ”んだろ?今、ここに居るのは“緋村 剣心”っつーただの流浪人だ』

『そうですぜィ。土方さんよりも真面目な考えを持ってらっしゃる方でさァ』

『テメェは一言多いんだよ、総悟!!』

『事実なんですけどねィ…』

 

土方と沖田の言葉を受け、松平は喉を鳴らして笑う。

 

『と、とっつぁん?』

『おう、緋村ァ!!』

『はい…?』

『オメェ、とんでもねぇ奴らに見込まれちまったもんだなぁ。皮肉なもんよ。かつての敵と同じ名前の部隊に所属する者達に好かれちまうたぁ…』

 

その言葉を受け、剣心も小さく笑う。そして…

 

『全く、人生とは何が起こるか分からないものです。』

『だぁから面白いんだろ…。まぁ、しょうがねぇ。他の誰でもねぇ、緋村ってんなら大丈夫だろう…。帯刀許可を下ろしてやらァ…』

『とっつぁん!!』

『ただし』

 

カチャリと音を立て…冷たい銃口が剣心に向けられる。その場に居る誰もが息を呑んだが、剣心だけがそれを真っ直ぐと冷静に見つめていた。

 

『事を起こしたあかつきにゃ…どーなるか、分かってんだろうな、緋村ァ…?』

 

事を起こした時、つまり…剣心がその刀を使って攘夷志士に転じた場合…。剣心は静かに瞳を閉じてコクリと頷く。

 

『その時は、その銃で拙者を止めてください。もう二度と…同じ過ちを繰り返さぬように』

 

しかし…

 

『とっつぁん、そん時は俺が責任を持って止めるから心配すんな』

『まぁ、俺達が敵えばの話だけどな…』

『俺のバズーカで止めてみせますぜィ』

 

誰もが信じていた。この男が再びその手を赤く染める事は無いという事を。だからこそ…

 

『はっ、テメェらみたいなヒヨッコに緋村が止められるかってんだ…』

 

松平は普段は見せない、屈託のない笑みを零していたのだろう。

 

 

 

「旦那、どうしたんで?考え事ですかィ?」

 

沖田に呼ばれハッとする。パトカーの窓から外を眺めながら数ヶ月前…初めて彼らと出会ったときのことを思い返していたら、完全に自分の世界に浸っていたのだ。

 

「お主達と初めて出会った時のことを思い出していたでござるよ」

「あ~、あの時のことですかィ。まさか、とっつぁんと旦那が知り合いたァ驚きやした…」

 

沖田の言う通り、あの後松平が姿を消してから…近藤・土方・沖田から質問攻めにされたのだ。長州藩に居た時の事、そして攘夷戦争でのこと…。

 

「拙者も驚いたでござるよ。まさか、松平殿が…」

 

長州藩にいるときから、松平は己の信念をとても強く持っている人物だった。攘夷戦争の時も、決してそれを覆さなかった。自分が脱藩するその時まで、江戸のために戦い続けていた。

 

「とっつぁんは護りてぇもんがあるって言ってやした。それが何なのかは俺達にゃ分かりやせん。けど護りたいもんの為なら何だって出来るんじゃないですかィ?」

 

松平が護りたいもの。長州藩にいた時からずっと口にしていた言葉。それは…

 

 

――おい、緋村…ガキのオメェにはまだわからねぇかもしれねぇがよ…。どんな手を使ってでも護りてぇもんってのがオジサンにゃあんのよ。それはなぁ……惚れた女の住む、この国だ…。

 

 

この国を護るということ。あの時と形は違えど…松平は国を護っている。彼のプライドの高さから考えれば、幕府側に就く事は本当に苦渋の決断だったに違いない。それでも護りたいもののためならば…沖田の言う通り、何でも出来るに違いない。

 

「松平殿は強い方だったからな。信念も、護りたいという思いも…」

「ついでに、眼力と思い込みも強いですぜィ?ありゃ手に負えなくて困りまさァ」

「ははっ、そうでござるな…」

 

この国は大きく変わってしまった。しかし、変わらない信念だって存在する。

 

幕府に身を置く者、攘夷志士達、そして真選組…。

 

それぞれが思うことは…

 

「今も昔も、この国を変えんとする思いは同じということでござるか…」

 

形は違えど、同じなのだ。

 

『総悟ォォォ!!テメェ、何処で油売ってやがるんだァァァ!!』

 

その時、無線から土方の怒声が響く。それに「うるせぇなぁ」と小さく漏らしながら渋々無線に答える。

 

「緋村の旦那を迎えに行ったんでさァ。無事、確保しやしたぜィ?」

「確保って…まるで逮捕されたような言われようでござるな…」

 

沖田の言葉に思わず苦笑するが、相変わらず無線の向こうからは土方の怒声が飛ぶ。

 

『馬鹿野郎!!そりゃ、山崎がやるつってただろうがァァァ!!!』

「あり、そうでしたっけ?」

『テメェ…また仕事をサボりやがったな…!!』

「あー、土方さん無線が壊れたみたいでさァ。切りやすぜ…」

『待て、嘘付け総悟!!話はまだ…!!』

「うるせぇ、土方コノヤロー」

『そう――…!!』

 

一方的に無線を切るとやれやれと沖田は溜息を吐く。ただその攻防を傍聴していた剣心は呆然としていた。いつものことではあるが、こうも自分の上司を弄り倒すとは…いやはや、自分の知るかつての新撰組とは本当に違う。こんなことを鬼の副長と呼ばれた土方に言えば、間違いなく切腹ものだろう。

 

「ははっ…相変わらずでござるなぁ…」

「こんなの日常茶飯事でさァ」

「お主が仕事をサボるのも、でござるか?」

「アイタタ…やっぱ旦那には敵わねェや…」

 

屈託なく笑う沖田に、同じように剣心も笑う。

 

「それにしても、今回はどのような用件でござろうか…」

 

車に揺られながら、ふと…剣心は思う。一体、近藤は自分に何を頼もうとしているのだろうか?

 

「生憎、俺も聞いてねぇんでさァ。それは直接、近藤さんに聞いてくだせェ」

「承知…。面倒ごとでなければよいが…」

「まぁ、真選組が表立って動けねぇ内容でしょう…」

 

真選組が剣心を頼る時は、真選組が表立って動けない時。つまりは、幕府絡みの厄介ごとの時だ。

 

「頼りにしてやすぜ、旦那」

 

ニコッと笑う沖田に、剣心はやれやれと零しながらも…同じように笑った。

 

 

 

一方、真選組屯所には別の客人が訪れていた。

 

「いやぁ、すまんな万事屋」

「なぁに、いいってことよ。こちとら、これで飯にありつけるんだからなぁ…!!」

 

銀髪の天然パーマに、腰に木刀を差した男。目は…死んだ魚のような瞳をしているが、彼…坂田 銀時(さかた ぎんとき)もまた、侍の魂を内に秘めたまま生き続ける男である。万事屋を営む銀時は、近藤に頼まれある仕事を任されていた。それを終えて、丁度一息ついていたところだったのだ。

 

「ところで、おたくのマヨラーとドS王子はどしたの?ものっそい静かじゃね?」

 

キョロキョロとあたりを見回すが、マヨラーこと土方と、ドS王子こと沖田の姿が見当たらない。問われた近藤は何を言っているんだといわんばかりに溜息混じりに言う。

 

「仕事に決まってるだろ。今は、巡回中のはずだ…」

「はずって……まぁ、トシはともかく総悟はサボる確率、山の如しか…」

「言ってくれるな、ったく…」

 

やれやれと頭を掻きながら、近藤はあたりを見渡す。

 

「そういうお前こそ連れはどうした?一緒じゃねぇのか?」

 

近藤の言う連れとは、銀時の万事屋に務めている志村 新八(しむら しんぱち)夜兎族(やとぞく)の神楽《かぐら》の事だ。聞かれて、「あぁ…」と零す。

 

「アイツらなら、ババァのスナックの掃除を手伝ってるぜ?万事屋の仕事は真選組からのお仕事だけじゃないんでね」

「そーかい。俺はまたてっきり、家賃払えねぇからタダ働きをさせられてるのかと…」

「ギクッ…!!」

「ん?今、ギクッとか言わなかった?」

「いいいい、いやいやいや!!何を言ってるのおたく!?違うよ~!!ぜーんぜん余裕で払えてますよ~!!3ヶ月も滞納なんてしてませんよ~!!」

「……そりゃ、お登勢(とせ)さんも困ってるだろうなぁ…」

「あ、言っちった…」

 

銀時達の言うお登勢とは、万事屋の下でスナックを営んでいる者。お登勢から部屋を借りて銀時達は万事屋を営んでいるのだが……実質、万事屋の仕事で得られる金は少ない。それこそ、真選組からの仕事など…大きな仕事が入らない限り大金は入らないのだ。

 

「万事屋もそろそろ真面目に職業考え直したらどうだ?」

「いやいや、万事屋だからこそ銀さん生き生き働けるんだからね!!他の仕事とか考えられないからね!!」

「どう見てもプーだろ…」

「プーとか言うなァァァ!!この、ストーカーゴリラ!!」

「なにおぅ!!」

 

ギャンギャンと騒ぎながら話していると、土方が巡回から戻ってきた。

 

「うるせぇ…。何してんだ、アンタら?」

「おぉ、トシ!!戻ったか!!」

 

やれやれと肩をもみながら歩いてくる土方に、銀時は「おつかれー」と笑いながら手を振る。それに「おう」と短く返事をして、近藤の隣に腰を下ろした。

 

「ったく、総悟の奴またサボってやがったぞ…」

「おたくらも大変ね~。サボった総悟君の給料から、俺の払ってる税金返しやがれコノヤロー」

「おう、総悟の給料からだったらいくらでも引いていいぜ?」

「そしていい加減にストーカーの方も退治してくれると嬉しいんですけどねぇ、副長さんよぉ…」

 

ストーカーと言われ、ハァと土方は溜息を吐く。誰と言わずとも分かるからだ。しかし、この場に居て分かっていない人物が…ただ1人だけいる。

 

「何ッ!?ストーカーだと!?善良な市民にそのようなことをする不届き者は誰だ!!」

 

許せん!!と拳を握って立ち上がる近藤を見つめ、そして銀時と土方は互いに視線を交わす。2人同時に深々と溜息を吐いたあと…

 

「「アンタだよッ!!!」」

 

グーで容赦なくその鳩尾にパンチを入れた。もちろん、2人同時にだ。

 

「自覚がねぇってのは恐ろしいねぇ…。何とかしてよ、多串君」

「…こりゃもう、立派に切腹もんだと俺ぁ思うんだが…。局中法度に書き足すか…」

「お妙の奴、本格的にボディガードを雇いやがったぜ?」

「マジでか!?」

 

近藤のストーカー相手とは、銀時の元に務めている新八の姉・志村 妙(しむら たえ)で、まぁストーカーと言ってもただ近藤が想いを寄せているだけなのだが、その行為はいつしかエスカレートし…現在に至っている。その度に、妙が返り討ちにしているのだが…どうやら、近藤の辞書に“懲りる”という言葉は無いらしい。

 

「近藤さん…アンタ、いい加減にしてくれよ、マジで…」

 

ノックアウトしている近藤を見下ろしながら、頭を抱えて大きな溜息を吐く。言い方を変えれば一途なのだが…それも見方を変えればストーカーだ。最も、実は銀時も土方も…妙が近藤に無意識ながら想いを寄せている事に気付いてはいるのだが…色々怖くて、近藤には言い出せないのだ。

 

(言ったら近藤さんのストーカーがエスカレートするだろうしな…)

(言ったら間違いなく、銀さん半殺しにされるからね、お妙に…)

 

あくまで妙は無意識・無自覚。しかし、たまに…本当にたま~に…近藤のことを視線で追っていることがあるのだ。それに最初に気付いたのは神楽だった。

 

(餓鬼とはいっても、女だな…。さすがは神楽だぜ…)

 

ストーカー行為さえやめれば、もしかしたら上手くいくかも知れないのに。そんなことを思いながら、未だに失神している近藤を見つめる2人なのであった。

 

「…何だ、もうこんな時間か…」

 

ちらりと土方が時計を見ると、午後1時を指していた。

 

「おら、起きろ近藤さん!!今日は旦那が来るんだろ!!」

「んがっ!?トシ、万事屋!!お前らは何というバイオレンスな…!!」

「ん?お客さんでも来るわけ~?」

「あぁ、仕事の依頼をするつもりだ」

「何々?万事屋銀ちゃんが目の前に居るのに、別の人に仕事頼んじゃうわけ!?」

 

銀時の言葉に、土方は煙草を吹かしながら向き直る。さっきまでのふざけあっていた時とは違う…仕事中に見せる、副長としての眼だ。

 

「ちょっと…な。」

 

土方が言葉を濁す事は珍しくない。銀時には頼めない仕事、それは即ち…

 

「あ~、おたくらも大変ねぇ…。自由に動けないって面倒じゃね?」

「ま、確かにな。こういうときは万事屋…お前が羨ましく思う」

 

幕府絡みの仕事なのだ。時々、銀時も加勢をする事があるが…それは本当に稀な話だ。恐らくは、別の誰か…それこそ、この後会う約束になっている人物に頼んでいるのだろう。

 

「そんじゃまぁ…俺ァそろそろ帰ぇるとすっか…」

 

この場に居ない方がいいだろうと察した銀時は、立ち上がり「毎度あり~」と一言残して去っていく。背中越しに手をヒラヒラと振りながら、その場を後にした。

 

「で…?今日は緋村の旦那に何を頼むつもりなんだ?」

「あぁ…幕府が攘夷志士に金を横流している件について…」

「なるほど…そらぁ、俺達じゃ動けねぇな…」

 

かといって銀時もあまり派手には動けない。幕府から目を付けられているのだ。

 

「万事屋には悪ィことをしちまったと思ってるよ。何より自由に生きてるアイツを縛るような事をしちまったんだからなァ…」

 

剣心に会う前までは、万事屋に何かと頼んでいた。しかし…銀時達は本来の目的とは別の騒ぎまで引き寄せてしまう傾向があり、結果幕府の人間から目を付けられてしまった。もっとも、銀時達はさほど気にしてはいない様子だったが…それでも、たまに屯所に来ては「監視っぽい奴らが見張ってる」とぼやく事がある。ましてや攘夷戦争で伝説とされた“白夜叉”ともなれば、幕府が目を光らせないはずが無い。

 

「まぁ、それも覚悟の上で…アイツはアイツなりに生きてるんだろうよ。自由気ままに、護りたいものを護りながら…」

 

フーッと紫煙を吐き出せば、風に流され消えていく。それをボーッと眺めながら…2人は同じことを考えていた。

 

一体、いつになったら…この国は“自由”になれるのだろうか、と…。

 

 

 

「それにしても参ったな…。今、万事屋に戻ったら間違いなくババァにこき使われるよなァ…」

 

ポリポリと頭を掻きながら、屯所の門へと向かう。とりあえず、今回の依頼である程度纏まった金は入った。とはいっても、家賃3ヶ月分すべてに使ってしまっては…生活が出来なくなる。

 

「パチンコで増やすか?いや、やめとこ…」

 

パチンコで増やす、と言ってパチンコ店に入って…増えたことはあまり無い。消えてしまうことはよくあるが…。今日は神楽も新八も、纏まった金が入る事を知っている上に少し豪華な夕食を期待していた。

 

「真っ直ぐ帰ぇるか…」

 

何だかんだ言っても、やっぱり2人の喜ぶ姿が見たい。

 

(デパートでイチゴ牛乳と…神楽に酢昆布でも買って帰ってやるか…)

 

ぼんやりと、そんなことを考えながら屯所の門を潜ったときだった。

 

「おや、万事屋の旦那じゃねぇですかィ」

「おー、総悟君。サボりご苦労さん」

「何言ってるんですかィ?俺ァちゃんと仕事をしてやしたぜィ?」

「ほー、じゃあトシが言ってたことは嘘ってかぁ?」

 

ニヤニヤと笑いながら言えば、「旦那には敵わねぇな」と笑う。そして、ものっそい小さな声で「土方殺す」と言ったのを聞き逃さなかった。しかしそれをあえてスルーし、心の中で土方にエールを送りつつそのまま「じゃあな」と沖田に言って去って行った。

 

「おや、もうお帰りで?」

「おーう、もう俺の用は済んだからな。なんか、お客さん来るみたいだしィ?」

 

そう言いながら、ヒラヒラと手を振り銀時は去っていく。

 

「あぁ、緋村の旦那のことですねィ…。旦那に変な気を使わせちまったなァ…」

 

恐らく、近藤も土方も帰れと追い返すようなことはしていないだろう。気を利かせて、銀時が自ら帰宅の路についたに違いない。そんな沖田の声に気付くことなく、銀時は屯所を後にする。その時スッと…横を誰かがすれ違った。

 

(…刀…?この廃刀令のご時世に刀ってこたぁ…幕府の人間か…)

 

生憎、顔までは見えなかった。しかし、もう侍達が手放したであろう刀を携えた男が自分の横を通り過ぎた事だけは分かった。

 

(ってことは、コイツが真選組のもう一つの切り札って訳ね…)

 

しかし、特別興味は無かった。それにもう、会うこともないだろうと…そう思ったのだ。気にせず銀時は、そのままその場を後にする。まさか…すれ違った男が、自分を背中越しに凝視しているとも知らずに…。

 

一方、先にパトカーから降りて近藤達に報告をしてくると言った沖田を追いかけるように剣心も屯所に向かっていた。といっても、特別急ぐわけでもなく…ゆっくりとあたりの景色を見渡しながら。

 

「この辺りは本当に静かでござるな…」

 

民家も無い上に、真選組の屯所に近づきたがる物好きはいない。なので、このあたりで聞こえてくる声と言えば、真選組屯所の敷地内にある道場からの掛け声くらいなのだ。

 

ふと…その時、前から着流しを着た男が歩いてくるのが見えた。腰には…木刀を下げている。

 

(刀を捨てられぬ者、か…。真選組の屯所から出てきたということは捕まっていたのでござろうか…?)

 

すっと横を通り過ぎた時…剣心は自分の目を疑った。通り過ぎた男の容姿は…あまりにも目立つ天然パーマの銀髪に、死んだ魚のような目、しかし…しっかりと未来を見据えている紅い瞳。

 

そして何より、感じる…“侍”としての魂。

 

「ッ!?」

 

通り過ぎてすぐに、剣心はバッと振り返る。どうやら男はそれに気付かずに去っていってしまったらしい。しかし…剣心はその男から目を離せずにいた。彼のことを知っているからだ。いや、直接の面識は無い。しかし…その二つ名を、彼は知っている。

 

「旦那、どうしたんですかィ?」

 

近くにいた沖田が不思議そうに剣心の元まで歩み寄ってきて、剣心が見つめる先に視線を向けた。そして、あぁ…と沖田は納得する。

 

「あのお方は万事屋を営んでいる銀時の旦那でさァ。真選組たァ、まぁ何と言いますか…腐れ縁ってやつでしてねィ…」

 

しかし、そんな沖田の声も剣心には届いていなかった。めんどくさそうに頭を掻きながら去って行くその背中とは別の背中が剣心の瞳には重なって映った。

 

そして…その名が剣心の口から零れる。

 

「…白夜叉…!!」

 

沖田が驚いたように剣心に視線を向けるが、相変わらず剣心の視線は銀時の…白夜叉の背中を見つめたままだった。

 

 

意図しないところで…攘夷戦争で“最強”と呼ばれた2人の男がすれ違う。

 

 

これが…2人の出会いだった。

 




(にじファン初掲載 2011年6月12日)
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